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#navi(虚無のパズル)
「さっき『トライアングル』がどうとか言ってたけど、どゆこと?」
ふらふらと、疲れた足取りで食堂へ向かうルイズに、アクアが話しかけた。
ルイズがめちゃくちゃにした教室の片付けが終わったのは、昼休みの前だった。
罰として、魔法を使って修理することが禁じられたため、時間がかかってしまったのである。
もっともルイズはほとんど魔法が使えないので、あまり意味はなかったが。
ルイズは文句を言うアクアに教室の片付けを手伝わせた。使い魔として当然のことだからだ。
しかしその小さな体の見た目通り、アクアは非力で、ほとんど役に立たなかったので、結局ルイズがほとんどの後片付けをするはめになった。
「…魔法の系統を足せる数のことよ。それでメイジのレベルが決まるの」
ルイズは憮然とした様子で答えた。
「例えばね、『風』系統の呪文はそれ単体でも使えるけど、『水』系統を足すと、より強力になるの。そんなふうにして、『風』『風』『水』と、三つ足せるのがトライアングルよ」
「同じのふたつ足してどうすんの?」
「その系統がより強力になるわ。ちなみにふたつ足せるのは『ライン』メイジ。もっとも二年生でもラインクラスはあんまりいなくて、ほとんどが一系統だけの『ドット』メイジだけどね。あと、4系統足せるのは、さらに強力な『スクウェア』メイジよ」
「なるほど、そんなふうに魔法使いの技量分けがされてるんだね。ドット、ライン、トライアングル、スクウェア」
指折りながらアクアは復唱する。
「で、ゼロ」
アクアはルイズを指差して、言った。
もしも他の生徒がこの場に居合わせたなら、ビシッ!と、空気が凍る音を聞いたことだろう。
「ゼロのルイズ。いや上手いこと言うもんだね。魔法の系統足せる数ゼロ。成功の可能性ゼロ。あっはっは!」
ぶるぶる震えるルイズに構わず、アクアはけらけら笑う。基本的にアクアはいじめっ子体質なのであった。
「ごめん。ほんとごめん。人の失敗笑うなんて最低だよね」
アクアは笑いを噛み殺しながら、ルイズへのフォローを入れる。
「でもさ、傑作だったんだもん。ファイヤーボール、ボカーン!失敗!失敗であります!自慢のピンクブロンドが黒コゲであります!ぶわっはっは!」
フォローは完全に失敗した。
「こ…」
「こ?」
ふとアクアがルイズの方を振り返る。ルイズの肩は怒りで震えていた。
「こここ…」
「…こここ?」
声も震えていた。やばい、からかいすぎた。アクアはようやくそのことに気付いた。
「こここ、この使い魔ってば。いいい、いい加減にしなさいよね。どどど、どれだけ人のことを馬鹿にしたらきききき、気がすすすすむのかしら」
ルイズは怒りのあまり、言葉を発するのにもひと苦労だった。
「ここ子供だとおもって、わわわたしあんたに優しすぎたわ」
「あー、その。マジでごめ…」
「ダメ!許しません!これからあんたベッドに寝るの禁止!あと当分ご飯抜き!これ決定!絶対!」
メシ抜きの刑は速やかに執行され、アクアは昼食にありつくことができなかった。
「ちぇっ、わかってるよ。ちょっとやりすぎたってさ」
そんなことを呟くアクア。
ルイズのあれは、本気で怒っていた。半分泣きそうになっていた。
今更ながらにアクアに少し罪悪感が芽生える。
そんなわけで、昼からずっと一人のままふらふらしていたのだった。
ぐう。
そろそろ午後の授業も終わる時間である。腹の虫が栄養を要求していた。
実のところ、アクアにとって食事抜きはそれほど深刻ではなかった。メイドのシエスタはアクアを可愛がってくれるので、泣きつけばまかないに簡単にありつけるだろう。
しかしアクアは反省の意味もあって、空きっ腹を抱えたまま学院をさまようことにした。
ぐうぐう。
