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#navi(使い魔の達人)
「来るぞカズキ!手を放すな!」
――夏の洋上。対ヴィクター、最終決戦。
アレクサンドリアの残した研究成果では、完全に化物となったヴィクターを再人間化するには、今一歩出力が足りなかった。
怒れる魔人は、同じが如き境遇で、しかしそれでもなお向かってくる男に、強力な一撃を見舞おうとする。
槍を掴む手に、力が込められるのがわかった。
「キミと私は一心同体、キミが死ぬ時が、私が死ぬ時だ!」
黒髪の女子、斗貴子が叫ぶ。ここから先は、どちらかが倒れるまでの死闘となる。
そう、だから――
「―――え?」
「ゴメン、斗貴子さん」
繋いだその手を、解き放す。
「その約束、守れない」
ゆっくりと、暗い海へと降下する斗貴子を見て、別れの言葉を告げた。
「本当に、ゴメン」
「――――――――カズキッ!!!」
使い魔の達人 第三話 ゼロのルイズ
――最悪の目覚めであった。
早朝。カズキは沈んだ気持ちで上体を起こす。窓から陽光が差込み、カーテンに淡くシルエットを刻む。
床の上で寝たためか、身体が少し痛い。が、肉体の疲労は大分取れたようだ。その替わり、精神の方が非常に重い。
…斗貴子さん、泣いてたな。
別れ際の斗貴子の顔、その悲痛な叫びは、今も目と耳について離れない。幾度謝っても、謝り切れない。
今も泣いているのだろうか。それを考えると、カズキは切なくなった。
視界の端に、ぽつんと置いてあるものが目に付く。昨夜渡されたルイズの下着である。
そう、俺は今、決死の覚悟でヴィクターと共に月へと飛び、何故か女の子の使い魔とやらをやることになった。
カズキは切なくなった。
「確か、洗濯しろって言われてたっけ」
確認するように呟くと、下着に目を向ける。恥ずかしくて直視できないが、とりあえず恐る恐る手に掴めば、立ち上がる。
なんだか、いけないことをしているような気分になった。
ベッドを見ると、自分をこの世界に呼んだ張本人、ルイズがすやすやと寝息を立てていた。
女の子の寝顔なんて、小さい頃の妹、まひろのものぐらいしか記憶にない。
起きてる時にはやれ貴族だ、メイジだ、使い魔だと、少々口うるさい分からず屋だが、寝ている時は人形のような可愛さだ。
寝顔を覗き込みながら、カズキはそんなことを考えた。
そのまま見惚れているわけにもいかない、と頭を振って。
部屋を見渡せば、昨日の高価そうな椅子に、昨夜着ていた服がそのなりでかけてある。あれは洗濯を託ってないし、いいか。
カズキは静かに部屋を出て、昨日通ってきた廊下を遡り、女子寮の出入り口までやってきた。
「…そういや、洗い場って何処にあるんだろ」
昨日は学院の入り口からまっすぐ食堂の厨房。ほとんど中庭で時間を潰し、その後女子寮まで歩いてきた。
さて、その中で洗濯をできそうな場所は…
「うーん?」
首を捻る。するとそこに――
「ムトウさん、でしたっけ?」
後ろから声をかけられる。見ればそこに、衣類の入った籠を抱えたメイド、シエスタが居た。
「あ、シエスタさん。おはよう。早いんだね」
「おはようございます。この時間なら、学院の平民はほとんどが起きて仕事を始めていますわ。ムトウさんも?」
「あ、うん。ルイズにこれ、洗濯しろ…って…」
何気なく手を掲げれば、そこには先ほどから下着が握られているわけで。
カズキは思わず下着を後ろ手に隠す。なんだか自分がいけない方向へ進んでいるような気がしてくる。
「まぁ…それは、大変ですわね。わたしもこれから貴族の皆様の御召し物を洗いに行くんですよ」
くすくすと笑いながら、籠の中のそれを見せるように。なるほど、洗濯物か。カズキはハッとして
「ちょうど良かった。実は何処で洗えば良いかわかんなくってさ」
照れたような仕草で、そう伝える。すると、シエスタはこっちですよ、と促して
「そう言えばムトウさん、噂になっていましたよ。ミス・ヴァリエールが平民を使い魔として召喚したって」
「ふーん、やっぱこっちじゃ珍しいのかな」
自分の左手に刻まれたルーン。うっすらと輝くそれを見つめ、返す。なんでも普通は光ってないのだとか。
「聞いた限りでは前例がないことみたいですけど、まぁミス・ヴァリエールですし…」
そこで、はっとした顔になって口をつぐむシエスタ。なんだ?カズキは気になった。
「と、ところで、ミス・ヴァリエールに例の許可はいただけたんですか?ここを出て行くって言う…」
どこか苦しそうに話題を変えるシエスタ。が、今自分の横に、カズキが歩いていることを見るに…
「…ダメだった」
苦笑交じりに首を振る。やはり、ダメだったか。
「それは…残念でしたわね」
なんと声をかけていいかわからず、そう返してしまう。
「で、でも!此処も此処で、なにかと住み心地は良い所ですから!
困ったことが、あったら何でも言ってくださいね。平民同士、助け合わなきゃ」
取り成すように続けた。昨日無責任な助言をした、せめてもの詫びも含んでいる。
「うん、ありがとう。シエスタさん。
まぁ、ダメはダメでも、ルイズと話してみて、一応はお互い納得できる形に落ち着いたと思うから」
よもや、化物になった自分の始末を任せたなどとは言えないが。
その言葉に、シエスタは目を丸くしながら
「そうなんですか?それは良かったですね…あ、ここです」
などと話している内に、水場に到着。そこに至って、ここでカズキは重要なことに気付く。
「あ、そっか。こっちじゃ手洗いなんだよな」
洗濯機なんてあるわけがない。未だ手に掴んでいるそれを、自分の手で洗わなければいけないのか…。
「そうですよ?あぁ、お洗濯、為されたことないんですか?」
こっち?と首を傾げながら、シエスタ。洗濯籠を置いて、タライや桶、洗濯板を用意したり、てきぱきと要領が良い。
「恥ずかしながら…女の子の下着は流石に」
「ふふっ、それじゃあ量も少ないですし、ムトウさん…ミス・ヴァリエールのものから先にしちゃいましょうか。何事も経験ですわ」
「よ、よろしくお願いします…」
何処か畏まった調子で、カズキはそう言った。
シエスタの指導の下、洗濯も程なく終わり、干した後には一旦部屋へ戻る。乾いたら部屋へ運んでくれるとの事で、至れり尽くせりだ、とカズキは思った。
「えーと、こっちだったっけ」
記憶を頼りに、女子寮の廊下を進む。ぼちぼち他の生徒も目覚め始めている頃のようだ。
時々すれ違う、早起きな生徒に驚かれたりするが、どうやら噂と言うのは生徒にも広まっているようだ。
すぐに、何処か小馬鹿にしたような目を向けられた。カズキはその度に頭上に疑問符を浮かべた。
うーん?やっぱ平民ってやつだからなのかな?ルイズもなんだか嫌がってたし。
そんなことを考えるうちに、ルイズの部屋まで辿り着く。扉を開ければ、まだルイズは眠っていた。
よく見れば、枕元には自分の携帯。随分と気に入られたようだ。
「まだ寝てる…もう起きてる人いたよな。流石に起こさなきゃまずいか」
女の子ってどう起こせば良いんだろうか。とりあえず普通に起こすか。
軽く揺さぶってみる…が、どうにも寝つきが良い様で、気持ち良さそうにくぅくぅ寝続ける。
