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「ゼロと世界の破壊者-02」(2009/06/23 (火) 15:13:22) の最新版変更点
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#navi(ゼロと世界の破壊者)
第2話「ゼロの使い魔の世界」
ルイズは、自分が召還した家こと『光写真館』の中に案内されると、広い部屋に通された。
部屋の中心にはルイズの背丈程ある見た事も無い物体が置かれ、奥にはルイズもよく知る双月が浮かぶ夜空が描かれた大きな絵が飾られていた。部屋の隅に小さな机やソファが並べられていてちょっとしたサロンになっていた。
ユウスケが説明するに、そこではキネンサツエイなるものが行われる場所らしいのだが、サツエイと言う行為がどういったものなのかを理解してないルイズにはいまいち要領を得られなかった。
ルイズは部屋の中をさっとだが見渡したが、思ったより綺麗にされてる事がよく判った。平民の家には初めて入ったが、こういうものなのかと少し感心した。
部屋の中にはさっき士達と一緒に外に出てきた女性がいた。ルイズと一瞬目が合ったが、何故かすぐに反らされてしまった。
この家の平民はみんなこんななのか、とルイズはちょっとムッとした。
ユウスケから、彼女の名前は光夏海だと紹介された。同じ様にユウスケはルイズもルイズとだけ紹介した。やっぱり、さっきの長いフルネームは覚えきれなかったらしい。
「なんだ夏海、いなくなったと思ったらこっちに帰ってたのか」
「…」
夏海を見つけると士が話しかけたが、何故か夏海は士にもそっぽを向いた。
士は訝しんだ。
「おい夏みかん、何怒ってんだ?」
士は反らされた夏海の顔を追って眼前に回り込むが、夏海は「怒ってません」と再びそっぽを向く。
そんな行為が、3回程繰り返された後、士は「ははぁん…」と何か気付いた素振りで嫌らしい笑みを浮かべた。
「そうかそうか、お前、俺があいつとキスしたんで、それで妬いてるんだな」
あいつ、と言う言葉に思い辺りがあったルイズは、さっきのコントラクト・サーヴァントの事を思い出して、顔を赤らめた。
すると夏海はバネ仕掛けの人形の様にバッと士に向き直ると「そ、そんなんじゃありません!」と顔を真っ赤にして声を荒げた。
しかし士はそんな夏海に構わず「そうか、夏海が俺の事をそんなに…」などと言いながらニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。
こいつ、基本的にいじめっ子なんだわ…とルイズは士の事を理解して目を細めた。
すると夏海はキッと未だにニヤけている士の背中を睨みつけると、スッと親指をおっ立て、そのまま士の背後に向かって吶喊して行った。
「光家秘伝…笑いのツボ!」
と、士の背後から親指をその首元に突き立てる。
『グギッ』っと何とも嫌な音が響くと、突如士がその場で笑い始めた。
「ははははは!…てめ、夏みかん…ははははは!」
夏海は士を放置してぷいとそっぽを向くと、部屋の隅まで引っ込んだ。
目の前のあまりにもな光景にただただ絶句するしか無いルイズ。ユウスケは呆れながら「いつもの事だよ」とルイズに説明する。
一体どんな『いつも』だ、とルイズは突っ込まずにはいられなかった。
「ユウスケェー、お帰りなさぁい、早かったのね。…あら、士も」
すると今度は何処からとも無く小さくて白い、何かコウモリの様なものが飛んで来た。
その白いコウモリみたいな何かはユウスケの周りを戯れる様に飛び回っていた。
それも、人語を話しながら。
突然現れた人語を話す謎の物体に、ルイズは眼をまんまるにして驚いた。
「ちょっ…!?何そいつ!!?何で人間の言葉を話してるの!!?!?幻獣かなにか!!?」
するとその白い未確認物体はルイズに向き直る。どうやらその時点で初めてルイズの存在を確認したようだ。
「あら?見かけない顔ねぇ…ユウスケ、このコ誰?」
「彼女はルイズちゃん。この世界の人間で、士のご主人様」
「わぁお!士ったら、いつの間にこんなコの家来になったのぉ?」
「…け、家来じゃないわ、使い魔よ」
「…どっちにもなった覚えは無い!」
笑いのツボ押しから復帰した士が直ぐさまルイズにツッコミを入れた。
「ま、どっちも似た様なものよね。あぁ、私はキバーラ。キバット族のキバーラよ、宜しくねルイズちゃん♪」
キバーラはそう名乗るとルイズにウインクして見せた。
それを見ながら、ルイズはふと思った。最初に出て来たのが士じゃなくてコイツだったなら…。
見た事も無い種族の、それも人語を話すコウモリ…コイツを使い魔に出来ていたなら、文句無しでもう誰にもゼロだなんて言わせなかっただろうに…。などとキバーラを見つめながら有り得たかもしれない過去を妄想するルイズ。
その瞬間、キバーラはそのルイズの視線に言い知れぬ寒気を感じたと言う。
「おやおや、お客さんですかな?」
まだ居たのかと心の中でツッコミつつ新たな声の主の方を見るルイズ。
そこに居たのはキバーラとは違い、普通の人間であった。白髪に眼鏡をかけた老人だ。ルイズはちょっとだけ安堵した。
光栄次郎。この写真館の主人で、夏海の祖父と紹介された。
「さぁさぁ、そんな所に突っ立ってないで、どうぞ腰をかけてください。えぇと…」
ルイズはこれまでの異常事態に驚嘆して、すっかり腰を下ろす事も忘れて立ち惚けていた事に今更ながら気がついら。
栄次郎に促され、ルイズは部屋の窓際に備え付けられていたソファの真ん中に腰を下ろす。
「ルイズよ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
栄次郎が言い吃っていたのはルイズの名を知らないからだと判断し、改めて、態とらしく長ったらしい本名で名乗ってみせた。
