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#navi(ゼロのロリカード)
「ッッ・・・・・・はぁ・・・はァ・・っ!!」
アニエスは大きく酸素を取り込み、吐き出す。煙が肺に入り何度か咳き込むもそれを繰り返した。
(運が良かった・・・・・・ただそれだけだ)
突入した直後に飛んできた炎球。しかし自分に怪我はない。
たまたま飛んでくるのが一番最後だったこと、突入したすぐ近くに敵メイジがいたこと、それが幸いした。
自分より先にやられたであろう仲間達の叫ぶ声と、複数聞こえた火薬の破裂音があったからこそすぐに違和感に気付けた。
だからこそ体が反応した。
(もしも最初に火球が飛んできていたら・・・・・・?もしも近くに敵がいなくて、咄嗟に盾にできなかったら・・・・・・?)
今のアニエスには目前で炎上する襲撃者すら、その視界には入っていない。
ただ目を見開いて大きく呼吸をし続ける。
「クソッ・・・・・・!!!」
アニエスは毒づく。心の中で言ったつもりだったが、口に出ていた。
油断していた。隙があった。心のどこかに甘えがあった。楽観視していた自分に腹が立つ。
思い切り唇を噛む。血が滴り落ち、口内に鉄の味が広がった。
心を落ち着け、瞬時に自戒し、頭を切り替える。
剣を抜いて上段に構え、間髪入れず目の前の炎に包まれた敵を一閃する。
袈裟切りにされ絶命した敵は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
アニエスは剣を一度だけ振って血を払い、煙に包まれた周囲を目を凝らし見回した。
正面扉の方から声が聞こえた。そちらの方に意識を向ける。
「コルベールッ!そうだろう!?あぁ・・・・・・間違いない、オレが捜し求めていた温度。20年待ち焦がれた温度だ!!」
ややドスのきいた声の男が、感極まった風で喋っていた。コルベールの声でないことは明らかである。
となれば襲撃者、位置から見ても十中八九炎球を放った奴の声であろう。
「私だ覚えているかッ!?メンヌヴィルだよ!懐かしい、この日をどれほど待ったことか!!」
「副長・・・・・・」
アニエスは息を殺し近付いていく。
「そうか、教師をやっていたのか・・・・・・。通りで会えなかった筈だ!はっははははは!!今日は人生最良の日だ!」
(顔見知り・・・・・・か?)
ゆっくりと静かに、敵の背後へと回り込む。煙でよく見えないが、恐らくコルベールがその先にいるのだろう。
「・・・・・・なァ『炎蛇』よ、20年前のダングルテールから力は衰えていないだろうな?それだけが心配だ」
剣を構え不意討ちを加えようとした、アニエスの動きが、思考が、止まる。
(なん・・・・・・だと・・・?)
瞳孔が開く。柄を握る手に力が入る。
「私の炎はあの頃とは違う。今の私ならばあの時の隊長殿のように、人を、村を、全てを焼き尽くせる!!!」
アニエスの頭の中でぐるぐると単語が回る。
つまり――――――自分の故郷を焼いたのは、コルベール・・・・・・ということか?
煙が少しずつ薄くなり、コルベールのシルエットが浮かび上がる。
自分が探し続けた仇敵こそが――――――コルベールだと言うのか。
激情が頭の中を渦巻き、憎悪が体を支配する。
しかしアニエスの頭は冷静だった、その上で静かな殺意が心を満たしていた。
(・・・・・・今は、敵を殺すことが先決)
先の言葉から察するに、虐殺の殆どを行ったのは・・・・・・隊長であるコルベール。
故郷を焼き滅ぼした張本人たるコルベールを、真っ先に殺してやりたい。
だが今の自分のすべきは、一刻も早くこの事態を収拾すること。アンリエッタ女王陛下の為に忠節を尽くすこと。
女王陛下の手を煩わせることはあってはならない。アルビオン侵攻にも影響を与えかねない、逼迫したこの状況の打破が優先される。
なによりも今の自分があるのは陛下のおかげであり、機会を与えてくださったのも陛下なのだ。
――――――私情は挟まない。それに・・・・・・一応本人に、確認もしなくてはならない。
(復讐は・・・・・・二の次)
アニエスは反芻した。感情を押し殺し、眼光を鋭くさせる。
それに・・・・・・メンヌヴィルという敵の名に、覚えがある。王立資料庫の名簿に、羅列された名前を思い出す。
ダングルテールの虐殺に関わった、実験小隊の・・・・・・副長の名だ。例外なく己が殺すべき相手だ。
確実に仕留める。
銃では命中率に欠けるし、一撃で致命傷にならなければ、メイジが魔法を唱えるのに、支障をきたすほどのダメージにはならない。
なにより相手は炎の使い手。火薬が爆発しては困るので銃を静かに置き、剣を握り直し音もなく構える。
