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#navi(ベルセルク・ゼロ)
ルイズ一行を乗せ、順調にアルビオンへ航行を続ける飛行船マリー・ガラント号。
ルイズ達のために急遽用意された客用の船室で、ガッツは『ライトニング・クラウド』によって受けた傷の処置を行っていた。
鎧と、下に着ていたシャツまで脱いで、火傷で引き攣った皮膚に妖精の粉を塗りこんでいく。手の回らない背中側はパックが直接その羽から粉を振りまいていた。
ガッツの背中でパックはその傷の凄惨さに顔をしかめた。
ガッツの背中にはまるで電流が通り抜けた跡を示すかのように火傷が走り、その部分が酷く膨れ上がっていた。しかも、鎧との摩擦によってか、所々皮膚が破れてしまっている。
「結構ひどい火傷だなあ。しばらく痛むよこりゃ」
「構わねえよ。とりあえず体が動きゃそれでいい」
傷は酷く痛むだろうに、ガッツはそれをおくびにも出さずに淡々と言った。
もし旅の仲間であった小さな魔女シールケがこの場にいたならば、無理をするなと涙交じりに声を上げたことだろう。
コンコンと、船室のドアを叩く音がした。
「ガッツ…いるの?」
遠慮がちにドアが開かれ、ルイズがひょこっと顔を出す。
「ひゃあッ!?」
上半身をはだけて床に座り込むガッツの姿に、ルイズは思わず顔を引っ込めてしまった。
「き、着替えの途中だったの?」
ルイズはほんのりと頬を赤らめながら、恐る恐る問いかける。
「いや、少し傷を見てるだけだ」
「そ、そう……って、傷ッ!? やっぱりさっき怪我したの!?」
ガッツの言葉に、一転してルイズは勢いよくドアを開け、ガッツの傍に駆け寄ってきた。
ガッツのすぐ傍にしゃがみ込み、火傷を覗き込むとうっ、と息を詰まらせる。
「ひ、ひどい傷じゃない! どうしてすぐに言わないの!!」
血相を変えたルイズはガッツの手から妖精の粉が入った巾着を取り上げた。
そのまま傷口に粉を塗りこもうとして、ガッツに制止される。
「いらねえよ。もう大体終わった」
そう言ってガッツは傍に置いていたシャツを手に取り、頭から被った。
「でも……!」
なおも食い下がろうとしたルイズだったが、ガッツが首を通したシャツに気がつくと目を丸くした。
「あっ……」
黒い無地のシャツに、申しわけ程度に小さな家紋が刺繍されている。胸元辺りに刺繍された小さなヴァリエール家の紋章。
トリステインの城下町で買ったガッツへのプレゼント――違う、ご褒美だ。こんな時でもルイズは心中で言い直す。
部屋の窓から捨ててしまったはずのソレを、今目の前でガッツが身に着けている。
「それ…どうして……?」
「あん?」
「シャツ……」
「ああ、拾った。誰のかは知らねえが着心地もいいんでな、ありがたく使わせてもらってる」
思わずぐらりと頭が揺れた。
――ああ、この男は、ホントに、もう。
知ってるの?
そのシャツはわ・ざ・わ・ざこの私が見立てたものなのよ?
剣を振る邪魔にならないよう、どれだけ素材と着心地に拘ったか!
窓からそれを投げ捨てたとき、私がどんな気持ちだったか!
