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#navi(重攻の使い魔)
第12話『One Man Rescue』(後編)
ニューカッスル城の玄関ホールには、勇敢にも避難せずに残留した300人の人々がひしめいていた。数少ない王軍を構成する彼らのほとんどはメイジであり、護衛の兵士は10人かそこらしかいない。つまり反乱軍レコン・キスタの歩兵部隊が、現在の拠点であるこの城に肉薄した時、王軍はそれを押し返す腕力がない。懐に飛び込まれれば、数で圧倒しているレコン・キスタに対抗できるはずはなく、短時間で落城することになる。岬の先に建設されているニューカッスル城の地の利を生かし、目前の森を突破した敵部隊が必然的に収斂した所を魔法で迎撃する以外に、彼らの取れる作戦はなかった。そして数少ない護衛兵は、全員が城の門前に配置された。
元より勝機があるなど考えてはいない。しかし、一人でも多く敵兵を道連れにする。それだけが彼らを突き動かす原動力だった。国を奪おうとする不届き者。その不届き者に蹂躙される王軍は、それ以下の存在なのか。否、そのようなはずはない。かつての統治者としての誇り、他人から見て犬死することがどれだけ無様であっても、最早彼らが自らの存在を示すには、そうする以外になかった。
「我々はこの日、聖地を奪回するという夢物語を掲げる反乱軍レコン・キスタに敗北を喫することであろう。朕は忠実なる臣下の諸君が、傷付き斃れる様を見るのは忍びない。反乱軍に国を奪われるという事態を招いたのは、全てこの無能なる王の責任じゃ」
玄関ホールに設えられた簡易の玉座から立ち上がり、王座を追われた王、ジェームズ一世が敗北以外にない決戦に臨まんとする人々に演説していた。立ち並ぶ人々の目には涙が溜まり、むせび泣いている者すらいた。年老いた王はそのような臣下を眺め、同じように目尻を涙で湿らせる。そして、一際大きな声で宣言した。
「だが! 朕は諸君らを置いて逃げはせぬ。諸君らの命は朕の命、朕の命は諸君らの命、斃れる時は一蓮托生じゃ! 確かに我らは斃れよう。しかし、斃れる者にも意地がある! 一人でも多く、あの恥ずべきレコン・キスタを道連れにしようぞ! 王家の誇りは我らにあり! 全軍前へ、王家の誇りを見せ付けよ!!」
ホールは割れんばかりの歓声に包まれる。傷付き最早死に体の狼による最後の雄叫びは、窓にはめ込まれたステンドグラスを震わせ、秀麗な装飾の施された重い扉を震わせ、ついには城そのものを揺るがした。
その雄叫びの反響するホールを、この場にあっては異質な人間が通りかかった。トリステインからの大使であるルイズと、その使い魔である2.5メイルもの巨体を持つライデンである。異質な存在は他人の目を引くもの。ジェームズ一世は一段高い簡易王座に立っていた為に、いち早く少女の存在に気が付いた。
「おお、大使のラ・ヴァリエール嬢! なぜそなたがここにおるのじゃ? イーグル号で脱出したのではなかったのかね?」
王の様子に、人々は後ろを振り向く。そこにいた少女は昨日見かけたときに比べ、瞳に生気が宿っていなかった。遠目で眺めていたものは気が付かなかったが、すぐそばで少女の顔を見たものは皆背筋を震わせた。全身に包帯が巻かれ、片目が隠されている少女は、まるで黄泉より彷徨い出てきた幽鬼のような様子だったからである。
しばらくすると、皇太子が肩を借りながらホールへとやってきた。王は息子の傷付いた姿に驚き、先ほど礼拝堂で起きた事件の説明を聞くと、皺が深く刻まれた顔に怒りを走らせた。
「レコン・キスタめ……。どこまでも恥知らずな者たちだ!」
王は少女を見据えると、年相応の優しげな声で語りかける。
「ラ・ヴァリエール嬢。息子を暗殺という不名誉な死から救ってくれたことを感謝する。君も信じていた者に裏切られ、さぞかし苦しいことだろう」
無言で王を見据える少女は何の反応も見せない。王は構わず話し続ける。
「我々としても君を逃がしてやりたいのは山々じゃ。しかし、もうそれも出来ぬ。……申し訳ない」
王が頭を下げるのを見て、臣下たちは涙ぐむ。守るべき大使すら無事返すことが出来ないとは。
落ち込む人々を前にして、少女は大声ではなく、かといって小さくもない声量で答える。
「……構いません。わたしも、戦います。一人でも多くあの恥ずべき、果てしなく汚らわしい反乱軍を道連れにしてみせます」
少女の言葉を聞き、玄関ホールは再び歓声で包まれる。
「おおお、何と勇ましい言葉じゃ! 皆の者、聞いたか! 大使は我が国のために杖を取ると言っておられる! 王軍として遅れるでないぞ! さあ、最後の戦へ向かおうではないか!!」
人々は皆叫んでいた。アルビオン万歳、トリステイン万歳、ラ・ヴァリエール万歳、内容は様々であったが、ルイズの参戦に彼らの士気は最高潮となっていた。
