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「ジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア-48」(2009/04/17 (金) 18:51:35) の最新版変更点
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#navi(ジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア)
49.感謝の詩
ルイズが学院長の部屋で説明を受けているとき、マーティンは図書館にいた。
分からない事を調べる際にここ以上に最適な場所は早々無いが、
そんな知識の集積場でも、分からない事はある。死霊術師の魔術について等はその内の一つだった。
「ま、ある方がおかしいんだが」
と一通り教師専用の棚と目録を覗いてから、図書館を後にした。
何でこんなことをしているかといえば、原因はマニマルコである。
マーティン自身はこの国の人間では無いのだから、トリステインの為に戦ったりしようという気はそんなにない。
しかし、タムリエル帝国の敵にして死霊術師の長たるマニマルコが戦争に関わっているのなら、話は変わってくる。
もし、かの死霊術師がこのハルケギニアを手中に収め、何らかの手段でタムリエルに戻ったとしたら。
ただでさえ邪神との戦いで疲弊しているタムリエルに、彼の蠱の王が宣戦布告をしてきたならば。
あらゆる国が死霊に包まれ、アンデッドが住まう地になるだろう。
ゾンビが墓の中から這いだし、スケルトンが昼夜関係なく街という街に現れる。
メイジが変化したリッチダムが伯爵となり、帝都の玉座には蠱の王が座って高笑いを上げる。
考えただけで寒気がする。どうにかしなければならない。
つまるところ倒せば良いのだが、問題がある。
「どうすれば倒せるかということだ」
マーティンはメイジギルドにおいて優れた召喚魔法の使い手であった。
タムリエルにおける召喚魔法は、アンデッドの召喚もその内に含む。
学術上「広義の意味での死霊術」に分類されるそれは実験目的でのみ使用を許可される。
戦闘目的で使っているメイジの方が多いが、気にしてはいけない。今のメイジギルドにそんな事を気にする奴はいない。
だからマーティン本人もアンデッドに対して一定の知識を持っているが、
かといってゾンビの作り方や自身をリッチにする方法、更に言えばマニマルコの様に死んでもまた蘇る方法なんて知るはずがない。
一度(正確には二度)倒されても蘇ったマニマルコに対して、普通に挑んでも意味が無いことはマーティンも理解しているが、
死霊術そのものの知識が無い彼には、その対策を練る事ができなかった。
そんなわけで異世界の図書に頼ってみたが、
予想していた通り、そんな事について書かれた書物は見あたらなかった。
「ただのアンデッドなら、それなりにどうにかする自信はあるんだけどなぁ」
遺跡や洞穴、様々な場所でゾンビやスケルトンといったオーソドックスな物から、
実体の無い死霊、メイジや古代の王が変化したリッチ等と対峙した経験のあるマーティンは、
このやっかいな問題をどう片付ければ良いのか、悩みながらルイズの部屋に戻っていく。
名目上、マーティンの主人であるルイズも、二つの月が窓から綺麗に見える自分の部屋で、
詠みあげる詔について悩んでいた。四大系統に対する感謝の辞を、
詩的な言葉で韻を踏みつつ詠みあげなければならないのだが、ルイズは何も浮かばなかった。
「炎は熱いので、気を付けること、とか?」
韻を踏むどころか、詩的のしの字すら踏めていない。
しかしルイズはそれに気が付いていない。まったく詩の才能がないらしい彼女は、
それらは後で考えることにしてベッドにぽてっと寝ころび、始祖の祈祷書を眺める。
国宝だというのに、固定化がかかっていないのかぼろぼろで、中身には何も書かれていない。
「これ、本物なのかしら」
乱暴に扱えば、すぐに破れそうな紙を丁寧にめくっていく。
こういった始祖由来の品には偽物が多い。ルイズもそれくらいは知っている。
偽物か本物かを見分けようにも、リコードは下手に使うと危ないって、
ちいねえさまの日記で嫌というほど思い知ったし。
そこまで考えて、ルイズはオルゴールの事を思い出した。