胸の中に溢れる言葉は形にならず、ルイズはぱくぱくとただ金魚のように口を開ける。
「なんだ?」
「うるさい! 何でもないわよ!!」
ふん! と鼻息荒くルイズは立ち上がり、ガッツに背を向ける。
くやしい。きっとこの男はいい拾い物したぜ、くらいにしか思っていないのだ。
ここ数日の私の煩悶になんか気付きもしないのだ。
だからといって、今更言えやしない。
『そのシャツは私があなたのために買ってきたものなのよ!』
なんて、言えるわけが無い。
そんな言葉、貴族としての――いや、ルイズ・フランソワーズとしてのプライドにかけて口にするわけにはいかない。
「よかったじゃない! そんな良い物捨てるなんて馬鹿なやつもいたもんね!!」
だから、代わりにそんなことを口にして、肩をいからせてダンダンと床を踏みつける。
「まったくだ」
後ろから放たれた追い打ちの一言に、ルイズは「きぃー!」と拳を握りしめずにはいられなかった。
「ところでお前は何しに来たんだ?」
無遠慮な言葉にルイズの眉がピクリと上がる。
ルイズはちらりとガッツに視線を向けると、胸一杯に吸い込んだ空気を諦め交じりに盛大に吐き出した。
そうして振り返ったその顔は、意外なほどにすっきりとしたものだった。
「アルビオンが見えたのよ。甲板に上がってみなさいよ。きっと驚くから」
――まあいいか。
ルイズは心中そう呟いた。
着心地はいいと言ってくれたから。
気分はそんなに悪くない。
空を巨大な大陸が漂っていた。その地表には雄大な山脈が聳え立ち、流れる川は大陸の淵で滝となってごつごつとした岩肌を滑り落ちている。
流れ落ちる水は、吹く風によって白い霧と化し、大陸の下半分を覆っていた。
浮遊大陸アルビオン――『白の国』と呼ばれる由縁である。
その壮大な光景に、甲板に上がったガッツとパックは言葉を失くしていた。
「こりゃあ……」
「すご……」
「どう? ちょっとしたものでしょ」
ガッツ達のリアクションが嬉しいのか、少しルイズは得意気だ。
「アルビオンはああやって主に大洋の上を彷徨っているわ。でも、風の関係なのか月に何度かはハルケギニアの上にやってくる。大きさはトリステインの国土ほどもあるのよ」
ルイズがアルビオンについて説明している様子を興味深げに眺めてワルドが近づいてきた。
「君たちはアルビオンを見たことがないのか?」
ワルドは不思議そうにガッツとパックを見ている。
まずい、とルイズは思った。
ガッツが異世界から来た人間だということは口外すべきではないとルイズはオスマンから言われている。
そしてルイズ自身、無用なトラブルを避けるためにそうした方がよかろうと考えていた。
「あの、あのね、ワルド。ガッツはずっと、ずーっと遠いところから来たみたいで、あんまりこの辺のことについては詳しくないみたいなの」
「へえ……興味深いな。もしや東方から来たのか? 君たちは。良かったら話を聞かせてくれないか?」
「まあ……そのうちな」
何とかごまかせたようだ。ルイズはほっと息を吐いた。
ただ、予想以上の食いつきだ。これはぼろが出る前に話を逸らさなければなるまい。
「ところで、ワルドはさっきまで船長と話していたみたいだけど何を話していたの?」
「アルビオンの戦況について話を聞いていたんだ。特に、ニューカッスル付近のね。やはり少々強硬な手段をとらねば王党派と連絡を取ることは難しそうだ」
ルイズとワルドはそのままアルビオン上陸後の手筈について相談を始めた。
といっても、戦の経験の無いルイズにそうそう意見は出せない。手筈は基本的にワルドが整える形になった。
ルイズはちらりとガッツに目を向ける。
ガッツはじっとアルビオンを見つめたまま動かなかった。
(そんなに感動したのかしら……ちょっと、意外ね)
