「谷まゼロ-07」(2008/12/28 (日) 23:39:03) の最新版変更点
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#navi(谷まゼロ)
なんとか谷を厨房から引き離すことができたルイズは、谷を連れ自室に戻って来ていた。
日はとうに暮れている、今日という日は、朝から晩までドタバタ続きの一日であった。
「つまりこういうことね」
ルイズが、谷から聞いたことを要約した。
「あんたは『チキュウ』って世界から来て、そこは魔法なんて全くない世界。
しかも、月が一つしかないですって……?なんというか、ある程度想像はしてたけど、
本当に別世界だったなんて、……信じらんないわ」
ルイズの言葉を聞いた谷は疑っているような視線をルイズに向けていた。
「っう……。ちゃんと送り返す方法は探すわよ。約束しちゃったし、見つかるまで探すわよ。
だからそんな表情で見るんじゃないわよ……っていうか表情なかったわね」
谷は四六時中、白い仮面をつけている。だがら当然として表情はわからない。
だが、感情を表に出す方法が欠如しているわけではない。
むしろ、その辺に居る普通の人間よりもその表現力は上かもしれないなかった。
ただし、それは『島さん』が関係した時に限ることではあるが。
ルイズはベッドの上で体育座りをして、谷について改めて考えていた。
初めて会ったとき感じた、あのガッカリ感。でも、学院の壁をブチ破るほどの馬鹿馬鹿力。
そして、この世界を自分の夢の世界だと信じ込んでいたお間抜けな性格。
だけど、島さんを思うその気持ちだけは、天を貫くほどに力強くて。
自分の世界に帰れないことがわかると、死刑宣告を受けたような落ち込みよう。
そして、何もかもを悲観した谷とギーシュの決闘。
そこで放たれた誰もの心を揺さぶる魂の咆哮。
少しなりでも、谷という人物がわかってきたルイズであった。
もっとも、谷の性格がそんなに複雑かと言われれば、甚だ疑問ではある。
何故なら、ある一点だけを押さえていれば、谷という人物像はすべて説明できるからである。
『谷はどうしようもなく島さんが好き』
それさえわかっていれば、ほぼ10割わかったようなものである。
だが、その島さんの好きさ加減を知るのには、なかなか難儀するかもしれないが。
ルイズはその点もある程度理解しているつもりであった。
そして、谷のあの直情的な愛情表現に少しばかり興味を抱いていた。
もじもじと指先同士で遊びながら、ルイズが谷に言った。
「ね、ねえ……。タニはどうやって……その、シマサンに『告白』するの?」
『告白』という言葉を聞いて、谷は戸惑い、体をのけ反らせた。
谷にとって島さんに『告白』することは、最重要事項であり、
今まで何度も試みようとしたものの、その手前で踏ん切りがつかず足踏みをしている状態である。
島さんのためなら、誰でも殴り飛ばすような、ある意味積極的な面は持っていても、
いざ島さんを前にすると、萎縮してしまって何を話せばいいかわからなくなるほどあがってしまう始末であった。
つまり、谷にとって『告白』とは越えなければならないハードルではあるが、
それは同時にデリケートな問題でもあった。とてもじゃないが素の状態で向き合って告白できるとは思えなかった。
良く言えば、谷は純情なのであった。
「っな、なんでそんな事を、オマエに聞かれなきゃなんねェんだ?関係ねェだろ!」
まさしくその通りであった。だが、ルイズは食い下がった。
「確かに関係はないわよ……でもあんたまともに告白なんてできるの?」
痛いところを突かれた谷であった。谷は女性と付き合ったことがないし、
女性に興味を持ったのも島さんが初めてであるからして、恋愛については何もわからないに等しい。
ルイズは人差し指を立て、自分も異性に告白なんてしたこともないのに、
まるで練達者のように、どこか偉ぶった態度で谷に言った。
「と、とりあえず、女の子に告白するには、どこでどうやってするのかが重要よ!タニはそこらへん考えてるの?」
「そんなの当たり前だ!いいか……オレが島さんに告白するなら……」
谷は今まで頭の中で何度も繰り返し繰り返し、シミュレーションしてきた、
