「ゼロと波動-03」(2008/11/08 (土) 03:07:39) の最新版変更点
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#navi(ゼロと波動)
#setpagename( ゼロと波動 第三話 )
ルイズが激しい後悔の念に苛まれている頃、リュウは中庭を歩いていた。
「ああ言ったはいいが、何を捕まえればいいのか判らんな・・・」
最初、野草やキノコは猛毒を持っている種類もあるだろうが、哺乳類なら見知らぬ種類でも大丈夫だろうと思っていた。
が、よく考えたらここは地球ではない。
哺乳類だからといって、必ずしも食べて大丈夫とは限らないのだ。
もしかしたら猛毒を持った哺乳類がいるかもしれない。
知識のない自分が知らずに食べてしまえば一撃でアウトだ。
「さて、困ったな・・・」
腕を組みつつ中庭をうろうろしていると、後ろから声をかけられた。
「リュウさん、何してるんですか?」
見ればシエスタが乾いた洗濯物を持って後ろに立っていた。
「食うものをどうしようかと思ってね。この土地の知識がないから、何を食えばいいのかわからなくて困ってる。
この辺りに食べることのできない動物なんてのはいるのかい?」
「う~ん・・・毒をもった動物とかってあまり聞いたことないですけど、どうなんでしょう・・・?
少なくともこの辺りにはいないと思いますよ」
首をかしげてしばし考えるシエスタ。
「それよりも、食事でしたらこちらにいらしてください。私たちの賄い用の食事でも良ければお出しできますよ」
「そうか、すまない、お願いできるかな」
「はい!」
満面の笑みで答えると、シエスタはリュウを厨房に連れて行った。
「それにしても・・・ガタイも見事だが、食いっぷりも見事だね・・・」
厨房を預かる料理長であるマルトーが舌を巻いた。
「よく身体を動かすからね。食わんことには始まらん。それにしても美味かったよ。こんなに美味い飯は久しぶりだ」
数人分はあろうかという食事をあっさりと平らげると、満足して頷くリュウ。
「ははは!お前さん、気持ちいいヤツだな!気に入ったよ。好きなときに来てくれ。賄いでよければいつでも、好きなだけ食わしてやる!」
マルトーは豪快な笑顔で不器用なウィンクをすると厨房の奥に消えていった。
「マルトーさん、照れてますね。さっさと奥に行っちゃった」
そんな二人のやりとりを見て、シエスタも嬉しそうだ。
「さて、ご馳走にもなったし、何か手伝えることはないかな?」
「そんなのいいですよ!困ったときはお互い様ですから!」
シエスタは慌てて断ったがリュウもひかない。
「今までのところ、困ってるのは俺だけだ。何か力になりたい、手伝わせてくれ」
一向にひく気配のないリュウに、シエスタが折れた。
「じゃ、じゃあ、デザートを運ぶのを手伝ってもらえますか?」
デザートの乗ったカートをリュウが押し、シエスタがデザートをそれぞれ卓上に配る。
そんな作業を続けていると、フリルなどあしらったやたら派手なシャツを着た生徒の懐から落ちた小瓶がシエスタの足元に転がってきた。
「あの、落とされましたよ」
小瓶を拾い上げ、差し出すシエスタ。
が、聞こえなかったようで相手は気づいていない。
「あの、落とされましたよ」
先ほどより大きな声で再び小瓶を差し出す。
「あれ?それはモンモランシーの香水じゃないか!ギーシュ!やっぱり君はモンモランシーと付き合ってたんだ!」
落とした本人とは違う生徒がそれに気づき、囃し立てた。
「ち・・・違うよ!美しい薔薇は誰か一人のためのものではない、皆のものなんだ、だから、誰か特定の人とは・・・」
マントの色の違う少女が一人、ギーシュと呼ばれた少年に近づく。
少女に気づくとギーシュの顔から一気に血の気が引いた。
「ケ・・・ケティ!違うんだ、これは・・・」
バチンッ!
言い切る前に頬に走る衝撃。
「ひどい!やっぱり私のことは遊びだったんですね!」
目には涙が溜まっている。
「ち・・・違うんだケティ・・・」
叩かれて赤くなった頬をさすりながら取り繕おうとするギーシュを尻目に走り去る少女。
「・・・何が違うのか、説明してもらおうかしら・・・」
ギーシュが声のした方を振り向くと金髪に縦巻き髪の少女が額に青筋を浮かべながらギーシュを睨んでいた。
ギーシュの頭にシエスタから奪った小瓶の中身をぶちまける。
「モ・・・モンモランシー・・・」
香水まみれになりながらも慌てて何か言おうとするが、口を開く前に先ほどとは逆の頬に再び衝撃が走った。
「やっぱり説明してくれなくてもいいわ。私よりあの女がいいってことは分かったから」
力いっぱい頬を叩くと小瓶をギーシュに投げつけ、モンモランシーと呼ばれた少女も肩を震わせながら去っていった。
「ち・・・違うんだ・・・」
力なくうなだれるギーシュ。
嫌な予感がしたシエスタはとばっちりが来る前に退散するべく、さっさと配膳を続けようとした。
「・・・待ちたまえ・・・」
そんなシエスタをギーシュが呼び止める。
「は・・・はいっ!」
飛び上がって返事をするシエスタ。
恐怖の為に直立不動のまま震えている。
まずい!貴族を怒らせてしまった!!
