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ペルソナ0 第十七話
一人は未だ呆け、一人はつらそうに俯き、残りの三人は呆気に取られたように遥か天空を見上げる。
その先には月がある。
一つに重なり、白い光を放つ月はさきほどから時が止まったように天の頂でその運行を完全に停止していた。
「ついに始まっちまった……」
焼けた鉄でも飲むようなサイトの言葉に、問いかけたのはキュルケだった。
「説明して貰いましょうか」
「ああ。分かった」
サイトはくるりと踵を返すと、女子寮塔の方角へと向かって歩き出した。
「ちょっと何処行くのよ!?」
「安心しなって、逃げやしないさ」
サイトは僅かに苦笑を浮かべながらキュルケを見た。
「こっちの方が都合がいいんだ、全部説明するには……見て貰った方が早い」
「見てもらう――マヨナカテレビ?」
「ああ、そうだ。今なら見れる筈」
「不可能、あれは午前零時しか見ることが出来ない」
タバサは冷静にその事実を指摘する、第一先ほど他ならぬサイトを助けるためにマヨナカテレビの直後に迷宮の探索を行ったばかりだ。
マヨナカテレビが雨の夜の午前零時しか映らない以上どうしようもない。
だがサイトはその言葉を否定した。
「見れるさ、だって月が重なったあの時からおれたちは一日と一日の狭間の終わらない夜のなかにいるんだから……」
「それは――どう言うこと?」
「見れば、全部分かる。俺のしでかしたことも、あいつのしでかしたことも、そして」
始祖ブリミルのしでかしたことも。
間違いなくサイトはそう言った、突然出てきたことに皆が皆一様に驚いた顔をしたが、しかしルイズだけはなにかに耐えるような表情でただじっとサイトを見ている。
「それじゃあ、行こ……」
その時、メンヌヴィルが立ちあがった。
「なにっ!?」
体のシャドウすべてをはぎ取られた、もはや完全に死体になっていると思っていた相手が立ちあがった。
その衝撃は筆舌に尽くしがたい、メンヌヴィルが折れた腕で杖を振りあげる。
そんな状態で魔法が使えるのか? そもそもなんでそんな状態で生きているんだ!?
さまざまな疑問が胸をよぎるがしかし何よりも優先すべきことは体がちゃんと覚えていた。
「あぶねぇ!」
咄嗟にルイズの前に飛び出し壁となる、以前もこんなことがあったなとサイトの脳裏にかつての世界の記憶がフラッシュバックする。
あれは確かジョゼフは火石を持ち出した時だった、教皇様がミョズニトニルンのマジックアイテムでやられて、ジョゼフがエクスプロージョンの詠唱を唱え終わった時せめてルイズだけでも守ろうと飛び出して……
そこから先は断片的にしか覚えていないが、しかし断片となったその記憶はサイトに己が一体何を為したのかを何よりも雄弁に弾劾する。
火石を食らい、ミョズニトニルンを八つ裂きにし、暴走した自分を止めようとした者たちを焼き滅ぼし、そして真っ黒に焦げたその亡骸を食った。
そして止まらなくなった。
結局、そんな自分を止めてくれたのは……
サイトは目の前の桃色の髪の少女を見る、切なく哀しい瞳でかつての主人と寸分違わない少女を見る。
サイトだってわかっている、わかっているのだ。
このルイズは自分が愛し、守り続けてきた「あのルイズ」ではないと言うことぐらい分かっている。
だがそれでも心の底から湧き上がる幾多の想いはどうしても止められなかった。
世界が違っても、時が移っても、ルイズは自分にとってかけがえない人。
それはどうしたって変えられない真実なのだろう。
もしもこれでまたルーンが暴走したら――せめて今度こそ自分の始末は自分でつける。
そんな悲壮な決意を前にメンヌヴィルの前に立ちふさがったサイト。
だがやってくる筈の火球はいつまで経ってもやってこず……代わりに天高く流れるのは聞いたことのない異国の詩。
「天に、瞬く、昴の星に、凍った刻は動き、出す」
それがメンヌヴィルの顔の上でかたかたと震える仮面が紡ぎだしていることに気づいたのは、暫し後になってからだった。
「享楽の舞、影達の宴、異国の詠」
天に掲げたメンヌヴィルの右手から、その肉自体をたいまつとして赤々と炎が燃え上がる。
仮面から啼くようにほとぼしるその声はまるで闇夜に獅子が吠えるがごとく。
「贖罪の迎え火は天を照らし、獅子の咆哮あまねく響く」
長く長く尾を引きながら消えていく。
「天に昇りて、星が動きを止めるとき――マイアの乙女の鼓動も止まる」
あまりにもぴったりとこれまでの出来事に符号するその言葉の数々。
ならばメンヌヴィルがこれから告げることは、自分たちの未来の暗示だとでも言うのか?
