「谷まゼロ-03」(2008/12/28 (日) 22:47:46) の最新版変更点
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#navi(谷まゼロ)
ルイズは、ベッドの上で目を覚ました。寝ぼけ眼を腕でゴシゴシと拭った。
昨日のドタバタ劇のせいで睡眠が浅かったのか、いまいちすっきりしない。
あの忌々しい使い魔め。絶対こき使ってやるんだから。
ベッドを降り、制服に着替えようと、椅子にかかった制服を取りにトタトタと歩いて行った。
そこへ、誰かがルイズに声をかけてきた。
すでに制服に着替えたキュルケであった。
キュルケは昨晩谷が開けた穴の淵にもたれかけながら、ルイズに言った。
「あら、随分と遅い起床だこと。それにまあなんていうか……」
キュルケはまじまじとルイズの姿を見た。
ルイズの格好はネグリジェ一枚を身につけているだけであった。
そうであるから、朝日を受けてネグリジェが透けて、体のラインがはっきりと露わになっている。
「貧相な体ね。谷間もゼロ。まさにゼロのルイズ。打って変わってシマサンはグラマーだったわね。
あたしみたいに♪……あなた、タニに相手にされないんじゃないかしら?」
「何よ!!うるさいわね!タニはわたしの使い魔なんだから!あんたには関係ないでしょ!!
それに体のことはもっっっっと関係ないわ。デカ乳!ていうかなんで勝手にわたしの部屋に入ってきてるのよ!」
キュルケはやれやれといった感じに肩をすくめて言った。
「そのあなたの使い魔が、壁をぶち破ったからでしょう?これどうしてくれるの?」
キュルケが穴が開いた壁をコツコツと握り拳で叩く。
「うっ、それは……タニに言いなさいよ」
「あらあら、使い魔が起こした不祥事は主人の責任じゃないのかしら?」
「だからタニのせいだって言ってるでしょ!!!」
「で、その肝心のタニはどこかしら?」
ルイズはキュルケに言われて初めて気がついた。
肝心の谷を朝起きてから見ていない。
確か昨日はルイズのベッドから毛布をひったくって、自分から床で寝ていたはずだったが……。
部屋のどこを探しても谷の姿が見当たらない。
「ど、どこいったのよ。主人はここにいるのよ?洗濯、それに着替えを手伝わせようと思ってたのに」
「あなたまだ懲りてないの?あの使い魔が主人どころか、他人の言うこと聞くようなタマだとは思えないけど?
いうことを聞かせられるのはシマサンぐらいなもんでしょ」
ルイズも内心その通りだと思っていた。昨日で会ったばかりではあるが、
谷はシマサン以外の人間は眼中になさそうであった。しかしルイズはそれを認めるわけにはいかない。
「う、うるさいわね。絶対従わせてみせるんだから、今に見てなさい!キュルケ」
「はいはい」
@
そんなルイズとキュルケのやり取りがあってから、しばらく時間がたった後だった。
谷は、ルイズがまだ目を覚ます前に一人で部屋を出て、しばらくブラブラとした後、
学院の敷地内にある食堂横の芝生の上に、両手を頭の後ろにやって、それを枕代わりにして寝ころんでいた。
未だに、ここを夢の世界だと考えていた。
もちろん、うすら寒いものを背中に感じていることは確かだった。だがやはり認めるわけにはいかない。
芝生に寝転がる前に、少し学院内を散策してみた時のことだ。
すれ違う学院生徒からは、奇異の目で見られていたが、谷はそんなことは一切構わなかった。
それよりも、学院から見える景色、そして学院内にあるもの、そして見慣れぬというよりも、
現実世界では存在しえないような奇妙な生物がうようよいることに、驚いていた。
空に竜が飛んでいたのを目にした時は度肝を抜かれた。
……オレってこんなに想像力逞しかったのか。
谷はそんな風に考えるようにしていた。
だが、焦燥感は拭えない。胸の奥底でなにか、目をそむけたい物体が本人の意思とは無関係に
どんどん大きく肥大化しているかのような感覚。
気分は晴れない。今もこうやって寝転がることぐらいしかできることはない。
もう丸一日以上島さんをを目にしていない。
島さん島さん島さん島さん島さん島さん島さん島さん……。
谷は、このままでは『島さん不足による禁断症状』が起こってしまうところまで来ていた。
こんな葛藤を頭の中でぐるぐると廻らせているが、仮面のおかげで誰にもその表情はわからない。
食堂から出てきた一人のメイドもそうであった。
彼女はシエスタという名の給仕であった。今日もまた貴族相手に、朝食の配膳をしていた。
シエスタは仕事を一通り終え、厨房に戻るところであった。
その帰り道に彼女は、一人の男と出会うことになったのだ。
シエスタは芝生の上に転がっている谷を不審に思った。
だが、何故か危険は感じなかった。
それが格好により貴族ではなく、自分と同じ平民であると見てわかったからなのか、
それとも、単に不審に思ったことよりも、谷に対しての興味が勝ったのか、シエスタにもよくわからなかった。
だが、ちょっと近づいてみて、よくよく見たくなったことは確かであった。
それは、丁度道を歩いている途中、偶然猫と出くわした時に、猫を触りたくなるのと同じような感覚だったのかもしれない。
それに、まるでのっぺらぼうのような仮面をつけているのだから興味を欠くことはない。
