「鷲と虚無-12」(2008/12/28 (日) 09:40:24) の最新版変更点
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#navi(鷲と虚無)
才人は内心ひどく狼狽していた。なにせ、女の子に目の前で泣かれると言う事自体が始めてなのだ。
だが、対照的にウォレヌスとはプッロは落ち着いている。
「いったいありゃなんだったんでしょうね?」
「見ての通りだろうな……あの娘はそうとうな癇癪持ちだって事だ」
両方とも大して気に留めていないようだ。そんな二人を見ながら、才人は迷った。
果たして彼女を追いかけるべきかどうか。
「どうしましょう?あいつを追いかけた方がいいと思います?」
プッロは肩をすくめて見せる。
「やめといた方がいいぞ?あんな状態の奴に何を言っても逆ギレされるだけだ。放っとけ」
二人の冷たい態度には少し不快感を感じるが、確かに今はそっとしておいた方がいいかも知れない。
「じゃあこれからどうします?あいつはいなくなっちゃったし、このゴミを片付けますか?」
「別にいいだろ、そんな事しなくても。放っておこう」
プッロの言葉に、ウォレヌスが異議を唱えた。
「その気持ちは私も同じだが、した方がいい。命じられた仕事を片付けなければ学院側の印象が悪くなるし、第一あとであの娘のやかましい小言を聞かずにすむ」
「は~、じゃあ仕方ありませんね。とっとと終わらせましょう」
プッロは余りやる気の無さそうな声で言った。
三人は掃除を始め、黙々と作業を進める。その間、才人はルイズの事を考えていた。
プッロは追いかけない方がいいと言ってたが、もしかしたらそれは間違いだったかもしれない。
(あの時無理やりにでも追いかけて何か励ましの言葉をかけた方が良かったんじゃないか?)
明らかに彼女は追い詰められている。このまま放っておいても良い事があるとは思えない。そう思った時、プッロが口を開いた。
「ところで俺には未だにわからない事があるんですが」
「なんだ?」
「あいつのあだ名の意味ですよ。魔法がいつも失敗するって事と関係あるからついたあだ名ってのは解りますが、ゼロって言う言葉は聞いた事が無い。隊長は知ってますか?」
ウォレヌスは首を振った。
「いや、私も聞いた事が無い」
ゼロを聞いた事が無い?一体どう言う意味なのか、才人には解りかねた。
「いや、単に魔法の成功率がゼロって意味だって思いますけど」
「だからゼロって言葉がどういう意味なのか解らないんだよ」
才人はとまどった。ゼロと言う言葉の意味が解らない?いったいどう言う事だ?まず初めに、才人は翻訳の間違いを疑った。
コルベールによればこの左手のルーンのおかげでハルケギニア語やラテン語が日本語に聞こえるらしいが、もしかしたらそれが何か誤作動の様な物を起こしたのかもしれない。
だが、そのあと少しの間一方通行な会話をしてようやく才人は気づいた。この二人は「ゼロ」と言う概念が存在しないのだ。
そして才人はゼロと言う物について説明しようとしたのだが、どうもうまく解って貰えない。
「……だからゼロってのは要するに何も無いって言う意味の数字なんですよ。無を表してるんです」
もう既に何回か同じような事を言ったのだが、プッロはおろかウォレヌスまでが理解を拒む。
それどころか説明しようとしている内に、自分でも言っている事がよく解らなくなってくる始末だ。
「それが理解できん。存在しない物がいったいどうやって存在できるんだ?」
「え~と、だからそれは……」
そこにプッロが割り込み、うんざりした様に言った。
「もういい、この話を聞いてたら頭が痛くなってきた。とにかくゼロのルイズってのは魔法が必ず失敗するからついた名前なんだろ?それだけ解りゃ十分だ」
ウォレヌスも同意したのか、この話は打ち切った。