自分の理想の告白について、どこか浮ついた調子で語り始めた。
……場所は波浪の穏やかな湖。花が咲き乱れる湖のほとりに立つ男女二人は、何気なく湖面を見つめている。
静かに波打つ湖面に、羽を休めるためにやってきた渡り鳥たちが集い、まるで二人を祝うかのように囀っている。
寄り添うように立つ男女は、まだその内なる思いを言葉にして伝えたわけではない。
だが、お互いの気持ちはすでに通じ合っているのだった……後は確認しあうだけである。
二人とも、この今という瞬間が二人の新しい関係の幕開けになることを知っているのだ。
辺りの静けさのせいか、相手の心臓の鼓動が高鳴る音が聞こえてくる気がした。
ここには二人しかいない、邪魔する者もいない二人だけの空間。
爽やかな風が二人の間を駆け抜け、彼女の髪がまるで絹のように煌めき揺れる。
彼女は、その白磁のような透き通るような肌をした手で髪をかきあげた。
男は、彼女のそんな動作の一つ一つでさえ、とても愛おしく思えた。
やはり、彼女こそが自分の生涯の伴侶としてなくてはならない存在だと再認識する。
男は自分の思いを伝えることに躊躇していた。だが、勇気を持ってして踏み出さねば何も始まらない。
これから始まる幸せを告げる鐘を鳴らすため男は意を決し行動に出た。
男は女に真剣な顔を向け、簡潔にそして、自分の心からの言葉を暖かく相手を包み込むように彼女に伝えた。
『島さん……好きです』
『え……』
湖面の渡り鳥たちが、一斉に大空へと向って飛びたった……。
「オーレーは!!こうっ……なんというかっ!!一見切なく見えるような雰囲気溢れるシチュエーションで!
かつ、さりげなくだな……!!!なるべくっ、なるべくこんな告白を夢見てんだ!!!!」
「あ、……あ、ああそう……よかったわね……うんホント」
どこが、さりげなくよ……。思いっきり願望マル出しじゃない。
長々と自分の妄想を垂れ流しにした谷であったが、対するルイズはちょっと目が点になっていた。
興奮冷めやらぬ谷は、今までにないほどルイズに突っかかった。
「湖でイイだろ!?」
「い、いいんじゃない?言ってたみたいに出来ればの話だけど」
「っな、なに」
「いきなりやろうとして出来るもんだと思ってるわけ?」
ルイズに言われて谷は思い悩んだ。
確かにそうかもしれないし、だけどそうならば、いったいどうすれば自然に告白できるのか?
と谷は腕を組んで、問題の答えを探すために考えを巡らせていた。
そんな様子を見ると、期待していたものが到来したかのように、どこか嬉しげな表情をしたルイズは、
頬を少しばかり赤らめながら言った。
「そ、その……わわわ、わたしが練習相手になってあげてもいいわよ?」
「……?……なんでだ?」
「あっ!え、えーと!何事も場数よ!どーせあんたシマサンを目の前にしたら、
緊張して、しどろもどろになっちゃうんでしょ。そんなんじゃ成功しないわよ?
物は試しよ!わ、わたしを『シマサン』だと思って告白してみなさい!」
谷は、言われてみればそういう気がしないでもないな、というぐらいに話を聞いていた。
島さん関連の話については割と意欲的に聞く谷であった。
「それもそうだな……っよし」
谷はルイズの前に立った。大きく深呼吸し、島さんの姿を頭の中でイメージした。
彼の脳内には、女神のような笑顔を自分に投げかけてくれている彼女の姿がはっきりと映し出されていた。
意を決して、告白の言葉を口にしようとする。
「しっ、島さん……その、あの、オレは」
やはりいざとなると、練習であっても緊張してまともな言葉にならなかった。
そうなると谷は気の高ぶりが抑えられずに暴走し始めた。
「お、おお、おオレは島さんが!!!島さんのことが!!!」
もうすでに、頭のネジが吹っ飛んでしまったのか、
谷は目の前にいるのが練習相手のルイズであることを忘れていた。
ルイズの両手を手で取り、握りつぶすのではないかと危機感を覚えるほどしっかり握ると、
仮面をつけた顔を近づけて、ルイズの鼓膜が破れるかと思われるほど大きな声で言った。
「オ、オレ島さんのことが好きなんです!!!!世界中の誰よりも!!!!誰よりも一番絶対に好きなんです!!
