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「ゼロの赤ずきん-19」(2008/10/13 (月) 00:09:38) の最新版変更点
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#navi(ゼロの赤ずきん)
その夜の『金の酒樽亭』は大荒れであった。
普段から、この店を利用しているのは傭兵や、一見してならず者と思われる風体のものたちだった。
だから、下らない理由や些細なことで口論し、取っ組み合いの喧嘩に発展することは日常茶飯事で、
特に珍しいものでもなかった。ただ店側はそれに辟易ししたのか、店内での武器の使用を禁じ、
喧嘩する場合は、椅子を使うようにと、張り紙で告知した。これによって、怪我人は出るものの死人は出なくなった。
代わりとはいってはなんではあるが、喧嘩の度に壊される椅子が扉の隣に積み上げられるようになったが……。
しかし、今宵は様相がまったく異なっていた。
椅子に限らず、机までめちゃくちゃな有様になっており、
壁に打ち付けられているものや、真っ二つに割れているものまである。
加えて、床には客のために出されたであろう食事が、盛大に床にブチ撒かれていた。
それになにより奇妙なのが、いつもは荒くれ者たちによって占拠されている店内に、
その姿がまったく見えないことだった。そこには、まるで嵐が通り過ぎたような静けさがあった。
店内の真ん中で、唯一壊れてない椅子に座り、細巻を口くわえ、煙を吐いている人間がいた。
店主は店内の隅で全身をガタガタと震わせている。
そして、その店を取り囲み、中の様子を見ている集団がいた。
その集団は先ほどまで店内で飲めや騒げやと気分よく酒を飲んでいた荒くれ者たちであった。
あるものは畏怖によって光を失った眼をしている者や、興味半分で覗いている者、
そして、顔が青く腫れ上がってる者や、倒れて気絶している者や、
自分の母親の名前を叫んでいる者までいた。まるで混乱を極めた野戦病院の一角であった。
その取り巻く男たちを押しのけて、店内に入ろうとしている女がいた。
長剣を背負い、どことなく気品さを感じさせる緑髪をなびかせて歩を進めた。
それを見た傭兵と思われる男が、慌てて緑髪の女を呼び止める。
「おいおい!!よせって!あんた命が惜しくねえのか!?今店の中にゃあとんでもねぇバケモンがいるんだぞ!!
あいつ、あんなナリしてやがる癖に、俺たち全員店の外へ叩き出しやがった!悪いことは言わねえ!よしとけって」
緑髪の女は、自分を呼び止めて忠告する男の胸倉を無造作に掴んで、荒っぽくそしてイラついた口調で言った。
「そんなことはね!!私が一番よくわかってのよ!!あー嫌だ、すごく嫌よ。なんで私がこんなことしなきゃなんないのよ!?
ねえ何でよ!何でこんなこと私がやらないといけないわけよ!?」
「し、知らねえよ!」
眉間に皺を寄せた緑髪の女は、目の前の男に対する興味を捨て、胸倉をつかむ手を離した。男はその場で尻もちをついた。
再び店内に向かって歩き始めた。心臓に奇妙な痛みが走り、動悸が起こった。
明日辺りには心労で胃に穴が開いているんじゃないかと思うほど緊張している。
店を戦場に変えた張本人の前にやってきた緑髪の女は、すかさず敵意がないことを示すため手を上げた。
「ひさしぶりよね。赤ずきんのバレッタさん。ご機嫌いかが?」
店の真ん中に悠然と陣取っていたのはバレッタであった。
なぜ、『金の酒樽亭』がこのようなありさまになったか。
それは、全てバレッタが入店してから、店の中にある席まで移動する間に起きたことだった。
店に入り、席に着くまででバレッタは五回、男たちに絡まれた。
荒くれ者たちが犇めく中では、一見幼くか弱い見えるバレッタ一人だと、そうなってしまうのは仕方ないことではあったが、
絡まれるたびに相手を打ちのめしていると、自然と店にいた者全員を巻き込んでの大乱闘になったのだった。
そして当然の如く、バレッタは容赦せず全員叩き出し、今現在ひとりで店を占拠している
「凄い有様、まるで私のゴーレムが暴れまわったみたいだわ」
店内を見回しながら緑髪の女は、冗談交じりな言葉を口にしながらバレッタに歩み寄った。
しかめ面をした顔が声の主の方へ向いた。
そこにいたのは以前に学院から『破壊の杖』を盗もうとした土くれのフーケであった。
バレッタは言葉を返さない。ただフーケの顔を見つめていただけだった。
警戒心を持たれないために、気さくに、そして柔らかな口調を心がけてフーケは続けて言った。
「そんな顔しないでほしいけどね、敵にならないことは約束しただろうにさ。
意地でもその約束は守るよ。なにより私の命が惜しいしね。
でね、じゃあ何の用かっていうのは、ちょっと今日はあんたにおいしい話を持ってきたってわけ、耳を貸してくれるとうれ……」
前触れもなくフーケの体が不自然に後ろにのけ反り、言葉は途中で途切れた。
倒れることはなかったが、ぐらりと体がよろめく、フーケは自分の身に降りかかった事態が信じられなかった。
唇から生気に満ちた色が失われていく。
自分の体の異変が起きた場所に、手を当てて確認した
その触った手を顔の前に持ってきたフーケは、それを見つめながら懸命に絞り出したような、か細い声で言った。
「これ……血?わ、私……撃たれたの?……なんで!?
