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「とある魔術の使い魔と主-29」(2009/10/11 (日) 16:22:41) の最新版変更点
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ルイズは魔法学院の東の広場にあるベンチに腰かけて、一生懸命何かを編んでいた。
時刻は昼休み、食事を終え、ぽかぽかの陽射しが降り注ぐ。ふわ~と小さい欠伸が出てきて眠くなった。
休憩を兼ねて手を休ませ、『始祖の祈祷書』をパラパラっと眺める。最初は何か書かれているものだと思ったが、
何も書かれていない。おかしいぐらいに何も書かれていない。
一体どうやってこれから姫の式に相応しい詔を考えなければならないだろ? と思うとため息が吐き出される。
しばらくして、まあいっかと気持ちを切り替えて、自分の作品の出来栄えを見る。
そこには、よくわからない作品があった。いや、彼女自身はセーターを編んでいたつもりだったのだが、
どこかで間違えてしまったようだ。と言い聞かせる。
そうは言っても現実は変わらない。失敗の作品は失敗である。
自分の不甲斐なさに、ショックを感じて再びため息が吐き出される。
周りの同級生達は魔法を使ってゲームをしていた。その楽しんでる姿を見て胸が苦しくなる。
(どうしてわたしは何もできないのだろ……)
当麻に助言を与えられても、不安は拭い切れない。
ルイズは、当麻にご飯を与えていたメイドの顔が思い浮かんだ。当麻は、ルイズにばれていないと思っていたようだが、彼女の目ははっきしとその光景を見ていた。
あの子はご飯が作れる。キュルケには美貌がある。自分は一体何があるのだろう?
当麻に言わせたら、「貧乳」とか「可愛い」とかきっと答えるに違いない。もっとも、ルイズが聞いたら怒るに違いないが。
どうしようかなぁ……と物思いにふけっていたら、ルイズの肩を誰かが叩いてきた。振り返るとキュルケが立っていた。
ルイズは目を大きく開き、慌てて『作品』を始祖の祈祷書を使って隠す。
「ルイズ、なにしてるの?」
ニヤニヤとキュルケは笑っている。どうやらばれているようだ。
しかし、ルイズはそんな事などわからずに嘘を突き通す。
「み、見ればわかるでしょ。読書よ、読書」
「でもその本何も書かれていないじゃないの」
「これは、『始祖の祈祷書』っていう国宝の本なのよ」
「なんでそんな国宝をあなたが持ってるの?」
ルイズは仕方なくキュルケに一から説明した。
アンリエッタの結婚式で自分が詔を詠みあげて、その際この『始祖の祈祷書』を用いる事、を。
「へぇ~、まあアルビオン新政府は不可侵条約をもちかけたそうだし、これもあたしたちのおかげかしら?」
キュルケは何となく察していたようだ。自分達の任務が、今の情勢に影響を与えていた事を……。
ルイズは少し面食らったように驚いたが、
「誰にも言っちゃダメなんだからね」
と言うだけであった。
言わないわよ、と答えると、キュルケは話題を変える。
「それで、話は変わるけどさっきまで何を編んでいたの?」
ビクッとルイズの体が震える。どうやら本気で隠しきれると思っていたようだ。
「な、何も編んでないわ」
「編んでた。ほら、これ」
そう言って、キュルケは始祖の祈祷書の下からルイズの作品を取り上げた。
「か、返しなさいよ!」
慌ててキュルケの手から取り返そうとしたが、片手一つで押さえられてしまった。
「こ、これなに?」
あまりの出来具合に、キュルケはポカンと口をあけてしまった。なんというか新しい時代を感じてしまう。
「セ、セーターよ」
ジタバタ手を動かすがキュルケに掠りもしない。
「セーター? ヒトデのぬいぐるみにしか見えないわ。それも新種の」
「そんなの編むわけないじゃないの!」
ルイズは必死にもがいて、なんとか編み物を取り返すと、恥ずかしそうに俯いた。
「あなた、そのセーターをどうするの?」
「あんたに関係ないじゃない」
「じゃあ当ててみようか?」
キュルケは、再びルイズの肩に手を回すと、顔をすぐ目の前へと近づける。
「使い魔さんに編んでいるのでしょう?」
「あ、編んでないわよ! ばかね!」
ルイズは、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「あなたってほんとにわかりやすいのね。どうして好きになっちゃったの? どうして?」
「す、好きなんかじゃないわ。好きなのはあんたでしょ。あんなバカのどこがいいのかしらしんないけど」
ツン、とそっぽを向く。ホントにわかりやす過ぎて、キュルケは内心笑ってしまった。
「あのねルイズ。あなたって嘘をつくとき、耳たぶが震えるの。知ってた?」
ルイズは、はっとして耳たぶをつまんだが、震えていなかった。すぐにキュルケの嘘に気付き、慌てて手を膝の上に戻す。
「と、とにかく、あんたなんかにあげないんだから。トウマはわたしの使い魔なんだからね」
キュルケはまってましたと言わんばかりに、にやっと笑った。
「独占欲が強いのはいいけれど、あなたが今心配するのは、あたしじゃなくってよ?」
「どういう意味よ?」
「ほら……、なんだっけ。あの厨房のメイド」
ルイズの目が吊り上がった。
「あら? 心当たりがあるの?」
「べ、別に……」
そうは言っても視線が泳いでいる。キュルケは手をルイズの肩から離した。
「今、部屋に行ったら、面白いものが見られるかもよ?」
言うや否や、ルイズはすくっと立ち上がった。
「好きでもなんでもないんじゃないの?」
楽しげな声でキュルケが言うと、
「わ、忘れ物取りに行くだけよ!」
ルイズは怒鳴って駆け出した。
一方の当麻は、部屋の掃除をしていた。慣れた手つきでテキパキと綺麗にしていく。
前日の夜に至っては、ルイズは洗濯をすらしていた為、当麻の仕事が少なくなってきたのである。
さらに、ルイズの部屋にはもともと物があまり置かれていない。なので、掃除はあっという間に終わってしまった。
「さてと、特に不幸は起きずに……うぉぉぉおおお」
神さえも殺せる上条当麻に、今日も平和に過ごせるわけがない。
ドシーン! と本棚が何の予告もなしに倒れてきた。バサバサッ、と本が無造作に散らばる。
「……訂正、不幸指数百ってところですな」
なにもない部屋ではあるが、本棚にはぎっしり積められているので、その量は半端ない。
それでも、本棚に押し潰されないのは不幸中の幸いだろうか?