「あの時は、指輪をはめたら音が聞こえたわね」
返すのを忘れてそのままもらってきた水のルビーを指にはめて、再び祈祷書を見る。
もしも本物だとしたら、何か反応があるに違いない。
そう思って見ていると、突然水のルビーと始祖の祈祷書が光り輝いた。
「……本物だわ」
故意にしたとはいえ、急に光り出したら普通驚く。
ルイズは光る祈祷書に、何か書かれている事に気が付いた。
古代のルーン文字で書かれていたが、ちゃんと授業を受けているルイズには読む事が出来た。
序文
これより我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、神によって創られた小さな粒より為る。
四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その4つの系統は、
『火』『水』『風』『土』と為す。
ルイズの頭脳は知的好奇心に支配され、詔なんてそっちのけでページをめくる。
我は神より力を奪った。四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。
我が神から奪いしその系統は、四の何れにも属し、さらなる小さな粒にも干渉し、
影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。四でありまた始祖。始祖すなわちこれ『虚無』なり。
我が神より奪いし力を『虚無の系統』と名づけん。
「力を、奪う?」
その神とは夢の中で歌われたロルカーンの事だろうか、思わずつぶやいてページをめくる。
これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり
『虚無』を扱うものは心せよ。いずれ再び来る災いを呼び起こす者が、異界への『門』を
開けさせぬよう努力せよ。『虚無』は強大なり。また、その詠唱は永きにわたり、
多大な精神力を消耗する。
詠唱者は注意せよ。時として『虚無』は強力な力故に命を削る。
したがって、我はこの注意書きから封印されし書の読み手を選ぶ。
たとえ資格なきものが指輪やシシスの力を用いても、この書は開かれぬ。
選ばれし読み手は我とオリエルが創りし『四の系統』の指輪を嵌めよ。さればこの書は開かれん。
ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ
文章はそこで途切れて、後には白紙が続いている。
ルイズは、呆然として呟いた。
「オルゴールにリコードをした時に出会ったあんたも、どことなく頼りなさげだったけど。
いくらなんでも、注意書きまで封印しちゃ意味ないでしょうが」
「そう言ってやるなよ。色々大変だったんだよ」
部屋のインテリアとして扱われつつあるデルフリンガーが、ブリミルを庇った。
ルイズはその言いぐさにカチンと来た。そもそも、この剣が何も言わないから昔の事がよく分からないのだ。
今だって祈祷書について何も言わずに部屋の隅に転がっていたのだ。本物かどうかくらい教えてくれてもいいだろうに。
「ならいい加減口を割りなさいよあんたは」
「やだ、ぜったいやだ」
そのどこか人を馬鹿にした様な物言いにルイズは尚更腹を立てた。剣のくせに、ただしゃべるだけの剣のくせに。
人様にたてつこうなんて6000年早いわ。キッとルイズはデルフをにらみつける。
そして立ち上がり、ふところから杖を取り出す。
「ど、どしたね娘っ子」
デルフは怯えてルイズにたずねる。
「ねぇデルフ。あんた本体どこ?」
「どこだろう、刃かな…」
この後の行動が何となく予想出来たので、デルフはしれっと嘘をついた。
「ふうん」
ヴァリエールの女の血を思わせる表情で呪文を唱え、今正に放とうとした時、ドアが開いた。
マーティンが帰ってきたのだ。彼は怒り顔のルイズと怯えているらしいデルフを見比べる。
「えーと……ルイズ、何かあったのかい?」
ぷいっと顔をそむけて、ルイズはベッドに寝ころんだ。
「た、助かったぜ相棒」
「デルフ、また何かいらない事でも言ったんじゃないだろうね?」
そこまで言ってないとデルフは言ったが、マーティンはあまり信用せずに視線をルイズに向ける。
ルイズは怒りを表せずにむすっとしたままだったが、
無関係なマーティンに当たる訳にもいかないので、