島さんはオレが守ります!!!一生守らしてください!!!そのためだったらなんでもします!!
だ、だから!!そばにいてください!!!!おっ、オレそれだけで生きていけるんです!!!」
谷の強烈までの愛情表現である言葉がルイズの胸を穿つ。
ルイズの目はグルグルと周り、顔は真っ赤になっていた。
「あわわわわっわわわわ……あのわたわたわたしわたたたわたしは……」
谷の言葉は、ルイズには刺激すぎた。視界が歪み、頭が茹る様に熱くなる。
自分が、何を口走ろうとしているのかすらも、わからなくなっていた。
そんな混沌極まる状況の中、我に帰ったのは谷が先だった。
「っし、しし」
谷はルイズから飛びのいて叫んだ。
「島さんじゃねェ!!!!ふざけやがって!!!」
「なっ!!?それは最初からわかってることでしょ!?ふざけてるのはどっちよ!!」
そのけたたましいまでの喧騒は、谷が昨晩開けた壁の穴を塞ぐ応急処置の布地を軽く通り越し、
隣の部屋にいる住人の耳まで届いていた。
「あーうるさいこと。こっちに筒抜けってことわかってやってるのかしら?あの二人」
そう言ったのはベッドに寝転がっているキュルケであった。
「わかってない」
キュルケの言葉に応えたのは、青みがかった髪とブルーの瞳を持つ少女であった。
ベッドのそばで椅子に座って本を広げている。
見た目に幼さが残っているこの少女の名前は、タバサといった。
友人であるキュルケの部屋に遊びに来ているのだった。
タバサは、キュルケがつまらなそうな顔して天井を見つめているので気になっているようだった。
どこか心配そうな顔をしているタバサに気がつくとキュルケは何でもないという風に軽く手をヒラヒラと振った。
だが、タバサはキュルケに視線を送り続けた。
あまり喋らない友人が何を言いたいのかキュルケはわかった。
「タニのことはいいのかって言いたいんでしょ?もういいのよ」
タバサはキュルケが谷に対して猛烈にアプローチをかけるものとばかり思っていた。
決闘が終わったあと、谷ついてタバサに熱く語っていたからだった。
だが、今は火が消えたように、谷に対しての興味を失っているようであった。
未だに疑わしげな視線を送るタバサに、キュルケは説明を加えた。
「確かに、あたしはタニ『惚れられたい』と思ったわよ?それは確かなこと。
あれだけ力強い愛情に包まれてみたいと思ったことも確かなこと。
でもね。どー考えても手に入らないってわかったのよ」
タバサは首を傾げた。ことに恋愛関係については熱しやすく冷めやすいキュルケではあったが、
今回は何か様相が異なっているとタバサは感じたのだった。
タバサの感じている違和感は次のキュルケの言葉で全て溶けて消えていった。
「タニが誰かから好意を寄せられて、すぐに乗り換えちゃうのなんてのは……そんなのタニじゃないのよ。
だったらどうやってあたしは誘惑すればいいの?って話じゃない。手に入れた瞬間それは欲しかったものじゃなくなる。
ああ、なんて矛盾かしら……。あーあぁ、どこかに居ないかしら?まだ手付かずのタニみたいな男」
さすがにそうは居ないのでは?と思ったタバサであった。
タバサは直接谷を見たわけでもないが、そのしでかした出来事を伝聞で知っただけでも、
異質な存在だと理解できていた。
タバサが頭の中で、そんなことを考えていると、ふとキュルケが思い出したように言った。
「ルイズもね。あんなことやってるけど、別にタニに惚れているわけじゃないはずよ。
そうねぇ。例えるなら、気になって官能小説を読んだはいいけど、内容の過激さに顔を真っ赤にして慌てふためいて、
本を閉じたり開けたりしてる生娘ってところかしら?まあ、本人がそれを自覚しているかは甚だ疑問だけれども」
良くわかったような、わからないような例えであった。
だがタバサにも、ルイズにとって谷が刺激物であることは理解できた。
「あーでも羨ましいっ!」
