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#navi(使い魔の達人)
ルイズとカズキは図書館での調べ物をやめ、ルイズの自室にて二人、顔をつき合わせていた。
ルイズの魔法を失敗させない為にはどうすれば良いか、二人して頭を悩ませるのである。
ルイズの室内の本棚には、図書館に行く必要がないほど、魔法に類する書物が収められていた。
どれも幾度なく開かれ、頁の端が欠けるほど読み込まれている。
カズキは文字はわからなくとも、それらに目を通すだけでルイズのこれまでの努力が伺えた。
さらに聞けば、ルイズは思いつく限りの方法は既に試み、様々な助言を得てもなお、結局は爆発を起こしてしまうのだと言う。
「どうしたもんかなぁ」
先刻の一件で少しばかり気が楽になったのであろうカズキ。今は、ルイズのことに集中できていた。
「そんな真剣に考えなくても良いわよ。どうせあんたに、どうにかできることじゃないし」
結局魔法を使うのはルイズだ。カズキが頭を捻ったところで、解決するものでもない。
ルイズにしても、結局ないものねだりをするつもりもないのだろう。
じゃあカズキにどうして欲しいのかと言うと、そこはルイズ自身にもいまいち判断はつかない。
そうは言っても、なんとかしたい、なにかをしたいと思うのがカズキである。回らぬ脳をフル回転させる。
「系統?は結局わかんないんだよね」
「そ。『発火』でも、『錬金』でも、『フライ』でも、『治癒』だろうと、失敗して…ね。
メイジはどれか一つの系統が得意だなんて、わたし、どれも不得意だとしか思えないわ」
「うーん。魔法って、失敗すると爆発起こすものなの?」
魔法は見るのも初めてで、知識のないカズキならではの疑問である。まさか、と自嘲気味に笑うルイズ。
「スペルを唱えきって失敗するなんてまずないでしょうけど、たいてい何も起こんないわ」
「そういうもんなの?」
「そういうもんなの」
ふむふむ、と頷く。ますますわからなくなった。
「…なんか、もう一つなかったっけ?失われた、とかなんとか」
「『虚無』の系統のこと?あれは始祖ブリミルが使われていた伝説の系統ね」
カズキは指をぱちん、と鳴らした。
「そう、それ。実はルイズがその、『虚無』の系統、とか」
うん、我ながら名推理、と満足そうに頷くカズキに、ルイズは鼻で笑った。
「あんたね、そんな畏れ多い話、あるわけないじゃない。それに、あんたが今言った通り、遥かいにしえに‘失われた’系統なの。
つまり、スペルや文献の類も残っていない、どんな魔法なのかもわからない。唱えて確かめる術もないわ」
つらつらと語るルイズ。愚考さえも畏れ多い、と言わんばかりだ。
「そっか…」
改めて本棚を見る。あれだけの蔵書を誇る図書館の常連であろうルイズ。さらにこれだけの本を個人的に所有しているのだ。
本当に、自分に口出しできることは、何一つないのだろう。それを思い知らされる。
それから、さらに数日が過ぎた。
使い魔の達人 第七話 王都トリスタニア
「で、ミス・ヴァリエールと、使い魔の少年の方はどうじゃ?」
トリステイン魔法学院、学院長室。例によってオスマンとコルベールが顔をつき合わせていた。
「数日前まで、時間があれば図書館の本を片っ端から調べていました。遠目に見て、主に亜人関係の書物でしたが。
おそらくミス・ヴァリエール自身、あの使い魔に思うところがあったのではないでしょうか。
『フェニアのライブラリー』への閲覧を申請してきましたが、時期尚早と思い却下させておきました」
「ふむ。事はわし等も扱いかねるからの。変に騒がれても適わん。よくやってくれた。して、今は?」
「捜索を断念したのか、平常どおりの生活を送っている様ですね。
ミスタ・グラモンとの決闘以来、なにかしら騒動を起こすこともありません」
その報告に、オスマンは自慢の白髭を撫で付けながら意外そうに言った。
「ほぅ。例の件を快く思わぬ貴族連中に、私刑でも吹っ掛けられるとも思うたが」
