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「ラスボスだった使い魔-41a」(2009/09/22 (火) 06:27:21) の最新版変更点
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#navi(ラスボスだった使い魔)
ドンドンドン!!
「ユーゼスぅ、ユーゼス・ゴッツォぉぉ~~!!」
研究室のドアを乱暴に叩く音と、自分を呼ぶ叫び声。
ハッキリ言って騒音以外の何物でもないこの二つの音を止めるため、ユーゼスはドアに向かって歩き出した。
この前にトリスタニアで買った本も読み終わったので、そろそろ睡眠を取ろうと思っていたところだったのだが、まさかこんな時間に来客があるとは思わなかった。
……と言うか、今は夜中の十二時過ぎである。
隣近所の部屋への迷惑も考えてもらいたい。
「……………」
かくしてユーゼスは隣近所の平和のため、その来客を迎えたのだが……。
「おそいわよぉ、ユーゼスぅ! せっかくわたしがあなたに会いに来たんだからぁ、一秒以内にドアを開けなさぁい! ……ひっく」
「……エレオノール?」
開けたドアの向こうに立っていたのは金髪眼鏡の美女だった。
こんな時間にやって来るとは珍しい。
しかし何だか顔がやたらと紅潮しており、目が『トロン』と言うか『ドロリ』としていて、足下がフラフラとおぼつかない様子で、加えて口調もいつもとは違っている。
ついでに言うと、その手にはワインよりももっと強い酒のビンを持っていた。
これらの情報から判断するに、
「酔っているな」
「酔ってなんかぁ、ないわよぉ! ……ひっく」
どこからどう見ても酒に酔っぱらっているエレオノールは、ユーゼスを押しのけて研究室の中に入っていく。
「ジャマするわよぉっ」
「む……」
エレオノールはフラついた足取りのままで研究室を進み、来客用のソファにドカッと腰掛ける。
そして『レビテーション』使って器用に部屋の中にある棚からコップを浮遊させ、手元に引き寄せた。
「ぅう~~……ういっく」
コップにドクドクと琥珀色の酒を注ぎ込み、それをグイッと一気に飲み干すエレオノール。
見る者が見れば『なかなかに良い飲みっぷり』と評するであろう飲み方だったが、そのような視点を持てないユーゼスはごく冷静に彼女へと言葉をぶつける。
「酒は身体に悪いぞ、エレオノール」
「うるっさいわねぇ! そんなことは分かってるわよぉ!」
そう言いながらも酒をあおり続けるアカデミーの主席研究員。
……妹のルイズもアルコールには弱いが、どうやら姉であるエレオノールもそうらしい。
ちなみにカトレアは酒を医者に止められているので『酒を飲む』という行為そのものをほとんどしたことがなく、強いのか弱いのか不明である。
「ひっく。ほらぁ、ユーゼス! あなたもこっちに来て座りなさぁい!」
エレオノールはいつもとは違った妙な迫力を振りまきながら、ユーゼスにそう命じる。
ここで断ると何をされるのか分かった物ではないので、ユーゼスは黙ってその言葉に従ってエレオノールの隣に腰かけた。
「……どこからそんな酒を持って来たのだ?」
「ぅあ? えっとぉ……元々はぁ、わたしの部屋に寝酒があったんだけどぉ、あなたのインテリジェンスソードと話しながら飲んでたらぁ、無くなっちゃってぇ、仕方ないからぁ、食堂からいただいてきたのよぉ~」
「……………」
最近デルフリンガーを見かけないと思っていたら(別に平時においてはいなくても特に困りはしないが)エレオノールが持っていたのか、と納得するユーゼス。
アレは暇な時の話し相手に打ってつけとも言えるので、その方面に有効利用してもらうことに何の不都合もない。