後悔するがもう遅い。
「僕が気づかないフリをしたんだ。それぐらいの機転は利かしてくれても良かったんじゃないかね?」
シエスタの顔からは血の気が引き、身体は傍から見ても判るほどブルブルと震える。
「も・・・申し訳ありません!!」
必死に頭を下げて謝るシエスタ。
「おかげで君は二人のレディを傷つけてしまった・・・どうしてくれるんだね・・・」
「申し訳ありません!!」
繰り返し、必死で頭を下げる。
逆恨みも甚だしいが貴族には逆らえない。
貴族にとっては平民のシエスタなど、立場的にも実力的にも気分ひとつで殺してしまえる相手だ。
ただ、もう、ひたすら謝って機嫌を直してもらう他ない。
「君はおかしなことを言うな・・・」
完全に萎縮してしまっているシエスタとふんぞり返ってそれを見下しているギーシュの間にリュウが割って入った。
「な・・・なんだね!?君は!?」
突然の闖入者にシエスタから目を離すギーシュ。
見れば身長こそ自分と同じぐらいだが、オーク鬼のような身体をした男が目の前に立っていた。
男としての本能がどう転んでも勝てないと警鐘を鳴らす。
思わず一瞬怯んだギーシュだったが、それでもすぐに考えを改めた。
勝てないのは生身同士の場合の話だ。
見たところこいつは平民、こちらは魔法が使える。負ける要素などひとつもない。
そこまで考えると、再びふんぞり返るギーシュ。
「おかしなこととはどういうことだね?」
威圧的にリュウを睨みつける。
「君は二股をかけた。そしてそれがバレた。確かにきっかけはシエスタだったかも知れないが、バレて困るようなことをしていたのは君自身だ。君にシエスタを責める道理がどこにある?」
ギーシュの視線を正面から受け止め、静かに語るリュウ。
そうだそうだと囃し立てる周りの生徒たち。
至極当然のことを言われて言い返す言葉に詰まる。
だいたい、理不尽なことはギーシュ自身にもわかっていた。ただ、たまたま関わってしまったメイドに八つ当たりしようとしたに過ぎない。
それに少々痛めつけたところで所詮平民だ。それで自分の気が晴れるならいいじゃないか。
そもそも、なんで平民風情にこんなことを言われなければならないのだ。
徐々に怒りのボルテージが上がるギーシュ。
そこで彼は気づいた。
こいつ、昨日の儀式でゼロのルイズに召還されたヤツじゃないか。
いちいち平民の顔など覚えてはいないが、こんな体格のヤツがそうそういるはずがない。
相手を馬鹿にした笑みを浮かべる。
「・・・そう言えば君は・・・昨日の儀式でゼロのルイズに召還された物乞いじゃないか。
あまりにみすぼらしいので覚えているよ。
そうかそうか、平民のクセに貴族に対する礼儀がなってないと思ったが、ゼロのルイズの使い魔か・・・
流石は”落ちこぼれ”のゼロ!使い魔の躾ひとつできないとはね!」
リュウは無表情のまま、まくし立てているギーシュを静かに見つめ続ける。
「君をこの場で処分してあげてもいいんだけど、一応は貴族の使い魔だ。土下座して許しを請うというのなら、考えなくもないよ」
周りに聞こえるように、ことさら大きな声で告げるギーシュ。
「躾がなっていないのは君の方だし、謝らなければならないのも君の方だ。そんなことでは貴族だなんだという前に、人としての程度が知れるぞ」
予想外の反撃にギーシュの顔が真っ赤に染まる。
もう許さん。この馬鹿は一度痛い目にあわなければ解らないらしい。
「申し訳ありません!!私ならどんな罰でも受けます!リュウさんは関係ないんです!!」
必死で取り繕うシエスタを完全に無視するギーシュ。
「わかった・・・そこまで言うなら、決闘だ。それでどちらが正しいかを決めようじゃないか」
決闘という言葉を聞いて更に蒼白になるシエスタ。
「リュウさん!謝ってください!今ならまだ間に合うかも知れません!!」
リュウに謝るよう、必死に懇願する。無表情にギーシュを見つめていたリュウは温かい視線をシエスタに向けると、笑顔で答えた。
「心配してくれて有難う。でも、大丈夫だ。安心してくれ」
そしてギーシュに向けて言い放つ。
