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#navi(ゼロと損種実験体)
夜が開け、木々や小さな動物達が目覚める時間。
泡沫の眠りから目覚めようとする瞬間こそが、人が最も至福を感じる瞬間だとルイズは信じる。
目覚めるか目覚めないかのまどろみと、自身の人肌に暖まった布団。この幸せをもっと味わおうと、ルイズは毛布に潜り込む。
いわゆる二度寝である。
だが、今日に限っては、至福の時は不埒な何者かによって妨げられる。
「いつまで、寝ている気だ。さっさと起きろ」
耳に馴染みのない男性の声と共に、毛布は剥ぎ取られ、更に首根っこを持ち上げられ子猫のようにつまみ上げられる。
「ふにゃ?」
何が起こったのか理解が追いつかず、声の主であろう男を見やる。
そこにいたのは、がっしりとした体格の黒いシャツを着た、顔の左に広く傷跡を残した見覚えのない何者か。
「だっ、誰? なんで、わたしの部屋に見知らぬ男が!?」
「寝ぼけるな。昨日お前が召喚したんだろうが」
左手に刻まれた使い魔のルーンを見せてくる男に、そういえばそうだったわね。と持ち上げられたまま拍手を一つ。
なんだか分からないけど偉そうな亜人を召喚してしまい、紆余曲折あって契約のキスをすませたんだった。
ファーストキスだったけど、使い魔だし亜人だしノーカウント。そういえば、ミスタ・コルベールが珍しいルーンだとか言ってスケッチしてたような。
「でも、なんでこの状況?」
「お前がいつまでも起きないからだ」
「へ?」
首を傾げる。窓から差し込む光からみて、いつも起きている時間と比べるとまだ早い。
起き抜けで回らぬ頭で告げる言葉に、その男、アプトムは渋面になる。
「お前がいつもどの時間に起きてるか知らないが、昨日寝る前に自分が何を言ったか思い出してみろ」
「寝る前? 何か言ったっけ?」
首を捻るが、いい感じにボケた寝起きの頭は答えを出してくれそうにない。
「『使い魔の役目を説明したいけど、今日はもう遅いし明日の朝に教えるから早めに起こして』
お前は、そう言って布団に潜り込んだんだがな」
言われてみれば、そんな事を言った気がしないでもない。
「えーと、ごめん」
「もういい。それより使い魔の役目というのをさっさと説明しろ」
なんか偉そうね。と思いつつも、半ば寝ぼけたままの頭のおかげか、怒りは涌いてこない。
というか、説明したら二度寝させてくれるかしら。
使い魔の役目は大雑把にわけて三つ。
一つ目は、主人と視覚聴覚を繋げ、自分の見たものを主人に伝える。鳥のやコウモリのような空を飛ぶ使い魔に与えられることの多い役目。
二つ目は、主人の指示に従い、主人の求める秘薬の材料を探し見つけてくる。モグラやトカゲのような人が入り込めないような所に行くことのできる使い魔に与えられることの多い役目。
そして三つ目、主人を守り戦う。人と同じかそれ以上の体躯を持つ使い魔に与えられる役目。
「つまり俺の役目は、お前に危機が迫った時に守って戦うことなんだな」
「うん。なんでか視覚も聴覚も繋がってないみたいだし。あと、わたしのことはお前じゃなくてお主人様って呼びなさい」
答えながら、なんとなしに昨日見たアプトムの姿を思い浮かべる。
オーク鬼と同じくらいの体格の爬虫類に似た亜人とその首に貼りついた腕……。
「って、何よアレ!?」
「急に、どうした?」
どうもこうもないだろうと、思い出した事を追求する。先日は自分もコルベールもうっかり追求を忘れていたが、放っておいて良い話題ではないとルイズは思うのだが。
「大したことじゃない。それと、昨日のあれが俺の本当の姿というわけでもない」
などと不可解な答えが返ってきた。
どういう事なのか、しっかり説明しなさいと命じてみたが、説明しても理解できないだろうと言われた。まあ、確かに先住の変身魔法なんか説明されても理解できないだろうし、なんだかどうでもよくなってきた。と言うか眠い。
変化の先住魔法とは何だ? アプトムは、昨日から何度も思い、しかし質問のタイミングが取れなかったために保留したまま忘れていた疑問を頭に浮かべるが、聞いても答えは返ってこないだろう。
なにしろ自称ご主人様は、彼に摘み上げられたまま寝入ってしまったのだから。
しかも「授業の前に朝食だから食堂に連れて行ってね。その前に着替えも」などと寝言なんだか分からない言葉まで残してだ。
ふざけるなと、ベッドに投げつけてやろうかと思ったが、子供の言う事にいちいち腹を立てるのも大人気ない。
だからといって、本当に寝ているルイズを着替えさせてやるのはどうだろう。とは、アプトムは考えない。