「一応此処は、貴族の学び舎ですから…あまりそう言ったことを学院長自ら仰るのはどうかと思いますぞ」
苦笑するコルベール。
「ふん、君とてあの大立ち回りには興奮仕切りだったではないか。ま、連中にはいい薬にでもなったのかの。
では、引き続き、なにかしらあれば報告するように」
「わかりました。ところでその…」
言葉を切ると、辺りを見回した。
「なんじゃね」
「その、ミス・ロングビルは…」
「ああ、彼女なら明後日、ユルの曜日に控えた『フリッグの舞踏会』の打ち合わせに出ておるよ。
何から何まで初めてのことじゃろうに、平然と卒なくこなすから任せて安心じゃわい。
もうぼちぼち戻るかも知れんが、そんなわしの頼もしい秘書殿に、四十を数えて久しい男やもめな君がなんの用かね?ミスタ」
オスマンの瞳が光る。ありゃわしの尻だ。そう告げる眼差しだった。
このエロ爺め。コルベールは心中で吐き出せば、
「いえ、なんでもありません。失礼します」
一つ礼をして、学院長室を出るのだった。
「なあ、ルイズ。彼は一体、どうしたんだね?」
授業の休憩時間に、ギーシュがそんなことを尋ねてきた。相変わらず、手の上で薔薇を弄っている。
先日の一件以来、顔はともかく目を合わせることもなかったが、今になって何故だろうか。ルイズは首をかしげた。
「彼って?」
「決まってるじゃないか。君の大事な使い魔君のことさ。この数日と言うところ、あまり元気がない…
と言うか、どこか切羽詰ったような顔をしている気もするのだが、どうしたのかね?」
「だ、大事って!…まぁいいわ。なによ、ギーシュ。
あんた、わたしの使い魔の顔を、そんなにまじまじ見てたわけ?気持ち悪いわね」
ひょっとして、あの一件で新たな趣味が芽吹いたのではないか。ルイズの脳裏に、いけない妄想が広がりかけた。
「ち、違うさ!この僕をあれだけ追い詰めた男が、あんな風に覇気がないのは、何事かと思っただけさ」
「追い詰めたってあんた、完璧にこてんぱんに負けてたじゃない」
「ぐっ…」
嘆息交じりのルイズの指摘に、ギーシュは呻いた。そして、ルイズは尚も嘆息を続けた。
「…どうやら、だいぶ深刻なようだね。君が、そんな顔をするなんて」
「あら、モンモランシーやあの一年の子に続いて、次はわたしなのかしら?」
果たして自分はどんな顔をしていたのだろうか。すぐに澄ました表情を作るルイズ。ギーシュは肩を竦めた。
「まさか、今は誰とも付き合えないよ。まずは二人に詫びようと思ったのだが…
ケティはなんとか許してくれたが、モンモランシーがどうしても、ね」
次いでううむ、としかめっ面で悩むギーシュ。どうでもいい、とルイズは思った。
ちなみにカズキは今、雑事をこなしている最中である。そこを見計らって、ギーシュも話しかけてきたのだろうが。
「って、僕のことはともかくとして、君の使い魔のことだ。まぁ、君の『あのこと』であれだけ激昂した彼のことだ。
聞けば君たち、この数日図書館に通い詰めて調べ物をしていたそうだが、おそらくそれが関係しているのだろう?」
こっちに意識が戻ってきたギーシュが再度問う。なんでこいつが知ってるの、と思ったルイズだが、
あれだけの書物を魔法無しで片っ端から漁っていたのだ。人目につかぬわけもなかった。
「ま、関係してるといえばしてるけど、あんたにはぜんぜん全く無関係な話よ。
余計な詮索する前に、モンモランシーへの詫びの一言でも考えた方が良いんじゃない?」
「…まぁ、君がそう言うのなら、深入りはすまいよ」
「そうしてくれると助かるわ」
しかしルイズは、何か思うところがあったのか、こう続けた。
「…あと、あんな使い魔だけど、気遣ってくれてありがとう。
それに、今更言うのもなんだけど、この間の件では、うちの使い魔が済まなかったわね」
ギーシュは目を丸くした。
「…なに、その顔は」
「い、いや。今僕は、奇跡の瞬間に立ち会ってるような気がしてね。
ま、まぁ。あの件は僕にも非がないわけでもないさ。うん、君さえよければ、水に流すよ、ははは」