むすっとしたまま先ほどの事について話す事にした。
「神の力を奪う……か」
ぼろぼろの祈祷書を調べるマーティンは、そんな話を聞いた事がなかった。
だが、実際にその系統を受け継ぐルイズがいるのだから、どうにかして奪ったのだろう。
マーティンは祈祷書をルイズに返す。
「序文以外は、何も見えなかったのかい?」
「ええ、その後は白紙が続いていたわ。必要になったら見えるのかしら?」
多分そうだろうと頷いてから、マーティンはどうやって祈祷書を手に入れたのかを聞いた。
「あ、そうだったわ。詔を考えないといけないの」
ルイズは、学院長から聞いた話をそのまま伝えると共に、
詩についてとても困っていると話した。
「なんも思いつかない。詩的なんていわれても、困っちゃうわ。私、詩人なんかじゃないし」
マーティンは頷く。そして優しげな声でルイズに話し始めた。
「なるほど。たしかに大変だね。けれど、君は一番大切な事を忘れているよ」
「大切な事?」
「アンリエッタ姫が君に頼んだという事だよ。素晴らしい詩を作らせて読ませるだけなら、
そういった事が得意な人を指名すれば良い。でも、姫様はそれをしなかった。
友達である君が作り、君が詠む詩を聞きたかったんだ。だから、そこまで難しく考える必要は無いよ。
思いつくまま、君が考える感謝の詩を綴れば良い。多少不格好でも問題無いさ」
ルイズはハッとした。考えてみればマーティンの言う通り、詩自慢な誰かに任せても良いのに、
アンリエッタは自分を選んだ。
きっと適当に選んだのだろうなんて思ってしまった自分が恥ずかしくなり、顔が赤くなる。
「そ、そうか。そうよね。別に完璧にしなくても良いわよね。炎は熱いので、気を付けること。
とかでも気持ちが伝わってたら構わないわよね!」
しかし、その言葉を聞いたマーティンの顔は驚愕に満ちた。
友達がスリを行っている現場を目撃した時のように引きつった表情で。
「……ルイズ、今なんて?」
マーティンは油断していた。というのも、ルイズはできる子である。
やればできるではなく、できる、なのだ。元々学業は実習を除いて優秀で、
それらの知識もただ暗記しているのではなく、理論と法則を理解した上で覚えているのだ。
そんな彼女であるならば、貴族のたしなみとして詩歌の一つや二つ、そらんじて言える程度には学んでいるに違いない。
そう思ったからこそ、さっきのような助言をしたのである。
本当にできないとは考えていなかった。
ルイズは何も悪くない。教えなかった親が悪い。ヴァリエール公爵は教えようとしたのだが、
奥さんに却下され、貴族の子女としてはそこまで必要にならない事柄しか教わっていないのだ。
尚、カリーヌ・デジレは詩的、とか雅、とかが全く分からない鋼の人である。
ルイズは何故マーティンがそんな顔をしているのか分からないまま、
言われた言葉に返事する。
「炎は熱いので、気を付けること」
「結婚式は、内々でやるんだよね?」
「王族の式よ。大々的にやるわね。観客もたくさん」
「その中で……ううむ。いかん。それはいかん」
そんな大層な式でこれに近い「何か」を「詩」として詠みあげれば、
彼女はトリステインとゲルマニアの両国で笑い者にされるだろう。
下手をすれば、末代まで語られる笑い話になるかもしれない。
どちらにせよ、ヴァリエール家の名前に泥を塗るのだけは間違いない。
マーティンはとりあえず死霊術について考えるのをやめ、深刻な面持ちでルイズを見る。
ルイズはきょとんとした顔だった。
「いけないの?」
「先ほど言った手前、少し言いにくいけれど。ルイズ、程度の問題だ。もう少し上手いと思っていたんだ」
ルイズは小首を可愛らしくかしげながら、マーティンを見る。
「そんなにダメ?」
「おそらく、君の家名に傷が付くくらいには」
「……なんですってぇええええええ!?」
家名を出されて、ようやくルイズは事態の深刻さを理解した。
大勢の観衆と結婚する二人が見守る中、巫女として詔を詠む自分。
詠みあげた後、背後から怒りの表情で自分を迎えに来る母と長姉の姿を想像して、
ルイズの顔は真っ青になった。
「どどど、どうしようマーティン!安請け合いしちゃったけれど、
考えてみればとんでもないことを引き受けてしまったわ!」
「ああ、確かにとんでもないことだね」
静かなマーティンと対照的に、ルイズは表情をころころ変えている。