しかし、そのように盛り上がる人々を前にしても、少女は何一つ表情を変えることはなかった。赤い巨人を連れて、一足先に城の外へと向かう。ライデンをしても悠々と通過できるほどの大きな玄関扉を潜ると、数リーグ先には森が広がっている。おそらく、今も総攻撃のために兵士達が身を潜めているのだろう。少女と巨人は、王軍が陣取る位置よりもやや前に進んで、そこで立ち止まった。そこに後ろの扉から王軍がわらわらと出て来はじめ、当初の予定通りの配置につく。
少女は誰にも聞こえないほどの声で呟く。
「消し炭にしてやる……」
レコン・キスタの総攻撃まで、あと数刻。
アルビオン王家を打ち倒し、革命を成功させるという華々しい瞬間に立ち会うため、レコン・キスタ総旗艦レキシントンはニューカッスル城より十数リーグ離れた地点に陣取っていた。歩兵・メイジ仕官によって構成された部隊が地上から進軍し、攻撃艦隊は空中より全艦一斉射による攻城を行う。甲板にて待機している竜騎士隊は、斉射が終了すると同時に出撃、地上部隊と連携して残存戦力の掃討にあたる。
レコン・キスタ空軍艦隊司令部所属、レキシントン艦長ヘンリー・ボーウッドは、かつてロイヤル・ソヴリンと呼ばれた艦の後甲板にて憂鬱な気分になっていた。これより自分は一年前には主君と仰いでいた人々を殺めることになる。軍人たるもの政治に口出しするべきではない、という信条を掲げてきた彼であったが、今になってそのような意地など捨てて王党派に組みするべきではなかったのかという迷いが首をもたげてきた。反乱軍に参加した上官に従うままにレコン・キスタに編入された彼にとって、レコン・キスタは忌むべき王権の簒奪者だった。
「いやはや、我々レコン・キスタが、ついに古き体制にしがみつく王党派を打ち倒す時が来たようだ! 新たな歴史の幕開けだよ! そうは思わんかねボーウッド君!」
ボーウッドの隣で、わざわざ持ち込んだ私物の悪趣味な椅子に座りながら、レコン・キスタ空軍艦隊司令長官サー・ジョンストンが胸を反り返らせていた。
「アルビオンをクロムウェル閣下の下に共和国とした暁には、ハルケギニアの諸国は皆戦くことだろう! いずれハルケギニアは閣下を主君と仰ぐときがくる! 我々の前途は明るいなまったく! ははははは!」
上官のこの男は軍事的な才能が皆無だった。そして約束された勝利を前にしてみっともなく涎を垂らしている。彼はレコン・キスタ総司令官クロムウェルの信任厚い、貴族議会議員であった。ボーウッドは、クロムウェルが地盤を固める為に与えた飴を、嬉々として舐めまわす目の前の男を見下していた。政治家としても無能なこの男は、家柄による強大な発言力を買われているだけのことに気が付いていない。
裏切り者めが、とボーウッドは呟くものの、正直な所自分も大差はなかった。軍人としての信条に従っただけだとしても、所詮は己も簒奪者の仲間でしかない。彼はただ沈黙を守った。
「艦長、そろそろお時間です!」
ボーウッドは部下の言葉に頷くと、攻撃を開始する為に指示を下していく。側舷に所狭しと並んだ大砲に砲弾が詰められ、竜騎士は己の足となる飛竜へとまたがる。まず最初にレキシントンが空砲を撃ち、それを合図として総攻撃を開始する。
艦長のボーウッド、司令官のジョンストンを含め、この作戦に従事した者の内、己の勝利を疑う者は誰一人として存在しなかった。
王軍の誰よりも前に出ている少女は、後ろに下がるよう薦める兵士の言葉をことごとく無視した。いい加減説得する者もいなくなった頃合、少女は己の使い魔に語りかける。声音は低く、年若い女性のものには聞こえない。
「ライデン、あんたが敵だと判断したら攻撃しなさい。手加減をする必要はないわ」
赤い巨人は答えない。しかし、少女は巨人が己の言葉を理解していることを確信している。そして忠実に従うことも。
「あの薄汚い屑どもを皆殺しにするのよ。一人残らず消し去ってやりなさい」
少女の瞳は、空虚でありながら猛烈な業火が燃え盛っている。底のない絶望の果てに少女が見つけ出したもの、それは魔王によって練り上げられた憎悪であった。罪人を地獄の釜へ放り込み、死のうにも死ねない苦痛の叫びを最上の美酒とする。ルイズはレコン・キスタを誰一人として逃がすつもりはなかった。現実的に不可能であるとしても、可能な限り焼き尽くしてやる。少女は己の内から沸きあがってくる虚無によって突き動かされる。
正常な人間としての精神を見失っている為か、ルイズは人ならぬ身の己の使い魔と、これまでにないほどの一体感を感じていた。視界が二つの絵を被せたようにぶれる。そして己の心に、ライデンの心とも呼べる代物が接続される。
General Data
DD-05
HBV-502 RAIDEN
M.S.B.S-5.2
Power Source
Main Generator-Green
Auxiliary Generator-Green
V.converter-Green
Armament
Laser Unit "Binary Lotus"
Zig-18 Bazooka Launcher
Ground Napalm Mk.105......