僥倖だ。メンヌヴィルを殺し、コルベールを殺す。憎しみを生きがいに、憎悪を糧に今まで生きてきた。
こんな状況にも拘らず笑みが浮かぶ。すぐに気付いて口をつぐむ、いつでも飛び出せるよう体勢を取った。
「さて、もはや語るべき事はない。コルベール・・・・・・お前を燃やし尽くし、私の炎が超えたことを証明しよう」
今が好機とアニエスは駆け出した。メンヌヴィルが攻撃に転じようとする、詠唱を始めたその僅かな隙を突く。
背後からの不意討ち。造作もなく敵は死んで終わりだ。
渾身の力、これ以上ない速度で繰り出された刺突は――――――空を切った。
背を向けたままのメンヌヴィルが避けたのである。
「疾ッ!」
アニエスは勢いがついた体のまま右手で突き出した剣を、メンヌヴィルが避けた方向へと真横に振る。
しかし白刃に手応えはなく、逆に衝撃が身体を走った。
メンヌヴィルはただ避けたわけではない。そのまま回転して振り向きざまに、右手に持った杖でアニエスを打ったのである。
筋骨隆々のメンヌヴィルの杖は、アニエスの横腹を強く打ち、体を浮かせるほどの威力であった。
「ッグ・・・がっ・・・・・・はァッ!」
「アニエス君!!」
受身を取るも勢いは殺せず、コルベールの足元まで転がる。
止まったところですぐに体勢を立て直し、メンヌヴィルを睨み付けた。
(ちっ・・・・・・肋骨が何本かイッたな)
ダメージを確認し、次の一手を考える。
体勢を立て直す前に、座り込んでいるキュルケと倒れているタバサを確認した。恐らく戦力にはなるまい。
さっきの会話で温度がどうとか言っていたが、それで人の動きを判別しているというのか。
だが、それならば辻褄があう。光と音にものともせず突入してきた者達に、正確に攻撃を加えられたのも納得がいく。
「邪魔なネズミだ」
一触即発の空気が流れる。コルベールのそれは、自分が知る弱腰な教師のそれではない。
一人のメイジとして、強力な炎の使い手としてのそれであった。
メンヌヴィルは自分に杖を叩き込む時には、既に詠唱を完成させていた。
しかし、自分を魔法で攻撃はしなかった。そこで放ってしまっては、コルベールの魔法から一瞬遅れると判断したからである。
「アニエス君、すまないが離れていてくれ。ミス・ツェルプストーとミス・タバサを連れて――――」
「貴様が・・・・・・我が故郷、ダングルテールを焼いたのか」
互いに視線は合わせない。コルベールの顔には驚きが浮かんでいた。メンヌヴィルもその言葉に興味を示す。
「・・・・・・そうか、君はあの時の・・・・・・。・・・・・・そうだ、私が村人達全員をこの手で殺した」
あっさりコルベールは認める。アニエスは今すぐ剣で叩き斬ってやりたかったが、それを必死に抑え込む。
「ん~~~・・・・・・?あの村に生き残りがいたのかあ?そいつァ驚きだ」
メンヌヴィルは左手を顎にそえながら言った。
メンヌヴィルにとっては、任務は二の次である。
念願叶って、誰よりも愛しい相手に逢えたのだ。その男と炎を撃ち合い、焼くことができるのだ。
逃走する人質は後でまた捕まえればいい。あれだけの人数を、短時間で、学院外逃がす方法など存在しない。
命の恐怖に脅え、強烈な光と音で駄目押しされた、烏合の衆でしかないメイジ達。
その全員が、杖を自室から持ち出しフライで逃走することも不可能。この場にいる反抗者を全員殺してからでも十二分に間に合う。
一つ気がかりなのが、さっきの黒髪の少女だ。燃やした筈なのに生きていた。焼いた筈なのに、動いていた。
寮塔で感じた感覚は、あの少女なのか。人間ではないのか。だがもう、どうでもいい。今は何よりもコルベールだ。
「・・・・・・コルベール。後で貴様も殺す、だがまずは奴からだ」
「えぇ、貴方にはその権利があります。報いは甘んじて受けるつもりです。ですが今は二人を連れて離れていて欲しいのです」
「奴も私が殺すべき敵だ、指図をするな」
「銃士風情がオレを殺す?くくっははは!面白い冗談だ。・・・・・・それに困るなァ、隊長殿はオレが焼くんだ」
メンヌヴィルの口が大きく歪み、杖を振り呪文を開放する。
杖の先から膨れ上がる炎が、コルベールとアニエスの眼前を覆う。
圧倒的な炎にアニエスは瞬時に覚悟を決めた。
人の身では決して耐えられない、骨をも焼き尽くす炎。
だがアニエスはそれすらも耐えようという気概で、左腕で顔の前を覆う。
炎はさらに燃え上がったと思うと、一瞬で掻き消えた。高温が大気を伝わり、肌を微かに焼いた。
コルベールの放った炎がメンヌヴィルの炎を相殺したのである。
次の瞬間アニエスは走った。
魔法を使った直後こそ、メイジにとって最大の隙。正面からの白兵戦で負けるつもりは毛頭ない。
(詠唱が終わる前に、飛び込むッ・・・・・・!!)
