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ゼロの魔王伝――9
「うーん、う~ん……」
聞く方も魘されそうな位苦しそうなうめき声と共に、ベッドの上で身悶えている少女を、変わらず窓辺に置いた椅子に腰かけたDが、ちら、と一瞥した。
閉じたカーテンの隙間から水の様に室内へ沁み込んでくる陽光を、旅人帽のつばを下げて避けた。
ルイズにはまだ告げていないDの素性は、陽光を親しい友と呼べぬ要素を含んでいる。
荘厳に世界を照らし出す太陽の光はDにとって、骨身を焼く灼熱の業火にも等しく、その光が昇っている限り、頬を撫でる風は剥き出しにされた痛覚を刺激する痛みそのものに等しい。
なんの感情も浮かべてこそいないが、この瞬間にも絶えず襲い来る悪寒と臓腑に火箸を抉り込まれているような激痛が交互に襲い来ている。常人ならとうに泣き叫んで発狂している事だろう。
もぞ、とベッドの上で動く気配がした。着替えずに眠ったせいで皺だらけになった制服の裾や襟をからげたあられもない姿で目を覚ましたルイズは、朝の光に眩しげに眼を細めた。
「ふわぁあ~~」
と淑女にあるまじき大あくびを一つ。ぴょんぴょんとあっちにこっちにと、跳ねた桃色ブロンドの髪はそれでも宝石のように陽光を球の粒に変えて煌めき、睡魔の誘惑と格闘中のとろんとした顔は、どこか男心をくすぐる幼い色香があった。
ふぅ、と子猫みたいな仕草でこしこしと眼をこすって意識の覚醒を促し、何に気づいたか唐突にびくっと体を震わせた。
そのまま石像に変わるのではないかと疑ってしまいそうな固まりぶりである。
世界でいちばん怖いモノがあるのに、どうしてもそれを見なければならない状況に追いやられた、世界一不幸な境遇の人間の顔をして、ルイズは窓辺の椅子に腰かけた漆黒の吸血鬼ハンターを見た。
ちら、と瞬き一回分の極めて短い瞬間だけ。それと同時にボン、とコミカルな音を立ててルイズの顔が茹だった。
ちょうど、ルイズの方を向いていたDの視線と、ルイズの鳶色の瞳が絡み合ったらしい。
あうあう、となにやら口を開いたり閉じたりしているルイズを尻目に、Dは人形が口を利いたみたいな無感情な声で
「おはよう」
と一言。
はう、とルイズは一声鳴いて、目の前の存在と現在の状況が現実である事を認識し、朝も早よから妙な疲れを感じていた。Dの動作の一つ一つが、いちいち心臓に負担を強いてくるのだ。
D自身に非があるわけではない。朝、目を覚ました同居人というかご主人様に挨拶をするのは、一応使い魔の身としては当たり前の事であろう。それをどう受け取るかは挨拶をされた側の問題だ。
とはいえ、Dにはもっと自分の外見の及ぼす効果と言うモノを考えて欲しいわね、とルイズはしみじみと思いながら、深呼吸をして砕けそうになっていた理性を再構築した。
正気を取り戻す時間の速さや、美しいと賛美するのが虚しくなる相手を前にしてのこの反応といい、ある程度の耐性を身につけたらしい。
「お、おはよう、D。よく眠れたかしら?」
「座り心地も良いが寝心地も良い椅子だな」
「そそそ、それはよかったわ」
そういう返事が返ってくるとは思わなかったわ、と心の中でルイズは思う。割と冗談の通じる相手なのかもしれない。
