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「ゼロの黒魔道士-33」(2009/02/20 (金) 12:32:56) の最新版変更点
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#navi(ゼロの黒魔道士)
「わ、わたしを置いていくというのか!?
――この身、そなたに預けると言ったはず。
本当にそれがそなたの望みなのか……?」
「え、えっとー……」
アニエス先生がこの状態で一緒に来ると、ややこしいことになるってことで、
ルイズおねえちゃんの部屋に置いていくってことになったんだけど……
「そうか――貴様がわたしのビビをたぶらかそうとしているのだな!」
「ちょ、あ、危ないでしょっ!?」
アニエス先生は、ついてくるって聞かないんだ。
ルイズおねえちゃんに剣をつきつけたりするし……
「その~――アニエス先生?ちょっと、ビビ君は外せない用事でして――」
「ならばっ!わたしも連れて行けっ!何故貴様ら青瓢箪だけが付き添うのだっ!
ビビに何かあったらどうしてくれるっ!!それとも、連れて行けぬ理由でもあるのか!?」
ちなみに、モットおじさんには、
「酷い風邪だから2~3日学院で療養させる」って言い訳をしている。
……ある意味、酷い風邪、だよね?これも……
「実は――そのとおりなんです。えぇ。ビビ君はシャイですので、自分からは言いませんが――」
ギーシュがゆっくりと、アニエス先生に説明を始める。
「ビビ君は、アニエス先生に贈り物をしたいと、で、僕達にその見立てを手伝って欲しいんだそうです。
――アニエス先生を驚かせたかったそうですので、本当は理由を黙っておきたかったのですが――」
「な、なんだと!?」
ギーシュって、こういうことにはよく頭が回るなぁって、感心してしまうんだ。
「――び、ビビ、本当なのか!?」
「え?え、あ、う、うん……」
ギーシュが目で「そうだって返事しろ」って言ってたから、そのとおりにしたんだ。
「そ、そうか――そなたの心遣いに気づかぬとはなんたる不覚っ!!」
アニエス先生がゆっくり剣をおろす。
このチャンスを逃したらもう次は無い、と思ったんだ。
「あ、あの……ボク達を信じて、待っててもらえる……?」
「今さら疑うものか!私はそなたを信じる!!」
ホッと一息をつくボク達。
これで、なんとか出発はできそうだ。
でも……恋って、こんなに疲れるものなんだなぁ……
―ゼロの黒魔道士―
~第三十三幕~ 誓いの泉 ラグドリアン湖
旅そのものは順調で、そろそろ春から夏に変わっていく風が気持ちよかった。
「しっかし、娘っ子は旅先にまで白ぇだけの本持ってくのか?」
「仕方ないでしょ!肌身離さず持つようにってオールド・オスマンもおっしゃってたし!!」
ルイズおねえちゃんは、馬車の上であの真っ白な本と、ペンと羊皮紙を片手にぶつぶつとつぶやいていた。
「四属性について――う~ん――結局、火は燃える、でしょ?風は、吹くで――」
「……なんか、そのまんま、だね……」
ルイズおねえちゃんって、頭はいいけど、こーゆーのは苦手なのかなぁ?
「姫殿下も見る目無いんじゃないの?創作性ゼロのあんたに巫女やらせるなんて――」
モンモランシーおねえちゃんがため息をつく。
モンモランシーおねえちゃんは、学院を出てからずっと不機嫌だったんだ。
「っさいわねぇっ!!『水は手違いで他人に混乱を導く』ぐらい入れてやるわよ!?」
「なっ!?言ったわね!この詩の才能ゼロがっ!」
「お、おねえちゃん達、馬車であまり暴れない方が……」
「やれやれー!もっとやれー!おもしれーぞー!」
「――次の辻はまっすぐ、だったかな――」
ギーシュは1人、馬車を操っているから、
もみくちゃになる馬車内の喧騒に加わらず、静かなまま旅を続けることができてたみたい。
ちょっと、ずるいなぁって、帽子を直しながら思ったんだ。
・
・
・
朝からずっと馬車に乗って、水の精霊がいるっていう泉に着いたのは、
お日さまの頭が少し残ってるぐらいの夕方だった。
「大きな湖だね……向こう岸がほとんど見えないや……」
水面に映る赤いお日さまの影が、なんとなく神秘的で、
いかにも精霊が住んでるって感じがしたんだ。
「さーて、モンモランシー!さっさと水の精霊を呼んで、とっとと帰るわよ!」
ルイズおねえちゃんは、モンモランシーおねえちゃんの服をひっぱりながら降りてきた。
「――おかしいわ」
モンモランシーおねえちゃんは、まだ不機嫌そう……
というより、不思議そうに、首をかしげたんだ。
「よいしょっと――ん?どうしたんだい、モンモランシー?何か、変なことでも?」
馬を近くにつなぎとめてたギーシュも、
そんなモンモランシーおねえちゃんの様子に気づいたみたい。
「ギーシュ、間違いなく道なりに来たのよね?地図どおりに?」
「え、う、うん。何だい?まさか、違う湖に来てしまったのか?」
「ううん、そうじゃないの――水が、増えてる……」
水が、増える?
