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それから暫く平穏な時が流れた。
謎のスクエアメイジ、ユキ・ナガトの話題は、目立つことを良しとしない主人の手によって、自然と噂は収斂されていった。
ルイズは、突然の能力の発現に戸惑いはしたものの、表面上に限れば、以前と変わらない様子を保っていた。
彼女の使い魔がメイドを庇い、貴族と決闘して勝つ出来事もあったが、
それさえもルイズの評価を高めるものとなってしまったのである。曰く、一流のメイジの使い魔は一流の平民と。
なにせ彼女は、家柄や座学についても他の生徒に引けをとらないのだから仕方がない。人間の評価は一晩にして百八十度変わる。
そして、一変した彼女への評価、人間関係、
そしてなにより、尽きることのない、突如として身につけた魔法の才能が、彼女の心理を少しづつ変化させていった。
平賀才人は、ルイズの得た余裕によるものであろうか、使用人と同程度には人間として扱われているようである。
それどころか、使い魔として武芸や学問を学ばされているとも聞く。彼もまた、主人ルイズを次第に敬愛するよう変化しつつあった。
しかしその二人について、タバサと長門有希は知らない。
そしてタバサと長門である。
タバサは日々、長門が口述する諸々の学問を巧みに吸収していった。
全てが驚きをもって迎えられ、ときにはガリア王ジョゼフを倒した後の政治体制、
ときには復讐に燃えることの哲学的無意味さ、あるときは魔法という存在の科学的説明、限られた時間を精一杯用いて思索にふける。
いっぽう長門にとっても、荒削りながら独創的なハルケギニアの古典文学や、観測下に置かれたことのない魔法という体系について、
書物から情報を得つつあった。直前の一年間に負けず劣らず、心から楽しく思えた日々が訪れつつあったのである。
なにより、本という共通の話題を介した緩やかな友人関係を、主従を越えて築けたことが一番の幸せだった。
もちろん二人共に、それまでも友人はいた。しかし言葉がなくとも互いを理解できるという、類稀な関係は、初めて得たものだったのである。
……いや、そのような理想的関係は、ほぼ全ての人間にとって、――それこそフィクションでもなければ築き得ないものであろうが。
使い魔召喚の儀から一週間もしたころには、
『実はミス・タバサとミス・ナガトは実の姉妹で、実は二人とも大貴族の令嬢である』
という噂が、まことしやかに囁かれていたとか。
+ + +
「ルイズ、あなた最近おかしいわよ」
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールのティータイムは、
隣室の友人――いや、好敵手と言ったほうがよいだろうか――によって中断した。なぜかタバサと長門も随行している。
事の起こりは、キュルケがタバサの部屋をいつものように訪ねた際に遡る。
「あなた、ルイズについてどう思う?」
キュルケは不意に、タバサへ話題を振った。
「トリステインを代表する大貴族の令嬢。政治的には重要な人物」
「そうじゃなくて、同じ学院の生徒としてよ」
「別に」
「そうね、あなたはあの子と殆ど話したこともないものね。――でも、あたしには分かるのよ、
どんなに小さな変化でも、あの子が変わったって。別に、ツェルプストーとラ・ヴァリエールって関係だからじゃあないけれど、
ここしばらく、今まで通りに見えて、周りを見下しているっていうか……、増長しているって言ってもいいわね。
もちろん、自信がついたって言い方もできるけれど」
「――あなたは、あの子の高貴な心が失われてしまうのではないかと思っている。友人への心配」
「そ、そんなことないわよ! 友達だなんて思ってないわ。でもとにかく、このままじゃあの子、
頭の凝り固まった、凡百の貴族に成り下がってしまうんじゃないかって……。あの子は確かに、本物の貴族だったのに」
その間長門は、占星術について記された書物に没頭しているように見えた。
「だから、あなたに協力してほしいの」
ルイズに一泡吹かせる計画――有体に言えば決闘について、タバサに是非を問う。つまり、立会人の依頼である。
「――やめたほうがいい。理由があなたの僻みと受け取られても仕方がない。
それに、彼女はスクエアクラス。トライアングルのあなたにとっては不利な戦い」
「わかってるわ。だけどね、どうしようもないの。あの子、魔法が使えるようになって以来、取り巻きを作っていい気になってるのよ。
あまりにも醜くて、笑っちゃうわ。だけど、まだ諦めたくないの」
タバサはかりにも王族の出である。自己の保身と出世だけを目的に近寄ってくる貴族たち、
そして、そんな人々との関わりの空しさは百も承知であった。
もっともその境地は、華やかな王宮を、距離をとって見るほかなかった立場がなければ得られなかったかもしれない。
なにより親友の頼みである。友の友が人間の海に溺れようとしているならば、