「しっかしまあ……何を読んでるんだ?」
当麻は散らばっている本の一つのを取り上げるとそれをパラパラッとめくるが、
日本語しかできない当麻になんて、もちろん読めるわけがない。
「いやまあ普通に考えてそうだよな……ってあれ?」
じゃあなんで俺たち普通に話してんだろうな、と思っていると、コンコンとドアを叩く音が耳に入った。
「あー、あいてるぜー」
ドアを叩くということはルイズではない。こんな所にわざわざ来るのはキュルケかなぁ~などと思っていると、
「し、失礼しま~す」
扉からシエスタがひょっこりと現れた。
ドキッと当麻の心臓が激しく鼓動する。昨日の事を思いだしたからだ。
「シ、シエスタ……?」
「うわっ! ど、どうしたんですかこれ!?」
この悲惨な惨状に、シエスタは驚きの声をあげた。
「いや不幸属性っていってもわからないよな」
「ほえ? あ、手伝いましょうか?」
ホントに? と聞く当麻に、はい、と満面の笑みを浮かべてシエスタは頷いた。
「ホントはご飯を食べて貰おうと思ったのですが……」
「うお、サンドイッチじゃないですか! それなら片付けアンド飯食べれるの一石二鳥じゃん」
シエスタが手に持っていた銀のお盆の上には、沢山のサンドイッチがずらりと並んでいた。
当麻はひょいとそのうちの一つをとると、口に放り込んでみる。
しっかり噛み締め、味を確かめる。
「おお、うまいぞこれ!?」
「ほんとですか!?」
シエスタの顔がパーッと輝く。
「ああ、後でレシピ教えて貰ってもいいかな?」
「え? トウマさんって料理作るのですか?」
意外そうな目で見られてちょっと当麻は自慢したい気分になる。
「まあなー、飯は基本自炊してたしな。といってもそんなにうまくないけど」
「それじゃあ今度厨房で教えてあげますね」
と言いながら、シエスタは散らばっている本を整頓し始めた。
当麻も慌てて作業に取り掛かった。
「そ、そういえばトウマさん!」
「ん?」
「この前のお話はありがとうございました! とっても楽しめました」
「ん、ああ」
適当な返事を返すが、実は緊張している当麻である。
(やっぱりあれ……冗談じゃないんだよな?)
今まで告白をされた事のない当麻にとって、先のできごとは冗談だと信じたかった。
それでも、体は素直であるといっていい程ガチガチに震えてはいるが。
「はい、特にあれがよかったです! ひこうき!」
「飛行機?」
「そうです! 魔法ができなくても空が飛べるってすばらしいわ! つまり、わたしたち平民でも鳥みたいに自由に空を飛べるってことでしょう?」
「まあなー、空を飛びたいから作られた乗り物だから、ここでもできると思うけど?」
「ここには魔法がありますから……」
そういうと、手をもじもじし始めた。顔をちょっとずつ赤くなっていき、はずがしがっている。
どうやら口にするべきか悩んでいるようだ。しかし、小さな手を胸にあて、一回深呼吸をすると、シエスタは身を乗り出してきた。
「あ、あのね? わたしの故郷も素晴らしいんです。タルブの村っていうんです。ここから、馬で三日くらいかな。ラ・ロシェールの向こうです」
ぴくりと当麻の体が動く。待て、この展開はなぜかわからないけど凄く予想ができちゃうんですけど!?