「おーい、朝だぞー」
時折ぺしぺしと頬を軽くはたき、揺さぶる。
「んにゅ…」
目覚めが近いのか、可愛い声で一つ鳴くルイズ。思わず手が止まる。が、いやいや、とにかく起きてもらおうと、強く揺さぶって
「ん…んん?……あんた誰!?」
夢から半分目覚めたらしいルイズは、自分の眠りを妨げた者がなんなのか判別できていない様子。寝ぼけ眼のまま、指をぴしりと突きつける。
昨日いの一番に聞いた台詞を、もう一度聞くことになるとは思わなかったカズキは、しかし律儀に答える。
「なに、もっかい名前言うの?カズキ。昨日ルイズに召喚された、武藤カズキだよ」
「…あ、そっか。使い魔、昨日召喚したんだったわね」
そう、異世界から来た使い魔。化物になるらしい使い魔。でも、今はどこをどう見ても、ただ平民の使い魔だ。
まったく、変なのを呼んじゃったこと。だけど使い魔は使い魔だ。まずは…
「じゃ、服」
さっそく命令をする。
カズキは早朝見かけた椅子にかけてある服を渡す。すると、ルイズは寝巻きにしていたネグリジェをだるそうに脱ぎ始めた。
全速力で回れ右。一瞬ちらりと見えたおへそが、脳裏に焼きつく。ちなみにへそから下は、見事に毛布に包まれていた。
「下着」
「そ、それは流石に自分でとれよ」
顔を熱くしながらそう返す。が、ルイズはかまわず
「そこのー、クローゼットのー、一番下の引き出しねー」
そう続けてくるからたまらない。どうやらとことん使い倒すつもりらしい。
しぶしぶ、といった調子でクローゼットの引き出しを開け…カズキは目を回しそうになった。
当然だが、中には下着がたくさん入っているのだ。なかなかきつい光景だ。
適当に掴んでは、ルイズのほうを見ないようにして渡す。その間、カズキは心の中で斗貴子に土下座していた。
「着せて」
「いやぁあああんッ!!」
限界だったようだ。涙目になって、奇声を挙げる。
「何が嫌なのよ。平民のあんたは知らないだろうけれど、貴族は下僕が居る時は自分で服なんて着ないのよ」
下僕って…カズキは頭が痛くなった。
妹のまひろにも、小さい頃ならばともかく、ここ数年で着替えを手伝ったなんて事はもちろんない。
お、俺はどうなってしまうんだ…カズキが息を乱し、ぐわんぐわんと頭を揺らしていると
「あらあら、この使い魔はまったく言うことを聞かないわね。バツとしてご飯抜きかしら」
困ったわ、といった調子でルイズがいうと、カズキはやがて、のっそりと動き出した。心の中で、臓物をブチ撒けられながら。
「も、もうお婿にいけない…」
「どうせあんたわたしの使い魔なんだから、そんな心配する必要ないわよ」
どうにかこうにか、ルイズに服を着付け…その間、カズキは五度死んだ。
顔を両手で伏せ、しくしく泣くカズキと、憮然とした表情で携帯を弄るルイズが扉から現れる。
部屋を出ると、幾つか並んだ木製の扉、そのうちの手前の一つが開かれ、そこから燃えるような赤髪の女の子が現れた。
ルイズどころかカズキより高く思える身長、そして見事なプロポーションを持ち、むせるような色気を放っている。
彼女はルイズを見ると、にやっと笑った。
「おはよう。ルイズ」
ルイズは顔をしかめると、携帯を閉じて嫌そうに挨拶を返した。
「おはよう。キュルケ」
「昨日は珍しく騒がしかったじゃない。愉快な曲も聞こえてきたし、随分使い魔と仲良くなったのね」
どうやら携帯の着メロが隣まで響いていたようだ。キュルケと呼ばれた女の子は、くすくすと笑った。
「で、あなたの使い魔って、それ?」
カズキを指して、馬鹿にしたように言う。
「そうよ」
「あっはっは!本当に人間なのね!すごいじゃない!」
気持ちいいくらい大笑されて、カズキは微妙な気分になった。人間だからって、ここまで笑われたのは初めてだ。
「『サモン・サーヴァント』で平民喚んじゃうなんて、あなたらしいわ。さすがはゼロのルイズ」
ルイズは白い頬を朱に染めながら
「うるさいわね」
「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って、一発で召喚成功よ」
「あっそ」
へぇ、召喚って一回で成功するわけでもないんだ。
カズキが何処かズレた事を考えていると
「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。フレイムー」
キュルケは、勝ち誇った声で使い魔を呼んだ。キュルケの部屋からのっそりと、真っ赤で巨大なトカゲが現れた。
「あ、昨日の大トカゲ。君の使い魔だったんだ」
昨日、中庭で見た一匹。尻尾に火を灯す、強そうなやつだ。カズキはフレイムと呼ばれたトカゲと、その主人を交互に見た。
「あら、使い魔同士、もう面識はあるのね。フレイムって言うのよ。よろしくね」
その頭を撫でながら応える。フレイムは気持ち良さそうに目を細めた。口から火をぽうっと吹いて、挨拶の代わりだろうか。
「俺は武藤カズキ。よろしく」
「ちょっと、なに勝手に名乗ってるのよ」
「ムトウカズキ?変な名前ね」
ルイズを差し置いて、つい自己紹介。フレイムに。キュルケの感想を受け、カズキは変だ変だと言われることにそろそろ慣れてきていた。
「傍に居て、熱くないの?」
「あたしにとっては、涼しいぐらいね」
平然とした調子で返してくる。うーん、そういうもんなんだろうか。
「これってサラマンダー?」
ルイズは悔しそうに聞いた。
「そうよー。火トカゲよー。見て、この尻尾。此処まで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ。
好事家に見せたら、値段なんかつかないわよ?」
「そりゃあ、良かったわね」
キュルケの明るい声と対照的に、苦々しい声でルイズは言った。
「素敵でしょう、あたしの属性ぴったり」
「あんた『火』属性だもんね」
「ええ、微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。
でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」
キュルケは得意げにずい、と胸を張った。ルイズも負けじと胸を張り返すが、悲しいかな、ボリュームが違いすぎる。
それでもルイズはキュルケを睨みつけた。かなりの負けず嫌いのようだ。
「あんたみたいにいちいち色気振りまくほど、暇じゃないだけよ」
そんなルイズの言葉に対し、キュルケはにっこりと余裕の笑みを見せた。
「ま、いいわ。じゃ、お先に失礼」
そう言うと、炎のような赤髪をかきあげ、颯爽とキュルケは去っていった。そのあとを、ちょこちょことフレイムが可愛く追う。
キュルケが居なくなると、ルイズは拳を握り
「くやしー!なんなのあの女!自分が火竜山脈のサラマンダー召喚したからって!ああもう!!」
「別にいいんじゃない?何召喚したって、大して変わるわけでもないんだし」
「よくないわよ!メイジの実力を測るには、使い魔を見ろって言われているぐらいよ!
なんであのバカ女がサラマンダーで、わたしがあんたなのよ!!」
どうにも理解しがたいことでがなられる。別に人間でもいいんじゃないか?