話があるって言ったのに、いくら相手があいつだからって、こんな……!!」
体がよろめき、膝の力抜けたフーケはその場に座り込んだ。
額に汗が浮かび、震えるフーケは、焦点が揺らぎそうになる目で、自分に危害を加えた犯人を見た。
その犯人は、何事もなかったかのように、口にくわえた細巻をくゆらせながら、片手に持っているワインの杯を見つめていた。
そしてもう片方の手には何か黒いものが握られている。そこから火薬のようなにおいがかすかに鼻腔を通り抜けた。
フーケは、自分はやはりコイツに撃たれたのだと、再認識した。
どうしようもない、これから先は地獄しか待っていないかのように思えた。
鮮血が真新しい銃創から流れ出て、衣服を赤く染める。
バレッタは、ワインが注がれている杯を細巻を指に挟んだままの手で持ちあげ、そのままグイと飲み干した。
冷たく、凄惨さをこれまでにないほどに、その顔に滲ませながらバレッタは静かな口調で言った。
「わたしらを襲った傭兵を雇った二人組の一人がテメェだろ?これってわたしとの約束破ったてことだよねぇ?
わたしとの約束を破るってことはどーゆーことか、わかんねーほど馬鹿じゃねーはずだとおもってたけどぉ」
バレッタとフーケの間に交わされた約束。
それは、『フーケが二度とバレッタの敵にならないこと』であった。
フーケは憤りを感じていた。しかし、バレッタにではない、今宵バレッタに近づくように命令した奴に対してだった。
ふ、ふざけんじゃないわよっ!傭兵たちから情報が漏れたなんて聞いてないよっ!!何が大丈夫よっ!
バレてんなら、出会いがしらに殺されてもおかしくなかった。畜生……アイツ!私に何も教えてないじゃないか!
この悪魔ともいえる赤ずきんに疑いを持たれている以上、白を切ることは不可能。
フーケは撃たれた右肩を必死に抑えた。血を止めるためでもあったが、気を落ち着かせるためでもあった。
そして、バレッタに対して取り繕う様に言った。
「し、知らなかったのよ!あんたが敵側にいたなんてっ!」
「知らなかった?何それ?もしかしてそれが言い訳になるとでも思ってんの?ねえ?」
言い方に微かな遊びも感じられない、侵してはいけない禁忌に触れてしまったような感覚に襲われる。
フーケは、こんな言い分が通じる相手ではないことはわかっていた。
絶望感がさらに増す、しかし諦めるわけにはいかない。
先ほど凶弾を放った銃口は、フーケの眉間に狙いを定めていた。
バレッタは、引き金に指をかけ、今すぐにも発砲しそうな無慈悲な表情で顔面を固めている。
「わ、私は、あんたに逃がしてもらった後、この国から出ようとしてたの……。
そのときに、とある男に捕まって、従わないと殺すって脅されたのよ。私は命令に従ってただけなの、ホントよ!
そいつにはあんたについて何も喋ってないし、何も殺す必要は……」
「……だから何?それがわたしに何の関係があるわけ?