「おぉ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールちゃんだね。どうぞゆっくりして行ってください。今、美味しいコーヒーを入れて来ますからね」
「…ルイズで良いです」
ちょっとした悪戯のつもりだったが、予想外にもあっさりと返されてしまいルイズは気を削がれてしまった。
しかしあの長ったらしい本名を一度で覚えるなんて、あの爺さん何者?と考えている内に栄次郎は部屋の奥の調理場へと吸い込まれて行った。
「…さて、それじゃ色々と話を聞くとしようか」
そう言い出したのは士だ。士は手近な椅子を手繰り寄せると背もたれに上体を凭れさせて話を聞く体制を取った。
この男、本当に礼儀がなっていないとルイズは考えつつも、今ここで言うべきではないなと言葉を噛み殺す。
何、士はルイズの使い魔になったんだ。なれば教育し直す時間はたっぷりとある。
そうこうしている内にユウスケと夏海も椅子に座ってルイズの話を聞く体制に入る。
キバーラだけが「何?何が起こるの?」と状況を理解出来ていなかった。
「それじゃあ、何処から話そうかしら…」
ルイズが一言目を模索していると、栄次郎がお茶を入れて戻って来た。
折角なので、お茶を一口飲んで喉を潤してから話し出そうと、ルイズは栄次郎からカップを受け取った。
ルイズが受け取ったカップには、いつも口にしている紅茶とは全く違う、見た事も無い黒い液体が注がれていた。コーヒーと言うらしい。
(そう言えばユウスケも栄次郎もしきりにコーヒーって言ってたわね…)
記憶を辿りつつルイズは自分がコーヒーと言う単語を知らなかった事に今になって思い至った。そして目の前のコーヒーと格闘を始めた。
香りは、悪くない。紅茶とはまた趣の違う味のある香りだ。
ふと周りを見ると、士もユウスケも夏海も何の抵抗も無く飲んでいる。ユウスケなんか「相変わらず巧いっすね!」と大絶賛してる。
試しに一口。
「にがっ!」
予想以上の苦さに思わず顔を顰めた。なんだこれは?よくこんな苦いものを平気で飲めるな?これが平民のお茶なのか?ルイズの中でコーヒーへの疑問は尽きない。
するとそんな様子を士は鼻で笑った。
「思った通りのお子ちゃま味覚だな」
ルイズはキッと睨みつけたが、夏海が親指をスッとおっ立てると、士は首元を押さえてそれ以上何も言わなくなった。
ユウスケに勧められて砂糖とミルクを入れて再度コーヒーにチャレンジしたら、先程の苦みがかなり和らぎ飲みやすくなった。
これはこれで癖になりそうな味だ。
コーヒーを飲んで一服したところで、ルイズは当初の目的であった状況説明を開始する。
「まず、アンタ達が家ごと魔法学院に飛ばされて来たのは私の『サモン・サーヴァント』、つまり使い魔召還の儀式が原因よ。
本当は生物や幻獣が喚び出されるのが普通なんだけど、何がどう狂っちゃったか知れないけれどこの建物ごと召還しちゃったってワケ。
正直、悪いとは思ってるけど、残念だけどこの家を戻す方法は無いの。だから帰りたかったらこの家は諦めるしか無いわね」
とりあえず一息で説明その一終了。
だらだらと長話しても仕方が無いと、手早く済ませようと言うのがルイズの魂胆だ。
続けて説明その二、使い魔に関しての説明を始めようとした時、そこで待ったが入る。
「そんな事より、そもそも此処は何処だ?」
「この世界の人ってみんな魔法が使えるの?」
「ん?ねぇねぇ、魔法って何の事ぉ?」
「使い魔って一体どういう事なんですか?」
「あ、コーヒーのお代わりはいるかい?」
そして怒濤の質問攻め。
話を手短に済ませようと言うルイズの目論見は脆くも崩れ去った。
予想以上に田舎者だった光写真館の一同に、仕方なくルイズはこの世界についてを一から説明をする羽目になってしまった。
まず語り出したのはこの国トリステインと、その周辺国の事。
次に魔法の事、4つの系統魔法と失われた虚無の系統の事。
魔法を使える貴族と、使えない平民の関係。
魔法をこの世界に齎した始祖ブリミルの事。
エルフの事。
エルフに奪われた聖地の事。
最初はそこまで話すつもりではなかったが、ユウスケや夏海の質問に答えている内にかなり深い所まで話してしまった。
一段落付いた所で、ルイズにドッと疲れが襲いかかった。都合5杯目のコーヒーを胃に注ぐ。
「ドミニ…ドミニカ…トリニダード…トルクメニ…やっぱり無いですねぇ」
「さっきから一体何を調べてるの?」
途中から栄次郎は輪を離れて何かの本を取り出して調べものを始めていた。
ルイズは自分が話している最中も調べものをしていた栄次郎が気になって仕方なかった。
「いえね、世界地図でトリステインって国を探してみたんですが、やっぱり全然見つからないんですよ」
「そんな馬鹿な!?」
憤慨したルイズは栄次郎が広げていた地図帳を引ったくる。
そこにはルイズが見た事も無い異国の文字が綴られていたのだが、幾らページを捲っても、その何処にも、自分が見慣れたハルケギニアの地図が載っていなかった。
「何よこれ、とんだパチもんじゃない!トリステインもゲルマニアもガリアも、ハルケギニアが全然載ってないなんて、一体何処でこんな偽物買わされたの?」
「いや、それは間違いなく俺たちの世界の地図だ」
そう言ったのは士。さっきルイズが話している間殆ど口を出さず聞きに徹していた士が、久しぶりにここで口を開いた。
その士の言葉の中に、ルイズは疑問を覚えた単語を見つけた。
「アンタ達の…世界?」
「そうだ」と士は頷き、続けて口を開く。
「今のお前の話でだいたいわかった。魔法も、ハルケギニアもトリステインも、さっき聞いた事の殆どが俺達が今まで旅して来た世界じゃ聞いた事無い話ばかりだ。
だとしたら考えられる事は一つ…ここは9つの世界とも違う全く別の世界…それも俺達の知る地球とも違う全くの異世界だ…と言う事だ」
ルイズは、唖然とした。
変なヤツだと思ってはいたけれど、まさかここまでとは…かなりの重傷だ、とルイズは頭を抱えた。