「なんでって言われても。それにほら、下手な動物より、同じ人間のほうがいいんじゃない?」
あまりこういう考え方はしたくはないが。そして、カズキの場合は、まだ、が付く。
「メイジと平民じゃ、狼と犬ほどの違いがあるのよ」
ルイズはそこだけ得意げに語った。ふーん、と返して。
まぁ、俺を呼び寄せたり、空を飛んだりは普通の人間にはできないしな。
カズキはそんな風に納得した。
「ところで、今のキュルケさん、だっけ?他の人も時々『ゼロのルイズ』って言ってたけど、『ゼロ』ってなに?」
「ただのあだ名よ。キュルケなら『微熱』ね。それと、あいつにさんは要らないわよ」
「あだ名か。確かに『微熱』、って感じだよなぁ」
思い返してみる。年のころは、自分より年上だろうか。そんな気がする。
顔は彫りが深く、美人さんだった。服の着崩し方も良かった。うん、表紙を飾ってたら買うかもしれない。
そこまで考えて、カズキは本気で斗貴子にごめんなさいした。ブチ撒けられた。
「で、『ゼロ』は?」
「知らなくてもいいことよ」
ルイズはばつが悪そうに言った。なんなんだ、一体。
昨日は厨房側から見た食堂。表から入ると、長いテーブルが三つ並べられ、ルイズたち二年生は真ん中のテーブルだった。
どうやらマントの色は学年で決まるらしい。正面に向かって左側は、ちょっと大人びた感じの三年生。紫のマントをつけている。
右側には、茶色のマントをつけたメイジたち。一年生だろうか。学年別の腕章みたいだ、とカズキは思った。
すべての食事は、基本此処で取るらしく、教師、生徒ひっくるめて、学院中のメイジが居るようだ。
豪華絢爛な装飾がそこかしこに為され、今からなにかパーティーでもあるのだろうか、と思うほどだった。
目まぐるしく動くカズキの視線がお気に召したか、ルイズは得意げに
「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ。メイジはほぼ全員が貴族なの。
『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を、存分に受けるのよ。
だから食堂も、貴族の食卓に相応しいものでなければならないのよ」
とのたまった。
「へぇ~」
本当の本当に、貴族社会なのだ。カズキは目を丸くした。
「わかった?ホントなら、あんたみたいな平民はこの『アルヴィーズの食堂』には一生入れないのよ。感謝してよね」
「ありがと。ところで、アルヴィーズってなに?」
「…小人の名前よ。周りに像がたくさん並んでいるでしょう?」
説明するルイズの視線の先、壁際には精巧な小人の彫像が並んでいる。今にも動き出しそうだ。
「あれって動くの?」
「っていうか、夜中になると踊ってるわ。いいから椅子をひいてちょうだい。気の利かない使い魔ね」
ルイズが腕を組みながら言った。しかたない、今自分はルイズの使い魔なのだ。
カズキがルイズのために椅子を引くと、ルイズは礼も言わず、当然とばかりに座った。
「あ、ちなみにあんたのは、これね」
ルイズは床を指差した。そこに、皿が一枚置いてある。
肉のかけらの浮いたスープが盛られており、皿の端に硬そうなパンが二切れ、ぽつんと置いてあった。
「へ?」
カズキはテーブルを見た。豪勢な料理が並んでいた。次いで床を見た。やはり、皿が一枚だけだった。
「あのね?ほんとは使い魔は、外。あんたはわたしの特別な計らいで、中」
テーブルに頬をつきながら、ルイズがそう言った。
「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」
祈りの声が唱和され、食堂に響く。ルイズももちろん、それに加わっていた。
やがて食事が始まる。カズキは、この食事量はやはりないと思ったのか
「なぁルイズ」
「なによ」
「これ、流石にもうちょっとなんとかなんない?」
皿を掲げてみせる。どう見ても、一日の始まりに足りるとは思えない。
「まったく…」
ルイズはぶつくさ言いながら、鳥の皮をはぐと、カズキの皿に落とした。
「これだけ?」
「そ。これ以上は癖になるからダメ」
ルイズはおいしそうに豪華な料理を頬張り始めた。
「癖って…ま、いいけどさ」
どうにも、ルイズの態度に不満がつのる。が、仕方がないので、目の前のそれで空腹を補おうとする。
下手に食事を取らなくて、そんな理由でエネルギードレインが発動したら目も当てられない。
「あ、意外と美味いねこれ」
味付けが好みだったのか、パンとスープをさらっと平らげるカズキだった。わりと単純である。
どこか物足りない食事も程なく終わり、カズキはルイズに連れられて、魔法学校の教室へ向かった。
なんというか、大学の講義室みたいな感じだ。一番下の段に黒板と教師用の教卓があり、そこから段々と席が続く。
ちなみにすべて石で出来ている。
二人が教室に入ると、先に教室にいた生徒が一斉に振り向いた。
そして、くすくすと笑い始める。昨日といい、今といい、気になる。
先ほどのキュルケも居た。周りを男子が取り囲んでおり、なるほど、男の子がイチコロと言うのはホントだったようだ。
周りを囲んだ男子生徒に、女王のように祭り上げられている。カズキの教室ではなかなか見られない光景だった。
こちらに気づくと、軽く手を振ってきた。ルイズはぷいと顔を逸らした。
男子が何人かがこちらを睨んできた。カズキも思わず顔を逸らした。
見ると、皆様々な使い魔を連れていた。昨日中庭で見たものが、ちらほらと見受けられる。
そのうちに、ルイズはぶすっとした表情で、席の一つに腰掛けた。教材を机の上に用意する。
カズキも隣に座った。ルイズが睨む。
「…なに」
「ここはね、メイジの席。使い魔は座っちゃダメ」
カズキは周りを見た。なるほど。席に着く使い魔なんて一匹も居ない。
しかし、こうも人間扱いされないとは…使い魔の基準が基準だからだろうけれど。
だからといってカズキにしても、この扱いを不快に思い始めた。
「あ、そう」
席を立ちながら、カズキ。そのまま床に座ろうとする…が、どうにも窮屈だ。
「後ろで立っててもいいの?」
「別に構わないけれど…仕方ないわね。席に座っていいわよ」
「どっちなんだよ」
結局先ほどと同じように座ることになった。次第に、席が生徒で埋まっていく。
程なくして、扉が開く。中年の女性が入ってきた。紫色のローブに身を包み、帽子を被っている。
ふくよかな頬が、優しい雰囲気を漂わせている。
「あのおばさんも魔法使い?」
「当たり前じゃない」
なんとなく聞いたカズキに、呆れ声で返すルイズ。入ってきた女性は教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。
「皆さん、春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。
このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
シュヴルーズと名乗った教師は、俯くルイズと、その隣のカズキに目を向け
「おやおや。随分変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」
と、とぼけた調子で言うと、周囲で笑いが起こった。そこだけ、カズキはシュヴルーズにちょっといやな気持ちを覚えた。
「ゼロのルイズ!召喚できないからって、その辺歩いてた平民連れてくるなよ!」
途端、ルイズは立ち上がり、髪を揺らしながら怒鳴った。
「違うわ!きちんと召喚したんだもの!こいつが来ちゃっただけよ!」
「嘘つくな!『サモン・サーヴァント』ができなかったんだろう?」
その言葉を端に、笑いの質が変わった。耳につく嫌な笑い声だ。
「ミセス・シュヴルーズ!侮辱されました!かぜっぴきのマリコルヌがわたしを侮辱したわ!」
「かぜっぴきだと?俺は風上のマリコルヌだ!風邪なんか引いてないぞ!」