そして『食堂から頂いてきた』というセリフだが、食堂はとっくに閉まっているはずである。おそらく無断で拝借でもしてきたと思われるが……。
(……なぜ、この姉妹はおかしなところで妙な行動力を発揮するのだろう)
ルイズは言うに及ばず、カトレアも割と自己主張する時はしてくるし、目の前のエレオノールもご覧の通りである。
(遺伝か……)
必然的にカリーヌの顔を思い浮かべるユーゼス。
まあ、それはそれとして。
「寝酒のつもりで飲んでいて、どうしてそこまで深く酔うのだ?」
「なによぅ! わたしがお酒を飲んじゃいけないって言うの、あなたはぁ!?」
「……そこまでは言っていないが」
「だったら、理由なんていいじゃないのよぉ!」
エレオノールはそう言うとグビグビゴクゴクプハァ、と酒を飲み、そしてその酒を今度はユーゼスに勧めてきた。
「ほぉらぁ、あにゃたも飲みなひゃぁい!」
「…………ろれつが回っていないが、大丈夫か?」
「んにゃことはぁ、どーらっていいのよぉ~~!!」
ぐでんぐでんに酔っぱらいながら杖を振り、棚からコップをもう一つ浮遊させてユーゼスに突き出すエレオノール。
それに対してユーゼスが何かを言うよりも早く、琥珀色の液体がそのコップに注がれ……。
「さぁ~、グイィッと飲むのよぉ~! ……ひっく」
「……やれやれ」
ここで断ったら強制的に口の中に酒を注ぎ込まれかねない雰囲気なので、溜息をつきつつユーゼスはコップを受け取り、エレオノールの言うようにグイッと口の中に酒を入れた。
(………………不味い)
苦味と辛味と酸味と、分かるか分からないか程度の甘み。加えてアルコールの焼け付くような熱さ。
それらが渾然一体となって舌の上で複雑微妙に絡み合い、何とも言えない感覚をユーゼスにもたらした。
ハッキリ言って、『心地よい味』とはとても言い難い。
しかも、それを我慢してどうにか酒を飲み込んでも、口の中に残るのは先程の味の残り香のような風味と、アルコールの残滓の刺激とが喉にまで波及してくる。
(……これの何が良いのだろう……)
『酒の美味さ』というものに関して全くと言っていいほど造詣のないユーゼスは、そのような感想を抱いた。
また、味だけではなく成分中のアルコールも問題である。
思考を鈍らせる薬物が含まれている飲料を自分から進んで摂取するなど、ユーゼスにはさっぱり理解が出来ない。
―――いや、その『思考を鈍らせる』のがアルコールを摂取する目的なのだろうと推測は立てられるのだが、そうしたところで何がどうなると言うのだろうか。
「……………」
何にせよ今は思考を鈍らせるメリットなど一つもないので、脳内のクロスゲート・パラダイム・システムを使って因果律を操作し、体内のアルコールを除去する。
ついでに自分の味覚と嗅覚も操作して、この不快な味を無味無臭に感じるようにした。
さて、これで取りあえず泥酔する可能性は排除出来たわけだが……。
「ぅ゛うぅぅうぅぅうぅぅうううぅぅう~~……」
ふと気がつけば、エレオノールが顔を真っ赤にして(酔った影響だろうが)唸りを上げ、『私はあなたに言いたいことが山ほどあるのよ』とばかりにユーゼスを睨んでいた。
そしてユーゼスが何かを言うよりも早く、
「あにゃたは、いったい、もう…………なん、何なのよぉ~~!!」
よく分からないことを叫ばれてしまった。
「……それこそ、一体何なのだ」
「そのくらい言わなくったってぇ、わかりなさぁ~い!!」
「…………滅茶苦茶なことを言うな」
理性的とはとても言えない様子で、エレオノールはまくし立てる。
「大体っ、あにゃたは……いっつもいっつもぉ、何を考えてんるんだかよくわかんないしぃ、わたしのことをどう思ってるのかもわかんないしぃっ! ……いいえ、そもそもどういう女が好みなのよぉっ!?」