「物事の正しい、正しくないを決闘で決めるというのは愚者の極みだとは思うが、それで君が納得するというなら仕方ない。相手になろう」
「どこまでも腹が立つヤツだな!今更謝っても遅いからな!ヴェストリの広場だ!広場を血で染めてやる!!逃げるなよ!!」
吐き捨てるように叫ぶと、怒りに肩を震わせながらギーシュは食堂から出て行った。
決闘と聞き、一気に盛り上がる野次馬たち。
甘やかされて育ってきた貴族の子供たちにとって、こんな面白そうなイベントなど滅多にない。
皆、我先にとヴェストリの広場に向かって食堂を出て行く。
食堂の端の方で何やら騒ぎが起こっていたようだが、今のルイズにはどうでもいいことだった。
とにかく何とかしてリュウを探し出し、謝って仲直りしなければ。
でも、なんて謝ればいいのだろう。
どんどん沈んでいくルイズだったが、何気なく人がまばらになってきた騒ぎの方にふと目を向けた。
なんと、そこにリュウがいるではないか。
「え!?なんでリュウがここにいるの!?」
よくわからないが、そんなことは今はどうでもいい、きっとブリミルの思し召しなのだろう。
とにかく、行って謝らないと!
急いで席を立つとリュウの元に走る。
「リュウ!!」
泣き出しそうな顔でリュウに駆け寄るルイズ。
「ルイズか、いいところに来てくれた。ヴェストリの広場の場所を教えて欲しいんだが。シエスタに聞いても教えてくれないんだ」
突然の質問に目が点になるルイズ。
リュウは最初、シエスタにヴェストリの広場の場所を聞こうとしたのだが
「殺されてしまいます。行ってはいけません」
の一点張りで一向に教えてくれない。
そこに丁度ルイズが現れたのだ。
ルイズは謝ろうとしてリュウの元に来たはいいが、突然のことにワケがわからない。
何故にヴェストリの広場??
「えと・・・話が見えないんだけど・・・ヴェストリの広場に何の用があるの??」
「ちょっとな」
理由については答えないリュウ。益々ワケがわからない。
目を白黒させているルイズにシエスタがすがりつく。
「リュウさんを止めてください!!リュウさんが・・・リュウさんが殺されちゃう!!」
泣き喚きながらルイズの肩を揺さぶるシエスタ。
意外な腕力を発揮するメイドにルイズの身体ががっくんがっくん揺さぶられる。
「ちょちょちょ!!?ととととりあえずずずず落ち着きなさいいいいい!!もげる!!肩がもげる!!!」
半ば失神しかけているルイズに気づき、ようやく開放したシエスタは、事の顛末を説明した。
ことの重大さを理解するにつれて、ルイズの顔色も徐々に変わる。
「ちょっとバカリュウ!!!何考えてるのよ!!!」
謝る云々どころの騒ぎではない、このままでは本当に殺されてしまうかもしれない。
慌ててリュウを探して首をめぐらす。
「あの平民ならもう広場に行ったよ」
親切な野次馬が教えてくれた。
どうやら、広場の場所を野次馬に教えてもらってさっさと行ってしまったらしい。
「あああ!!もうっ!!」
ヴェストリの広場目指して駆け出すルイズとシエスタ・・・
だったが、スカートを両手で摘みあげて走るシエスタはあっという間にルイズの視界から消えた。
・・・何あのメイド、どんな脚してるのよ・・・
「逃げずによく来たね。その勇気だけは褒めてあげよう」
やたらと芝居がかった口調と仕草でリュウに・・・というよりは野次馬たちに向けて言い放つギーシュ。
「僕に弱い者をいたぶる趣味はない。最後の忠告だ。泣いて土下座するなら今なら許してやらないでもないが、どうする?」
大見得をきりながら声高に言うギーシュ。
「お前はおしゃべりをしに来たのか?」
それを冷たくあしらうリュウ。
ギーシュの額に青筋が浮かぶ。
「いいだろう・・・後悔するがいい!!」
叫ぶと同時にギーシュは自分の杖である薔薇の造花を振る。
造花から1枚の花びらが落ち、地面に辿り着くと花びらは等身大の鎧を纏った女性の像となった。
「僕の二つ名は『青銅のギーシュ』。土のメイジ。
メイジはメイジらしく、魔法で戦うものだ。よってこの青銅のゴーレム・・・