相手の目が見えないことがシエスタの警戒心を薄めたのだろう。
なんの根拠はないが、シエスタは谷が寝ているものと思っていた。
周囲に誰もいないことを確かめた。
シエスタは、内心少しわくわくしながらスカートの裾を指先で挟んで持つと、そろりと忍び足で谷に近づいた。
シエスタは谷の頭の横辺りに立つと、谷をよく観察してみた。
やはり、仮面が異様さを醸し出していた。だが、どこか愛嬌がある様にもシエスタは見えた。
シエスタは屈んで、谷の顔の前で掌をひらひらと動かしてみた。
何の反応もない。
やはり寝ているのだろうとシエスタは判断した。
真っ白な仮面なので落書きしがいがあるだろうなぁ、などと子供のようなことをシエスタは考えていた。
そして、ちょっと指で仮面をつついてみようかというイタズラ心まで出てきてしまっていた。
だがその時、シエスタは異変に気がついた。
仮面には何も変化がなかったが、谷の耳が真っ赤になっていたのだった。
シエスタは、谷が起きていることに気がついた。怒られるかもしれないという心配が頭によぎるが、
それよりも、何故谷が耳を真っ赤にさせているのかわかってしまったことのほうがシエスタにとって大問題であった。
シエスタの顔がまるで熟したトマトのように真っ赤になった。
実は谷は起きていて、目も開けていた。ただ仮面をしていたので、シエスタにはそれがわからなかっただけだった。
つまり、谷にはしゃがんでいたシエスタのパンティが見えていたのだった。
シエスタは恥ずかしさのあまり両手で顔を覆い隠してしまった。
谷は慌てて起き上がり、シエスタの眼前に人差し指を立てた手を持ってきて、大声で言った。
「おい!オレのせいじゃないからな!お前が勝手に見せたんだ!オレは知らないぞ!」
「……はい。も、申し訳ありません。……もうわたしお嫁にいけないわ」
「……!」
谷は髪の毛をクシャクシャにしながら頭を掻いた。
もとより今は気分が最悪なのに、面倒なことに巻き込まれたとイライラしていた。
谷は、懐から文庫本を取り出した。それは谷が愛読している村上春樹の小説であった。
ここに来る前に持っていたものだった。因みに本はこれ一冊しか持ち合わせていない。
谷は、まるで近くに他人などいないかのように本を広げ読み始めた。
落着きを取り戻したシエスタは、谷のその姿を見ていて、ふと思い出した。
確か、先日メイジの生徒たちが使い魔召喚の儀式をしていて、
そのなかでも変わった生き物が召喚されたとか何とかで、学院の使用人たちの間でも囁かれていた。
たしか、人間で仮面をしていて……。そこまで思考をなぞると目の前の人物がその人だと、シエスタは気がついた。
「あなたは、ミス・ヴァリエールに呼び出された使い魔のタニさんですか?」
谷は本に目を落としたまま、何も返事をしなかった。
シエスタにはそれが、肯定の意を表しているのだと思った。
「私はシエスタっていいます、あの、タニさんは何をしていらっしゃるんですか?」
谷が顔だけを、シエスタに向けて言った。
「見てわからねェのか?小説を読んでんだ。邪魔すんな」
「は、はい!どうもスミマセン!」
謝ったシエスタであったが、どうも場の空気的に立ち去りづらくなっていた。
どうしようかと、谷の横にちょこんと座っているシエスタは戸惑いを覚えている。
そこに突然、シエスタのことなんて塵芥ほども興味がなさそうであったはずの、
谷からシエスタに言葉が投げかけられた。
「なあ、おい」
「は、はいなんでしょう!」
いきなりのことでシエスタは吃驚したが、あることに気がついた。
先ほどまでの荒々しさが谷から感じられないのだ。それどころかどこか弱々しさが滲み出ている。
谷はどこか憂いを帯びた口調で言った。
「もしだっ。仮に、いや万が一……。自分の好きな人と会えなくなるってなったら、お前どうする?」
シエスタは質問の意味するところが、よくわからなかった。
だが、谷が真剣であることはわかった。そして悩んでいることも。
おそらく谷自身とその想い人とのことを言っているのだと理解できた。
シエスタは言った。
「難しいですね……。私はまだ好きな相手が出来たことがありませんから、そのお気持ちはわからないかもしれません。
ですけど、落ち込まないで下さい!想っていれば、それは相手に伝わると思いますし、
お互いに深い絆で結ばれていれば、何があっても大丈夫ですよ!」
谷はシエスタの言葉を、本に読んでいるフリをしながら聞いていた。
元から本なんて読んでいられるような心境ではなかったからだ。
確かに、ここに来てから読もうとしたことはあるが、
本に書かれている文字一つ一つはっきりと読めることが、そして小説の内容を面白いと感じることが、
今自分がここにいる、という『現実感』が露わになってしまうのが堪らなく嫌だったからだ。
だが、シエスタの話を聞いて少し気が楽になった気がした。
「……そっそうか!そうだなっ。こんなことで挫けねェ!」
谷は、勢いよく立ちあがって、ぎりぎりまで息を吸い込んだ。
そして拳に力を込め、清々しいぐらいに大きな声で叫んだ。
「島さああああああああああぁん!!!!好きだぁあああああああああ!!!こうっ、が、がぁーーっというのまに!