「女の好みだと?」
どうにも話の流れが読めないと言うか、予測がつきにくい。
と言うか『女性の好み』など考えたことがないので、正直困る。
(『答える必要はない』とか『私も知らん』と言ったところで、今の状態のエレオノールがすんなり納得するとも思えんし……)
それに、問われた以上は可能な限り答えるべきであろう。
(……ふむ)
そうして考えてみるが、どうにもよく分からない。
いや、それ以前に女性を『そういう対象』として見たことが一度もないので、どう考えればいいのかすら分からない。
(むぅ……)
『どういう女が好み』と言われて真っ先に思いついたのは“何故か”この目の前にいるエレオノールだったが……『そういう対象』として見ると、何だか、こう、途端に判断が付きにくくなると言うか、何と言うか。
まあ『好き』か『嫌い』かの二択で言えば『好き』の部類に入るとは思う。
それに『研究者として』とか『一人の人間として』などの視点では好ましく感じてもいる。
一緒にいて悪い気はしないが、いや、しかし、あくまで彼女は同じ研究者というだけの関係であって、それ以前に御主人様の姉なのだから……。
「…………っ」
珍しく、少なくともハルケギニアに召喚されてからは味わうことのなかった懊悩を噛み締めるユーゼス。
(視点を変えよう……)
女性像をエレオノールだけに限定してしまうのはよくないと思うので、ここで角度を変えてみることにする。
そういう訳で『エレオノール以外の女性』でユーゼスの脳裏に思い浮かんだのは……。
(カトレアか)
エレオノールの妹で、ルイズの姉。
柔和な雰囲気を身にまとい、同じ空間にいると少しだけ安らぎを感じる女性。
たまにサイコドライバーの類なのではないかと思うほどの勘の鋭さを見せる時があるが、それはこの際あまり関係がないので置いておくとして。
「……………」
彼女もまた『好み』かどうかと聞かれると難しい。
週に二度は彼女の所に出向いているし、少なくとも嫌いということはないのだが、そこに『そういう対象』としてのフィルターを通してしまうとエレオノールのそれに負けず劣らず、とても名状しがたい感覚に襲われるのである。
(……そう言えば明日はカトレアに会いにいく日だったな)
会いに行っても簡単な診察と会話をするだけ……というのがお決まりのパターンだが、ユーゼスがその時間を貴重に感じているというのも事実。
彼女もまたユーゼスにとっては判断の付きにくい女性であった。
(いや、待て)
何故自分はこのようなことを真剣に考えているのだろう。
ふと冷静になってみると、そんな疑問が首をもたげてきた。
別にエレオノールに問い詰められたからと言って、アレコレと思考を巡らせる必要はないはずである。
(ハルケギニアに召喚されて以降、私のメンタリティが妙な方向にシフトしている気がする……)
一体、何からどのような影響を受けてしまったと言うのか。
……心当たりが多すぎて、対象をある程度の数まで限定することすら困難だった。
と、そんな風にワケも分からず、何について悩んでいるのかも不明なまま悩んでいたら、またエレオノールが声を荒げてくる。
「にゃによぅ、そんなに悩んでぇ~っ! どうせまた微妙に話題を逸らしてぇ、のらりくらりって、誤魔化そうとしてるんでしょおけどぉ、今回はそうはいきませんからねぇっ!」
「別に誤魔化すつもりはないのだが」
「いちいちぃ、口ごたえするんじゃぁ、にゃいわよぉっ! ……ひっく」
そう言いつつエレオノールはまたコップに酒を注ぎ、ゴクゴクとそれを飲み込んでいった。