声がどこか上ずっているギーシュ。そう、と返すと、ルイズは前を向いた。
「ま、まぁなんだ。彼も、君の使い魔として頑張っているのだろうし、どうかね。
今度の休日は、使い魔を労ってやるのもまた、主人としての勤めと僕は考えるよ」
それだけ伝えれば、ギーシュは踵を返した。向かった先でモンモランシーに早速話しかけ、言葉を発する前に平手を食らっていた。
ルイズはギーシュの言葉を受け、何事か考え始めた。
カズキは、精神的に崖っぷちに立たされていた。
何時終わるとも知れぬ、人としての自分。しかしその瞬間は、あれ以来、三日、四日と日を重ねても一向に来ることはない。
眠れる時間は日に日に少なくなり、口数も少なく、食事もあまり喉を通らなくなってきた。
時折思い出したように、ルイズに体調を確認する。返事は決まって次の通り。
「別になんともないわ」
これを聞くたびに、カズキは安堵する。しかし、懐疑的なものも全くないわけではない。
実は我慢をしているのではないか?そう考え始めると、止まらなかった。
かつて斗貴子も、‘ホムンクルス本体’に寄生され、身体の自由が利かないのをおして平然を装い、任務を続行していた。
出会って数日だが、カズキの知るルイズという少女は斗貴子同様、我が強い。ならばルイズも…と考えると、気が気ではなかった。
が、事情を知るルイズならばともかく、朝に顔を合わせるキュルケや、他の同級生、貴族連中、学院で働く人間たちにも、
特に著しい脱力感を訴える者も居らず、カズキは次第に、わけがわからなくなっていった。
「なあルイズ、オレ、どうなってる?」
「なによ、またそれ?どこからどう見ても、人間よ、人間。良かったわね」
カズキがそんなことを訊き出したのは、召喚された翌日から、さらに一週間も経過した頃から。
そして現在。気付けばギーシュとの決闘から、九日が経っていた。既に窓の外は暗い。
タイムリミットは、とうに過ぎている。カズキの見た目は依然、人間の、いつもの姿のままであった。
カズキは、何時までもヴィクター化が固定しないことに内心混乱しつつも、その日数が推定であったことを思い出す。
推定で語られていたのならば、それが早まることも、遅れることもある。
来るなら、とっとと来い。来ないのならば…。
幾度も、自分で命を絶とうと考えたカズキだが、その度に、あの日のルイズの言葉が脳裏に浮かぶ。
そして、思いとどまるのだ。次第に、カズキの心は軋みを挙げ始めていた。
ルイズは今頃になり、ひょっとしたらこいつ、騙されてるんじゃないか、などと思っていた。
この少年が嘘をつく類の人間ではないと、少女は判断する。ならば、誰かに謀れている可能性を、今の今まで考えなかった。
そうすると、カズキが実際に姿を一瞬変えた件についてどう説明するのか、ルイズはまた頭を捻るわけだが。
「そうね、明日出かけましょう」
「…?」
何を言っているのかわからない。そんな表情を、ルイズに向けた。
「明日は虚無の曜日だもの。休日を静かに過ごすのは、わたしとしてもやぶさかじゃないわ。
けれど、先週だってずっと図書館で調べ物だったもの。今週も鬱屈と部屋で過ごすなんて、さすがに不健康だわ。
街にでも出てみましょう。あんたもついて来ること。いいわね?」
「な、なに考えてんだ。オレは――」
「死を振り撒く化物になる、でしょう?けどあんた、そんなのさっぱりならないんだもの。
いい加減疲れちゃったわ。あんたも、ずっと気を張ったんだし、ちょっとは気晴らしになるでしょ。
優しいご主人様の気遣いに感謝したら、もう寝なさい。とにかく明日は、街へ出るわよ」
「そんな…!」
「なったらなったよ。命を吸われる前に、なんとかするわ。どんな魔法だって爆発するのよ?あんたのそれより早いわよ」
もちろん貴族として、メイジとして威張れることではない。
わかっているはずだが、この使い魔を言い含めるにはきっとそれしかないのだろう。ルイズは少し悲しくなった。