「後に残るは地上の楽園、そして時は……」
そこでメンヌヴィルは力尽きたようだ、どうと再び地面に倒れ今度こそ完全に生命活動を停止させた。
同時にその顔から仮面が剥がれおち。
「そして刻は繰り返す!」
仮面はそれだけ嘲笑うように告げると、ただその場にいる者たちの心に暗雲のみを残し仮面は沈黙した。
額の宝石が急速に色あせていくところを見ると、これになんらかの魔法なり仕掛けなりがしてあったようだ。
「行こうか、すぐどうこうって訳じゃないがそれほどゆっくりもしていられない」
バキンと音を立てて、仮面を踏み砕きサイトは歩きだした。
数歩歩いて振り返り、キュルケたちに向かって言った。
「全部、話すよ。俺に起こったすべてを……」
――その言葉をすべて聞いていた。
――その光景をすべて見ていた。
「さぁ来い、ヒラガ・サイト再びその絶望で俺をシャルルの元へ導いてくれ……」
塔の最上階、手をのばせば月に届くその場所で。
祈るように眼を瞑り、虚無の魔法を低く低く唱えながら。
サイトの後ろ姿をまるで恋をする少女のような熱っぽい瞳で、まっすぐにまっすぐにサイトの背中を眺めていた。
始まりにして最後の鍵は、やはりこの少年。
俺と同じように始祖に貧乏籤を引かされた哀れな使い魔以外あり得ない。
だからジョゼフは待ち続ける。
「その呪わしい“虚無”の力で!」
“加速”と“爆発”に続く第三の彼の“虚無”
その力でサイトの“すぐ後ろにいる人物”に視界を繋ぎながらチェックメイトの為の一手を練る。
どうすればこいつを絶望させることができるのか?
どうすればこいつにもう一度時を遡りたいと思わせることができるのか?