「あんたのガラガラ声、まるで風邪引いてるみたいなのよ!」
マリコルヌと呼ばれた生徒が立ち上がり、ルイズを睨みつける。
こいつ呼ばわりされたカズキは、俺も別に来たくて来たわけじゃない、と思った。
そのうちに、シュヴルーズが小ぶりな杖を振ると、ルイズとマリコルヌは糸の切れた人形のように、すとんと席に落ちた。
「ミス・ヴァリエール、ミスタ・グランドプレ。みっともない口論はおやめなさい
お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません。わかりましたか?」
「ミセス・シュヴルーズ。僕のかぜっぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です」
その言葉に、またもくすくすと笑いが漏れる。
シュヴルーズは厳しい顔で教室を見回すと、杖を振った。
笑っていた生徒たちの口に、どこから現れたのか、赤い粘土が押し付けられる。
「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」
室内が静かになる。カズキはなんだかなぁ、と思った。
では授業を始めます、とシュヴルーズが続けた。
一つ咳を置いて、杖を振る。すると、教卓の上に石ころがいくつか現れた。
「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。
魔法の四大系統はご存知ですね?ミスタ・グランドプレ」
「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです!」
名指しされた先ほどの生徒が答える。
昨日ルイズが言っていた四系統っていうのは、こういうのか。
カズキは漠然と理解した。シュヴルーズは頷くと
「今は失われた系統魔法である『虚無』をあわせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。
その五つの系統の中で、『土』は最も重要な位置を占めていると私は考えます。
それは、私が『土』系統だから、というわけではありませんよ。私の単なる身びいきではありません」
再び重く咳をする。ふむふむ、とカズキは聞き入っている。こういう授業は初めてなので、興味はある。
「『土』系統の魔法は、万物の組成を司る、重要な魔法であるのです。
この魔法がなければ、重要な金属も作り出すこともできないし、加工することもできません。
大きな石を切り出して建物を建てることもできなければ、農作物の収穫も、今より手間取ることになるでしょう。
このように、『土』系統の魔法は皆さんの生活に密着に関係しているのです」
なるほど、とカズキは思った。こっちの世界では、どうやら魔法がカズキの世界での科学技術に相当するらしい。
ルイズが、メイジと言うだけで威張っている理由がなんとなくわかった。
シュヴルーズの言を信じるなら、魔法だけで石でできた一軒家が建つ。犬と狼ほども違う、とは的を射た表現だ。
「今から皆さんには、『土』系統魔法の基本である、『錬金』の魔法を覚えてもらいます。
一年生のときにできるようになった人も居るでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることに致します」
『錬金』。昨夜、ルイズとの会話に出てきた言葉だ。『土』の魔法なのか。そういや金属を作り出すって言ってたっけ。
シュヴルーズは、石ころに軽く杖を振る。そして短くルーンを唱えると、石ころが光りだした。
光が収まると、ただの石ころだったそれは、ピカピカと光る金属に変わっていた。キュルケが身を乗り出し
「ごご、ゴールドですか?ミセス・シュヴルーズ!」
「違います、ただの真鍮ですよ。ゴールドを錬金できるのは、『スクウェア』クラスのメイジだけです。
私はただの、『トライアングル』ですから」
途中に一つ咳をして、シュヴルーズは言った。そこまで聞いてカズキは
「なぁ。スクウェアとかトライアングルって、なに?」
「授業中なのに…ま、いいわ。系統を足せる数のことよ。それでメイジのレベルが決まるの」
「?」
疑問符を浮かべるカズキに、ルイズは小さな声で説明する。
「たとえば、『土』系統の魔法はそれ単体でも使えるけど、『火』の系統も足せば、さらに強力な呪文になるの」
「なるほど」
「『火』『土』のように、二系統を足せるのが『ライン』メイジ。
シュヴルーズ先生のように、『土』『土』『火』、三つ足せるのが、『トライアングル』メイジってことね」
「同じのを二つ足すのは?」
「その系統がより強力になるわ」
「なるほど。つまりあそこの先生は、『トライアングル』メイジで、かなり強力なメイジ、と」
「そのとおりよ」
「で、ルイズは、幾つ足せるの?」
その問いに、ルイズは黙ってしまった。すると、喋っているのを見咎められたか。
「ミス・ヴァリエール!」
「は、はい!」
ルイズはびくりと震えると、首をすくめて返事をした。
「授業中の私語は慎みなさい!使い魔とお喋りする暇があるのでしたら、あなたにやってもらいましょう」
「え、わたし?」
「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてご覧なさい」
しかしルイズは、立ち上がらず、困ったようにもじもじするだけだ。
なんだ?今のシュヴルーズみたいに、パッと変えればいいだけじゃないか。
「ミス・ヴァリエール。どうしたのですか?」
シュヴルーズが再度聞くと、キュルケが困ったような声を挙げた。
「先生」
「なんです?」
「やめておいたほうがいいと思います」
「どうしてですか?」
「危険です」
キュルケがきっぱりと告げると、教室のすべての生徒がうんうん、と頷いた。
「危険?どうしてですか?」
「先生は、ルイズを教えるのは初めてでしたよね?」
「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています。さ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。
失敗を恐れていては、何も出来ませんよ?」
「ルイズ。やめて」
キュルケが蒼白な顔で言った。
しかし、ルイズは立ち上がり
「やります」
そう言うと、緊張した顔で、つかつかと教卓のほうへと降りていく。
ルイズが隣に来ると、シュヴルーズはにっこりと笑いかけた。
「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」
ルイズは頷くと、手に持った杖を振り上げた。
その姿は一枚の絵のように様になっており、今にも杖の先から光が飛び出しそうであった。
こうして遠目に見る分には、かなり可愛い女の子に思える。その実、本性はすさまじいものだが。
思い返してみると、部屋を出るまではそうでもなかったが、食堂からこっち、どうにも扱いが酷い。
命をとられるようなことはないものの、まるで犬や猫だ。普段大らかな性格のカズキにしても、少し思うところがある。
けれど、とカズキは考える。ルイズは、話がまったく通じない相手でもないことは確かだ。昨日話してみて、それはわかる。
なら、話してみればきっと大丈夫だろうと、自然そう思った。
そんな風に考えていると、前の生徒はすっぽりと机の影に隠れてしまっていた。見ると周りの、ほぼ全員が身を隠している。
それどころか、退室する生徒まで居た。後ろで木製の扉が開く音が聞こえた。
何故だろうか。何か不穏な空気を感じる。皆、何故かルイズに魔法を使わせるのを異様に嫌がっていた。
昨日からの、皆からのルイズへの態度。これもまた、カズキは気になっていた。
あれだけ可愛い女の子なのに、あまり人気があるようには見えない。