そう言うとキュルケはベッドから飛び起きた。
「?」
「いやね。少しぐらい味わっておこうかしらって思ってね」
キュルケはルイズの部屋へと通じる布地で塞がれた大穴に向って得意の火の魔法を放った。
布が燃え落ちるか否か、キュルケはルイズの部屋に飛び込んでいった。
「タニタニィ!ルイズだけにじゃなくて、あたしにも、その暑苦しー愛の言葉を頂戴っ♪」
「な、ななななに言ってんのよ、この色ボケ女!!!」
ルイズの部屋は、今までにない以上の賑わいをみせた。
夜空に浮かぶ、巨大な二つの月が、五階に宝物庫がある魔法学園の本当の外壁を照らしている。
二つの月の光が、壁に垂直に立った人影を浮かび上がらせていた。
『土くれの』二つ名で呼ばれ、トリステイン中の貴族を恐怖に陥れているメイジの盗賊、
土くれのフーケであった。その盗賊が今宵、学院を徘徊しているのであった。
フーケは、宝があると聞けば、どこへでも馳せ参じ、自身のメイジとしての能力を遺憾なく発揮し、
貴族達相手に盗みを働く、神出鬼没の大怪盗。
今度の目標は、フーケが好んで狙う、強力な魔法が付与された高名な宝、所謂マジックアイテムのひとつであった。
フーケは足から伝わってくる、壁の感触に舌打ちをした。
「さすが、魔法学院本塔の壁ね……。私の『錬金』が効かないのは実証済みだったけど……、
ッチ……『あんなこと』があったから、コルベールは『物理衝撃が弱点』っていってたのにも納得がいってたってのに、、
こんなに厚かったら、ちょっとやそっとの魔法じゃどうしようもないじゃないの!私のゴーレムも通用するかどうか……」
足の裏で、壁の厚さを測っている。『土』系統のエキスパートであるフーケにとって、そんなことはぞうさもないのであった。
「確かに、『固定化』の魔法以外はかかってないみたいだけど……。どうしたもんかねぇ……」
フーケは、腕を組んで悩んだ。
「『破壊の杖』は諦めるには惜しいし……まったく、学院をボロボロにするなら宝物庫を狙ってくれればいいものを……」
そこまで自分で言った瞬間、あることが頭によぎった。学院が何故ボロボロになっているか思い出したのだ。
待ちなさいよ……もしかしたら。
フーケは、ぐるりとその場を見渡した。すると、暗闇の中でもはっきりとわかるような派手さを振りまいている、
学院の壁に突き刺さっている銅像が目に入った。それは谷がしでかしたことを表す爪痕であった。
その銅像を見るとフーケはニヤリと笑った。
確か学院の女子寮の壁の穴を塞ぐための修繕要求の書類が、こっちに回ってきてたわね。
あれもヴェストリの広場と同じように、あの使い魔が壁をブチ抜いたのだとしたら……十分試す価値はありそうだね。
何故フーケが学院の事情に詳しいか、それには理由があった。
その理由とは、実は『土くれ』のフーケは、学院長の秘書であるミス・ロングビルと同一人物だからであった。
つまり、フーケはミス・ロングビルに扮装し学院に潜り込み、『破壊の杖』を奪うために、
秘書という立場を利用し、学院内を嗅ぎまわっていたのである。
であるからして、当然として谷がしでかした事も、そして、その使い魔の主がルイズであることも知っていた。
さて、可能性があることがわかったから……次はどうやって利用するかだね……。
悪事を企む際の特有の高揚感が、フーケの胸の奥から沸き起こる。
闇夜に、艶麗で、そして不敵な笑みが浮かんだ。
#navi(谷まゼロ)
#navi(谷まゼロ)
なんとか谷を厨房から引き離すことに成功したルイズは、谷を連れ自室に戻って来ていた。
日はとうに暮れている、今日という日は、朝から晩までドタバタ続きの一日であった。
「つまりこういうことね」
ルイズが、谷から聞いたことを要約した。
「あんたは『チキュウ』って世界から来て、そこは魔法なんて全くない世界。
しかも、月が一つしかないですって……?なんというか、ある程度想像はしてたけど、