少女の頭脳に次々と流れ込んでくる、どこの言語かも分からない文字列。しかし、そのような事は大して重要ではなかった。少女にはこの誰に造られたかも分からない巨人が、城を包囲している連中に勝利できる力を持っていることが理解できたからだ。主人と使い魔は一心同体、ルイズとライデンは正しく一つの情報系として構成されつつあった。
城の手前から眺める敵旗艦は随分と距離を取っている。どうやら自分達の持つ大砲の射程に自信があるらしい。確かに王軍が保有する大砲では砲弾を敵艦へ届かせることなど不可能だろう。しかし、ライデンは違う。思い上がりの裏切者共を、つい先ほど理解したライデンの力で焼き尽くしてくれる。
日は完全に昇り、大して待つまでもなく戦闘が始まるだろう。だが、ルイズはわざわざ敵に先手を取らせるつもりはない。裏切者を討つのに礼儀などあるものか。
「……ライデン、準備はいいわね」
精神で繋がっている以上、言葉など必要なかったが、ルイズは己を昂ぶらせるために口を開く。少女はまず眼前の森を見据えた。最初に地上部隊を調理してやるとしよう。少女は軽く目を瞑ってから思い切り息を吸い込むと、懐から杖を取り出す。目を見開き、勢いよく杖を振り下ろすと同時に、邪魔者を焼き尽くす閻魔の怒号を発する。
「薙ぎ払え!!」
主人の叫びを受け取ると、ライデンは腰を落としながら瞬時に厳つい肩を変化させる。まるで蓮の花のような巨大な円盤を両肩に二輪咲かせると、中央から突き出たおしべと、それを取り囲む花びらが振動し始める。そして次の瞬間、甲高い振動音を伴いながら、目も眩むほどの閃光と共に、実体を持たない二本の剣が伸びる。輝く双剣は目の前の森を舐めるようにして振り抜かれた。レコン・キスタ兵が多数潜んでいたと思われる森は、超高熱の光に薙ぎ払われ、瞬時にして燃え上がる。剣は数十リーグ先まで伸び、盛り上がった地形を吹き飛ばしながら、山脈にぶつかった所でようやく止まった。
ライデンと同じ水平面にいた者たちは、己が死んだことにも気付かずに現世から消滅した。同時に数個の小規模な村落もまた、巻き添えとなって消え去った。
「次っ!」
主人の掛け声と同時に、ライデンはルイズを抱え上げると光を噴射しながら天守へと一瞬で飛び上がる。ライデンと視界を共有しているルイズには、半瞬も待たずに敵戦力を把握することが可能となっていた。天守から捕捉可能な敵艦は大型1、中型11の計12。敵艦隊はニューカッスル城を斉射で攻撃するためか、上下二列に並んでいる。
その様を見て少女は笑う。約束された勝利に胡坐をかく愚か者共め。異界の力を見せ付けてくれる。たかがその程度の射程に安心していると、死ぬ羽目になるだろう。こちらからすれば目と鼻の先、距離など無いに等しい。少女の心はどこまでも冷たく、酷薄な様相を見せる。
「撃ちなさい!」
ライデンは再び肩部を変化させる。先ほどと同じように二輪の花を咲かせると、右から左へ一閃、返す刀で左から右へ一閃。光の剣は敵艦を薄皮のように易々と切り裂くと、遥か上空を通過していった。上下に泣き別れとなった木造の船体は高熱で瞬時に燃え上がり、火災は搭載していた火薬に飛び火する。敵艦隊の8割ほどが切り裂かれた船体を爆発させる。戦闘の合図を出す前に攻撃を受けたレキシントンも例外ではない。メイン・サブともにマストを燃やし、大爆発にまみれながら、数騎の竜騎士が脱出したのを事細かに捕捉すると、少女はまたしても叫んだ。
「一人も逃すんじゃないわよ! 反乱軍は全て地獄に叩き落しなさい!」
肩を戻したライデンは、次に手にした棍棒を炎上する敵艦隊に向ける。その瞳には、生き残っている敵兵士が煌々と映されている。殲滅という命令に忠実に従い、ライデンは棍棒の先から光の雨を横方向へ降らせた。異界の魔法は、ハルケギニアの基準からすれば神の目の如き精度で脱出した竜騎士を焼き尽くしていく。直撃を受けた者は竜もろとも木っ端微塵となり、爆風を受けた者は体を燃え上がらせて、絶叫しながら落下していった。
まだ5分と経たぬ内に壊滅状態へと追いやられたレコン・キスタ艦隊に、ルイズは全く容赦をするつもりは無かった。今も崩れ落ちていく艦隊に追加攻撃を加えるようにライデンへ命令する。忠実なライデンは、言われるままに砲撃を加える。常識外れの爆発力を伴った光弾は、散り散りとなった船体を更に細かく分解していく。飛び散った破片は燃え尽き、人間であった物体が内蔵を撒き散らしながら船外に放り出される。ついには完全崩壊を起こし、荘厳な雰囲気を漂わせながら陣取っていたレコン・キスタ艦隊は炎の玉となりながら墜落していく。ルイズの目に、生残りを示す印は見えなかった。
眼下の雲海へと落下していく残骸を眺めると、ルイズは笑いをこらえきれなくなった。
「ふふ……ふふふ……、あはは、あはははは、あーははははっ!!」
瞬く間に絶望的な戦力差を覆したライデンは、狂ったように笑い続ける主人に何ら興味を持っていないように佇んでいた。
