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「攻撃力0の使い魔-02」(2009/09/06 (日) 15:04:52) の最新版変更点
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#navi(攻撃力0の使い魔)
未知の土地を訪れた者が最優先で行わなければならないこと、それは情報収集だ。
異国ならぬ異世界を訪れた場合でも変わらない。
何よりも まず、自分の訪れた世界のルールを知らなければならない。
ルールと言っても、その土地の住人たちの価値観・常識のことだけではない。
むしろ 異世界を訪れた場合に重要なのは、その世界の成り立ち・在り方の根底にかかわる法則や仕組みだ。
十二次元宇宙には、カードゲームの勝敗が そのまま対戦者の生死に直結するような世界も存在していた。
そして、おそらくは 自分の知る十二次元宇宙の さらに外の次元に存在するであろう、このハルケギニアとかいう世界……
できるだけ早く この世界のことを把握しておかないと、思わぬところで足元をすくわれる危険がある。
幸いなことに、自分の目的は 自分がいちばんよくわかっている。 どんな世界に在ろうと、自分が為すべきことは ただ一つだ。
なぜ、自分がこの世界に特殊召喚されたのか……いや。
なぜ、自分が開いた次元の扉が この世界に通じたのか……
その答えは明白だ。焦ることはない。
「彼」は この世界に いる……!
■■■■■■
桃色の髪の少女が トリステイン魔法学院の廊下を闊歩している。
(……そう。まずは、この世界のことを よく知っておかないとね……)
この世界のルールについて、最優先で確認しておかなければならないのは「自分の持つ『力』が、この世界において どの程度 通用するか」だ。
この世界でもデュエルモンスターズのカードと精霊の「力」が使えるのなら、これまで見てきた世界と同じように事を運べばいい。
だが、もし そうでないとしたら……?
そんなことを考えながら、1階から順に1フロアずつ校内を散策して、4階に辿り着いた頃……
(……!?)
突然、何かの気配を感じた。何か…自分の知ったモノの気配を。
(これは……まさか……!)
桃色の前髪の下に出来た深い影の中で 目を妖しく輝かせながら、少女は自分の感じた気配の方を目指す。
気配を追って辿り着いた場所は、魔法学院本塔5階。宝物庫の扉の前だった。
(……間違い無い。この中には、デュエルモンスターズのカードがある。40枚、プラス15枚……さらに15枚。デッキか……)
なぜ、こんな所にデュエルモンスターズのデッキがあるのはわからない。
だが、そんなことはどうでもよかった。
(この世界にもデュエルモンスターズは存在する……!)
そのとき、少女の頭の中に声が響いた。
(わたしは…もう『ゼロ』じゃない……!)
「……ッ! もう目が覚めたのか……!」
宝物庫の扉を眺めていた桃色の髪の少女の雰囲気が変わった。
先程まで妖しく金色に輝いていた目は 普段どおりの色に戻り、前髪の下に差していた深い影も いつのまにか消えている。
そして、本塔5階 宝物庫の正面……
桃色の髪の少女:ルイズが、扉の方を向いて ぼうっとしたまま直立している。
その背後では、彼女の使い魔として召喚された亜人:ユベルが、腕組みをして少女を見下ろしていた。
■■■■■■
ルイズは たった独り、闇の中に沈んでいた。
貴族でありながら魔法が使えないという劣等感……
どれだけ一生懸命に勉強しても、いざ実際に魔法を試してみると、いつも発生するのは失敗の爆発ばかり。
そして いつものように彼女の失敗を囃し立てる罵声と嘲笑。
唇を噛み 拳を握り締めて、屈辱に耐える。
いつものことだ。今さら取り立てて気にすることは無い。
いつか見返してやればいい。
……ふと気づくと、嘲笑が それまでとは違う喚声に変わっている。
ルイズの召喚した使い魔の姿に、生徒たちが騒ぎだしたのだ。
そうだ、自分は『サモン・サーヴァント』に成功したじゃないか。
自分は魔法に成功した。少なくとも「ゼロ」ではない。
(わたしは…もう『ゼロ』じゃない……!)