ガッツの思わぬ一面に、ルイズはつい微笑みを浮かべてしまう。
ルイズは間違っていた。
確かに、雄大なアルビオンの姿にガッツも何か感じるものはあったのかもしれない。
しかし今、ガッツの胸中に多く渦巻いていたのは感動ではなく―――失望だった。
余りにもガッツが知る『アルビオン』とかけ離れた姿。
再び突きつけられる、ここが『異世界』であるという実感。
「クソっ……」
苛立ちがつい口をついて出てしまう。
この旅で、少しでも元の世界に帰る手がかりを掴むはずだった。
だが、求めれば求めるほど―――遠くなる。
「何とかなるって」
ぽふっ、と頬に感じる軽い感触。
いつの間にかパックが肩に降りて、ガッツの頬に寄りかかってきていた。
ふぅ、と思わずため息が漏れる。
「気楽でいいな、てめーは。脳みそ何が詰まってんだ?」
「近頃は栗が詰まってんじゃないかともっぱらの評判でね……」
「誰が言ってんだ、誰が」
「主に俺が言ってるぜ相棒!!」
いつの間に鞘から出たのかデルフリンガーもカタカタ柄を鳴らした。
ガッツは無言でデルフリンガーの柄に手をかける。
「あっ、ちょっと待って、相棒、そりゃねえよ、俺だってさびし」
ばちん、としっかり鞘に収められ、デルフリンガーの言葉は途切れた。
「ったく……うるせえ奴らだ」
ひとりごちて、ガッツは再びアルビオンをその目に収める。
不思議と、さっきまで感じていた苛立ちは少しマシになっていた。
「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!!」
突然、見張りを務めていた船員の切羽詰った声が船上に響いた。
言われた方向に目を向けてみれば、なるほど、確かに一隻の船がこちらに近づいてきている。
黒いタールで塗られたその船体は、こちらより一回り大きく、舷側に開いた穴からは大砲が突き出ていた。二十門を超えるその砲門が、ピタリとこちらに狙いをつけている。
「やだ…アルビオンの反乱軍かしら……」
「この船はその反乱軍に物資を届ける途中だ。あれが反乱軍なら狙われる道理がない……何かきな臭いな。ルイズ、僕の傍を離れるなよ」
不安そうに声を上げるルイズを庇うように、ワルドはその傍に寄り添った。
「船長!! あの船、こちらの信号に答えません!!」
「何!? まさか……!!」
見張りの泣きそうな声に、船長の顔がみるみるうちに青ざめる。
「空賊です!!」
まるでその通りだと言わんばかりにどうん、と火薬が弾ける音を走らせて黒船から砲弾が放たれた。
砲弾はマリー・ガラント号の船体をかすめ、雲の中に消えていく。
「船長ぉ!! あの船から停船命令が!!」
もはやマリー・ガラント号の船内は恐慌状態に陥っていた。
「なんてこった!!」
船長は頭を抱えた。
先程の一発は脅しだ。この停船命令に従わなければ次はしっかり当ててくるだろう。
ならば交戦してみるか? 何を馬鹿な。砲門の数を比べてみろ。あちらは二十、こちらは三だ。加えて船員も戦闘には慣れていない。
船長は助けを求めるようにワルドに目を向けた。
ワルドは無言で首を横に振る。
実は無理な出航を押し通すため、マリー・ガラント号の航行にワルドも魔力を提供していた。空賊の一団を相手取るほど精神力は残っていない。
船長は力なく膝を着き、そして、停船命令を発した。
裏帆を打たれたマリー・ガラント号は速度を弱め、やがて完全に停止する。
「そんな…私たち、どうなるの……?」
「大丈夫だ。僕がついてる」
恐怖に震えるルイズの肩を、ワルドは優しく抱き寄せる。
「ったく、落ち着かねえこった」
黒船の舷側から弓やフリントロック銃でこちらに狙いを定める男たちを睨みつけ、ガッツはちっ、と舌を鳴らした。