今に、夢から醒めて会いに行きますっっ!!!うおおおおおおおおおおおおおぉぉ!!!」
シエスタは谷の魂の咆哮に、腰をぬかすかと思うほど驚愕した。
だが、心には温かいものを感じている。人を想うということの素晴らしさが感じられたからだ。
急にシエスタは谷に親近感が湧いた気がした。
いつか自分にも、誰か想ってくれる人が現れるのだろうか。
とにかくシエスタは、この谷という人物にエールを送りたくなった。
「そうですよっ、頑張ってください!タニさん!」
シエスタは、何か谷に対して出来ないか考えた。
そして、一つ思いついた。
「あのタニさん?お腹空いていませんか?賄い食でよろしかったら厨房で御馳走します」
谷はシエスタの言葉を意外に思っていた。だが、腹が減っているのは確かだった。
「お、おう」
そして、脈絡もなく谷はシエスタに言った。
「お前、いいやつだな」
「えっ…!?え、え!?そ、そんなことありませんわっ。さ、行きましょう」
そして今、谷とシエスタは食堂の裏にある厨房にいる。
厨房に入ると、料理長であるマルトーという中年男性に、声をかけられるが、
谷は『うるせェ』の一言で、厨房の奥に追いやってしまった。だが、マルトーは威勢がいいと笑っていた。
テーブルの席についた谷の前に、賄いのシチューが置かれた。
シエスタが、食事を用意しようと思ったのは谷のためを思ってであることは確かであったが、
谷の仮面の下の素顔を拝んでみたいと思ったからでもある。ちょっとした好奇心である。
人間は口から物を食べる。だから、シエスタが言わなくても、仮面を外し、その素顔を露わにするだろう。
そう、シエスタは考えていた。
だが、谷が食べ終わってもその素顔を拝むことはできなかった。
シエスタは首をかしげた。
皿の中は空になっているのに、何故谷の素顔が見れなかったのかわからなかった。
谷は食べ終わると無言で席を立って厨房の出口に向って行った。
シエスタは、谷に声をかけた。
「どこに行かれるんですか?」
そのシエスタの言葉に、谷は『聞いてくる』とボソリと言った。
何を?誰に?シエスタは聞かなかった。何故か聞いてはいけない気がしたのだ。
谷は厨房を出て、ルイズを探した。
@
ルイズは教室に居た。ルイズ以外に誰もいない教室に。
偶然だろうか、それとも何か運命めいたものがあったのだろうか、
谷は学校の構造なんて全く知らないのにも関わらず、ルイズを見つけることが出来た。
だが、それが果たして二人とって良かったのか、判断しかねる。
何故なら、谷がルイズに何か物を尋ねるという点おいて、
この今という時は、まさに最悪の条件下であったからだ。
谷は教室に入ると、異変に気がついた。何故か教室がボロボロであったのだ。
その教室の中央に一人、ルイズが居た。そしてルイズは片付けをしていた。
今にも泣き出しそうな、そして悔しさと腹立たしさを含んだ表情で黙々と。
谷は、そんなことお構いなしに、ぶっきらぼうにルイズに声をかけた。
「おい!お前、早くこの夢から醒める方法知らねェのか?」
ルイズは答えなかった。黙って手を動かし作業を続ける。
「聞いてんのか?わかんねェなら、とりあえず島さんがどこにいるか教えろよ」
ルイズの拳に力が籠る。一気に怒りが爆発しそうになる。
また『シマサン』。何かといえば『シマサン』。二言目には『シマサン』。……もう我慢できない。
あんたのせいで……。わたしは……あんたのせいで……。
ルイズは心底機嫌が悪かった。
原因は午前中の授業に起きたことであった。