相手は、おそらくは12か13歳の子供でしかも貴族とやらだ。彼女にとってこれらは、ごく普通の言動なのだろうし、彼はいい歳をした大人である。意味もなく反発しようとは思わない。
アプトムは子猫のようにぶら下げたルイズを持ってクローゼットに向かう。
ルイズの年齢は16歳なのだが、彼はまだそのことを知らない。
着替えさせて、まだ眠ったままのルイズを担いで部屋を出ると、ちょうど同じようなタイミングでルイズより軽く五歳は年長に見える赤い髪の少女が別の部屋から出てきていた。
「おはよう。ルイズ」
アプトムの肩の上のルイズに気がついた少女の朝の挨拶に、ルイズは薄目を開けて「おはよう。キュルケ」と返してまた重い瞼を下ろす。
「なんか、眠そうね」
「昨日は、夜遅くまで話をしてた上に、布団に入ってからも興奮して中々眠れなかったようだからな」
話をしていたのは、ほとんどがアプトムとコルベールで、ルイズは付き合いで起きていただけのようなものだったが。
「ふーん。あなたがルイズの使い魔?」
肯定すると、キュルケはアプトムを指差し笑った。
「あっはっは! ほんとに人間なのね! 『サモン・サーヴァント』で平民呼んじゃうなんて、さすがはゼロのルイズだわ」
その言葉に、なるほど自分の獣化について知られていないようだな。とアプトムは昨夜のコルベールとの会話を思い出す。
ルイズとの契約を済ませた後、コルベールはアプトムが亜人であることは隠して欲しいと頼んできていた。
亜人で先住魔法の使い手の使い魔だなどと、アカデミーにでも知られれば、取り上げられるのは間違いなしと言われルイズも同意した。
アプトムとしても、そんなところに連れて行かれてモルモットにされるのはごめんだが、隠したところであの召喚の場に居合わせたものが喋れば同じことだろう。それ以前に自分は亜人などというものではないが。
だが、コルベールは召喚の瞬間と変身するところは誰も見ていないはずだと言う。
あの時、ルイズ以外の生徒は皆、召喚と契約を済ませていた。ルイズだけが終わらせてなかったのは、彼女が何度も召喚に失敗していたからで、アプトムが現れた時にはもうルイズの召喚の魔法の失敗笑うのにも飽きて、彼女を注目している者はいなくなっていたのだ。
「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわわねぇ~。フレイム」
キュルケが呼ぶ声に応えて、巨大な赤いトカゲがのっそりと姿を現す。
虎ほどもある体躯と、呼吸と共に口からこぼれる炎に、これは自分と同じで主人を守る役目の使い魔だな。と思っていると、キュルケがつまらなそうな顔になる。
「驚かないの?」
そう言われても、彼はこのハルケギニアを地球とは別の惑星だと判断している。ついでに言うと、メイジも地球の人類と似た姿をしているだけの別の生き物だと思っている。ここで、未知の動物が出てきたところで驚くには値しない。地球でも見られる普通の動物が出てきたほうがよっぽど驚いだろう。いや、普通の動物もいるのだが。
もっとも、彼らの文化レベルから考えて別の星から来たなとと言っても頭がおかしいと思われるだけなので「珍しいのか?」と答えておく。
「珍しいのよ! 火トカゲよ! ほら見て、この尻尾。ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ。ブランド物なんだから! 好事家に見せたら値段なんかつかないんだから」
そう言われても比較の対象がないのだから感心のしようがない。
反応の薄いアプトムと、本当に見せびらかしたかった相手であるのに舟を漕いでいるルイズに、キュルケはつまらなそうな顔になる。
「じゃあ、お先に失礼」
踵を返し立ち去ろうとするキュルケだが、それをアプトムが呼び止めて言う。
「悪いが食堂の場所を教えてくれ」
キュルケに案内されて行った食堂は、学園の敷地内で一番高い本塔の中にあった。
無駄に広い食堂内には、やはり無駄に長いテーブルが三つ。テーブルには豪華な飾りつけと豪勢な料理。なんのパーティだといいたくなる様だ。
「朝から、こんなに食べるのか?」
呆れた声を出すアプトムに「そんなわけないでしょ」と答えが返ってくる。
朝からそんなに入るわけがないし、この学院に通う生徒は皆貴族なのだが、貴族たるもの出された料理を全て平らげるような、はしたないことはしない。適当につまんでお腹が膨れたらあとは食べ残すのだ。
「なんともコメントし辛いものだな」
言って、ここだと教わった席にルイズを座らせると、さすがに目を覚ましたらしいルイズが、ここがどこだか分からないのか小動物のようにキョロキョロと周りを見回しアプトムを見つけて納得した顔になる。