(助かった……)
元々数学なんて得意じゃない。あれ以上細かく聞かれたら答えられなかっただろう。
ゼロという概念が存在しないと言うのも不思議な話だ。色々と不便そうなのに。
それにしても“ゼロのルイズ”がゼロの概念の無い人間を使い魔にすると言うのも、考えてみれば皮肉な事だな、と才人は思った。
ゼロの次は魔法に話題が移ったようだ。
「あの錬金って奴、ふざけてると思いません?」
「ああ、全くだ。遠くの人間を瞬時に移動させたり、物を宙に浮かばせるだけでなく、物質を一瞬で完全な別物にするだと?我々にそんな力があれば軍事が様変わりするぞ」
軍事が様変わり?いったいどう言う事だろう。錬金がどう軍隊に関係あるのか、才人には解らなかった。
「それってどう言う意味でしょうか?」
「その辺の石ころをどんな物質にでも変えられるなら、いちいち鉄鉱石を採掘しなくても簡単に鉄が手に入る。そうなれば今までより遥かに早く武具を揃える事が出来ると言う事だ」
なるほど、確かに軍隊を簡単に装備できると言うのは重要な事かもしれない。
(じいちゃんも日本は補給を軽視したから負けたって言ってたし)
だが解せない事に、なぜかウォレヌスの顔には不快と苛立ちが浮かんでいる。
だがその事について聞ける前に、プッロが話しを進めてしまった。
「正直言って、かなり罰当たりな気がするんですがねえ、こいつらのやってる事って。あんな神みたいな力を使って、ここの神々はお怒りにならないんでしょうか?」
「連中の様子を見る限りじゃ魔法はここじゃごく普通の事のようだ。つまりここの神々も認めているって事だろう。おまけにあの授業を聞く限りじゃまだまだ我々の知らない魔法が沢山あるようだ」
そう言った後に、ウォレヌスはクソッと吐き捨てた。
「あの娘が魔法を使えないのは良い事かもしれませんねえ。あの性格で魔法も使えるとなっちゃ、おっかなくてしょうがないですよ」
「あの爆発も十分おっかない気もするがな。あんな物を戦列の中央で炸裂させてみろ。どんな事になるやら想像もつかん」
軍人であるせいかもしれないが、さっきの話といいこの人たちはよく軍隊に話を繋げるな、と才人は思った。
「戦列か……もう一日になりますが、俺たちが戦いの途中に突然いなくなった事……軍団の連中はどう考えてるんでしょう?」
少し考えてから、ウォレヌスは言った。
「あれだけの人間がいたんだ、我々があの鏡に吸い込まれるのは誰かが見ている筈だ。少なくとも脱走兵として扱われる事は無いだろう」
「そう願いたいもんですねぇ。でも、それなら俺たちゃいったいどう言う扱いになるんでしょう?戦死ですか?」
「さあな。行方不明か、下手をすれば神々にどこかに連れ去られた、と噂されてるかもしれん」
今まで忘れていたが、思い出した。この二人は戦いの真っ最中に召喚されたんだった。
自分と違って、彼らは戦場で生きるか死ぬかと言う時に突然異世界に連れ去られた。そしてウォレヌスはたしか隊長だと言っていた筈。
戦いの真っ最中に指揮官がいなくなれば、配下の兵士達が大きく混乱するのは素人にも解る事だ。もしそれが原因で部隊が全滅でもしたら……
「あなた達が召喚された後、戦いはどうなったと思います?勝てたと思いますか?」
才人は好奇心にかられてつい聞いてしまったが、その後にしまった、と思った。
こんな事は聞くべきじゃない。もしかしたら一番気にしてる事もしれないのに。
だが予想とは裏腹に、ウォレヌスもプッロも特に気分を害した様子は無かった。
「戦いは長引いたとしても昨日の夜には終わっている。なら我が軍は今頃タプススの包囲を再開している筈だ。まあ、救援が敗れたのだから連中もすぐに降伏するだろう」
「ってことは俺達は戦利品をみすみす見逃した、って事にもなりますねえ。全くもったいない」
