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#setpagename(零姫さまの使い魔 第五話 )
「あっしは手の目だ
先見や千里眼で酒の席を取り持つ芸人だ
こう言ってしまえば えらく便利な技に思えるだろうが 実際の所はそうでもない
見通せる先には限りがあるし 見えた所でどうしようもないってェ事もある
手の届かない失せ物 変えようの無い未来…… 世の中そんな物ばかり
あっしの能力に 利点があるとすれば只一つ
……おまんまの種になるってェ事だけさ
ああ どうやら今回の一件でも あっしの先見は役に立ちそうもないね
何だろうね ウチのお嬢は 悪いモンにでも憑かれてるんじゃないのか……?」
「それにしても ワルド様が来て下さるなんて思ってもいませんでしたわ」
「僕の方こそ驚いたよ 王女からの託された密命の内容が
アルビオンに向かう君の護衛だったとわね
これほどの任務を託されるとは 暫く見ぬ間に 君も立派になったものだ」
「…………」
眼前で繰り広げられる感動の再開に、手の目は早くも辟易としていた。
うら若き主人、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと
その婚約者、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド
久方ぶりに再開した許婚者同士、積もる話もあるだろう。
だが、ここは上空、狭いグリフォンの背の上とあっては、手の目に逃げ場は無い。
「いやですわ ワルドさま 立派だなんて
私 まだ 初歩的な魔法も碌に使えないのに……」
「そんな事はないさ かわいいルイズ
君は現に 君はこんな可愛らしいお嬢さんを召喚して見せたではないか」
そう言うと、ワルドは手の目に向かい、爽やかな笑顔をちらりと向ける。
キザったらしい物言いに、手の目の全身がぞくりと総毛立つ。
芸人としてこれまで旨い事食ってきた手の目であったが、これほど相性の悪い相手に出会った事は無い。
虫唾が走るとはこの事か。
現在置かれた状況に比べれば、泥酔した助平親父を相手にしている方が遥かにましに思われた。
永遠に続く麗しい思い出話。
昨夜の出来事を思い出し、手の目が何度目かのため息をついた。
・
・
・
トリステイン王女、アンリエッタの来訪。
突然の旧友の再開、敬愛する王女が自分の事を忘れていなかった喜びに
感極まった表情のルイズが、思い出話に花を添える。
魔法学院の一室は、在りし日の宮廷の中庭へと変わっていた。
手の目がルイズの部屋を離れたのは、二人への気遣いのみではない。
一国の王女がお忍びで旧友を訪ねるという行為に、只ならぬ嫌な予感を感じたからだ。
尤も、もし、その予感が当たっていたなら、王女を避け続けたところでどうしようもないだろう。
半時ほど学院内を散歩した後、手の目は覚悟を決めて部屋へと戻った。
「あら手の目 いいところに戻ってきたわね
丁度 姫様とあなたの話をしていたのよ」
「はじめまして あなたがルイズの使い魔ね?
ルイズが人間の少女を召喚したとは 耳にしていたけれども……」
「……【土くれ】のフーケを倒すほどの手練とは思えない ですか?」
思考を先取りするような手の目の発言に、アンリエッタが思わず息を呑む。
ルイズは状況が飲み込めず、きょとんとした表情で王女の顔を見つめた。
「見ての通り あっしはしがないドサ芸人
そして あっしの主人は あの【ゼロ】のルイズでさァ
とてもじゃないが 心傷のお姫様の力になれるとは思えないがね」
「…………」
「ちょ ちょっと手の目! 王女様に向かってその物言いは」
「……いいのです ルイズ」
「姫様?」
俯くアンリエッタの姿に、手の目が一つため息をつく。
王女に対する無礼は百も承知であったが、こればかりはどうしようも無かった。
人は突然の不幸に対し「犬に噛まれたと思って」などと言うが、
初めから不幸な未来が分かっていたなら、そんなすました格言は持ち出せないはずだ、と手の目は思う。
やがて、アンリエッタはその胸中を、ぽつぽつと語り出した。
アルビオン大陸にて革命を目指し策動するレコン・キスタ
その隆盛に対抗するための、隣国ゲルマニアとの政略結婚
そして、同盟を破壊するスキャンダルとなりかねない