気がつくと、ルイズは薄暗い場所…校舎の中…金属製の扉の前にいた。
■■■■■■
「……やあ」
ルイズの召喚した使い魔…ユベルが、腕組みをして こちらを見下ろしている。
あぁ、私の召喚した珍しい使い魔だ。その事実に やや満足感を覚える。
……が、すぐに何か違和感があることに気づく。
「……!? ちょっ……ここ、どこなの!? なんで こんなとこに!? 午後の授業は!?」
ルイズの感覚では、いつのまにか屋外から屋内へワープしていたのだ。無理は無い。
さらに軽度の疲労感と空腹感まで覚える。
「……ふふふっ、驚いたよ。キミの意識は しばらく心の闇の中に閉じ込めておくつもりだったんだけど……まさか自力で這い出てくるとはねぇ」
使い魔は、質問に答えず腕組みをしたまま主人を見下ろし、ワケのわからないことを言っている。
「心の闇……? って、それより質問に答えなさい! あっ! 質問と言えば、あんたのことも まだ教えてもらってないわ!
あんた、どういう種族なの? 悪魔族とかなんとか言ってたけど……」
「あぁ……ボクもキミに訊きたいことは山ほどあるんだ。どこか落ち着ける場所で、ゆっくり話すとしようか」
優しく語りかけるような低いトーンの女性の声で、ユベルが言った。
そして、宝物庫の金属製の扉のほうを一瞥する。
(……まあいい。この世界にも デュエルモンスターズのカードが存在することはわかった。あとは、この世界においてデュエルがどう作用するか……だな)
■■■■■■
使い魔の召喚に成功した その日の夜……
ルイズは自室で、使い魔の亜人:ユベルと質問のやり取りをしていた。
お互いに 一通り質問し終わったあと、ルイズが口を開く。
「つまり……あんたは そのジュウダイっていう生き別れた友達を探すために、わたしの召喚に応じてハルケギニアに来たってこと?」
闇属性だの悪魔族だの精霊だのといった部分については「そのうち わかるよ」などと適当に はぐらかされてしまったが、
とりあえず聞き出すことができた使い魔の素性について確認する。
「あぁ。ボクはいつだって十代のために生きていた。そして、これからも……」
そう言って、ユベルは額以外の2つの目を閉じ 押し黙った。おそらく、生き別れた友のことを想っているのだろう。
しかし、せっかく呼びだした使い魔が、主人である自分をそっちのけで、
自分の知らない誰かに対して強い好意を寄せているというのは、ルイズにとって面白くなかった。
「……ちょっと待ちなさいよ。『コントラクト・サーヴァント』が成功した以上、あんたは わたしの使い魔。で、わたしがご主人様。
さっきも言ったでしょ。メイジにとっての使い魔は……」
「『一生の僕であり、友であり、目で耳である』だっけ? それがどうかしたかい?」
「いや! 『どうかしたかい?』じゃなくて! なんで使い魔が ご主人様を差し置いて 自分の友達のために生きようとしてるのよ!」
自分の攻撃力は0だというユベルの自己申告を聞いたことで、ルイズは少し強気になっていた。
この使い魔は いかにも強そうで禍々しい外見をしてはいるが、本人の談によると 攻撃力も防御力も無い…らしい。
なら、仮に この使い魔を怒らせたとしても、見た目がちょっと怖いだけで、少なくとも危害を加えられはしないということだ。
それに この使い魔が本当に危険な存在なら、召喚した時点で ミスタ・コルベールが何らかのリアクションを示したハズだ。
「……いい? あんたは わたしの使い魔になったの! その友達のことは ひとまず忘れて、使い魔としての役目を……」
【なに……】
「っ!?」
いきなり男性の野太い声が聞こえた。
ユベルの額の目がルイズを真正面から見つめている。眼球の中に浮かび上がるルーンが痛々しい。
「……ねぇ、ルイズ」
ユベルが声を発する。トーンの低い女性の声だ。
「な…なによ……」
呼び捨てにされたが、この空気で「ご主人様と呼べ」とは 突っ込めない。
「ボクは別にキミの使い魔になることが嫌なわけじゃないんだ。
キミがそう望むなら、キミがその短い一生を終えるまで 使い魔とやらの仕事をしてあげてもかまわない。
ボクをここに呼んでくれたのは、ほかでもないキミなんだからねぇ」
「……そ、そう……? なら…いいんだけど……」
意外なことに、この使い魔は自分に恩義を感じているらしい。それとも『コントラクト・サーヴァント』の効果だろうか。
【でも……これだけは覚えておくんだ】
野太い男性の声でユベルが付け足す。