その授業中、ルイズは散々な目に遭ったのだ。
召喚から一日を過ぎているのにも関わらず、使い魔と『コントラクト・サーヴァント』が出来ていないこと。
そして、皆が授業に使い魔を連れて来て自慢げにしている中、ルイズだけ使い魔が行方不明であること。
とどめは、授業で教師に錬金の魔法の実演を命じられ、やってはみたが盛大に失敗し、
教室を、そして教室にいるもの全員を巻き込む爆発を起こし、その罰として教室の修繕を言い渡されたこと。
それぞれで、ルイズは周囲の人間から罵りや嘲笑を、その小さな体に受けた。
貴族である以上、メイジであり。そしてメイジである以上、魔法が使えて当然。
しかし、当のルイズはまともに魔法が使うことが出来ない。
『ゼロのルイズ』という名が周囲から与えられた。蔑称であった。
名門貴族の下に生まれてきたことも相まって、そのことに対する劣等感は凄まじいものがあった。
そんな複雑な心境下に投じられた谷の発言は、まさに火に油を注ぐ行為であった。
涙がこみ上げてきたルイズは、ぶつぶつと呟き始めた。
「……あんたのせいなのに、全部あんたのせいなのに、わたしがこんな辛いにあってるも全部、全部。
何なのよ……そんなに嫌なら、呼び出されなきゃよかったじゃない。
シマサンがいるところで、のうのうと暮らしてればよかったじゃない。
なんで、あんたなんか呼び出されたのよ……なんであんたなのよ!ふざけんじゃないわよ!」
谷は、ルイズの様子が変だとは思ったが、遠慮するに至らないと思ったのか構わず言った。
「オレは早くこんな悪夢みたいな夢から醒めて、現実の島さんに会いに行かなきゃ行けねェんだ。早く答えろよ」
その谷の言葉が、ルイズの導火線に火をつけた。
ルイズは心中の全てを吐き出すように、谷に向って叫んだ。
「夢、夢ってうるさいわよ!!本当はわかってんでしょ!!!?ここが現実だって!!
だからわたしに聞きに来たんじゃないの!?わたしならどうにかできる方法を知ってるんじゃないかって……!
……でも、残念ね、そんなのないのよ……!使い魔を呼び出す魔法はあっても、送り返す魔法なんてないのよ!
あんたなんかいらないのに……!!……帰したくても帰せないのよ!!
それに、別世界から来たってあんたが言うなら、元居た世界に戻ることなんてできないのよ!!!
あんたは嫌でもここで一生を過ごさないといけないのっ!!!」
突然、凄まじい剣幕てまくし立ててきたのがよほど意外だったのか谷は呆然としている。
その谷に向ってルイズは続けて言った。
それはまさしく、谷が『一番聞きたくない』言葉であった。
「あんたは、二度と!!!二度とシマサンに会えないのよ!!!!!」
ルイズは、全てを吐き出した後でハッとして気がついた。
不味い、谷を怒らせた。また殴りにかかってくる……!そう思っていた。
今までの経験からして、そうであるはずだとルイズは感じていたからだ。
だが、谷はその場から動いていなかった。
奇妙な静けさがあった。
……突然谷が凄い勢いで床に前から倒れた。谷は仮面が割れるんじゃないかと思われるほど盛大に顔を打った。
谷は床に手をつき、立ち上がろうとするが、その途中でまた床に崩れ落ちた。
「……!?……?…ぐっ、ぐ……お」
体に力が入らない。
頭のどこかで、そうではないかと考えていた事が、言葉として他人に突きつけられた。
そのことが、谷の精神に大きく揺さぶりをかけた。
谷の体中の汗腺という汗腺から汗が噴き出す。
「かっ、はぁっ!なっ!?……そんな……ウ、ウソだろ。二度と?島さんに二度と会えない?……え?