湖って、大きければ、海みたいに満ち潮とかあるっていうから、そういうことなのかなぁ?
「ほら、そこ。畑のための柵が、水に沈んでるし――どうなってるのよ!?」
満ち潮とかじゃないらしい。
見ると、確かに湖の中から壊れた柵がにょきにょきと、
水の深いところまで点線みたいにつながっているのが分かったんだ。
……水の精霊って、自分で家庭菜園とかやるのかなぁ……?
「つまり――水位が上がったってこと?単に気候の変動とかじゃないの?」
ルイズおねえちゃんが、何をそんなにうろたえてるのって言いたそうに、
モンモランシーおねえちゃんに視線を向けた。
「急激すぎよ!5年ぐらい前はここには村があって、農業やってて――」
「……みんな、沈んじゃったってこと?」
「おれっちが覚えてる限りじゃ聞いたこともねぇなぁ、村が沈むなんざ――」
「デルフ、あんたはなーんにも覚えてないじゃない!」
すごい大嵐でもあったのかなぁ?それとも、地震、とか?
「おんや、そこな貴族様方、何くさしてなさるでな?」
釣り道具を持ったおじさんが、後ろを通り過ぎたんだ。
「釣りなばハァ、ここさでやったらいかんべな?
ここさで釣りしてちゃぁ、水の精霊さん“また”ずべっちゃ怒りなさるでなぁ」
……何か、今重要なことを聞いた気がする。
「……また?」
「釣りなば、こっから東のバタリア丘陵の辺りがお勧めだべすて?
何ならオラはが初心者に釣り解説なばハァさせていただくべな?
初心者はまずザリガニ釣りから始めてスキルなば上げて――」
「ちょ、ちょっと!待ちなさいよ!!」
釣り解説を始めたおじさんの話を遮る形で、
モンモランシーおねえちゃんが声を上げたんだ。
「――カーボンロッドさとリトルワーム辺りで――ん?何だべすか?」
「水の精霊が怒るって、しかも“また”って何よ!?
まさか、アンタが釣りでもして――」
「そったらホデナスなことすねぇでよ、貴族様!
オラば良心的な釣り爺さんだで?いやさ、釣り好きなば噂さ聞くだけんど、
なーんでも水の精霊さんが怒りなすって、水位ば上げてるっち噂だべす。
ありゃ――ワジャームで特大のトゥルナバルウが上がった前の年なば、3年ほど前からだべす」
水の精霊が、怒る?なんか、やっちゃったのかなぁ……?
「昔の“交渉役”なば、こげなことさなったら、真面目に交渉ばしてくれたけんど、
今の貴族様はちとばかし不真面目でちーとも改善ばせんのべす――
おっと、お、オラがこげなこと言ったってのは秘密ね?貴族批判なばしてねぇべす?」
……そこまでしゃべって秘密も何も無いとは思うんだけど……
「いや、してねぇべす、とかそんなのどうでもいいのよ!
水精霊が怒るって、何があったっていうの!?」
モンモランシーおねえちゃんが、さっきまでの不機嫌さとか全部吹き飛ばすぐらいに怒ってる。
「それが分かれば苦労すねぇてなことですべ。“交渉役”様さ何もしてくれねぇべす。
ともかく、じわじわ水位ば上がって、畑の半分ば水浸しさなって村出た農民さもいるとか。
オラはも好みの釣り場さ飲み込まるわ、立ち入り禁止さなるわで悲しいべす――」
・
・
・
釣り好きのおじちゃんは、その後夜釣りに最適なポイントとかを、
じーっくりと、それはもう気が遠くなるほど話してくれて、
「んだば、釣りのこと聞きたぐばオラはに任せてくんろだべす~!