強引に決めると、ルイズは自分で着替え始める。この数日、カズキはルイズの着替えを手伝おうとしなかった。
叱り付けても、動こうとしない。それどころか、部屋から出ても、常に一定の距離を取ろうとするのだ。
人に、ルイズに触れるのが、その命を吸ってしまうかも知れないことが、怖いのだろうか。
召喚した頃からは、予想もつかぬ酷い有様。そんな風に怯える自分の使い魔を、見ていられなかったからなのだろうか。
明日出かけることで、少しでも彼の不安を取り除けたら…。
ルイズは、自分がそんな提案ができたことを内心驚いていた。
きっと、ギーシュがあんなこと言うからだわ。ルイズはそう思うことにした。
カズキはルイズが着替えを始めると同時に、毛布に包まっていた。包まりながら、震えていた。
脳裏に最悪の結末を描きながら、震えていた。
その日、キュルケは休日にしては珍しく早く目覚めた。まだ太陽が東側にあるのだ。
この数日と言うもの、幾度なくカズキにアプローチを試みたキュルケである。が、そのカズキには常にルイズにべったりくっついていた。
図書館でなにやら調べ物をしてようだが、おそらくルイズの魔法を成功させる為に、文献、資料を漁っていたのだろう。
それはいい。あの一件の後、自分が発破をかけたあとのルイズの行動としては、間違いではない。
だがそれも、自分が図書館へ赴いたほんの幾日かで終わりを迎えたらしい。先日まで二人、食事が終われば部屋に篭って何をしているやら。
諦めた、ということはまずないだろう。あれだけのことを言ってのけてまだ一週間。早々に見切りをつけるには早すぎる。
なにより、彼女の実家と浅からぬ因縁を持つキュルケとしても、それでは面白くない。
キュルケはある懸念を抱いたこともある。それはやはり、この数日、見る見るうちにやつれていくカズキにあった。
目の下の隈もいっそう酷くなり、時折余裕のない表情を伺わせるカズキ。食事が終われば、ほとんど二人で部屋に篭りきり。
これはまさか…と危惧したが、それにしてはルイズの放つ雰囲気があまりに変化に乏しいので、ないな、とあっさり判断した。
まぁそんなわけで、カズキへのコンタクトを虎視眈々と伺っていたキュルケは、
定例である男子学生との密会もついキャンセルしてしまい、何故か健康的に虚無の曜日を迎えてしまったわけである。
いつもの自分らしくない空回りに、ますます闘志を燃え上がらせるのがキュルケという少女だ。
身支度、化粧を普段より余念なく整え、部屋を出る。目指すはすぐ隣、ルイズの部屋への扉。流れるようにノックする。
まずは朝食にでも誘おう。ルイズも当然着いてくるだろうが、今日は虚無の曜日だ。
先週とは違い、朝から動きを抑えれば、チャンスはいくらでも…
「あら?」
いくら待っても反応がない。もう一度扉を叩くが、廊下に音が響くばかりである。
ノブを引くが、鍵もかかっている。キュルケは躊躇せず杖を扉に向け、『アンロック』の呪文を唱えた。鍵の開く音がする。
本来は学院内での『アンロック』は校則違反であるが、キュルケはどこ吹く風、と言った調子だ。
恋の情熱は全てのルールに優越する、というのがツェルプストー家の家訓なのであった。
「相変わらず、色気のかけらもない部屋ね…ルイズー?」
しかし、部屋はもぬけの殻だった。二人ともいない。部屋を見回すと、ルイズの鞄がなかった。
虚無の曜日なのに鞄がない、ということは、どこかに出かけたのであろうか。窓から外を見回した。
門から馬に乗って出て行く、二人の姿が見えた。目を凝らせば、ルイズとカズキであることがわかった。
「なによー、出かけるの?」
キュルケはつまらなそうに呟くが、何事か思いついたのか、ルイズの部屋を飛び出した。
タバサは、大絶賛自分の世界に閉じこもっていた。眼鏡の奥の瞳を輝かせ、黙々と読書に興じている。
虚無の曜日は一週間で唯一の休日だ。彼女は、その休日を読書で過ごすことを、何よりの楽しみとしているのだ。
すると、部屋の扉がどんどんと叩かれたので、とりあえず彼女は無視した。至福の時間を邪魔されることを、彼女は何より嫌う。