僕は優雅にワルキューレと名づけているんだけどね、このワルキューレがお相手するよ。よもや卑怯とは言うまいね?」
ギーシュの顔に残虐な笑みが浮かぶ。
忽然と現れた青銅の像に「ほう」と感嘆の声を漏らすと、腰を落として身構えるリュウ。
「魔法とは随分と便利なものだな。別に構わんさ、本気でかかってくるといい」
ギーシュは自分のワルキューレを見た生意気な平民が顔面蒼白になる無様な姿を楽しみにしていた。
が、ワルキューレを見ても片眉を多少上げるだけで、余裕さえ感じさせるリュウにギーシュのイライラは更に募る。
もっと驚いたらどうだね!?思わず口から出そうになるが、そんなことを言えば負けを認めてしまうことになるので慌てて言葉を飲み込む。
だが、リュウにしてみてもギーシュは未知の相手だ。別に余裕でいるわけではない。
ただ、歴戦の勇士であるリュウにとって、特に戦いの場においてはあらゆる事象に対して常に冷静にしていなければならないという経験と本能が、第三者に対して余裕ある態度に見えているだけに過ぎない。
そして、恐ろしいスピードで対戦相手を分析していく。
・・・若いな・・・戦いの状況下で感情が完全に表に浮き出てしまっている。
それに実戦経験もほとんどないらしい。
視線がせわしなく動いているし、呼吸も荒い。
だいたい、相手の力量も解らないのに自分の手の内を最初から宣言するなど自殺行為だ・・・
そこまで考えてから、改めて気を引き締める。
ただし、だからと言って弱いかどうかとは別問題だ。
元々のポテンシャルが高ければ経験の差など埋めてしまうかもしれないし、魔法とやらがどのようなものかもまだ解らない。
相手が格闘家なら身体つきや筋肉のつき方、視線や微妙な筋肉の動きの変化である程度の予測はつくが、今回はそれが役に立つとも思えない。
とにかく、慎重にかかるしかないな・・・
と、丁度そこにようやくルイズとシエスタが追いついた。
「ちょっとリュウ!!何してるのよ!早く謝りなさい!今ならギーシュも許してくれるかもしれないわ!!」
必死に叫ぶルイズ。
「ゼロのルイズ、残念だが、それはない。彼は僕の怒りを買ってしまった。最早、泣こうが土下座しようが、許すつもりはないよ。」
「ギーシュもギーシュよ!だいたい、貴族同士の決闘は禁止されてるじゃない!!」
キッと視線をギーシュに向け、非難の声をあげる。ゼロと呼ばれたことにも腹がたつが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「禁止されているのは貴族同士の場合だろう?彼は平民だ。なんら問題はない」
「それは・・・それは今までそんな馬鹿げたことがなかったからでしょう!ドットとはいえ、メイジのアンタに平民のリュウが勝てるわけないじゃない!!」
目に涙を滲ませながら尚も食い下がるルイズ。
「最初に口を挟んできたのは、そのリュウとかいうみすぼらしい物乞いだ。だいたい、僕に文句を言う前に、使い魔の躾ひとつできない無能な自分を責めるべきではないのかね」
無慈悲に告げるギーシュ。
必死に言葉を続けようとするルイズにリュウが声をかける。
「大丈夫だ、ルイズ。」
「でも・・・ホントに殺されちゃうのよ!アンタわかってないのよ!平民では貴族には絶対に勝てないの!!」
リュウは、最早溢れ落ちる涙を拭きもせずに必死で決闘を止めようとするルイズをじっと見つめた。
あの無駄にプライドの高いルイズが自分自身への中傷の言葉には反論すらせず、
ただひたすら決闘を回避させようとしている。
どうやらルイズは俺を本気で心配してくれているようだ。
流石に床で飯を食えと言われたときはどうかと思ったが、やはり根は優しい子なのだろう。
ならば俺も応えてやらねばならない。
暖かで優しい笑みをルイズに向ける。
「ルイズ、君はもう少し自分の使い魔を信じた方がいい。それに、自分で言っただろう?使い魔は主人を守るものだと」
リュウの言葉にきょとんとするルイズ。
リュウは何を言っているのだろう?