「なにもない、辺鄙な村ですけど……、とっても広くて綺麗な草原があるんです。春になると春の花が咲いて、夏には夏の花が……。今頃きっと綺麗だと思います」
シエスタは遠くを見るような目で、頭上を見た。
そして、当麻の方をちらりと見ると、手をもじもじさして頬を赤くする。
「あ、あの……当麻さん?」
わかる。次の言葉が予想できてしまう自分がなんか悲しい。いや落ち着け。もしかしたらがある。
「どした?」
「その……、よかったらわたしの村に来ませんか?」
わかっていた。この展開はこれしかありえない、と。
しかし、それでもだ。
「ええええええ?」
わかっていても、こんな漫画ちっくな展開ないだろーと感じてた部分もあった。だから、結局は驚いてしまうのである。
「大丈夫かなーシエスタ」
「大丈夫、大丈夫。私たちが全ての事態を想定して叩き込んだんだから!」
やっぱり犯人はこの二人であったりする。
「あのね、今度お姫さまが結婚なさるでしょう? それで特別にわたしたちにお休みが出ることになったんです。でもって、久しぶりに帰郷するんですけど……。
よかったら遊びに来てください。トウマさんに見せたいんです。あの草原、とっても綺麗な草原」
「あーいや、行ってみたいけどさ……」
でも俺使い魔だからいけないなー、と言う前に、シエスタはこちらに近づこうとした。しかし、一冊の本に躓いてそのまま当麻の体に倒れ込む。
「わっわっ!?」
「っとと……」
突然の事態に、当麻もそのままベッドに押し倒される。
シエスタの息が地肌に感じる距離まで接近した。意識をしていなくても、二人の顔が赤く染まり、視線を逸らす。
当麻はシエスタが立ち上がるのを待とうとしたが、
その前に、最高のタイミングでルイズが部屋に入ってきた。
固まる三人。沈黙が場を支配しているのだが、なぜかピキリという音が聞こえた感じがした。
「なにしてんのよあんたたち」
ルイズの声が、体が震えていた。表情が無表情だから余計に怖い。
「いや、えーっと……」
「人のベッドの上でなにをしようとしたの?」
「なにもしていませんルイズ様」
「そりゃあこれからやる予定だもんね」
「あー違うのですよ。落ち着いてくださいルイズ様。別にわたくしたちはやましいことなど考えておりませんよ」
「あ、あら? そうでしたっけ?」
ここにきて、シエスタが会話に参加してきた。
話をややこしくしちゃダメだー、と泣きたくなる当麻。何と言うか、ルイズの背後にオーラが漂っている。
「わたしは別に構わなかったですけど……」
ビキィ! とルイズのこめかみからよろしくない音が響いた。
(許せない。わたしが当麻の為と思って色々頑張っていたのに、その間にメイドといちゃいちゃしようとするなんて……)
そう考えると腹が立ってきた。ギュウッと強く編み物を握る。
「……もういい」
ルイズはきっと睨みながら涙を浮かべた。
悲しさと悔しさ、それに怒りがその表情には込められている。
「あんたなんかクビよ!」
「……はい?」
クビって、ああ使い魔って辞めることのできちゃう仕事なんですか。と当麻は場違いな考えを浮かべている。
「クビよ! あんたなんか野垂れて死んじゃえばいいのよ!」
「あら……、それならわたしと一緒に来れますわね」
シエスタはにっこりと笑い、当麻の手を引っ張っていく。
なんというか、この場においても冷静なシエスタも怖い。
実は二人にルイズの対策をちゃっかり聞いてたりしているのだが、そんなのはルイズにも当麻にもわからない。
「勝手にしなさいよばか!」
「え? 何ですかこの急展開はー!?」
当麻の絶叫が、寮内響き渡った。
一人、ルイズは部屋にいた。
ベッドに倒れ込み、腹いせに枕を力一杯叩き続ける。
「トウマのバカ、バカ! バカー!!」
ボフッ、ボフッ、といくら叩いても怒りは減らない。むしろ自分でもわかる程増えていっている。
ルイズは当麻の為に編んだセーターを思いきり壁に投げ付けた。そして、叫ぶ。
「トウマなんかキライ! キライなんだから!!」
いつの間にか泣いていた。わからない。でもいつ泣いたかなんてどうでもいいのだ。
なんでこんなに辛いのだろう? どうしてこんなに悔しいのだろう?
だって、自分で言ったではないか。野垂れ死んでしまえ! って。
そう望んだから言ったはずなのに、そう願ったから言ったはずなのに。
どうしてこんなにも後悔しているのだろう?
「ッ!」
ルイズは唇を噛み締める。こんな事を考えちゃダメだ。もっと違うこと……そう、詔を考えなきゃ。
ルイズは机に置いた始祖の祈祷書を取ろうとしたが、
何も見えなかった。
止まる事の知らない涙は、ルイズの顔を、視界をぐしゃぐしゃにしてしまった。
「なんで涙が……出るのよ! べ……別に、かな……悲しくないのよ!?」
答えてくれる使い魔はもういない。どれだけ叫ぼうと、どれだけ構ってもらおうと、この部屋には誰もいない。
また、一人になった。狭いはずの自分の部屋が突然広くなったような感触を覚える。
ここには、少年がいない。
自分の事を認めてくれた少年が、
自分の事を命懸けで守ってくれる少年が、
自分の悩みに対して答えてくれた少年が、
ここにはいない。もう、いないのだ。
「………………………………」
ひっく、と少女の喉が鳴咽を漏らした。
今のルイズには、顔を枕で隠すしか出来なかった。
もういいや、今の自分には何も考えられない。
だから、泣こ? 今まで溜めてた分だけ流そう?