オラ、この後カダーバくんだりで粘ってるすから~!」
って言って、そのまま去っていったんだ。
……趣味とか持ってる人って、好きなことを語りだすと長いんだなぁ……
「ふぁ――で?結局、水の精霊が怒ってるってのは分かったけど、
『水の精霊の涙』は入手できないわけ?」
ルイズおねえちゃんが欠伸を大きく一回して湖をもう一回見渡した。
「ほんと、もう、どうなってんのよ!
ウチが“交渉役”だった頃はこんな――」
湖が沸騰してしまいそうなぐらい、モンモランシーおねえちゃんは怒ってるみたいだった。
「“ウチが”って……モンモランシーおねえちゃん、その、“交渉役”だったの?」
「そうよっ!まぁ、正確にはウチの実家だけど――
干拓事業に失敗してお役御免になるまではしっかり勤めてたのよ、それなのに――
あぁっ!腹立たしいっ!あんな平民に馬鹿にされるような仕事では無いはずなのにっ!!」
いつもの、ギーシュが怪我したりしたときとはまた違う怒り方をしていた。
……きっと、自分のプライドとかを、傷つけられたって思ってるんだろうなと思う。
ルイズおねえちゃんも、ときどき同じような怒り方してたことがあったから……
「こうなったら、水の精霊に色々問い詰めなきゃいけないわね――」
そう言って、モンモランシーおねえちゃんが手に持っていた小さな袋から取り出したのは……
「っ!?きゃっ!?」
ルイズおねえちゃんが小さく悲鳴をあげるもの、
そして、ボクの仲間の1人だったら舌舐めずりをして喜びそうなものだったんだ。
「……カエル?……すっごい色だね……」
マスタードみたいにまっ黄色な体に、黒い斑点がポツンポツンとついているカエルだったんだ。
「そう、私の使い魔のロビンよ。可愛いでしょ?」
そう言って胸を張る姿は、ヴェルダンデを自慢するギーシュとどこか似ていて、
なるほど、お似合いの二人なんだなぁってちょっと思ったんだ。
「あ、あなたの使い魔が可愛いのは分かったから、は、早く引っ込めなさいよっ!!」
ルイズおねえちゃんが、ボクの背中で震えていた。
……もしかして。
「なんでぇ、娘っ子。カエルなんぞが苦手なのか?」
デルフがボクが思っていたことをそのまま口にする。
「う、うっさいわねぇっ!!」
……ボクじゃなくて、クイナが召喚されなくて良かったなぁと思った。
きっと、ハルケギニア中の珍しいカエルを捕まえて料理してたと思うから……
「引っ込めるわけにはいかないわよ、今から水の精霊と“交渉”するんだから――
ギーシュ、ちょっとロビン持ってて」
「ん?あ、あぁ、了解」
モンモランシーおねえちゃんは、ギーシュにロビンを抱かせておいて、
懐から取り出した針でちょんっと自分の指先をつついて血を出した。
……ちょっと、痛そうだなぁ……
「ロビン、分かってるわね?水の精霊に粗相のないようにね?」
ロビンがモンモランシーおねえちゃんの血を、長い舌ペロンッと出して舐めとると、
「ケロッ」と軽く鳴いて湖に飛び込んだんだ。
「後は相手がこちらを覚えていてくれれば、姿を見せてくれるはずよ。
まあ誓約の水精霊が忘れているはずはないと思うけど、実家が失礼なことをしでかしているから、怒って出てきてくれない可能性はあるわね」
「――つまり、確率は5分ということかい、モンモランシー?」
ギーシュがロビンを触って少し濡れた服を払いながら聞く。
「頼りになるんでしょうね、あのか、カ――使い魔はっ!」
……ルイズおねえちゃん、『カエル』って言うのも嫌なのかなぁ……?
「5分より悪いかも。今の“交渉役”も失礼なことしてそうだし――」
モンモランシーおねえちゃんが深くため息をつく。
「なんでぇ、頼りねぇな、巻き髪の嬢ちゃんよ。
無駄足に終わんのは嫌だぜ?まぁおれっちに足は無いけど」
「――いや、大丈夫のようだよ?」
モンモランシーおねえちゃんがデルフの失礼な言いっぷりに反論しようとしたとき、
湖の表面が、虹色にゆらゆらとゆらめいたんだ。
虹色って言うけど、空にかかるような虹の色とは全然違っていて、
なんて言ったらいいんだろう……思いつく限りの鮮やかな色をお鍋に入れてかき混ぜた色、かな?