不安で顔を青くしたり、臆面もなく引き受けた自分を恥ずかしく思って赤くしたりと大忙しだ。
ルイズはどうしようどうしようとベッドをごろごろ転がっていたが、
急に止まってマーティンを見た。
「代わりに作ってくれたりとか、しない?」
いつもの彼女なら、絶対にしない行為である。
自分でやらなければ気が済まない性質であり、
自分が任された仕事を他人に頼むなんてとんでもないと考えるのだが、
家名に傷が付くと言うのならば、話は別である。
ここ最近色々あったおかげで名誉欲は減ったが、
だからといって自分の行いで家族やご先祖様に恥をかかせるなど、
ルイズにとって恥ずべき行為だ。
上手い詩が考えられるのなら、一ヶ月の間に自分で考えて作るだろう。
だが、全く思いつかない。そして、彼女が信頼をよせるマーティンが、
いつも失敗を励ましてくれる彼が、それを撤回する程自分の技量は低いらしい。
なら、頼んだっていいじゃない。いっぱいいっぱいのルイズはそう考えた。
雨の日に、拾って下さいと書かれた箱の中に座る犬のような、
哀愁や悲しみや嘆きといった感情を詰め込んだ目つきで、
ルイズはマーティンをすがるように見る。
「こことタムリエルでは魔法について、そもそもの成り立ちやとらえ方が全く違う。
私はまだ、この世界の魔法を詩で表せるほど詳しく理解出来ていないし……そう言えば結婚式はいつだい?」
「確か一ヶ月後だったかしら。タルブでアンリエッタに聞いたわ」
一ヶ月で出来るだろうか。人々を感心させる程でなくてもそれなりに認められる詩を作れるだろうかと考えると、
マーティンは首を横に振りたくなった。
「一ヶ月、四つの詩、各系統についての理解……すまないルイズ。正直自信が無い」
「そ、そんな……」
ルイズの頭の中は真っ白になった。宮中からの草案についても少しだけ考えたが、
もらったとしても、それはあくまで草案であり決定版ではない。
そこから編修しなくてはならない。もしかしたらその草案もあんまり良くないかもしれない。
良くなかったら作るのは私よね?ガックリとうなだれるルイズは、両手を額につける。
「なんてこと。終わりだわ人生の。ああ、なんてこと」
そのまま顔を左右に振り始め、そして泣きだした。
不憫に思ったマーティンは、何か方法は無いだろうかと考える。
名案がひらめいた。
「そうだ!先生達に頼んでみるのはどうだろうか?」
ルイズはピタリと泣きやみ、マーティンをじっと見る。
目が少しばかり赤くなっていた。
「学校で各系統について教えている先生達なら、それぞれの系統について私達より理解しているだろう。
それに、ある程度は詩についても学んでいるだろうし」
「そうと決まれば早速行くわ!ついてきて!」
今まで以上にお家の名を汚す等、ヴァリエール家の娘としてあってはならない。
ルイズは早速部屋を飛び出し、とりあえず思いついた先生の所へ向かうのだった。
「なるほど。それでこんな時間に私の所へ来たのだな」
疾風のギトーは、必至な様相のルイズからではなく、
落ち着いているマーティンから事情を聞き取った。適切な判断である。
ルイズの判断が適切だったのかは分からない。
風といえばこの人くらいしか思い浮かばなかったのだ。
ギトーは眼光鋭くルイズを睨む。
「ちなみに、風についてはどう言うつもりだったのだ?」
ルイズは臆面無く言った。
「風が吹いたら、樽屋が儲かる」
「ミス・ヴァリエール。私は君の生まれについていつも疑問に思っていたが、今確信に変わった」
いつも通り胸をえぐる一言を添えたギトーは、涙目のルイズを見ながらため息をもらす。
ルイズが先ほどの返事を否定と受け取り、ドアノブに手をかけようとすると、ギトーはニヤリと笑った。
「よろしい。一週間で風の詩を書いてみせよう……私の詩が結婚式で詠まれるとはなんたる名誉か!
風を賛美する素晴らしい詩を姫様に送らねば!さ、考えなければならんのだから出て行ってくれ、早く出るんだ」
結局のところ風について書きたいギトーは、早々に二人を追い出して自室の扉を閉めた。
「次は土ね……シュヴルーズ先生に聞いてみましょう」
約束を取り付けて、少し落ち着いてきたルイズは小走りで駆け、
マーティンはその後をゆっくりと追いかける。
シュヴルーズは自室で、急にやって来たルイズの話を静かに聞き終えてから口を開いた。
「あらまぁ、それはそれは。けれどミス・ヴァリエール。よろしいのですか?