一人、ルイズは恥じらいとか何も考えずに、ただただ泣くのみだった。
シエスタと当麻は、結局あのままタルブの村まで行く事になってしまった。
「あー、着いちゃったんですね」
「はい、着いちゃいました」
シエスタが悪意なく笑ってくれるのに、なんとなく罪悪感を覚えてしまう。
たどり着くまでの三日間、当麻はシエスタの積極的なアタックの回避に精一杯で疲れきっていたのだ。
なにせ胸をこちらの体に当ててきたのだ。困る。いや嬉しいといえば嬉しいのだが、なんか困る。
他にもキスを迫ってくるとか、大学生以上お断りの展開とかもされてきたが、全て適当な理由をくっつけて断った。
とまあ、当麻にしては珍しく幾多のシエスタフラグを回避してきた。といっても、その分シエスタに色々と迫られたり勘違いされてきたが……。
「あ、こっちです」
それでも別に気にしなかったシエスタは、当麻に見せたいといった草原に連れていった。手を握って引っ張られる当麻は、楽しそうにしているシエスタを見て小さく笑った。
そして視界が急速に開けると、
そこには絶景が広がっていた。
普段、学園都市で暮らしてきた当麻にとって、なにもないだだっぴろい草原は見た事がなかった。
所々に花があるだけ。向こうの奥の方にある山までどれだけの距離があるのだろうか?
その山の近くに太陽が落ちかけていた。鮮やかな夕日が自分達を輝かせる。
感想の言葉などいらない。本当に綺麗な草原だった。
「どうですか? 綺麗でしょ?」
「ああ、こりゃあすげえな」
風がふわっと気持ち良くさせる。このまま倒れ込んで、寝てもいいぐらいだ。
よかった、とにこやかに笑うと、シエスタは両手を広げてぐるぐる回った。
今のシエスタの服は、いつものメイド服と違う、茶色のスカートに、木の靴、そして草色の木綿のシャツ。夕日をバックにしたせいか、凄く可愛く感じた。
「わたし、トウマさんとここに来れてよかったです!」
クルッとこちらに顔を向けてくる。純粋無垢な発言に、当麻はドキッとしてしまった。
この世界の人間であるなら、そのままこのルートに突っ走ってもよかったと当麻は思う。
しかし、それはできない。たとえどれだけ好意を向けられてもそれはやってはいけないのだ。
しかし……
それを言えない自分もいた。言ってしまったら、どうなるか予測できない恐怖に怯える自分も。
当麻は、黙って空を眺めていた。一体どうすればいいのかと。
「トウマさん?」
ひょっこりと、シエスタの顔が目の前に現れる。うおっ、と驚きながら重心を保てないまま尻餅をついてしまう。
「あ、ごめんなさい……トウマさんが反応しないから」
思わず差し伸べたシエスタの手を当麻は握る。
「気にすんなって、俺が悪いんだし」
「あ、そだ! もう一つ見せたいものがあるんですよ!」
当麻が立ち上がり、シエスタは空いた両手でパンと、胸に合わせて顔を輝かせた。
え? と尋ねる当麻に、シエスタは笑みを浮かべるだけであった。
「これです」
草原からそう離れていない場所に寺院が建っていた。どうやらその中に、ひいおじいちゃんが持ってきた道具が奉られているようである。
一体なんだろうなあ、と少し期待を持ちならがらもシエスタにていていった。
当麻は寺院の中に入る前からその形に懐かしさを感じた。
丸木で作られた門の形。石では泣くて板と漆喰で作られた壁。木の柱に、白い紙と縄で作られた紐飾り。
まさか、と思った当麻の足が自然と早くなる。いや、ありえないと頭の中で必死に否定してくる。
しかし、シエスタが指差した場所にあった物は、当麻の予想していたものであった。
――即ち、自分のいた世界にある遺品であったのだ。
「ひいおじいちゃんはこれを使って空を飛んだらしいんですけど……みんな信じなかったそうです」
シエスタの言葉を右から左へと流し、遺品を乗せてある台座に書かれた字を見る。
『海軍少尉上条東野、異界ニ眠ル』
あれ? とこの字を見て当麻はある事に気付く。
上条当麻は記憶喪失であるが、知識は残っている。確かこの名前は戦時中行方不明になった俺の……ひい……じいさん…………?
いやいや、さすがにそれはないでしょーと笑いながら否定する。しかし、脳は素直である。
でも、もしそうだったら? と語ってきた。むしろその可能性の方が高くないか?
って事は俺とシエスタの関係って…………
又々従兄弟?