驚く…というか むしろビビる ルイズを無視して、ユベルが続ける。
『キミが、ボクと十代の仲を否定しようとするのなら……』
トーンの低い女性の声と野太い男性の声が重なって同時にセリフを紡ぐ。
『ボクはキミを……許さない』
世界を12個ほど滅ぼさんばかりの迫力に気圧される。こいつのどこが攻撃力0なのか。
「……わ……わかったわ……」
ルイズはなんとなく理解した。
一見 優しげで静かな口調と穏やかな物腰の奥から滲み出す、粘つくような どす黒い感情……
これが「悪魔」の「闇」なのだろうか。
細かい事情は聞いていないが、おそらくジュウダイというのも ただの友達ではないのだろう。
もっとも、これ以上 この問題に踏み込む度胸は 今のルイズには無かったが。
「それで……」
穏やかな女性の声でユベルが喋りだす。
「さっき聞いた使い魔とやらの仕事について、もう1度確認させてもらってもいいかな?」
「え? あ、うん……いいわよ」
一応、真面目に働くつもりはあるらしい。
「えっと、まずは『主人の目になり耳になる能力』だけど……」
試しに目をつむってみる。
……真っ暗。何も見えない。
ルイズは、内心 ホッとした。
『コントラクト・サーヴァント』のルーン刻みの際に感じた痛みも、きっと何かの偶然だったのだろう。
昔…というか昨日までの自分なら、自分の使い魔と感覚を共有することについて 大いに喜んだに違い無い。
だが、今は違った。
さっきの気持ち悪い感情が自分の中に流れ込んでくるとしたら……
想像もしたくなかった。
「ま、まあ…これは別にできなくてもいいわ。それより……」
「できるよ」
「……え?」
何か不穏な発言が聞こえた気がする。
「い…今、なんて……」
「ボクと感覚を共有したいんだろう?」
「……できるの? いや、別にしたいわけじゃないからね!」
「そうだね。キミには教えておいてもいいかもしれない」
そう言うと、ユベルが近づいてくる。
「え? ちょ……」
「ふふふっ……今にわかる」
ユベルがどんどん近づいてきて、その紫色の肌が視界を覆い尽くしたかと思うと……消えた。
(え……?)
さっきまでユベルがいた場所には、誰もいない。床・壁・天井が見える。
(どこ……?)
とりあえずベッドから立ち上がって、周囲を見回……せない!? 金縛りにでもあったかのように、体が言うことを聞かない……!
(やだ、なにこれ……!? っていうか、どこ行ったのよ……! ちょっと! 使い魔! ユベルーっ!)
(……ふふっ、ボクならここにいるよ)
頭の中にユベルの声が響いた。
(え? どこ!?)
(どこって……ここだよ)
ユベルの声がそう言うと、ルイズの視界に右手が映りこんだ。右手は、ルイズ自身を指し示している。
(……! まさか……!)
(そう……今のボクは、ユベルであり…ルイズでもある。キミは今、ボクと体…いや、存在そのものを共有しているんだ)
(そんなことが……!)
たしかに、使い魔が……主人の目となり耳となるばかりか 手にも足にもなっている。
……だが、これは明らかに間違っている。
(って! 私の体が乗っ取られてるだけじゃない!)
(……不服かい?)
(当たり前でしょ! 私が言っていたのはこういうことじゃないの! いや、ある意味 合ってるけど違う!)
(なんだ、違うのかい)
(そう! 違う! とにかく まず 出て! 出なさい!)
(やれやれ、面倒だねぇ……)
体から、何かが抜けるような感覚がしたかと思うと、ルイズの全身に感覚…体の主導権が戻る。
ユベルはというと、さっきの位置でルイズを見つめている。
「……あっ!」
そしてルイズは、あることに気づく。
「まさか、今日の午後の記憶が無いのは……!」
「あぁ。ボクがキミの体を使って、この学校の中を調べていたんだ」
「やっぱり……! って、あれ? でも、なんで そのときの分の記憶が無いの? 今のは、ちゃんと わたしの意識も残ってたのに」
「簡単なことさ。ボクは探索のあいだ、キミの意識を封印していた。 だから、ボクを召喚してから しばらくの記憶が無いんだ」
どんな先住魔法か見当もつかないが、トンデモなく危険な能力だ。ヘタをすれば、自分という存在を乗っ取られてしまう。
「えっと……それは、やっぱり わたしがユベルの主人だからできることなの?」
「いや。断言はしないけど、たぶん誰に対しても使えるだろうねぇ」
さらに危険度アップ。それとも、ある程度のメイジなら抵抗できるのだろうか?