あなたが作るはずだった詩を、私が作るのですよ?ためしに何か、土で詩的な言葉を言ってごらんなさい」
ルイズは、考えられうる限りの詩的な言葉を探し、口に出す。
「土崩瓦解」
「なるほど、分かりました。あなたには詩の勉強が必要のようですね」
先ほどからダメ出しばかりを浴び続け、ルイズは色々ヘコんできていたが、
シュヴルーズはそんな彼女を励ますかのように優しげな表情を浮かべている。
「聞くところによると、最近魔法が使えるようになったとか。あなたの努力のたまものですよ」
「先生……」
先ほどのどぎつい風の教師と違い、暖かな視線でルイズを見つめるシュヴルーズは、
間違いなくちゃんとした教師の心を持っていた。
「私を吹き飛ばしたのも、無駄では無かったと思ってほっとしています。
詩は一、二週間で書き上げましょう。この年になってこんな大役を仰せつかるなんて、
人生とは何があるか分からないものね」
シュヴルーズに優しく撫でられてから、ルイズは礼を言ってゆっくりとドアを閉めた。
見送ったシュヴルーズは羽ペンと紙を用意し、眠る前に詩の始めを考えることにした。
「歌心が……無いって何?」
シュヴルーズの部屋から出て既に数時間が経過している。
水系統で顔見知りでも、そうでなくても全ての先生に当たってみたが、
結局全て断られた。曰く、歌心が無いから結婚式の詔なんて考えられない、とのことであった。
「案外、君の様な人が多いという事じゃないだろうか?」
「多くても詔を詠みあげて笑われるのは私よっ!そしてヴァリエールの名も!!あああどうしようどうしよう」
また頭を抱えながら、ルイズは立ち止まらずに歩く。別にどこか目的地があるわけではない。
失敗を考える事による焦りから、とりあえず動いていないと落ち着かなかったからだが、それが上手く働いたようだ。
「何してるの?」
どこかの廊下を歩くルイズは、声が聞こえた方に視線を向ける。最近それなりに仲が良くなったタバサが、
自身と同じくらいの大きさの袋を、レビテーションで宙に浮かせている。浮かんだ袋からは良い匂いが漂っている。
「タバサ。それ、何?」
「夜食」
それだけ食べるのか、とか何でそんなに食べてそんな体つきなのかとかを問いただす前に、
ルイズの頭に閃きが起こった。そう言えば、この子はたくさん本とか読んでるわよね。と。
「タバサ!歌心っていうか詩心っていうか、そういうの持ってる?」
タバサは何も言わず、頭を左に30度程傾けた。
上手く説明したいが伝わらない。焦っていつもの思考でないルイズに代わり、マーティンが話しかける。
「ミス・タバサ。君は詩を作ったりしたことは?」
「よく作る」
「実は詩について困っているんだ。力を貸してもらっても?」
「分かった」
タバサは、信頼できる友人を大切に扱う。ルイズはキュルケほど信用しているわけではないが、
友人ではある。彼女の行動によって自分は薬を手に入れる事が出来たのだから、
詩くらいなら作っても良いかな、とタバサは考えた。
「ああ、ありがとうタバサ!それで、こういう訳なんだけど」
笑顔で説明するルイズを見て、引き受けた事自体が間違いではないか。
とタバサは思ったが、それを口には出さず、何も言わず頷いた。
「あなた、確か水と風を得意としていたわよね?水の詩を作って欲しいんだけど」
「風は誰に?」
「ギトー先生」
「風の詩も作っておく」
表情を変えずそう言って、夜食を浮かしながらタバサは去っていった。
「ギトー先生は、ダメな類なのかしら?」
ルイズは、なんとなく呟いた。
「出来を見るまで分からないさ」
なんとなく予想は出来たが、マーティンはそう答えた。
「これで三属性は頼めたから、後は火だけね」
ルイズは、夜の暗い廊下をマーティンと共に歩いている。
後一つで終わる事もあって、足取りが先ほどよりも軽い。
「誰かいい人はいないかしら……思いつかないわね」
「ああ、火か……」
マーティンはそういえば、と塔の外に出る道を進む。
「当てがあるの?」
「まぁ、多分」
本塔と火の塔に挟まれた一角にある、見るもボロい掘っ立て小屋に着くと、
マーティンはその戸を叩く。中から現れたのはルイズも良く知る火の教師だった。
「こんな時間に誰かね。おや、これはこれは……」
「どうも。ミスタ・コルベール」
「ここにいらっしゃったということは、暇が出来たということですかな?マーティンさん」
暇とは何のことだろうか、ルイズにはよく分からなかったが、マーティンは微笑んでいた。
「ええ、そんなところです。それと少し別の件で……」
「ええ。構いませんとも!その『タムリエル』について色々聞かせてもらうのですから。
ささ、ちらかっておりますがどうぞ中に」
真夜中の来訪者である二人を、コルベールは部屋の中に招き入れ、ドアを閉めた。
