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「毒の爪の使い魔-20」(2008/12/20 (土) 13:34:45) の最新版変更点
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#navi(毒の爪の使い魔)
――タバサとキュルケの対峙から約20分前――
――トリステイン魔法学院:火の塔の裏――
そこは既に散々足る状況だった。
草原は所々が炎で焼かれ、風のカッターで深く抉られている。
戦場の一部を切り取ってきた…と言われても納得のいく光景だ。
そんな中、対峙する二つの人影。
ジャンガとコルベールは互いに距離を取り、相手を見据え、構えを取ったまま動かない。
お互い、相手の手の内は大半を知るところとなったが、まだ全てではない。
それゆえに下手に動けないでいるのだ。
――唐突にジャンガが動いた。
無数の分身を生み出し、突撃する。
分身は複雑に動き、相手をかく乱しようとするが、コルベールは動じない。
分身が飛び交い、コルベールとすれ違う。
その背後からジャンガは爪を振り下ろす。
それをコルベールは杖で受け止め、そのまま流れるような動作でわき腹に当身を食らわせる。
痛みに、ぐっ、と呻くジャンガの頭を雲状の霧が覆う。
『スリープ・クラウド』…既に詠唱の完成していたコルベールの眠りの呪文が発動する。
襲い掛かる猛烈な眠気に意識が遠退きかけ、ジャンガはふらつく。
「…クソが!」
叫び声を上げ、強引に眠気を振り払う。
そのまま、コルベールの腹を蹴り飛ばそうと足を振り上げた。
しかし、それもコルベールは杖で受け止め、後ろへと事前に飛び退く事で蹴りの威力を緩和した。
距離を離したコルベールの杖の先端から炎の大蛇が生まれる。
大蛇は口を広げ、ジャンガへとかぶりつこうと伸びる。
舌打ちをし、ジャンガはカッターを大蛇に向かって放つ。
カッターに切り裂かれ、炎の大蛇は無数の小さな火の粉に変わる。
間髪入れず、ジャンガは三体の分身を生み出す。
分身は三方向からコルベールを襲う。三対、十二本の爪が真紅の軌跡を宙に描く。
それをコルベールは容易く受け流していく。
三本を杖の片側で受け止め、もう片側で別の三本を受け止める。
別の方向から六本襲い掛かれば、大地を蹴り、杖を軸として跳ぶ。
そのまま、分身の一体の背中を蹴り、別の一体にぶつける。
折り重なって倒れた分身二体に炎を放つ。瞬く間に燃え上がり、分身は消滅した。
残る一体の分身がコルベールに躍り掛かるが、再び放たれた炎の大蛇に絡め取られ、燃え尽きた。
ぎりり、と歯を噛み締めるジャンガ。
自分の切り札たる”実体を持った分身”が容易くあしらわれたのだ…、無理も無い。
そんなジャンガを静かに見つめるコルベール。
「ジャンガ君、お願いだ。これ以上は止めたまえ」
「…るせェ、その言葉は聞き飽きた」
忌々しそうに吐き捨てる。
先程からこうだ…、目の前の男は自分を殺さずに済ましたいと考えている。
大層な威力の魔法を使えるくせに、争いを良しとしない。
あまつさえ、自分のような悪党の命すら奪いたくない様子だ。
…ふざけるな、こんな甘ちゃんに嘗められっぱなしじゃ我慢がいかない。何より――
(”あいつ”と似すぎているのがイライラする…)
あの目…、口調…、考え…、何もかもが”あいつ”を思い返す。
そう…、嘗ての相棒…『金色の死神』を…。
(…もう、ウンザリだ…)
ジャンガは目の前の男を何としてでも消したかった。
そうしなければ、嫌な事を何もかも思い出しそうだから…。
しかし、身体の調子が微妙だ……いつもの様な軽さが感じられない。
正直に感想を述べれば、半分も出せてない気がする。
「何で身体がいつもの調子じゃねェ?」
そのジャンガの呟きに答えたのは、背中のデルフリンガーだった。
「そいつは、相棒…お前の心が震えてないからだ」
「あン?どういう意味だ?」
「ガンダールヴってのはな、心を震わせる事で力をより強く発揮するんだ。
怒り、悲しみ、喜び、何だっていい…とにかく感情を高めればガンダールヴは力を増す。
…ま、その分活動時間は減るんだけどな…」
「…じゃ、何か?今の俺はやる気が無いと?」
「違うのかい?…正直に言えば、俺も相棒はやる気が無いように感じるね。
いや……”迷ってる”って言った方が正しいか?」
「チッ…」
バツが悪そうにソッポを向き、舌打ちをする。…デルフリンガーの言うとおりだった。
自分は今、迷い…悩んでいる。タバサの事もそうだが、自分自身の事も。
先程は元の悪党に戻ると考えたが……未だに決めかねている。
本当にこのままでいいのか…、後悔は無いのか…、自問自答を繰り返していた。
ジャンガはイライラし、蹈鞴を踏む。
「クソッ…、クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、クソッッッ!!!」
呪詛のように、そう吐き捨て、ジャンガはコルベールを睨みつける。
コルベールもまたジャンガを真っ直ぐに見つめる。
「ジャンガ君…私はもう人を、それがどんな悪人であろうと殺めたくは無いのだ。
頼む、降参してくれ…。この通りだ…」
いいながらコルベールは膝をつき、頭を下げる。
その光景にジャンガは更に歯噛みする。
「ふざけるな……俺は死んでもごめんだな!テメェのような甘ちゃんに、降参なんざな!