約束を破ったことにはかわりねーし、殺さない理由にもなんねーよ、観念しな」
「ま、待っておくれよ!!今は、あんたの敵じゃない!手違いなんだよ!
証拠にあんたに仕事を持ってきたの!まずその話を聞いてちょうだい!」
にっこりと笑顔を作り、バレッタは晴れやかな口調で言った。
「じゃーねっ♪フーケおねえちゃんっ」
銃の引き金に掛けた指に力がこもる。フーケの人生の幕は閉じるかのように思われた。
しかし、思いがけないところから静止の声が轟いた。
「待て待て待て待て待ちやがれ!!!相棒!!話ぐらい聞いてやれ!」
バレッタは目を丸くして、その声の主を見た。
それは人間ではなく、フーケの背中に背負われた剣であった。
「まあ、傭兵たちの話からして、そうじゃないかとは思ってたけどぉ。フーケおねえちゃんが持って行ってたわけね
えーと、名前はなんだっけ?覚えてるけど忘れたふりしとくね?いらないから」
「デルフリンガー様だ!ひ、久しぶりに会っても、相変わらずひでぇや。買ってからすぐに森の中に埋めやがって……。
あのときのことは忘れらんねえ……こっちが泣き叫んでんのに無言で土を被せやがってたんだからな!」
「泣くってあんた剣でしょ?てゆーかなんでフーケおねえちゃんが持ってんの?」
自分を殺すことから話がずれたため、フーケは内心喜んでいた。しかし依然として気が抜けないのは変わらない。
「よく言うよ……私が、あんたの持ち物全部に『固定化』の呪文をかけた後、
あんたの言う通りのルートで学院から出ていく途中、何か踏んで、足あげたとたんいきなり地面が爆発したんだよ。
……そのときの爆発と一緒に出てきたのがコイツってことさ」
フーケに『固定化』をかけさせたのは、『二度と敵にならない』とは別に結ばれた、オマケの方の約束であった。
バレッタは忘れていたことを思い出すかのような素振りをしながら言った。
「あぁー……そういえば、地雷と一緒に埋めたんだっけ?ビックリする程度の威力だったから大丈夫だったでしょ?」
元々はルイズに嫌がらせするために仕掛けたものであった。
バレッタは確かに埋めた方向に行くように指示はしたが、まさか本当に引っかかってるとは思っていなかった。
「冗談じゃないよ、緊張が解けた直後だったからね、廃人になるんじゃないかってぐらい吃驚したわよ……。
それで、放心状態の私を懸命に励ましてくれたのが、このデルフってわけ、同じ被害者仲間として話が合うし、
剣だから愚痴るにはもってこいで重宝してるよ。他にも朝起こしてくれるし、盗聴なんかにも使えるし、なかなか……」
「ただ単に置き捨てられんのが嫌だったから、取り入ろうとしただけだろーに、、
剣に入れ込んでどーすんのよ。そんなんじゃあ行き遅れるよっ?」
「なんですって!?くっ……アイタタタ」
フーケは撃ち抜かれた肩を押さえて蹲った。
「相棒代理、無理すんな。思うより傷は浅くねえ、まずは止血したほうがいいぜ」
「デルフ……今は、その優しさが心に染みるわ……ありがとう」
奇妙なものを見せられて、興を殺がれたバレッタは、
手をあてた首をコキコキと鳴らしながら、めんどくさそうに言った。
「……まあ、いいわよっ。殺す前に、話ぐらい聞いてあげるわよ。で?何よ仕事って?」
苦悶の表情を浮かべ、自分で引き裂いたマントで止血したフーケは、
ゆっくりと深呼吸を一度して平静を保ち、話し始めた。
「ちょいとしたことさ、もちろんそれ相応の金銭は払うよ、依頼内容言う前でなんだけど、前金渡しとくよ」
そう言うと、腰に下げていた袋をバレッタに手渡す。
依頼内容を話す前に金を渡すことで、少しでもバレッタの機嫌を良くする狙いでもあった。殺されたら話にならない。
バレッタは袋の中身をあらためた。すると、さっきまでの仏頂面とは打って変わって光り輝くような笑顔に変化した。
袋の中は金貨で満たされていた。
「イヤーンっ♪新金貨じゃなくて、エキュー金貨じゃないっ♪太っ腹ねえ」
バレッタは、実にうれしそうに言うと、そそくさと先ほど蹴り飛ばした机を椅子の前に持ってきて、
その上に金貨を積み始めた。いくらあるか数えているようであった。
先ほどまでの殺気に満ち溢れた少女の面影はもはや欠片もない。