いざ、自分達を滅ぼさんと進撃してくるレコン・キスタを迎え撃とうとしていた王軍は、全員が言葉を失っていた。もう数刻もすれば、目の前の森から敵兵がなだれ込んでくるはずだった。しかし、その森はルイズの使い魔によって瞬時に焼き払われ、敵が突破してくる様子は見えない。城の大砲の射程を大きく上回るレキシントンを中核とする艦隊が、正しく瞬く間に塵へと返された光景もまた現実離れしていた。
「なんなのだ……。あのゴーレムは……」
燃え上がる森に、ニューカッスル城は赤く赤く照らされていた。目の前に繰り広げられた光景を、皇太子を始め誰もが信じられなかった。自分達は、今しがた焼き払われた連中と戦い、絶望的な戦力差ながらも勇敢に討ち死にしようとしていたのだ。それ大使の少女の使い魔であるという赤いゴーレムが、子供が羽虫を叩き潰すように敵艦隊を撃破してしまった。
天守から響いてくる少女の哄笑を聞きながら、皇太子は戦慄していた。強大な破壊力と、無限の射程を持つようにも思われる少女の使い魔を、一体どこの誰が止められるというのだろうか。
ひとしきり笑った後、ルイズは再び無表情となる。今、少女の精神の針は激しく揺れ動いている。ルイズは、己の感情の動きを制御できていなかった。
炎上する森の所々に示される印を見て、肩についた埃を払うかのような気安さで告げる。
「あら、よく見たらまだ生き残ってる屑がいるじゃない。……ちゃんときっちり駆除しなきゃね。じゃ、ライデン掃除しといて」
生かすつもりは無い。不本意ながら反乱軍に参加しているなどという理屈など、今のルイズにはなんの意味も持たなかった。反乱軍はすべからく死すべし。
天守から飛び出し、最初の斉射を生き残った敵兵士の掃討が始まる。瞬く間に目標の上空へと到達すると、ライデンは円盤状の爆弾を投擲する。その爆弾は体を焼かれ呻いている目標の傍へと落ち、爆発する。兵士の体が、爆風に煽られ紙切れのように吹き飛ばされ、四肢が千切れ飛び散っていく。そして燃え上がる太い木の枝へと、魚の丸焼きをするように串刺しとなった。
また異なる兵士は、目の前で友軍が肉片を撒き散らしながら死んだ瞬間を目の当たりにして気が狂い、散々木の幹に頭を打ちつけた挙句、自ら炎の中に飛び込んで焼死した。
砲撃で死なないまでも、高熱の爆風を吸い込んでしまった者は、喉や胃を内側から炙られ、この世の者とは思えぬ亡者の呻きをあげる。眼球は熱で乾ききり、髪は燃え上がる。
ライデンは風竜を遥かに上回る速度で飛び回りながら、数十リーグの範囲を駆逐していく。と、そこでルイズはいいことを思いついたとばかりにライデンを呼び戻す。
「この際だわ。絶対に逃げられないようにロサイスも壊しちゃいましょう。蹂躙される側になった連中の反応が楽しみだわ。……うふふ、あはははは!」
ルイズとライデンは意識レベルで同調している。ライデンが見たものはルイズが見ることができる。ならばライデンだけをロサイスへ飛ばし、アルビオン随一の軍港であり、反乱軍の本拠地を跡形もなく粉々にしてくれる。復興に多大な手間がかかることなど知ったことか。敵は滅ぼさなければならないのだ。
軍港ロサイスは、現在姿の見えない敵に襲撃されていた。遥か彼方から長大な光の剣が伸びたと思うと、係留されていた軍艦が瞬く間に破壊された。指揮官はすぐさまに敵の捜査と撃退を命じたが、その命令が達成されることは絶対にありえなかった。彼らが知る由も無いことであったが、敵は100リーグ以上離れたサウスゴータの山脈の上から攻撃を加えていたのだ。メイジとはいえ、人間の身である彼らが気付けるはずもない。
ロサイスは次に光弾の雨あられを浴び、石造りの桟橋はパン生地のように引きちぎられる。兵士が詰めている宿舎も狙い撃ったかのような爆撃を受けて跡形も無く吹き飛んだ。巨大な煙突を並べていた製鉄所の高炉は、まるで飴細工のように捻じ曲がっている。
この地に建設されていたレコン・キスタ総司令部発令所の中で、頭であるオリヴァー・クロムウェルは鼓膜を貫く爆音に飛び上がった。発令所に集まっていた幹部達も同様に飛び上がる。
「な、なんだ。何が起きたというのだ!?」
普段の飄々とした雰囲気が掻き消え、クロムウェルはうろたえる。幹部達と共に発令所から飛び出すと、目の前に広がっていた光景は彼らの常軌を逸したものだった。ニューカッスル攻城のために12隻もの軍艦を送り出してなお、40隻を超える多数の軍艦が係留されていた軍港は、原型を留めないほどに破壊しつくされ、あるはずの儀装完了して間もない新造艦も、老朽艦も何一つ存在しなかった。
そして、遥か彼方の地で、飛び出してきた彼らを捕捉した目があることを幹部達が気付くことはなかった。間髪入れずに光の剣と光弾が降り注ぎ、彼らの肉体は個々で区別が付かないほどに引きちぎられ吹き飛んでいった。
レコン・キスタ壊滅。アルビオン各地に散らばっている残党が、自らの掲げる主を失ったことに気が付くのは、しばらく後になってからのことだった。
