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#navi(ゼロの黒魔道士)
「ルイズおねえちゃん、洗濯してきたよ~……」
誰かに、何かがあっても、また朝が来る。
世界はボクたちが小さく見えるくらい、そのまんまなんだなぁって思うんだ。
「ん、御苦労さま。ちょっと待ってね。今日の予習終わらせちゃうから」
変わるのは、人の方なんだと思う。
少なくとも、帰ってきてからのルイズおねえちゃんは、
自分で起きるようになったんだ。
「ダハハ!娘っ子も成長したわな!おれっちもうれしいぜ!
もう『サンダー』だの『ブリザド』だの目覚まし代わりにやられちゃたまんねぇしな!
――まぁ、ちっとさみしい気もすっけど」
「あら?じゃぁもうちょっと寝てようかしら?」
「いや、それはマジ勘弁、ごめんなさい」
お城でお姫様に報告したときに、何があったかは知らないけど、
『無理せず頑張る』っていうことを心がけるようになったみたい。
早寝早起きはその一環らしい。
とっても健康的で、いいことだと思うんだ。
「――えーと、火魔法の定義式がこうだから、発火プロセスは――
――んー、よしっ!それじゃ、朝ごはんに行きましょうか」
「うんっ!」
目覚めた朝はいつも喜びを願うんだ。
今日もいい日でありますようにって。
だから、今日もいいことがあるといいなぁって願いながら、ドアを開けたんだ。
―ゼロの黒魔道士―
~第三十幕~ 来訪者
「ハハハ、成長もしなくては、と思うさ、そりゃね!」
「……そうなの?」
お昼休みのヴェストリの広場。
太陽が真上に来るようになってきたなって思う。
ルイズおねえちゃんは、ちょっと調べ物ということで今は図書室だ。
「そうさ!――まぁ、僕の場合は、大して役に立てなかったという自覚があるからね、どうしても」
腕立て伏せをしながら、ギーシュが言う。
昨日よりも長く続いてる。
「え……『大活躍』って、みんな言ってるけど?」
ルイズおねえちゃんも、自分の役目はしっかり果たしたと思うし、
ギーシュは学院中の噂になっていた。
「千人の傭兵を退けた策士」とか「炎の中立ち上がる青銅の騎士」とか――
なんか、とっても大袈裟な噂だなぁとは思ったけど……
「実際のところね、僕は後ろで怯えてただけだよ。
二人のレディのフォローをするので精一杯、とてもじゃないけど活躍とは言えなかった。
――挙句、途中で精神力も体力も尽きてしまったしね。まだまだタダのドットメイジさ」
ギーシュは、そう言って謙遜する。
んー、でも、キュルケおねえちゃんやタバサおねえちゃんに聞いた話では、
「悪くなかった」とか「意外とやる」って言ってたし、
活躍してなかったわけじゃないと思うんだけど……
「――さてと!本番と行こうか!
まだまだ、強くならなくてはね!薔薇として、世界中の女性を守るために!」
「……うん!」
でも、やっぱりギーシュはギーシュだなと思いながら、デルフを構える。
ボクとギーシュは、昼休みはこうして実戦形式で訓練するようになったんだ。
ボクは、攻めるときも冷静に対処できるようになるため。
ギーシュは、ワルキューレと傭兵が戦ってるときに違和感があったっていうことで、
戦闘時の動きをもう一度自分の体にたたきなおすためって言っていた。
あと、体力をつけるためとも言っていたなぁ。
「へっ今日も返り討ちにしてやらぁ!」
「デルフ、今日こそは君をへし折ってやるぞ!」
「……あ、あのさ、二人とも、あくまでも訓練、だからね?」
訓練だし、木刀の方がいいとも思ったんだけど、結局こうしてしっかりとした剣を構えている。
ギーシュは『真剣を振るだけでも筋力トレーニングになるしね』って言っていた。
『いいでありますか、ビビ殿!そもそも木刀を実戦で使うものですかな!?
訓練は訓練、それは認めましょうぞ!しかぁし!しかしでありますぞ!
怪我を恐れる実戦がどこにありましょうか!
武器に慣れずしていかんとするのでありましょうか!
訓練だからこそ、真剣!これは鉄則であります!