そのうちに、激しく叩かれ始めた。タバサは表情を変えず、節くれだった杖を手に取れば、『サイレント』の呪文を紡いだ。
『風』の魔法、『サイレント』によって、彼女の耳に入る雑音が一切合切遮断される。満足そうに本へと目を向けた。
しばらく没頭していると、本を取り上げられ、肩を掴まれ振り向かされる。彼女の友人、キュルケがいた。
無感情に見つめるが、歓迎していないことだけは確かだ。
しかし、入ってきたのはキュルケである。これが他の相手なら、例外なく『ウインド・ブレイク』で部屋の外へ吹き飛ばすのだが、
キュルケはタバサにとって、自分の世界への闖入を許される数少ない例外なのだ。
しかたなく、しぶしぶと言った調子で、タバサはサイレントを解いた。
「タバサ。今から出かけるわよ!早く支度をしてちょうだい!」
「虚無の曜日」
そう返せば、本を取り返そうと腕を伸ばす。が、キュルケはそれを阻もうと高く本を掲げた。
背の高いキュルケがそうするだけで、タバサは手が届かない。彼女はルイズよりもさらに身長が低いのだ。
「わかってる。あなたにとって虚無の曜日がどんな日だか、あたしは痛いほどよく知ってるわよ。
でも、今はね、そんなこと言ってられないの。恋なのよ!恋!」
熱く語るキュルケ。それでわかるだろうと言わんばかりの態度だが、それにタバサは首を横に振って応えた。
キュルケは感情で動くが、タバサは理屈で動く。対照的な二人であるが、何故か仲がよい。
「そうね。あなたは説明しないと動かないのよね。ああもう!前にも言ったけど、あたしね、恋したの!でね?
その人が今日、あのヴァリエールと出かけたの!あたしはそれを追って、二人がどこに行くのか突き止めなくちゃいけないの!わかった?」
タバサは首を振った。それでもまだ、なぜ自分に頼むのか、理由が見えなかった。
「出かけたのよ!馬に乗って!あなたの使い魔じゃないと追いつかないのよ!助けて!」
そこでキュルケは、タバサに泣き付いた。
タバサは頷いた。自分の使い魔でなければ追いつかない。なるほど、と思った。
「ありがとう!じゃ、追いかけてくれるのね!」
タバサは再び頷いた。キュルケは友人である。友人が自分にしか解決できない頼みを持ち込んだ。
ならば仕方ない。面倒だが受けるまでである。
タバサは窓を開け、口笛を吹いた。
ピューっと、甲高い口笛の音が青空に吸い込まれる。次いでタバサは窓枠によじ登れば、外に向かって飛び降りた。
キュルケも全く動じずに、それに続いた。ちなみに、タバサの部屋は五階である。
ここ最近のタバサは、外出時にドアを使わない。この方が早いからである。
落下する二人を、その理由が受け止めた。力強く両の翼を陽光にはためかせ、二人をその背に乗せて、ウインドドラゴンが飛び上がった。
「いつ見ても、あなたのシルフィードは惚れ惚れするわね」
その背びれに腰掛け、キュルケが感嘆の声を上げた。そう、タバサの使い魔は、幼生のウインドドラゴンなのだ。
タバサから風の妖精の名を与えられた風竜は、器用に上昇気流を捕らえれば、一瞬で二百メイルも空を駆け上った。
タバサは短くキュルケに尋ねる。
「どっち?」
キュルケがあ、と声にならない声をあげた。
「わかんない……。慌ててたから」
タバサは別に文句をつけるでなく、ウインドドラゴンに命じた。
「馬二頭。食べちゃだめ」
ウインドドラゴン、シルフィードは短く鳴いて了解の意を主人に伝えれば、上空へと羽ばたいた。
竜の視力を持ってすれば、高空から馬の姿を捉えるなど、たやすいことなのだ。
自分の忠実な使い魔が仕事を開始しするのを確認したタバサは、キュルケの手から本を奪い取り、使い魔の背びれに凭れて頁をめくり始めた。
カズキは朝食後、外出を躊躇った。当然である。
いつヴィクター化が固定するかわからないのに、人の多い街になんて出るわけにはいかない。
しかしルイズは、そんなカズキの腕を掴んで無理やりに学院の馬屋まで引っ張っていった。