ニコニコしながらバレッタは言った。
「金貨もいいけどー、やっぱり紙のお金を数えたくなるわねぇー、あぁ゛ー……あの感覚が懐かしいわっ」
紙幣を数えるような手つきをしていた。
フーケは、唖然としていた。守銭奴とは思っていたが、これほど態度が変わってしまうとは予想していなかった。
困惑した、というよりも若干バレッタの振る舞いに引いたような顔をしたフーケは言った。
「……なんか知らないけどさ、とにかくあんたへ頼む仕事の内容を話すよ」
数え終わった金貨を袋に戻しているバレッタは聞いただけで上機嫌とわかる口調で言った。
「んっ。なーにかなっ?今のわたし機嫌がいいから言ってみてよっ♪」
フーケは深呼吸した。
これにの仕事に関して言えば、フーケは何も関係していない。
ただ、バレッタに取り次いでくるように命令されただけであった。
であるからして今回のことは貧乏くじを引いたとしか言えない。
とにかくはやくこの場から離れたかった。それにはさっさと済ますしかなかった。
フーケは、言うように言われていた仕事の内容を話した。
「詳しいところは教えられてないけど、あんた、今、アルビオンにむけて旅してるんでしょ?
依頼内容はこうよ。『あんたと一緒に旅をしている連中を全員殺すこと』っていうものだよ。どうする?受けるかい?」
「うんっ。受けるよっ♪」
「ああ、そうだね。いくらあんただって、こんな馬鹿げた依頼、受けるわけないよね。そこで話なんだけど……え?
えええええ!?受けるのかい!?誰がいるかは知らないけどさ、仲間じゃないのかい?」
「全員ってルイズおねぇちゃんに、ワルドさま、キュルケおねえちゃんにタバサちゃん、あとギーシュでしょ?
殺すのになんの問題があるの?こんだけ貰っとけばあと二、三人増えてもいいわよ、他はいないの?」
「……ッ!」
平然と言ってのけたバレッタに対して、驚きを隠せないフーケは固まっていた。デルフリンガーも驚いている。
「おでれーた……自分の主人の娘っ子がいるのにおかまいなしかよ」
「だってー、アルビオンまで行くのめんどくさいんだものっ、
こんなにお金貰えるなら行く必要ないって感じっ?」
「呆れた……それに同情するよ。ヴァリエールの嬢ちゃんには……」
「そんなこと言っていいのかな?わたしがその依頼受けなかったら、フーケおねぇちゃんを尋問して殺すところよ」
「あっ!!っ……チクショウ、なんでここに来る前にそのことに頭が回らなかったんだろうね。くそ……あの男!
わかった、わかったわよ。何も文句はないよ、勝手に依頼を遂行しておくれよ、
あと、依頼受けるなら私は敵じゃないでしょ?殺すのは勘弁してよ」
「別にいいよっ♪」
フーケは胸をなでおろした。
デルフリンガーの、よかったな相棒代理、と言う声が聞こえる。
とりあえず殺される危険性は無くなったように思えた。
「ふう、じゃあ私は帰ろうかしら、肩の治療もしなきゃならないし」
「まぁ、ちょっと待ってよっ、今からルイズおねぇちゃんを、ぱぱっと殺っちゃうからっ、こ・こ・でっ♪」
「は?」
バレッタは懐から何か取り出し手に持った。
それは何かの道具のように思われたが、フーケには見当もつかない。
「ところで、わたしが持ってる武器ってどう思う?フーケおねぇちゃん」
バレッタの真意はわからないが、そのことに関しては、フーケも疑問を抱いていたことだった。
「……さっき私を撃った変な銃が異常ってのはわかるよ、
火皿もなければ、火打石もない、それに銃口から火薬と玉を詰めるわけでもない。
撃った後に装填作業なしでこっちを狙ってたってことは、そのまま、また撃てるってことだろ。それに小さすぎるわ。
マジックアイテムでもないし、明らかにここの技術を超えてる……それに、材質が私が盗んだ『破壊の杖』に似てるわね」
「うん、ゆーしゅーね。その通りよ、『破壊の杖』もこの銃も、ここではオーバーテクノロジー。
あんたたちには想像も及ばない、『技術』の塊ってわけ。それをわたしは色々持ってる。オッケー?」
「まあそうね。あんたの持ち物に固定化をかけたときから思ってたんだけど、あれは、ハルケギニアのもんじゃないよね?