真剣だからこそ、文字どおり真剣に取り組めるのでありますぞ!』
『おっさん、ダジャレかよ……』
『ぬぬ、ジタンは黙っているのである!!
ともかく!己の武器に親しみ、筋力を鍛えるためにも!
子供のチャンバラの木刀などではなく!
断じて訓練は真剣なのであります!!』
ってスタイナーおじちゃんが言っていたのを思い出す。
確かに、最初から完全な状態で訓練した方が、動きがいいもんね、と思うんだ。
「てやぁっ!」
「そこっ!」
「甘ぇぞギーシュ!」
「なんのっ!」
キンキンキンッと金属が触れ合う音が響く。
ちなみに、ギーシュの持っている剣は自作のもの。
訓練用だから、刃は潰してあるけど、重さはしっかりある。
ギーシュにしてはシンプルな形だけど……
やっぱり、宝石を埋めこんだりしてる。
ちょっとだけ豪華な感じがするなと思う。
デルフも、自分をサビサビにした能力を使ってもらって、刃を少し鈍くしてある。
……水メイジの人に何回も頼っちゃ、怒られそうだしね。
ギーシュの恋人、モンモランシーおねえちゃんに何度も睨まれちゃった。
擦り傷程度だったんだけどなぁ……
「えぇいっ!」
フェイント攻撃を避けて、下から振り上げるようにデルフを掲げる。
「今だ!新必殺!ギーシュ・ロォォォォォール!!」
それを自分の体ごと回転させて振り払いつつ攻撃しようとするギーシュ。
「そこぉっ!違うっ!!」
「え?」
「な!?」
突然、ヴェストリの広場に広がる大声。
それは、どこかで聞いたものだったんだ。
「――回転受けなど、見場が良いだけの大道芸技だ!
第一、今の流れで敵から視線を逸らすなど、格好の的になるだけだぞ!」
声の主が、ツカツカと近づいてくる。
「おおぅ、こないだの怖ぇ姉ちゃんじゃねぇの!」
「アニエス先生!?」
それは、トリスタニアで会ったアニエス先生だったんだ。
「――奇妙なところで会うな、ビビ」
相変わらず、ちょっとキツそうな感じがする人だなって思う。
「――おいおいおい、ビビ君!このような美人とどこで知り合ったんだい!?」
ギーシュがちょんちょんって持ってる剣でつついてくる。
「む?なんだ、この優男は?」
「いたた……あ、えーと、ギーシュって言って……」
「お初にお目にかかります!ギーシュ・ド・グラモンと申します、是非貴女のお名前を――」
「グラモン?グラモン元帥の縁者か?」
「えぇ、不出来な四男坊ではありますが!」
……ギーシュが急にイキイキとしてくる。
女の人の前で元気が出るって、なんかそこはジタンっぽいなぁって思うんだ。
「なるほど、かの有名な軍門のな――それで、ビビと共に訓練をしていた、というわけか。メイジのクセに」
「ハッハッハッ!今の僕はまだ教わることばかりですよ!
えーと、先ほどビビ君は『アニエス先生』と呼んでいたようですが――?」
「――名乗らんのは失礼か。うむ、アニエスと言う。『先生』、はまぁ少々剣の指導を行うこともあってな」
「え!?こんなに美しい人が剣を!?これは意外だなぁ~!花束をお持ちになるのがお似合いの可憐な方なのに!」
ギーシュって、女の人としゃべるときと、ヴェルダンデを自慢するときはすっごく口が動くなって思う。
とてもじゃないけど真似できそうにないや……
「そんで?なんで姉ちゃんが魔法学院に来てやがるんでぃ?」
「うむ、少々、正職にありつけてな、それで――」
「――アニエス君!勝手に行かないでおくれよ!まったく!」
アニエス先生が来た方向からゆったりとした足取りで、男の人がやってくるのが見えた。
「ん?おや、グラモン伯爵のご子息、ギーシュ君と一緒だったか!もうアニエス君に目をつけたのか?