「あー、食堂ね。うん。分かってる。わたしが連れて行けって言ったんだもんね」
「何を言い訳している。いいから、さっさと食べろ」
「うん。偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうことを感謝いたします……。
ってそういえば、あんたの食事を忘れてたわ」
言われて見るとその通りである。というか、アプトム本人は自分が食事を必要とする生き物であることを失念していた。
アプトムには融合捕食という、他者をそのまま栄養分として取り込む能力がある。別に普通の食事が出来ないわけではないが、こちらの方が効率がいいし、ここに来る前には獲物となる敵にも不自由しなかったので、食事という行為を長らくしてなかったのだ。
だが、こちらではそうはいくまい。ルイズの使い魔という立場である以上、その辺りを歩いている人間を獲物にするわけにはいかないし、優れた遺伝子情報をコピーするという戦闘生物の本能が、獣化兵ですらない人間を融合捕食するという行為に積極的ではない。
しょうがないわねえ。とルイズは嘆息する。
この使い魔が反抗的な平民とかだったなら、肉の切れ端の入ったスープと固いパンでも食べさせていたのだろうが、そうではないし何の用意もしていない。
「わたしの食事を分けてあげるから適当につまみなさい。主に、はしばみ草とかを」
そう告げると、ルイズは食事に取り掛かったのだった。
この期に及んでも半ば寝ぼけたままのルイズが、朝食を済ませアプトムに学院のことを話しながら授業のために向かった教室に入ると、先に来ていた生徒の多くがルイズと次にアプトムを見て聞こえよがしに笑い声を上げる。
あからさまな嘲りの笑いに訝しく思ったが、先に朝食を済ませて教室に来ていたキュルケを見つけて、そういえば平民がどうの言っていたな。と他の生徒が連れている使い魔らしき動物たちを見回し、自分以外に人間の姿をした生き物はいない事を確認する。
人間の何に問題があるのかは分からなかったが。
そして、ルイズはと言えば困惑していた。
彼女の主観では、自分が召喚したのは亜人でしかも先住魔法で変身までして見せる凄い使い魔である。
しかし、他の生徒は人間の姿になった後のアプトムしか知らず、コルベールとの話し合いによって、ただの平民を召喚したという事になっているので、ルイズが間抜けにも何の役にも立たない平民を使い魔にしたと思い込んでいた。
ルイズも、アプトムの正体を隠すことに同意し、彼がただの平民と見られていると知っているのだが、現実としてアプトムがただの平民などではない事を知っているために、認識に食い違いがあるのだ。
そんなこんなで、居心地悪げにルイズが席に着いた後、アプトムは自分はどうしようかと考える。
授業中の教室に大の男が突っ立っていたら邪魔だろうし、後ろに下がっていたほうがいいのかもしれないが、自分の使い魔という身分を考えるとルイズの傍にいた方がいいのかもしれない。
どうしたものかと尋ねてみると、ルイズは少し考えて「隣に座ってて」と答えてきた。
そこには、貴族でもない者を座らせていいのだろうか? でも平民じゃないし、よくみたらコイツ目つき悪いいし怒らせたら恐そうだし。
なんて葛藤があったりしたのだか、そんなことはアプトムには分からない。
二人が席に着いてすぐに教師なのだろう、中年の女性が教室に入ってきて教卓の前に立った。
「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
そう言って教室を見回したミセス・シュヴルーズの視線がアプトムで止まる。そこに込められた感情は、疑問。
彼女は、コルベールにルイズの召喚した使い魔が少し特殊なので注意しろと言われていたが、どう特殊なのかは聞いていなかった。
だから、どう特殊なのかと思ったのだが、そこにいたのは大人しくルイズの隣に座る平民の男が一人。人間を召喚して使い魔にするというのは珍しいが、凶暴な幻獣でもあるまいに特に注意しなければならない理由が分からない。
もしかすると顔の左側にある大きな傷跡のことを言ってはいけないとかそういう理由なのかもしれない。一人納得すると、微笑んでルイズに言う。
「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」
その言葉に悪意などひとかけらもなく、ルイズも確かに変わった使い魔だと心中同意したのだが、そこにありもしない悪意を感じ便乗するものたちがいた。
「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」