その冗談の範疇がどの程度ふざけたことを言っても大丈夫なのか、どこから首を刎ねられる事になるか、という命に関わる重要な境界線が分からないので下手な事は言えないが。
「それで」
「な、なに?」
「おれは何をすればいい?」
「え。………………うん、と」
とりあえず、部屋の掃除とか、私の服の洗濯とか、雑用? とルイズの頭にDにしてもらう事が思い浮かぶ。
箒やチリトリ、雑巾片手にテキパキと掃除をこなし、塵一つないルイズの部屋を満足げに見つめるD。
桶に浸した水の冷たさに不平不満の一つを零す事もなくゴッシゴッシとルイズのブラウスやキャミソール、下着を一つ一つ丁寧に洗い、干してゆくD。
「あ、在り得ない」
自分が一瞬抱いた想像に、ルイズ自身がいくらなんでもそれはないわ、と否定した。そう言う事をお願いしても一顧だにされないだろうし、というか出来るかもわからないし。
ちなみに、Dは壊れたロボットの修理から牛の乳しぼり、壊れた柵の補修からなにからなんでもござれの人なので、日曜大工や雑用やらをやらせても問題はない。
仮に剣を振るえなくなっても、食べていくのに困らない程度には手に職があったりする。
ま、顔が顔なので一生ヒモで食繋いで行く事も、呼吸をするのと同じくらいに容易い事だろう。
「そ、そういう次元じゃないわね」
がっくりと項垂れて自分の想像の在り得無さに冷や汗だらだらのルイズが、ちら、と問題の使い魔の横顔を見つめた。
薄闇を払う一筋の暁の光が薄切りの衣を透かしているようにおぼろげに照らし出す、幽幻の世界から現われ出たかの如き美。
確かにこの目で穴があくほど見つめているというのに、一度目を閉じれば瞼の裏にその姿を思い浮かべる事さえ出来ない。
美しすぎるのだ。その鼻梁のライン、輪郭、瞳の形、唇の色、美を構成する何もかもが頭抜けて美しすぎて記憶に留める事さえできない。
ただただ、美しい鼻梁、美しい輪郭、美しい瞳、美しい唇という思いのみが胸に残る。Dという若者はそれほどの美の権化であった。
で、その、Dに、掃除や洗濯をやらせようという発想を一瞬とはいえ思い浮かべたルイズは、私って何考えてんの!? と軽い自己嫌悪に陥り自分の頭を両手で抱えてう~う~唸っていた。まったく、朝から見ていて飽きない娘である。
「と、とりあえず着替えるから、私を着替え……さ、せ……」
皺の寄ってしまった制服に気づき、あ、これを着替えさせてもらおう、これ名案。と思い立ったルイズだったが、途中でピタリと口を止めて固まった。
着替えさせてもらう? 誰に? Dに。
Dが誰を着替えさせるの? 私を。
Dが私を着替えさせる? そうね。
Dの指が一つ一つこの、私の、ブラウスのボタンを外して! そそ、そのブラウスを脱がして、す、スカートのホックも外して私の足からそっと脱がせて! こ、こ、このニーソックスも片足ずつ、ぬぬぬ脱がすのね!?
それで、し、し、下着姿になった私に、クローゼットかか、から持ってきた替えの、制服を、こ、こん、今度は逆の順番で、私に、着せる! 着せる? うん、着せるの。
きせ、着せ、着せる!? 脱がして、着せる! 脱がし、着せ~~~~~っ、そそ、そういうのが好み!?!?!? 貴方が、それを、望むのなら!! わわ、私はいつでもばばば、バッチこいよ!?