#navi(重攻の使い魔)
#navi(重攻の使い魔)
第12話『One Man Rescue』後編
ニューカッスル城の玄関ホールには、勇敢にも避難せずに残留した300人の人々がひしめいていた。数少ない王軍を構成する彼らのほとんどはメイジであり、護衛の兵士は10人かそこらしかいない。つまり反乱軍レコン・キスタの歩兵部隊が、現在の拠点であるこの城に肉薄した時、王軍はそれを押し返す腕力がない。懐に飛び込まれれば、数で圧倒しているレコン・キスタに対抗できるはずはなく、短時間で落城することになる。岬の先に建設されているニューカッスル城の地の利を生かし、目前の森を突破した敵部隊が必然的に収斂した所を魔法で迎撃する以外に、彼らの取れる作戦はなかった。そして数少ない護衛兵は、全員が城の門前に配置された。
元より勝機があるなど考えてはいない。しかし、一人でも多く敵兵を道連れにする。それだけが彼らを突き動かす原動力だった。国を奪おうとする不届き者。その不届き者に蹂躙される王軍は、それ以下の存在なのか。否、そのようなはずはない。かつての統治者としての誇り、他人から見て犬死することがどれだけ無様であっても、最早彼らが自らの存在を示すには、そうする以外になかった。
「我々はこの日、聖地を奪回するという夢物語を掲げる反乱軍レコン・キスタに敗北を喫することであろう。朕は忠実なる臣下の諸君が、傷付き斃れる様を見るのは忍びない。反乱軍に国を奪われるという事態を招いたのは、全てこの無能なる王の責任じゃ」
玄関ホールに設えられた簡易の玉座から立ち上がり、王座を追われた王、ジェームズ一世が敗北以外にない決戦に臨まんとする人々に演説していた。立ち並ぶ人々の目には涙が溜まり、むせび泣いている者すらいた。年老いた王はそのような臣下を眺め、同じように目尻を涙で湿らせる。そして、一際大きな声で宣言した。
「だが! 朕は諸君らを置いて逃げはせぬ。諸君らの命は朕の命、朕の命は諸君らの命、斃れる時は一蓮托生じゃ! 確かに我らは斃れよう。しかし、斃れる者にも意地がある! 一人でも多く、あの恥ずべきレコン・キスタを道連れにしようぞ! 王家の誇りは我らにあり! 全軍前へ、王家の誇りを見せ付けよ!!」
ホールは割れんばかりの歓声に包まれる。傷付き最早死に体の狼による最後の雄叫びは、窓にはめ込まれたステンドグラスを震わせ、秀麗な装飾の施された重い扉を震わせ、ついには城そのものを揺るがした。
その雄叫びの反響するホールを、この場にあっては異質な人間が通りかかった。トリステインからの大使であるルイズと、その使い魔である2.5メイルもの巨体を持つライデンである。異質な存在は他人の目を引くもの。ジェームズ一世は一段高い簡易王座に立っていた為に、いち早く少女の存在に気が付いた。
「おお、大使のラ・ヴァリエール嬢! なぜそなたがここにおるのじゃ? イーグル号で脱出したのではなかったのかね?」
王の様子に、人々は後ろを振り向く。そこにいた少女は昨日見かけたときに比べ、瞳に生気が宿っていなかった。遠目で眺めていたものは気が付かなかったが、すぐそばで少女の顔を見たものは皆背筋を震わせた。全身に包帯が巻かれ、片目が隠されている少女は、まるで黄泉より彷徨い出てきた幽鬼のような様子だったからである。
しばらくすると、皇太子が肩を借りながらホールへとやってきた。王は息子の傷付いた姿に驚き、先ほど礼拝堂で起きた事件の説明を聞くと、皺が深く刻まれた顔に怒りを走らせた。
「レコン・キスタめ……。どこまでも恥知らずな者たちだ!」
王は少女を見据えると、年相応の優しげな声で語りかける。
「ラ・ヴァリエール嬢。息子を暗殺という不名誉な死から救ってくれたことを感謝する。君も信じていた者に裏切られ、さぞかし苦しいことだろう」
無言で王を見据える少女は何の反応も見せない。王は構わず話し続ける。
「我々としても君を逃がしてやりたいのは山々じゃ。しかし、もうそれも出来ぬ。……申し訳ない」
王が頭を下げるのを見て、臣下たちは涙ぐむ。守るべき大使すら無事返すことが出来ないとは。
落ち込む人々を前にして、少女は大声ではなく、かといって小さくもない声量で答える。
「……構いません。わたしも、戦います。一人でも多くあの恥ずべき、果てしなく汚らわしい反乱軍を道連れにしてみせます」
少女の言葉を聞き、玄関ホールは再び歓声で包まれる。
「おおお、何と勇ましい言葉じゃ! 皆の者、聞いたか! 大使は我が国のために杖を取ると言っておられる! 王軍として遅れるでないぞ! さあ、最後の戦へ向かおうではないか!!」
人々は皆叫んでいた。アルビオン万歳、トリステイン万歳、ラ・ヴァリエール万歳、内容は様々であったが、ルイズの参戦に彼らの士気は最高潮となっていた。