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48.トリニティ
「ほう……なるほど。大体分かった」
アニエスはシエスタの話を聞き終わり、ふんふんと頷いた。
シエスタは色々とぼかしながら話したが、
アニエスはそれらを細かく聞こうとはしなかった。
盗賊家業なのだ。漏らしてはならない情報も色々あることは、
誰だって考えがつく。
「お前が最近話題に事欠かない盗賊一味の一人で、
『よきしるし』を持つ者を二人知っているということだな」
よきしるしとは何か、シエスタはそれが何か分からない。
きょとんとした顔でアニエスを見ていると、
ああ、と合点がいったらしくアニエスは説明を始めた。
「よきしるしとは、はるか昔に始祖ブリミルがお作りになられた3つのルーンの事だ。
だが、ロマリアの者達は滅ぼされた邪神まで……」
またシエスタはちんぷんかんぷんですと顔で表現する。
あのオルゴールの歌の内容はティファニアから聞いたが、
それがどのような存在なのか、彼女は知らないのだ。
「あのー……邪神とは、何でしょうか?」
ああ、そうだった。とアニエスはため息をついた。
「初めから話そう。そのほうが分かりやすい」
長い、長い話が始まろうとしている。どちらかといえば眠くなる類の話だ。
「はるか昔、この地はロルカーンと呼ばれる神によって創られた。
そしてその神は様々な生き物を生み出したのだ。
その中に人間もいた。魔法が使える『マギ』と呼ばれる人々と、
魔法が使えない代わりに力が強く繁殖力が高い『ヴァリヤーグ』と呼ばれる人々だ」
だから今もメイジよりも平民の方が多いのか、とシエスタは話を聞きながら頷く。
「それからしばらくして、ロルカーンと同じ世界で生まれた生き物もこの世に現れはじめた。
エルフや翼手、そしてオルシマー。今ではオーク鬼やオグル鬼と呼ばれ、
それごとの体格もまるで違うが、当時はエルフの一種で美しい姿であったそうだ」
はぁ、とシエスタはあの化け物のどこら辺がエルフなのかを考えるが、
答えは出なかった。
「それからしばらくの間平和な時が流れるが、
ロルカーンは何を思ったか様々な厄災を招き、
生きとし生けるもの全てを滅ぼそうとした。ゆえにロルカーンは邪神となり、
それを倒し世界をお救いになられたのが始祖ブリミルと、
『よきしるし』を持つ3つの従者だ」
シエスタは形だけ感嘆の声をあげる。
「後に始祖はよきしるしの一つであるガンダールブを授かりしエルフの乙女、
サーシャと結ばれる。そしてその偉大なる血統は今も王家に受け継がれているのだ。
色々と省いたが、だいたいこんなものだな」
ぱちぱちとシエスタは手を叩く。
アニエスは少し照れたらしく、顔を赤くした。
コホンと咳を一つして、アニエスは続ける。
「さっきの話に戻ろう。古い文献に残っている四の使い魔は、
大昔にブリミル教を名乗る連中によってねつ造された物だ。
ロマリアの神学者共はそれを正しい物と認識している。
邪神を良きしるしに加えているのだ。ルーンも残っていないのに何故信用出来るのだろうな?」
アニエスは毒づき、シエスタはへぇ、と頷いている。
元々ただの平民であるシエスタは、そこまで神学に詳しくもない。
話は終わりらしく、アニエスは腕を組みシエスタを見ている。
シエスタは軽く手をあげた。
「なんだ?」
「さっき、ガンダールブのサーシャの事を『聖母』って呼んでましたよね?」
ああ、とアニエスはハイランダーの信仰対象について話し始める。
「そもそも、ロマリアの連中は神とその代弁者である始祖を崇めているが、
それ自体が間違いなのだ。我らは神を倒したからこそ今を生きることができる。
だから神を信仰しない。始祖ブリミルとその子である王家、そして子を産みしサーシャ。
この3つを同等に信仰するのが我々の教義だ」
アズラは神様にカウントしないのか。違いってなんなのだろうか。
シエスタにはあまり分からなかった。
「なら、精霊はどんな立ち位置なんでしょうか?」
「お前達とそこまで変わらないさ。侵してはならぬ領域にお住まいになられている、聖なる存在だよ」
ブリミル教は神と始祖を奉るが、精霊をないがしろにするわけではない。
教義としては、神や始祖の次に大事にされる存在である。
もっとも、その気まぐれっぷりから平民達には嫌われているようだ。
まだ何かあるか?とアニエスは聞き、シエスタは質問を続ける。
「やっぱり、レコン・キスタのやり方には異議があったりとか?」
瞬間、くわっとアニエスの目が開く。額にしわを寄せ、怒りのままにまくし立てる。
シエスタは禁止単語を言ってしまったらしかった。
「当然だ!『聖地』の武力による奪還。その上王家を倒すなどあってはならんことだ!