あの、踏んだら爆発するやつといい、あんたどこから来たんだい?もしかして東方からかい?」
「そんなことはどーでもいいのよ。わたしがフーケおねぇちゃんにわかっていてほしいことはただ一つ。
わたしが、この道具で不思議なことを起こせるってこと」
バレッタが見せびらかすようにして手にした道具をぷらぷらと揺らす。
その道具には赤く小さなでっぱりのようなものが頭についていた。
「へぇー、こっちに被害がおよぶことじゃなきゃいいんだけど、それはなんなんだい?」
ニッコリと笑顔つくってバレッタは言った。
「遠隔起爆スイッチ。つまり、仕掛けた爆弾を爆発させたいときにこれの使えば、
いつでもどこでも遠く離れていても好きな時に爆発させることができるっていう代物っ」
「そ、そんなことできるのかい?導火線が付いてるようには思えないんだけど……」
「できんのよ、あんた地雷に引っかかっといて導火線なんてよく言うわねぇ。
それに爆弾の方はもう既に仕掛けてあるわっ、こんなこともあろーかと、
ここに来る前に、ルイズおねぇちゃんを縛りあげて秘密の場所に放置したとときに、
ついでに爆弾を括りつけておいたのっ♪やっぱり策は何個も用意しておくものよねっ」
「……つまり、その起爆スイッチとやらを使えば、ヴァリエールのお嬢ちゃんは木端微塵ってことかい。
準備がよすぎるというか、えげつなすぎるというか……」
「じゃあ、やめる?お金は返さないわよ?」
「いや、私はべつにいいわよ。確かにかわいそうとは思うけどさ、私は単なる仲介役だし」
「ま、さっさと済ませようかしら、起爆したらルイズおねぇちゃんは間違いなく死ぬから、残りは寝込みでも襲おうっと」
僅かな迷いすらない態度のバレッタは意気揚々と言ってのけた。
「じゃーねっ♪ルイズおねぇちゃんっ、明日には名前忘れてるかもしれないけどっ♪バイバーイっ、どっかーん!」
親指に力を込め、スイッチを押そうとした。
しかし、間一髪でそれは止められた。
白い仮面を被った男が早足で、店内に入ってきて怒鳴った。
「やめろ!私は依頼主だ!契約を取り消す!今すぐそれから手を放せっ!!」
いきなり怒鳴りこんできた白仮面の男を見て、フーケは驚きを隠せないでいる。
だが、もっと驚くはずのバレッタはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「なんなのさっ!これってどういうことだい!?あんたが殺すように言ってこいって命令したんじゃないの!」
白い仮面の男に対して、フーケは疑問をぶつけた。
「貴様は黙ってろ。マチルダ」
「ッ……その名で呼ぶなって言ったはずだよ……!」
フーケの本当の名前は、マチルダ・オブ・サウスゴータといった。
それはかつて捨てることを強いられた貴族の名であった。フーケは苛立ちを隠すことができずに顔が歪んだ。
フーケと白い仮面の男の間には険悪な雰囲気がたちこめていた。
それを、まるで仲立ちするかのようにバレッタが話し始めた。
「まーまー落ち着きなさいよ、しょーがなかったのよ、このアルビオン貴族派のおじちゃんは、
わたしを殺す計画を立ててたのに、ルイズおねぇちゃんが殺されそうになったもんだから、止めざるをえなかったのよっ
まあ、魔法で止めようとしなかっただけ、賢いって言えるけどっ」
フーケと仮面の男は、そろってバレッタに顔を向けた。
「……!」
「あんたを殺す計画……?」
「正確にはわたしがそうするように仕向けた計画だけどっ」
「どういうことだい?話がまったく見えてこないんだけど……」
「そこの仮面のおじちゃんはねっ。自分が疑われてるかもしれないと感じ取って、
わたしの真意を探るためにあんたを差し向けたのよっ
まあ、どう転がっても殺すつもりだったみたいだけどぉ?怒らせたかいがあったわ、怒りは思考を短絡的にしちゃうもの」
「こいつが誰か知ってるみたいな口ぶりだね……」
「そりゃーもうよく知ってるわよっ」
ニヤついた表情をしたバレッタは、白い仮面の男に向きなおって、指をさして言う。
「今更いいわけしても無駄だからね?ワルドさま?」
「……」
白い仮面の男は、バレッタの指摘に無言で答えた。
バレッタが溜息をついて。白い仮面の男にではなくフーケに向かって言う。