そう言ってプッロは悔しそうに舌打をした。どうやら二人はいささかも自分たちの勝利を疑っていないようだ。
その事に再び好奇心を抱いた才人はさき程までの躊躇を忘れ、質問を重ねた。
「あの、怖くないんですか?例えば自分達がいなくなったら負けるかもしれないとか……」
「大隊長が戦死したり負傷した場合は下位の百人隊長が指揮を引き継ぐ事になっている。多少の混乱はあるだろうが、それだけで壊走する様な事はない。そもそも戦いの大勢は既に決まっていた」
「それにあの程度の戦い、なんでもねえさ。第十三軍団は今までにずっと酷い修羅場を潜って来たんだ」
二人の自信にはいささかの揺らぎも見られない。彼らが第十三軍団と言う物に強い信頼を持っているのは明らかなようだ。
だがこの二人はいったいどう言う立場なんだろう?ウォレヌスは確か大隊長と言っていたから、ただの兵士ではなさそうだ。
「大隊、って言うのはどれ位の人がいるんです?ウォレヌスさんはそれの指揮官なんですか?」
「そうだ。そしてこいつは私の副官をしている。兵の数は、定員は四八〇名だが今は三百名程度だな」
ウォレヌスはあっさりと言ってのけたが、要するに彼は三百人もの人を戦場で指揮しすると言う責任を負っている。
しかも自分がミスを犯せば彼らは死んでしまう。いわば、彼らの命を預かるも同然だ。それがどの様な重圧なのか、才人には全く想像がつかない、いや出来ない。
そしてその様な責任を持っているのに、指揮官である自分達がいなくなってもこの二人は全く心配をしていない。
それと合わせて彼らの表情を見れば、この二人が第十三軍団と言う物に絶大な信頼を持っている事は簡単に解った。
だが才人にはその事がよく理解出来ない。自分が何かにそんなに強い信頼を持った事など、果たして今までに一度でもあっただろうか?
これが兵隊と言う物なのだろうか。よく考えれば、兵隊と話をしたのなんてこれが生まれて初めてだ。
祖父も戦争に行ったが、あれはもう何十年も前の話だし。
昨日も今日も、ずいぶんと“生まれて初めて”が多いな、と才人は思う。
生まれて初めてキスをされ、生まれて始めて喉に剣を突きつけられ、生まれて初めて洗濯をし、生まれて始めて信仰心を持っている人を見て、そして生まれて初めて女の子が泣くのを見た。
しかもこんな世界なのだ、これからも“生まれて初めて”は増えるんだろう。それにしてもルイズは今頃何をしているんだろうか。
やがて掃除が終わった。ウォレヌスが回りを見渡して言う。
「まあ、こんな所で十分だろう」
「これからどうします?もう昼食の時間だと思いますけど」
「では厨房にもう一度行くか。マルトーが昼食は用意してくれると言っていたしな」
二人はそう言って教室から出ようとするが、才人はやはりルイズが心配になっていた。
(あれからしばらく経つけど、あいつ大丈夫なんだろうか)
このまま放っておく事はもう出来ない。何かしなければ。才人はそう思った。
「俺、ちょっと心配なんでルイズを探してきます。お二人は先に行っててください」
「なんでだ?放っときゃいいだろ、あんなの」
「時間の無駄だと思うぞ。どこにいるのかも解らんしな」
やはり二人のルイズに対する態度は冷たい。だが引き下がるつもりなんてない。
「でもこのままじゃかわいそうだと思いませんか?あいつ、泣いてたんですよ?」
「だからどうした。自分の無能さと、私達をこき使えない事に癇癪を起こしただけだ。同情する必要なんてない」
「ま、確かに見ていて痛々しい感じはしたがな、いちいち慰めに行く気にはなぁ」
ある意味、彼らの態度は理解出来る。自分とは違い、戦場で大勢の人間を預かると言う立場と責任がありながら、それを突然に奪われてしまったのだ。
その原因である人間を心配するのは難しい事だろう。だがそれでも才人は二人に苛立ちを覚えてしまう。彼らは少しもルイズが可哀想だとは思わないのだろうか?