アルビオン王国皇太子・ウェーエルズに宛てたアンリエッタの手紙の存在……
孤独な王女には、余りにも大きすぎる悩みであった。
・
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・
「――で お嬢 実際のところ どうするんで?」
王女が去り、二人きりとなった室内に、手の目の問いが響く。
「私の考えは さっき姫殿下に語った通りよ
王女の使者として アルビオンに赴くわ」
「……あんたが実力も省みずに どこぞでくたばるのも勝手だがね」
できる限りぶっきらぼうに、手の目が言放つ。
「こいつは一国の運命がかかった仕事 お嬢のミスは そのまま姫殿下の失態だ
愛しい娘が無謀な命令で殺されたとあっちゃァ
国一番の貴族のご両親は さぞや王女をお恨みなさるだろうねェ」
「…………」
手の目は敢えて、少女が最も苦しむであろう言葉を選んだ。
言うだけ無駄だと分かってはいたが、それでも確認しておかねばならない事項だった。
――しばしの沈黙の後、やはりルイズは、手の目の予想通りの答えを出した。
「それでも…… それでもよ 手の目
裏を返せば そんな大切な任務を私に託さねばならないほど
姫様は追い込まれているんだわ
私がここで かつての友誼を裏切ったなら
あの方はきっと 孤独に押し潰されてしまう……」
孤独の辛さを誰よりも知るルイズの言葉である。
室内に、重苦しい沈黙が流れる。
「手の目 あなたは――」
「あっしは元々はぐれ者だ
どこぞの誰かに忠誠を誓うつもりは無いし 危ない橋を渡るのも御免だ
だからよ……」
「…………」
「――だから 本当にヤバそう時は 勝手にトンズラするぜ
そこんところだけは承知しておいてくんな」
「!」
手の目の意外な申し出に、ルイズが目を丸くする。
手の目はあくまでぶっきらぼうな口調で続ける。
「まったく こいつは完全に契約外だ
うまい事いったら 給金ははずんで貰うよ」
「ええ もちろんよ ……ありがとう 手の目」
手の目はその日、最後まで仏頂面だった。
ただ、瞳を潤ませるルイズの視線に、むず痒そうに頬を掻いた。
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アルビオン大陸への中継点、港町ラ・ロシェール。
出航を明日に控え、一行は酒場の一角で作戦会議と洒落込んでいた。
「ところで これはルイズから聞いたのだが……」
「あん?」
ワルドの問い掛けに対し、からむように手の目が応じる。
飲まなきゃやってられないとでも言わんばかりの態度である。完全に目が座っていた。
そんな少女の様子を気にも留めず、ワルドは自分のペースで話を続ける。
「君は何か 変わった芸を使う芸人らしいではないか
何か一つ ここで披露してはくれないか?」
「……今日は客で来てんだ 気持ちよく飲ませてくれないかね?」
「だが 君の芸は ただの余興じゃない
かの悪名高い土くれのフーケも その力で捕まえたのだろう?」
「……」
ワルドの言葉は、周到に執拗に手の目の逃げ道を奪っていく。
何が閃光だ、蛇にでも名前を変えろ。手の目が心中で毒づく。
「これは真面目な話さ 今のアルビオンの状態では どんな事件に巻き込まれるか分かったもんじゃない
もしもの時のために 君がどのような力を持っているのか この目で確かめておきたいんだ」
手の目がジロリとルイズの方を睨む。
ルイズはすまなそうに身を強張らせていたが、やがて、小さく頷いた。
手の目は大きく溜息をつくと、手にしたグラスの中身を一息に飲み干し、右拳をゆっくりと突き出した。
――が、
「あらん お髭がダンディな殿方!
酒癖の悪い小娘なんかほっといて 私と飲みません事?」
という、陽気な声とともに、開きかけた手の目の右手が押さえられた。
「お前……」
「だめじゃないの ヴァリエール
王女から託された秘密の任務なんでしょ
こんな人目の多いところで手の目の芸を見せて 隠密行を台無しにする気?」
「キュ キュルケにタバサ! どうしてここに?」
「ふふん! そもそも王女がお忍びで学院にくる事自体 無理があるのよ
昨夜の話 どこぞのバカに立ち聞きされてたみたいよ」
「どこぞのバカ?」
ルイズの問いに答えるかのように、酒場の扉が勢い良く押し開かれた。
「諸君! この僕が助っ人に来たからにはもう安心だ!