「うぃ……ぃっく、けふ。……いいのよいいのよ、どうせユーゼスはぁ、わたしみたいな女は好きじゃないんでしょぉ。ううぅっ、そうよねそうよね、わたしだって自分のこと『いい女』だって思わないもの、あのインテリジェンスソードだってそう言ってたもの。
……そりゃあ、わたしはカトレアみたいに胸がおっきくないわよ。ルイズみたいにかわいくないわよ。あのアニエスって女みたいにカッコよくもないわよぉ。でもねぇ、そんな、そういうのがなくったって……別に、女の魅力ってそれだけじゃないのよぉ、分かるっ!!?」
「分からん」
「うぅぅぅぅうううぅぅぅぅううううぅぅう~~~~っっ!!!」
ポカポカポカ、と涙目のエレオノールに頭やら何やらを叩かれるユーゼス。
なぜ叩かれるのか、いやそれ以前になぜ自分は今このような状況にいるのかよく分からない銀髪の男は、取りあえず金髪の女性をなだめることにした。
「落ち着け、エレオノール。よく分からないが……とにかく、落ち着け」
「なによぅなによぅ、わたしにだってねぇ、わたしにだって十代の頃はあったのよぉぉ~~!! ……ういっく、ひっく」
もうエレオノールがしゃくり上げている音すら、酔いのせいなのか泣いているせいなのか判断がつかない。
そしてユーゼス・ゴッツォには、酔っ払いに対応するためのスキルや経験値が圧倒的に不足していた。
―――よく分からない事象に対して、下手に手を出すことは逆効果になることが多い。
自身の経験からそれを嫌と言うほど知っていたユーゼスは、ひとまず何もせずにただエレオノールから投げつけられる不満や愚痴を受け続けることにした。
「どうせ……あにゃたはぁ、カトレアみたいな女の人が好きなんでしょぉ。そりゃそうよねぇ、姉のわたしから見たってカトレアはきれいだもの、あんな身体じゃなかったらとっくの昔に結婚してるものぉ……。
……ううっ、ぅぐぅぅう~っ、なによ、結婚がなによぉ~~!! うわぁぁああ~~~~~んっ!!」
「……………」
自分の口から出た言葉に自分で反応して自分で勝手に盛り上がるな、とユーゼスは言いたくなったが、黙っていた。
「って言うかぁ、あの平民上がりの女もなんなのよぉ! 20年も前のアカデミーのことなんてぇ、その時7歳だったわたしが詳しく分かるわけないでしょお~~!!」
「……………」
おそらくアニエスについての文句を言っているのだろうが、それと20年前のアカデミーとがどう繋がるのだろう。
(まあ、あの女の個人的な事情はどうでもいいが……)
それが自分に飛び火しないことを祈るばかりである。
などと思っていると。
「大体ぃっ、あにゃたがこう、いっつもいっつもぉ、思わせぶりな態度ばっかり取るのが悪いのよぉ~~っ!」
いきなり不満の矛先が自分に向かってきた。
これにも沈黙で答えるべきではあるのだが、今のエレオノールの言葉には少々聞き逃せない部分があったので、あえて問い返してみる。
「……私がいつ、思わせぶりな態度などを取ったのだ?」
「自分の胸にぃ、聞いてみなさぁぁ~~いっ! ……って、だぁれの胸が平坦で起伏ゼロで絶壁ですってぇ!!?」
「誰もそんなことは言っていないぞ」
きぃきぃきぃきぃ、と甲高い声で色々なことを叫び続けるエレオノールの話を聞きつつ、ユーゼスは今さっき言われたエレオノールのセリフについて考える。
(……『自分の胸に聞いてみろ』と言われてもな……)
心当たりがあるような、ないような。
まあ確かに客観的に他者の―――ハルケギニア人の視点から見れば自分には謎が多いように思われるかも知れないが、こんなヒステリックに喚かれるほどの言動や行動をしただろうか。
(………………うむ、していないな)
致命的な部分を履き違えたままでそう結論を出すユーゼス・ゴッツォ。