いくつものいくつもの策を思い浮かべ、どうすれば相手より一歩上をいくことができるのかを考え続ける。
ふと気付く、ここまで考えに考え抜いたのはあいつとの最後の対局以来だな、と。
「ハハハハ、ハハハハハ、待っていろ、待っていろシャルル、今……会いにいくぞ」
三つへ絞った策、それを決めきることが出来ずにジョゼフは賽を振るった。
正五面体のダイスは硝子のように半透明な床を軽い音を出しながら転がり、やがて止まる。
出た数字は0
始まりと終わりを示す数字だった。
「0か、ならば……」
チェスボードの上の黒の僧兵を白の騎士へと叩きつけ、作った道の上を女王が滑る。
「こうするとするか!」
ジョゼフは手に持った短剣で白の女王を黒の女王と共に串刺しにした。
それこそが塔へ登るサイト達を前に、無能と呼ばれた王の最期の罠。
だがサイトたちはそのようなものが待ち受けているなど知る由もなく……
ジョゼフの片目のなかのサイトたちは、今まさに塔へと向かって踏み出そうとしているところだった。
「ご自分の欲望を満たすのは勝手ですが、我らとの盟約もお忘れなく」
ふと思い出したように、ジョゼフは振り返る。
そこには白い聖衣に身を包んだ青年と、その背後に影のように着き従う黒衣の青年。
そして虚ろな目をした蒼い服の少年が立っている。
「ほう、ヴィンダールヴか」
「えぇ、全く先住の力とは恐ろしいものです」
そう言って微笑を浮かべる青年の右手には濃紫の指輪が妖しい光を放っている。
「その先住の代表であるエルフを絶滅させようと言うのだから、貴様も相当狂っているな」
「出来るのでしょう? 貴方の言葉が真実ならば」
「無論だ、俺が行った後は好きにするがいい。憚られる者に封印された“死の化身”を開放しようが、サハラから聖地への道を開こうが俺にはもはや関係ないからな」
「それは僥倖、これでやっと我々が真の故郷を奪い返すことができると言うものだ」
薄い微笑を崩すことのない青年に向かって、ジョゼフは言った。
「信仰のためなら教祖も殺す、フハハ、全く神官と言う者は今も昔も狂った奴ばかりだな!」
「貴方こそ、己の願望のためならこの世界すべてを滅ぼして構わないと言うのは狂気の沙汰ではないですか?」
「お前に言われたくないな、第一お前の計画はこの世界〈ハルケギニア〉の滅亡が前提ではないか」
青年は悲しそうに己の手を見る、夜風で冷えきったその蒼い掌の向こうには、今まで救えなかった者たちの姿があまりにも鮮明に焼き付いていた。
「わたしが救えるのはほんの一握り、ならば救えなかった者たちにも意味を与えてやりたいのです」
「彼らの死は無駄死にではない、なぜなら彼らの死が、聖地奪還のための、故郷へ帰るための礎となった? そう言う訳か?」
青年は聖具を握りしめ、まるで落ちてきそうなほど近い白の月を睨む。
「幻想は打ち捨てねばなりません、この世界は始祖が魔法で生み出した泡沫の夢、わたしは一人でも多く助けねばならないのです、この方舟〈ハルケギニア〉が沈む前に……」
「壁を抜けた先に理想郷があるとは限らんぞ? いや愚問だったな」
そう言ってジョゼフは隣の青年がするように天を仰いだ、そこには六千年の昔と変わらぬ白い月が輝いている。
「それほどの狂信、それほどの妄執がなければ始祖は殺せない――全く大したものだよ、大したものだよブリミル教会は! 始祖の秘宝の中身を書き換え、俺のような無能王を生み出し、あまつさえ世界を滅ぼすか!」
ジョゼフはパチパチと手を叩く、それはつまらないと思っていた劇が終わりになって思いもよらないどんでん返しを食らった観客に似ている。
つまりはただ感嘆し、称賛する拍手だ。
「よかろう好きにするがいい、お前たちの行く先はそこに居る“人の影”が見届けてくれるであろうよ」
「もとよりそのつもりです、わたしたちには元より信仰以外何もありません」
そう言いきる白衣の青年〈ヴィットーリオ〉の後ろで、黒衣の青年〈ジュリオ〉は固く固く唇を噛み締める。
暗い情念を灯したその瞳は、悲壮なる決意で満ち満ちていた。
月の光はすべてを等しく照らす。