当麻は言葉を失った。
#navi(とある魔術の使い魔と主)
ルイズは魔法学院の東の広場にあるベンチに腰かけて、一生懸命何かを編んでいた。
時刻は昼休み、食事を終え、ぽかぽかの陽射しが降り注ぐ。ふわ~と小さい欠伸が出てきて眠くなった。
休憩を兼ねて手を休ませ、『始祖の祈祷書』をパラパラっと眺める。最初は何か書かれているものだと思ったが、
何も書かれていない。おかしいぐらいに何も書かれていない。
一体どうやってこれから姫の式に相応しい詔を考えなければならないだろ? と思うとため息が吐き出される。
しばらくして、まあいっかと気持ちを切り替えて、自分の作品の出来栄えを見る。
そこには、よくわからない作品があった。いや、彼女自身はセーターを編んでいたつもりだったのだが、
どこかで間違えてしまったようだ。と言い聞かせる。
そうは言っても現実は変わらない。失敗の作品は失敗である。
自分の不甲斐なさに、ショックを感じて再びため息が吐き出される。
周りの同級生達は魔法を使ってゲームをしていた。その楽しんでる姿を見て胸が苦しくなる。
(どうしてわたしは何もできないのだろ……)
当麻に助言を与えられても、不安は拭い切れない。
ルイズは、当麻にご飯を与えていたメイドの顔が思い浮かんだ。当麻は、ルイズにばれていないと思っていたようだが、彼女の目ははっきしとその光景を見ていた。
あの子はご飯が作れる。キュルケには美貌がある。自分は一体何があるのだろう?
当麻に言わせたら、「貧乳」とか「可愛い」とかきっと答えるに違いない。もっとも、ルイズが聞いたら怒るに違いないが。
どうしようかなぁ……と物思いにふけっていたら、ルイズの肩を誰かが叩いてきた。振り返るとキュルケが立っていた。
ルイズは目を大きく開き、慌てて『作品』を始祖の祈祷書を使って隠す。
「ルイズ、なにしてるの?」
ニヤニヤとキュルケは笑っている。どうやらばれているようだ。
しかし、ルイズはそんな事などわからずに嘘を突き通す。
「み、見ればわかるでしょ。読書よ、読書」
「でもその本何も書かれていないじゃないの」
「これは、『始祖の祈祷書』っていう国宝の本なのよ」
「なんでそんな国宝をあなたが持ってるの?」
ルイズは仕方なくキュルケに一から説明した。
アンリエッタの結婚式で自分が詔を詠みあげて、その際この『始祖の祈祷書』を用いる事、を。
「へぇ~、まあアルビオン新政府は不可侵条約をもちかけたそうだし、これもあたしたちのおかげかしら?」
キュルケは何となく察していたようだ。自分達の任務が、今の情勢に影響を与えていた事を……。
ルイズは少し面食らったように驚いたが、
「誰にも言っちゃダメなんだからね」
と言うだけであった。
言わないわよ、と答えると、キュルケは話題を変える。
「それで、話は変わるけどさっきまで何を編んでいたの?」
ビクッとルイズの体が震える。どうやら本気で隠しきれると思っていたようだ。
「な、何も編んでないわ」
「編んでた。ほら、これ」
そう言って、キュルケは始祖の祈祷書の下からルイズの作品を取り上げた。
「か、返しなさいよ!」
慌ててキュルケの手から取り返そうとしたが、片手一つで押さえられてしまった。
「こ、これなに?」
あまりの出来具合に、キュルケはポカンと口をあけてしまった。なんというか新しい時代を感じてしまう。
「セ、セーターよ」
ジタバタ手を動かすがキュルケに掠りもしない。
「セーター? ヒトデのぬいぐるみにしか見えないわ。それも新種の」
「そんなの編むわけないじゃないの!」
ルイズは必死にもがいて、なんとか編み物を取り返すと、恥ずかしそうに俯いた。
「あなた、そのセーターをどうするの?」
「あんたに関係ないじゃない」
「じゃあ当ててみようか?」
キュルケは、再びルイズの肩に手を回すと、顔をすぐ目の前へと近づける。
「使い魔さんに編んでいるのでしょう?」
「あ、編んでないわよ! ばかね!」
ルイズは、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「あなたってほんとにわかりやすいのね。どうして好きになっちゃったの? どうして?」
「す、好きなんかじゃないわ。好きなのはあんたでしょ。あんなバカのどこがいいのかしらしんないけど」
ツン、とそっぽを向く。ホントにわかりやす過ぎて、キュルケは内心笑ってしまった。
「あのねルイズ。あなたって嘘をつくとき、耳たぶが震えるの。知ってた?」
ルイズは、はっとして耳たぶをつまんだが、震えていなかった。すぐにキュルケの嘘に気付き、慌てて手を膝の上に戻す。
「と、とにかく、あんたなんかにあげないんだから。トウマはわたしの使い魔なんだからね」
キュルケはまってましたと言わんばかりに、にやっと笑った。
「独占欲が強いのはいいけれど、あなたが今心配するのは、あたしじゃなくってよ?」
「どういう意味よ?」
「ほら……、なんだっけ。あの厨房のメイド」
ルイズの目が吊り上がった。
「あら? 心当たりがあるの?」
「べ、別に……」
そうは言っても視線が泳いでいる。キュルケは手をルイズの肩から離した。
「今、部屋に行ったら、面白いものが見られるかもよ?」
言うや否や、ルイズはすくっと立ち上がった。
「好きでもなんでもないんじゃないの?」
楽しげな声でキュルケが言うと、
「わ、忘れ物取りに行くだけよ!」
ルイズは怒鳴って駆け出した。
一方の当麻は、部屋の掃除をしていた。慣れた手つきでテキパキと綺麗にしていく。
前日の夜に至っては、ルイズは洗濯をすらしていた為、当麻の仕事が少なくなってきたのである。
さらに、ルイズの部屋にはもともと物があまり置かれていない。なので、掃除はあっという間に終わってしまった。
「さてと、特に不幸は起きずに……うぉぉぉおおお」
神さえも殺せる上条当麻に、今日も平和に過ごせるわけがない。
ドシーン! と本棚が何の予告もなしに倒れてきた。バサバサッ、と本が無造作に散らばる。
「……訂正、不幸指数百ってところですな」
なにもない部屋ではあるが、本棚にはぎっしり積められているので、その量は半端ない。
それでも、本棚に押し潰されないのは不幸中の幸いだろうか?