が、すぐにそんな自分の感覚にも疑問符を浮かべる事になる。
ユウスケも夏海も、そんな士の的外れに思えた考察に対して何も疑問に思ってない、むしろ納得しているようだった。
…なんだろうこの空気は。間違った事を言ったつもりは無いのだが、何故か自分が一番間違っている、そんな感覚に囚われた。
「あっれぇ〜?もしかして今の士の解説、半信半疑だったぁ?」
キバーラは嘲笑する様な口調でそう言いながらルイズの周囲を飛び回る。
図星であるが、少し違うのは、半信半疑どころか全く信じてないと言う点だ。
「ま、写真を知らなかった辺りから大体想像はついてたがな」
そう言って士から何枚かの紙を渡された。
その紙には様々な人が精密に描かれていたのだが、ルイズはその絵を見て驚かざるを得なかった。
何故ならその絵にはインクも絵の具も使われず見た事も無い技法で描かれていたからだ。
「それが写真だ。その瞬間の像をそのまま紙に焼き付ける技術…俺達の居た世界ではお前達の言う平民でも簡単に作れるものだ」
ルイズは再び唖然とした。
しかしさっきとは違う理由、素直に驚きを表現したものだ。
すると士は首から下げたド派手なピンク色の箱をルイズに向けながらカチリと音を鳴らした。
何をしたかと聞けば、写真を撮ったと言う。あとで現像してやると言って士は椅子に腰掛け直した。
そんなに簡単に出来るのかと、ルイズはもう驚く事しか出来なかった。
士の話だけでは信じる事は出来なかったが、こうして証拠となる現物が出されてしまったら信じる他無いだろう。
少なくとも、貴族である自分も知らない技術を平民の士達が持っている事は事実なのだから。
恐らく、この家を探索するだけで見た事も無い物がゴロゴロと出てくるのだろう。…と、さっき別れたコルベールの表情を思い出した。
コルベールは教師であると同時に発明家で、いつも変梃な物を発明してはそれを授業で発表して皆から失笑されていた。
もしかしたらこの家から何か異文化の匂いを嗅ぎ付けて、それであんなにはしゃいでいたのだろう。あのコルベールなら異世界の技術と聞いたら脇目も振らずに飛びつくに決まってる。
もしあの後の授業が無かったらすぐにでもこの家に飛び込みたかった筈だ。あのコルベールなら十分あり得る、と、ルイズはうんうんと頷いた。
「…にしても異世界かぁ、今まで色んな世界を回ったけど、まさか魔法の世界とはなぁ…」
そう言ったのはユウスケだ。
「これまでは異世界って言っても日本から出た事はありませんでしたから、これは色々と驚きです」
とユウスケに同意する形で付け加える夏海。
「外国どころか地球ですら無いがな」
士が更に補足づける。
ルイズはふと、疑問が浮かんだ。
「ねぇアンタ達、世界を旅してたって言うけど、アンタ達って旅人なの?さっき9つの世界がどうとか言ってたけど…」
ルイズの疑問を受けて、ユウスケと夏海の表情が一瞬固まる。
夏海が士に視線を向けると、士は「別に良いだろう」と言った表情で返す。
それを受け、夏海の口から彼らの素性が説明された。
曰く、彼らは世界を滅びから救う為、9つの世界を旅して回っていたらしい。
9つの世界とは基本的には同じ地球と言う世界だけれども何かが少しだけ違う、パラレルワールドだと教えられた。
何でも、ユウスケとキバーラはその旅の過程で仲間になった間柄らしい。
それを聞いて、ルイズはまたまた唖然とした。
いや、流石にそれは無いだろう。と、ルイズは真っ向から否定する他無かった。
滅びから世界を救う?その為に9つの異世界を旅していた?そこまでくるともう物語の域だ。
彼らが異世界の住人だと言う事はルイズは先程の遣り取りで十分理解した。それでも、世界を救うために異世界を渡り歩いてたなんて…ルイズはその部分だけは納得し切れなかった。
「…てことは何?アンタらって勇者ご一行なの?」
世界を救う者の定番と言えば勇者である。随分とルイズのイメージとはかけ離れた勇者であるが。
それに対する問いに、士はしれっと答えた。
「いや、俺は破壊者だ。中には悪魔と呼ぶ奴もいるがな」
そう言って士はユウスケに視線を向ける。ユウスケはちょっと膨れて士を小突いた。
…破壊者?悪魔?ルイズは首を傾げた。
士は見た目は普通の人間であった。とても破壊者とか悪魔とかには見えない。
悪魔と言うと、エルフの事を度々鬼だの悪魔だのと喩えるが、士はエルフでもない。
その辺について詳しく聞いたが、残念ながらそれは士にも説明出来なかった。
何でも士は過去の記憶が曖昧らしい。
「ごめんくださ〜い」
そんな折、玄関から声が響いた。
授業とその後の職員会議、書類整理が一段落して、コルベールが光写真館を訪れたのだ。
夏海が玄関先まで迎えにゆき、ルイズ達が集まっていた部屋まで通される。いつの間にかキバーラは姿を消していた。
部屋まで通されたコルベールは予想通りその部屋にあった様々な物を前にして、禿頭の煌めきに負けない程の輝きを眼球から放っていた。
とりあえず興奮する禿…もとい、コルベールを落ち着かせ、ソファに座らせる。つまりルイズの隣だ。
ルイズはちょっと嫌な顔をしたが他に座る所が無いのだから仕方が無いと諦めた。
間もなく栄次郎からコーヒーが振る舞われ、これまた見た事も無い未知の飲み物に大いに喜ぶコルベール。そのまま何の警戒も無く口をつける。
ルイズはその苦さに驚けとその横でニヤニヤしながら動向を見守っていたが、コルベールは「初めて味わう香ばしさとコクのある苦みが実に味わい深い!」と大絶賛した。なのでルイズはちょっとだけガッカリした。
「そう言えばミス・ヴァリエール、今夜はこちらに厄介になるのかい?」
「え?」
全くそんな気はなかったのだが、コルベールに促されて外を見て、初めてもう日が暮れていた事に気がついた。
そんなに長く話し込んでいた事にも驚いたのだが、日が暮れてもこの部屋は照明とやらで照らされて全く暗くならなかったのだ、これまた未知の技術に驚かされる。