零時で止まった時計が、明けない夜が動きだす瞬間を待っていた。
物語は佳境、決着は間近。
そんな時間と時間と空白で、
「あーあ、ぜーんぶ思い出しちゃった……」
誰かがそんな風に呟いた。
「帰ってきたのか?」
夏の日差しが照り返すアスファルトの上に立ち尽くすサイトの回りを、周囲の通行人が訝しげな顔で通り抜けて行く。
立ち並ぶビルの一階に作られた様々な店舗の軒先からはけたたましい音量でゲームやアニメの音楽が流れ、その登場人物らしい扮装をした女性たちが額に汗を浮かべながらチラシやティッシュペーパーを配っていた。
東京、秋葉原。
日本一の電気街にして一部の趣味を持つ者たちにとっての聖地。
その一角に銀色に輝く鏡が何かを待つようにぽっかりと口を開けている。
これを潜れば間違いなく再び会うことが出来るだろう、
あの日、あの時、あの場所で、
望まぬ今生の別れを迎えた愛しい愛しいご主人さまに。
ルイズに。
「馬鹿かっ、俺はまた繰り返すつもりなのか……!」
手を触れようとして慌てて引っ込める、名残惜しくしかし断固たる動きでサイトは光る鏡から背を向けた。
「これでいいんだ、俺とルイズは出会わなかった――そうすりゃあルイズが死ぬことだけはないんだから」
「果たして、本当にそうかな?」
後ろ髪を引かれながら振り向いた先に立っていたのは、自分と同じ顔をした存在。
にやにやと厭らしい表情を浮かべたもう一人の自分。
「はじめまして、と言っても二度目だな。平賀才人、どうだね? 並行世界の別の時間軸の自分の肉体を奪い取った感想は」
「奪い、取った……」
「そうだ、その肉体は“お前”のものではない」
そう言って向かってくるもう一人の自分に、サイトは思わず後ずさる。
「お前はなんなんだ……いったい俺に何をしたんだ」
「夜に吠えるもの・闇に棲むもの・千の貌を持つもの私には様々な名前があるが、そうだな這い寄る混沌、ニャルラトホテプと言う名がもっとも馴染み深い。人間の心の無意識の奥に潜む様々なほの暗き感情、その統括者だ」
そうしてニャルラトホテプは一歩サイトへと歩みよる。
「何をしたか? その問いについては簡単だ。お前の願いを叶えてやった、はじめから全部やり直したい。そう願っただろう?」
「それは……」
「もっともいくら水で洗い流そうとも背負った罪は消すことは出来ん、だが今ならばまだ罰を逃れることだけは出来るぞ?」
ニャルラトホテプは己のすぐ右手側を指差した。
陽気なBGMを流すゲームとホビーの店先、そこにいくつも並べられた液晶モニターに砂嵐が吹き荒れ、成人向けのゲームの販促を流してその画面が突如として血で染まった。
「あ……」
モニターの向こうからこちらを見つめてくる金色の二つの眼。
その悲しくもおぞましい姿にはサイトは確かに見覚えがある。
「あああああああああああ!?」
そしてサイトは逃げ出した、光る鏡が閉じる光景を見届けぬままに。
「つま……らん……な………」
這い寄る混沌がその体を薄れさせるのを見届けぬままに。
ふと苦い回想からサイトは眼を醒ました。
思い出の世界から戻ってきたその場所は、やはり先ほどと変わらない塔の内部。
どこまでもどこまでも終わらない階段が続く、悪夢のような迷宮の一角だ。
「けどテレビを見るたびにあの影は俺を追ってきた」
静まり返った階段を登りながら、サイトは己が罪を紡ぎだす。
そしてその罪に与えられたあまりにも過酷過ぎる罰を。
「もう一つのハルケギニアに残してきた俺の体が、何をしようとしているのかまざまざと見せつけてきたんだ」
すべてを皆殺しにしてでもルイズを守る。
アレのなかにはそれしか残されていなかった。
「そしてとりあえず俺がこちら側へとくれば無闇に暴走することだけは避けられるって知ってしまった」
異世界にあるこちら側のルイズにルーンが同調したように、正常な状態のサイトの精神と接続されたことで僅かなりとも肉体のみとなった体は人の心を取り戻したのだ。
もっともそれは奇跡などではなく、より一層サイトを苦しめる死のカウントダウンにすぎなかったが。
「それでルイズが守れるのなら行こうと思った、でもそう簡単に来られるもんでもねぇ」