殺せばいいじゃねェか……殺せばよ!それだけの力があるんだろうが、テメェにはよ!?
大体、テメェは俺にはいい印象は持ってなかったじゃねェか!」
「確かに、あのミスタ・グラモンとの決闘騒ぎの時から、私は君を可也危険視していた。
だが、少なくとも…今の君は違う。それだけは確実に言える。
何があったか…、何が君を変えたのか…、解らないがね」
あくまでも穏やかな表情で話すコルベールに、ジャンガはイライラをつのらせる。
「ふざけんな……ふざけんなーーー!!!」
そして絶叫。
その様子にコルベールは悲しげな表情をする。
「どうしても……どうしてもだめなのかね?」
「…ウゼェ。やるんなら、とっととやりやがれ!?…来ねェなら、俺がテメェを殺してやる!
その後で、テメェの可愛い生徒も纏めて刻んでやらァ!!それでもいいのかよ!?」
ジャンガは半ば、自棄になって叫んだ。
情けなんか掛けられたくない。哀れみなんか必要ない。
自分は悪党だ、毒の爪のジャンガだ。
怨み辛みを受け、他人の悲しみ苦しみを見て、喜びを得る……それが俺だ。
――ジャンガはとっても優しいよ――
桃色髪の少女の笑顔が浮かぶ…
――お前とはいいコンビでやっていけるな、ジャンガ――
金色の毛を持った狼の亜人の男の笑顔が浮かぶ…
ズキンッ!
「ぐぅッ!?」
左手が痛んだ。ジャンガは反射的に左手を押さえた。
その様子にコルベールは思わず声を掛ける。
「ジャンガ君?」
「……来ねェなら」
呟きながら、ジャンガは爪を構える。
顔を上げ、コルベールを睨みつける。
――死ぬも生きるも、これしかない。もとより、これ以外の道は無い。
「こっちから行くゼェェェーーー!!!」
叫び、大地を駆け出す。
コルベールは悲しげに首を振った。
そして杖を構える。
爆炎は間に合わない…、ならば…。
コルベールが杖を振る。
空気中の水蒸気が水に戻る。
大きな水溜りができ、空気中を霧のような水滴が漂う。
それにジャンガは気付いたが、構わず水を踏みしめながら疾走する。
次いで杖を振ると辺りに油の匂いが充満する。
ネットリとした感触にジャンガは目を見開く。
三度、コルベールは杖を振る。
「相棒!!」とデルフの声が聞こえた。
小さな火が灯った。
――その瞬間、ジャンガの視界は白い閃光で塗り潰された…
魔法で灯された火を中心として巻き起こった、凄まじい爆音と爆風が草原を蹂躙した。
コルベールはマントで身体を覆い、地面に伏せてそれらをやり過ごす。
やがて、爆音も爆風も収まった時、コルベールは身を起こした。
今、彼の眼前に広がっているのは先程までの草原ではない。
炎…、炎…、炎…、
天すら焦がさんとするかのような巨大な炎が、大地を…草原だった所を蹂躙している。
そう…それは火事など生易しく見える、炎の洪水。
その凄まじさに「地獄があると言うのならば、こういう物なのだろう」と、見る人は考えるかもしれない。
コルベールは寂しげであり、悲しげな表情を浮かべる。
火、土、水。火と土と水が一つずつ。
『コンデンセイション』で空気中の大量の水蒸気を水に戻し、
『錬金』で戻した水を油、空気中に残っている水蒸気を気化油に変え、
最後に油の中心部分に小さな火を発生させる事で点火。
炎は一瞬で小さな油の池を燃え上がらせ、気化油に引火…大爆発を巻き起こす。
『獄炎』……それはコルベールが最も忌み嫌う攻撃呪文。
名の通りの炎の牢獄はそこに居た者、在った物、…それら一切の存在を焼き尽くし、抹消する。