「~~~~~~~っ!!!!!」
「な~にをジタバタしとるんじゃ、あのお嬢ちゃん? 頭のネジでも外れたか?」
「かもしれんな」
「貧乏くじ引いたかのう?」
Dと左手が揃ってルイズを見た。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!!!」
ルイズはごろごろとベッドの上で転がっている。ほっそりとした首筋から耳の先まで、白磁の肌を薄い紅色に染め上げている。絶妙にブレンドされた羞恥と興奮が齎す性的な紅色だ。
かすかな香水の様にルイズの体から立ち上る雌の匂い。ほんの一嗅ぎであらぬ妄想の囚われそうなそれも、その発生者の狂態を目の当たりにすればたちまちの内に効果を無くすだろう。
時折『きゃ~』だの『だめ』など『あ、でもぉ』などと頭の中が暖かい言葉を口走っているルイズの様子は、見ている方が辛いモノがあった。
「……そのようだ」
突然枕を抱きしめてベッドの上でごろごろと転がりはじめ、おまけに足をジタバタ振って、スカートの中のパンツを披露しながら悶えるルイズに対して、心底あきれた様子でDの左手に宿る老人が感想を零す。
Dの方も同意見らしい。このハルケギニア大陸に召喚されてからはじめて、どこか疲れた様な響きを交えた声だった。
更に五分ほどごろごろと転がり続けていたルイズが、これ以上の妄想をしたら死ぬ、私、心臓が破裂して死ぬ、と変に悟って、転がるのをやめた。
ルイズの、顔の一つ一つのパーツを世に稀な名工が厳選した様に整っている鼻からは、はー、はーっとやたらと荒い息を吐き、真っ赤になった顔をぱちんと、小さな手で叩いて気合を注入した。
かろうじて正気を取り戻したルイズは、自分がかました行動に途方もない後悔を覚えながら、Dに背を向けた姿勢のままで声をかけた。今、面と向かいあったらその場で首を吊りたくなる気分になるのは必定であった。
「D、私、これから着替えるから部屋の外で待っていて。その後で食堂に案内するから!」
「分かった」
やや訝しげなニュアンスを含んだDの返事と共に、椅子から立ち上がる気配が続き、すぐさまDがルイズの部屋の外へと移動した。
なんだかんだで自分の言う事を聞いてくれている現状に、ちょっぴりルイズの緊張が解けた。
おそるおそる、つい数秒前までDが座していた椅子を振り返り、そこに美影身の無いことを確認したルイズが、肺の中にため込んでいた恍惚の吐息を一気に吐き出した。
ルイズの顔の周りがかすかに桃色の煙ったように見えてもおかしくはないだろう。ルイズはそのまま脱力し、ベッドの上に腰から折れたように上半身を投げ出した。
「やっぱり夢じゃなかったんだ。Dが、私の使い魔……」
きゅっと小さな手でシーツを握りしめ、その握り拳をぼんやりと見つめる。魔法が使えて当たり前のメイジの中で、ただ一人魔法の使えないメイジであった自分が呼び出した使い魔。
マンティコアやグリフォン、ドラゴンの様な幻獣なんて我儘は言わない、他の生徒達の様にフクロウや犬、猫のような普通の動物でも構わない。
ただ、私の呼び掛けに応え、魔法を成功させたという事実と私もまたメイジなのだという証拠が欲しかった。張り続けた虚勢とそれを維持し続ける精神的な疲労は、澱の様に重なって心の底にうず高く積り、ひしひしと破滅の音を立て始めていた。
良くも悪くも、私がいつか魔法を使えるようになるという目標を諦める分岐点があの使い魔召喚の儀式だったのだ。そして私は使い魔の召喚に成功している。
「ん? そう言えば、Dって……何者なのかしら? 剣を背負っていたからてっきり傭兵か何かだと思っていただけど、本人に確認したわけじゃないのよね」
もっとも、とうのDが召喚されてからしばらく眠りっぱなしであったし、目を覚ましてからすぐにオスマンを訪問しているから、ルイズが質問する暇がなかったのも仕方のない事と言える。