コルベール曰く、もう既に夕餉の時間だと言う。早く行かないと食いっ逸れると聞いてルイズはいい加減お暇しようとした。
ならコルベールは?と聞くと折角なので異文化の食事を頂こうとご馳走になる気満々で来たと言う。それはどうなんだと思ったが、貴族が平民の家で食事を頂く事はむしろ平民側にとって光栄だろうと考えた。
まぁ、異世界の平民なのだが…でも栄次郎が快諾しているのだから、問題は無いのだろう。
ルイズもまた一緒にどうかと誘われたが、ここは丁重に断った。異世界の食事にも興味はあったが、それでも平民の家で食事をすると言う事をルイズの中の貴族のプライドが許さなかったのだ。
「それじゃ、明日早めに起こしに来なさいよ」
「はぁ?何で俺がそんな事しなきゃならない」
そうルイズが切り出したのは士がルイズを玄関まで送った時であった。無論、士がそうしたのは親指を立てた夏海に命令されたからである。
そしてそれに対する士の応えは予想した通りだった。
「アンタねぇ、私の使い魔になったんだからそのくらいの事をするのが義務ってもんでしょう!」
「俺はお前の使い魔にはなったが下僕になった覚えは無い。そもそも何で使い魔だからってそんな身の回りの世話なんかしなきゃならない?それじゃあお前ら貴族が雇ってる使用人とやらと何も変わらないだろ」
そこでルイズはメイジの使い魔についてを教えてなかった事に気がついた。
ハルケギニアの歴史やトリステインの文化の事など色々な事を説明している内にすっかり忘れてしまったのだ。
仕方が無いのでこの場で簡単に説明する事にした。
「使い魔には主人の代わりに色々な事をしてもらうものなの。まずは主人の目となり耳となり、…ってこれは駄目ね。さっきも試したけど駄目だったし」
さっきとは写真館に向かう道すがら。試しに目を瞑って意識を集中してみたけれど、何も見えず何も聞こえなかった。
「四六時中他人に覗かれてたまるか」
いい加減士がこう言う物言いしか出来ない事が判ってきたので、もうルイズはいちいち怒らない。怒っても疲れるだけだ。ちょっと腹は立つけど。
「次に主人の望む者の収集。例えば秘薬の材料とか…も、異世界から来たアンタじゃ判るワケないか」
士達がハルケギニアとは違う世界から訪れた人間と言う事は、もう嫌と言う程理解した。
「で、後は主人の護衛とか雑用とか…そう言えばアンタ自分で破壊者って言ってたけど、そこそこ強いの?」
「あぁ。俺はかーなーりー強い!」
自信満々で言い放った。
でもまぁ強いと言っても普通の平民に毛が生えた程度だろうとルイズは勝手に評価した。良くてそこらの衛士クラスだろう。
「と言うワケで、一先ずアンタには私の身の回りの雑用をやってもらうからね!」
「何がと言うワケだ。結局使用人扱いじゃないか」
「仕方ないでしょ、そのくらいしかアンタに出来る事なんて無いんだから」
「そもそも俺は好き好んでお前と契約したワケじゃない。お前に無理矢理…」
「わ、私だってアンタなんか使い魔にしたくなかったわよ!ただあの状況じゃそうするしかなかっただけで…でも、契約しちゃったんだから、ちゃんとそれに見合う働きをしてくれないと私が困るの!!」
「俺の感情は無視か…」
やれやれと肩を落とす士。
しかしこのまま言い争っていても恐らくずっと意見は平行線のままだろう。一刻も早く食堂に向かいたいルイズは強引に話を締めくくり自分の部屋の位置を教えると部屋の合鍵を渡す。
「絶対に部屋は間違えないでよね!」
と、その点だけを強調した。何故ならルイズの部屋の隣はあの宿敵ツェルプストーの部屋である。間違って入られてはたまったもんじゃない。
用件を言い終わるとルイズは光写真館を後にし、足早に食堂へと向かった。もうお腹ペコペコだ。
正直言って、士が起こしに来てくれるかどうかかなり怪しい。だからと言って自分の部屋で一緒に寝ろとも言えない。あそこにはベッドはルイズのもの一つしか無いし、それに一応は帰る家があるのだから。ルイズはその点だけは妥協した。
しかし…と、ルイズは夜空に輝く双月を見上げた。
本当にハチャメチャな一日だった、と改めて思った。
召還したのは家で、使い魔にしたのは平民で、しかもその平民は異世界の人間で、見た事も無い物を次々と見せられる始末。
今日一日だけでこれなのだ、これから先一体どうなってしまうのだろう、と、ルイズははぁと大きな溜息をつくのであった。
その一方、士もまた双月を見上げて小さく溜息を付いた。
夜空に輝く双月が、改めてここがこれまで旅して来た9つの世界とも違う異世界だと言う事を如実に物語っていた。
「本当に、異世界に来ちゃったみたいですね…」
するとそこに夏海もやってきた。夏海は空に浮かぶ双月を見詰めて感慨深く呟いた。
「せっかく9つの世界を全部巡ったと言うのに、どうして私達はこんな所まで来てしまったのでしょう…」
「…さあな」
士は首から掛けていたカメラで双月に向かってシャッターを切った。カシャ、と言うシャッター音が静寂の中に響き渡る。
「…でも、もしかしたら、私達がこの世界に来た意味が何かあるんじゃないのでしょうか?」
「ライダーが存在しないかもしれないこの世界に、か?」
「それでもです。きっと士くんがあの子の使い魔になった事にも意味があると思います。これまでの世界みたいに」
「それがこの世界に与えられた俺の役割…ね」
あんな生意気で我が侭なガキんちょにこき使われろってか、と士は心の中でぼやいた。
「これまでみたいにその役割を果たしていれば、きっとこの世界でのやるべき事が見つかると思います」
「やるべき事、か…正直、気は進まないが」
そう言って士は踵を返して写真館の中に戻って行った。
「ちょっと、士くん!」
「だが俺がこの世界で何かしなきゃならないって言うんなら、俺はその何かをするさ、これまで通りにな」
そうして士は写真館の奥に消えて行った。
取り残された夏海は「もうっ!」と頬を膨らませた。