本当に別世界だったなんて、……信じらんないわ」
ルイズの言葉を聞いた谷は疑っているような視線をルイズに向けていた。
「っう……。ちゃんと送り返す方法は探すわよ。約束しちゃったし、見つかるまで探すわよ。
だからそんな表情で見るんじゃないわよ……っていうか表情なかったわね」
谷は四六時中、白い仮面をつけている。だがら当然として表情はわからない。
だが、感情を表に出す方法が欠如しているわけではない。
むしろ、その辺に居る普通の人間よりもその表現力は上かもしれないなかった。
ただし、それは『島さん』が関係した時に限ることではあるが。
ルイズはベッドの上で体育座りをして、谷について改めて考えていた。
初めて会ったとき感じた、あのガッカリ感。でも、学院の壁をブチ破るほどの馬鹿馬鹿力。
そして、この世界を自分の夢の世界だと信じ込んでいたお間抜けな性格。
だけど、島さんを思うその気持ちだけは、天を貫くほどに力強くて。
自分の世界に帰れないことがわかると、死刑宣告を受けたような落ち込みよう。
そして、何もかもを悲観した谷とギーシュの決闘。
そこで放たれた誰もの心を揺さぶる魂の咆哮。
少しなりでも、谷という人物がわかってきたルイズであった。
もっとも、谷の性格がそんなに複雑かと言われれば、甚だ疑問ではある。
何故なら、ある一点だけを押さえていれば、谷という人物像はすべて説明できるからである。
『谷はどうしようもなく島さんが好き』
それさえわかっていれば、ほぼ10割わかったようなものである。
だが、その島さんの好きさ加減を知るのには、なかなか難儀するかもしれないが。
ルイズはその点もある程度理解しているつもりであった。
そして、谷のあの直情的な愛情表現に少しばかり興味を抱いていた。
もじもじと指先同士で遊びながら、ルイズが谷に言った。
「ね、ねえ……。タニはどうやって……その、シマサンに『告白』するの?
いずれは告白するつもりなんでしょ?……どうやってするつもりなのよ?」
『告白』という言葉を聞いて、谷は戸惑い、体をのけ反らせた。
谷にとって島さんに『告白』することは、最重要事項であり、
今まで何度も試みようとしたものの、その手前で踏ん切りがつかず足踏みをしている状態である。
島さんのためなら、誰でも殴り飛ばすような、ある意味積極的な面は持っていても、
いざ島さんを前にすると、萎縮してしまって何を話せばいいかわからなくなるほどあがってしまう始末であった。
つまり、谷にとって『告白』とは越えなければならないハードルではあるが、
それは同時にデリケートな問題でもあった。とてもじゃないが素の状態で向き合って告白できるとは思えなかった。
良く言えば、谷は純情なのであった。
「っな、なんでそんな事を、オマエに聞かれなきゃなんねェんだ?関係ねェだろ!」
まさしくその通りであった。だが、ルイズは食い下がった。
「確かに関係はないわよ……でもあんたにまともな告白なんてできるの?」
痛いところを突かれた谷であった。谷は女性と付き合ったことがないし、
女性に興味を持ったのも島さんが初めてであるからして、恋愛については何もわからないに等しい。
ルイズは人差し指を立て、自分も異性に告白なんてしたこともないのに、
まるで練達者のように、どこか偉ぶった態度で谷に言った。
「と、とりあえず、女の子に告白するには、どこでどうやってするのかが重要よ!タニはそこらへん考えてるの?」
「そ、そんなの当たり前だ!いいか……オレが島さんに告白するなら……」
谷は今まで頭の中で何度も繰り返し繰り返し、シミュレーションしてきた、
自分の理想の告白について、どこか浮ついた調子で語り始めた。
……場所は波浪の穏やかな湖。花が咲き乱れる湖のほとりに立つ男女二人は、何気なく湖面を見つめている。
静かに波打つ湖面に、羽を休めるためにやってきた渡り鳥たちが集い、まるで二人を祝うかのように囀っている。