目にまぶしかったけど、どこかで見たような、ちょっと懐かしくなるような、そんな光だったんだ。
その光の膜が水面からにゅぅっと盛り上がって、虹の珠みたいな形になる。
「コホン――私はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、古き盟約の一員の家系よ。
蛙につけた血に覚えはおありかしら。覚えていたら、私たちに判るやり方と言葉で返事をちょうだい」
モンモランシーおねえちゃんが咳払いをして、かしこまった言い方で返事を求めると、
虹色の球体はグネリグネリと雲が形を変えていくように上に伸びてきて、
だんだんと、女の人の姿になっていったんだ。
綺麗な、女の人。
ギーシュが思わず「ほぅ」ってうなったら、モンモランシーおねえちゃんに肘うちを当てられてた。
……変なところに当たっちゃったみたいで、すごく苦しそうにうずくまってる。
「覚えている。単なる者よ。貴様の体を流れる体液を、我は覚えている。貴様に最後にあってから、月が五十一回交差した」
虹色の綺麗な女の人が、水がお鍋で揺れるときのような響きをもった声でしゃべる。
なるほど、この人が水の精霊なんだ。
「良かった――それで、少し“交渉”したいのだけれど――」
「それはかなわぬ」
モンモランシーおねえちゃんの切り出しを、あっさりと、
『リフレク』で魔法を跳ね返すよりもあっさりと、水の精霊は跳ね除けてしまった。
「ちょ、ちょっとちょっと!?どういうことよ!?わ、私の実家の失態なら詫びるから――」
モンモランシーおねえちゃんが焦って食い下がる。
「それもある。しかし、今、我はお前たち単なる者を相手にできんのだ」
そう言いながらズズズと溶けるみたいに水に戻ろうとする精霊。
……ちょっと、人が溶けてるみたいで気持ち悪かったのはナイショだ。
「待ちなさいよっ!!さっきから聞いてれば!私はねぇ、遥々来たのっ!
それを“相手にできない”の一言で下がられちゃ困るのっ!」
ルイズおねえちゃんが、叫ぶ。……ボクの背中の後ろで。
ロビンが戻ってきたから、前に出れないみたいだ。
「相手にできん者は相手にできん。――ほう。だが懐かしき顔がいるな」
水の精霊がルイズおねえちゃんを睨もうとして、表情を変えて溶けるのを止めた。
「『記憶の落とし子』か。久しいな。最後にあったのは、月が七万は交差する前だったか」
そしてまた、女の人の姿に戻っていく。
「……『記憶の落とし子』?え、ま、まさかボクのこと!?」
月が七万って……どれくらい昔のことかは分からないけど、
少なくともボクは水の精霊と会ったことなんて一度も無いはずだったんだ。
「『記憶の落とし子』よ、お前が望むならば“交渉”に臨もう。
だが、今は単なる者の襲撃を受けておる。よって日を改め――」
「――しゅ、襲撃?何者かに襲われているのですか?」
ギーシュがまだ痛そうにしながら立ち上がりつつそう聞いた。
「単なる者よ。我は貴様等の同胞に襲撃を受けている。我は水位を増やすことに手一杯で、襲撃者への手が回らぬ」
水の精霊を襲う人達がいるってこと?……何か、意味があるのかなぁ……
「――つまり、そいつらを捕まえれば“交渉”してくれるってわけね?」
ルイズおねえちゃんが、ロビンを見ないようにしながら、水の精霊と視線を合わせる。
「良かろう。単なる者よ。懐かしき顔に免じ、そのときは“交渉”に臨もう」
……「捕まえる」って、え、まさか……
「ちょ、ちょっとちょっと!?さっきから“交渉役”越えて何勝手に話を進めて――」
「ビビっ!やるわよっ!?」
「……やっぱり……」
嫌な予感はしたけど、やっぱり、ボクたちでなんとかしなきゃいけないみたいだ。
「けけけ!やっぱおれっちの活躍の場がなくっちゃなぁっ!!」
デルフはすっごく嬉しそう。
こうして、ボク達は襲撃者を退治することになっちゃったんだ。
……それにしても、『記憶の落とし子』って……何だろ?