「……まあ…だいたいわかったわ。たしかに すごい力だけど、できるだけ使わないようにして。いい?」
「……いいだろう。少なくとも キミに対しては、できるだけ使わないと約束してあげる」
「って、ほかの人には使う気!?」
「情報収集にも使えるからね。いつ どこで、十代の情報を持った者に出会うかわからないだろう?」
「あー…まあ…じゃあ、いいわ……」
とりあえず「ジュウダイ」なる人物の話題については、ユベルに逆らわないことにした。
というか、かかわってはいけない気がする。
「それと、残念だが『秘薬探し』もできないよ。ボクには、薬の材料なんかよりも よっぽど大事な探しものがあるからねぇ」
「あー…それも…じゃあ、それで……」
この話題では、とにかくユベルを最大限に尊重する。
そして、さりげなく話題をかえる。
「……で、最後に いちばん大事な『主人の護衛』なんだけど……あんたには無理よね。だって、攻撃力も守備力もゼロなんでしょ?」
すると、ユベルは不敵に笑った。
「ふふふっ……まだ勘違いしているみたいだね」
「な、何がよ……!? 戦う力が無いやつに護衛なんて無理に決まってるでしょ……!」
「いいや。誰かを守る盾として、ボク以上に相応しい者はいないよ」
「え? でも、守備力もゼロだって……」
主人を喜ばせようと、ユベルなりに虚勢を張っているのだろうか。
いや、本当に虚勢を張るつもりなら、最初から「攻撃力も守備力も0」などとは言わないハズだ。
しかし、守備力が無いくせに 誰かの盾になるとは、どういうことなのだろう?
「……! まさか、自分を犠牲するつもり!?」
「犠牲? 何を言っているんだ。十代に会う前に、ボクが倒れるわけにはいかないだろう?」
「いや、それはそうかもしれないけど……じゃあ どういうことよ?」
「……たしかに、ボクの守備力の数値は0だ。でも、ボクを傷つけることは 誰にもできない。だって、攻撃はボクへの愛だからね……」
「は? え? いや、ちょっ…攻撃が愛って……えぇ!?」
ただの変態か……?
いや、ユベルはいたって真面目な顔をしている。ますますワケがわからない。
「それに……」
ここで急にユベルの声の色が変わった。
ルイズは思わずユベルのほうを見る。
ユベルは少し寂しそうに遠い目をしている……
「ボクは、十代を守らなければならないんだ……」
ルイズは、また少し なんとなく理解した。
ユベルがジュウダイという人物へ向ける妄執のような感情。
その正体が何なのか、今の彼女には わからなかった。
だが 少なくとも、ただの色恋沙汰などではないことは間違い無い。
「……見つかるといいわね。その…ジュウダイが」
思わず、声をかけてしまった。
「……あっ! で、でも! 今のあんたは わたしの使い魔なんだから、守るなら まず、わたしのことを守りなさいよね!