寄り添うように立つ男女は、まだその内なる思いを言葉にして伝えたわけではない。
だが、お互いの気持ちはすでに通じ合っているのだった……後は確認しあうのみである。
二人とも、この今という瞬間が二人の新しい関係の幕開けになることを知っているのだ。
辺りの静けさのせいか、相手の心臓の鼓動が高鳴る音が聞こえてくる気がした。
ここには二人しかいない、邪魔する者もいない二人だけの空間。
爽やかな風が二人の間を駆け抜け、彼女の髪がまるで絹のように煌めき揺れる。
彼女は、その白磁のような透き通るような肌をした手で髪をかきあげた。
男は、彼女のそんな動作の一つ一つでさえ、とても愛おしく思えた。
やはり、彼女こそが自分の生涯の伴侶としてなくてはならない存在だと再認識する。
男は自分の思いを伝えることに躊躇していた。だが、勇気を持ってして踏み出さねば何も始まらない。
これから始まる幸せを告げる鐘を鳴らすため、男は意を決し行動に出た。
男は女に真剣な顔を向け、簡潔にそして、自分の心からの言葉を、暖かく相手を包み込むように彼女に伝えた。
『島さん……好きです』
『え……』
湖面の渡り鳥たちが、一斉に大空へと向って飛びたった……。
「オーレーは!!こうっ……なんというかっ!!一見切なく見えるような雰囲気溢れるシチュエーションで!
かつ、さりげなくだな……!!!なるべくっ、なるべくこんな告白を夢見てんだ!!!!」
「あ、……あ、ああそう……よかったわね……うんホント」
どこが、さりげなくよ……。思いっきり願望マル出しじゃない。
長々と自分の妄想を垂れ流しにした谷であったが、対するルイズは目が点になっていた。
興奮冷めやらぬ谷は、今までにないほどルイズに突っかかった。
「湖でイイだろ!?」
「い、いいんじゃない?言ってたみたいに出来ればの話だけど」
「っな、なに」
「いきなりやろうとして出来るもんだと思ってるわけ?」
ルイズに言われて谷は思い悩んだ。
確かにそうかもしれないし、だけどそうならば、いったいどうすれば自然に告白できるのか?
と谷は腕を組んで、問題の答えを探すために考えを巡らせていた。
そんな様子を見ると、期待していたものが到来したかのように、どこか嬉しげな表情をしたルイズは、
頬を少しばかり赤らめながら言った。
「そ、その……わわわ、わたしが練習相手になってあげてもいいわよ?」
「……?……なんでだ?」
「あっ!え、えーと!何事も場数よ!どーせあんたシマサンを目の前にしたら、
緊張して、しどろもどろになっちゃうんでしょ。そんなんじゃ成功しないわよ?
物は試しよ!わ、わたしを『シマサン』だと思って告白してみなさい!」
谷は、言われてみればそういう気がしないでもないな、というぐらいに話を聞いていた。
島さん関連の話については割と意欲的に聞く谷であった。
「それもそうだな……っよし」
谷はルイズの前に立った。大きく深呼吸し、島さんの姿を頭の中でイメージした。
彼の脳内には、女神のような笑顔を自分に投げかけてくれている彼女の姿がはっきりと映し出されていた。
意を決して、告白の言葉を口にしようとする。
「しっ、島さん……その、あの、オレは」
やはりいざとなると、練習であっても緊張してまともな言葉にならなかった。
そうなると谷は気の高ぶりが抑えられずに暴走し始めた。
「お、おお、おオレは島さんが!!!島さんのことが!!!」
もうすでに、頭のネジが吹っ飛んでしまったのか、
谷は目の前にいるのが練習相手のルイズであることを忘れていた。
ルイズの両手を手で取り、握りつぶすのではないかと危機感を覚えるほどしっかり握ると、
仮面をつけた顔を近づけて、ルイズの鼓膜が破れるかと思われるほど大きな声で言った。
「オ、オレ島さんのことが好きなんです!!!!世界中の誰よりも!!!!誰よりも一番絶対に好きなんです!!