途中、早起きな学院の生徒や、虚無の曜日でも働く者の目に留まることも厭わない、とにもかくにも、強引なルイズである。
言ってもきかないのなら仕方ない。慣れぬ馬に跨り、揺られ揺られて三時間。カズキはルイズとトリステインの城下町を歩いていた。
乗ってきた馬は、街の門の傍の駅に預けてある。
「こ、腰が…」
生まれて初めての乗馬。カズキは腰が痛めていた。軽く捻れば、ぐきぐき鳴り響く。さらに痛くなった。思わず悲鳴。
「情けないわね。馬に乗ったことすらないなんて。それにあんた、ほんとに化物になるんなら、そのくらい軽いもんでしょうに」
皮肉交じりにぼやくルイズ。そうは言っても、痛いものは痛いのだ。腰をさするカズキ。
「まさか三時間ぶっ通しなんて、思わないしなぁ」
キャプテン・ブラボーとの特訓とはまた違う、別方向からの肉体疲労。いくら鍛えていても、どうしようもないものもある。
「歩いてくるわけにもいかないでしょ。着くまでに日が変わっちゃうわよ」
その間も足は進む。腰の痛みが緊張を和らげているのだろうか。初めて見る街に、カズキの好奇心が久方ぶりに顔を覗かせていた。
学院とはまた違う造りの、白い壁がずらりと並ぶ町並み。学院よりは質素ななりの人間が、通りを往来している。
道端では果物や肉、雑貨を売る露天商がそこかしこで声を張り上げている。
それらに目を向けているうちに、カズキはちょっとした旅行気分になってきていた。
わかりやすいほど表情を明るくするカズキを横目に見て、ルイズは少し表情を柔らかくした。やはり、連れてきて正解だったと思った。
「って、あんまりキョロキョロしないでよ、田舎者丸出しでみっともないわよ」
そんな軽口もつい出てしまう。そうかな、と照れ笑いを返してくるカズキ。
「それにしても、道が狭いね。今にも人にぶつかりそうだ」
と言うか、時折肩がぶつかっている。道幅は五メイル程しかないだろうか。大勢が行き来するものだから、歩くだけで一苦労だ。
「狭いってあんた、大通りなのよ?ブリドンネ街。トリステインで一番大きな通りなんだから。
それにこの先をまっすぐ行けば、トリステインの宮殿があるわ」
「ふーん。王様もそこにいるの?」
「女王陛下よ。そりゃいるでしょうけれど、拝謁なんてできないし、そんなことしに来たわけじゃないでしょ」
「そりゃそうだ…って、結局何しに来たんだよ」
カズキの問いに、ルイズはあ、と声にならない声をあげた。
とにかくこの使い魔と出かけようと思い、特に考えなしにここまできてしまったが、さてどうしようか。
「ま、いいわ。服でも見に行きましょう。財布はちゃんと持ってるわよね?嘆かわしいことだけれど、スリが多いんだから」
ルイズは、財布は下僕の持つものと言って、財布をそのままカズキに持たせていたのである。
中には金貨が詰まっており、手に持つとずっしりと重かった。
「ちゃんとあるよ。さすがにこんな重いの盗まれないでしょ」
「そんなの、魔法を使えば一発よ」
カズキは辺りを見回すが、メイジらしい人間はいない。カズキの中では、メイジは基本マントをつけているものと定義されていた。
「普通の人しかいないじゃん」
「そりゃ、貴族は人口全体の一割しかいないもの。それに、普通貴族はこんな下賎なところ、滅多に歩かないものよ」
「ルイズは?」
「今日はあんたに合わせてあげてんの。ありがたく思いなさい」
「ふーん。なんで普通は歩かないわけ?買い物とかどうするのさ」
「使いの者を出したり、店が直接納めに来るところもあるわね。人の上に立つのが貴族ですもの。自ら出向くなんてそうはないのよ」
「なるほど。で、貴族ってスリなんてするの?貴族なのに」
「あんたね…貴族は全員メイジだけれど、メイジが全員貴族というわけじゃないの。
いろんな事情で、勘当されたり家を捨てたりした貴族の次男や三男坊なんかが、
身をやつして傭兵になったり、時には犯罪者にもなってしまうの」
「どこも大変なんだなぁ」
カズキにはいまいちピンとこない世界の話である。適当な相槌の後、その目は様々な看板へ向けられた。