纏う雰囲気の凄絶さとあまりの美貌故に、一歩引いた態度で接してしまったが仮にDがただの平凡な平民(仮定しているルイズ自身、まるっきり信じていないが)であった場合、仮にもヴァリエール公爵家の三女たる自分があのような態度を取ったのは如何なものか。
でもまあ、Dが普通の平民のわけないわよね。オールド・オスマンも慎重に言葉を選んで対応していらしたし。
そんな風に考えていると、窓の外からあの老人の声が聞こえてきた。
「お嬢ちゃん、まだ着替えは終わらんのかの?」
「すぐ行くから待っていなさい。……腹話術か何かかしら? 趣味悪いわね。子供受けでも狙っているのかしら? 無愛想だし。まあ、本人に聞けばいいわ」
とりあえずは、使い魔である事に妥協してくれたみたいだし、とルイズは強いて前向きに考えて、制服を着替えるべくベッドから降りてクローゼットへと足を向けた。
その途中で背後を振り返ってDが腰かけていた椅子の辺りを見つめてから、眼を擦る。
「なんだか、あの辺だけいやに輝いて見えるけど気のせいよね?」
左右にカーテンを開き、目一杯に朝陽の黄金を取り込んでいる窓の傍に置かれた椅子の周囲が、朝の陽光以上の輝きで煌めいているように見えて、ルイズは自分の目がどうにかしてしまったのかと、瞬きをしたり擦ったりするが結果は変わらない。
今もルイズの思考の片隅を支配するDの美貌の残滓のたまものか、Dが居た、と言う事実がその空間さえも輝かせているような錯覚に囚われたルイズであった。
それから予備の制服に袖を通し、食堂の前に顔を洗いに行きましょう、と思いながらが髪を梳く。
化粧はまだ幼いとも取れる自分の肌には必要ないと知っているから、最低限の身だしなみはこれで整った。
かちゃ、とドアノブが回る音と共に、人に見せられるだけの格好を整えたルイズがひょっこりと顔を覗かせる。
「D、待たせちゃった?」
「いや」
意外と言うべきか律義にDは返事をした。だらんと腕を下げ、背を預けていた壁から身を離し、食堂へ案内しようとするルイズと並ぶ。
ルイズはDのその行動に、この見栄えで言えば魔法学院史上最高の評価を受けるべき青年の主人である事に、我知らず、貧しい胸を精いっぱい誇りたい気分になった。
“ああ、始祖ブリミル、今日ほど貴方の慈悲に感謝の念を覚えた事はありません!”
鼻歌が飛び出しかけたルイズに水を差したのは、ガチャリと音を立てて開かれた扉と、その向こうから姿を見せた一人の少女だった。
ルイズの部屋とおなじ部屋の主に心当たりが大ありなルイズは、たちまちの内に可愛らしさで溢れていた顔を不機嫌なものに変えた。
滴り落ちる様に窓から差し込む陽光を紅蓮に染めて燃えたぎらせるような紅色の長い髪、雄を惑わせる色香を自然と振りまく豊満な肢体、ブラウスの胸のボタンがあいているのは、わざとではなく閉められないからだろう。
ブーツに包まれた肉感的な太ももや、大胆に開いた胸元から覗く大きな乳房も、瑞々しく張りに富んだ褐色の肌も、すべてがプリミティブな魅惑を隠そうともせずに滲ませていた。
長身を飾る見事なプロポーションといい、烈火を思わせる紅の髪といい、幼さに通ずる魅力の少女であるルイズに対し、あまりにも女を強調した魅力の少女であった。
ルイズと年はそう変わらない筈なのだが、ともすれば十二、三歳に見えなくもないルイズと比べると、同じ生き物かと思うほどに体の凹凸に差がある。
世の男性がこの二人のどちらかを選べと問われたなら、ルイズに勝ち目はあるまい。
「おはよう、ルイズ」
「おはよう、キュルケ」
ばち、と両者の交差した視線の衝突点で紫電の火花が散る。
「ともに天を頂かず、不倶戴天という奴か」
とDの腰のあたりからしわがれた声が感想を零した。胸の絶壁具合も、兼ね備えた女としての魅力も天と地ほどもかけ離れた二人の様子から、関係性を探るのは容易な事だった。
視線を外した方が石になる、とばかりにそのまま火でも吹き出しそうな勢いで睨みあっていた二人は、ふん、と鼻を鳴らして互いにそっぽを向いた。