流石はグラモン家の一員だね!だがこの女性は私が誘っても剣であしらう難物だぞ?」
ニヤリと笑いながら、そのおじさんは言う。
「――まだこれからお誘いするつもりでしたよ、モット伯!すると、この方はモット伯の預かりですか?」
このおじさんはモット伯って言うらしい。
何となく、油っぽい人だなぁって思う。
「そうであってくれたら色々できるんだがねぇ。あんなこととか――」
顎をなでながら、モットおじさんは言う。
「セクハラ発言は、上官に報告いたしますが?」
それを冷たい目でにらみつけるアニエス先生。
「おぉ、怖い怖い――というわけで、彼女は残念ながら、王宮からつけられた、警護という名の見張りだよ。
キナ臭くなってきたからね、王宮の行き帰りにはなるべく護衛をつけろとのお達しさ」
キナ臭くなってきたって……
「ということは、やはりレコン・キスタが?」
「……え……トリステインに、攻めてくるって、こと?」
ウェールズ王子が止めたのが、無駄ってことじゃないって思いたかった。
そうじゃないと……悲しすぎるから。
「そう、そのように見ている者もいるわけだ。
レコン・キスタは、その成立ちからいって攻め続けねばならない。
――だが、私のように、楽観視している者が多数派だがね」
「……え?え?えーと……どういうこと???」
なんか、頭がこんがらがりそうなややこしい話だった。
攻め続けなければならないとか、楽観視できるとか……どういうことだろ?
「ハハハ、小さい子には難しいかね?――よかろう、ギーシュ・ド・グラモン君!
ちょっとした思考訓練だ、この少年に理由を説明してあげなさい!
軍門の家に生まれたならば、それぐらい分かるだろ?」
モットおじさんは、そのカールした髭をピンッと伸ばしながらギーシュに聞いた。
「え!?えーと――レコン・キスタは――
えーと――その成立理由が、『聖地奪還』だから――
そのための『ハルケギニア統一』を旗印にする限り、攻め続けなければならない?」
つっかえながらも、しっかり答えるギーシュ。
こういうところは、やっぱりしっかりと貴族の家の子なんだなぁと感心する。
「そう、それがいずれレコン・キスタがトリステインに攻め入る理由。
では、私をはじめ、多くのトリステイン貴族が楽観視している理由は?」
「むむむ?むぅ――か、簡単な答えなんですか?」
ギーシュはこめかみをおさえて真剣に考えている。
「非常に、ね。多くの兵を動かすことと、強大な軍を動かすこと、それぞれに必要なことを考えればいい」
ボクもこめかみをおさえて考えてみたんだ。
いっぱいの兵と、強い軍を動かす……頭の中で、スタイナーおじちゃんの大群が歩いているのが浮かんだ。
……なんか、カシャンカシャンうるさいや……
「――あ、そうか!大義名分、ですか!?」
少し間があって、ギーシュが大声をあげる。
「そう!半分正解だね!君の言うとおり強大な軍を動かすためには理由がいる。
アルビオンには――いくらか醜聞もあり、それが追い風となった。
だが、我らがトリステインには――かの反逆者共が攻め入る明確な理由が無いというわけだ」
理由かぁ……うん、スタイナーおじちゃんの大群が理由も無く暴れたりしないもんね。
「えーと――もう半分は――すいません、お手上げです」
ギーシュが諦めた声を出す。
「ふむ、まだ若いからかな?もう一つはもっと単純なんだが――
ズバリ、もう半分は『金』さ」
モットおじさんは右手で輪っかをつくってニヤリと笑った。
「……お金?」
「そう、金さ。結局、戦争も金次第。これが偽らざる本音でね。
レコン・キスタには連戦に耐えうるだけの資金力は無い、と見られている」
お金で、戦争?……なんか、嫌だな、そういうのって思った。
「しかし、所詮内乱だったわけですし、王宮の財宝もそれなりにあったのでは?」
ギーシュが反論する。
「トリステインの諜報部によると、反乱側は武器商人に多額の資金を支払ったそうだ。
異例とも言える王軍打破はその武器商人おかげという噂だよ。
――なんでも、ガリアからゲルマニア辺りで暗躍する武器商人らしい。
なんとも恥知らずなことだよ」
モットおじさんはふんっと鼻息を吐いた。
「まぁ、それはさておき――兵糧という問題もある。
兵とて人だから、食わねばならない。アルビオンは農業的には貧しい国だからね、
兵糧を外から買わねばなるまい。その金もまた問題となる。
――売る恥知らずがいるかどうか、だが」
お腹が減ってたら、やっぱり戦えないよね、とここだけはすごくよく分かったんだ。
「よって、レコン・キスタが来るとして、自力での兵糧確保、すなわち秋小麦収穫後――
これが多数の見方というわけだ。ギーシュ君、もっと勉強したまえよ!」
「は、はい――面目ないです」
ギーシュが恥ずかしそうに頬をかく。
でも、ボクから見たら、それでもすっごいと思うんだ。
ボクは、何にも思いつかなかったから。
「――モット伯、オールド・オスマンがお待ちでは?」
「おぉ、そうだった!それでは、若人諸君、勉学にはげみたまえ!」
アニエス先生にうながされて、モットおじさんはその場を立ち去ろうとしていたんだ。
「モット伯――わたしが同行する必要は?」
「ん?いや、無いが?」
アニエス先生の言葉に、モットおじさんがきょとんとする。
「――では、わたしは、彼らといたいのですが――
彼らの剣の稽古、なかなか興味深かったですので――」
小さく、ほんのちょっと小さくアニエス先生が笑ったのが見えた。
「ほほぅ?これはこれは、流石はグラモン家のご子息!もう女性を引き付けるとは!