「じゃあ君はどうやってこの世界に来たんだい?」
カツカツと靴が石畳を叩く、ギーシュの問いにサイトは僅かに自嘲じみた表情を浮かべ
「声が、聞こえたんだ」
「ひょっとしてルイズの?」
サイトは首を振り、階段の続くその先を見上げる。
その視線の先ではどこまでも続く緑を基調した階段は一旦途切れ、大きく口を開けた奈落のなかに白い光の足場が頼りない様子で浮かんでいた。
そこに立っていたのは二人の青年。
「待っていましたヒラガサイト」
降り注ぐ白い光を浴びながら、その顔に穏やかな雰囲気を湛えたブリミル教の主とその従僕だった。
「我が使い魔よ」
「教皇聖下……!?」
驚いて声を上げるギーシュのことを薄く笑うと、ヴィットーリオはゆっくりとサイトたちに向かって手を差し出した。
「俺はあんたの使い魔になんてなったつもりはねぇ!」
穏やかなヴィットーリオに対してサイトは敵意を漲らせる。
だがギーシュやキュルケには何故そこまでサイトが目の前の相手に敵意を向けるのかが分からない。
サイトの反応から敵だとは分かるが、この穏やかな雰囲気を纏わせた青年に“敵”と言う言葉が繋がらない。
まるで月に祈るように真摯に、どこまでも気高いその姿。
まさしく聖人と言うべきその姿からは一切の邪気が感じられなかったから。
「そうですね、私の使い魔は彼ですから」
その言葉に従うように背後から現れたのはもう一人のサイト。
まるで夢見るような不確かな足取りでヴィットーリオを守る様にジュリオの隣に陣取った。
「まさかそれは……」
「アンドヴァリの指輪」
その紫色の輝きを誇るようにジュリオは右手を掲げた。
「君の記憶では確かクロムウェルが使っていたんだっけ? 死者に偽りの命を与えるマジックアイテムさ」
「わかんねぇ、そんなものまで持ち出して一体何をしたいんだ!」
サイトの問いにすっとジュリオの眼が細まる。
「君たちに譲れないものがあるように僕たちにも譲れないものがある、ただそれだけのことさ」
「その通りですトリステインの虚無の担い手よ、我らはこの世界の人々を救わねばなりません」
微笑を投げかけるビットーリオの姿には限りない優しさと慈愛に溢れている。
「余計に分からねぇ! だったらなんでジョゼフなんかに肩入れするんだ! あちら側とこちら側を繋げて何もかもをぶち壊すことなのに!」
「いいや、違うね」
その声は背後から聞こえてきた。
一体何時の間に背後へと回ったのか? ジュリオは誰にも気づかせず一瞬の間に影のようにぴたりとサイトの背中に銃身を突きつけていた。
「それはあくまで君たちをおびき寄せるための餌に過ぎない、気づかなかったかい? あの無能王の本当の狙いに」
カチンとリボルバーが回る音。
「動かない方がいい、この銃はこのキミたちの世界の武器だから殺傷力が段違いだからね、しかし人を殺すために平和の作り手と名付けるなんてなかなか狂ったネーミングセンスじゃないか」
ジュリオがその手に握っているのは奇しくもかつてサイトの手にあったあの銃と同じ“ピースメイカー”の愛称を持つコルト社が作り出した傑作銃だ。
西部開拓時代を支えたこの拳銃は回転した輪胴のなかの弾丸を撃鉄が順番に叩くことで、引き金を引くだけで連続射撃を行うことができると言う画期的な能力を持っていた。
あまりにも出来すぎた偶然にあの悪魔の哄笑を聞いた気がして、サイトはぎりりと歯を噛み鳴らす。
「虚無の呪文の一つに記録と言う魔法があります」
いきなりの言葉に戸惑う一同に向かって、ゆっくりと教皇は語りだした。
儚く脆くそして尊い幻想〈ハルケギニア〉の真実を。
「それは物体に込められた強い思いを読み取り、現実の光景として再現する魔法。私はそれによって知ってしまったのです、この世界はアナタ達の世界を雛型に作られた、まるでうたかたの泡のような不安定で脆い仮初めの故郷なのだと言うことを」
「何を……」
反論の言葉を吐こうとしたが、しかしサイトには思い出してしまった。
かつて自分が見たブリミルとエルフのガンダールヴの夢、彼らは自分の故郷をハルケギニアではなくまったく別の名前で呼んではいなかったか?