しかしすぐにアニエスの動きが止まる。
(ぐがっ・・・・・・折れた肋骨か・・・!?しまっ・・・・・・)
内臓に何かが突き刺さるような痛みに悶える、無様に膝をつく事だけは気力で拒んだ。
だがメンヌヴィルがそれを見逃す筈もなく、視界が炎に染まる。
肉の焦げる匂いが鼻につき、アニエスは目の前にあったチャンスを不意にしたこと、自分の力不足を後悔した。
気付けばアニエスは誰かの背にいた。僧服が焼かれ、首筋に見える引き攣れた火傷の痕。
「コルベール・・・・・・!?」
記憶が呼び起こされる。忘れもしないあの日。全てを失ったあの日。誰かに背負われ唯一人助かったあの日の記憶。
つまり、自分はコルベールによって故郷を焼かれ、コルベールによって助けられたということだ。
「・・・・・・何故だ!」
コルベールは両膝をつき、片手をついた。メンヌヴィルが放った2発の火球。
後ろのいるキュルケ達を守る為に一つを魔法で消し飛ばし、アニエスに向かったもう一つは身を挺して防いだのだ。
「何故だ・・・・・・?何故私を助けた!?20年前も・・・今も・・・・・・ッ!!」
「早く・・・・・・二人を連れ・・て・・・逃げるんだ・・・・・・」
コルベールは必死に声を絞り出す。誰も死なせない為に。
三人が逃げる時間を稼ぐ。人質の退避まで粘れば、後はアーカードがなんとかしてくれる筈だ。
「ははっはははははッ!!!いい香りだ、最高の匂いだ!!なあ?!」
メンヌヴィルは狂喜し、誰にともなく同意を求める。無論それに答える者は誰もいない。
アニエスは肩を、腕を、拳を、震わせていた。やりきれない思いが、心を蹂躙していた。
「弱くなったなあ、ええ?隊長殿。欲を言えばお前と焼き合いたかったのだが・・・・・・まあいい」
「アニエス君・・・・・・!!」
コルベールの言葉に聞く耳を持たず、癇癪をおこして泣く子供のような声でアニエスは叫ぶ。
「なんなんだ、貴様は!!私の故郷を焼いた分際で、私を・・・私を二度も助けて・・・・・・!!」
「すまない・・・・・・」
コルベールはゆっくりと顔を向け、それだけを言って倒れた。
メンヌヴィルは遠目から検分するように、コルベールを見えない眼で眺める。
「ふう~んむ・・・・・・死んだか」
つまらなそうに、吐き捨てるようにメンヌヴィルは呟く。
「ふっ・・・・・・ふふ・・・ははっ・・ははは、はっはっはっはは!あっははははっははははははは!!」
斃れたコルベールを見つめていたアニエスは、突然顔を下に向けたまま笑い出す。
メンヌヴィルに倣うかのように、気が狂れたように哄笑した。
「・・・・・・?なにがおかしい」
メンヌヴィルは怪訝な顔を浮かべ、アニエスは痛む体を剣で支え顔をあげた。
「これが笑わずにいられるか。村を、家族を、住む人々を焼き尽くした男に、私は助けられ・・・・・・生き延びた。
そしてたった今、その殺すべき相手に命を賭してまた救われて・・・・・・私は最も復讐したかった敵を失ったのだ」
アニエスは笑いながら剣を引き摺り、ゆっくりと歩を進める。
「とんだ道化だ。傑作だよ、本当に・・・・・・。ふふっ・・・・・・私の復讐もこれで終わりだ」
残った力を振り絞り、アニエスは地を蹴った。
喉まで出かかった血を無理やり飲み込み、それでも唇から一筋の赤い線が垂れる。
「フンッ」
メンヌヴィルはあしらうように、詠唱し炎球を放った。
しかしそれが距離を詰めるアニエスに届くことはなかった。
コルベールの杖から躍り出た炎の蛇が、炎球を喰い尽くしたのだった。
炎蛇はそのままメンヌヴィルへと絡みつき、その身を焼いた。
「なっ・・・・・・!!?」
メンヌヴィルの顔が驚愕に染まる。長年の経験から死んでいると判断した。
耳が完全に回復し切っていない為、多少の判断の誤差はあれ、少なくとも魔法を使える状態ではなかったのは間違いない。
一体コルベールの何がそこまでさせたのか、メンヌヴィルには理解出来なかった。
「三度目・・・・・・か」
アニエスは苦笑する。剣が肉を貫いた感触が手へと伝わる。
メンヌヴィルを燃やす炎が、同様にアニエスの肌を焼いた。
「がっ・・・・・・は・・・・・・」
メンヌヴィルの口から血が漏れた。
アニエスは後ろを、コルベールを見る。キュルケがその傍に寄り添い叫んでいた。
「ふ・・・・・・ふはははっはははははは!!これだ!オレの炎で焼かれたコルベールの匂い、コルベールの炎で焼かれるこのオレの肉の匂い!
これだ!これだったんだ!ははっははは!これこそがオレの求めていたものだ!!心地いい・・・・・・最高の気分だ、これならば――――――」
アニエスは薄れゆく意識を強引に保ち、メンヌヴィルの口上を無視して最後の力を込める。
斬り上げられた刃は心臓まで達し、メンヌヴィルは大の字に倒れ絶命した。
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