#navi(ゼロの黒魔道士)
#navi(ゼロの黒魔道士)
「わ、わたしを置いていくというのか!?
――この身、そなたに預けると言ったはず。
本当にそれがそなたの望みなのか……?」
「え、えっとー……」
アニエス先生がこの状態で一緒に来ると、ややこしいことになるってことで、
ルイズおねえちゃんの部屋に置いていくってことになったんだけど……
「そうか――貴様がわたしのビビをたぶらかそうとしているのだな!」
「ちょ、あ、危ないでしょっ!?」
アニエス先生は、ついてくるって聞かないんだ。
ルイズおねえちゃんに剣をつきつけたりするし……
「その~――アニエス先生?ちょっと、ビビ君は外せない用事でして――」
「ならばっ!わたしも連れて行けっ!何故貴様ら青瓢箪だけが付き添うのだっ!
ビビに何かあったらどうしてくれるっ!!それとも、連れて行けぬ理由でもあるのか!?」
ちなみに、モットおじさんには、
「酷い風邪だから2~3日学院で療養させる」って言い訳をしている。
……ある意味、酷い風邪、だよね?これも……
「実は――そのとおりなんです。えぇ。ビビ君はシャイですので、自分からは言いませんが――」
ギーシュがゆっくりと、アニエス先生に説明を始める。
「ビビ君は、アニエス先生に贈り物をしたいと、で、僕達にその見立てを手伝って欲しいんだそうです。
――アニエス先生を驚かせたかったそうですので、本当は理由を黙っておきたかったのですが――」
「な、なんだと!?」
ギーシュって、こういうことにはよく頭が回るなぁって、感心してしまうんだ。
「――び、ビビ、本当なのか!?」
「え?え、あ、う、うん……」
ギーシュが目で「そうだって返事しろ」って言ってたから、そのとおりにしたんだ。
「そ、そうか――そなたの心遣いに気づかぬとはなんたる不覚っ!!」
アニエス先生がゆっくり剣をおろす。
このチャンスを逃したらもう次は無い、と思ったんだ。
「あ、あの……ボク達を信じて、待っててもらえる……?」
「今さら疑うものか!私はそなたを信じる!!」
ホッと一息をつくボク達。
これで、なんとか出発はできそうだ。
でも……恋って、こんなに疲れるものなんだなぁ……
―ゼロの黒魔道士―
~第三十三幕~ 誓いの泉 ラグドリアン湖
旅そのものは順調で、そろそろ春から夏に変わっていく風が気持ちよかった。
「しっかし、娘っ子は旅先にまで白ぇだけの本持ってくのか?」
「仕方ないでしょ!肌身離さず持つようにってオールド・オスマンもおっしゃってたし!!」
ルイズおねえちゃんは、馬車の上であの真っ白な本と、ペンと羊皮紙を片手にぶつぶつとつぶやいていた。
「四属性について――う~ん――結局、火は燃える、でしょ?風は、吹くで――」
「……なんか、そのまんま、だね……」
ルイズおねえちゃんって、頭はいいけど、こーゆーのは苦手なのかなぁ?
「姫殿下も見る目無いんじゃないの?創作性ゼロのあんたに巫女やらせるなんて――」
モンモランシーおねえちゃんがため息をつく。
モンモランシーおねえちゃんは、学院を出てからずっと不機嫌だったんだ。
「っさいわねぇっ!!『水は手違いで他人に混乱を導く』ぐらい入れてやるわよ!?」
「なっ!?言ったわね!この詩の才能ゼロがっ!」
「お、おねえちゃん達、馬車であまり暴れない方が……」
「やれやれー!もっとやれー!おもしれーぞー!」
「――次の辻はまっすぐ、だったかな――」
ギーシュは1人、馬車を操っているから、
もみくちゃになる馬車内の喧騒に加わらず、静かなまま旅を続けることができてたみたい。
ちょっと、ずるいなぁって、帽子を直しながら思ったんだ。
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朝からずっと馬車に乗って、水の精霊がいるっていう泉に着いたのは、
お日さまの頭が少し残ってるぐらいの夕方だった。
「大きな湖だね……向こう岸がほとんど見えないや……」
水面に映る赤いお日さまの影が、なんとなく神秘的で、
いかにも精霊が住んでるって感じがしたんだ。
「さーて、モンモランシー!さっさと水の精霊を呼んで、とっとと帰るわよ!」
ルイズおねえちゃんは、モンモランシーおねえちゃんの服をひっぱりながら降りてきた。
「――おかしいわ」
モンモランシーおねえちゃんは、まだ不機嫌そう……
というより、不思議そうに、首をかしげたんだ。
「よいしょっと――ん?どうしたんだい、モンモランシー?何か、変なことでも?」
馬を近くにつなぎとめてたギーシュも、
そんなモンモランシーおねえちゃんの様子に気づいたみたい。
「ギーシュ、間違いなく道なりに来たのよね?地図どおりに?」
「え、う、うん。何だい?まさか、違う湖に来てしまったのか?」
「ううん、そうじゃないの――水が、増えてる……」
水が、増える?