「こいつさぁ、今さっき言った仲間の内にいるやつでさぁ、
疑われないように、殺しのターゲットに自分も含めてたのよ。
つーまーり、ルイズおねぇちゃんに襲いかかるわたしを、返り討ちにして殺すつもりだったってわけ。
よほどの自信家よねー。わたしを殺せること前提で計画立ててるんだもの。
でも、まあ、婚約者にいいとこ見せられるし、邪魔者も消せる。
加えて、使い魔に裏切られたルイズおねぇちゃんの心の隙間に入り込むことができる。まさに一石三鳥ねっ。
まあ、それもわたしの思わぬ殺し方せいで、自分が姿を曝して止めざるをえなくなったわけだけど。これってダサくない?」
「もういい……」
一言ボソリと呟くように言うと、男は顔を覆い隠している仮面に手をかけ取り外した。
仮面の下から現れたのは、バレッタが言う様に、ワルド伯爵であった。
その顔には、ルイズ達に向けていた柔和な表情は欠片も存在せず、明らかに敵愾心が深く刻み込まれていた。
「いつからわかっていた。いや……初めから疑ってはいたな?だからこそグリフォンを刺したのだろうからな」
「せーかい。ルイズおねぇちゃんと一緒に空飛ばれたら、どっか遠くに連れてかれる危険があったからねっ。
一緒に背中に乗せてくれたなら、あんなことしなかったわよ。馬乗るのめんでーしぃ」
「もうひとつ聞く。なぜ裏切っているとわかった?何故貴様にそこまで考えをおよばせた?」
「色々あるけどぉ、それはまあ、後回しでいいよねぇ?
とりあえずは、わたしのこの任務に挑む姿勢が理由にあるって言っていーかしらっ?
わたしのこの旅の目的は、あんたの目的と関係してんのよ。だから、テメェは初めっから疑う対象になった」
「目的だと……貴様の目的は一体何だ」
バレッタの片頬に笑みが浮かんだ。その笑みは悪魔そのものと言っていいほど禍々しい。
ワルドを見据えてバレッタは言った……。
「わたしの目的は、ウェールズ皇太子の捕縛、そしてそいつが持ってるアンリエッタの手紙の奪取っ」
「……なんだとっ!!!?」
ワルドは驚嘆の声を上げた。
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その夜の『金の酒樽亭』は大荒れであった。
普段から、この店を利用しているのは傭兵や、一見してならず者と思われる風体のものたちだった。
だから、下らない理由や些細なことで口論し、取っ組み合いの喧嘩に発展することは日常茶飯事で、
特に珍しいものでもなかった。ただ店側はそれに辟易ししたのか、店内での武器の使用を禁じ、
喧嘩する場合は、椅子を使うようにと、張り紙で告知した。これによって、怪我人は出るものの死人は出なくなった。
代わりとはいってはなんではあるが、喧嘩の度に壊される椅子が扉の隣に積み上げられるようになったが……。
しかし、今宵は様相がまったく異なっていた。
椅子に限らず、机までめちゃくちゃな有様になっており、
壁に打ち付けられているものや、真っ二つに割れているものまである。
加えて、床には客のために出されたであろう食事が、盛大に床にブチ撒かれていた。
それになにより奇妙なのが、いつもは荒くれ者たちによって占拠されている店内に、
その姿がまったく見えないことだった。そこには、まるで嵐が通り過ぎたような静けさがあった。
店内の真ん中で、唯一壊れてない椅子に座り、細巻を口くわえ、煙を吐いている人間がいた。
店主は店内の隅で全身をガタガタと震わせている。
そして、その店を取り囲み、中の様子を見ている集団がいた。
その集団は先ほどまで店内で飲めや騒げやと気分よく酒を飲んでいた荒くれ者たちであった。
あるものは畏怖によって光を失った眼をしている者や、興味半分で覗いている者、
そして、顔が青く腫れ上がってる者や、倒れて気絶している者や、
自分の母親の名前を叫んでいる者までいた。まるで混乱を極めた野戦病院の一角であった。
その取り巻く男たちを押しのけて、店内に入ろうとしている女がいた。
長剣を背負い、どことなく気品さを感じさせる緑髪をなびかせて歩を進めた。
それを見た傭兵と思われる男が、慌てて緑髪の女を呼び止める。
「おいおい!!よせって!あんた命が惜しくねえのか!?今店の中にゃあとんでもねぇバケモンがいるんだぞ!!