手を差し伸べるのは当然の行いではないか。だいいち、原因は自身の使い魔にある。
断る理由はない。
「……わかった」
タバサが膝の上の書物を畳む。長門もそれに呼応した。
キュルケは、自分以外の人間に対して友人が見せた興味に、ただただ小さな驚きを感じていた。
+ + +
「それで、どうしてわたしがツェルプストーに決闘を申し込まれなくちゃならないのよ」
「さあね。あなたの胸に聞いてみたらいいんじゃないかしら」
「……いわれのない侮辱とは、ツェルプストーも堕ちたものね」
傍から見れば言いがかりである。舌戦の片隅で、タバサは長門に小さく問う。
「できる?」
「彼女から能力――魔法を再び奪うことは簡単。でも、そうすれば彼女は精神的に保たない。だから、キュルケに任せる」
タバサと長門は部屋の隅にもたれかかり、読みかけの書物を再び開いた。
結局のところ、キュルケは言葉巧みにルイズを誘い出すことに成功したようである。
決闘の舞台は、ルイズの使い魔と同級生も決闘に使用したという、ヴェストリの広場であった。
+ + +
「そこにいる大メイジ様は、見ているだけで学生の決闘を止めようともしないのかしら」
ルイズは横目に長門を見やる。
「――わたしはトリステインの人間ではない。それに、今のあなたには必要なこと」
「そう、わかったわ。だけど、今のわたしは禁止された決闘を受けるほど馬鹿じゃないの」
「ルイズ、あなた、決闘を挑まれて背中を見せるの?」
「違うわ。だから、サイト!」
「えっ、俺かよ」
「ええ。代理を立てるわ」
地面に座り込み、事態を他人事として傍観していた才人は、突然の起用におもわずのけぞる。
「でもなあ、確かにデルフはルイズに買ってもらったものだけど、この高そうな剣もキュルケから貰ったもんだしなあ」
トリスタニアへの足を持たないタバサと長門の知らないところで、彼に関する争奪戦が繰り広げられていた。
とはいえ事実はキュルケが一方的に剣を贈ったというだけで、ルイズは彼女を気に留めてさえいなかったのであるが。
「うだうだ言わない! あんたのために使用人の部屋を借り上げたのは誰だと思ってるの?」
「は、はひっ! デルフ、行くぞ――」
才人は二本の剣を背負い立ち上がる。
「ごめん、キュルケ、そういうことみたいだ」
「まったくダーリンも、よくルイズの言うことをきくものね。それにあなた、部屋まで借りてもらってるの?
どうせなら、ご主人様のベッドに忍び込むくらいの甲斐性見せなさいよ」
「何言ってるんだよ。そんなことできるはずが……。ルイズはすごい魔法使いみたいだし、世話になってるからな」
「そうよ。だから、わたしを主人として認める限りでは、多少のことは認めることにしたの。ね、サイト」
「まさか、あなたが体で手懐けたとは思えないし……」
「な、なにを人聞きの悪い! やっぱりわたしが決闘しようかしら?
――だいいち、男なんて放っておいても勝手に寄ってくるじゃない」
「男が寄ってくる、ね。……あなた、短い間に、本当に変わったわ」
「そうよ、わたしは変わったの。もう、ゼロのルイズなんかじゃない」
「そうかしら? 教室でも食堂でも、名のある貴族に取り入るしか能のない生徒を何人も従えて――。
あなたの使い魔は、いったい何人いるのかしら? あの子たち、見え透いた功名心しかないのにね。男にしても同じよ」
「それくらい織り込み済みよ。ラ・ヴァリエールくらいの家になると、取り入られることなんて日常茶飯事じゃない」
「そう……、そうやってありがちな大貴族が出来上がっていくのね。あなたの高貴だった心は、
もうこれっぽっちも残っていないわ。ルイズ、あなたは本物のゼロ、いえ、空っぽのルイズよ。
そうね、ここに取り巻きを連れてこなかったことだけは、評価してあげてもいいかしら」
「――サイト、下がりなさい」
「あら、気でも変わったのかしら?」
「あなたがそこまでわたしを侮辱したいのならば、受けなければ家名の名折れよ。受けて立とうじゃないの」
才人が脇に下がると同時に、タバサが新金貨を一枚放り投げた。
学院の石段に金貨が落ちた瞬間、互いに詠唱していた魔法の応酬が始まる。
+ + +
「ファイアーボール!」
あくまで決闘の形式的な決着を目的としたのか、キュルケが放つ火弾は、小さいながらも矢継ぎ早に、ルイズの杖を的確に狙った。
しかし、
「ファイアーボール」
ルイズに達しようとした刹那、四方を囲んだ攻撃は、より大きな炎によって全てが打ち消され、
迎撃する相手を失った弾がキュルケの髪を僅かに焦がした。
「ルイズ、あなた、土系統に目覚めたんじゃなかったの」
キュルケの声が思わず上ずる。
「風の偏在も、風と火の爆炎も、氷のアイス・ストームも、
知っているスペルを唱えたら、簡単に成功できたわ。偏在はまだ一人しか出せないけれど」
そう語る間に、キュルケの後ろにもう一人のルイズ、彼女の偏在が現れる。
「やりすぎ」
タバサが長門の頭を叩き、ぽかんという気の抜けた音が響いた。
「さて、先生に見つかる前に、片を付けなくちゃね」