彼女は恐らくいじめを受けている。そして非はあちらにもあるとはいえ、自分達の言葉が彼女を泣かしてしまったのも事実。それを捨て置く事は出来ない。
「……解りました。それでも俺は行きます。放っておけませんから」
ウォレヌスもプッロも、呆れたようだった。
「まあ、本当に行きたいんなら別に止めはせん」
「戻ってきたいときは、昼飯の後も厨房のあたりをブラブラしてるだろうからそこに来いよ」
だが彼らが呆れていようと無かろうと、自分を止める気が無いのなら関係無い。
才人は解りましたと言って教室を後にし、ルイズを探し始めた。
その後、しばらくの間才人は当てもなく学院中を探した。
だが元々迷いやすい構造の上、手がかりも無い。
だから当然と言えば当然だが、ルイズは影も形も見当たらなかった。おまけに腹も減ってきた。
(はぁ~、一体どこ行ったんだよ、あいつ。だいたいなんなんだよ、この学校は。似た様な場所が多すぎるぜ)
遠くからガヤガヤと話し声が聞こえる。
何事かと思って声の方にいくと、中庭に出た。
多くの生徒達がテーブルに座って、紅茶やらケーキやらを食べている。
昼食後のティータイムといった所だろうか。もしかしたらここにルイズがいるのかもしれない。
才人はそう考え、そっちの方に進んだ。すると奇妙な光景が目に入った。
お菓子が乗ったトレイを運んでるメイドの中に、なぜかシエスタとプッロがいる。
プッロがトレイを運び、シエスタはケーキをはさみでつまんで貴族達に出している。
プッロの様な強面の男がお菓子を運ぶのは場違いに見え、滑稽に感じられた。
シエスタはともかく、なぜプッロがここにいるのか不思議に思った才人は二人に声をかけた。
「シエスタにプッロさん。どうしたんですか?こんな所で」
シエスタは振り返り、笑顔で返した。
「サイトさんこんにちは。プッロさんにはちょっとデザートを運ぶのを手伝ってもらってるんです」
「ああ、タダ飯を食うってのも何だか気分が悪いんでな、マルトーに何か手伝える事が無いかと聞いてみたわけだ」
なるほど、それでシエスタを手伝っているわけか。
「そうなんですか。じゃあウォレヌスさんは?」
「あいつは厨房に残ってるよ。こう言う事は性にあわないそうでな、野菜の皮をむいてる。元々手先は器用な方なんだよ、あいつ」
それは才人にも解った。あの人がトレイを持ってお菓子をテーブルに並べるなんてちょっと想像出来ない。
確か一人でジャガイモの皮でもむいてる方が似合っている。
「おっ、そうだ。ルイズの事だが、ここにいるのは知ってるのか?」
プッロは突然そう言うと、アゴをしゃくった。
その方向を見ると確かにルイズがいた。あの桃色がかった金髪は間違いなく彼女だ。
やっと見つけられた。彼女は一人離れた場所に座っていて何かを食べている。早く行かなければ。
「い、いえ知りませんでした。ちょっと行ってきます。それじゃ」
才人はそう言うと、ルイズに向かって駆け出した。
正直に言えば、最初はあのまま部屋に閉じ篭ろうとも思った。子供の頃、嫌な事があるとすぐにあの小船に逃げ出していたように。
だがそうしたら、どう考えてもみんなは自信満々に挑戦したのに失敗したのが悔しくて逃げたんだと思われるだけ。そして彼らはますます自分を笑うだろう。
ますます泥沼にはまるだけだ。逃げるのはプライドが許さない。そう思って、お茶の時間にも顔を出した。でも彼らの私を嘲る様な視線に耐えられなかった。
「さっさと学院から出て行け」
彼らは明らかにそう言おうとしている。自分が公爵の娘だから面と向かって言うのをためらっているだけだ。
だからこうして一人でクックベリーパイを頬張っている。だが大好物の筈のそのパイも、今は何の味も感じられない。
結局、いつもの様に自分は魔法を失敗させた。私はゼロのままだった。じゃあ昨日のサモン・サーヴァントはなんだったんだろう?