「しっかしまあ……何を読んでるんだ?」
当麻は散らばっている本の一つのを取り上げるとそれをパラパラッとめくるが、
日本語しかできない当麻になんて、もちろん読めるわけがない。
「いやまあ普通に考えてそうだよな……ってあれ?」
じゃあなんで俺たち普通に話してんだろうな、と思っていると、コンコンとドアを叩く音が耳に入った。
「あー、あいてるぜー」
ドアを叩くということはルイズではない。こんな所にわざわざ来るのはキュルケかなぁ~などと思っていると、
「し、失礼しま~す」
扉からシエスタがひょっこりと現れた。
ドキッと当麻の心臓が激しく鼓動する。昨日の事を思いだしたからだ。
「シ、シエスタ……?」
「うわっ! ど、どうしたんですかこれ!?」
この悲惨な惨状に、シエスタは驚きの声をあげた。
「いや不幸属性っていってもわからないよな」
「ほえ? あ、手伝いましょうか?」
ホントに? と聞く当麻に、はい、と満面の笑みを浮かべてシエスタは頷いた。
「ホントはご飯を食べて貰おうと思ったのですが……」
「うお、サンドイッチじゃないですか! それなら片付けアンド飯食べれるの一石二鳥じゃん」
シエスタが手に持っていた銀のお盆の上には、沢山のサンドイッチがずらりと並んでいた。
当麻はひょいとそのうちの一つをとると、口に放り込んでみる。
しっかり噛み締め、味を確かめる。
「おお、うまいぞこれ!?」
「ほんとですか!?」
シエスタの顔がパーッと輝く。
「ああ、後でレシピ教えて貰ってもいいかな?」
「え? トウマさんって料理作るのですか?」
意外そうな目で見られてちょっと当麻は自慢したい気分になる。
「まあなー、飯は基本自炊してたしな。といってもそんなにうまくないけど」
「それじゃあ今度厨房で教えてあげますね」
と言いながら、シエスタは散らばっている本を整頓し始めた。
当麻も慌てて作業に取り掛かった。
「そ、そういえばトウマさん!」
「ん?」
「この前のお話はありがとうございました! とっても楽しめました」
「ん、ああ」
適当な返事を返すが、実は緊張している当麻である。
(やっぱりあれ……冗談じゃないんだよな?)
今まで告白をされた事のない当麻にとって、先のできごとは冗談だと信じたかった。
それでも、体は素直であるといっていい程ガチガチに震えてはいるが。
「はい、特にあれがよかったです! ひこうき!」
「飛行機?」
「そうです! 魔法ができなくても空が飛べるってすばらしいわ! つまり、わたしたち平民でも鳥みたいに自由に空を飛べるってことでしょう?」
「まあなー、空を飛びたいから作られた乗り物だから、ここでもできると思うけど?」
「ここには魔法がありますから……」
そういうと、手をもじもじし始めた。顔をちょっとずつ赤くなっていき、はずがしがっている。
どうやら口にするべきか悩んでいるようだ。しかし、小さな手を胸にあて、一回深呼吸をすると、シエスタは身を乗り出してきた。
「あ、あのね? わたしの故郷も素晴らしいんです。タルブの村っていうんです。ここから、馬で三日くらいかな。ラ・ロシェールの向こうです」
ぴくりと当麻の体が動く。待て、この展開はなぜかわからないけど凄く予想ができちゃうんですけど!?