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#navi(ゼロと世界の破壊者)
#navi(ゼロと世界の破壊者)
第2話「ゼロの使い魔の世界」
ルイズは、自分が召喚した家こと『光写真館』の中に案内されると、広い部屋に通された。
部屋の中心にはルイズの背丈程ある見た事も無い物体が置かれ、奥にはルイズもよく知る双月が浮かぶ夜空が描かれた大きな絵が飾られていた。部屋の隅に小さな机やソファが並べられていてちょっとしたサロンになっていた。
ユウスケが説明するに、そこではキネンサツエイなるものが行われる場所らしいのだが、サツエイと言う行為がどういったものなのかを理解してないルイズにはいまいち要領を得られなかった。
ルイズは部屋の中をさっとだが見渡したが、思ったより綺麗にされてる事がよく判った。平民の家には初めて入ったが、こういうものなのかと少し感心した。
部屋の中にはさっき士達と一緒に外に出てきた女性がいた。ルイズと一瞬目が合ったが、何故かすぐに反らされてしまった。
この家の平民はみんなこんななのか、とルイズはちょっとムッとした。
ユウスケから、彼女の名前は光夏海だと紹介された。同じ様にユウスケはルイズもルイズとだけ紹介した。やっぱり、さっきの長いフルネームは覚えきれなかったらしい。
「なんだ夏海、いなくなったと思ったらこっちに帰ってたのか」
「…」
夏海を見つけると士が話しかけたが、何故か夏海は士にもそっぽを向いた。
士は訝しんだ。
「おい夏みかん、何怒ってんだ?」
士は反らされた夏海の顔を追って眼前に回り込むが、夏海は「怒ってません」と再びそっぽを向く。
そんな行為が、3回程繰り返された後、士は「ははぁん…」と何か気付いた素振りで嫌らしい笑みを浮かべた。
「そうかそうか、お前、俺があいつとキスしたんで、それで妬いてるんだな」
あいつ、と言う言葉に思い辺りがあったルイズは、さっきのコントラクト・サーヴァントの事を思い出して、顔を赤らめた。
すると夏海はバネ仕掛けの人形の様にバッと士に向き直ると「そ、そんなんじゃありません!」と顔を真っ赤にして声を荒げた。
しかし士はそんな夏海に構わず「そうか、夏海が俺の事をそんなに…」などと言いながらニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。
こいつ、基本的にいじめっ子なんだわ…とルイズは士の事を理解して目を細めた。
すると夏海はキッと未だにニヤけている士の背中を睨みつけると、スッと親指をおっ立て、そのまま士の背後に向かって吶喊して行った。
「光家秘伝…笑いのツボ!」
と、士の背後から親指をその首元に突き立てる。
『グギッ』っと何とも嫌な音が響くと、突如士がその場で笑い始めた。
「ははははは!…てめ、夏みかん…ははははは!」
夏海は士を放置してぷいとそっぽを向くと、部屋の隅まで引っ込んだ。
目の前のあまりにもな光景にただただ絶句するしか無いルイズ。ユウスケは呆れながら「いつもの事だよ」とルイズに説明する。
一体どんな『いつも』だ、とルイズは突っ込まずにはいられなかった。
「ユウスケェー、お帰りなさぁい、早かったのね。…あら、士も」
すると今度は何処からとも無く小さくて白い、何かコウモリの様なものが飛んで来た。
その白いコウモリみたいな何かはユウスケの周りを戯れる様に飛び回っていた。
それも、人語を話しながら。
突然現れた人語を話す謎の物体に、ルイズは眼をまんまるにして驚いた。
「ちょっ…!?何そいつ!!?何で人間の言葉を話してるの!!?!?幻獣かなにか!!?」
するとその白い未確認物体はルイズに向き直る。どうやらその時点で初めてルイズの存在を確認したようだ。
「あら?見かけない顔ねぇ…ユウスケ、このコ誰?」
「彼女はルイズちゃん。この世界の人間で、士のご主人様」
「わぁお!士ったら、いつの間にこんなコの家来になったのぉ?」
「…け、家来じゃないわ、使い魔よ」
「…どっちにもなった覚えは無い!」
笑いのツボ押しから復帰した士が直ぐさまルイズにツッコミを入れた。
「ま、どっちも似た様なものよね。あぁ、私はキバーラ。キバット族のキバーラよ、宜しくねルイズちゃん♪」
キバーラはそう名乗るとルイズにウインクして見せた。
それを見ながら、ルイズはふと思った。最初に出て来たのが士じゃなくてコイツだったなら…。
見た事も無い種族の、それも人語を話すコウモリ…コイツを使い魔に出来ていたなら、文句無しでもう誰にもゼロだなんて言わせなかっただろうに…。などとキバーラを見つめながら有り得たかもしれない過去を妄想するルイズ。
その瞬間、キバーラはそのルイズの視線に言い知れぬ寒気を感じたと言う。
「おやおや、お客さんですかな?」
まだ居たのかと心の中でツッコミつつ新たな声の主の方を見るルイズ。
そこに居たのはキバーラとは違い、普通の人間であった。白髪に眼鏡をかけた老人だ。ルイズはちょっとだけ安堵した。
光栄次郎。この写真館の主人で、夏海の祖父と紹介された。
「さぁさぁ、そんな所に突っ立ってないで、どうぞ腰をかけてください。えぇと…」
ルイズはこれまでの異常事態に驚嘆して、すっかり腰を下ろす事も忘れて立ち惚けていた事に今更ながら気がついら。
栄次郎に促され、ルイズは部屋の窓際に備え付けられていたソファの真ん中に腰を下ろす。
「ルイズよ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
栄次郎が言い吃っていたのはルイズの名を知らないからだと判断し、改めて、態とらしく長ったらしい本名で名乗ってみせた。
「おぉ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールちゃんだね。どうぞゆっくりして行ってください。今、美味しいコーヒーを入れて来ますからね」
「…ルイズで良いです」