じ、冗談じゃねェ……だったらなんでオレは生まれてきたんだよ……!?認めねェ、……そんなこと断じて認めねェ」
谷は、どうにか立ち上がった。だが、足もとがおぼつかない。
今にも倒れそうになりながら、ふらふらと教室の出口に向う。その途中で谷は三回転んだ。
ルイズは、谷の衝撃の受けようにを見て、自分の発言に罪悪感を感じていた。
部屋を出て行った谷。
あれほど迫力があった谷の後姿が、とても小さく見え、
優しく吹いただけで、消えてしまいそうなほど儚くみえた。
だが、ルイズにはどうすること出来なかった。告げた事実は消えないのだから。
#navi(谷まゼロ)
#navi(谷まゼロ)
日が昇り朝を迎えた学院で、
ルイズは、ベッドの上で目を覚ました。寝ぼけ眼を腕でゴシゴシと拭う。
昨日のドタバタ劇のせいで睡眠が浅かったのか、いまいちすっきりしない。
あの忌々しい使い魔め。絶対こき使ってやるんだから。
ベッドを降り、制服に着替えようと、椅子にかかった制服を取りにトタトタと歩いて行く。
そこへ、誰かがルイズに声をかけてきた。
すでに制服に着替えたキュルケであった。
キュルケは昨晩谷が開けた穴の淵にもたれかけながら、ルイズに言った。
「あら、随分と遅い起床だこと。それにまあなんていうか……」
キュルケはまじまじとルイズの姿を見た。
ルイズの格好はネグリジェ一枚を身につけているだけであった。
そうであるから、朝日を受けてネグリジェが透けて、体のラインがはっきりと露わになっている。
「貧相な体ね。谷間もゼロ。まさにゼロのルイズ。打って変わってシマサンはグラマーだったわね。
あたしみたいに♪……あなた、タニに相手にされないんじゃないかしら?」
「何よ!!うるさいわね!タニはわたしの使い魔なんだから!あんたには関係ないでしょ!!
それに体のことはもっっっっと関係ないわ。デカ乳!ていうかなんで勝手にわたしの部屋に入ってきてるのよ!」
キュルケはやれやれといった感じに肩をすくめて言った。
「そのあなたの使い魔が、壁をぶち破ったからでしょう?これどうしてくれるの?」
キュルケが穴が開いた壁をコツコツと握り拳で叩く。
「うっ、それは……タニに言いなさいよ」
「あらあら、使い魔が起こした不祥事は主人の責任じゃないのかしら?」
「だからタニのせいだって言ってるでしょ!!!」
「で、その肝心のタニはどこかしら?」
ルイズはキュルケに言われて初めて気がついた。
肝心の谷を朝起きてから見ていない。
確か昨日はルイズのベッドから毛布をひったくって、自分から床で寝ていたはずだったが……。
部屋のどこを探しても谷の姿が見当たらない。
「ど、どこいったのよ。主人はここにいるのよ?洗濯、それに着替えを手伝わせようと思ってたのに」
「あなたまだ懲りてないの?あの使い魔が主人どころか、他人の言うこと聞くようなタマだとは思えないけど?
いうことを聞かせられるのはシマサンぐらいなもんでしょ」
ルイズも内心その通りだと思っていた。昨日で会ったばかりではあるが、
谷はシマサン以外の人間は眼中になさそうであった。しかしルイズはそれを認めるわけにはいかない。
「う、うるさいわね。絶対従わせてみせるんだから、今に見てなさい!キュルケ」
「はいはい」
@
そんなルイズとキュルケのやり取りがあってから、しばらく時間がたった後だった。
谷は、ルイズがまだ目を覚ます前に一人で部屋を出て、しばらくブラブラとした後、
学院の敷地内にある食堂横の芝生の上に、両手を頭の後ろにやって、それを枕代わりにして寝ころんでいた。
未だに、ここを夢の世界だと考えていた。
もちろん、うすら寒いものを背中に感じていることは確かだった。だがやはり認めるわけにはいかない。
芝生に寝転がる前に、少し学院内を散策してみた時のことだ。
すれ違う学院生徒からは、奇異の目で見られていたが、谷はそんなことは一切構わなかった。
それよりも、学院から見える景色、そして学院内にあるもの、そして見慣れぬというよりも、
現実世界では存在しえないような奇妙な生物がうようよといることに、驚いていた。
空に竜が飛んでいたのを目にした時は度肝を抜かれた。
……オレってこんなに想像力逞しかったのか。
谷はそんな風に考えるようにしていた。
だが、焦燥感は拭えない。胸の奥底でなにか、目をそむけたい物体が本人の意思とは無関係に
どんどん大きく肥大化しているかのような感覚。
気分は晴れない。今もこうやって寝転がることぐらいしかできることはない。
もう丸一日以上島さんをを目にしていない。
島さん島さん島さん島さん島さん島さん島さん島さん……。
谷は、このままでは『島さん不足による禁断症状』が起こってしまうところまで来ていた。
こんな葛藤を頭の中でぐるぐると廻らせているが、仮面のおかげで誰にもその感情はわからない。
食堂から出てきた一人のメイドもそうであった。
彼女はシエスタという名の給仕であった。今日もまた貴族相手に、朝食の配膳をしていた。
シエスタは仕事を一通り終え、厨房に戻るところであった。
その帰り道に彼女は、一人の男と出会うことになったのだ。
シエスタは芝生の上に転がっている谷を不審に思った。
だが、何故か危険は感じなかった。
それが格好により貴族ではなく、自分と同じ平民であると見てわかったからなのか、
それとも、単に不審に思ったことよりも、谷に対しての興味が勝ったのか、シエスタにもよくわからなかった。
だが、ちょっと近づいてみて、よくよく見たくなったことは確かであった。