どうせあれも失敗の一種なんだろう。あんなに主人に反抗する使い魔なんて聞いた事も無いし、そもそも人間が召還される事自体がおかしいんだから。
ぬか喜びしたのがバカのようだ。自分はしょせんクズのままだった。魔法が使えないと知った時の、使い魔達の反応は至極当然の物だろう。
貴族なのに魔法が使えないなんて、バカにされて当然なんだ。
自分はこれからどうすればいいのだろう。
学院を辞めて実家に戻る?そんな事をして何になるのだろう。家のお荷物になるだけだ。
このまま学院で勉学を続ける?あんな野蛮人どもを抱えたまま?それに進級は出来ても、魔法が使えないんじゃ何の意味も無い。単に他の生徒のお荷物になるだけだ。
八方塞だ。もうどうしようもない。そう思うと、また涙が浮き出てきた。
「おい」
突然聞こえた声に振り向く。
それはサイトだった。一体何の用だろう。わざわざ私を笑いにきたのだろうか?
「……何?私を笑いに来たの?」
「ちょっとな、謝りに来たんだ」
「……謝る?」
謝る、だと?これは完全に予想外だった。
あっけに取られたルイズに向けてサイトは語り始めた。
「今朝はちょっとやりすぎた。お前の事情なんて知らなかったんだよ。お前、他のクラスメートからいじめられてるんだろ?授業を見ていてなんとなく解ったよ」
……いきなりこいつは何を言い出すのだろう。それに随分と馴れ馴れしい。
「……それがあんたに何の関係があるのよ。馴れ馴れしいわ」
「俺はお前の使い魔なんだろ?なら主人の抱えてる問題は関係あるんじゃないか?」
グ、とルイズは言葉につまった。確かにその通りとしか言い様がない。
そして才人は懐から杖を取り出した。見まちがえ様も無い、自分の杖だ。
「これが無いと魔法は使えないんだろ?持ってきてやったぞ」
ルイズは杖を見て自分が何も変わっていなかったのを思い出し、胸にチクリと痛みを感じた。
「そんな物、私に何の意味があるのよ……私は元々魔法なんて使えないの。だから意味なんて無いわ。まあ、元々使い魔に杖を奪われる様な体たらくじゃ魔法が使えても無駄かもね」
驚いた事に、こいつは私は慰めているらしい。だがそんな事はどうでもいいのだ。
幾ら慰めを受けようと、自分がゼロのままなのには何の変わりも無い。
だがルイズの思いなど知らない才人は、無責任な励ましを繰り返す。
「なあ、そう落ち込むなよ。魔法が使えないってのは辛い事なのは解るけどよ、頑張ってりゃいつかはなんとかなるって」
ルイズは自分の心に、黒い怒りが沸々とわきあがって来るのを感じた。
頑張る……だと?私の事なんて何も知らない癖に、何とかなるなんていうな。
ふざけるな。私が今までどれ程“頑張って”来たかも知らない癖に。
今朝、プッロに杖を返した貰った時、よっぽど約束を奪って何か魔法をかけてやろうと思った。
でも、幾ら無礼な野蛮人が相手とはいえ一度結んだ約束をその場で破るなんて貴族の風上にも置けない卑怯者のする事だ。
それに自分はもうゼロではないと言う喜びもあった。あいつらの態度には本当に辟易したけど、それでも自分の実力を見せていけば徐々に見直していくだろう、何とかそう思い込んだ。
でも結果があれ。いつも同じ大爆発。自分は何も変わっていなかった。自分はゼロのまま、失敗で呼び出した使い魔は野蛮人が三人。これで何を頑張れって言うのだ?
「……軽々しく言わないで」
「え?」
「軽々しく言わないで。頑張る?私が一体どれだけ努力してきたか知りもしないのに良くそんな事が言えるわね?そもそもこれ以上何を頑張るって言うのよ!?」
ルイズの激しい反応に、才人は明らかに狼狽した。
「た、確かに俺はお前がどんな努力をしたかなんて知らねえよ。でも頑張っていつかあいつらを見返して――」
ルイズは激情のおもむくまま、叫んだ。
「気安く言わないで!だいたい何なの、さっきから偉そうに説教なんかして!私に哀れみでもかけてるつもり?笑わせるわ。平民如きに同情されるなんて願い下げよ!