じりじりと間合いをとる二人のルイズが、同時にスペルを発動させる。
「ラナ」
「デル」
「ウィンデ!」
ルイズの前後からの詠唱に対して、キュルケはその一つに狙いを定めた。
もう一人から距離を取りつつ、もう一方との近接戦に持ち込もうと接近する。
しかし、ルイズが風魔法を完成させた瞬間、キュルケの目の前にあったルイズの偏在が消失した。
「おとり!?」
「そうよ。あいにく、偏在と他の魔法は、まだ同時に使えなくてね」
キュルケの背後にいる本物のルイズが自嘲するように言うと同時に、風の塊がキュルケに直撃した。
キュルケは一直線に、空高く吹き飛ばされる。
「これじゃ、ファンタジーじゃなくて、まるで漫画じゃないか……」
と、口をぽかんと明けて才人が呟いた。
「危ない」
フライで体勢を立て直すこともできず、キュルケは学院の尖塔へと激突しようとしている。
誰もが最悪の事態を覚悟したが、かろうじて長門有希は高速詠唱を間に合わせる。
再構成された尖塔の壁は黄色い砂に変化し、キュルケは砂の山に突っ込んだ。
壁があった場所には大穴が開き、塔に収められた宝物の数々が月明かりに照らされている。
「ちょっとやりすぎちゃったみたいね。ありがとう、ミス・ナガト」
悪びれた様子も見せず、ルイズは呟いた。しかし、そんな彼女をみかねてか、使い魔が主人に近付く。
「やりすぎたなんてもんじゃないだろう! 人を殺すところだったんだぞ」
叱責する声が広場に響いた。才人は、それまで彼女に対して見せたことのなかった形相で、主人を睨み付けた。
「あら、食事を与えられている身で、あたしに物申そうっていうの?」
「ああ。もちろん誰の身よりもない土地で、俺に住むところと食い物を保障してくれるルイズには感謝してる。
それに、俺にできないことができる、すごい魔法使いだっていうから尊敬だってしてるさ。
だけどな、力さえあれば、何をしたって許されるっていうのか? これじゃあ、まるでただの我侭じゃないか」
「ええそうよ、とでも言えばいいのかしら。あたしはラ・ヴァリエール公爵家の三女。
それ相応の力を持っていて当然でしょう? サイト、あなたを養っているのは誰だと――」
乾いた音が広場に響く。
ルイズは突然の出来事に、打たれた頬を押さえることしかできない。
「最低だよ、お前」
「な、なによ、使い魔で平民の分際で!」
しかし、ルイズと才人の声は、轟音と共に撒きあがる土砂にかき消された。
もんどりうって投げ出されるルイズと才人、タバサと長門。
「あれは、まさか、土くれのフーケ!?」
状況にいち早く気付き他のはルイズである。
彼女の眼前には、尖塔へ術者を届けようとする、巨大な土ゴーレムが立ちはだかっていた。
「フーケ? なんだそりゃ!?」
「貴族を狙う盗賊。実力のある土のメイジだといわれている」
才人の問いにタバサが答える。
「こっちもゴーレムを……」
自身の使い魔には見向きもせずに、土系統のルーンを唱えるルイズ。
しかしタバサは駆け寄ると、彼女の杖を叩き落した。
「なにをするの、学院に泥棒が忍び込もうとしているのよ!?」
「危険。固定化がかかっているとはいえ、あなたの力では、学院自体が保たないかもしれない」
見れば広場からは、フーケのゴーレムの大きさと同じだけの土が抉り取られていた。
仮にルイズがゴーレムを生成しようとすれば、魔法学院の構造物そのものを巻き込んでしまってもおかしくはない。
タバサに感じられたルイズの精神力は、スクエアクラス数人が尖塔にかけた固定化の魔法、それにも勝る物であった。
「ルイズの再構成をしすぎた」
長門有希が呟く。
ただ傍観するしかないうちに、ゴーレムは悠々と魔法学院の外壁を乗り越え、遠く森の直前で姿を消した。
その間、ゴーレムが尖塔を離れると同時に、タバサは砂に埋まった友人のもとへ、フライで駆けつける。
ルイズも後を追い、才人と長門は地面を駆け寄った。
「キュルケ、キュルケ!」
遅れて駆けつけた三人は、普段見せることのない、タバサの狼狽する様子を目の当たりにする。
幸い目立った外傷はなく、タバサの呼びかけに、キュルケはやがて目を見開いた。
「あたしは大丈夫よ、タバサ。ユキにもお礼を言わなくちゃね。――あらルイズ、わざわざお見舞いに来てくれたのかしら?」
「いいえ。ただツェルプストーがこれくらいでへこたれるような、骨のない相手じゃないことを確かめにきただけよ」
ルイズは心からそう口にしたのであろうが、キュルケにとってそれは、
ルイズの中にルイズが残っていることを確認できる言葉にほかならなかったのだ。
「ふふ、あなた、やっぱりルイズなのね。そうよ、ヴァリエールだったらそれ位言わなくっちゃ」
「あなたの言っていることがよくわからないわ。まあ、大事に至らなくてよかった。それより、土くれのフーケ……」
キュルケの倒れた後ろに残った壁にはこう記されていた。
『破壊の杖、確かに頂戴いたしました 土くれのフーケ』と。
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