―――毎度のことではあるのだが、彼は自分を含めた人間の、特に女性の心の機微には異常と言えるほど鈍感なのであった。
そして、酒瓶の中の琥珀色の液体が底を突き始め、そろそろ酔っぱらったエレオノールの相手が負担になり始めた頃。
「ぅ…………むゅ、ゅ……」
「む?」
いきなりエレオノールのまぶたがストンと落ちて、更に彼女の身体全体がガクリと脱力した。
そしてそのままグニャリと隣に座っているユーゼスの方へと倒れ込み……。
とさっ。
―――ぎゅうぅ。
まるでユーゼスに抱きつくようにして、と言うより本当に抱きついて意識を手放した。
しなだれかかって、などという生易しいものではない。
下手をすると何らかの格闘技の固め技に見えなくもないほどの、強固な抱きつきっぷりであった。
「……起きろ、エレオノール」
今の騒ぎで隣の部屋にいる自分の主人や、近くの部屋にいるキュルケなどが起きてしまった場合、この状況を説明するのは非常に困難である。
いや、キュルケならまだいい。彼女は話せば分かる。
問題はルイズだ。
リアクション自体はおおむね察することが出来る。
『エ、エ、エエエエ、エ、エレ、エレエレ、エレオノール姉さまを部屋に連れ込んで!! ぶっ倒れるまで酔わせて!! それで今度は、ナニをするつもりなのよぉぉぉおぉおおおおおおおおおおおお!!!!??』
まあ、傍から見れば『酔ったエレオノールがシラフの自分にしなだれかかっている』ようにしか見えないのだから、こんな所だろうか。
だがその対処については、ハッキリ言ってどうすれば良いのか分からない。
下手をすれば真夜中の大惨事である。
よって、取りあえず自分の体からエレオノールの身体を引き剥がす必要があるのだが……。
「うゅきゅぅ~~……」
「……………」
全然離れてくれない。
こうなったら力ずくで……と思って腕力で実力行使に出ても、
「ぐ……く、ぬ……」
「みぃ……ぁぅ、ん……」
しっかりと言うかベッタリと言うかガッチリと言うか、ユーゼスもカリーヌ・デジレやアニエスとの訓練を経てそれなりに筋力は付いている筈なのだが、とにかく引き離すことは出来なかった。
これはユーゼスの力がまだまだ弱いということなのか、それともエレオノールの力が強いのか。
「くぅ…………はにゅ、ん……」
「む…………ぐ!?」
一瞬思考を回転させそうになるが、その瞬間にエレオノールがユーゼスに身体をグリグリと押し付けてきたので、強制的に思考がカットされる。
不味い。
別にエレオノールに対して劣情を催したりだとか、そういう類の欲求は……ない、はず、ではある、のだが、とにかくこれは、この状態でこの状況は非常に不味い気がする。
何が不味いのかよく分からないが、とにかく不味い。
「……んく……」
「…………っ」
この女、まさか被強姦願望でもあるのではなかろうな―――などと乱れた頭でそんなことを考えるユーゼスだが、とにかく今はこの状況をどうにかすることが先決だ。
何せ、どうにかしなくては自分がどうにかなりかねない。色々な意味で。
(……若返った肉体に引きずられて、性欲も強くなったか? 確かに性機能はあるが……)
そう分析しつつ、自分自身の因果律を操作して性欲を限りなくゼロへと薄めるユーゼス・ゴッツォ。
ついでにエレオノールの因果律も操作して、彼女のアルコール分解能力を一時的に強化しておく。これで明日、エレオノールが二日酔いで苦しむことはなくなる筈だ。
「ふう……」
小さく息を吐くと同時に、ストレスもいくらか吐き出す。
……性欲が消失した今だからこそ思うのかも知れないが、なぜ最初から因果律を操作しなかったのか我ながらかなり疑問であった。
「むにゃ……」
エレオノールは相変わらずユーゼスに抱きついたまま睡眠中だ。