アクアの足が、ふらりと調理場に向かった。結局のところ、生理的欲求には逆らえないのであった。
「おう嬢ちゃん!よく来たな」
アクアが厨房にやって来ると、四十過ぎの太ったおっさんが歓迎してくれた。
丸々と太った体に、立派なあつらえの服を着込んだ、コック長のマルトー親父である。
平民であるのだが、魔法学院のコック長ともなれば、収入は身分の低い貴族なんかはお呼びも付かなく、羽振りはいい。
「おっちゃん、おんぶー」
「おう、まかせろ!」
がっはっは、と豪快に笑うと、アクアを背負い、そのまま厨房を切り盛りし始める。
マルトーにおぶわれていると、厨房の臭いがアクアの鼻を突く。晩のメニューはシチューのようだ。立ちこめるシチューの匂いに、アクアは空腹を刺激される。
「軽いな、嬢ちゃんは!もっとたくさん食わんと、大きくなれねえぞ!」
マルトー親父は、アクアのことを特に可愛がってくれていた。孫でもできたような感覚なのだろう。
「あらアクアちゃん、どうしたの?」
配膳の準備をしていたシエスタがこちらに気付き、声を掛けてきた。
「や、シエスタ。お腹すいちゃってさ」
そう言うのと同時に、タイミングよくアクアの腹の虫が主張する。
「ご飯、もらえなかったの?」
「ゼロのルイズってからかったら、食堂からつまみ出されちゃった」
「まあ!貴族の方にそんなこと言ったらいけませんよ」
窘めるシエスタに、マルトーは鼻を鳴らす。
「ふん、かまうもんかい。あいつら魔法が使えるからって、いい気になってんのさ。よく言ったぞ、嬢ちゃん。俺ァますますお前が好きになった」
マルトーはアクアの頭をくしゃくしゃと撫でた。
シエスタは少し呆れた目で、2人を見る。
マルトーは、羽振りのいい平民の例に漏れず、魔法学院のコック長のくせに貴族と魔法を毛嫌いしていた。
「ほれ、食いな。こいつは晩に貴族連中に出すもんだが、なに、構うもんか。じゃんじゃん食ってくれ」
暖かいシチューの入った皿に、アクアは飛びついた。
「ありがと、おっちゃん。おいしいよ、これ」
アクアは夢中になってシチューを食べ、マルトーとシエスタはそんなアクアの様子をニコニコと見つめていた。
夕食の時間になっても、ルイズの怒りはおさまっていなかった。おいしいシチューの味も、どこか上滑りしていく。
アクアはあれっきり姿を見せていなかったけど、ふん!知るもんですか!
「なあ、ギーシュ!白状しろ!今は誰と付き合ってるんだよ!」
教室の一角で、男子生徒が騒いでいた。シャツのポケットに薔薇をさした、金の巻き髪の気障な同級生、ギーシュ・ド・グラモンとその友人たちであった。
「付き合う?僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」
ギーシュは芝居がかった口調で、友人たちに答えた。自分を薔薇に例える、救いようのないキザっぷりだった。
すこぶる機嫌の悪いルイズは、頼むから死んでくれとギーシュに呪いを送りつつ、シチューの残りとの格闘に戻った。
イライラしていたせいで食が進まず、ルイズの食事は遅れていた。早くしないと、そろそろデザートが配膳される時間だ。
そんな折り、ギーシュの席の方から
「おい、ポケットからビンが落ちたよ」
と、なんだか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「これは僕のじゃない。君は何を言ってるんだね?」
「はあ?あたしはこの目で見たんです。こいつはあんたが落としたんだよ」
ばっ!とギーシュの席の方を向くと、ギーシュとあの小憎らしいアクアが口論をしていた。
アクアは大きなエプロンを身に付け、ギーシュと睨み合っている。そばに立っている黒髪のメイドがケーキを載せた大皿を持ったまま、おろおろしている。
あいつ、何やってんのよ!ルイズは頭を抱えた。
アクアは、シチューのお礼に、給仕の手伝いをすると言い出した。