それは、丁度道を歩いている途中、偶然猫と出くわした時に、
その猫を触りたくなるのと同じ感覚だったのかもしれない。
それに、まるでのっぺらぼうのような仮面をつけているのだから、興味を欠くことはない。
相手の目が見えないことがシエスタの警戒心を薄めたのだろう。
なんの根拠はないが、シエスタは谷が寝ているものと思っていた。
周囲に誰もいないことを確かめた。
シエスタは、内心少しわくわくしながらスカートの裾を指先で挟んで持つと、そろりと忍び足で谷に近づいた。
シエスタは谷の頭の横辺りに立つと、谷をよく観察してみた。
やはり、仮面が異様さを醸し出していた。だが、どこか愛嬌がある様にもシエスタは見えた。
シエスタは屈んで、谷の顔の前で掌をひらひらと動かしてみた。
何の反応もない。
やはり寝ているのだろうとシエスタは判断した。
真っ白な仮面なので落書きしがいがあるだろうなぁ、などと子供のようなことをシエスタは考えていた。
そして、ちょっと指で仮面をつついてみようかというイタズラ心まで出てきてしまっていた。
だがその時、シエスタは異変に気がついた。
仮面には何も変化がなかったが、谷の耳が真っ赤になっていたのだった。
シエスタは、谷が起きていることに気がついた。怒られるかもしれないという心配が頭によぎるが、
それよりも、何故谷が耳を真っ赤にさせているのかわかってしまったことのほうがシエスタにとって大問題であった。
シエスタの顔がまるで熟したトマトのように真っ赤になった。
実は谷は起きていて、目も開けていた。ただ仮面をしていたので、シエスタにはそれがわからなかっただけだった。
つまり、谷にはしゃがんでいたシエスタのパンティが見えていたのだった。
急いでスカートを押さえるが、見えてしまった事実は消えない。
シエスタは恥ずかしさのあまり両手で顔を覆い隠してしまった。
谷は慌てて起き上がり、シエスタの眼前に人差し指を立てた手を持ってきて、大声で言った。
「おい!オレのせいじゃないからな!お前が勝手に見せたんだ!オレは知らないぞ!」
「……はい。も、申し訳ありません。……もうわたしお嫁にいけないわ」
「……!」
谷は髪の毛をクシャクシャにしながら頭を掻いた。
もとより今は気分が最悪なのに、面倒なことに巻き込まれたとイライラしていた。
谷は、懐から文庫本を取り出した。それは谷が愛読している村上春樹の小説であった。
ここに来る前に持っていたものだった。因みに本はこれ一冊しか持ち合わせていない。
谷は、まるで近くに他人などいないかのように本を広げ読み始めた。
落着きを取り戻したシエスタは、谷のその姿を見ていて、ふと思い出した。
確か、先日メイジの生徒たちによって使い魔召喚の儀式が行われて、
そのなかでも変わった生き物が召喚されたとか何とかで、学院の使用人たちの間でも囁かれていた。
たしか、人間で仮面をしていて……。そこまで思考をなぞると目の前の人物がその人だと、シエスタは気がついた。
「あなたは、ミス・ヴァリエールに呼び出された使い魔のタニさんですか?」
谷は本に目を落としたまま、何も返事をしなかった。
シエスタにはそれが、肯定の意を表しているのだと思った。
「私はシエスタっていいます、あの、タニさんは何をしていらっしゃるんですか?」
谷が顔だけを、シエスタに向けて言った。
「見てわからねェのか?小説を読んでんだ。邪魔すんな」
「は、はい!どうもスミマセン!」
謝ったシエスタであったが、どうも場の空気的に立ち去りづらくなっていた。
どうしようかと、谷の横にちょこんと座っているシエスタは戸惑いを覚えていた。
そこに突然、シエスタのことなんて塵芥ほども興味がなさそうであったはずの、
谷からシエスタに言葉が投げかけられた。
「なあ、おい」
「は、はいなんでしょう!」
いきなりのことでシエスタは吃驚したが、あることに気がついた。
先ほどまでの荒々しさが谷から感じられないのだ。それどころかどこか弱々しさが滲み出ている。
谷はどこか憂いを帯びた口調で言った。
「もしだっ。仮に、いや万が一……。自分の好きな人と会えなくなるってなったら、お前どうする?」
シエスタは質問の意味するところが、よくわからなかった。
だが、谷が真剣であることはわかった。そして悩んでいることも。
おそらく谷自身とその想い人とのことを言っているのだと理解できた。
シエスタは言った。
「難しいですね……。私はまだ好きな相手が出来たことがありませんから、そのお気持ちはわからないかもしれません。
ですけど、落ち込まないで下さい!想っていれば、それは相手に伝わると思いますし、
お互いに深い絆で結ばれていれば、何があっても大丈夫ですよ!」
谷はシエスタの言葉を、本に読んでいるフリをしながら聞いていたのだった。
元から本なんて読んでいられるような心境ではなかったからだ。
確かに、ここに来てから読もうとしたことはあるが、
本に書かれている文字一つ一つはっきりと読めることが、そして小説の内容を面白いと感じることが、
今自分がここにいる、という『現実感』が露わになってしまうのが堪らなく嫌だったからだ。
だが、シエスタの話を聞いて少し気が楽になった気がした。
「……そっそうか!そうだなっ。こんなことで挫けねェ!」
谷は、勢いよく立ちあがって、限界ぎりぎりまで息を吸い込んだ。
そして拳に力を込め、清々しいほどに大きな声で叫んだ。
「島さああああああああああぁん!!!!好きだぁあああああああああ!!!こうっ、が、がぁーーっというのまに!