まったく、なんであんた達みたいなのが召還されちゃったの?あんた達に比べればカエルやヘビの方が億倍マシだったわ!もういいからあっちに行ってて!」
才人は息苦しそうな、なんとも言えない表情になり、「……ああ解ったよ。すまなかったな」と言ってノロノロと去っていく。
サイトが去るのを見届けると、ルイズはテーブルの上に突っ伏した。
(……何やってんだろう、私)
あいつは確かに私を心配してくれた。例えがそれがガサツで無責任な応援だとしてもだ。
でも私はそれを突っぱね、追い返した。これではますます孤立するだけじゃないか。
(ああ、一体どうしろっていうのよ、もう)
プッロはシエスタがケーキを並べにいなくなったのを確認してから、トレイからケーキを一つ取った。
これだけあるのだから一つ位無くなっても気づかれないだろう。役得と言う奴だ。シエスタの手伝いを買って出たのも半分はこれが目的だ。
(ルキウスの奴も、こっちに来ときゃ良かったのにな。まあ、ここにいたとしてもつまみ食いなんてする奴じゃないんだろうが)
プッロはそんな事を考えながらケーキを口の中に放り込み、咀嚼し始める。
(……!?なんだこの味は?)
甘い。とても甘い。だがとても美味い。今までに一度も味わった事の無い味だ。
それは当然だろう、プッロは今までに砂糖と言う物を口にした事が無いのだから。
ローマ人にとって、甘い物と言えば果物と蜂蜜だった。砂糖がヨーロッパに持ち込まれるのは中世になるまで待たねばならない。
ローマ人、いやヨーロッパ人として初めて砂糖を食した人間になったプッロだったが、当人はその事には全く気づいていない。
気づいたのはこのケーキが単に“甘くて美味い”という事である。
(クソ、もっとこいつを食べたいが今は我慢しとこう。この国、食い物は相当美味いみたいだな。フォルチュナに感謝!)
ケーキを味わっていると、何か叫び声が聞こえてきた。
声が来た方向を見ると、なにやら人垣が出来ている。
気になったプッロは口の中のケーキをゴクンと飲み込み、そこに向かう。
人垣を掻き分け、顔を突き出した。すると、栗色の髪の少女が、フリルのついた服に薔薇を指したふざけた格好の少年をひっぱたいているではないか。
「その香水が何よりの証拠ですわ!さようなら!」
少女はそう言うと、涙を浮かべながら走り去った。
一体なんなんだこれは。そう思って少年の方を見ていると、隣にサイトがいるのに気づく。
ルイズと話をしにいった筈だが、もう終わったのだろうか。
次は金髪の巻き毛が特徴的な、女の子が少年に歩み寄った。怒りの形相をしている。
「ギーシュ、やっぱりあの一年生に手を出していたのね?」
ギーシュと呼ばれた少年はなにやら必死に謝り始めたが、その女の子は彼を完全に無視しワインを頭からぶっ掛ける。
そして彼女は「うそつき!」と怒鳴って茶髪の女の子と同じく走り去っていった。
状況から見て痴話喧嘩か何かかだろうか?
(それにしても見事な振られっぷりだな。喜劇にもそのままだせそうなくらい)
ギーシュはハンカチを取り出し、ワインを拭うと芝居がかった仕草で言った。
「やれやれ、どうもあの二人は薔薇の価値を理解していないようだ」
いったいなんなんだこのバカは。自分を薔薇に例えるのがこの上なく恥ずかしい上に、服装も他の連中に輪をかけてアホ臭い。
サイトも同じ考えだったのだろうか、彼を無視してスタスタと歩き出した。だがギーシュはサイトを呼び止めた。
「君ぃ、どこへ行こうと言うのかね?君が軽率にあの瓶を拾ったおかげで二人のレディの名誉が傷ついたじゃないか。一体どうしてくれるんだ?」
「そんな事知るか!そもそも二股をかけたお前のせいだろ!」
他の貴族達がサイトの声に歓声を上げる。
「そうだぞ、ギーシュ!お前の方が悪い!」
ギーシュは狼狽しつつも、キザったらしく手を額に当てて答えた。