危機に陥っているのは私じゃなくて、リュウの方ではないか。
「詳しいことは解らないが、彼が君を馬鹿にしていることは解る。とりあえず、彼には君に謝ってもらうさ」
そう告げると改めてワルキューレに向かって構えた。
リュウはルイズの”誇り”を守ると言ったのだ。
そう理解したとき、ルイズの顔が熱くなった。
「ふん。いくらでも謝ってやるさ。まあ、僕に勝てればの話だけどね」
再び残虐な笑みを浮かべるギーシュ。
リュウの周りの空気が一気に張り詰める。
「俺は・・・俺より強いヤツに会いにきた」
#navi(ゼロと波動)
#navi(ゼロと波動)
#setpagename( ゼロと波動 第3話 )
ルイズが激しい後悔の念に苛まれている頃、リュウは中庭を歩いていた。
「ああ言ったはいいが、何を捕まえればいいのか判らんな・・・」
最初、野草やキノコは猛毒を持っている種類もあるだろうが、哺乳類なら見知らぬ種類でも大丈夫だろうと思っていた。
が、よく考えたらここは地球ではない。
哺乳類だからといって、必ずしも食べて大丈夫とは限らないのだ。
もしかしたら猛毒を持った哺乳類がいるかもしれない。
知識のない自分が知らずに食べてしまえば一撃でアウトだ。
「さて、困ったな・・・」
腕を組みつつ中庭をうろうろしていると、後ろから声をかけられた。
「リュウさん、何してるんですか?」
見ればシエスタが乾いた洗濯物を持って後ろに立っていた。
「食うものをどうしようかと思ってね。この土地の知識がないから、何を食えばいいのかわからなくて困ってる。
この辺りに食べることのできない動物なんてのはいるのかい?」
「う~ん・・・毒をもった動物とかってあまり聞いたことないですけど、どうなんでしょう・・・?
少なくともこの辺りにはいないと思いますよ」
首をかしげてしばし考えるシエスタ。
「それよりも、食事でしたらこちらにいらしてください。私たちの賄い用の食事でも良ければお出しできますよ」
「そうか、すまない、お願いできるかな」
「はい!」
満面の笑みで答えると、シエスタはリュウを厨房に連れて行った。
「それにしても・・・ガタイも見事だが、食いっぷりも見事だね・・・」
厨房を預かる料理長であるマルトーが舌を巻いた。
「よく身体を動かすからね。食わんことには始まらん。それにしても美味かったよ。こんなに美味い飯は久しぶりだ」
数人分はあろうかという食事をあっさりと平らげると、満足して頷くリュウ。
「ははは!お前さん、気持ちいいヤツだな!気に入ったよ。好きなときに来てくれ。賄いでよければいつでも、好きなだけ食わしてやる!」
マルトーは豪快な笑顔で不器用なウィンクをすると厨房の奥に消えていった。
「マルトーさん、照れてますね。さっさと奥に行っちゃった」
そんな二人のやりとりを見て、シエスタも嬉しそうだ。
「さて、ご馳走にもなったし、何か手伝えることはないかな?」
「そんなのいいですよ!困ったときはお互い様ですから!」
シエスタは慌てて断ったがリュウもひかない。
「今までのところ、困ってるのは俺だけだ。何か力になりたい、手伝わせてくれ」
一向にひく気配のないリュウに、シエスタが折れた。
「じゃ、じゃあ、デザートを運ぶのを手伝ってもらえますか?」
デザートの乗ったカートをリュウが押し、シエスタがデザートをそれぞれ卓上に配る。
そんな作業を続けていると、フリルなどあしらったやたら派手なシャツを着た生徒の懐から落ちた小瓶がシエスタの足元に転がってきた。
「あの、落とされましたよ」
小瓶を拾い上げ、差し出すシエスタ。
が、聞こえなかったようで相手は気づいていない。
「あの、落とされましたよ」
先ほどより大きな声で再び小瓶を差し出す。
「あれ?それはモンモランシーの香水じゃないか!ギーシュ!やっぱり君はモンモランシーと付き合ってたんだ!」
落とした本人とは違う生徒がそれに気づき、囃し立てた。
「ち・・・違うよ!美しい薔薇は誰か一人のためのものではない、皆のものなんだ、だから、誰か特定の人とは・・・」
マントの色の違う少女が一人、ギーシュと呼ばれた少年に近づく。
少女に気づくとギーシュの顔から一気に血の気が引いた。
「ケ・・・ケティ!違うんだ、これは・・・」
バチンッ!
言い切る前に頬に走る衝撃。
「ひどい!やっぱり私のことは遊びだったんですね!」
目には涙が溜まっている。
「ち・・・違うんだケティ・・・」
叩かれて赤くなった頬をさすりながら取り繕おうとするギーシュを尻目に走り去る少女。
「・・・何が違うのか、説明してもらおうかしら・・・」
ギーシュが声のした方を振り向くと金髪に縦巻き髪の少女が額に青筋を浮かべながらギーシュを睨んでいた。
ギーシュの頭にシエスタから奪った小瓶の中身をぶちまける。
「モ・・・モンモランシー・・・」
香水まみれになりながらも慌てて何か言おうとするが、口を開く前に先ほどとは逆の頬に再び衝撃が走った。
「やっぱり説明してくれなくてもいいわ。私よりあの女がいいってことは分かったから」
力いっぱい頬を叩くと小瓶をギーシュに投げつけ、モンモランシーと呼ばれた少女も肩を震わせながら去っていった。
「ち・・・違うんだ・・・」
力なくうなだれるギーシュ。
嫌な予感がしたシエスタはとばっちりが来る前に退散するべく、さっさと配膳を続けようとした。
「・・・待ちたまえ・・・」
そんなシエスタをギーシュが呼び止める。
「は・・・はいっ!」
飛び上がって返事をするシエスタ。
恐怖の為に直立不動のまま震えている。
まずい!貴族を怒らせてしまった!!