皆からは『ゼロ』と二つ名で呼ばれ、どこかバカにされているというか。
虐められてるんだろうか、と漠然と思い始めていた。
そのうちに、ルイズは目を瞑り、短くルーンを唱え、杖を振り下ろす。
すると、机ごと石ころは爆発を起こした。
至近距離で爆風をもろに受け、ルイズとシュヴルーズはそのまま黒板に叩きつけられた。
悲鳴が上がり、驚いた使い魔たちが騒ぎ出す。キュルケが席を立ち、ルイズに指を突きつけて
「だから言ったのよ!ルイズにやらせるなって!」
「もう、ヴァリエールは退学にしてくれよ!」
「あぁ!俺のラッキーが蛇に食われた!ラッキーが!」
めいめい騒ぎ出す。大混乱である。カズキは呆然と見入っていた。
シュヴルーズは床に倒れている。気絶してるだけのようで、ぴくぴくと痙攣している。
煤で真っ黒になったルイズが、むくりと立ち上がる。
爆風で服のあちこちが裂け、見るも無残な姿であった。怪我らしい怪我はないようだ。
そのまま、周りを意に介した風もなく、取り出したハンカチで顔に付いた煤を拭うと
「ちょっと失敗したみたいね」
とんでもない大物である。
その言葉に、他の生徒から反発の声が挙がった。
「ちょっとじゃないだろ!ゼロのルイズ!」
「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」
事ここに至り、カズキはやっと、ルイズが何故そんな二つ名で呼ばれているのか理解した。
ルイズを見ると、罵声を浴びながらも澄ました顔を保っている。が、肩が微かに震えているのが見て取れた。
#navi(使い魔の達人)
#navi(使い魔の達人)
「来るぞカズキ!手を放すな!」
――夏の洋上。対ヴィクター、最終決戦。
アレクサンドリアの残した研究成果では、完全に化物となったヴィクターを再人間化するには、今一歩出力が足りなかった。
怒れる魔人は、同じが如き境遇で、しかしそれでもなお向かってくる男に、強力な一撃を見舞おうとする。
槍を掴む手に、力が込められるのがわかった。
「キミと私は一心同体、キミが死ぬ時が、私が死ぬ時だ!」
黒髪の女子、斗貴子が叫ぶ。ここから先は、どちらかが倒れるまでの死闘となる。
そう、だから――
「―――え?」
「ゴメン、斗貴子さん」
繋いだその手を、解き放す。
「その約束、守れない」
ゆっくりと、暗い海へと降下する斗貴子を見て、別れの言葉を告げた。
「本当に、ゴメン」
「――――――――カズキッ!!!」
使い魔の達人 第三話 ゼロのルイズ
――最悪の目覚めであった。
早朝。カズキは沈んだ気持ちで上体を起こす。窓から陽光が差込み、カーテンに淡くシルエットを刻む。
床の上で寝たためか、身体が少し痛い。が、肉体の疲労は大分取れたようだ。その替わり、精神の方が非常に重い。
…斗貴子さん、泣いてたな。
別れ際の斗貴子の顔、その悲痛な叫びは、今も目と耳について離れない。幾度謝っても、謝り切れない。
今も泣いているのだろうか。それを考えると、カズキは切なくなった。
視界の端に、ぽつんと置いてあるものが目に付く。昨夜渡されたルイズの下着である。
そう、オレは今、決死の覚悟でヴィクターと共に月へと飛び、何故か女の子の使い魔とやらをやることになった。
カズキは切なくなった。
「確か、洗濯しろって言われてたっけ」
確認するように呟くと、下着に目を向ける。恥ずかしくて直視できないが、とりあえず恐る恐る手に掴めば、立ち上がる。
なんだか、いけないことをしているような気分になった。
ベッドを見ると、自分をこの世界に呼んだ張本人、ルイズがすやすやと寝息を立てていた。
女の子の寝顔なんて、小さい頃の妹、まひろのものぐらいしか記憶にない。
起きてる時にはやれ貴族だ、メイジだ、使い魔だと、少々口うるさい分からず屋だが、寝ている時は人形のような可愛さだ。
寝顔を覗き込みながら、カズキはそんなことを考えた。
そのまま見惚れているわけにもいかない、と頭を振って。
部屋を見渡せば、昨日の高価そうな椅子に、昨夜着ていた服がそのなりでかけてある。あれは洗濯を託ってないし、いいか。
カズキは静かに部屋を出て、昨日通ってきた廊下を遡り、女子寮の出入り口までやってきた。
「…そういや、洗い場って何処にあるんだろ」
昨日は学院の入り口からまっすぐ食堂の厨房。ほとんど中庭で時間を潰し、その後女子寮まで歩いてきた。
さて、その中で洗濯をできそうな場所は…
「うーん?」
首を捻る。するとそこに――
「ムトウさん、でしたっけ?」
後ろから声をかけられる。見ればそこに、衣類の入った籠を抱えたメイド、シエスタが居た。
「あ、シエスタさん。おはよう。早いんだね」
「おはようございます。この時間なら、学院の平民はほとんどが起きて仕事を始めていますわ。ムトウさんも?」
「あ、うん。ルイズにこれ、洗濯しろ…って…」
何気なく手を掲げれば、そこには先ほどから下着が握られているわけで。
カズキは思わず下着を後ろ手に隠す。なんだか自分がいけない方向へ進んでいるような気がしてくる。
「まぁ…それは、大変ですわね。わたしもこれから貴族の皆様の御召し物を洗いに行くんですよ」
くすくすと笑いながら、籠の中のそれを見せるように。なるほど、洗濯物か。カズキはハッとして
「ちょうど良かった。実は何処で洗えば良いかわかんなくってさ」
照れたような仕草で、そう伝える。すると、シエスタはこっちですよ、と促して
「そう言えばムトウさん、噂になっていましたよ。ミス・ヴァリエールが平民を使い魔として召喚したって」
「ふーん、やっぱこっちじゃ珍しいのかな」
自分の左手に刻まれたルーン。うっすらと輝くそれを見つめ、返す。なんでも普通は光ってないのだとか。
「聞いた限りでは前例がないことみたいですけど、まぁミス・ヴァリエールですし…」
そこで、はっとした顔になって口をつぐむシエスタ。なんだ?カズキは気になった。
「と、ところで、ミス・ヴァリエールに例の許可はいただけたんですか?ここを出て行くって言う…」
どこか苦しそうに話題を変えるシエスタ。が、今自分の横に、カズキが歩いていることを見るに…
「…ダメだった」
苦笑交じりに首を振る。やはり、ダメだったか。
「それは…残念でしたわね」
なんと声をかけていいかわからず、そう返してしまう。
「で、でも!此処も此処で、なにかと住み心地は良い所ですから!
困ったことが、あったら何でも言ってくださいね。平民同士、助け合わなきゃ」
取り成すように続けた。昨日無責任な助言をした、せめてもの詫びも含んでいる。
「うん、ありがとう。シエスタさん。
まぁ、ダメはダメでも、ルイズと話してみて、一応はお互い納得できる形に落ち着いたと思うから」
よもや、化物になった自分の始末を任せたなどとは言えないが。
その言葉に、シエスタは目を丸くしながら
「そうなんですか?それは良かったですね…あ、ここです」
などと話している内に、水場に到着。そこに至って、ここでカズキは重要なことに気付く。
「あ、そっか。こっちじゃ手洗いなんだよな」
洗濯機なんてあるわけがない。未だ手に掴んでいるそれを、自分の手で洗わなければいけないのか…。
「そうですよ?あぁ、お洗濯、為されたことないんですか?」
こっち?と首を傾げながら、シエスタ。洗濯籠を置いて、タライや桶、洗濯板を用意したり、てきぱきと要領が良い。
「恥ずかしながら…女の子の下着は流石に」
「ふふっ、それじゃあ量も少ないですし、ムトウさん…ミス・ヴァリエールのものから先にしちゃいましょうか。何事も経験ですわ」
「よ、よろしくお願いします…」
何処か畏まった調子で、カズキはそう言った。
シエスタの指導の下、洗濯も程なく終わり、干した後には一旦部屋へ戻る。乾いたら部屋へ運んでくれるとの事で、至れり尽くせりだ、とカズキは思った。
「えーと、こっちだったっけ」
記憶を頼りに、女子寮の廊下を進む。ぼちぼち他の生徒も目覚め始めている頃のようだ。