そのそっぽを向いたキュルケが、あ、と小さく唇を開いてDに気づく。少女の瑞々しさと女の艶めかしさが道教する褐色の肌を、たちまちの内に占領する紅色。
自分自身の髪の色にも負けぬ顔色に変わるキュルケを、む~とルイズが不満げに見ていた。自分の使い魔の外見の優秀さが証明されたわけだが、証明されても面白くない相手もいるらしい。
Dを見た人間の億人が億人共そうなる反応を見せたキュルケが、恋の意味を初めて知った少女とよく似て異なる反応で、Dに恭しく挨拶をした。
「初めまして、美しい方。私、キュルケと申します。家名を名乗らぬ無礼は、貴方に名前で呼んで欲しいというささやかな願いですのよ、お許しください。お名前を伺っても?」
「D」
「D。……そう、Dというの。風の様に現れて、そして風のように何処かへと吹いて行ってしまいそうね」
「ちょっと、キュルケ、人の使い魔に色目を使わないでくれるかしら?」
「やだわ、ルイズ、誰が色目なんて使っているって言うの? 私は、ただあなたが呼んだなんて信じられないこの人のお名前を伺っただけよ? あなたに言いがかりをつけられるような事を何かしたかしら」
「日頃の自分の行いを考えなさいよ。そこらの野良犬みたいに媚と色目を使っているあんたが何を考えているなんて、分かりたくなくても分かるわよ」
「あらあらあら、ルイズ、あなたにあたしの考えている事が分かるって? いやね、いつからあなたそんなにあたしの理解者になったの? そんな事いうものだから、ほら、鳥肌が立っちゃったじゃないの」
「あんたと話すだけ時間の無駄ね。D、早く行くわよ!」
蚊帳の外に置かれたDは、二人のやり取りに欠片ほども関心をむけず、足元にすり寄ってきた赤い火トカゲに視線を向けていた。
固い鱗に包まれた体に、長い尾の先ではちろちろと火が燃えている。獰猛そうな顔立ちの割にはくりくりとした瞳のサラマンダーだ。
キュルケの使い魔であろう。同じ使い魔としてのシンパシーでも感じ取ったか、その虎にも匹敵する巨体は、じっとDを見上げていた。
Dの父方の血筋の種族は野の獣に対する下知能力を持っていたから、それを感じ取ったのかもしれない。
Dとの初めての起床で頭まで浸っていた恍惚郷から、キュルケの登場で現実に引き戻されたルイズは、キュルケの使い魔であるだろうサラマンダーと戯れているDに声をかけるや返事も待たずにずんずかと歩きはじめた。
足元に何があろうと蹴散らし、踏み砕いていきそうな勢いである。Dは悄然と影の様にルイズの後を追った。
そんなちぐはぐな、ある意味では息の合った二人を見送ってから、キュルケは全身を犯す美の衝撃になんとか抗いながら、壁に寄りかかって、そろそろと息を吐いた。
昨日、ルイズの召喚の際に立ち込めた異様な熱気と爆煙の中から現われたその姿を一目だけ見たが、改めて見ればその美貌に魂までも揺さぶられた思いだった。
あんなのと一晩一緒に過ごしてよく正気を保てたわね、とキュルケは妙な方向でルイズの事を評価していた。正直、自分では正気を維持する自信がなかった。
ぐるぐると喉を鳴らして、サラマンダーがキュルケを見上げていた。
ぐったりと疲れた様子のキュルケを気遣っての事だろう。そんな使い魔の気遣いがうれしく、キュルケはかすかに微笑んでフレイムと名付けたサラマンダーの頬の辺りを撫でた。ぐるぐると、低いうなり声がフレイムの喉の奥から零れる。
「ありがとう、フレイム。微熱は激しく燃える事はあっても冷めて消えてしまう事はないから微熱。けれど、あんな相手だと燃え尽きてしまって、もう燃やすモノがない気分ね。ツェルプストーの恥晒しになるかもしれないけれど。ね、フレイム?」
フレイムにはキュルケの言いたい事はさほどわからなかったが、自分の頬を撫でる主人の柔らかな手に頬を擦り寄せた。それが一時の慰めにはなると、理解していたからだ。
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