「ふ、二股だと?君は何も解っていない様だね。いいかね、薔薇とはその美しさを皆に平等に与えなければいけないのだよ。断じて二股などではない。とにかくだ、僕は最初あの瓶の事を知らないふりをしたのだから、それを無視する機転くらいは聞かせても良かっただろう?」
「見られて困る物なら、いちいち持ち歩くんじゃねえよ。バカかお前?」
サイトの返答にはトゲがある。どうやら彼は機嫌が悪いようだ。
恐らくはルイズと揉めたのだろう、とプッロは予想した。まあ、揉めない方が驚きだったが。
それにしても状況がいまいち掴めない。あのギーシュとか言うガキが二股をかけたのがバレたのは確実なようだが、なぜサイトが巻き込まれているのだろう。
直接聞いてみよう、とプッロは前に進み出た。
「おい、一体どうした?なんでこいつと揉めてんだ?」
「……プッロさんか。ちょっとこいつがわけの解らないイチャモンをつけてきましてね」
サイトは苦々しげにはき捨てた。
「い、一体何だね給仕君。関係無いのなら――」
ギーシュはそこで一旦区切り、サイトとプッロをマジマジと見つめる。
「おや、良く見れば君はゼロのルイズが召還した使い魔だったね。よく見ればそっちの方もそうか。なんで給仕の真似事をしているのかは知らないが、同じ使い魔を庇いに来たわけか。泣かせるね」
いや、かばうも何も何が起こっているか解らないからここに来たのだが。
「いやあ、庇うもクソもなんでお前がこいつに絡んでるのかが解らないんだよ。お前さんが物の見事に振られる所は見たんだが、それがなんでこいつと口論になってんだ?」
ギーシュが口を開く前に、サイトが解説を始めた。
「オレにもよく解らないんですけどね、こいつのポケットから香水か何かの瓶が落ちたんですよ。それを拾って返そうとしたらなぜかこいつが二股かけてたって事がバレちゃったようです」
「なーるほど、それで恥ずかしいから誤魔化そうとしてる訳か」
これで話は解った。それにしても女二人を物にする甲斐性も無い上に、その責任を他人に押し付けようとするとはずいぶんと情けない男だ。
「事実を歪曲するのが得意みたいだね、君たちは?まあ、たかが平民、それもゼロのルイズの使い魔に機転なんかを期待した僕が浅はかだったと言うわけか」
そう言ってギーシュは髪をきざったらしく掻きあげた。
「もう良い、さっさと行きたまえ」
だがサイトは立ち去らなかった。
「うるせえんだよ、キザ野郎。一生薔薇でもしゃぶってろ。その格好、かっこいいとでも思ってんのか?はっきり言うがよ、センスゼロだぜ。おまけに自分が二股をかけていたのを棚に上げやがって、腑抜け野郎が」
サイトは吐き捨てるように言った。その言葉には明らかに強い苛立ちが含まれている。
(おうおう、中々言うねえ)
これにはギーシュとやらも黙っていないだろう。ヤバい事になるかもしれないぞ、とプッロは思った。
ギーシュの顔が赤く染まる。どうやら相当カチンと来たらしい。
「平民如きがこの僕を腑抜けだと!」
「腑抜けじゃないなら腰抜けか?大体なんなんだよ、ゼロのルイズって。魔法が使えるのがそんなに偉いのか?アホが」
サイトは怒りを込めて言う。
「薔薇はその美しさを皆に平等に与える、だと?じゃあルイズはどうなんだ?なんであいつは一人で隅っこに座ってるんだ?お前だって今日クラスであいつをバカにしてた奴らの一人なんだろ?笑わせるなよ、エセ紳士が」
ギーシュはバン、とテーブルを拳で叩き付けた。その顔はトマトの様に真っ赤になっている。
(ちょっと言い過ぎたかもしれねえな。完全にキレたぞ、ありゃ)
なぜ才人があんなにルイズに肩入れしているのかは解らないが、どちらにしても、ひとまず止めに入った方がいいかもしれない。
「おい坊主、ちょっとそれ位にした方がいい――」
だがもう遅かったようだ。ギーシュはプッロをさえぎり、ワナワナと震える声で叫んだ。
「た、たかが平民がよくもまあ、こ、この僕を、グラモン元帥の子息であるこの僕にそこまで暴言を吐けた物だ……どうやら君には礼儀を叩き込まなければならんようだな」