島さんはオレが守ります!!!一生守らしてください!!!そのためだったらなんでもします!!
だ、だから!!そばにいてください!!!!おっ、オレそれだけで生きていけるんです!!!」
谷の強烈までの愛情表現での塊である言葉がルイズの胸を穿つ。
ルイズの目はグルグルと周り、顔は真っ赤になっていた。
「あわわわわっわわわわ……あのわたわたわたしわたたたわたしは……」
谷の言葉は、ルイズには刺激すぎた。視界が歪み、頭が茹る様に熱くなる。
自分が、何を口走ろうとしているのかすらも、わからなくなっていた。
そんな混沌極まる状況の中、我に帰ったのは谷が先だった。
「っし、しし」
谷はルイズから飛びのいて叫んだ。
「島さんじゃねェ!!!!ふざけやがって!!!」
「なっ!!?それは最初からわかってることでしょ!?ふざけてるのはどっちよ!!」
そのけたたましいまでの喧騒は、谷が昨晩開けた壁の穴を塞ぐ応急処置の布地を軽く通り越し、
隣の部屋にいる住人の耳まで届いていた。
「あーうるさいこと。こっちに筒抜けってことわかってやってるのかしら?あの二人」
そう言ったのはベッドに寝転がっているキュルケであった。
「わかってない」
キュルケの言葉に応えたのは、青みがかった髪とブルーの瞳を持つ少女であった。
ベッドのそばで椅子に座って本を広げている。
見た目に幼さが残っているこの少女の名前は、タバサといった。
友人であるキュルケの部屋に遊びに来ているのだった。
タバサは、キュルケがつまらなそうな顔して天井を見つめているので気になっているようだった。
どこか心配そうな顔をしているタバサに気がつくとキュルケは何でもないという風に軽く手をヒラヒラと振った。
だが、タバサはキュルケに視線を送り続けた。
あまり喋らない友人が何を言いたいのかキュルケはわかった。
「タニのことはいいのかって言いたいんでしょ?もういいのよ」
タバサはキュルケが谷に対して猛烈にアプローチをかけるものとばかり思っていた。
決闘が終わったあと、キュルケは、谷ついてタバサに熱く語っていたからだった。
だが、今は火が消えたように、谷に対しての興味を失っているようであった。
未だに疑わしげな視線を送るタバサに、キュルケは説明を加えた。
「確かに、あたしはタニ『惚れられたい』と思ったわよ?それは確かなこと。
あれだけ力強い愛情に包まれてみたいと思ったことも確かなこと。
でもね。どー考えても手に入らないってわかったのよ」
タバサは首を傾げた。ことに恋愛関係については熱しやすく冷めやすいキュルケではあったが、
今回は何か様相が異なっているとタバサは感じたのだった。
タバサの感じている違和感は次のキュルケの言葉で全て溶けて消えていった。
「タニが誰かから好意を寄せられて、すぐに乗り換えちゃうのなんてのは……そんなのタニじゃないのよ。
だったらどうやってあたしは誘惑すればいいの?って話じゃない。手に入れた瞬間それは欲しかったものじゃなくなる。
ああ、なんて矛盾かしら……。あーあぁ、どこかに居ないかしら?まだ手付かずのタニみたいな男」
さすがにそうは居ないのでは?と思ったタバサであった。
タバサは直接谷を見たわけでもないが、そのしでかした出来事を伝聞で知っただけでも、
異質な存在だと理解できていた。
タバサが頭の中で、そんなことを考えていると、ふとキュルケが思い出したように言った。
「ルイズもね。あんなことやってるけど、別にタニに惚れているわけじゃないはずよ。
そうねぇ。例えるなら、気になって官能小説を読んだはいいけど、内容の過激さに顔を真っ赤にして慌てふためいて、
本を閉じたり開けたりしてる生娘ってところかしら?まあ、本人がそれを自覚しているかは甚だ疑問だけれども」