後悔するがもう遅い。
「僕が気づかないフリをしたんだ。それぐらいの機転は利かしてくれても良かったんじゃないかね?」
シエスタの顔からは血の気が引き、身体は傍から見ても判るほどブルブルと震える。
「も・・・申し訳ありません!!」
必死に頭を下げて謝るシエスタ。
「おかげで君は二人のレディを傷つけてしまった・・・どうしてくれるんだね・・・」
「申し訳ありません!!」
繰り返し、必死で頭を下げる。
逆恨みも甚だしいが貴族には逆らえない。
貴族にとっては平民のシエスタなど、立場的にも実力的にも気分ひとつで殺してしまえる相手だ。
ただ、もう、ひたすら謝って機嫌を直してもらう他ない。
「君はおかしなことを言うな・・・」
完全に萎縮してしまっているシエスタとふんぞり返ってそれを見下しているギーシュの間にリュウが割って入った。
「な・・・なんだね!?君は!?」
突然の闖入者にシエスタから目を離すギーシュ。
見れば身長こそ自分と同じぐらいだが、オーク鬼のような身体をした男が目の前に立っていた。
男としての本能がどう転んでも勝てないと警鐘を鳴らす。
思わず一瞬怯んだギーシュだったが、それでもすぐに考えを改めた。
勝てないのは生身同士の場合の話だ。
見たところこいつは平民、こちらは魔法が使える。負ける要素などひとつもない。
そこまで考えると、再びふんぞり返るギーシュ。
「おかしなこととはどういうことだね?」
威圧的にリュウを睨みつける。
「君は二股をかけた。そしてそれがバレた。確かにきっかけはシエスタだったかも知れないが、バレて困るようなことをしていたのは君自身だ。君にシエスタを責める道理がどこにある?」
ギーシュの視線を正面から受け止め、静かに語るリュウ。
そうだそうだと囃し立てる周りの生徒たち。
至極当然のことを言われて言い返す言葉に詰まる。
だいたい、理不尽なことはギーシュ自身にもわかっていた。ただ、たまたま関わってしまったメイドに八つ当たりしようとしたに過ぎない。
それに少々痛めつけたところで所詮平民だ。それで自分の気が晴れるならいいじゃないか。
そもそも、なんで平民風情にこんなことを言われなければならないのだ。
徐々に怒りのボルテージが上がるギーシュ。
そこで彼は気づいた。
こいつ、昨日の儀式でゼロのルイズに召還されたヤツじゃないか。
いちいち平民の顔など覚えてはいないが、こんな体格のヤツがそうそういるはずがない。
相手を馬鹿にした笑みを浮かべる。
「・・・そう言えば君は・・・昨日の儀式でゼロのルイズに召還された物乞いじゃないか。
あまりにみすぼらしいので覚えているよ。
そうかそうか、平民のクセに貴族に対する礼儀がなってないと思ったが、ゼロのルイズの使い魔か・・・
流石は”落ちこぼれ”のゼロ!使い魔の躾ひとつできないとはね!」
リュウは無表情のまま、まくし立てているギーシュを静かに見つめ続ける。
「君をこの場で処分してあげてもいいんだけど、一応は貴族の使い魔だ。土下座して許しを請うというのなら、考えなくもないよ」
周りに聞こえるように、ことさら大きな声で告げるギーシュ。
「躾がなっていないのは君の方だし、謝らなければならないのも君の方だ。そんなことでは貴族だなんだという前に、人としての程度が知れるぞ」
予想外の反撃にギーシュの顔が真っ赤に染まる。
もう許さん。この馬鹿は一度痛い目にあわなければ解らないらしい。
「申し訳ありません!!私ならどんな罰でも受けます!リュウさんは関係ないんです!!」
必死で取り繕うシエスタを完全に無視するギーシュ。
「わかった・・・そこまで言うなら、決闘だ。それでどちらが正しいかを決めようじゃないか」
決闘という言葉を聞いて更に蒼白になるシエスタ。
「リュウさん!謝ってください!今ならまだ間に合うかも知れません!!」
リュウに謝るよう、必死に懇願する。無表情にギーシュを見つめていたリュウは温かい視線をシエスタに向けると、笑顔で答えた。
「心配してくれて有難う。でも、大丈夫だ。安心してくれ」
そしてギーシュに向けて言い放つ。
「物事の正しい、正しくないを決闘で決めるというのは愚者の極みだとは思うが、それで君が納得するというなら仕方ない。相手になろう」