「礼儀だ?一体どうしようってんだ?」
ギーシュは指を空に向けた。これほど怒りを覚えてもそのキザな仕草は忘れない事に、プッロは関心した。
「決闘だ!ヴェストリの広場へ来たまえ。そこで君たちにたっぷりと礼儀を教えてやる!」
才人は吼える様に言い返す。
「はっ、面白え。ぶっ飛ばしてやるよ」
「ちょっと待て。君たち、って俺もかよ?」
ガキの喧嘩に何で俺が巻きこまれにゃならんのだ。
「当然だ!なんならもう一人の方も連れてきて構わないぞ?ゼロのルイズの使い魔全員に貴族に対する礼儀と言う物を教えてやる!」
そう言うと、ギーシュは体を翻して去っていった。
野次馬も騒然となりつつその場から散っていく。
厄介な事になったな、プッロは思った。彼の脳裏には昨日、オスマンに襲い掛かった時に何も出来ずに無力化された光景が浮かんでいる。
今のギーシュとか言う奴だって魔法が使える筈だ。自分でもあの体たらくだったのだから、才人みたいなヒョロそうなガキじゃどうやったってかなう筈が無い。
(さぁて、どうしたもんか)
そう思った時、プッロはシエスタが震えながら自分達の元へ歩いてきているのに気づいた。
人垣の中から一部始終を見ていたらしい。彼女はその体と同じ様にブルブルと震えた声で言った。
「サ、サイトさん……い、一体なにを考えてるんですか!?き、貴族の方にあんなぶ、無礼な口を聞くなんて……ほ、本当に殺されますよ!?」
才人はフンッ、と鼻を鳴らした。
「殺される?俺があんなヒョロすけに?貴族だかなんだか知らねえが、コテンパンにしてやるよ」
「何を言ってるんですか!平民が貴族の方に勝てる筈が無いでしょう!……今すぐ謝りにいって下さい!そうすれば何とか許して貰えるかも……」
プッロはシエスタの言葉が気になった。殺される?いくらなんでも大げさすぎる。ただの子供の喧嘩じゃないか。
頭に血が昇ったギーシュが加減を忘れたとしても、殺されるなんて有り得ないだろう。
「あ~、シエスタ。幾らなんでもそいつは大げさってもんだろ。わざわざ広場でやるんだから、見物人だって大勢いる。そんな場所で殺しなんてやりゃその場で殺人罪でしょっぴかれるぜ」
シエスタは口をポカンと開けた。プッロの言葉が信じられないと言わんばかりに。
「プッロさんまで何を言ってるんですか!?貴族が平民を殺して捕まると思ってるんですか?無礼討ちですまされるに決まってるでしょう!」
蒼白に染まったシエスタの表情は真剣その物で、とても誇張や冗談で言っている様には見えない。
どうやらこの国とローマの法律はかなり違っているようだ。これは思ったよりヤバイかもしれない、とプッロは思った。
むろん喧嘩を吹っ掛けられた以上、逃げるつもりなんてさらさらないし、謝るなんて問題外だ。元々こっちはとばっちりで巻き込まれた様な物なのだから。
だがこのままでは勝ち目は薄い。おまけに相手はこっちを殺してもお咎めなしと来た。
(ひとまず、ウォレヌスにこの事を話すか。頭を使うのはあいつの役目だからな。何かいい考えがあるかもしれねえ)
「魔法使いだかなんだか知らねえが、俺は殺されたりなんかはしねえよ。見てろよ、シエスタ。勝算はある――」
「坊主、ついてこい」
プッロは才人を遮り、肩を掴んだ。こいつの言う勝算が何かは知らないが、ろくな物とは思えない。
「ちょ、何をするんですか!?」
「厨房に行くんだよ。ウォレヌスの奴にこの事を相談しなきゃならん。ったく、面倒な事になったな。じゃあ、シエスタ。また会おう。あとこいつを持っていってくれ」
そう言ってプッロは震えるシエスタに無理やりトレイを渡すと、才人を無理やり引きずり出す。
その時、物陰に隠れていたルイズが二人をこっそりと付け出したのだが、二人ともそれに気づく事は無かった。
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