後には骨の欠片は勿論、灰すら残らない。
その暴力的な威力は『火』系統が破壊のみをもたらす系統であると、暗示しているかのようだ。
それは常に『火』を平和利用しようと考えるコルベールには辛い物があった。
「…悪人にも、善人にもなりきれなかったな。ジャンガ君…」
コルベールは勢いを増して燃え盛る炎を、冷ややかな…しかし、悲しみを宿した目で見据えた。
できる事ならば殺したくはなかった…。しかし、自分も死ぬ事は許されない。
コルベールは静かに眼を閉じた。
瞼の裏に浮かぶのは燃え盛る村。何の咎無く、住む人々諸共焼き尽くされた村。
どれだけの年月が経とうと、決して色あせることのない罪深い記憶。
自分には生きて世の人に尽くす”義務”がある。
そして、今の自分は教師だ。生徒を守る”義務”もある。
のうのうと生きる事は許されない。だが、軽々しく死ぬ事も許されない。
ただ、人に尽くす事が今の自分の全てだった。
「…傲慢だな、私も」
小さく呟き、静かに目を開けた。
――炎を掻き分け、絶叫と共に自分に飛び掛る影。
その光景にコルベールが目を見開くのと、彼の胸が切り裂かれたのは、ほぼ同時だった。
血の糸を引きながらコルベールは大きく吹き飛ばされ、城壁に背中から衝突した。
ごぼっ、と口から血の塊を吐き出す。
胸の傷も深い。どうみても致命傷にあたるだろう。
コルベールはゆっくりとした動作で何とか顔を上げる。
目の前には炎から飛び出した影がいた。
身に付けたコートや帽子からは煙が立ち昇り、所々が微妙に黒ずんでいる。
影は肩を上下に激しく動かし、荒い呼吸を整えているようだった。
「ハァ…、ハァ…、ハァ…」
暫く荒く息を吐いていたが、やがて落ち着いたのか、深く深呼吸を一つする。
壁を背を預けるようにして倒れているコルベールを見下ろしながら、影は口を開く。
「…俺の勝ちだな」
「…よく、無事だったね…ジャンガ君」
コルベールの言葉にジャンガは爪でコートを指し示す。
「このコートはな…ただのコートじゃねェ。
俺が前に居た世界のボルクって所の技術で、耐熱・防火用の特殊コーティングを施した防護服だ。
最新の物を使ってるからな、手榴弾の爆発程度は防げる。
まァ……流石に今のテメェの起こした爆発には死ぬかと思ったが…、何とか生還できたゼ」
ジャンガの説明は、コルベールですら難解だった。
だが、彼のコートが熱や爆発を防ぐ力がある、と言う事は理解できた。
「なるほど……君の世界の技術は凄い物だ…」
「フン…」
軽く鼻を鳴らし、ジャンガはマフラーを手に取る。
多少煤けている様ではあったが、特に酷い焦げ後などは見当たらない。
前にルイズに少し吹き飛ばされた事に懲りた彼は、以前適当に捕まえたメイジに、
無理矢理マフラーに『固定化』を掛けさせていたのだ。
「ハッ…まァ、たまにはメイジも役に立つか」
そう呟き、マフラーを放すとコルベールを見据える。
胸は自分が無我夢中で振り上げた爪で大きく切り裂かれている。
毒は出していなかったが、致命傷である事に変わりない。
「終わりだな……テメェもよ」
「…そのようだな…」
死に掛けているというのにも関わらず、コルベールは穏やかな表情を浮かべている。
それがジャンガには苛立たしかった。
「何でそんなに余裕なんだ…テメェはよ?」
コルベールは穏やかだった表情に悲しげな色を浮かべる。
「別に余裕ではない…。ただ…」
「ただ?」
「…心残りがあるだけだ」
「心残り?」
「詳しく聞きたいのかね…?」