えらそうなルイズの命令はあまり聞く気が起きなかったが、受けた親切に返すのは当然のことだと思ったからだ。
そんなわけで、シエスタの手伝いとしてケーキの配膳をしていたのだった。
色とりどりのケーキが食卓を飾り付けていく中、アクアはふと、ギーシュのポケットから綺麗な小瓶が落ちるのを見とめた。
まったくの親切心からアクアはそれを教えたのだが、ギーシュは知らないと言いはった。
こうして、話がややこしくなりはじめたのだった。
「おお!その香水はもしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」
その瓶の所在に気付いたギーシュの友人たちが、大声で騒ぎはじめた。
「そうだ、その鮮やかな紫色!モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」
「そいつが、ギーシュ、お前のポケットから落ちてきたってことは、つまりお前は今、モンモランシーと付き合っている。そうだな?」
「違う。いいかい、彼女の名誉のためにも言っておくが……」
ギーシュがなにか言いかけたとき、一年生のテーブルに座っていた茶色のマントの少女が立ち上がり、ギーシュの席に向かってコツコツと歩いてきた。
マントと同じ栗色の髪をした、可愛い少女だった。
「ギーシュさま……」
そして、涙をボロボロとこぼした。
「やはり、ミス・モンモランシーと……」
「彼らは誤解しているんだ。ケティ。いいかい、僕の心に澄んでいるのは、君だけ……」
しかし、ケティと呼ばれた少女は思いっきりギーシュの頬をひっぱたいた。
「その香水があなたのポケットから出てきたのが何よりの証拠ですわ!さようなら!」
ギーシュは頬をさすった。
入れ違いに、見事な巻き毛の女の子、モンモランシーがギーシュにつかつかと歩み寄った。
アクアは彼女に見覚えがあった。召喚の儀式の日、ルイズと口論していた女の子だ。
「モンモランシー、誤解だ。彼女とはただ一緒に、ラ・ロシェールに遠乗りをしただけで……」
ギーシュは冷や汗をかきながら弁明をはじめたが、モンモランシーは聞く耳を持たず、テーブルのティーカップに注がれたお茶を、ギーシュの頭の上からごちそうした。
そして、「うそつき!」と怒鳴って去っていった。
突然の修羅場に、食堂に一時の沈黙が訪れる。
ギーシュはハンカチで顔を拭いながら、芝居がかった仕草で言った。
「あのレディたちは、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」
ぷっふー!と、吹き出す声が、静かな食堂に響き渡った。
ギーシュはカチンと来て、笑いの起こった方をみる。
「シエスタ!今の聞いた?なかなか言えないよね!『薔薇の存在の意味を理解していないようだ』ひゃあ、かゆいかゆい!」
それは、おせっかいにも香水のビンを拾った女の子だった。薔薇の存在を云々の下りは、身振り手振りを加えての熱演であった。話しかけられたメイドは、蒼白な顔をしてオロオロしている。
それをきっかけに、食堂がどっと笑いに包まれた。
ギーシュは笑いを努めて無視して、すさっ!と足を組み、アクアの方に体を向けた。
「小さなお嬢さん。君が軽率に、香水の瓶なんかを拾い上げたおかげで、2人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだい?」
少女の保護者であろうか、黒髪のメイドは目を白黒させながら、「も、申し訳ありません!」と平謝りしていた。
しかしアクアはそんなシエスタのことを気にかけるふうもなく、鼻を鳴らした。
「知らないよ。二股かけてるあんたが悪い」
「その通りだギーシュ!お前が悪い!」
生徒たちからヤジが投げかけられる。
とりつくしまなしと見たギーシュは、標的をメイドのシエスタに向ける。
「君ねえ、平民の教育はどうなっているんだね?子供とはいえ、礼を欠くことは許されることではないんだよ」