当然、私も王党派に馳せ参じ戦った。ウェールズ王子の命で傭兵は脱出船の警備に回されて、
結局私は死にきれず、今も生きている」
立派なお方だった。とアニエスはありし日のウェールズを思い出す。
信仰もあって本来より140%くらい美化されているが、気にしてはいけない。
「勇敢で聡明で……あのお方が王になられたら、国は良くなっていただろう」
実は生きてます。とは言えないシエスタは、はてと疑問を感じた。
「ハイランダーは戦いに参加していたんですか?」
アニエスの話を信じるなら、王家の為に彼らは戦うはずなのだが、
そんな話をシエスタは噂でも聞いた事が無かった。
アニエスはゆっくりとうつむいて手を組む。
その仕草は怒りが込められていると共にどこか諦めを漂わせていて、
一言で表すなら、あいつらきらいとでも言いたいらしかった。
「ハイランダーに、一度会いに行ったことがある。
排他的で、狂信的で、ブリミル教に染まった王家を崇拝対象として見ていなかった」
ハイランドの住民の一部がダングルテールに降りた理由は宗教観の違いである。
王家を崇めるか否かで揉めた結果、100年以上前に王家を崇める一派がアルビオンを降りたのだ。
その事を知らなかったアニエスはハイランドに行った時に理解したが、シエスタはそれを知るよしも無い。
「だから連中は戦いに参加していない」
とりあえず、一つの宗教にも色々と派閥があって問題もあるのだということは、
シエスタも理解できた。
「ところで……お前は盗賊ギルドの一員だったな」
頼みたい事があるとアニエスは告げる。シエスタは情報をもらったので、
その代価で働くことは当然だろうと引き受けることにした。
「ダングルテールの事件についての資料を、王宮から盗み出してはくれないか?」
アニエスは何がしたいのか。シエスタはその目をじっくりと見る。
好機が巡ってきた人間の目であった。そしてその好機は自身であり、
さらにいえば、自身がもたらす情報である。
アニエスは頷き、実はもう盗ってきてますと返す。
「そうか……なら、教えてくれるか?」
あれの主犯を。シエスタは出がけに聞いたリッシュモンの名を口にする。
「すまないが、奴が出来る限り少数か、もしくは従者を連れずにいる時間帯を調べてくれないか?」
アニエスが何をしたいのか、シエスタは理解した。
本来盗賊ギルドの方針からして人殺しの片棒を担ぐわけにはいかないが、
彼女は違う。曾祖父からの教えで、悪党を倒すのは使命だと考えている。
そしてリッシュモンの悪名は、シエスタも多少は耳にしていた。
ただ、証拠と呼べる物が無かったのだ。
「一週間以上かかりますけど、構わないですか?」
「恩賞として、それなりに金貨を頂戴している。しばらくは働かずとも食っていけるさ」
学院にお手紙を書かないと、シエスタは何か理由を作って学院をもうしばらく休むことにした。
「では、13日後にまたここで」
シエスタが武器屋から去る。アニエスは心地よい気分でそれを眺める。
顔は自然に微笑みが浮かび、思わず笑いたくなっている。
「なぁ、アニエス」
ずっと黙っていた武器屋のおやじが口を開いた。
「復讐なぞ、したところで……」
「それがなければ、復讐を思う心がなければ、わたしはとうの昔に死んでいました」
おやじは腕を組み、むっとした、しかしどこか悲しげな顔でアニエスを見る。
ようやく果たすことが出来る。アニエスは、
残りの人生を全てそれだけに捧げる気なのだということを、
おやじは、理解できていなかった。
オスマン学院長は王宮から届けられた一冊の本を見つめながら、ぼんやりとひげをひねっていた。
今朝の会議で正式に美女ガーゴイルの購入が否決された事もあって、
その姿は哀愁が漂っている。水パイプを吸う気力も起きないらしい。
あんなことやこんなことをさせるつもりだったのに、とコルベールを恨めしく見たが、
結果は変わらなかった。むしろ評価が下がった。
ふむ……と無気力な仕草でオスマン学院長はページをめくる。
どこまでめくっても、その本は真っ白である。
「懐かしいのう。あの頃の思い出はもはや悠久のかなた……。