停船したマリー・ガラント号に向かって、黒船から次々とロープが架けられる。
そのロープを伝って、次々と空賊たちが乗り移ってきた。空賊達は、その手に曲刀や斧等、思い思いの武器を携えている。
やがて、二十人を超える男たちがマリー・ガラント号に乗り移り、甲板は完全に制圧された。
「船長は誰だ?」
空賊の中でも一際派手な出で立ちの男が声を上げた。ぼさぼさの長い黒髪を赤いバンダナで纏め、ご丁寧にも左目に眼帯を巻いている。
絵に描いたような海賊衣装。どうやらこの男が空賊の頭であるらしい。
「私だ」
疲れ果てた面持ちの船長が、それでも精一杯の威厳を持って男の前に歩み出た。
船長と空賊のやり取りを横目に、ワルドがルイズを引き連れてガッツの傍に歩み寄る。
「無茶はよせよ」
空賊に聞かれぬよう声を抑えてワルドはガッツに釘を刺した。
『女神の杵』亭でも危険を顧みず一人盗賊の前に躍り出たこの男は、この状況でも何をしでかすかわからない。
「よく見ろ。彼らは剣や斧を手にしてはいるが……何人かは腰に杖のようなものを差している。おそらく、メイジだ」
確かにワルドの言うとおり、腰に杖のような棒を差している男がちらほら見られた。
「君もまだ本調子ではあるまい。短慮は禁物だぞ」
「わかってるよ」
ガッツはため息混じりに呟いた。そもそも、首尾よくこちらに移ってきた空賊達を全滅させても、報復としてこちらの船ごと大砲で沈められて終わりだ。
「そうだ、今は機を待つんだ……」
念を押すようにワルドは言った。
「船ごともらった!! 料金はてめえらの命だ!!」
空賊の頭は宣言するように高らかに声を上げる。
「ほう、貴族も乗せてるのか。そいつらも連れてきな。身代金もたっぷり貰えるだろうぜ」
引き上げる間際、ルイズ達に気付いた空賊の頭は最後にそう付け加えた。
空賊によって黒船に連行されたルイズ達は、狭い船倉に閉じ込められていた。
ワルドとルイズは杖を取り上げられ、ガッツに至ってはドラゴンころしを始め、ボーガンなどの武具、甲冑、左手の義手に至るまで一切合財を取り上げられてしまっていた。もちろん、デルフリンガーも没収されている。
「さて…これからどうするか……」
親切にも空賊から差し入れられた粗末なスープを平らげて、ワルドは呟いた。
ルイズは火薬や砲弾が乱雑に詰まれた船倉を隅々まで見渡す。
「何とか脱出できないかしら?」
「どうやって? いや、というより……どこに、と言った方が正しいか。上手くこの部屋を抜け出せたとしても、ここが空の上である以上逃げ場所が無い」
「でも、このままここでこうしてるわけには……!」
ルイズの顔には目に見えて焦りが浮かんでいる。
こうしている間にも戦況は悪化し、王党派と連絡を取ることが困難になるかもしれない。少しの時間でも無駄にするわけにはいかないのだ。
ルイズは「うぅ~」と唸って天井を見上げた。
ワルドは壁に背をついて物思いに耽っている。
ガッツはこの船倉に押し込められてから一度も口を開いていなかった。
重苦しい雰囲気のまま時間だけが過ぎていく。
やがて船倉のドアが開き、看守を務めていた痩せぎすの空賊が顔を出した。
「おめえらもしかしてアルビオンの貴族派かい?」
じろりと三人を見回して、にやにやしながら問いかけてくる。
ルイズ達は答えかねていた。空賊の質問の意図がわからぬ以上、迂闊な事は口に出来ない。
「だとしたら悪いことを……うぐッ!?」
にやにやしていた空賊の顔が苦痛に歪む。
ルイズとワルドは己の目を疑った。
いつの間にか痩せぎすの空賊の背後に回りこんだガッツが、男の首に腕を回している。
一瞬で絞め落とされた空賊は口の隙間から涎を垂らし、ごとりと昏倒した。
「な…!? き、貴様ら!!」