そ、それより ホラ! 今日は あんたのせいでいろいろあって疲れたし、もう寝るから!」
ルイズは、そう一気に まくしたてると、なんやかんやを脱ぎ捨てて ベッドに潜り込む。
その光景を見ていたユベルが ルイズに声をかける。
「この、みっともなく脱ぎ散らかした下着はどうするつもりだい?」
「うるさいわね……主人の服の洗濯も使い魔の立派な仕事よ。明日の朝にでも 洗っておいて」
「……やれやれ、面倒だねぇ」
……ルイズは、いつのまにか寝息を立てている。
どうやら本当に疲れていたらしい。
異世界の存在に憑かれて学校中を動き回っていたのだから、無理は無い。
ほとんどイビキに近い寝息を立てるルイズをよそに、ユベルは今後のことについて考える。
次元移動の際に消耗したエネルギーの回復……
これは手元の ご主人様の心の闇だけで十分ではある。
だが、この子をここで使い捨てるわけにはいかない。
自分が 数ある異世界の中から この世界に辿り着けたのは、一応 この娘のおかげなのだ。
それに、この娘には何か特別な「力」を感じる。
……やはり、今 必要なのは、情報と手駒だ。
#navi(攻撃力0の使い魔)
#navi(攻撃力0の使い魔)
未知の土地を訪れた者が最優先で行わなければならないこと、それは情報収集だ。
異国ならぬ異世界を訪れた場合でも変わらない。
何よりも まず、自分の訪れた世界のルールを知らなければならない。
ルールと言っても、その土地の住人たちの価値観・常識のことだけではない。
むしろ 異世界を訪れた場合に重要なのは、その世界の成り立ち・在り方の根底にかかわる法則や仕組みだ。
十二次元宇宙には、カードゲームの勝敗が そのまま対戦者の生死に直結するような世界も存在していた。
そして、おそらくは 自分の知る十二次元宇宙の さらに外の次元に存在するであろう、このハルケギニアとかいう世界……
できるだけ早く この世界のことを把握しておかないと、思わぬところで足元をすくわれる危険がある。
幸いなことに、自分の目的は 自分がいちばんよくわかっている。 どんな世界に在ろうと、自分が為すべきことは ただ一つだ。
なぜ、自分がこの世界に特殊召喚されたのか……いや。
なぜ、自分が開いた次元の扉が この世界に通じたのか……
その答えは明白だ。焦ることはない。
「彼」は この世界に いる……!
■■■■■■
桃色の髪の少女が トリステイン魔法学院の廊下を闊歩している。
(……そう。まずは、この世界のことを よく知っておかないとね……)
この世界のルールについて、最優先で確認しておかなければならないのは「自分の持つ『力』が、この世界において どの程度 通用するか」だ。
この世界でもデュエルモンスターズのカードと精霊の「力」が使えるのなら、これまで見てきた世界と同じように事を運べばいい。
だが、もし そうでないとしたら……?
そんなことを考えながら、1階から順に1フロアずつ校内を散策して、4階に辿り着いた頃……
(……!?)
突然、何かの気配を感じた。何か…自分の知ったモノの気配を。
(これは……まさか……!)
桃色の前髪の下に出来た深い影の中で 目を妖しく輝かせながら、少女は自分の感じた気配の方を目指す。
気配を追って辿り着いた場所は、魔法学院本塔5階。宝物庫の扉の前だった。
(……間違い無い。この中には、デュエルモンスターズのカードがある。40枚、プラス15枚……さらに15枚。デッキか……)
なぜ、こんな所にデュエルモンスターズのデッキがあるのはわからない。
だが、そんなことはどうでもよかった。
(この世界にもデュエルモンスターズは存在する……!)
そのとき、少女の頭の中に声が響いた。
(わたしは…もう『ゼロ』じゃない……!)
「……ッ! もう目が覚めたのか……!」
宝物庫の扉を眺めていた桃色の髪の少女の雰囲気が変わった。
先程まで妖しく金色に輝いていた目は 普段どおりの色に戻り、前髪の下に差していた深い影も いつのまにか消えている。
そして、本塔5階 宝物庫の正面……
桃色の髪の少女:ルイズが、扉の方を向いて ぼうっとしたまま直立している。
その背後では、彼女の使い魔として召喚された亜人:ユベルが、腕組みをして少女を見下ろしていた。
■■■■■■
ルイズは たった独り、闇の中に沈んでいた。
貴族でありながら魔法が使えないという劣等感……
どれだけ一生懸命に勉強しても、いざ実際に魔法を試してみると、いつも発生するのは失敗の爆発ばかり。
そして いつものように彼女の失敗を囃し立てる罵声と嘲笑。
唇を噛み 拳を握り締めて、屈辱に耐える。
いつものことだ。今さら取り立てて気にすることは無い。
いつか見返してやればいい。
……ふと気づくと、嘲笑が それまでとは違う喚声に変わっている。
ルイズの召喚した使い魔の姿に、生徒たちが騒ぎだしたのだ。
そうだ、自分は『サモン・サーヴァント』に成功したじゃないか。
自分は魔法に成功した。少なくとも「ゼロ」ではない。
(わたしは…もう『ゼロ』じゃない……!)