見ていてください姫殿下!
このギーシュ・ド・グラモンが あなたの苦悩を取り除いて差し上げます!」
先日の一件以降、妙にハイになっているギーシュの高笑いが室内にこだまする。
「隠密行…… 台無し」
一同が呆然とする中、タバサがぼそりと呟いた。
・
・
・
「先刻は助かったよ キュルケ」
屋上に抜け出し、ようやく一心地ついた風の手の目が、キュルケに言う。
「別に感謝されるいわれは無いわよ
アンタはただ 姫殿下の情報をギーシュに流しただけ
ギーシュの奴も 勝手に立ち聞きしただけ
そして私たちは ただ暇つぶしにについて来ただけですもの」
「そう言ってくれると助かる」
「まったく らしくもないわねぇ
あの御仁が癪だって言うんなら あんたの芸で 目に物見せてやれば良かったじゃないの?」
「……手の内を曝したくなかったのさ」
手の目の意味ありげな物言いに、一瞬、目を丸くしたキュルケであったが
やがて、声を潜めて切り出した。
「あの人の事 あんまり信用していないみたいね?
でも…… それだったら尚の事よ
得意の千里眼とやらで 子爵の本心を探れないの?」
「あっしの芸は そこまで都合よく出来やしねぇ
何でもかんでも見通せるわけじゃないし
あっしが見ちまったばっかりに 却って先が良くない方に変わっちまうって事もある
それに 仮に見えた所で 今回はあんまり意味が無ぇ」
「?」
「ワルドの旦那が白だろうが黒だろうが 無事にアルビオンに渡るためには あいつの助太刀が必要だって事さ
お嬢が任務を諦めてくれない限りはね……
今の所 旦那の心中は図りかねるが だったら尚の事 奥の手は隠しておくべきだろう」
手の目の淡白な推測を、キュルケは黙って聞いていたが、やがて、しみじみと言った。
「変わったわね アンタ」
「……何だって?」
望外のキュルケの言葉に、手の目が不審げな瞳を向ける。
「こっちに来たばかりのあなたは 何かもっとサバサバしてて
他人を寄せ付けないような雰囲気を出してたように思うけどね
ルイズに飼い慣らされて 少しは丸くなったのかしら?」
「どうだかね」
キュルケの邪推に対し、手の目がぶっきらぼうに応じる。
「ただ…… 偶然にせよ お嬢が命の恩人てぇのは事実だし
それなりに良い暮らしはさせて貰ってるからね
行きずりのドサ芸人だって 浮世の義理くらいはわきまえているさ」
「たったそれだけの理由で 命まで賭けるの?」
「まさか あっしの手に負えそうにもない時は 一目散に逃げるさ」
「へぇ……」
手の目の答えを聞き、キュルケが含み笑いを見せる。何か癪にさわる笑顔だった。
「……何だよ?」
「最初に見たときは 生意気な顔をした小娘だと思ったもんだけど
何よ なかなか可愛いところがあるじゃないの」
「――!?
フザけんな 莫迦!
あっしだってなァ 初めてテメェ見た時は 随分と底意地の悪そうな女だと思ったさッ!