「申し訳ありません!申し訳ありません!」
ネチネチとシエスタをいびるギーシュ。シエスタはひたすら頭を下げるばかりだった。
そんなギーシュに、アクアはまたも挑発的な言葉をかける。
「ちょいと、坊や。シエスタを責めたってあんたが二股野郎だってのは変わらないよ」
ああ、アクアちゃん、もうやめて。シエスタは卒倒寸前であった。
「さ、シエスタ。駄目だよこんなケダモノに近付いちゃ。汗の匂いでも嗅いでみなさいな、妊娠しちゃうから。おお、怖い!」
ギーシュの友人たちはもう、笑い過ぎて床を転がり回っていた。
そうしてシエスタを引っ張って厨房に戻ろうとするアクアを、ギーシュが呼び止めた。
「待ちたまえ。どうやら、お嬢さんは貴族に対する礼を知らないようだ」
あくまで格好を付けながらそう語るギーシュ。アクアは舌を出してそれに返した。べろべろバーカ。
いくら小さな子供とはいえ、ここまでの無礼を働かれては、さすがのギーシュも黙っていられなかった。
「君に礼儀を教えてあげよう」
そもそも貴族社会とは、下々のものが貴族を恐れ、敬うことで成り立っている。
貴族への敬いのない子供は、いずれ社会を混乱させることになるだろう。
で、あるからして。子供の時分よりきっちりと『教育』して差し上げる必要があるのである。これ貴族としての義務なのであるからして。
そんなギーシュ理論が成立し、かくして彼は、正義の執行者、秩序の番人としてアクアの前に立つことになったのである。
これに比べれば、二股問題など取るに足らない事柄なのであった。
「付いてきたまえ。平民の血で貴族の食卓は汚せない。『ヴェストリの広場』にて」
アクアはフン、と鼻を鳴らし、ギーシュの後を追う。と、そんなアクアの腕に、腰を抜かしたシエスタがすがりついてきた。
「だ、だ、だめよ。あなた、殺されちゃう……!」
蒼白な顔で、シエスタはなんとか声を絞り出した。
ルイズが後ろから駆け寄ってくる。
「あんた!なにしてんの!見てたわよ!」
ものすごい剣幕でアクアに食ってかかる。さっきまでの怒りは、事件のインパクトのせいでどこかへ行ってしまっていた。
「なに貴族に喧嘩吹っかけてんのよ!ていうかね、あんた、普段の物言いからしてまずいのよ!」
アクアの態度に眉をひそめながら、それでも許してこれたのは、ルイズだからであったと言えるだろう。
プライドの高い貴族の中には、アクアの生意気に本気で怒り出す者も珍しくないに違いない。ちょうど、先ほどのギーシュがそれだった。
アクアの不遜な物言いは、普通にしているだけで貴族全員に喧嘩を売っているようなものだった。
「謝んなさい。ギーシュに謝んなさい。今なら許してくれるかもしれないから」
「あたし、アイツ嫌い」
「嫌いとかそんなこと言ってるんじゃないの。メイジに平民は絶対に勝てないのよ!あんたは怪我するわ。それで済めばいいけど」
ルイズは強い調子で言う。しかしアクアは、飄々とした態度を崩さない。
「大丈夫、あたし強いもん」
「あんたねえ!」
「だいたいね、言わなかったっけ?あたしも魔法使いだって」
はっ、とルイズは思い出す。
アクアは一言目から「大魔導士」と自分を呼んでいた。でも、アクアはこんなに小さいし、とてもそんなふうには見えないので、子供の言うことと真面目に取り合わなかったのだった。
「あたしの魔法、見たいんだろ?ちょうどいいから、見せてやるよ」
そう言ってアクアは不敵に笑う。まさか、本当に?
「それにあたし、アイツ嫌い。キザったらしくて、カッコ付けで」
アクアの口の端が、ぎにい、と凶悪につり上がった。
「だから、みんなの前で、恥かかせてやる」
ああ、この子、Sなんだ。いじめっ子なんだ。
ルイズはなんとなく理解した。
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