気がつくと、ルイズは薄暗い場所…校舎の中…金属製の扉の前にいた。
■■■■■■
「……やあ」
ルイズの召喚した使い魔…ユベルが、腕組みをして こちらを見下ろしている。
あぁ、私の召喚した珍しい使い魔だ。その事実に やや満足感を覚える。
……が、すぐに何か違和感があることに気づく。
「……!? ちょっ……ここ、どこなの!? なんで こんなとこに!? 午後の授業は!?」
ルイズの感覚では、いつのまにか屋外から屋内へワープしていたのだ。無理は無い。
さらに軽度の疲労感と空腹感まで覚える。
「……ふふふっ、驚いたよ。キミの意識は しばらく心の闇の中に閉じ込めておくつもりだったんだけど……まさか自力で這い出てくるとはねぇ」
使い魔は、質問に答えず腕組みをしたまま主人を見下ろし、ワケのわからないことを言っている。
「心の闇……? って、それより質問に答えなさい! あっ! 質問と言えば、あんたのことも まだ教えてもらってないわ!
あんた、どういう種族なの? 悪魔族とかなんとか言ってたけど……」
「あぁ……ボクもキミに訊きたいことは山ほどあるんだ。どこか落ち着ける場所で、ゆっくり話すとしようか」
優しく語りかけるような低いトーンの女性の声で、ユベルが言った。
そして、宝物庫の金属製の扉のほうを一瞥する。
(……まあいい。この世界にも デュエルモンスターズのカードが存在することはわかった。あとは、この世界においてデュエルがどう作用するか……だな)
■■■■■■
使い魔の召喚に成功した その日の夜……
ルイズは自室で、使い魔の亜人:ユベルと質問のやり取りをしていた。
お互いに 一通り質問し終わったあと、ルイズが口を開く。
「つまり……あんたは そのジュウダイっていう生き別れた友達を探すために、わたしの召喚に応じてハルケギニアに来たってこと?」
闇属性だの悪魔族だの精霊だのといった部分については「そのうち わかるよ」などと適当に はぐらかされてしまったが、
とりあえず聞き出すことができた使い魔の素性について確認する。
「あぁ。ボクはいつだって十代のために生きていた。そして、これからも……」
そう言って、ユベルは額以外の2つの目を閉じ 押し黙った。おそらく、生き別れた友のことを想っているのだろう。
しかし、せっかく呼びだした使い魔が、主人である自分をそっちのけで、
自分の知らない誰かに対して強い好意を寄せているというのは、ルイズにとって面白くなかった。
「……ちょっと待ちなさいよ。『コントラクト・サーヴァント』が成功した以上、あんたは わたしの使い魔。で、わたしがご主人様。
さっきも言ったでしょ。メイジにとっての使い魔は……」
「『一生の僕であり、友であり、目で耳である』だっけ? それがどうかしたかい?」
「いや! 『どうかしたかい?』じゃなくて! なんで使い魔が ご主人様を差し置いて 自分の友達のために生きようとしてるのよ!」
自分の攻撃力は0だというユベルの自己申告を聞いたことで、ルイズは少し強気になっていた。
この使い魔は いかにも強そうで禍々しい外見をしてはいるが、本人の談によると 攻撃力も防御力も無い…らしい。
なら、仮に この使い魔を怒らせたとしても、見た目がちょっと怖いだけで、少なくとも危害を加えられはしないということだ。
それに この使い魔が本当に危険な存在なら、召喚した時点で ミスタ・コルベールが何らかのリアクションを示したハズだ。
「……いい? あんたは わたしの使い魔になったの! その友達のことは ひとまず忘れて、使い魔としての役目を……」
【なに……】
「っ!?」
いきなり男性の野太い声が聞こえた。
ユベルの額の目がルイズを真正面から見つめている。眼球の中に浮かび上がるルーンが痛々しい。
「……ねぇ、ルイズ」
ユベルが声を発する。トーンの低い女性の声だ。
「な…なによ……」
呼び捨てにされたが、この空気で「ご主人様と呼べ」とは 突っ込めない。
「ボクは別にキミの使い魔になることが嫌なわけじゃないんだ。
キミがそう望むなら、キミがその短い一生を終えるまで 使い魔とやらの仕事をしてあげてもかまわない。
ボクをここに呼んでくれたのは、ほかでもないキミなんだからねぇ」
「……そ、そう……? なら…いいんだけど……」
意外なことに、この使い魔は自分に恩義を感じているらしい。それとも『コントラクト・サーヴァント』の効果だろうか。
【でも……これだけは覚えておくんだ】
野太い男性の声でユベルが付け足す。