ちょっとした悪戯のつもりだったが、予想外にもあっさりと返されてしまいルイズは気を削がれてしまった。
しかしあの長ったらしい本名を一度で覚えるなんて、あの爺さん何者?と考えている内に栄次郎は部屋の奥の調理場へと吸い込まれて行った。
「…さて、それじゃ色々と話を聞くとしようか」
そう言い出したのは士だ。士は手近な椅子を手繰り寄せると背もたれに上体を凭れさせて話を聞く体制を取った。
この男、本当に礼儀がなっていないとルイズは考えつつも、今ここで言うべきではないなと言葉を噛み殺す。
何、士はルイズの使い魔になったんだ。なれば教育し直す時間はたっぷりとある。
そうこうしている内にユウスケと夏海も椅子に座ってルイズの話を聞く体制に入る。
キバーラだけが「何?何が起こるの?」と状況を理解出来ていなかった。
「それじゃあ、何処から話そうかしら…」
ルイズが一言目を模索していると、栄次郎がお茶を入れて戻って来た。
折角なので、お茶を一口飲んで喉を潤してから話し出そうと、ルイズは栄次郎からカップを受け取った。
ルイズが受け取ったカップには、いつも口にしている紅茶とは全く違う、見た事も無い黒い液体が注がれていた。コーヒーと言うらしい。
(そう言えばユウスケも栄次郎もしきりにコーヒーって言ってたわね…)
記憶を辿りつつルイズは自分がコーヒーと言う単語を知らなかった事に今になって思い至った。そして目の前のコーヒーと格闘を始めた。
香りは、悪くない。紅茶とはまた趣の違う味のある香りだ。
ふと周りを見ると、士もユウスケも夏海も何の抵抗も無く飲んでいる。ユウスケなんか「相変わらず巧いっすね!」と大絶賛してる。
試しに一口。
「にがっ!」
予想以上の苦さに思わず顔を顰めた。なんだこれは?よくこんな苦いものを平気で飲めるな?これが平民のお茶なのか?ルイズの中でコーヒーへの疑問は尽きない。
するとそんな様子を士は鼻で笑った。
「思った通りのお子ちゃま味覚だな」
ルイズはキッと睨みつけたが、夏海が親指をスッとおっ立てると、士は首元を押さえてそれ以上何も言わなくなった。
ユウスケに勧められて砂糖とミルクを入れて再度コーヒーにチャレンジしたら、先程の苦みがかなり和らぎ飲みやすくなった。
これはこれで癖になりそうな味だ。
コーヒーを飲んで一服したところで、ルイズは当初の目的であった状況説明を開始する。
「まず、アンタ達が家ごと魔法学院に飛ばされて来たのは私の『サモン・サーヴァント』、つまり使い魔召喚の儀式が原因よ。
本当は生物や幻獣が喚び出されるのが普通なんだけど、何がどう狂っちゃったか知れないけれどこの建物ごと召喚しちゃったってワケ。
正直、悪いとは思ってるけど、残念だけどこの家を戻す方法は無いの。だから帰りたかったらこの家は諦めるしか無いわね」
とりあえず一息で説明その一終了。
だらだらと長話しても仕方が無いと、手早く済ませようと言うのがルイズの魂胆だ。
続けて説明その二、使い魔に関しての説明を始めようとした時、そこで待ったが入る。
「そんな事より、そもそも此処は何処だ?」
「この世界の人ってみんな魔法が使えるの?」
「ん?ねぇねぇ、魔法って何の事ぉ?」
「使い魔って一体どういう事なんですか?」
「あ、コーヒーのお代わりはいるかい?」
そして怒濤の質問攻め。
話を手短に済ませようと言うルイズの目論見は脆くも崩れ去った。
予想以上に田舎者だった光写真館の一同に、仕方なくルイズはこの世界についてを一から説明をする羽目になってしまった。
まず語り出したのはこの国トリステインと、その周辺国の事。
次に魔法の事、4つの系統魔法と失われた虚無の系統の事。
魔法を使える貴族と、使えない平民の関係。
魔法をこの世界に齎した始祖ブリミルの事。
エルフの事。
エルフに奪われた聖地の事。
最初はそこまで話すつもりではなかったが、ユウスケや夏海の質問に答えている内にかなり深い所まで話してしまった。
一段落付いた所で、ルイズにドッと疲れが襲いかかった。都合5杯目のコーヒーを胃に注ぐ。
「ドミニ…ドミニカ…トリニダード…トルクメニ…やっぱり無いですねぇ」
「さっきから一体何を調べてるの?」
途中から栄次郎は輪を離れて何かの本を取り出して調べものを始めていた。
ルイズは自分が話している最中も調べものをしていた栄次郎が気になって仕方なかった。
「いえね、世界地図でトリステインって国を探してみたんですが、やっぱり全然見つからないんですよ」
「そんな馬鹿な!?」
憤慨したルイズは栄次郎が広げていた地図帳を引ったくる。
そこにはルイズが見た事も無い異国の文字が綴られていたのだが、幾らページを捲っても、その何処にも、自分が見慣れたハルケギニアの地図が載っていなかった。
「何よこれ、とんだパチもんじゃない!トリステインもゲルマニアもガリアも、ハルケギニアが全然載ってないなんて、一体何処でこんな偽物買わされたの?」
「いや、それは間違いなく俺たちの世界の地図だ」
そう言ったのは士。さっきルイズが話している間殆ど口を出さず聞きに徹していた士が、久しぶりにここで口を開いた。
その士の言葉の中に、ルイズは疑問を覚えた単語を見つけた。
「アンタ達の…世界?」
「そうだ」と士は頷き、続けて口を開く。
「今のお前の話でだいたいわかった。魔法も、ハルケギニアもトリステインも、さっき聞いた事の殆どが俺達が今まで旅して来た世界じゃ聞いた事無い話ばかりだ。
だとしたら考えられる事は一つ…ここは9つの世界とも違う全く別の世界…それも俺達の知る地球とも違う全くの異世界だ…と言う事だ」
ルイズは、唖然とした。
変なヤツだと思ってはいたけれど、まさかここまでとは…かなりの重傷だ、とルイズは頭を抱えた。
が、すぐにそんな自分の感覚にも疑問符を浮かべる事になる。
ユウスケも夏海も、そんな士の的外れに思えた考察に対して何も疑問に思ってない、むしろ納得しているようだった。