湖って、大きければ、海みたいに満ち潮とかあるっていうから、そういうことなのかなぁ?
「ほら、そこ。畑のための柵が、水に沈んでるし――どうなってるのよ!?」
満ち潮とかじゃないらしい。
見ると、確かに湖の中から壊れた柵がにょきにょきと、
水の深いところまで点線みたいにつながっているのが分かったんだ。
……水の精霊って、自分で家庭菜園とかやるのかなぁ……?
「つまり――水位が上がったってこと?単に気候の変動とかじゃないの?」
ルイズおねえちゃんが、何をそんなにうろたえてるのって言いたそうに、
モンモランシーおねえちゃんに視線を向けた。
「急激すぎよ!5年ぐらい前はここには村があって、農業やってて――」
「……みんな、沈んじゃったってこと?」
「おれっちが覚えてる限りじゃ聞いたこともねぇなぁ、村が沈むなんざ――」
「デルフ、あんたはなーんにも覚えてないじゃない!」
すごい大嵐でもあったのかなぁ?それとも、地震、とか?
「おんや、そこな貴族様方、何くさしてなさるでな?」
釣り道具を持ったおじさんが、後ろを通り過ぎたんだ。
「釣りなばハァ、ここさでやったらいかんべな?
ここさで釣りしてちゃぁ、水の精霊さん“また”ずべっちゃ怒りなさるでなぁ」
……何か、今重要なことを聞いた気がする。
「……また?」
「釣りなば、こっから東のバタリア丘陵の辺りがお勧めだべすて?
何ならオラはが初心者に釣り解説なばハァさせていただくべな?
初心者はまずザリガニ釣りから始めてスキルなば上げて――」
「ちょ、ちょっと!待ちなさいよ!!」
釣り解説を始めたおじさんの話を遮る形で、
モンモランシーおねえちゃんが声を上げたんだ。
「――カーボンロッドさとリトルワーム辺りで――ん?何だべすか?」
「水の精霊が怒るって、しかも“また”って何よ!?
まさか、アンタが釣りでもして――」
「そったらホデナスなことすねぇでよ、貴族様!
オラば良心的な釣り爺さんだで?いやさ、釣り好きなば噂さ聞くだけんど、
なーんでも水の精霊さんが怒りなすって、水位ば上げてるっち噂だべす。
ありゃ――ワジャームで特大のトゥルナバルウが上がった前の年なば、3年ほど前からだべす」
水の精霊が、怒る?なんか、やっちゃったのかなぁ……?
「昔の“交渉役”なば、こげなことさなったら、真面目に交渉ばしてくれたけんど、
今の貴族様はちとばかし不真面目でちーとも改善ばせんのべす――
おっと、お、オラがこげなこと言ったってのは秘密ね?貴族批判なばしてねぇべす?」
……そこまでしゃべって秘密も何も無いとは思うんだけど……
「いや、してねぇべす、とかそんなのどうでもいいのよ!
水精霊が怒るって、何があったっていうの!?」
モンモランシーおねえちゃんが、さっきまでの不機嫌さとか全部吹き飛ばすぐらいに怒ってる。
「それが分かれば苦労すねぇてなことですべ。“交渉役”様さ何もしてくれねぇべす。
ともかく、じわじわ水位ば上がって、畑の半分ば水浸しさなって村出た農民さもいるとか。
オラはも好みの釣り場さ飲み込まるわ、立ち入り禁止さなるわで悲しいべす――」
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釣り好きのおじちゃんは、その後夜釣りに最適なポイントとかを、
じーっくりと、それはもう気が遠くなるほど話してくれて、
「んだば、釣りのこと聞きたぐばオラはに任せてくんろだべす~!