「…興味はある」
言葉だけを聞けば、ただの興味本位と取られるだろう。
だが、ジャンガの目はただの興味本位でないのを、コルベールは理解した。
コルベールは静かに深呼吸をする。
「私は嘗て…大きな罪を犯した…」
「ハァ?善良と能天気を掛け合わせたのが服着てるような、テメェが?」
怪訝な顔をするジャンガの問い掛けに、静かに頷く。
「アカデミー実験小隊……知っているかね?」
「ああ…図書館とかを覗かせてもらうようになってから、この世界に興味も出ててたからな。
確か…王立直属の魔法研究機関『アカデミー』がメイジだけで作った部隊。
戦いにかこつけて、攻撃魔法の人体実験やら、範囲魔法によって起こる被害の実験なんかをしてたんだってな。
…で、それがどうした?」
「なら…ダングルテールの虐殺も知っているだろう」
ああ、そういう事か…、合点がいったジャンガは小さく鼻を鳴らす。
その様子に、コルベールは話を続ける。
「私は嘗て…アカデミー実験小隊の隊長を勤めていた。
そして…、ダングルテールを焼き払い…罪無き多くの人々の命を奪った。…二十年ほど前の事だ」
「…何でそんなことした?」
一呼吸置き、コルベールは続ける。
「…命令だった。疫病が発生し、焼かねば被害が広がる。だから焼き尽くせと…そう告げられた。…仕方なく焼いた」
「それのどこが罪深いんだ?命令に従っただけじゃねェか…」
コルベールは深く息を吐いた。
「…その命令は偽りだった…」
「偽り?」
「”新教徒狩り”…それがあの村を焼き払わせた本当の目的…。
一人の匿われた新教徒を殺すための…命令だったのだ…」
始祖ブリミルを信仰する宗教『ブリミル教』。
貴族を中心に広く信仰されているブリミル教は強い影響力を持つが、
長い年月の間に貴族との癒着や、始祖の祈祷書の内容をいいように解釈して平民から搾取するなどの腐敗が進んでいる。
そんな状況を変えようと、始祖の祈祷書の内容を正しく解釈し、腐敗した寺院の改革を目指す、
ロマリアの一司教から始まった運動『実践教義』。その信者が『新教徒』と呼ばれており、
その活動を快く思わない『寺院』によって二十年ほど前に行われた弾圧が”新教徒狩り”だった。
「…フン」
ジャンガは忌々しそうに鼻を鳴らす。
「私は真実を知り…悔いた…。罪の意識にさいなまれた…。
例え…命令であろうとも…、罪無き人々を焼いていいわけが無い…。
だから私は軍をやめた。そして…炎をけっして、破壊の為には……命を奪う事には使うまいと…誓った」
「それで、ここで教師をしながら研究、研究。…あの”愉快なヘビくん”ってのを作ったりして、
火の平和利用を考えていたと…?…ご苦労なこったな。その火で、今しがた殺し合いをしていたばかりだがよ…」
「確かにな…」
ジャンガの皮肉にコルベールは自嘲気味に笑った。
「私は研究に打ち込み、火の平和利用を考えてきた…。
一人でも多くの人間に尽くす事……それが”贖罪”だと考えた。
いや…”贖罪”などとは傲慢だな。…これは”義務”なのだ。
あの…大きな罪を犯した私にとって、生きて人に尽くす事は…”義務”なのだ」
ジャンガは帽子を押さえ、ため息を一つ吐いた。
「…それで?テメェは満足か?罪の意識が薄らぐか?……だとしたら、テメェは大した卑怯者だ!」
ジャンガは叫んだ。
「贖罪?義務?ちゃんちゃら可笑しいな!…何をしようがテメェが犯罪者で人殺しなのは変わらねェ…。
罪の意識があるんだったら、とっとと死んで詫びればいいじゃねェかよ!?