「なにもない、辺鄙な村ですけど……、とっても広くて綺麗な草原があるんです。春になると春の花が咲いて、夏には夏の花が……。今頃きっと綺麗だと思います」
シエスタは遠くを見るような目で、頭上を見た。
そして、当麻の方をちらりと見ると、手をもじもじさして頬を赤くする。
「あ、あの……当麻さん?」
わかる。次の言葉が予想できてしまう自分がなんか悲しい。いや落ち着け。もしかしたらがある。
「どした?」
「その……、よかったらわたしの村に来ませんか?」
わかっていた。この展開はこれしかありえない、と。
しかし、それでもだ。
「ええええええ?」
わかっていても、こんな漫画ちっくな展開ないだろーと感じてた部分もあった。だから、結局は驚いてしまうのである。
「大丈夫かなーシエスタ」
「大丈夫、大丈夫。私たちが全ての事態を想定して叩き込んだんだから!」
やっぱり犯人はこの二人であったりする。
「あのね、今度お姫さまが結婚なさるでしょう? それで特別にわたしたちにお休みが出ることになったんです。でもって、久しぶりに帰郷するんですけど……。
よかったら遊びに来てください。トウマさんに見せたいんです。あの草原、とっても綺麗な草原」
「あーいや、行ってみたいけどさ……」
でも俺使い魔だからいけないなー、と言う前に、シエスタはこちらに近づこうとした。しかし、一冊の本に躓いてそのまま当麻の体に倒れ込む。
「わっわっ!?」
「っとと……」
突然の事態に、当麻もそのままベッドに押し倒される。
シエスタの息が地肌に感じる距離まで接近した。意識をしていなくても、二人の顔が赤く染まり、視線を逸らす。
当麻はシエスタが立ち上がるのを待とうとしたが、
その前に、最高のタイミングでルイズが部屋に入ってきた。
固まる三人。沈黙が場を支配しているのだが、なぜかピキリという音が聞こえた感じがした。
「なにしてんのよあんたたち」
ルイズの声が、体が震えていた。表情が無表情だから余計に怖い。
「いや、えーっと……」
「人のベッドの上でなにをしようとしたの?」
「なにもしていませんルイズ様」
「そりゃあこれからやる予定だもんね」
「あー違うのですよ。落ち着いてくださいルイズ様。別にわたくしたちはやましいことなど考えておりませんよ」
「あ、あら? そうでしたっけ?」
ここにきて、シエスタが会話に参加してきた。
話をややこしくしちゃダメだー、と泣きたくなる当麻。何と言うか、ルイズの背後にオーラが漂っている。
「わたしは別に構わなかったですけど……」
ビキィ! とルイズのこめかみからよろしくない音が響いた。
(許せない。わたしが当麻の為と思って色々頑張っていたのに、その間にメイドといちゃいちゃしようとするなんて……)
そう考えると腹が立ってきた。ギュウッと強く編み物を握る。
「……もういい」
ルイズはきっと睨みながら涙を浮かべた。
悲しさと悔しさ、それに怒りがその表情には込められている。
「あんたなんかクビよ!」
「……はい?」
クビって、ああ使い魔って辞めることのできちゃう仕事なんですか。と当麻は場違いな考えを浮かべている。
「クビよ! あんたなんか野垂れて死んじゃえばいいのよ!」
「あら……、それならわたしと一緒に来れますわね」
シエスタはにっこりと笑い、当麻の手を引っ張っていく。
なんというか、この場においても冷静なシエスタも怖い。
実は二人にルイズの対策をちゃっかり聞いてたりしているのだが、そんなのはルイズにも当麻にもわからない。
「勝手にしなさいよばか!」
「え? 何ですかこの急展開はー!?」
当麻の絶叫が、寮内響き渡った。
一人、ルイズは部屋にいた。
ベッドに倒れ込み、腹いせに枕を力一杯叩き続ける。
「トウマのバカ、バカ! バカー!!」
ボフッ、ボフッ、といくら叩いても怒りは減らない。むしろ自分でもわかる程増えていっている。
ルイズは当麻の為に編んだセーターを思いきり壁に投げ付けた。そして、叫ぶ。
「トウマなんかキライ! キライなんだから!!」
いつの間にか泣いていた。わからない。でもいつ泣いたかなんてどうでもいいのだ。
なんでこんなに辛いのだろう? どうしてこんなに悔しいのだろう?
だって、自分で言ったではないか。野垂れ死んでしまえ! って。
そう望んだから言ったはずなのに、そう願ったから言ったはずなのに。
どうしてこんなにも後悔しているのだろう?
「ッ!」
ルイズは唇を噛み締める。こんな事を考えちゃダメだ。もっと違うこと……そう、詔を考えなきゃ。
ルイズは机に置いた始祖の祈祷書を取ろうとしたが、
何も見えなかった。
止まる事の知らない涙は、ルイズの顔を、視界をぐしゃぐしゃにしてしまった。
「なんで涙が……出るのよ! べ……別に、かな……悲しくないのよ!?」
答えてくれる使い魔はもういない。どれだけ叫ぼうと、どれだけ構ってもらおうと、この部屋には誰もいない。
また、一人になった。狭いはずの自分の部屋が突然広くなったような感触を覚える。
ここには、少年がいない。
自分の事を認めてくれた少年が、
自分の事を命懸けで守ってくれる少年が、
自分の悩みに対して答えてくれた少年が、
ここにはいない。もう、いないのだ。
「………………………………」
ひっく、と少女の喉が鳴咽を漏らした。
今のルイズには、顔を枕で隠すしか出来なかった。
もういいや、今の自分には何も考えられない。
だから、泣こ? 今まで溜めてた分だけ流そう?