「あの壜の形をした看板の店は?酒屋?」
「っていうか酒場ね」
「あのバッテンの印は?」
「衛士の詰め所。ほら、いい加減いくわよ」
その後もそんな調子で通りを歩いていく。別段急ぐ用事でもないので、質問の度に答えて行くルイズである。
「ここでいいわね」
そのうちにルイズが足を止めたのは、大通りから少し外れた立派な店だった。
煌びやかな装飾っを施した店内に、上等そうな布地がそこかしこに陳列している。
他にはアクセサリーの類がカウンター近くに並べられているばかり。カズキは疑問符を浮かべた。
「服を見に来たんだろ?なんか、一着も置いてないけど」
「なんで在りものの服を着なきゃいけないのよ。選んで仕立てさせなきゃ、着心地が悪いじゃないの」
当然でしょ?という表情でルイズ。なるほど、オーダーメイドの店なのか。カズキは納得した。
「これは貴族様。このような店にわざわざ御出でいただけるとは恐縮の極み。本日はどのようなご用件で?」
奥から店主らしき男が出てきた。髭の先がクルッと巻いててオシャレだと思った。
「えぇと、そうね。春物を一着欲しいんだけど、今年はどういうのがあるのかしら」
ルイズ自身、今は別に新しい服が欲しいわけでも無し。平時は学院の制服。明日に控えた舞踏会用のドレスは既に拵えてある。
特に予定もなく、もののはずみで来たわけだが、とりあえず見るだけ見るつもりのようだ。
店主が奥から重そうな冊子を取り出す。どうやらカタログのようで、貴族用の服がイラスト付きで紹介されていた。
ルイズがそれを見ながら店主とあぁでもない、こうでもないとやってるのを横目に、カズキは適当に店内をぶらついた。
漫画か何かで、こういうのは時間がかかるものだということぐらいは知っているカズキである。
「あ、そうだ。ついでにあんたのも少し見繕っておきましょ」
と、ルイズが不意にカズキに告げる。店主の目がちら、とカズキを値踏みするように動いた。
「え、オレの服?なんでまた」
「あんた、召喚されてからずっとその服じゃない。使い魔と言っても服を着てるんじゃ、着替えだって必要でしょ」
今頃過ぎる話であるが、なるほど、もっともである。ここ最近はカズキ自身、気にする余裕もなかった。
「それでは、いかがなさいます?下男や召使用の服も一応は扱っておりますが…。
通常、他の貴族様はわざわざ仕立てられず、既製品をお求めになられますね」
そういうと店主が出してきたカタログは、先ほどのものに比べて随分と薄っぺらかった。よほど需要がないのだろう。
ルイズはそれを聞いて、一つ悩んだ。確かにわざわざ下僕用の服を仕立てる貴族など、よほどの物好きだろう。
彼女自身、進んでそのカテゴリに入るつもりはない。が、仮にもヴァリエール家の使い魔に着せる服である。
そんじょそこらの下僕と同じものでいいはずもない。そして、彼女の使い魔は、こちらでは珍しい拵えの服を着ているのだ。
「そうね…あんた、ずっとその服だったし。今は同じようなのがもう一着あればいいでしょ」
カズキの詰襟の黒服――学生服を指して、決め付けるようにいうルイズ。
「まぁ、別にいいけど」
すると店主が服を見たいと言うので、上着を脱いで渡す。
「ふむ…?珍しい生地ですな。インナーはどうされますか?」
カズキのシャツを指して店主。ルイズは改めてそれを見ると、赤い布地に、胸の部分に妙な模様が入っており、少々奇抜に思える。
「…ま、いいわ。一緒に仕立てちゃって」
わりとテキトーだな、とカズキは思った。
結局、カズキの服を新たに仕立てるだけで、その店での買い物は終わった。
ところどころに見たこともない素材が使われている為、そこは在り合わせのものを代用することになるそうだ。
完成したら後日学院に送ってくれるよう取り付けて、二人は店を後にした。
「さすがに、ポリエステルはこっちにはないか」
「なにそれ」
「この生地の名前。それにしても、お金出してくれてありがとう」
「当然でしょ。そりゃ贅沢はだめだけど、必要なものはきちんと買うわよ」