「かつて異世界から現れたヴァリヤーグと言う悪魔たちとの大戦がありました」
教皇は語る、この世界の真実を。
「メイジや平民は云うにも及ばず、エルフやハルケギニアに住む幻獣たちすら参加したその戦争の行方、貴方なら知っているでしょう?」
教皇は杖の先でサイトのルーンを指差した、胸で明滅する黄金色のルーンが熱を持ち、サイトの脳裏にかつての戦場の光景を映し出す。
「結局戦いは勝者を生まず、始祖は我々は荒れ果てた故郷を封印しこの世界にやってきたのです。魔法で作りだした方舟、この幻想の大陸へ」
ビットーリオ言葉は嘆くように、憂いを帯びて空へ広がる。
「そう、此処は魔法で作り出された偽りの楽園、やがて来る滅びを忘れ去り、繰り返す日々を噛み締める忘却の園」
「それはあまりにも救われない……」
「じゃあどうしようって言うんだ!」
返ってきたのは一発の銃声だった。
はたりはたりと赤い液体が零れ石畳の床の上に落ちて行く。
「簡単さ、こうすればいい」
「――どう言うつもり?」
タバサの手のひらから伝う血の滴、空気の流れからジュリオの行動に気づき咄嗟に庇わなければルイズの間違いなく心臓を穿っていたその一撃は、タバサの右腕の骨に食い込んで止まっていた。
痛みから脂汗をにじませながら問いかけるタバサに、ビットーリオは答えた。
「我らには力が必要だ、エルフを滅ぼし、信仰を忘れた者たちの心を打つための――禍々しいまでに大きな力が」
「ふざ……けるな!」
もう一度あの光景を繰り返そうと言うのか?
すべての命あるものが等しく死を迎えた、地獄の果ての果てのようなあの光景を。
「そんなことはさせねぇ! 絶対に絶対にこの世界は俺が守る!」
「分からないな、この世界にしがみ付いていてもやがて全員が死んでしまうのなら1%でも可能性があればそれに賭けてみようって話なのに」
「だからって、そんなこと許せるはずねぇだろうが」
サイトはデルフリンガーを引き抜き、ジュリオに向かって斬りかかる。
袈裟に振りおろしたその一撃をジュリオは手にした短刀でかろうじていなし、慌てて背後へと飛びずさった。
「危ない危ない、ガンダールヴでなくとも剣の腕も油断できないってことか」
ヒュウと口笛を吹く、ハラリとその金色の髪が幾本が切れて風に流れ、その頬からは血が伝っていた。
「ならこっちも、虚無の使い魔の力を使わせてもらうよ!」
その言葉と共にジュリオの右手のアンドヴァリの指輪が輝き、ビットーリオの背後のもう一人のサイトが吠えた。
何が起こるのか? そう身構えたサイトの横から蒼い巨体が突っ込んできたのは次の瞬間のこと。
――きゅぃぃぃぃ!
「シルフィード!?」
それはタバサの使い魔である風韻竜の幼体であるシルフィードだった、普段のとぼけた感じからはとても想像出来ない興奮した様子でシルフィードはサイトへ向かって牙をむいた。
とっさのところでサイトは地面に伏せたが、シルフィードはその体を踊り場の石畳に擦りつけるように高度を下げ。
「がはっ!」
その巨体でもってサイトの体を押しつぶす、だがそんなことをすればシルフィードとて無傷のはずがない。
体中に生傷を刻まれた夥しい生傷、全力で自分から地面にぶつかりに行けばいかな竜の巨体とて、いや巨体故に傷を負う。
だがシルフィードはそんなことに頓着することなく、血走った眼で最後空中へと舞い上がった。
その体を弾丸とするために。
――きゅぃぃぃぃ
再びシルフィードが高く高く天に吠える、その刹那に確かにタバサは聞いた。
「――っ!」
――いやなのね、こんなことしたくないのね! 誰かシルフィを止めて、助けてお姉さま!