部屋の入り口から声が上がる。どうやらもう一人外で待機していたらしい。
「チィッ!!」
今度はガッツと同時にワルドも動いた。ガッツが男の顔を掴み、部屋に引き込むとワルドがすぐに当身を食らわせる。二人目の空賊もごろりと床に転がった。
ルイズとワルドの顔がサァーっと青く染まる。
「な、な、な、なんてことしてんのよ!!」
「じ、自分が何をしたかわかってるのか君は!!」
ルイズもワルドも冷や汗を流し、ガッツに詰め寄った。
「ここでじっとしててもしょうがねえだろ」
「だからと言って!! 何か策があるのか!!」
「あの空賊の頭を人質にする」
ルイズとワルドは二人揃ってあんぐりと口を開いた。
無茶苦茶だ。あまりにも単純明快すぎて、逆に理解が追いつかない。
「どうやって? 丸腰なんだぞ、僕たちは!」
「もちろん俺達の装備を先に回収する。それまではこいつらのもんを借りりゃあいい」
そう言ってガッツは倒れた空賊達を親指で指差した。
「だから! どこに僕らの装備が置いてあるかもわからんのに……!!」
――ズパッとさんじょー♪
――ズパッと解決♪
ワルドの言葉を遮って、軽妙なメロディが部屋の中に響き渡る。
くるくると空中で前転しながらパックがガッツの頭の上にシュタッ、と降り立った。
「くゎいけつ、ズパーーーック!!!!」
首にスカーフを巻いたパックがビシィ! と決めのポーズを取る。満足したのかパックは腰に手を当てて、んふー、と鼻息を漏らした。
「取り上げられた武器の場所とリーダーのいる場所を把握してきたぞ!」
ガッツの頭の上でパックは胸を張る。
ワルドはしかしまだ納得がいかないようだった。
「…相手は荒くれ者の空賊達だ。リーダーを人質に取ったからといって言うことを聞くとは限らん」
「こいつらは盗賊の類にしちゃ統率が取れすぎてる。あの頭の影響力が強い証拠だ」
ガッツの言葉に、ワルドは顎に手を当て黙考した。
マリー・ガラント号を強襲してきた時の見事な手際。
まるで戦時中の捕虜を扱うような自分たちの待遇。
確かに、どれもただの空賊だというには違和感を覚えるものばかりだ。
特に、ガッツは今まで多くの盗賊たちを見てきた。それ故に、この連中の異質さは際立って見える。
ワルドの言うように、本来荒くれ者であるはずの盗賊たちを集めてそれらを成しているのだとしたら、あの空賊の頭の支配力は計り知れない。
何かあるのだ。
他の追随を許さぬ圧倒的な力か、絶対的なカリスマか。
「それでも……人質を見捨てる可能性はゼロではない」
「まあ……そん時はそん時だ」
ワルドは呆れながらも、その顔に笑みを浮かべた。
まったく、つくづく無鉄砲な男だ。
勇気か無謀か。こんな向こう見ずな馬鹿野郎にはついぞお目にかかったことは無い。
だが―――肩を並べるのにこれほど心強い男にもまた、出会うのは初めてだった。
「いいだろう。やってみせよう。この身に帯びた『閃光』の名にかけてな」
空賊から抜き取った曲刀をその手に携えて、ワルドは不敵に笑った。
「お前は俺達の後ろを着いて来い。遅れるなよ、ルイズ」
「う、うん」
ルイズは両手の拳をぎゅっと握りながら頷いた。
自分ではこの二人の助けになることは出来ない。ならば、せめて足手まといにならないようにしなくては。
「行くぞ」
ガッツの声を合図として、パックを先導に三人は部屋を飛び出した。
ガッツ達が軟禁されていた船倉からそう離れてはいない一室で、テーブルの上にガッツの装備が並べられていた。
ボウガン、投げナイフ、炸裂弾、大砲の仕込まれた義手、古びたインテリジェンスソード――壁に立てかけられた馬鹿げた大きさの大剣。
それらを順に眺めながら、まだ二十台半ばと思われる若い空賊は感嘆の息を漏らした。