――いいだろう!では、また後でな」
モット伯は豪快に笑いながらその場を去っていったんだ。
「――さて、そこの青瓢箪、ギーシュと言ったか?」
モット伯が立ち去った後、アニエス先生がまとった空気が急に険しく、
まるでベヒーモスぐらい重々しいものになっちゃったんだ。
「――え?えぇ、ギーシュと言いますが、ど、どうなさいました?」
アニエス先生が、腰元の剣をシュラリと抜く。
「――よくも、よくも先ほどはわたしを女人と侮ってくれたな?」
ギロリ、とギーシュを睨むアニエス先生。
「え?え!?えぇぇ!?い、いつ貴女をたばかりましたか!?」
「たわけ!!何が『花束をお持ちになるのがお似合いの可憐な方』だ!!
そこへなおれ!わたし自身が貴様を鍛えてくれようっ!!」
ボムが自爆寸前の空気、そんな修羅場って感じの空気が、あたりを覆ったんだ。
「――あぁ、これ、ギーシュの野郎、死んだな」
「……モンモランシーおねえちゃん呼んだ方がいいかなぁ……」
その後、午後の最初の授業が終わるまで、
ギーシュはアニエス先生にこってり絞られたんだ……
―――
ピコン
ATE ~策士、策に~
常に、歴史を動かしてきたのは女だと言われるそうだ。
女には、策を練る力があり、さらにそれを実行に移す度胸もある。
彼女、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、
二つ名を『香水』という彼女も、そうした女の一人だった。
まず、彼女には能力があった。
それは特に、秘薬に関するもので、
小遣い稼ぎと己の知的好奇心を満足させるため、
コツコツかせいだ金で禁制の秘薬を作るなど、
彼女には朝飯前だった。
次に、彼女には動機があった。
それは、彼氏、ギーシュ・ド・グラモンに関するものだ。
ある事件の後、彼の浮気癖は治ったものと思っており、
安心していたのだが、それがそもそもの間違いだった。
つい先日の休学と帰還、それが姫殿下直々の依頼によるものと、
噂は荒れ野の火事よりも速く広まった。
彼の活躍の噂と、それに対する謙虚な姿勢は、
彼女としても評価を高くし、惚れ直させるには充分なものであったが、
それは同時に、彼の新たな人気を産むこととなった。
ファンクラブが新たに設けられ、
後輩・先輩問わず、多くの女子が参加していると聞く。
そのような状況にあり、彼女は眠れぬ夜を過ごしていた。
今の彼は彼女を大切にしてくれている。
一番だと言ってくれている。
だが、いつ彼の浮気癖が戻るとも限らない。
現に、今日の昼、鎧甲冑を身にまとった女に、
鼻をだらしなく伸ばしていたではないか。
彼女は、行動を決意した。
最後に、彼女にはチャンスがあった。
放課後の一時、夕食前の気だるい時間。
ワインを片手に、彼女は彼と語り合っていた。
話題は他愛のない愛の語らい。
いつもと同じ「君が好きだよ」「私もよ」の繰り返し。
その幸せいつ崩れるかもしれないという恐怖と、
持ち歩いていた秘薬の効果の確認をしたいという欲求。
そして、今目の前に彼がいるという頃合い。
日頃練っていた策を実行することに必要な要素は、
全て出揃っていた。
「あぁ、モンモランシー!傷ついた僕には君が必要なんだ!」
「えぇ、そうね、ギーシュ――」
静かに、静かに機会を伺うモンモランシー。
左手に隠し持った瓶の中、液体が揺れる。
「あぁ、しかし、今日は参ったよ!まさか女性にあそこまでやられるとは――