良くわかったような、わからないような例えであった。
だがタバサにも、ルイズにとって谷が刺激物であることは理解できた。
「あーでも羨ましいっ!」
そう言うとキュルケはベッドから飛び起きた。
「?」
「いやね。少しぐらい味わっておこうかしらって思ってね」
キュルケはルイズの部屋へと通じる布地で塞がれた大穴に向って得意の火の魔法を放った。
布が燃え落ちるか否か、キュルケはルイズの部屋に飛び込んでいった。
「タニタニィ!ルイズだけにじゃなくて、あたしにも、その暑苦しー愛の言葉を頂戴っ♪」
「な、ななななに言ってんのよ、この色ボケ女!!!」
ルイズの部屋は、今までにない以上の賑わいをみせた。
@
夜空に浮かぶ、巨大な二つの月が、五階に宝物庫がある魔法学園の本当の外壁を照らしている。
二つの月の光が、壁に垂直に立った人影を浮かび上がらせていた。
『土くれの』二つ名で呼ばれ、トリステイン中の貴族を恐怖に陥れているメイジの盗賊、
土くれのフーケであった。その盗賊が今宵、学院を徘徊しているのであった。
フーケは、宝があると聞けば、どこへでも馳せ参じ、自身のメイジとしての能力を遺憾なく発揮し、
貴族達相手に盗みを働く、神出鬼没の大怪盗。
今度の目標は、フーケが好んで狙う、強力な魔法が付与された高名な宝、所謂マジックアイテムのひとつであった。
フーケは足から伝わってくる、壁の感触に舌打ちをした。
「さすが、魔法学院本塔の壁ね……。私の『錬金』が効かないのは実証済みだったけど……、
ッチ……『あんなこと』があったから、コルベールは『物理衝撃が弱点』って言ってたのにも納得がいってたってのに、、
こんなに厚かったら、ちょっとやそっとの魔法じゃどうしようもないじゃないの!私のゴーレムも通用するかどうか……」
足の裏で、壁の厚さを測っている。『土』系統のエキスパートであるフーケにとって、そんなことはぞうさもないのであった。
「確かに、『固定化』の魔法以外はかかってないみたいだけど……。どうしたもんかねぇ……」
フーケは、腕を組んで悩んだ。
「『破壊の杖』は諦めるには惜しいし……まったく、学院をボロボロにするなら宝物庫を狙ってくれればいいものを……」
そこまで自分で言った瞬間、あることが頭によぎった。学院が何故ボロボロになっているか思い出したのだ。
待ちなさいよ……もしかしたら。
フーケは、ぐるりとその場を見渡した。すると、暗闇の中でもはっきりとわかるような派手さを振りまいている、
学院の壁に突き刺さっている銅像が目に入った。それは谷がしでかしたことを表す爪痕であった。
その銅像を見るとフーケはニヤリと笑った。
確か学院の女子寮の壁の穴を塞ぐための修繕要求の書類が、こっちに回ってきてたわね。
あれもヴェストリの広場と同じように、あの使い魔が壁をブチ抜いたのだとしたら……十分試す価値はありそうだね。
何故フーケが学院の事情に詳しいか、それには理由があった。
その理由とは、実は『土くれ』のフーケは、学院長の秘書であるミス・ロングビルと同一人物だからであった。
つまり、フーケはミス・ロングビルに扮装し学院に潜り込み、『破壊の杖』を奪うために、
秘書という立場を利用し、学院内を嗅ぎまわっていたのである。
であるからして、当然として谷がしでかした事も、そして、その使い魔の主がルイズであることも知っていた。
さて、可能性があることがわかったから……次はどうやって利用するかだね……。
悪事を企む際の特有の高揚感が、フーケの胸の奥から沸き起こる。
闇夜に、艶麗で、そして不敵な笑みが浮かんだ。
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