「…………まったく」
人にこれだけ迷惑をかけておいて随分とのんきな寝顔だな、と半ば呆れつつも、ユーゼスは今度こそ彼女の身体を自分から引き離す。
―――別に『何が何でも離すまい』として組み付いているわけでもないので、落ち着いて相手の関節や筋肉の構造を考慮しつつ行えば、それほど難しい作業ではないのである。
「……………」
筋から言えばこの後、エレオノールを部屋まで送るなり何なりしなければならないのだが、それも面倒だ。
このまま研究室のソファに寝かせておいた方が労力も少なくて済むだろう。
ユーゼスは取りあえず備えつけの毛布を持って来て、それを寝息を立てるエレオノールの身体にかけた。
そして。
「……………」
スッ、と。
軽くではあるが、指でエレオノールの頬をゆっくりと撫でる。
「ん……」
「……何をしているのだろうな、私は」
どうしてそうしたくなったのかユーゼス自身にもよく分からなかったが、とにかくそうしてしまった。
ユーゼスはそんな自分自身に疑問と軽い自己嫌悪を覚える。
(自己嫌悪、か)
かつて人間の愚かさや醜さを忌み嫌い、同時に自分が人間であることに激しい嫌悪と憎悪を抱き……あらゆる存在を超えようとした。
そんな自分が、今では一人の女の挙動に対して右往左往している。
何とも人間らしいことだ。
「フッ、滑稽だな……」
自嘲しながら椅子に腰掛け、腕を組んで目を閉じる。
取りあえず翌朝エレオノールを起こす時には、酒の飲みすぎは控えるように言っておくとしよう……と考えながら、ユーゼスは速やかに睡眠状態に移行するのだった。
「……行軍って言うのは、もう少し立派な物だと思ってた」
アルビオンの土をズシャズシャと踏み締めながら、ギーシュはボヤき気味に呟く。
そしてそんな中隊長のボヤきに対し、中隊つき軍曹のニコラが苦笑しながら応じた。
「まあロサイスに五千を残してきたとは言え、それでもまだ五万五千の大所帯ですからなぁ。そんだけの数を一斉に動かすのにいちいち格好を付けてちゃ、ロサイスを出発するのは降臨祭の頃になっちまってたハズです」
「でもなぁ……何と言うか、五ケタの人数が揃って徒歩で敵地を移動するってのも間抜けなような気が……」
「馬を六万頭用意したり、大艦隊で堂々とアルビオンの空を飛ぶわけにもいかんでしょう」
「だよなぁ……」
はぁ、と溜息をつくギーシュ。
トリステイン・ゲルマニア連合軍が浮遊大陸アルビオンに上陸してから、早二週間ほどが経過している。
上陸する際に艦隊戦があり、少なからず損害を出しつつもそれに勝利して以降、アルビオン側からは何の攻撃もなかった。
ちなみにギーシュは艦隊戦の時は船の中で震えていただけだったが(艦隊戦では銃歩兵隊に出来ることなどほとんどない)、きっと上陸してからすぐに物凄い戦いになるに違いない、となけなしの勇気を奮い立たせてもいた。
しかしその予想は見事に外れてしまったことになる。
そしてそれは連合軍の首脳部も同じだったらしく、港町ロサイスに上陸してから起こるであろう『決戦』に備えてすぐに陣地を構築したものの、アルビオン軍が何のアクションも起こしてこないので結局は時間と兵糧を無駄に潰してしまった。
この結果に首脳部はもちろん拍子抜けしたが、兵士の多くもまた肩透かしを食らったような感覚になり、おかげで軍全体の士気は微妙なムードだった。
しかし、それも先日までの話。
トリステイン・ゲルマニア連合軍は長い行軍を終え、今まさに街道の集中しているアルビオンの古都シティオブサウスゴータを攻略するべく陣を構築している真っ最中なのであった。
予定では明日の夜明け前には進軍する手筈になっている。