驚く…というか むしろビビる ルイズを無視して、ユベルが続ける。
『キミが、ボクと十代の仲を否定しようとするのなら……』
トーンの低い女性の声と野太い男性の声が重なって同時にセリフを紡ぐ。
『ボクはキミを……許しはしない』
世界を12個ほど滅ぼさんばかりの迫力に気圧される。こいつのどこが攻撃力0なのか。
「……わ……わかったわ……」
ルイズはなんとなく理解した。
一見 優しげで静かな口調と穏やかな物腰の奥から滲み出す、粘つくような どす黒い感情……
これが「悪魔」の「闇」なのだろうか。
細かい事情は聞いていないが、おそらくジュウダイというのも ただの友達ではないのだろう。
もっとも、これ以上 この問題に踏み込む度胸は 今のルイズには無かったが。
「それで……」
穏やかな女性の声でユベルが喋りだす。
「さっき聞いた使い魔とやらの仕事について、もう1度確認させてもらってもいいかな?」
「え? あ、うん……いいわよ」
一応、真面目に働くつもりはあるらしい。
「えっと、まずは『主人の目になり耳になる能力』だけど……」
試しに目をつむってみる。
……真っ暗。何も見えない。
ルイズは、内心 ホッとした。
『コントラクト・サーヴァント』のルーン刻みの際に感じた痛みも、きっと何かの偶然だったのだろう。
昔…というか昨日までの自分なら、自分の使い魔と感覚を共有することについて 大いに喜んだに違い無い。
だが、今は違った。
さっきの気持ち悪い感情が自分の中に流れ込んでくるとしたら……
想像もしたくなかった。
「ま、まあ…これは別にできなくてもいいわ。それより……」
「できるよ」
「……え?」
何か不穏な発言が聞こえた気がする。
「い…今、なんて……」
「ボクと感覚を共有したいんだろう?」
「……できるの? いや、別にしたいわけじゃないからね!」
「そうだね。キミには教えておいてもいいかもしれない」
そう言うと、ユベルが近づいてくる。
「え? ちょ……」
「ふふふっ……今にわかる」
ユベルがどんどん近づいてきて、その紫色の肌が視界を覆い尽くしたかと思うと……消えた。
(え……?)
さっきまでユベルがいた場所には、誰もいない。床・壁・天井が見える。
(どこ……?)
とりあえずベッドから立ち上がって、周囲を見回……せない!? 金縛りにでもあったかのように、体が言うことを聞かない……!
(やだ、なにこれ……!? っていうか、どこ行ったのよ……! ちょっと! 使い魔! ユベルーっ!)
(……ふふっ、ボクならここにいるよ)
頭の中にユベルの声が響いた。
(え? どこ!?)
(どこって……ここだよ)
ユベルの声がそう言うと、ルイズの視界に右手が映りこんだ。右手は、ルイズ自身を指し示している。
(……! まさか……!)
(そう……今のボクは、ユベルであり…ルイズでもある。キミは今、ボクと体…いや、存在そのものを共有しているんだ)
(そんなことが……!)
たしかに、使い魔が……主人の目となり耳となるばかりか 手にも足にもなっている。
……だが、これは明らかに間違っている。
(って! 私の体が乗っ取られてるだけじゃない!)
(……不服かい?)
(当たり前でしょ! 私が言っていたのはこういうことじゃないの! いや、ある意味 合ってるけど違う!)
(なんだ、違うのかい)
(そう! 違う! とにかく まず 出て! 出なさい!)
(やれやれ、面倒だねぇ……)
体から、何かが抜けるような感覚がしたかと思うと、ルイズの全身に感覚…体の主導権が戻る。
ユベルはというと、さっきの位置でルイズを見つめている。
「……あっ!」
そしてルイズは、あることに気づく。
「まさか、今日の午後の記憶が無いのは……!」
「あぁ。ボクがキミの体を使って、この学校の中を調べていたんだ」
「やっぱり……! って、あれ? でも、なんで そのときの分の記憶が無いの? 今のは、ちゃんと わたしの意識も残ってたのに」
「簡単なことさ。ボクは探索のあいだ、キミの意識を封印していた。 だから、ボクを召喚してから しばらくの記憶が無いんだ」
どんな先住魔法か見当もつかないが、トンデモなく危険な能力だ。ヘタをすれば、自分という存在を乗っ取られてしまう。
「えっと……それは、やっぱり わたしがユベルの主人だからできることなの?」
「いや。断言はしないけど、たぶん誰に対しても使えるだろうねぇ」
さらに危険度アップ。それとも、ある程度のメイジなら抵抗できるのだろうか?