今に、夢から醒めて会いに行きますっっ!!!待っててくださいっ!!!」
シエスタは谷の魂の咆哮に、腰をぬかすかと思うほど驚愕した。
だが、心には温かいものを感じている。人を想うということの素晴らしさが感じられたからだ。
急にシエスタは谷に親近感が湧いた気がした。
いつか自分にも、誰か想ってくれる人が現れるのだろうか。
とにかくシエスタは、この谷という人物にエールを送りたくなった。
「そうですよっ、頑張ってください!タニさん!」
シエスタは、何か谷に対して出来ないか考えた。
そして、一つ思いついた。
「あのタニさん?お腹空いていませんか?賄い食でよろしかったら厨房で御馳走します」
谷はシエスタの提案を意外に思っていた。だが、腹が減っているのは確かだった。
「お、おう」
そして、脈絡もなく谷はシエスタに言った。
「お前、いいやつだな」
「えっ…!?え、え!?そ、そんなことありませんわっ。さ、行きましょう」
そして今、谷とシエスタは食堂の裏にある厨房にいる。
厨房に入ると、料理長であるマルトーという中年男性に、声をかけられるが、
谷は『うるせェ』の一言で、厨房の奥に追いやってしまった。だが、マルトーは威勢がいいと笑っていた。
テーブルの席についた谷の前に、賄いのシチューが置かれた。
シエスタが、食事を用意しようと思ったのは谷のためを思ってであることは確かであったが、
谷の仮面の下の素顔を拝んでみたいと思ったからでもある。ちょっとした好奇心である。
人間は口から物を食べる。だから、シエスタが言わなくても、仮面を外し、その素顔を露わにするだろう。
そう、シエスタは考えていた。
だが、谷が食べ終わってもその素顔を拝むことはできなかった。
シエスタは首をかしげた。
皿の中は空になっているのに、何故谷の素顔が見れなかったのかわからなかった。
谷は食べ終わると無言で席を立って厨房の出口に向って行った。
シエスタは、谷に声をかけた。
「どこに行かれるんですか?」
そのシエスタの言葉に、谷は『聞いてくる』とボソリと言った。
何を?誰に?シエスタは聞かなかった。何故か聞いてはいけない気がしたのだ。
谷は厨房を出て、ルイズを探した。
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ルイズは教室に居た。ルイズ以外に誰もいない教室に。
偶然だろうか、それとも何か運命めいたものがあったのだろうか、
谷は学校の構造なんて全く知らないのにも関わらず、ルイズを見つけることが出来た。
だが、それが果たして二人とって良かったのか、判断しかねる。
何故なら、谷がルイズに何か物を尋ねるという点おいて、
この今という時は、まさに最悪の条件下であったからだ。
谷は教室に入ると、異変に気がついた。何故か教室がボロボロであったのだ。
その教室の中央に一人、ルイズが居た。そしてルイズは片付けをしていた。
今にも泣き出しそうな、そして悔しさと腹立たしさを含んだ表情で黙々と。
谷は、そんなことお構いなしに、ぶっきらぼうにルイズに声をかけた。
「おい!お前、早くこの夢から醒める方法知らねェのか?」
ルイズは答えなかった。黙って手を動かし作業を続ける。
「聞いてんのか?わかんねェなら、とりあえず島さんがどこにいるか教えろよ」
ルイズの拳に力が籠る。一気に怒りが爆発しそうになる。
また『シマサン』。何かといえば『シマサン』。二言目には『シマサン』。……もう我慢できない。
あんたのせいで……。わたしは……あんたのせいで……。
ルイズは心底機嫌が悪かった。
原因は午前中の授業に起きたことであった。
その授業中、ルイズは散々な目に遭ったのだ。
召喚から一日を過ぎているのにも関わらず、使い魔と『コントラクト・サーヴァント』が出来ていないこと。
そして、皆が授業に使い魔を連れて来て自慢げにしている中、ルイズだけ使い魔が行方不明であること。
とどめは、授業で教師に錬金の魔法の実演を命じられ、やってはみたが盛大に失敗し、