「まったく、すげえなこりゃ。あの野郎、一体どこに戦争に行くつもりだったんだ?」
「もし貴族派に加わる予定だったってんならよかったじゃねえか。ここで先に捕まえといてよ」
「違ぇねえ、こんなもん相手にしたかぁねーや」
椅子に座ってカードを弄っていた赤毛の空賊の言葉に、ドラゴンころしを眺めていた年若い空賊は笑った。
「見てくれよ。こんなもんまで持ち歩いてやがる。気味悪いったらありゃしねえ」
そう言って若い空賊はテーブルの上から卵のようなものを手に取って、赤毛の盗賊に突き出して見せた。
「やめろよ、近づけるの。俺はそれを見て食欲が無くしちまったんだ」
「ホントに、作ったやつの神経を疑うぜ。異端審問で殺されても文句はいえねえよ、こんなもん持ってたら」
若い空賊はまじまじと卵のような奇怪な石――『ベヘリット』を眺める。
卵形の石に、余りにもリアルな人間の目と鼻と口が、出鱈目に配置されている。
確かに、その造形は見ていて気持ちのいいものではない。
「うわっ!!」
突然若い空賊は悲鳴を上げるとベヘリットを手放した。
カツン、と音を立ててベヘリットが床に転がる。
「なんだ? どうした?」
「う、動いた! コイツ、動きやがった!!」
顔を蒼白にして、若い盗賊は床に転がったベヘリットを指差す。
「じょ、冗談だろ? タチ悪いぜ、そういうの」
「冗談なもんか!! 目が合ったんだ!!」
「つ、疲れてるんだよお前。最近忙しかったからな。ほら、ポーカーでもやって気を晴らそうぜ」
「でも、確かに……いや、そ、そうだな。そうするか」
二人はだらだらと汗を流しながらポーカーに興じ始めた。
自分たちは何も見なかった、見なかったのだと言い聞かせながら。
黒船の後甲板に設けられた、他に比べて豪華な部屋で、金髪の美青年がペンを走らせている。
「今回手に入った硫黄でまだ少しは抗うことが出来るか……」
そう呟いてペンを置き、うん、と背を伸ばす。ぽきぽきと小気味よい音が鳴った。
「だが、所詮は消え逝く蝋燭に少々蝋を継ぎ足しただけ。これはただの悪あがきに過ぎない……わかってはいるんだけどな」
金髪の美青年は自嘲気味に呟くと、ふぅ、と深いため息をついた。
今この部屋にはこの金髪の青年しかいない。故に、本来ではそれが許される立場ではないのだが――金髪の青年は弱音を漏らしていた。
「それでも、愚かな貴族派の連中に簡単に我が国を渡すわけにはいかない……」
青年の顔は苦渋に満ちている。
死ぬのが怖いわけではない。自身が死ぬ覚悟などとっくに出来ている。
ただ、それに皆をつき合わせてしまうのが心苦しい。
「僕は間違っているのかな――――アンリエッタ」
声はただ部屋に反響し、虚空に消える。答えてくれる者は誰もいない。
代わりに返ってきたのは通信筒から響く、緊急事態を伝える報せだった。
「殿下!! 捕らえていた貴族たちが脱走しました!! 武器の監視を任せていたポールとフランツから連絡がありません!! 既に武器は奪還されたものと思われます!!」
「わかった。彼らはおそらく僕を狙ってくるだろう。甲板に上がらせるな」
「了解しました!!」
金髪の青年はすぐにテーブルの上に置いていたカツラを被り、赤いバンダナを巻いた。
眼帯で左目を覆い、金髪の美青年はあっという間に粗野な空賊の頭へと変貌する。
――ガッツが違和感を覚えた理由はここにある。
そもそも、彼らは空賊ですらなかった。
船の名はアルビオン本国艦隊旗艦『イーグル』号。
船長の名は王立空軍大将ウェールズ・テューダー。
ルイズ達が追い求めるアルビオンの王子、その人である。
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