時々すれ違う、早起きな生徒に驚かれたりするが、どうやら噂と言うのは生徒にも広まっているようだ。
すぐに、何処か小馬鹿にしたような目を向けられた。カズキはその度に頭上に疑問符を浮かべた。
うーん?やっぱ平民ってやつだからなのかな?ルイズもなんだか嫌がってたし。
そんなことを考えるうちに、ルイズの部屋まで辿り着く。扉を開ければ、まだルイズは眠っていた。
よく見れば、枕元には自分の携帯。随分と気に入られたようだ。
「まだ寝てる…もう起きてる人いたよな。流石に起こさなきゃまずいか」
女の子ってどう起こせば良いんだろうか。とりあえず普通に起こすか。
軽く揺さぶってみる…が、どうにも寝つきが良い様で、気持ち良さそうにくぅくぅ寝続ける。
「おーい、朝だぞー」
時折ぺしぺしと頬を軽くはたき、揺さぶる。
「んにゅ…」
目覚めが近いのか、可愛い声で一つ鳴くルイズ。思わず手が止まる。が、いやいや、とにかく起きてもらおうと、強く揺さぶって
「ん…んん?……あんた誰!?」
夢から半分目覚めたらしいルイズは、自分の眠りを妨げた者がなんなのか判別できていない様子。寝ぼけ眼のまま、指をぴしりと突きつける。
昨日いの一番に聞いた台詞を、もう一度聞くことになるとは思わなかったカズキは、しかし律儀に答える。
「なに、もっかい名前言うの?カズキ。昨日ルイズに召喚された、武藤カズキだよ」
「…あ、そっか。使い魔、昨日召喚したんだったわね」
そう、異世界から来た使い魔。化物になるらしい使い魔。でも、今はどこをどう見ても、ただ平民の使い魔だ。
まったく、変なのを呼んじゃったこと。だけど使い魔は使い魔だ。まずは…
「じゃ、服」
さっそく命令をする。
カズキは早朝見かけた椅子にかけてある服を渡す。すると、ルイズは寝巻きにしていたネグリジェをだるそうに脱ぎ始めた。
全速力で回れ右。一瞬ちらりと見えたおへそが、脳裏に焼きつく。ちなみにへそから下は、見事に毛布に包まれていた。
「下着」
「そ、それは流石に自分でとれよ」
顔を熱くしながらそう返す。が、ルイズはかまわず
「そこのー、クローゼットのー、一番下の引き出しねー」
そう続けてくるからたまらない。どうやらとことん使い倒すつもりらしい。
しぶしぶ、といった調子でクローゼットの引き出しを開け…カズキは目を回しそうになった。
当然だが、中には下着がたくさん入っているのだ。なかなかきつい光景だ。
適当に掴んでは、ルイズのほうを見ないようにして渡す。その間、カズキは心の中で斗貴子に土下座していた。
「着せて」
「いやぁあああんッ!!」
限界だったようだ。涙目になって、奇声を挙げる。
「何が嫌なのよ。平民のあんたは知らないだろうけれど、貴族は下僕が居る時は自分で服なんて着ないのよ」
下僕って…カズキは頭が痛くなった。
妹のまひろにも、小さい頃ならばともかく、ここ数年で着替えを手伝ったなんて事はもちろんない。
お、オレはどうなってしまうんだ…カズキが息を乱し、ぐわんぐわんと頭を揺らしていると
「あらあら、この使い魔はまったく言うことを聞かないわね。バツとしてご飯抜きかしら」
困ったわ、といった調子でルイズがいうと、カズキはやがて、のっそりと動き出した。心の中で、臓物をブチ撒けられながら。
「も、もうお婿にいけない…」
「どうせあんたわたしの使い魔なんだから、そんな心配する必要ないわよ」
どうにかこうにか、ルイズに服を着付け…その間、カズキは五度死んだ。
顔を両手で伏せ、しくしく泣くカズキと、憮然とした表情で携帯を弄るルイズが扉から現れる。
部屋を出ると、幾つか並んだ木製の扉、そのうちの手前の一つが開かれ、そこから燃えるような赤髪の女の子が現れた。
ルイズどころかカズキより高く思える身長、そして見事なプロポーションを持ち、むせるような色気を放っている。
彼女はルイズを見ると、にやっと笑った。
「おはよう。ルイズ」
ルイズは顔をしかめると、携帯を閉じて嫌そうに挨拶を返した。
「おはよう。キュルケ」
「昨日は珍しく騒がしかったじゃない。愉快な曲も聞こえてきたし、随分使い魔と仲良くなったのね」
どうやら携帯の着メロが隣まで響いていたようだ。キュルケと呼ばれた女の子は、くすくすと笑った。
「で、あなたの使い魔って、それ?」
カズキを指して、馬鹿にしたように言う。
「そうよ」
「あっはっは!本当に人間なのね!すごいじゃない!」
気持ちいいくらい大笑されて、カズキは微妙な気分になった。人間だからって、ここまで笑われたのは初めてだ。
「『サモン・サーヴァント』で平民喚んじゃうなんて、あなたらしいわ。さすがはゼロのルイズ」
ルイズは白い頬を朱に染めながら
「うるさいわね」
「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って、一発で召喚成功よ」
「あっそ」
へぇ、召喚って一回で成功するわけでもないんだ。
カズキが何処かズレた事を考えていると
「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。フレイムー」
キュルケは、勝ち誇った声で使い魔を呼んだ。キュルケの部屋からのっそりと、真っ赤で巨大なトカゲが現れた。
「あ、昨日の大トカゲ。君の使い魔だったんだ」
昨日、中庭で見た一匹。尻尾に火を灯す、強そうなやつだ。カズキはフレイムと呼ばれたトカゲと、その主人を交互に見た。
「あら、使い魔同士、もう面識はあるのね。フレイムって言うのよ。よろしくね」
その頭を撫でながら応える。フレイムは気持ち良さそうに目を細めた。口から火をぽうっと吹いて、挨拶の代わりだろうか。
「オレは武藤カズキ。よろしく」
「ちょっと、なに勝手に名乗ってるのよ」
「ムトウカズキ?変な名前ね」
ルイズを差し置いて、つい自己紹介。フレイムに。キュルケの感想を受け、カズキは変だ変だと言われることにそろそろ慣れてきていた。
「傍に居て、熱くないの?」
「あたしにとっては、涼しいぐらいね」
平然とした調子で返してくる。うーん、そういうもんなんだろうか。
「これってサラマンダー?」
ルイズは悔しそうに聞いた。
「そうよー。火トカゲよー。見て、この尻尾。此処まで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ。
好事家に見せたら、値段なんかつかないわよ?」
「そりゃあ、良かったわね」
キュルケの明るい声と対照的に、苦々しい声でルイズは言った。
「素敵でしょう、あたしの属性ぴったり」
「あんた『火』属性だもんね」
「ええ、微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。
でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」
キュルケは得意げにずい、と胸を張った。ルイズも負けじと胸を張り返すが、悲しいかな、ボリュームが違いすぎる。
それでもルイズはキュルケを睨みつけた。かなりの負けず嫌いのようだ。
「あんたみたいにいちいち色気振りまくほど、暇じゃないだけよ」
そんなルイズの言葉に対し、キュルケはにっこりと余裕の笑みを見せた。
「ま、いいわ。じゃ、お先に失礼」
そう言うと、炎のような赤髪をかきあげ、颯爽とキュルケは去っていった。そのあとを、ちょこちょことフレイムが可愛く追う。
キュルケが居なくなると、ルイズは拳を握り
「くやしー!なんなのあの女!自分が火竜山脈のサラマンダー召喚したからって!ああもう!!」
「別にいいんじゃない?何召喚したって、大して変わるわけでもないんだし」
「よくないわよ!メイジの実力を測るには、使い魔を見ろって言われているぐらいよ!
なんであのバカ女がサラマンダーで、わたしがあんたなのよ!!」
どうにも理解しがたいことでがなられる。別に人間でもいいんじゃないか?