教室を、そして教室にいるもの全員を巻き込む爆発を起こし、その罰として教室の修繕を言い渡されたこと。
それぞれで、ルイズは周囲の人間から罵りや嘲笑を、その小さな体に受けた。
貴族である以上、メイジであり、そしてメイジである以上、魔法が使えて当然。
しかし、当のルイズはまともに魔法が使うことが出来ない。
『ゼロのルイズ』という名が周囲から与えられた。蔑称であった。
名門貴族の下に生まれてきたことも相まって、そのことに対する劣等感は凄まじいものがあった。
そんな複雑な心境下に投じられた谷の発言は、まさに火に油を注ぐ行為であった。
涙がこみ上げてきたルイズは、ぶつぶつと呟き始めた。
「……あんたのせいなのに、全部あんたのせいなのに、わたしがこんな辛いにあってるも全部、全部。
何なのよ……そんなに嫌なら、呼び出されなきゃよかったじゃない。
シマサンがいるところで、のうのうと暮らしてればよかったじゃない。
なんで、あんたなんか呼び出されたのよ……なんであんたなのよ!ふざけんじゃないわよ!」
谷は、ルイズの様子が変だとは思ったが、遠慮するに至らないと思ったのか構わず言った。
「オレは早くこんな悪夢みたいな夢から醒めて、現実の島さんに会いに行かなきゃ行けねェんだ。早く答えろよ」
その谷の言葉が、ルイズの導火線に火をつけた。
ルイズは心中の全てを吐き出すように、谷に向って叫んだ。
「夢、夢ってうるさいわよ!!本当はわかってんでしょ!!!?ここが現実だって!!
だからわたしに聞きに来たんじゃないの!?わたしならどうにかできる方法を知ってるんじゃないかって……!
……でも、残念ね、そんなのないのよ……!使い魔を呼び出す魔法はあっても、送り返す魔法なんてないのよ!
あんたなんかいらないのに……!!……帰したくても帰せないのよ!!
それに、別世界から来たってあんたが言うなら、元居た世界に戻ることなんてできないのよ!!!
あんたは嫌でもここで一生を過ごさないといけないのっ!!!」
突然、凄まじい剣幕でまくし立ててきたのがよほど意外だったのか谷は呆然としている。
その谷に向ってルイズは続けて言った。
それはまさしく、谷が『一番聞きたくない』言葉であった。
「あんたは、二度と!!!二度とシマサンに会えないのよ!!!!!」
ルイズは、全てを吐き出した後でハッとして気がついた。
不味い、谷を怒らせた。また殴りにかかってくる……!そう思っていた。
今までの経験からして、そうであるはずだとルイズは感じていたからだ。
だが、谷はその場から一歩たりとも動いていなかった。
奇妙な静けさだけがあった。
……突然谷が凄い勢いで床に前から倒れた。
谷は仮面が割れるんじゃないかと思われるほど盛大に顔を打った。
谷は床に手をつき、立ち上がろうとするが、その途中でまた床に崩れ落ちた。
「……!?……?…ぐっ、ぐ……お」
体に力が入らない。
頭のどこかで、そうではないかと考えていた事が、言葉として他人に突きつけられた。
そのことが、谷の精神に大きく揺さぶりをかけた。
谷の体中の汗腺という汗腺から汗が噴き出す。
「かっ、はぁっ!なっ!?……そんな……ウ、ウソだろ。二度と?島さんに二度と会えない?……え?
じ、冗談じゃねェ……だったらなんでオレは生まれてきたんだよ……!?認めねェ、……そんなこと断じて認めねェ」
谷は、どうにか立ち上がった。だが、足もとがおぼつかない。
今にも倒れそうになりながら、ふらふらと教室の出口に向う。その途中で谷は三回転んだ。
ルイズは、谷の衝撃の受けようにを見て、自分の発言に罪悪感を感じていた。
部屋を出て行った谷。
あれほど迫力があった谷の後姿が、とても小さく見え、
優しく吹いただけで、消えてしまいそうなほど儚くみえた。
だが、ルイズにはどうすること出来なかった。告げた事実は消えないのだから。
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