ちなみにギーシュの所属するド・ヴィヌイーユ独立大隊はかなり前方、と言うかほとんど先頭に配置されていた。
しかもギーシュの中隊は大隊の中でも更に戦闘に配置されている。
これに仰天したのは他でもないギーシュである。
そりゃあ一番槍は名誉なことだが、逆に言うとそれは一番敵と戦う確率が高いという意味だ。
つまり、一番死ぬ確率が高い。
何で僕たちみたいなロクでもない大隊が……いや、ロクでもないから一番先頭なのか。
なるほどなぁと思わず納得してしまったが、そんな素直に納得してる場合ではない。
士官教育終わりたての任官したてで、いきなり中隊長を任せられたと思ったら、初陣で一番槍って。
しかも自分は学生士官。
分不相応にも程がある。
いや、手柄を立てるチャンスが目の前にぶら下がっていることは嬉しいけれども。
正直言って、痛いのや怖いのや死ぬのは嫌だ。
そんな風に功名心と恐怖心とを葛藤させつつ歩いていると、トントンとニコラに肩を叩かれる。
「中隊長殿」
「な……、何だね?」
「そっちにまっすぐ進むとシティオブサウスゴータにお一人で突撃しちまうことになりますが、いいんですかい?」
「え?」
言われて顔を上げてみれば、もうとっくに自分たち中隊が向かうように指示された位置だった。
五リーグほど離れた遠くには、なるほど確かにシティオブサウスゴータの城壁が見える。
「ぎゃあ!」
叫びながら慌てて飛び退くギーシュ。
これだけ距離が離れていればちょっとやそっと飛び退いた程度では全く影響はないのだが、そこは気分の問題だ。
「いやあ、てっきり功を焦って馬鹿なことをしでかしたかと思っちまいましたよ」
「そんなワケないだろ! そりゃ僕だって名誉や手柄は欲しいけど、同じくらい命も惜しいし、死にたくない!」
「素直ですな」
「この期に及んで嘘なんかついてもしょうがないだろ!」
何せ下手すりゃ明日には死んでしまうのである。
下手に虚勢を張ったり取り繕ったりするよりは、なるべく自分に正直に生きていたいと思うのがギーシュ・ド・グラモンという人間なのであった。
「まあどんなに遅くとも突撃は明日の朝になるでしょうから、なるべく早めに腹をくくっておくことですな」
「……くくりたくないなぁ」
ブツクサ言いつつ、ギーシュはごく簡易的な天幕の設営を始める。
これからしばらくの間待機して、夜が更けたら突撃開始点まで移動して、もう一度待機して、突撃のラッパと同時に突撃―――という流れになっているわけだが、夜が更けるまで野ざらしで突っ立っているわけにもいかないからだ。
と言うか、上の方から今の内に休息を取るように命令までされている。
別に命令などされなくとも、休むときには休むのだが。
「さて、それじゃ休憩がてら飯にしますか」
「飯って……またあの肉っぽいアレかね? 正直、とてもじゃないが美味いとは思えないんだが……」
「ですが無いよりはマシですぜ」
「そりゃそうだけどなぁ」
さも食べたくなさそうな顔をするギーシュ。
彼が言った『肉っぽいアレ』とは、豆から作ったパン状の生地に『錬金』の魔法をかけて肉の味をつけた通称『代用肉』と呼ばれているものである。
外見はそれなりに肉のように見えはするのだが、先程のギーシュの言葉にもあったように味や食感の方はあまりよろしくない。
特にギーシュのようにそれなりに舌の肥えてしまっている貴族たちには不評であった。
「肉……と言うか、『肉風味の何か』と言うか、とにかくそんな感じがするんだよ」
「いやいや、金のない平民にとっては立派な『肉の代用品』ですって。値段も手頃ですし、平民の間じゃそこそこ売れてるって聞きますぜ、あれ」
「値段ねぇ」
自分たち兵士に『代用肉』が回されてくるのは、おそらくその辺りの理由によるものだろう。