しかしこんな事になってしまうとは、隠居もなかなかうまくいかんもんじゃな。
シェオゴラスは元気かのう。サングインは今も会いに行った時と変わらんじゃろうが」
学院長は、緩やかな笑みを浮かべてその本を眺める。
そして何も書かれていない始祖の祈祷書を、ていねいに閉じた。
「しかし、これから何が起こっても、それをどうにかするのはわしや古の英霊でなく、
今を生きる「存在」でないとの。マーティン君やヴァリエール嬢が、
その役を担う器になれば良いのじゃが……」
そう呟いたとき、ノックの音がした。綺麗なガーゴイルのネーチャンがいれば、
こんな事しなくて良いのに、と思いながら来室を促した。
「鍵はかかっておらぬ。入ってきなさい」
扉が開いて、一人のスレンダーな少女が入ってきた。
桃色がかったブロンドにも、人によってはただのピンクの髪に見え、
大粒のとび色の瞳、ルイズであった。
「わたくしをお呼びと聞いたものですから……」
学院長は立ち上がり、この小さな、いずれは英雄になるであろう来訪者を歓迎した。
そして、改めて、先日のルイズの労をねぎらった。
「おお、ミス・ヴァリエール。旅の疲れはいやせたかな?思い返すだけでつらかろう。
婚約者に裏切られ、戦場という死の淵をのぞき込んだのじゃからな。
だがしかし、おぬしたちの活躍で同盟が無事締結され、トリステインの危機は去ったのじゃ」
優しい声で学院長は言った。
「そして、来月にはゲルマニアで、無事王女と、
ゲルマニア皇帝との結婚式が執り行われることが決定した。
きみたちのおかげじゃ。胸を張りなさい」
それを聞いて、ルイズはちょっとどうかと思った。幼馴染みのアンリエッタに恋をするウェールズは、
アンリエッタの二号さんになってしまうからだ。同盟のためにはしかたがないとはいえ、
ルイズはウェールズのやけ酒とそれから続く一連の騒動を思い出すと、
いや、これでいいかと思い直す。どっちともアレっぷりがひどいのだ。
多分、ゲルマニアで仲良くすることでしょうと納得して、
ルイズは黙って頭を下げた。当然、自分は正常だと考えて。
学院長はうんうんと頷いて手に持った『始祖の祈祷書』をルイズに差し出した。
「トリステイン王家の伝統で、王族の結婚式の際に選ばれた巫女はこの『始祖の祈祷書』を手に、
式の詔を詠みあげる習わしがあるのは知っておるかね?」
「は、はぁ」
ルイズはそこまで宮中の作法に詳しくはなかったので、気のない返事をした。
「姫は、その巫女に、ミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ」
「姫さまが?」
「その通りじゃ。そして巫女は肌身離さずこれを持ち歩き、詠みあげる詔を考えねばならぬ」
「えええ!詔を私が考えるんですか!」
「そうじゃ。もちろん、草案は宮中の連中が推敲するじゃろうが……伝統というのは、
面倒なもんじゃのう。だがな、これは大変に名誉なことじゃぞ。王族の式に立ち会い、
詔を詠みあげるなど、一生に一度あるかないかじゃからな」
アンリエッタは、幼い頃、共に過ごした自分を式の巫女役に選んでくれた……くれたのだろうか。
少し疑問が浮かぶが、ルイズはその疑問を叩き割った。アンリエッタは友人であり、
友人が大事な儀式の際に自分を頼ってくれたのだ。無下にするなど出来るはずがない。
ルイズはきっと顔をあげた。
「わかりました。謹んで拝命いたします」
ルイズは学院長の手から『始祖の祈祷書』を受け取った。オスマンは目を細めて、ルイズを見つめた。
「快く引き受けてくれるか。よかったよかった。姫も喜ぶじゃろうて」
ルイズが退出して後、オスマンは背伸びをしてから立ち上がる。
水パイプを吸い、ぷはと息をはく。
「これから何が起こるか。誰が何を起こすのか……。
まーわしはただ眺めるだけじゃて。見つかったらめんどうだしの」
感慨深げに、魔法使いは水パイプの煙をたゆたわせるのであった。
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