そっか、とカズキは相槌を送る。服を買うと言うことは、それを着て生活すると言うことだ。
果たして自分に、あれを着る日が来るのだだろうか。たぶん来ないのだろうな、そう思った。
「それにしても、あんたの服ってよくよく変よね。腕に帯なんか巻いてるし、シャツの模様なんかも、ワンポイントとしてはいい感じだけど、変よね」
「これは腕章っていって、オレの学校じゃ、これの色で学年がわかるんだ」
ちなみに一年は青、二年は赤、三年は緑といった具合だ。
「そういえば元の世界じゃ学生って言ってたわね。ふうん、学院のマントみたいなものなのね」
そんなルイズの感想に、カズキは思わず苦笑をもらした。
「そういうこと。シャツのロゴは、まぁ、そういうブランドなんだ。963(クロサキ)っていってね」
様々な衣類を手がけるブランドで、デザインも良いのでカズキは平時から愛用していた。
「へぇ。あんたひょっとして、わりと裕福だった?」
「別に。誰でも買える値段で、これもそれほど高くはないよ」
ロゴを指して、963でクロサキって読むんだ、などとどうでも言い知識を教えるカズキ。
そのうちに、ブリドンネ街に戻る。そろそろ昼時だからだろうか、美味しそうな香りがあたりに漂い始めた。
その途端、カズキの腹の虫が自己主張をした。きゅるると鳴いて、その声はルイズにまで届いたようだ。
「あー…、お腹すいたね」
「あんたね…まぁいいわ。なにか食べましょうか」
照れ笑いを浮かべつつ、カズキは頷いた。召喚されてからは学院の食事だから、ちょっと楽しみでもある。
ここまで上手い具合に気晴らしはできている。カズキは本当に、ルイズに感謝していた。
「見つけた」
四つ角に出たところでようやく二人を発見キュルケは、その角に身を潜めた。背中にタバサがぶつかる感触。無言の抗議を背中に受けた。
シルフィードは街中に連れて行くわけにもいかないので、少し離れた場所から徒歩だったわけだが、
まさかそれで見失うことになるとは思わなかった。探しに探して、ようやく今に至るわけである。
二人は通りのカフェで軽食を取っているようだ。そういえば、もうそんな時間か。
「さて、どうしてくれましょうか、ヴァリエール…」
含みのある笑みを浮かべ、何事か思案するキュルケ。タバサはもはや興味なさそうに本を読んでいた。
そんな奇妙な貴族の二人組みに、辺りから視線が突き刺さるが、どちらもどこ吹く風であった。
軽い昼食をとった後、二人はさてどうするか、と言うことになった。
街の様子を見てるだけでカズキは十分楽しめたし、ルイズとしても、しばらくぶりの街をそれなりに満喫できていた。
「な、なに…?」
ルイズの視線がカズキを上から下まで往復する。今さっきの服飾店で、気付いたことが一つあるのだ。
「そういやあんた、手ぶらなのよね。武器はどうしたの?」
視線がじろり、と睨み付ける様なものに変わった。
「へ?」
「へ、じゃないわよ。あんた、わたしの従者でもあるんだから、
出かけるときは最低限、護衛に必要な武器は持ってて然るべきなんじゃないの?」
「然るべき、って言われてもなぁ…」
ないこともないけれど…さすがになぁ。
カズキは困ったように頬を掻いた。既にヴィクター化への推定期間は過ぎている。
自分の武器である、‘錬金術’の‘力’。それを見せるのは、もはや最後の一押しをするようなものだろう。
「…ま、召喚した時からそれらしいのは持ってなかったものね。どうせ向こうに忘れてきたんでしょうけど」
やれやれ、と肩を竦めた。カズキは苦笑を返しておいた。
「じゃ、行きましょうか」
「何処へ?」
「決まってるじゃない。武器屋よ。本当はあまり行きたくないけれど、この際仕方ないわ。必要なものは揃えちゃいましょ」
するとルイズは足を進めた。向かう先は、通りから離れた路地裏から更に先。
必要かなぁ、と頭上に疑問符を浮かべながら、カズキはそれに続いた。
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