自分の大切な使い魔の、あまりにも悲痛なその思いを。
一刻も早く助けてあげないと……その焦りが油断を生んだのかもしれない。
唐突に顔に向かって飛んできた炎にタバサは反応出来ず、まともにその炎を浴びてしまった。
灰まで熱く焦がす灼熱、すぐにキュルケが治癒魔法〈ディアラマ〉をかけてくれてくれていなければタバサの顔は二目と見れないものになっていたに違いない。
――きゅるきゅる
闇の奥で光る二つの眼、それがゆっくりと増えていく。
踊り場から繋がった通路に潜んでいたのだろう、そこから現れたのはフレイムをはじめとする数多くの幻獣たちだった。
幻獣たちはルイズとサイトの間を分断するように立ち並び、二人の間を裂く絶対の壁となる。
「さて、君たちは傷つけられるかな? 自分の大切な大切な使い魔たちを!」
「卑怯じゃない! これがブリミルを崇める神官のやることなの!」
「ああ、そうさ……」
僅かに顔を歪ませながらジュリオは右手の拳銃を握りしめ。
「聖下の為なら、僕はなんだってやってやる」
その銃口を再びルイズへ向かって突き出した。
「それしか僕の生きている意味はないのさ」
「どうして、それほどまで……」
「それは、君には……!?」
何かを答えようとしていたジュリオの顔が驚愕に歪み、慌ててその銃口をシルフィードに押しつぶされ痙攣を続けていたサイトへ向ける。
気づいたのだ、巨体に潰され口から血の泡を吐きながらも、サイトはシューシューと漏れるような呼吸で魔法の詠唱を続けていたように。
「遅ぇよ――」
見えない何かが波のように広がる、それと同時にこれまで牙を剥いていたフレイムやグリフォン、マンティコアをはじめとする幻獣たちはとろんとした眼つきでその体を弛緩させた。
それはティファニアが使っていたものと〈忘却〉の呪文。
「さて、どう……する?」
デルフリンガーを杖代わりに、震える足でサイトが立ち上がる。
その姿にジュリオは意を決したように懐から何かを取り出し……
「こうなっちゃしょうがないね」
「おい、坊主――まさかそれは、やめろっ、おいっ」
取り乱したデルフリンガーの言葉になど耳を貸さず、ジュリオは手の中にある肉色の宝玉を握りつぶす。
ぷじゅると血の色をした液体が零れ、ジュリオの体を伝う。
「始祖は己の使い魔のために様々な武器やマジックを残してくれた」
こぼれた液体が肉感を持ち、まるで自ら生きもののようにゆっくりとジュリオの皮膚の上でうごめきだす。
「それはたとえばガンダールヴの『槍』であったり、ミョズニトニルンの『本』であったりと様々だけどね」
針のように硬化したその先端がジュリオの皮膚を突き破り血管へもぐりこむ。
「教えてやるよガンダールヴ、何故“獣を操ることしか出来ない程度の“ヴィンダールヴ”が虚無の使い魔の一席に身を置いているか!」
その言葉がきっかけとなったのか、一斉にジュリオの体がその体に食い込んだものと同じ肉色の触手が生えた。
もはや人の形をした触手の塊となったその姿は思わず眼をそむけたくなるほど醜悪だったが、変態はそれで止まらない。
そしてわさわざと広がる肉色の触手が目指したのは、周囲にたむろすあまたの幻獣たち。
「これがヴィンダールヴの鞭だ!」
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