「どこまでも腹が立つヤツだな!今更謝っても遅いからな!ヴェストリの広場だ!広場を血で染めてやる!!逃げるなよ!!」
吐き捨てるように叫ぶと、怒りに肩を震わせながらギーシュは食堂から出て行った。
決闘と聞き、一気に盛り上がる野次馬たち。
甘やかされて育ってきた貴族の子供たちにとって、こんな面白そうなイベントなど滅多にない。
皆、我先にとヴェストリの広場に向かって食堂を出て行く。
食堂の端の方で何やら騒ぎが起こっていたようだが、今のルイズにはどうでもいいことだった。
とにかく何とかしてリュウを探し出し、謝って仲直りしなければ。
でも、なんて謝ればいいのだろう。
どんどん沈んでいくルイズだったが、何気なく人がまばらになってきた騒ぎの方にふと目を向けた。
なんと、そこにリュウがいるではないか。
「え!?なんでリュウがここにいるの!?」
よくわからないが、そんなことは今はどうでもいい、きっとブリミルの思し召しなのだろう。
とにかく、行って謝らないと!
急いで席を立つとリュウの元に走る。
「リュウ!!」
泣き出しそうな顔でリュウに駆け寄るルイズ。
「ルイズか、いいところに来てくれた。ヴェストリの広場の場所を教えて欲しいんだが。シエスタに聞いても教えてくれないんだ」
突然の質問に目が点になるルイズ。
リュウは最初、シエスタにヴェストリの広場の場所を聞こうとしたのだが
「殺されてしまいます。行ってはいけません」
の一点張りで一向に教えてくれない。
そこに丁度ルイズが現れたのだ。
ルイズは謝ろうとしてリュウの元に来たはいいが、突然のことにワケがわからない。
何故にヴェストリの広場??
「えと・・・話が見えないんだけど・・・ヴェストリの広場に何の用があるの??」
「ちょっとな」
理由については答えないリュウ。益々ワケがわからない。
目を白黒させているルイズにシエスタがすがりつく。
「リュウさんを止めてください!!リュウさんが・・・リュウさんが殺されちゃう!!」
泣き喚きながらルイズの肩を揺さぶるシエスタ。
意外な腕力を発揮するメイドにルイズの身体ががっくんがっくん揺さぶられる。
「ちょちょちょ!!?ととととりあえずずずず落ち着きなさいいいいい!!もげる!!肩がもげる!!!」
半ば失神しかけているルイズに気づき、ようやく開放したシエスタは、事の顛末を説明した。
ことの重大さを理解するにつれて、ルイズの顔色も徐々に変わる。
「ちょっとバカリュウ!!!何考えてるのよ!!!」
謝る云々どころの騒ぎではない、このままでは本当に殺されてしまうかもしれない。
慌ててリュウを探して首をめぐらす。
「あの平民ならもう広場に行ったよ」
親切な野次馬が教えてくれた。
どうやら、広場の場所を野次馬に教えてもらってさっさと行ってしまったらしい。
「あああ!!もうっ!!」
ヴェストリの広場目指して駆け出すルイズとシエスタ・・・
だったが、スカートを両手で摘みあげて走るシエスタはあっという間にルイズの視界から消えた。
・・・何あのメイド、どんな脚してるのよ・・・
「逃げずによく来たね。その勇気だけは褒めてあげよう」
やたらと芝居がかった口調と仕草でリュウに・・・というよりは野次馬たちに向けて言い放つギーシュ。
「僕に弱い者をいたぶる趣味はない。最後の忠告だ。泣いて土下座するなら今なら許してやらないでもないが、どうする?」
大見得をきりながら声高に言うギーシュ。
「お前はおしゃべりをしに来たのか?」
それを冷たくあしらうリュウ。
ギーシュの額に青筋が浮かぶ。
「いいだろう・・・後悔するがいい!!」
叫ぶと同時にギーシュは自分の杖である薔薇の造花を振る。
造花から1枚の花びらが落ち、地面に辿り着くと花びらは等身大の鎧を纏った女性の像となった。
「僕の二つ名は『青銅のギーシュ』。土のメイジ。
メイジはメイジらしく、魔法で戦うものだ。よってこの青銅のゴーレム・・・
僕は優雅にワルキューレと名づけているんだけどね、このワルキューレがお相手するよ。よもや卑怯とは言うまいね?」
ギーシュの顔に残虐な笑みが浮かぶ。
忽然と現れた青銅の像に「ほう」と感嘆の声を漏らすと、腰を落として身構えるリュウ。
「魔法とは随分と便利なものだな。別に構わんさ、本気でかかってくるといい」
ギーシュは自分のワルキューレを見た生意気な平民が顔面蒼白になる無様な姿を楽しみにしていた。