しかし、そのように盛り上がる人々を前にしても、少女は何一つ表情を変えることはなかった。赤い巨人を連れて、一足先に城の外へと向かう。ライデンをしても悠々と通過できるほどの大きな玄関扉を潜ると、数リーグ先には森が広がっている。おそらく、今も総攻撃のために兵士達が身を潜めているのだろう。少女と巨人は、王軍が陣取る位置よりもやや前に進んで、そこで立ち止まった。そこに後ろの扉から王軍がわらわらと出て来はじめ、当初の予定通りの配置につく。
少女は誰にも聞こえないほどの声で呟く。
「消し炭にしてやる……」
レコン・キスタの総攻撃まで、あと数刻。
アルビオン王家を打ち倒し、革命を成功させるという華々しい瞬間に立ち会うため、レコン・キスタ総旗艦レキシントンはニューカッスル城より十数リーグ離れた地点に陣取っていた。歩兵・メイジ仕官によって構成された部隊が地上から進軍し、攻撃艦隊は空中より全艦一斉射による攻城を行う。甲板にて待機している竜騎士隊は、斉射が終了すると同時に出撃、地上部隊と連携して残存戦力の掃討にあたる。
レコン・キスタ空軍艦隊司令部所属、レキシントン艦長ヘンリー・ボーウッドは、かつてロイヤル・ソヴリンと呼ばれた艦の後甲板にて憂鬱な気分になっていた。これより自分は一年前には主君と仰いでいた人々を殺めることになる。軍人たるもの政治に口出しするべきではない、という信条を掲げてきた彼であったが、今になってそのような意地など捨てて王党派に組みするべきではなかったのかという迷いが首をもたげてきた。反乱軍に参加した上官に従うままにレコン・キスタに編入された彼にとって、レコン・キスタは忌むべき王権の簒奪者だった。
「いやはや、我々レコン・キスタが、ついに古き体制にしがみつく王党派を打ち倒す時が来たようだ! 新たな歴史の幕開けだよ! そうは思わんかねボーウッド君!」
ボーウッドの隣で、わざわざ持ち込んだ私物の悪趣味な椅子に座りながら、レコン・キスタ空軍艦隊司令長官サー・ジョンストンが胸を反り返らせていた。
「アルビオンをクロムウェル閣下の下に共和国とした暁には、ハルケギニアの諸国は皆戦くことだろう! いずれハルケギニアは閣下を主君と仰ぐときがくる! 我々の前途は明るいなまったく! ははははは!」
上官のこの男は軍事的な才能が皆無だった。そして約束された勝利を前にしてみっともなく涎を垂らしている。彼はレコン・キスタ総司令官クロムウェルの信任厚い、貴族議会議員であった。ボーウッドは、クロムウェルが地盤を固める為に与えた飴を、嬉々として舐めまわす目の前の男を見下していた。政治家としても無能なこの男は、家柄による強大な発言力を買われているだけのことに気が付いていない。
裏切り者めが、とボーウッドは呟くものの、正直な所自分も大差はなかった。軍人としての信条に従っただけだとしても、所詮は己も簒奪者の仲間でしかない。彼はただ沈黙を守った。
「艦長、そろそろお時間です!」
ボーウッドは部下の言葉に頷くと、攻撃を開始する為に指示を下していく。側舷に所狭しと並んだ大砲に砲弾が詰められ、竜騎士は己の足となる飛竜へとまたがる。まず最初にレキシントンが空砲を撃ち、それを合図として総攻撃を開始する。
艦長のボーウッド、司令官のジョンストンを含め、この作戦に従事した者の内、己の勝利を疑う者は誰一人として存在しなかった。
王軍の誰よりも前に出ている少女は、後ろに下がるよう薦める兵士の言葉をことごとく無視した。いい加減説得する者もいなくなった頃合、少女は己の使い魔に語りかける。声音は低く、年若い女性のものには聞こえない。
「ライデン、あんたが敵だと判断したら攻撃しなさい。手加減をする必要はないわ」
赤い巨人は答えない。しかし、少女は巨人が己の言葉を理解していることを確信している。そして忠実に従うことも。
「あの薄汚い屑どもを皆殺しにするのよ。一人残らず消し去ってやりなさい」
少女の瞳は、空虚でありながら猛烈な業火が燃え盛っている。底のない絶望の果てに少女が見つけ出したもの、それは魔王によって練り上げられた憎悪であった。罪人を地獄の釜へ放り込み、死のうにも死ねない苦痛の叫びを最上の美酒とする。ルイズはレコン・キスタを誰一人として逃がすつもりはなかった。現実的に不可能であるとしても、可能な限り焼き尽くしてやる。少女は己の内から沸きあがってくる虚無によって突き動かされる。
正常な人間としての精神を見失っている為か、ルイズは人ならぬ身の己の使い魔と、これまでにないほどの一体感を感じていた。視界が二つの絵を被せたようにぶれる。そして己の心に、ライデンの心とも呼べる代物が接続される。
General Data
DD-05
HBV-502 RAIDEN
M.S.B.S-5.2
Power Source
Main Generator-Green
Auxiliary Generator-Green
V.converter-Green
Armament
Laser Unit "Binary Lotus"
Zig-18 Bazooka Launcher
Ground Napalm Mk.105......