何せトリステインにもゲルマニアにも金がないのだ。
いや、それなりにありはしたのだが戦のためにほとんど使い果たしてしまった、と言った方がいいか。
よって兵糧や弾薬などの備蓄も少なくなってしまい、必然的に短期決戦を挑まねばならないという状況になっている。
ちなみにこのような兵の不安を煽るような情報は士気に関わるため伏せられるのが普通である。
しかし、いくらひた隠しにしようが所詮は自軍内の情報であり、噂話程度の漏洩はいくらでも起こり得てしまう。
そして人の口に戸は立てられず、噂というものは無責任に尾ひれをつけつつ広がっていく習性を持つ。
そのためトリステイン・ゲルマニア連合軍の多くの兵は『自分たちはかなり切羽詰まった状況に置かれているのだ』という意識を持ちつつあった。
閑話休題。
とにかく配給品として『代用肉』が出されるのに変わりはない。
まあ確かに肉が全くない状況よりはマシだが、あんまり進んで食べたいと思わないのだ。
「いっそのこと、中隊長殿が魔法をかけてあの肉をもっとマシにしてみたらどうです? 戦の前に魔法を無駄使いするのはいけませんが、この戦いが終わってからってことで」
「うーん……それは僕も考えたんだが、前に知り合いに“食べ物への『錬金』は余程の自信がない限りやめろ”って言われたのを思い出してやめた」
「余程の自信? そんなに難しいことなんですかい、あの『代用肉』を作るのは?」
ギーシュの言葉を聞いて、興味深げにニコラが問いかける。
「えーと……確か『錬金』を使うメイジが餓死を意識するくらいの飢餓状態で、かつその状態で『食べたいもの』を渇望するくらいのイメージの強烈さが必要らしい」
「……そりゃまた命懸けですなぁ」
前に聞いたことをどうにかして思い出すようにしながら、ギーシュは説明を続けた。
「『ただ食べられるもの』を作るだけならそれほど難しくはないんだけど、食べものっていうのは割と些細な変化で味や食感が変わるから、最低でもそのくらいしないと『美味い』と感じるものを作ることは出来ないんだそうだ。
しかも下手するとタンパクシツやタンスイカブツとかいう成分を『錬金』し損なって、有害なものが出来かねないとか何とか……」
「はあ。……自分には難しいことは分かりゃしませんが、それが大変だってことは分かりました」
「うん、正直僕にもよく分からない」
「?」
ポリポリと頭を掻いて一応の理解を示すニコラだったが、そこでふとギーシュの言葉に不可解な点が混じっていることに気付き、その点をすぐさま質問した。
「その口振りだと、誰かからの受け売りのように聞こえますが……どこかの学者さんに知り合いでも?」
それを受けてギーシュはやや恥ずかしそうにこの知識の出所を語る。
「まあ……クラスメートの使い魔にちょっとね」
「使い魔? と言うとアレですかい、猫とか鳥とかの? ……はあ、メイジの使い魔ってのはそんな難しいことも勉強するんですなぁ。ってことは中隊長殿のモグラも?」
「ああ、いや、そうじゃなくて…………まあいいか、説明するとややこしくなるし」
説明を放棄して、地面に腰を下ろして取りあえずの休息を取り始めるギーシュ。
これからしばらくすれば、嫌がりつつも待っていた戦が始まるはずだ。
自分にとっては初陣となるが……果たしてどんなものが待ち構えていて、どんなことが起こるのだろうか?
「何にせよ、明日の夜かぁ……」
配給されたブヨブヨしている『代用肉』をかじり、遠くに見えるシティオブサウスゴータを眺めながら、ギーシュは呟く。
「魔法学院では今頃、何してるのかなぁ……。モンモランシーは元気だろうか……」
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