が、ワルキューレを見ても片眉を多少上げるだけで、余裕さえ感じさせるリュウにギーシュのイライラは更に募る。
もっと驚いたらどうだね!?思わず口から出そうになるが、そんなことを言えば負けを認めてしまうことになるので慌てて言葉を飲み込む。
だが、リュウにしてみてもギーシュは未知の相手だ。別に余裕でいるわけではない。
ただ、歴戦の勇士であるリュウにとって、特に戦いの場においてはあらゆる事象に対して常に冷静にしていなければならないという経験と本能が、第三者に対して余裕ある態度に見えているだけに過ぎない。
そして、恐ろしいスピードで対戦相手を分析していく。
・・・若いな・・・戦いの状況下で感情が完全に表に浮き出てしまっている。
それに実戦経験もほとんどないらしい。
視線がせわしなく動いているし、呼吸も荒い。
だいたい、相手の力量も解らないのに自分の手の内を最初から宣言するなど自殺行為だ・・・
そこまで考えてから、改めて気を引き締める。
ただし、だからと言って弱いかどうかとは別問題だ。
元々のポテンシャルが高ければ経験の差など埋めてしまうかもしれないし、魔法とやらがどのようなものかもまだ解らない。
相手が格闘家なら身体つきや筋肉のつき方、視線や微妙な筋肉の動きの変化である程度の予測はつくが、今回はそれが役に立つとも思えない。
とにかく、慎重にかかるしかないな・・・
と、丁度そこにようやくルイズとシエスタが追いついた。
「ちょっとリュウ!!何してるのよ!早く謝りなさい!今ならギーシュも許してくれるかもしれないわ!!」
必死に叫ぶルイズ。
「ゼロのルイズ、残念だが、それはない。彼は僕の怒りを買ってしまった。最早、泣こうが土下座しようが、許すつもりはないよ。」
「ギーシュもギーシュよ!だいたい、貴族同士の決闘は禁止されてるじゃない!!」
キッと視線をギーシュに向け、非難の声をあげる。ゼロと呼ばれたことにも腹がたつが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「禁止されているのは貴族同士の場合だろう?彼は平民だ。なんら問題はない」
「それは・・・それは今までそんな馬鹿げたことがなかったからでしょう!ドットとはいえ、メイジのアンタに平民のリュウが勝てるわけないじゃない!!」
目に涙を滲ませながら尚も食い下がるルイズ。
「最初に口を挟んできたのは、そのリュウとかいうみすぼらしい物乞いだ。だいたい、僕に文句を言う前に、使い魔の躾ひとつできない無能な自分を責めるべきではないのかね」
無慈悲に告げるギーシュ。
必死に言葉を続けようとするルイズにリュウが声をかける。
「大丈夫だ、ルイズ。」
「でも・・・ホントに殺されちゃうのよ!アンタわかってないのよ!平民では貴族には絶対に勝てないの!!」
リュウは、最早溢れ落ちる涙を拭きもせずに必死で決闘を止めようとするルイズをじっと見つめた。
あの無駄にプライドの高いルイズが自分自身への中傷の言葉には反論すらせず、
ただひたすら決闘を回避させようとしている。
どうやらルイズは俺を本気で心配してくれているようだ。
流石に床で飯を食えと言われたときはどうかと思ったが、やはり根は優しい子なのだろう。
ならば俺も応えてやらねばならない。
暖かで優しい笑みをルイズに向ける。
「ルイズ、君はもう少し自分の使い魔を信じた方がいい。それに、自分で言っただろう?使い魔は主人を守るものだと」
リュウの言葉にきょとんとするルイズ。
リュウは何を言っているのだろう?
危機に陥っているのは私じゃなくて、リュウの方ではないか。
「詳しいことは解らないが、彼が君を馬鹿にしていることは解る。とりあえず、彼には君に謝ってもらうさ」
そう告げると改めてワルキューレに向かって構えた。
リュウはルイズの”誇り”を守ると言ったのだ。
そう理解したとき、ルイズの顔が熱くなった。
「ふん。いくらでも謝ってやるさ。まあ、僕に勝てればの話だけどね」
再び残虐な笑みを浮かべるギーシュ。
リュウの周りの空気が一気に張り詰める。
「俺は・・・俺より強いヤツに会いにきた」
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