「なんでって言われても。それにほら、下手な動物より、同じ人間のほうがいいんじゃない?」
あまりこういう考え方はしたくはないが。そして、カズキの場合は、まだ、が付く。
「メイジと平民じゃ、狼と犬ほどの違いがあるのよ」
ルイズはそこだけ得意げに語った。ふーん、と返して。
まぁ、オレを呼び寄せたり、空を飛んだりは普通の人間にはできないしな。
カズキはそんな風に納得した。
「ところで、今のキュルケさん、だっけ?他の人も時々『ゼロのルイズ』って言ってたけど、『ゼロ』ってなに?」
「ただのあだ名よ。キュルケなら『微熱』ね。それと、あいつにさんは要らないわよ」
「あだ名か。確かに『微熱』、って感じだよなぁ」
思い返してみる。年のころは、自分より年上だろうか。そんな気がする。
顔は彫りが深く、美人さんだった。服の着崩し方も良かった。うん、表紙を飾ってたら買うかもしれない。
そこまで考えて、カズキは本気で斗貴子にごめんなさいした。ブチ撒けられた。
「で、『ゼロ』は?」
「知らなくてもいいことよ」
ルイズはばつが悪そうに言った。なんなんだ、一体。
昨日は厨房側から見た食堂。表から入ると、長いテーブルが三つ並べられ、ルイズたち二年生は真ん中のテーブルだった。
どうやらマントの色は学年で決まるらしい。正面に向かって左側は、ちょっと大人びた感じの三年生。紫のマントをつけている。
右側には、茶色のマントをつけたメイジたち。一年生だろうか。学年別の腕章みたいだ、とカズキは思った。
すべての食事は、基本此処で取るらしく、教師、生徒ひっくるめて、学院中のメイジが居るようだ。
豪華絢爛な装飾がそこかしこに為され、今からなにかパーティーでもあるのだろうか、と思うほどだった。
目まぐるしく動くカズキの視線がお気に召したか、ルイズは得意げに
「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ。メイジはほぼ全員が貴族なの。
『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を、存分に受けるのよ。
だから食堂も、貴族の食卓に相応しいものでなければならないのよ」
とのたまった。
「へぇ~」
本当の本当に、貴族社会なのだ。カズキは目を丸くした。
「わかった?ホントなら、あんたみたいな平民はこの『アルヴィーズの食堂』には一生入れないのよ。感謝してよね」
「ありがと。ところで、アルヴィーズってなに?」
「…小人の名前よ。周りに像がたくさん並んでいるでしょう?」
説明するルイズの視線の先、壁際には精巧な小人の彫像が並んでいる。今にも動き出しそうだ。
「あれって動くの?」
「っていうか、夜中になると踊ってるわ。いいから椅子をひいてちょうだい。気の利かない使い魔ね」
ルイズが腕を組みながら言った。しかたない、今自分はルイズの使い魔なのだ。
カズキがルイズのために椅子を引くと、ルイズは礼も言わず、当然とばかりに座った。
「あ、ちなみにあんたのは、これね」
ルイズは床を指差した。そこに、皿が一枚置いてある。
肉のかけらの浮いたスープが盛られており、皿の端に硬そうなパンが二切れ、ぽつんと置いてあった。
「へ?」
カズキはテーブルを見た。豪勢な料理が並んでいた。次いで床を見た。やはり、皿が一枚だけだった。
「あのね?ほんとは使い魔は、外。あんたはわたしの特別な計らいで、中」
テーブルに頬をつきながら、ルイズがそう言った。
「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」
祈りの声が唱和され、食堂に響く。ルイズももちろん、それに加わっていた。
やがて食事が始まる。カズキは、この食事量はやはりないと思ったのか
「なぁルイズ」
「なによ」
「これ、流石にもうちょっとなんとかなんない?」
皿を掲げてみせる。どう見ても、一日の始まりに足りるとは思えない。
「まったく…」
ルイズはぶつくさ言いながら、鳥の皮をはぐと、カズキの皿に落とした。
「これだけ?」
「そ。これ以上は癖になるからダメ」
ルイズはおいしそうに豪華な料理を頬張り始めた。
「癖って…ま、いいけどさ」
どうにも、ルイズの態度に不満がつのる。が、仕方がないので、目の前のそれで空腹を補おうとする。
下手に食事を取らなくて、そんな理由でエネルギードレインが発動したら目も当てられない。
「あ、意外と美味いねこれ」
味付けが好みだったのか、パンとスープをさらっと平らげるカズキだった。わりと単純である。
どこか物足りない食事も程なく終わり、カズキはルイズに連れられて、魔法学校の教室へ向かった。
なんというか、大学の講義室みたいな感じだ。一番下の段に黒板と教師用の教卓があり、そこから段々と席が続く。
ちなみにすべて石で出来ている。
二人が教室に入ると、先に教室にいた生徒が一斉に振り向いた。
そして、くすくすと笑い始める。昨日といい、今といい、気になる。
先ほどのキュルケも居た。周りを男子が取り囲んでおり、なるほど、男の子がイチコロと言うのはホントだったようだ。
周りを囲んだ男子生徒に、女王のように祭り上げられている。カズキの教室ではなかなか見られない光景だった。
こちらに気づくと、軽く手を振ってきた。ルイズはぷいと顔を逸らした。
男子が何人かがこちらを睨んできた。カズキも思わず顔を逸らした。
見ると、皆様々な使い魔を連れていた。昨日中庭で見たものが、ちらほらと見受けられる。
そのうちに、ルイズはぶすっとした表情で、席の一つに腰掛けた。教材を机の上に用意する。
カズキも隣に座った。ルイズが睨む。
「…なに」
「ここはね、メイジの席。使い魔は座っちゃダメ」
カズキは周りを見た。なるほど。席に着く使い魔なんて一匹も居ない。
しかし、こうも人間扱いされないとは…使い魔の基準が基準だからだろうけれど。
だからといってカズキにしても、この扱いを不快に思い始めた。
「あ、そう」
席を立ちながら、カズキ。そのまま床に座ろうとする…が、どうにも窮屈だ。
「後ろで立っててもいいの?」
「別に構わないけれど…仕方ないわね。席に座っていいわよ」
「どっちなんだよ」
結局先ほどと同じように座ることになった。次第に、席が生徒で埋まっていく。
程なくして、扉が開く。中年の女性が入ってきた。紫色のローブに身を包み、帽子を被っている。
ふくよかな頬が、優しい雰囲気を漂わせている。
「あのおばさんも魔法使い?」
「当たり前じゃない」
なんとなく聞いたカズキに、呆れ声で返すルイズ。入ってきた女性は教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。
「皆さん、春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。
このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
シュヴルーズと名乗った教師は、俯くルイズと、その隣のカズキに目を向け
「おやおや。随分変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」
と、とぼけた調子で言うと、周囲で笑いが起こった。そこだけ、カズキはシュヴルーズにちょっといやな気持ちを覚えた。
「ゼロのルイズ!召喚できないからって、その辺歩いてた平民連れてくるなよ!」
途端、ルイズは立ち上がり、髪を揺らしながら怒鳴った。
「違うわ!きちんと召喚したんだもの!こいつが来ちゃっただけよ!」
「嘘つくな!『サモン・サーヴァント』ができなかったんだろう?」
その言葉を端に、笑いの質が変わった。耳につく嫌な笑い声だ。
「ミセス・シュヴルーズ!侮辱されました!かぜっぴきのマリコルヌがわたしを侮辱したわ!」
「かぜっぴきだと?俺は風上のマリコルヌだ!風邪なんか引いてないぞ!」
「あんたのガラガラ声、まるで風邪引いてるみたいなのよ!」
マリコルヌと呼ばれた生徒が立ち上がり、ルイズを睨みつける。
こいつ呼ばわりされたカズキは、オレも別に来たくて来たわけじゃない、と思った。
そのうちに、シュヴルーズが小ぶりな杖を振ると、ルイズとマリコルヌは糸の切れた人形のように、すとんと席に落ちた。
「ミス・ヴァリエール、ミスタ・グランドプレ。みっともない口論はおやめなさい
お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません。わかりましたか?」
「ミセス・シュヴルーズ。僕のかぜっぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です」