「……まあ…だいたいわかったわ。たしかに すごい力だけど、できるだけ使わないようにして。いい?」
「……いいだろう。少なくとも キミに対しては、できるだけ使わないと約束してあげる」
「って、ほかの人には使う気!?」
「情報収集にも使えるからね。いつ どこで、十代の情報を持った者に出会うかわからないだろう?」
「あー…まあ…じゃあ、いいわ……」
とりあえず「ジュウダイ」なる人物の話題については、ユベルに逆らわないことにした。
というか、かかわってはいけない気がする。
「それと、残念だが『秘薬探し』もできないよ。ボクには、薬の材料なんかよりも よっぽど大事な探しものがあるからねぇ」
「あー…それも…じゃあ、それで……」
この話題では、とにかくユベルを最大限に尊重する。
そして、さりげなく話題をかえる。
「……で、最後に いちばん大事な『主人の護衛』なんだけど……あんたには無理よね。だって、攻撃力も守備力もゼロなんでしょ?」
すると、ユベルは不敵に笑った。
「ふふふっ……まだ勘違いしているみたいだね」
「な、何がよ……!? 戦う力が無いやつに護衛なんて無理に決まってるでしょ……!」
「いいや。誰かを守る盾として、ボク以上に相応しい者はいないよ」
「え? でも、守備力もゼロだって……」
主人を喜ばせようと、ユベルなりに虚勢を張っているのだろうか。
いや、本当に虚勢を張るつもりなら、最初から「攻撃力も守備力も0」などとは言わないハズだ。
しかし、守備力が無いくせに 誰かの盾になるとは、どういうことなのだろう?
「……! まさか、自分を犠牲するつもり!?」
「犠牲? 何を言っているんだ。十代に会う前に、ボクが倒れるわけにはいかないだろう?」
「いや、それはそうかもしれないけど……じゃあ どういうことよ?」
「……たしかに、ボクの守備力の数値は0だ。でも、ボクを傷つけることは 誰にもできない。だって、攻撃はボクへの愛だからね……」
「は? え? いや、ちょっ…攻撃が愛って……えぇ!?」
ただの変態か……?
いや、ユベルはいたって真面目な顔をしている。ますますワケがわからない。
「それに……」
ここで急にユベルの声の色が変わった。
ルイズは思わずユベルのほうを見る。
ユベルは少し寂しそうに遠い目をしている……
「ボクは、十代を守らなければならないんだ……」
ルイズは、また少し なんとなく理解した。
ユベルがジュウダイという人物へ向ける妄執のような感情。
その正体が何なのか、今の彼女には わからなかった。
だが 少なくとも、ただの色恋沙汰などではないことは間違い無い。
「……見つかるといいわね。その…ジュウダイが」
思わず、声をかけてしまった。
「……あっ! で、でも! 今のあんたは わたしの使い魔なんだから、守るなら まず、わたしのことを守りなさいよね!
そ、それより ホラ! 今日は あんたのせいでいろいろあって疲れたし、もう寝るから!」
ルイズは、そう一気に まくしたてると、なんやかんやを脱ぎ捨てて ベッドに潜り込む。
その光景を見ていたユベルが ルイズに声をかける。
「この、みっともなく脱ぎ散らかした下着はどうするつもりだい?」
「うるさいわね……主人の服の洗濯も使い魔の立派な仕事よ。明日の朝にでも 洗っておいて」
「……やれやれ、面倒だねぇ」
……ルイズは、いつのまにか寝息を立てている。
どうやら本当に疲れていたらしい。
異世界の存在に憑かれて学校中を動き回っていたのだから、無理は無い。
ほとんどイビキに近い寝息を立てるルイズをよそに、ユベルは今後のことについて考える。
次元移動の際に消耗したエネルギーの回復……
これは手元の ご主人様の心の闇だけで十分ではある。
だが、この子をここで使い捨てるわけにはいかない。
自分が 数ある異世界の中から この世界に辿り着けたのは、一応 この娘のおかげなのだ。
それに、この娘には何か特別な「力」を感じる。
……やはり、今 必要なのは、情報と手駒だ。
#navi(攻撃力0の使い魔)
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