それが何だ…”死を選ぶ事すら許されない”…だって?キキキ……死ぬのが嫌だって事に対する言い訳にしか聞こえねェな~?」
ジャンガは亀裂のような笑みを浮かべながらコルベールの顔を覗き見る。
「テメェは結局…何だかんだ理由をつけて、大変な事をしたって事実から逃げたいだけなんだよ。
本心を偽って、現実から目を背けて、それで平穏に暮らして生きたいだけなんだよ」
コルベールは答えない…、ただ真っ直ぐにジャンガを見つめている。
ジャンガは舌打ちをする。
「テメェ…さっき炎の中の俺に”悪人にも、善人にもなりきれなかったな”って言ったよな?…そっくり返してやるゼ。
ちょっと”闇”を経験しただけで軍を抜け…、くだらねェ…実りもしねェ研究をダラダラ続けてる…。
テメェこそ…悪人にも、善人にもなりきれてねェ。
一度闇に堕ちた奴は、二度と日の当たる所には戻れないんだよ」
「…そうだな……そうかもしれない」
コルベールはそう呟いた。
ジャンガは忌々しい物を見るように、目を吊り上げ、歯を噛み締める。
何だコイツは?
真っ白でも真っ黒でもない、中途半端な存在。
大勢の人間を命令だからと燃やしておきながら、騙されたからと逃げ出し、
他人の為にと御託を並べ、理解されもしない研究を続けて人に尽くそうとする臆病者。
…何だよ、”アイツ”なんかよりもそっくりな奴がいるじゃないか…。
ほら、よく知ってる奴だよ…。
(…そうだよ……”俺”にそっくりなんだよ…)
ありとあらゆるものを裏切った自分に…
辛い現実から逃げ続けた自分に…
死にたいと願いながら寸前で逃げた自分に…
コイツは…あまりに似すぎてる…
噛み締めた歯がギリギリと音を立てる。
ジャンガの様子に気が付いたか否か…、コルベールが声を掛ける。
「ジャンガ君…」
「チッ……なんだ?」
「私を殺した事を後悔してくれるかね?」
「…はァッ?」
突然何を言い出すんだコイツは?
ジャンガは呆然とコルベールを見つめる。
「何を言い出すかと思えば…ふざけた事言ってるんじゃねェよ!
何で俺が……テメェを殺した事、後悔するんだよ!?バカバカしいゼ!」
「”一度闇に堕ちた者は戻れない”……君はそう言ったな?確かに”罪”というのはそういう物だろう…。
罪は一生消えない物だ…、どれだけ人に尽くそうと…、研究を進めようと…、決して消えない」
「それだけ解っていながら……テメェは何で生き続けるんだよ?」
「死を選ぶ事すら…私にとっては傲慢だからだ…」
「…チッ」
「ただ一人…」
「あン?」
「ただ一人……いるかもしれない」
「誰がだよ?」
「私を裁く事の出来る…唯一の人間が…」
静寂が訪れる。
燃え盛る炎の音と、ときたま吹く風の音だけが辺りに響いた。
コルベールは顔を上げた。
ジャンガを真っ直ぐに見据える。
「さきほどの質問の意味を答えよう…。…君は、今悩んでいる。
このまま進むか、戻るかで…」
「…ッ!?」
図星だった。
「私が”自分の死について後悔するか”と君に尋ねたのはそういう事だ。
私の死を後悔してくれるのであれば……君はまだ、戻る事が出来る…」
「ざけんじゃねェ……大体、前提が違うんだよ…。
俺は好きでこの道を歩んでるんだ!他人を蔑み、傷付け、殺し、奪い、裏切ってきたんだ!