…なんだろうこの空気は。間違った事を言ったつもりは無いのだが、何故か自分が一番間違っている、そんな感覚に囚われた。
「あっれぇ〜?もしかして今の士の解説、半信半疑だったぁ?」
キバーラは嘲笑する様な口調でそう言いながらルイズの周囲を飛び回る。
図星であるが、少し違うのは、半信半疑どころか全く信じてないと言う点だ。
「ま、写真を知らなかった辺りから大体想像はついてたがな」
そう言って士から何枚かの紙を渡された。
その紙には様々な人が精密に描かれていたのだが、ルイズはその絵を見て驚かざるを得なかった。
何故ならその絵にはインクも絵の具も使われず見た事も無い技法で描かれていたからだ。
「それが写真だ。その瞬間の像をそのまま紙に焼き付ける技術…俺達の居た世界ではお前達の言う平民でも簡単に作れるものだ」
ルイズは再び唖然とした。
しかしさっきとは違う理由、素直に驚きを表現したものだ。
すると士は首から下げたド派手なピンク色の箱をルイズに向けながらカチリと音を鳴らした。
何をしたかと聞けば、写真を撮ったと言う。あとで現像してやると言って士は椅子に腰掛け直した。
そんなに簡単に出来るのかと、ルイズはもう驚く事しか出来なかった。
士の話だけでは信じる事は出来なかったが、こうして証拠となる現物が出されてしまったら信じる他無いだろう。
少なくとも、貴族である自分も知らない技術を平民の士達が持っている事は事実なのだから。
恐らく、この家を探索するだけで見た事も無い物がゴロゴロと出てくるのだろう。…と、さっき別れたコルベールの表情を思い出した。
コルベールは教師であると同時に発明家で、いつも変梃な物を発明してはそれを授業で発表して皆から失笑されていた。
もしかしたらこの家から何か異文化の匂いを嗅ぎ付けて、それであんなにはしゃいでいたのだろう。あのコルベールなら異世界の技術と聞いたら脇目も振らずに飛びつくに決まってる。
もしあの後の授業が無かったらすぐにでもこの家に飛び込みたかった筈だ。あのコルベールなら十分あり得る、と、ルイズはうんうんと頷いた。
「…にしても異世界かぁ、今まで色んな世界を回ったけど、まさか魔法の世界とはなぁ…」
そう言ったのはユウスケだ。
「これまでは異世界って言っても日本から出た事はありませんでしたから、これは色々と驚きです」
とユウスケに同意する形で付け加える夏海。
「外国どころか地球ですら無いがな」
士が更に補足づける。
ルイズはふと、疑問が浮かんだ。
「ねぇアンタ達、世界を旅してたって言うけど、アンタ達って旅人なの?さっき9つの世界がどうとか言ってたけど…」
ルイズの疑問を受けて、ユウスケと夏海の表情が一瞬固まる。
夏海が士に視線を向けると、士は「別に良いだろう」と言った表情で返す。
それを受け、夏海の口から彼らの素性が説明された。
曰く、彼らは世界を滅びから救う為、9つの世界を旅して回っていたらしい。
9つの世界とは基本的には同じ地球と言う世界だけれども何かが少しだけ違う、パラレルワールドだと教えられた。
何でも、ユウスケとキバーラはその旅の過程で仲間になった間柄らしい。
それを聞いて、ルイズはまたまた唖然とした。
いや、流石にそれは無いだろう。と、ルイズは真っ向から否定する他無かった。
滅びから世界を救う?その為に9つの異世界を旅していた?そこまでくるともう物語の域だ。
彼らが異世界の住人だと言う事はルイズは先程の遣り取りで十分理解した。それでも、世界を救うために異世界を渡り歩いてたなんて…ルイズはその部分だけは納得し切れなかった。
「…てことは何?アンタらって勇者ご一行なの?」
世界を救う者の定番と言えば勇者である。随分とルイズのイメージとはかけ離れた勇者であるが。
それに対する問いに、士はしれっと答えた。
「いや、俺は破壊者だ。中には悪魔と呼ぶ奴もいるがな」
そう言って士はユウスケに視線を向ける。ユウスケはちょっと膨れて士を小突いた。
…破壊者?悪魔?ルイズは首を傾げた。
士は見た目は普通の人間であった。とても破壊者とか悪魔とかには見えない。
悪魔と言うと、エルフの事を度々鬼だの悪魔だのと喩えるが、士はエルフでもない。
その辺について詳しく聞いたが、残念ながらそれは士にも説明出来なかった。
何でも士は過去の記憶が曖昧らしい。
「ごめんくださ〜い」
そんな折、玄関から声が響いた。
授業とその後の職員会議、書類整理が一段落して、コルベールが光写真館を訪れたのだ。
夏海が玄関先まで迎えにゆき、ルイズ達が集まっていた部屋まで通される。いつの間にかキバーラは姿を消していた。
部屋まで通されたコルベールは予想通りその部屋にあった様々な物を前にして、禿頭の煌めきに負けない程の輝きを眼球から放っていた。
とりあえず興奮する禿…もとい、コルベールを落ち着かせ、ソファに座らせる。つまりルイズの隣だ。
ルイズはちょっと嫌な顔をしたが他に座る所が無いのだから仕方が無いと諦めた。
間もなく栄次郎からコーヒーが振る舞われ、これまた見た事も無い未知の飲み物に大いに喜ぶコルベール。そのまま何の警戒も無く口をつける。
ルイズはその苦さに驚けとその横でニヤニヤしながら動向を見守っていたが、コルベールは「初めて味わう香ばしさとコクのある苦みが実に味わい深い!」と大絶賛した。なのでルイズはちょっとだけガッカリした。
「そう言えばミス・ヴァリエール、今夜はこちらに厄介になるのかい?」
「え?」
全くそんな気はなかったのだが、コルベールに促されて外を見て、初めてもう日が暮れていた事に気がついた。
そんなに長く話し込んでいた事にも驚いたのだが、日が暮れてもこの部屋は照明とやらで照らされて全く暗くならなかったのだ、これまた未知の技術に驚かされる。
コルベール曰く、もう既に夕餉の時間だと言う。早く行かないと食いっ逸れると聞いてルイズはいい加減お暇しようとした。
ならコルベールは?と聞くと折角なので異文化の食事を頂こうとご馳走になる気満々で来たと言う。それはどうなんだと思ったが、貴族が平民の家で食事を頂く事はむしろ平民側にとって光栄だろうと考えた。