少女の頭脳に次々と流れ込んでくる、どこの言語かも分からない文字列。しかし、そのような事は大して重要ではなかった。少女にはこの誰に造られたかも分からない巨人が、城を包囲している連中に勝利できる力を持っていることが理解できたからだ。主人と使い魔は一心同体、ルイズとライデンは正しく一つの情報系として構成されつつあった。
城の手前から眺める敵旗艦は随分と距離を取っている。どうやら自分達の持つ大砲の射程に自信があるらしい。確かに王軍が保有する大砲では砲弾を敵艦へ届かせることなど不可能だろう。しかし、ライデンは違う。思い上がりの裏切者共を、つい先ほど理解したライデンの力で焼き尽くしてくれる。
日は完全に昇り、大して待つまでもなく戦闘が始まるだろう。だが、ルイズはわざわざ敵に先手を取らせるつもりはない。裏切者を討つのに礼儀などあるものか。
「……ライデン、準備はいいわね」
精神で繋がっている以上、言葉など必要なかったが、ルイズは己を昂ぶらせるために口を開く。少女はまず眼前の森を見据えた。最初に地上部隊を調理してやるとしよう。少女は軽く目を瞑ってから思い切り息を吸い込むと、懐から杖を取り出す。目を見開き、勢いよく杖を振り下ろすと同時に、邪魔者を焼き尽くす閻魔の怒号を発する。
「薙ぎ払え!!」
主人の叫びを受け取ると、ライデンは腰を落としながら瞬時に厳つい肩を変化させる。まるで蓮の花のような巨大な円盤を両肩に二輪咲かせると、中央から突き出たおしべと、それを取り囲む花びらが振動し始める。そして次の瞬間、甲高い振動音を伴いながら、目も眩むほどの閃光と共に、実体を持たない二本の剣が伸びる。輝く双剣は目の前の森を舐めるようにして振り抜かれた。レコン・キスタ兵が多数潜んでいたと思われる森は、超高熱の光に薙ぎ払われ、瞬時にして燃え上がる。剣は数十リーグ先まで伸び、盛り上がった地形を吹き飛ばしながら、山脈にぶつかった所でようやく止まった。
ライデンと同じ水平面にいた者たちは、己が死んだことにも気付かずに現世から消滅した。同時に数個の小規模な村落もまた、巻き添えとなって消え去った。
「次っ!」
主人の掛け声と同時に、ライデンはルイズを抱え上げると光を噴射しながら天守へと一瞬で飛び上がる。ライデンと視界を共有しているルイズには、半瞬も待たずに敵戦力を把握することが可能となっていた。天守から捕捉可能な敵艦は大型1、中型11の計12。敵艦隊はニューカッスル城を斉射で攻撃するためか、上下二列に並んでいる。
その様を見て少女は笑う。約束された勝利に胡坐をかく愚か者共め。異界の力を見せ付けてくれる。たかがその程度の射程に安心していると、死ぬ羽目になるだろう。こちらからすれば目と鼻の先、距離など無いに等しい。少女の心はどこまでも冷たく、酷薄な様相を見せる。
「撃ちなさい!」
ライデンは再び肩部を変化させる。先ほどと同じように二輪の花を咲かせると、右から左へ一閃、返す刀で左から右へ一閃。光の剣は敵艦を薄皮のように易々と切り裂くと、遥か上空を通過していった。上下に泣き別れとなった木造の船体は高熱で瞬時に燃え上がり、火災は搭載していた火薬に飛び火する。敵艦隊の8割ほどが切り裂かれた船体を爆発させる。戦闘の合図を出す前に攻撃を受けたレキシントンも例外ではない。メイン・サブともにマストを燃やし、大爆発にまみれながら、数騎の竜騎士が脱出したのを事細かに捕捉すると、少女はまたしても叫んだ。
「一人も逃すんじゃないわよ! 反乱軍は全て地獄に叩き落しなさい!」
肩を戻したライデンは、次に手にした棍棒を炎上する敵艦隊に向ける。その瞳には、生き残っている敵兵士が煌々と映されている。殲滅という命令に忠実に従い、ライデンは棍棒の先から光の雨を横方向へ降らせた。異界の魔法は、ハルケギニアの基準からすれば神の目の如き精度で脱出した竜騎士を焼き尽くしていく。直撃を受けた者は竜もろとも木っ端微塵となり、爆風を受けた者は体を燃え上がらせて、絶叫しながら落下していった。
まだ5分と経たぬ内に壊滅状態へと追いやられたレコン・キスタ艦隊に、ルイズは全く容赦をするつもりは無かった。今も崩れ落ちていく艦隊に追加攻撃を加えるようにライデンへ命令する。忠実なライデンは、言われるままに砲撃を加える。常識外れの爆発力を伴った光弾は、散り散りとなった船体を更に細かく分解していく。飛び散った破片は燃え尽き、人間であった物体が内蔵を撒き散らしながら船外に放り出される。ついには完全崩壊を起こし、荘厳な雰囲気を漂わせながら陣取っていたレコン・キスタ艦隊は炎の玉となりながら墜落していく。ルイズの目に、生残りを示す印は見えなかった。
眼下の雲海へと落下していく残骸を眺めると、ルイズは笑いをこらえきれなくなった。
「ふふ……ふふふ……、あはは、あはははは、あーははははっ!!」
瞬く間に絶望的な戦力差を覆したライデンは、狂ったように笑い続ける主人に何ら興味を持っていないように佇んでいた。