尤も こっちは今でもそう思っているがな」
「あっはははははははは!」
キュルケは今度こそ、心底おかしくて堪らないといった風に、腹を抱えて大笑いした。
へん、と手の目はそっぽを向いた。
そんな、妙な取り合わせを見比べながら
やや神妙な面持ちで、タバサが屋上へと上がってきた。
「あら いい所へ来たわね 今なら面白い光景が見れるわよ」
などと、キュルケは軽口を聞こうとしたが、すぐに表情を曇らせた。
長い付き合いである。タバサは相変わらずの無表情であったが、
その微妙な仕草から、何が大事な話をしようとしているのが分かった。
「何か あったの?」
「……周りの様子がおかしい」
・
・
・
三人が階段を駆け下りた時には、既に眼下では戦闘が始まっていた。
店内に容赦なく討ち込まれる矢の雨に対し、ルイズ達は石造りのテーブルをバリケードにして持ち堪えていた。
「何があったの!」
「見ての通りさ ……どうやら我々の動向は 何者かに掴まれていたらしいな
あるいは 宮中に内通者がいるのか……」
「そんな!」
隙を見て飛び込んできたキュルケの問いに対し、あくまで冷静にワルドが分析する。
内通、という言葉に対し、ルイズの顔から血の気が引く。
「ともあれ 事態は急を要する
奴等に港を抑えられれば 任務の達成は不可能となる ……そこでだ」
ワルドが後ろを振り向く、一同の視線が後方の通用口へと集まる。
「ここで二手に別れよう 僕とルイズは一気に裏道を駆け抜け 桟橋を目指す
すまないが 君達には足止めを頼みたい
無理をする必要はない ある程度時間を稼いだら 君たちも脱出を図るんだ」
「…………」
手の目が顔をしかめる。
ワルドの信義を疑う彼女にとって好ましい展開ではないが、他に打つ手はない。
現状はワルドの思惑を危ぶむよりも、降り注ぐ矢を止める手を打たねばならなかった。
「フン 面白くなってきたわね」
「子爵! お任せあれ あなた方の背後はこのギー……ぐわっ」
「立たない」
思わず立ち上がろうとしたギーシュが、タバサにマントを引っ張られ、尻餅を突く。
友人を置き去りにする事に表情を曇らせていたルイズも、これには思わず吹き出した。
「さあ 急ごうルイズ あまり余裕は無い」
「ええ…… みんな 無理はしないでね」
飛び交う矢の途切れた一瞬を付き、二人は後方の闇へと駆け出した。
・
・
・
「さぁて と!」
大きくひとつ深呼吸して、手の目が覚悟を決める。
正直、手の目の【芸】では荷が勝ち過ぎる場面であったが、
状況を打破し、一刻も早く二人に追い付くためには、試さざるを得なかった。
テーブルの間から右手を伸ばし、ゆっくりと拳を開く。
その動きを、タバサの長い杖が遮る。
「!」
「それはまだ 使わない方がいい」
短く詠唱を完成させ、タバサが杖を振るう。
直後、後方から発生した追い風が見えざる障壁を生み出し、
飛び交う矢の軌道を左右へと逸らし始める。
「私もタバサに賛成よ
いくらなんでも状況が出来過ぎている
手の目 アンタがさっき言ってた悪い予感ってヤツ
私もビンビンに感じてるわ」
言いながら、キュルケが手元の椅子を手繰り寄せる。
「だが このままじゃ……」
「このままじゃ…… 何よ?
前々から言おう思ってたけどね アンタ メイジの事を舐めすぎよ」
そうぼやきつつも、キュルケは素早く詠唱を完成させ、手にした椅子を無造作に放り投げた。
軽く投げ放たれたように見えた椅子は、追い風に乗って敵の最前線に落下し、
直後、爆発的な炎を伴って燃え上がった。
「ようし! 今だワルキューレッ!
たとえ傭兵だろうと 剣の素人が相手なら!」
前線が混乱した隙を突き、ギーシュが戦乙女を繰り出す。
人知れず修羅場を乗り越えてきた乙女達は、混乱する敵勢を押し返し
戦いの場を店外へと移すことに成功した。
「ほら! さっさと行きなさいよ
浮世の義理とやらがあるんでしょ?
アンタが行かずに 誰があのこまっしゃくれを守るのよ?」
「あ ああ……
すまねぇ 恩に着るよ」
「あら? お礼はいいのよ その代わり……」
そう言うと、キュルケは素早い動きで手の目を抱きとめ、その耳元でポソリと囁いた。
「その代わり 無事に帰ってきたら
あの素敵なお兄様の事 ちゃんと私に紹介しなさいよ」
「……!?」
「なによ その顔……
知らなかった? 私は一度見た殿方の顔は絶対に忘れないのよ
それが例え 曖昧な夢の世界の記憶でもね」
ぽかんと口を開けた手の目を前に、勝ち誇るようにキュルケが赤髪をかき上げてみせる。
「……ははっ! 敵わないね
分かった もう一度先方に逢えた時に ちゃんと言づてしとくよ」
「なるべく急いでよ
恋は熱し易く冷め易いものなんだから!」
「了解」
キュルケの念押しに対し、手の目は右手をひらひらさせて応えると
そのまま振り返らずに、闇の中へと走った。
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