その言葉に、またもくすくすと笑いが漏れる。
シュヴルーズは厳しい顔で教室を見回すと、杖を振った。
笑っていた生徒たちの口に、どこから現れたのか、赤い粘土が押し付けられる。
「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」
室内が静かになる。カズキはなんだかなぁ、と思った。
では授業を始めます、とシュヴルーズが続けた。
一つ咳を置いて、杖を振る。すると、教卓の上に石ころがいくつか現れた。
「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。
魔法の四大系統はご存知ですね?ミスタ・グランドプレ」
「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです!」
名指しされた先ほどの生徒が答える。
昨日ルイズが言っていた四系統っていうのは、こういうのか。
カズキは漠然と理解した。シュヴルーズは頷くと
「今は失われた系統魔法である『虚無』をあわせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。
その五つの系統の中で、『土』は最も重要な位置を占めていると私は考えます。
それは、私が『土』系統だから、というわけではありませんよ。私の単なる身びいきではありません」
再び重く咳をする。ふむふむ、とカズキは聞き入っている。こういう授業は初めてなので、興味はある。
「『土』系統の魔法は、万物の組成を司る、重要な魔法であるのです。
この魔法がなければ、重要な金属も作り出すこともできないし、加工することもできません。
大きな石を切り出して建物を建てることもできなければ、農作物の収穫も、今より手間取ることになるでしょう。
このように、『土』系統の魔法は皆さんの生活に密着に関係しているのです」
なるほど、とカズキは思った。こっちの世界では、どうやら魔法がカズキの世界での科学技術に相当するらしい。
ルイズが、メイジと言うだけで威張っている理由がなんとなくわかった。
シュヴルーズの言を信じるなら、魔法だけで石でできた一軒家が建つ。犬と狼ほども違う、とは的を射た表現だ。
「今から皆さんには、『土』系統魔法の基本である、『錬金』の魔法を覚えてもらいます。
一年生のときにできるようになった人も居るでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることに致します」
『錬金』。昨夜、ルイズとの会話に出てきた言葉だ。『土』の魔法なのか。そういや金属を作り出すって言ってたっけ。
シュヴルーズは、石ころに軽く杖を振る。そして短くルーンを唱えると、石ころが光りだした。
光が収まると、ただの石ころだったそれは、ピカピカと光る金属に変わっていた。キュルケが身を乗り出し
「ごご、ゴールドですか?ミセス・シュヴルーズ!」
「違います、ただの真鍮ですよ。ゴールドを錬金できるのは、『スクウェア』クラスのメイジだけです。
私はただの、『トライアングル』ですから」
途中に一つ咳をして、シュヴルーズは言った。そこまで聞いてカズキは
「なぁ。スクウェアとかトライアングルって、なに?」
「授業中なのに…ま、いいわ。系統を足せる数のことよ。それでメイジのレベルが決まるの」
「?」
疑問符を浮かべるカズキに、ルイズは小さな声で説明する。
「たとえば、『土』系統の魔法はそれ単体でも使えるけど、『火』の系統も足せば、さらに強力な呪文になるの」
「なるほど」
「『火』『土』のように、二系統を足せるのが『ライン』メイジ。
シュヴルーズ先生のように、『土』『土』『火』、三つ足せるのが、『トライアングル』メイジってことね」
「同じのを二つ足すのは?」
「その系統がより強力になるわ」
「なるほど。つまりあそこの先生は、『トライアングル』メイジで、かなり強力なメイジ、と」
「そのとおりよ」
「で、ルイズは、幾つ足せるの?」
その問いに、ルイズは黙ってしまった。すると、喋っているのを見咎められたか。
「ミス・ヴァリエール!」
「は、はい!」
ルイズはびくりと震えると、首をすくめて返事をした。
「授業中の私語は慎みなさい!使い魔とお喋りする暇があるのでしたら、あなたにやってもらいましょう」
「え、わたし?」
「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてご覧なさい」
しかしルイズは、立ち上がらず、困ったようにもじもじするだけだ。
なんだ?今のシュヴルーズみたいに、パッと変えればいいだけじゃないか。
「ミス・ヴァリエール。どうしたのですか?」
シュヴルーズが再度聞くと、キュルケが困ったような声を挙げた。
「先生」
「なんです?」
「やめておいたほうがいいと思います」
「どうしてですか?」
「危険です」
キュルケがきっぱりと告げると、教室のすべての生徒がうんうん、と頷いた。
「危険?どうしてですか?」
「先生は、ルイズを教えるのは初めてでしたよね?」
「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています。さ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。
失敗を恐れていては、何も出来ませんよ?」
「ルイズ。やめて」
キュルケが蒼白な顔で言った。
しかし、ルイズは立ち上がり
「やります」
そう言うと、緊張した顔で、つかつかと教卓のほうへと降りていく。
ルイズが隣に来ると、シュヴルーズはにっこりと笑いかけた。
「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」
ルイズは頷くと、手に持った杖を振り上げた。
その姿は一枚の絵のように様になっており、今にも杖の先から光が飛び出しそうであった。
こうして遠目に見る分には、かなり可愛い女の子に思える。その実、本性はすさまじいものだが。
思い返してみると、部屋を出るまではそうでもなかったが、食堂からこっち、どうにも扱いが酷い。
命をとられるようなことはないものの、まるで犬や猫だ。普段大らかな性格のカズキにしても、少し思うところがある。
けれど、とカズキは考える。ルイズは、話がまったく通じない相手でもないことは確かだ。昨日話してみて、それはわかる。
なら、話してみればきっと大丈夫だろうと、自然そう思った。
そんな風に考えていると、前の生徒はすっぽりと机の影に隠れてしまっていた。見ると周りの、ほぼ全員が身を隠している。
それどころか、退室する生徒まで居た。後ろで木製の扉が開く音が聞こえた。
何故だろうか。何か不穏な空気を感じる。皆、何故かルイズに魔法を使わせるのを異様に嫌がっていた。
昨日からの、皆からのルイズへの態度。これもまた、カズキは気になっていた。
あれだけ可愛い女の子なのに、あまり人気があるようには見えない。
皆からは『ゼロ』と二つ名で呼ばれ、どこかバカにされているというか。
虐められてるんだろうか、と漠然と思い始めていた。
そのうちに、ルイズは目を瞑り、短くルーンを唱え、杖を振り下ろす。
すると、机ごと石ころは爆発を起こした。
至近距離で爆風をもろに受け、ルイズとシュヴルーズはそのまま黒板に叩きつけられた。
悲鳴が上がり、驚いた使い魔たちが騒ぎ出す。キュルケが席を立ち、ルイズに指を突きつけて
「だから言ったのよ!ルイズにやらせるなって!」
「もう、ヴァリエールは退学にしてくれよ!」
「あぁ!俺のラッキーが蛇に食われた!ラッキーが!」
めいめい騒ぎ出す。大混乱である。カズキは呆然と見入っていた。
シュヴルーズは床に倒れている。気絶してるだけのようで、ぴくぴくと痙攣している。
煤で真っ黒になったルイズが、むくりと立ち上がる。
爆風で服のあちこちが裂け、見るも無残な姿であった。怪我らしい怪我はないようだ。
そのまま、周りを意に介した風もなく、取り出したハンカチで顔に付いた煤を拭うと
「ちょっと失敗したみたいね」
とんでもない大物である。
その言葉に、他の生徒から反発の声が挙がった。
「ちょっとじゃないだろ!ゼロのルイズ!」
「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」
事ここに至り、カズキはやっと、ルイズが何故そんな二つ名で呼ばれているのか理解した。
ルイズを見ると、罵声を浴びながらも澄ました顔を保っている。が、肩が微かに震えているのが見て取れた。
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