オラ、この後カダーバくんだりで粘ってるすから~!」
って言って、そのまま去っていったんだ。
……趣味とか持ってる人って、好きなことを語りだすと長いんだなぁ……
「ふぁ――で?結局、水の精霊が怒ってるってのは分かったけど、
『水の精霊の涙』は入手できないわけ?」
ルイズおねえちゃんが欠伸を大きく一回して湖をもう一回見渡した。
「ほんと、もう、どうなってんのよ!
ウチが“交渉役”だった頃はこんな――」
湖が沸騰してしまいそうなぐらい、モンモランシーおねえちゃんは怒ってるみたいだった。
「“ウチが”って……モンモランシーおねえちゃん、その、“交渉役”だったの?」
「そうよっ!まぁ、正確にはウチの実家だけど――
干拓事業に失敗してお役御免になるまではしっかり勤めてたのよ、それなのに――
あぁっ!腹立たしいっ!あんな平民に馬鹿にされるような仕事では無いはずなのにっ!!」
いつもの、ギーシュが怪我したりしたときとはまた違う怒り方をしていた。
……きっと、自分のプライドとかを、傷つけられたって思ってるんだろうなと思う。
ルイズおねえちゃんも、ときどき同じような怒り方してたことがあったから……
「こうなったら、水の精霊に色々問い詰めなきゃいけないわね――」
そう言って、モンモランシーおねえちゃんが手に持っていた小さな袋から取り出したのは……
「っ!?きゃっ!?」
ルイズおねえちゃんが小さく悲鳴をあげるもの、
そして、ボクの仲間の1人だったら舌舐めずりをして喜びそうなものだったんだ。
「……カエル?……すっごい色だね……」
マスタードみたいにまっ黄色な体に、黒い斑点がポツンポツンとついているカエルだったんだ。
「そう、私の使い魔のロビンよ。可愛いでしょ?」
そう言って胸を張る姿は、ヴェルダンデを自慢するギーシュとどこか似ていて、
なるほど、お似合いの二人なんだなぁってちょっと思ったんだ。
「あ、あなたの使い魔が可愛いのは分かったから、は、早く引っ込めなさいよっ!!」
ルイズおねえちゃんが、ボクの背中で震えていた。
……もしかして。
「なんでぇ、娘っ子。カエルなんぞが苦手なのか?」
デルフがボクが思っていたことをそのまま口にする。
「う、うっさいわねぇっ!!」
……ボクじゃなくて、クイナが召喚されなくて良かったなぁと思った。
きっと、ハルケギニア中の珍しいカエルを捕まえて料理してたと思うから……
「引っ込めるわけにはいかないわよ、今から水の精霊と“交渉”するんだから――
ギーシュ、ちょっとロビン持ってて」
「ん?あ、あぁ、了解」
モンモランシーおねえちゃんは、ギーシュにロビンを抱かせておいて、
懐から取り出した針でちょんっと自分の指先をつついて血を出した。
……ちょっと、痛そうだなぁ……
「ロビン、分かってるわね?水の精霊に粗相のないようにね?」
ロビンがモンモランシーおねえちゃんの血を、長い舌ペロンッと出して舐めとると、
「ケロッ」と軽く鳴いて湖に飛び込んだんだ。
「後は相手がこちらを覚えていてくれれば、姿を見せてくれるはずよ。
まあ誓約の水精霊が忘れているはずはないと思うけど、実家が失礼なことをしでかしているから、怒って出てきてくれない可能性はあるわね」
「――つまり、確率は5分ということかい、モンモランシー?」
ギーシュがロビンを触って少し濡れた服を払いながら聞く。
「頼りになるんでしょうね、あのか、カ――使い魔はっ!」
……ルイズおねえちゃん、『カエル』って言うのも嫌なのかなぁ……?
「5分より悪いかも。今の“交渉役”も失礼なことしてそうだし――」
モンモランシーおねえちゃんが深くため息をつく。
「なんでぇ、頼りねぇな、巻き髪の嬢ちゃんよ。
無駄足に終わんのは嫌だぜ?まぁおれっちに足は無いけど」
「――いや、大丈夫のようだよ?」
モンモランシーおねえちゃんがデルフの失礼な言いっぷりに反論しようとしたとき、
湖の表面が、虹色にゆらゆらとゆらめいたんだ。
虹色って言うけど、空にかかるような虹の色とは全然違っていて、
なんて言ったらいいんだろう……思いつく限りの鮮やかな色をお鍋に入れてかき混ぜた色、かな?