まぁ、異世界の平民なのだが…でも栄次郎が快諾しているのだから、問題は無いのだろう。
ルイズもまた一緒にどうかと誘われたが、ここは丁重に断った。異世界の食事にも興味はあったが、それでも平民の家で食事をすると言う事をルイズの中の貴族のプライドが許さなかったのだ。
「それじゃ、明日早めに起こしに来なさいよ」
「はぁ?何で俺がそんな事しなきゃならない」
そうルイズが切り出したのは士がルイズを玄関まで送った時であった。無論、士がそうしたのは親指を立てた夏海に命令されたからである。
そしてそれに対する士の応えは予想した通りだった。
「アンタねぇ、私の使い魔になったんだからそのくらいの事をするのが義務ってもんでしょう!」
「俺はお前の使い魔にはなったが下僕になった覚えは無い。そもそも何で使い魔だからってそんな身の回りの世話なんかしなきゃならない?それじゃあお前ら貴族が雇ってる使用人とやらと何も変わらないだろ」
そこでルイズはメイジの使い魔についてを教えてなかった事に気がついた。
ハルケギニアの歴史やトリステインの文化の事など色々な事を説明している内にすっかり忘れてしまったのだ。
仕方が無いのでこの場で簡単に説明する事にした。
「使い魔には主人の代わりに色々な事をしてもらうものなの。まずは主人の目となり耳となり、…ってこれは駄目ね。さっきも試したけど駄目だったし」
さっきとは写真館に向かう道すがら。試しに目を瞑って意識を集中してみたけれど、何も見えず何も聞こえなかった。
「四六時中他人に覗かれてたまるか」
いい加減士がこう言う物言いしか出来ない事が判ってきたので、もうルイズはいちいち怒らない。怒っても疲れるだけだ。ちょっと腹は立つけど。
「次に主人の望む者の収集。例えば秘薬の材料とか…も、異世界から来たアンタじゃ判るワケないか」
士達がハルケギニアとは違う世界から訪れた人間と言う事は、もう嫌と言う程理解した。
「で、後は主人の護衛とか雑用とか…そう言えばアンタ自分で破壊者って言ってたけど、そこそこ強いの?」
「あぁ。俺はかーなーりー強い!」
自信満々で言い放った。
でもまぁ強いと言っても普通の平民に毛が生えた程度だろうとルイズは勝手に評価した。良くてそこらの衛士クラスだろう。
「と言うワケで、一先ずアンタには私の身の回りの雑用をやってもらうからね!」
「何がと言うワケだ。結局使用人扱いじゃないか」
「仕方ないでしょ、そのくらいしかアンタに出来る事なんて無いんだから」
「そもそも俺は好き好んでお前と契約したワケじゃない。お前に無理矢理…」
「わ、私だってアンタなんか使い魔にしたくなかったわよ!ただあの状況じゃそうするしかなかっただけで…でも、契約しちゃったんだから、ちゃんとそれに見合う働きをしてくれないと私が困るの!!」
「俺の感情は無視か…」
やれやれと肩を落とす士。
しかしこのまま言い争っていても恐らくずっと意見は平行線のままだろう。一刻も早く食堂に向かいたいルイズは強引に話を締めくくり自分の部屋の位置を教えると部屋の合鍵を渡す。
「絶対に部屋は間違えないでよね!」
と、その点だけを強調した。何故ならルイズの部屋の隣はあの宿敵ツェルプストーの部屋である。間違って入られてはたまったもんじゃない。
用件を言い終わるとルイズは光写真館を後にし、足早に食堂へと向かった。もうお腹ペコペコだ。
正直言って、士が起こしに来てくれるかどうかかなり怪しい。だからと言って自分の部屋で一緒に寝ろとも言えない。あそこにはベッドはルイズのもの一つしか無いし、それに一応は帰る家があるのだから。ルイズはその点だけは妥協した。
しかし…と、ルイズは夜空に輝く双月を見上げた。
本当にハチャメチャな一日だった、と改めて思った。
召喚したのは家で、使い魔にしたのは平民で、しかもその平民は異世界の人間で、見た事も無い物を次々と見せられる始末。
今日一日だけでこれなのだ、これから先一体どうなってしまうのだろう、と、ルイズははぁと大きな溜息をつくのであった。
その一方、士もまた双月を見上げて小さく溜息を付いた。
夜空に輝く双月が、改めてここがこれまで旅して来た9つの世界とも違う異世界だと言う事を如実に物語っていた。
「本当に、異世界に来ちゃったみたいですね…」
するとそこに夏海もやってきた。夏海は空に浮かぶ双月を見詰めて感慨深く呟いた。
「せっかく9つの世界を全部巡ったと言うのに、どうして私達はこんな所まで来てしまったのでしょう…」
「…さあな」
士は首から掛けていたカメラで双月に向かってシャッターを切った。カシャ、と言うシャッター音が静寂の中に響き渡る。
「…でも、もしかしたら、私達がこの世界に来た意味が何かあるんじゃないのでしょうか?」
「ライダーが存在しないかもしれないこの世界に、か?」
「それでもです。きっと士くんがあの子の使い魔になった事にも意味があると思います。これまでの世界みたいに」
「それがこの世界に与えられた俺の役割…ね」
あんな生意気で我が侭なガキんちょにこき使われろってか、と士は心の中でぼやいた。
「これまでみたいにその役割を果たしていれば、きっとこの世界でのやるべき事が見つかると思います」
「やるべき事、か…正直、気は進まないが」
そう言って士は踵を返して写真館の中に戻って行った。
「ちょっと、士くん!」
「だが俺がこの世界で何かしなきゃならないって言うんなら、俺はその何かをするさ、これまで通りにな」
そうして士は写真館の奥に消えて行った。
取り残された夏海は「もうっ!」と頬を膨らませた。
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#navi(ゼロと世界の破壊者)
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