一人、ルイズは恥じらいとか何も考えずに、ただただ泣くのみだった。
シエスタと当麻は、結局あのままタルブの村まで行く事になってしまった。
「あー、着いちゃったんですね」
「はい、着いちゃいました」
シエスタが悪意なく笑ってくれるのに、なんとなく罪悪感を覚えてしまう。
たどり着くまでの三日間、当麻はシエスタの積極的なアタックの回避に精一杯で疲れきっていたのだ。
なにせ胸をこちらの体に当ててきたのだ。困る。いや嬉しいといえば嬉しいのだが、なんか困る。
他にもキスを迫ってくるとか、大学生以上お断りの展開とかもされてきたが、全て適当な理由をくっつけて断った。
とまあ、当麻にしては珍しく幾多のシエスタフラグを回避してきた。といっても、その分シエスタに色々と迫られたり勘違いされてきたが……。
「あ、こっちです」
それでも別に気にしなかったシエスタは、当麻に見せたいといった草原に連れていった。手を握って引っ張られる当麻は、楽しそうにしているシエスタを見て小さく笑った。
そして視界が急速に開けると、
そこには絶景が広がっていた。
普段、学園都市で暮らしてきた当麻にとって、なにもないだだっぴろい草原は見た事がなかった。
所々に花があるだけ。向こうの奥の方にある山までどれだけの距離があるのだろうか?
その山の近くに太陽が落ちかけていた。鮮やかな夕日が自分達を輝かせる。
感想の言葉などいらない。本当に綺麗な草原だった。
「どうですか? 綺麗でしょ?」
「ああ、こりゃあすげえな」
風がふわっと気持ち良くさせる。このまま倒れ込んで、寝てもいいぐらいだ。
よかった、とにこやかに笑うと、シエスタは両手を広げてぐるぐる回った。
今のシエスタの服は、いつものメイド服と違う、茶色のスカートに、木の靴、そして草色の木綿のシャツ。夕日をバックにしたせいか、凄く可愛く感じた。
「わたし、トウマさんとここに来れてよかったです!」
クルッとこちらに顔を向けてくる。純粋無垢な発言に、当麻はドキッとしてしまった。
この世界の人間であるなら、そのままこのルートに突っ走ってもよかったと当麻は思う。
しかし、それはできない。たとえどれだけ好意を向けられてもそれはやってはいけないのだ。
しかし……
それを言えない自分もいた。言ってしまったら、どうなるか予測できない恐怖に怯える自分も。
当麻は、黙って空を眺めていた。一体どうすればいいのかと。
「トウマさん?」
ひょっこりと、シエスタの顔が目の前に現れる。うおっ、と驚きながら重心を保てないまま尻餅をついてしまう。
「あ、ごめんなさい……トウマさんが反応しないから」
思わず差し伸べたシエスタの手を当麻は握る。
「気にすんなって、俺が悪いんだし」
「あ、そだ! もう一つ見せたいものがあるんですよ!」
当麻が立ち上がり、シエスタは空いた両手でパンと、胸に合わせて顔を輝かせた。
え? と尋ねる当麻に、シエスタは笑みを浮かべるだけであった。
「これです」
草原からそう離れていない場所に寺院が建っていた。どうやらその中に、ひいおじいちゃんが持ってきた道具が奉られているようである。
一体なんだろうなあ、と少し期待を持ちならがらもシエスタにていていった。
当麻は寺院の中に入る前からその形に懐かしさを感じた。
丸木で作られた門の形。石では泣くて板と漆喰で作られた壁。木の柱に、白い紙と縄で作られた紐飾り。
まさか、と思った当麻の足が自然と早くなる。いや、ありえないと頭の中で必死に否定してくる。
しかし、シエスタが指差した場所にあった物は、当麻の予想していたものであった。
――即ち、自分のいた世界にある遺品であったのだ。
「ひいおじいちゃんはこれを使って空を飛んだらしいんですけど……みんな信じなかったそうです」
シエスタの言葉を右から左へと流し、遺品を乗せてある台座に書かれた字を見る。
『海軍少尉上条東野、異界ニ眠ル』
あれ? とこの字を見て当麻はある事に気付く。
上条当麻は記憶喪失であるが、知識は残っている。確かこの名前は戦時中行方不明になった俺の……ひい……じいさん…………?
いやいや、さすがにそれはないでしょーと笑いながら否定する。しかし、脳は素直である。
でも、もしそうだったら? と語ってきた。むしろその可能性の方が高くないか?
って事は俺とシエスタの関係って…………
又々従兄弟?
当麻は言葉を失った。
#navi(とある魔術の使い魔と主)
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