いざ、自分達を滅ぼさんと進撃してくるレコン・キスタを迎え撃とうとしていた王軍は、全員が言葉を失っていた。もう数刻もすれば、目の前の森から敵兵がなだれ込んでくるはずだった。しかし、その森はルイズの使い魔によって瞬時に焼き払われ、敵が突破してくる様子は見えない。城の大砲の射程を大きく上回るレキシントンを中核とする艦隊が、正しく瞬く間に塵へと返された光景もまた現実離れしていた。
「なんなのだ……。あのゴーレムは……」
燃え上がる森に、ニューカッスル城は赤く赤く照らされていた。目の前に繰り広げられた光景を、皇太子を始め誰もが信じられなかった。自分達は、今しがた焼き払われた連中と戦い、絶望的な戦力差ながらも勇敢に討ち死にしようとしていたのだ。それ大使の少女の使い魔であるという赤いゴーレムが、子供が羽虫を叩き潰すように敵艦隊を撃破してしまった。
天守から響いてくる少女の哄笑を聞きながら、皇太子は戦慄していた。強大な破壊力と、無限の射程を持つようにも思われる少女の使い魔を、一体どこの誰が止められるというのだろうか。
ひとしきり笑った後、ルイズは再び無表情となる。今、少女の精神の針は激しく揺れ動いている。ルイズは、己の感情の動きを制御できていなかった。
炎上する森の所々に示される印を見て、肩についた埃を払うかのような気安さで告げる。
「あら、よく見たらまだ生き残ってる屑がいるじゃない。……ちゃんときっちり駆除しなきゃね。じゃ、ライデン掃除しといて」
生かすつもりは無い。不本意ながら反乱軍に参加しているなどという理屈など、今のルイズにはなんの意味も持たなかった。反乱軍はすべからく死すべし。
天守から飛び出し、最初の斉射を生き残った敵兵士の掃討が始まる。瞬く間に目標の上空へと到達すると、ライデンは円盤状の爆弾を投擲する。その爆弾は体を焼かれ呻いている目標の傍へと落ち、爆発する。兵士の体が、爆風に煽られ紙切れのように吹き飛ばされ、四肢が千切れ飛び散っていく。そして燃え上がる太い木の枝へと、魚の丸焼きをするように串刺しとなった。
また異なる兵士は、目の前で友軍が肉片を撒き散らしながら死んだ瞬間を目の当たりにして気が狂い、散々木の幹に頭を打ちつけた挙句、自ら炎の中に飛び込んで焼死した。
砲撃で死なないまでも、高熱の爆風を吸い込んでしまった者は、喉や胃を内側から炙られ、この世の者とは思えぬ亡者の呻きをあげる。眼球は熱で乾ききり、髪は燃え上がる。
ライデンは風竜を遥かに上回る速度で飛び回りながら、数十リーグの範囲を駆逐していく。と、そこでルイズはいいことを思いついたとばかりにライデンを呼び戻す。
「この際だわ。絶対に逃げられないようにロサイスも壊しちゃいましょう。蹂躙される側になった連中の反応が楽しみだわ。……うふふ、あはははは!」
ルイズとライデンは意識レベルで同調している。ライデンが見たものはルイズが見ることができる。ならばライデンだけをロサイスへ飛ばし、アルビオン随一の軍港であり、反乱軍の本拠地を跡形もなく粉々にしてくれる。復興に多大な手間がかかることなど知ったことか。敵は滅ぼさなければならないのだ。
軍港ロサイスは、現在姿の見えない敵に襲撃されていた。遥か彼方から長大な光の剣が伸びたと思うと、係留されていた軍艦が瞬く間に破壊された。指揮官はすぐさまに敵の捜査と撃退を命じたが、その命令が達成されることは絶対にありえなかった。彼らが知る由も無いことであったが、敵は100リーグ以上離れたサウスゴータの山脈の上から攻撃を加えていたのだ。メイジとはいえ、人間の身である彼らが気付けるはずもない。
ロサイスは次に光弾の雨あられを浴び、石造りの桟橋はパン生地のように引きちぎられる。兵士が詰めている宿舎も狙い撃ったかのような爆撃を受けて跡形も無く吹き飛んだ。巨大な煙突を並べていた製鉄所の高炉は、まるで飴細工のように捻じ曲がっている。
この地に建設されていたレコン・キスタ総司令部発令所の中で、頭であるオリヴァー・クロムウェルは鼓膜を貫く爆音に飛び上がった。発令所に集まっていた幹部達も同様に飛び上がる。
「な、なんだ。何が起きたというのだ!?」
普段の飄々とした雰囲気が掻き消え、クロムウェルはうろたえる。幹部達と共に発令所から飛び出すと、目の前に広がっていた光景は彼らの常軌を逸したものだった。ニューカッスル攻城のために12隻もの軍艦を送り出してなお、40隻を超える多数の軍艦が係留されていた軍港は、原型を留めないほどに破壊しつくされ、あるはずの儀装完了して間もない新造艦も、老朽艦も何一つ存在しなかった。
そして、遥か彼方の地で、飛び出してきた彼らを捕捉した目があることを幹部達が気付くことはなかった。間髪入れずに光の剣と光弾が降り注ぎ、彼らの肉体は個々で区別が付かないほどに引きちぎられ吹き飛んでいった。
レコン・キスタ壊滅。アルビオン各地に散らばっている残党が、自らの掲げる主を失ったことに気が付くのは、しばらく後になってからのことだった。
#navi(重攻の使い魔)
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