しかし、美人なのに剣の強い人だったなぁ――」
その言葉に、腹をくくる彼女。
機会は待つのではない、作るものだ。
カシャン
静かな音を立て、割れるグラス。
「わ!?モンモランシー、大丈夫かい!?」
「――だ、大丈夫よ。ちょっとひっかけちゃったみたい――」
さりげなく、ギーシュのグラスを割る。
それが、機会を産み出す。
「グラス、割れちゃったわね。新しいのをもらってくるわ」
普段ならば、メイドの一人でも呼び付ければ済む用事。
それを、わざわざ自分でやる。
策は、八割方なっていた。
「ごめんなさいね、中座して――」
新たなグラスに既に入っている別の液体が見えぬよう、
ワインを素早く注ぎ入れる。
「いやいや、君に怪我さえなければそれでいいよ――」
そのグラスを受け取り、掲げるギーシュ。
策が上手くいくことに、不安と期待が入り混じった歪んだ笑顔が浮かぶ。
「……あ、いたいた、ギーシュ!」
「おや?ビビ君――それにアニエス先生も!?」
障害は、ふいに訪れるものである。
今まさにグラスに口をつけんとしたところで、
最近ギーシュと仲の良い使い魔の少年と、
今日、策を決行させる決意を起こさせた女剣士がやってきた。
「うむ――思いのほかモット伯とオールド・オスマンの話が弾んでおるようでな――
あれはセクハラ談議にも程があるぞ、まったく――」
ブツブツとつぶやく女剣士の苦渋の表情から鑑みるに、
オールド・オスマンが、ミス・ロングビルを失ってからの鬱憤を、
猥談で晴らしている様子がありありと想像できた。
モット伯もそうした話題を好むとモンモランシーは聞いていた。
だが、今の彼女にそんなことはどうでもいい。
今すぐ、邪魔者には立ち去ってもらいたかった。
「ハハハ、それは災難ですね――
気晴らしに、ワインはいかがです?まだ口はつけておりませんが――」
もし運命を司る精霊がいるのならば、とんでもなく意地悪だ。
モンモランシーはそう痛感していた。
よりにもよって、策を弄したそのグラスを、目の前の、邪魔な女に飲まれる。
止めなければ――
「あ、え、ちょっと!ギーシュ――」
「ふむ、言葉に甘えるとしようか。暑くなってきて喉がすぐ乾いていかんな――」
「それでね、ギーシュ、放課後の特訓もアニエス先生来てくれるって言うんだけど……」
「あぁ、それはいいね――今度は、お手柔らかに――」
遮られる、静止の叫び。
あけられていく、赤い液体。
まずい。
今、この邪魔女が異性と、ギーシュと目合わせたら、全てが終わる。
策を練ってきた女の頭が、急スピードで回転する。
そして弾きだした答えは、あとになって考えると実にばかばかしいものだった。
「あ、裸のお姫様が空飛んでる!」
実に、突拍子もない叫び。
何故こんなセリフが飛びだすのか。
しかし、それが思いもよらぬ効果を産む。
「え、どこどこっ!?」
彼氏が、ギーシュが少々頭の足りない人で良かったと安堵する。
少なくとも、この瞬間はギーシュの目を、邪魔女から逸らすことに成功したわけだ。
後は、この邪魔女を遠ざける方法を――
「――そんなもの、見えたか?ビビ?」
「……???ううん、ボクには何にも……」
目を合わせる、邪魔女と使い魔の少年。
運命を司る精霊がいるのならば、とんでもなく意地悪だ。
モンモランシーはそう痛感していた。
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