これからもそうやっていくゼ!俺は悪党だからな!毒の爪のジャン――」
「だが……君はミス・ヴァリエールを助けてくれたではないか?」
「何?俺がいつあのガキを助けたってんだ?」
「フーケの討伐の時だ…」
「あれは…ただの気まぐれだ」
「君は…気まぐれで人を助けるような者が…純粋な悪人、悪党だと言うのかね…?」
コルベールの言葉にジャンガは黙る。
「それに、あの日の祝賀祭……失礼ながら見ていたよ。
君とミス・ヴァリエールの…ダンスをね…」
「…暇な奴だ」
「ははは……本当ならば、私もミス・ロングビルと踊りたかったのだがね…。
…残念ながら、それは無理になったが…」
コルベールは笑い、そして咳き込んだ。
「…やはり君も悪人にはなりきれていない。いや…寧ろ、正しい道を歩もうとしているように見える…」
「何が正しい道なのかは…そいつ次第だ。勝手に他人の進む道を決めようとすんじゃねェ…」
「そうだな……それこそ傲慢だ…。
だが……私は君には…今、歩みだそうとしている道を歩んでもらいたい…。
そう…これも、私の”義務”だと思うのだ…」
「本当に傲慢な奴だ」
「まったくだな…」
力なく笑うコルベール。
しかし、瞳の輝きは未だ力強い。
「それでも…ジャンガ君……私は思うのだよ」
「…何だ?」
「例え…闇に堕ちても……罪を犯そうとも……、きっかけ一つで…人は…変われるのだと…」
コルベールの言葉にジャンガは空を見上げる。燃え上がる炎に照らされ、暗い夜空が僅かに赤く染まっている。
きっかけ一つで変われる……安っぽい、陳腐な言葉だ。
だが…それを否定しきれていない自分が居る事にも気付く。
ジャンガは目を閉じた。
思い返されるのは”向こう”での日々。
桃色髪の亜人の少女には毎日振り回され…それでも充実していた。
金色の死神とのコンビは、利用する為とはいえ…悪くはなかった。
次いで浮かんだのは”こちら”での日々。
見た目の雰囲気は似ているも、中身はまるで似てない生意気な桃色髪のガキ。
記憶の改変で結果的に懐いたメイド。
”向こう”のあのガキに似た人形娘。
それらとの毎日は……正直に言えば、悪くなかった。
「…はァ」
ジャンガは情けないと思った。
甘ったるい、日常に染まりかけていた自分自身に。
そして、それを認識しても受け入れている自分自身に。
「もう……昔の毒の爪は…何処にもいないじゃねェかよ…」
爆音が轟いた。
目を見開き、正門の方角へと目を向ける。
恐らく、向こうの戦いはまだ続いているのだろう。
ジャンガは向かおうとし…足を止め、コルベールを見下ろす。
首を上げるのが疲れるのか、俯いている。
しゃがみ込み、コルベールの顔を覗き込む。
「おい…何か、あいつ等に伝える事があるんだったら、聞いとくゼ?」
コルベールは答えない。俯いたままだ。
その様子にジャンガは怪訝な顔をする。
「おいッ?」
呼びかける。
答えない。
「おいッ!」
叫んだ。
それでも答えない
「……」
コルベールの目は閉じていた。
その顔は何処までも安らかである。
ジャンガは静かに立ち上がった。
そして空に浮かぶ月を見上げる。
「何故だよ…」
二つの月が揺らめく。
何か冷たい物が頬を伝わる。
解っていた事のはずだ……こうなるのは…。
それでも…何故か、どうしようもなく悲しい…。
「何故だよ…」
ジャンガの呟きにデルフリンガーは声を掛けようとしたが、止めた。
話しかけるべきでないと判断したのだ。
そんなデルフリンガーの気遣いなど、今のジャンガにはどうでもよかった。
「何故……お前のような奴が…死んで……、俺みたいな奴が…生き残るんだよ…?
何で……お前は…俺を憎まなかったんだよ…?」
ジャンガの呟きはコルベールに向けられた物であり、同時に嘗ての相棒に向けられた物でもあった。
「神なんかいやしねェ…。いたとしても…相当性格が悪いゼ…。
俺に…まだ、生き地獄を味合わせようと言うんだからよ…」
あの月で、自分は悪党として死ねたはずだった。
なのに…ここへ召喚された。そして生かされた。
「死にたいんだったら、勝手にそうすりゃいいよな…。
でもよ……俺は普通に死にたくねェんだ…。
悪党として最低で……最悪で……無様な死に様を晒したいんだ…。
そうじゃなきゃ…俺は死んじゃいけねェんだよ…」
勿論…それは自分の勝手な理屈だという事は解っている。
コルベールを見下ろす。
この男に言ったように、自分は死ぬのが怖い。
だから…向こうでも、あのガキに殺されそうになった時、無様に命乞いをした…。
死にたいのに、死ぬのが怖い……矛盾した思いが自分の心を締め付ける。
情けない…本当に情けない…。
「俺は……いつまで苦しみ続ければいいんだろうな……バッツ?」
涙を流しながら、ジャンガは嘗ての相棒の名を口にした。
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