小太りの少年が笑いながら吐き出した言葉には、強い相手を見下す嘲りの響きがあり、ルイズはそれに敏感だった。
「違うわ! きちんと召喚したもの!」
「嘘つくな! 『サモン・サーヴァント』ができなかったんだろう?」
笑いに包まれた教室の中、その対象の一方であるアプトムは呆れた目で、笑う生徒たちを見る。
事情を知らないアプトムだが、聞いていればルイズが出来のいいメイジでなく、そのせいで馬鹿にされているのであろうことは察しがつく。だが、あまりにも大人気ないだろう。
見たところ、彼らも15~18歳の子供なのだろうが、それでも更に年少の子供であるルイズが実力で劣ることを笑うなど、褒められた話ではない。
ルイズが彼らより年少だというのは、アプトムの誤解なのだが。
それに、ルイズが年少の子供でなかったとしてもだ。と朝食の後、教室にくるまでにルイズが言っていたことを思い出す。
「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ。メイジは、ほぼ全員が貴族なの。『貴族は魔法をもってその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を、存分に受けるのよ」
貴族たるべき教育を受けた結果が、これというのはお粗末すぎるだろう。
「では、授業を始めますよ」
シュヴルーズがそう言ったのは、ルイズと小太りの少年の言い争いが収まったというか、彼女が力ずくで収めた後のこと。
そうして続くシュヴルーズの話をアプトムは適当に聞き流す。ルイズたちはこの学院の二年生であり、つまりこの授業は一年の教育を前提として進められるものである。そんなものを魔法などというものと無縁な世界で生きてきた自分が聞いても理解できるとは思わなかったし理解したとしても、このハルケギニアの住人ではない自分には使えないだろう。
むろん、将来メイジと敵対かあるいは共闘する可能性があることを考えれば、魔法で何ができるかは把握しておく必要があるだろうが。
シュヴルーズが、先にルイズと言い争いをしていた小太りを指名して質問をしたり、火水土風の系統がどうの、失われた虚無の系統がどうの自分は土系統だのと話していたがアプトムの興味は惹かない。
シュヴルーズが錬金の魔法とやらで教卓の上に置いた小石を真鍮に変えた時は、流石に少し驚いたものの、やはりアプトムの興味を惹くものではなかった。
アプトムが興味を惹かれたのは、シュヴルーズが錬金をやってみなさいとルイズを呼んだときである。魔法自体には興味のない彼だが、ルイズには立派な魔法使いになって自分を地球に返す魔法を開発してもらわなければならない。
となれば、ルイズの魔法の実力を見ておいて損はない。出来が悪いのだろうことは察しているが。
そして、他の生徒の「やめて。ルイズ」「はやまるな」「思いとどまれ」「君のご両親は泣いているぞ」「ちょっとまてよ!」「なんです?」という応援の言葉を送られたルイズは、ルーンを唱え「えい、やー」と杖を振り下ろし。アプトムとシュヴルーズ以外、全員の期待に応えて小石を爆発させた。
その爆風は、人一人を容易く吹き飛ばす威力。爆音は、耳元で破裂した爆竹の如し。
ゆえに、至近距離にいたルイズとシュヴルーズは黒板に叩きつけられ、教室にいた使い魔たちは驚き暴れだし生徒たちもそのカオスに巻き込まれた。
「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」「俺のラッキーがヘビに食われた!」
「チャッピー! エサ!」「対抗しようとするな! ナマモノ!」
悲鳴と怒声の上がる阿鼻叫喚の最中、煤で真っ黒になり、服もボロボロにしたルイズが無表情にで立ち上がり、ハンカチで顔の煤を拭いながら淡々と一言呟いた。
「ちょっと失敗したみたいね」
もちろん、その言葉は他の生徒たちの逆鱗に触れた。
「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」「何事もなかったような顔して誤魔化そうとしてるぞ!」「許すな!」「くらわしてやらねばなるまい、然るべき報いを!」
怒号の響く中。なるほどな、とアプトムはゼロのルイズという呼び名の意味を理解する。
戦闘生物を自認する彼からすれば、錬金などより爆発の魔法の方がよほど有用性がありそうにみえたが、そんな事を言っていては、ルイズに帰還のための魔法を使わせるなど夢のまた夢だな。と嘆息するのだった。
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