目にまぶしかったけど、どこかで見たような、ちょっと懐かしくなるような、そんな光だったんだ。
その光の膜が水面からにゅぅっと盛り上がって、虹の珠みたいな形になる。
「コホン――私はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、古き盟約の一員の家系よ。
蛙につけた血に覚えはおありかしら。覚えていたら、私たちに判るやり方と言葉で返事をちょうだい」
モンモランシーおねえちゃんが咳払いをして、かしこまった言い方で返事を求めると、
虹色の球体はグネリグネリと雲が形を変えていくように上に伸びてきて、
だんだんと、女の人の姿になっていったんだ。
綺麗な、女の人。
ギーシュが思わず「ほぅ」ってうなったら、モンモランシーおねえちゃんに肘うちを当てられてた。
……変なところに当たっちゃったみたいで、すごく苦しそうにうずくまってる。
「覚えている。単なる者よ。貴様の体を流れる体液を、我は覚えている。貴様に最後にあってから、月が五十一回交差した」
虹色の綺麗な女の人が、水がお鍋で揺れるときのような響きをもった声でしゃべる。
なるほど、この人が水の精霊なんだ。
「良かった――それで、少し“交渉”したいのだけれど――」
「それはかなわぬ」
モンモランシーおねえちゃんの切り出しを、あっさりと、
『リフレク』で魔法を跳ね返すよりもあっさりと、水の精霊は跳ね除けてしまった。
「ちょ、ちょっとちょっと!?どういうことよ!?わ、私の実家の失態なら詫びるから――」
モンモランシーおねえちゃんが焦って食い下がる。
「それもある。しかし、今、我はお前たち単なる者を相手にできんのだ」
そう言いながらズズズと溶けるみたいに水に戻ろうとする精霊。
……ちょっと、人が溶けてるみたいで気持ち悪かったのはナイショだ。
「待ちなさいよっ!!さっきから聞いてれば!私はねぇ、遥々来たのっ!
それを“相手にできない”の一言で下がられちゃ困るのっ!」
ルイズおねえちゃんが、叫ぶ。……ボクの背中の後ろで。
ロビンが戻ってきたから、前に出れないみたいだ。
「相手にできん者は相手にできん。――ほう。だが懐かしき顔がいるな」
水の精霊がルイズおねえちゃんを睨もうとして、表情を変えて溶けるのを止めた。
「『記憶の落とし子』か。久しいな。最後にあったのは、月が七万は交差する前だったか」
そしてまた、女の人の姿に戻っていく。
「……『記憶の落とし子』?え、ま、まさかボクのこと!?」
月が七万って……どれくらい昔のことかは分からないけど、
少なくともボクは水の精霊と会ったことなんて一度も無いはずだったんだ。
「『記憶の落とし子』よ、お前が望むならば“交渉”に臨もう。
だが、今は単なる者の襲撃を受けておる。よって日を改め――」
「――しゅ、襲撃?何者かに襲われているのですか?」
ギーシュがまだ痛そうにしながら立ち上がりつつそう聞いた。
「単なる者よ。我は貴様等の同胞に襲撃を受けている。我は水位を増やすことに手一杯で、襲撃者への手が回らぬ」
水の精霊を襲う人達がいるってこと?……何か、意味があるのかなぁ……
「――つまり、そいつらを捕まえれば“交渉”してくれるってわけね?」
ルイズおねえちゃんが、ロビンを見ないようにしながら、水の精霊と視線を合わせる。
「良かろう。単なる者よ。懐かしき顔に免じ、そのときは“交渉”に臨もう」
……「捕まえる」って、え、まさか……
「ちょ、ちょっとちょっと!?さっきから“交渉役”越えて何勝手に話を進めて――」
「ビビっ!やるわよっ!?」
「……やっぱり……」
嫌な予感はしたけど、やっぱり、ボクたちでなんとかしなきゃいけないみたいだ。
「けけけ!やっぱおれっちの活躍の場がなくっちゃなぁっ!!」
デルフはすっごく嬉しそう。
こうして、ボク達は襲撃者を退治することになっちゃったんだ。
……それにしても、『記憶の落とし子』って……何だろ?
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