あいつ、あんなナリしてやがる癖に、俺たち全員店の外へ叩き出しやがった!悪いことは言わねえ!よしとけって」
緑髪の女は、自分を呼び止めて忠告する男の胸倉を無造作に掴んで、荒っぽくそしてイラついた口調で言った。
「そんなことはね!!私が一番よくわかってのよ!!あー嫌だ、すごく嫌よ。なんで私がこんなことしなきゃなんないのよ!?
ねえ何でよ!何でこんなこと私がやらないといけないわけよ!?」
「し、知らねえよ!」
眉間に皺を寄せた緑髪の女は、目の前の男に対する興味を捨て、胸倉をつかむ手を離した。男はその場で尻もちをついた。
再び店内に向かって歩き始めた。心臓に奇妙な痛みが走り、動悸が起こった。
明日辺りには心労で胃に穴が開いているんじゃないかと思うほど緊張している。
店を戦場に変えた張本人の前にやってきた緑髪の女は、すかさず敵意がないことを示すため手を上げた。
「ひさしぶりよね。赤ずきんのバレッタさん。ご機嫌いかが?」
店の真ん中に悠然と陣取っていたのはバレッタであった。
なぜ、『金の酒樽亭』がこのようなありさまになったか。
それは、全てバレッタが入店してから、店の中にある席まで移動する間に起きたことだった。
店に入り、席に着くまででバレッタは五回、男たちに絡まれた。
荒くれ者たちが犇めく中では、一見幼くか弱い見えるバレッタ一人だと、そうなってしまうのは仕方ないことではあったが、
絡まれるたびに相手を打ちのめしていると、自然と店にいた者全員を巻き込んでの大乱闘になったのだった。
そして当然の如く、バレッタは容赦せず全員叩き出し、今現在ひとりで店を占拠している
「凄い有様、まるで私のゴーレムが暴れまわったみたいだわ」
店内を見回しながら緑髪の女は、冗談交じりな言葉を口にしながらバレッタに歩み寄った。
しかめ面をした顔が声の主の方へ向いた。
そこにいたのは以前に学院から『破壊の杖』を盗もうとした土くれのフーケであった。
バレッタは言葉を返さない。ただフーケの顔を見つめていただけだった。
警戒心を持たれないために、気さくに、そして柔らかな口調を心がけてフーケは続けて言った。
「そんな顔しないでほしいけどね、敵にならないことは約束しただろうにさ。
意地でもその約束は守るよ。なにより私の命が惜しいしね。
でね、じゃあ何の用かっていうのは、ちょっと今日はあんたにおいしい話を持ってきたってわけ、耳を貸してくれるとうれ……」
前触れもなくフーケの体が不自然に後ろにのけ反り、言葉は途中で途切れた。
倒れることはなかったが、ぐらりと体がよろめく、フーケは自分の身に降りかかった事態が信じられなかった。
唇から生気に満ちた色が失われていく。
自分の体の異変が起きた場所に、手を当てて確認した
その触った手を顔の前に持ってきたフーケは、それを見つめながら懸命に絞り出したような、か細い声で言った。
「これ……血?わ、私……撃たれたの?……なんで!?
話があるって言ったのに、いくら相手があいつだからって、こんな……!!」
体がよろめき、膝の力抜けたフーケはその場に座り込んだ。
額に汗が浮かび、震えるフーケは、焦点が揺らぎそうになる目で、自分に危害を加えた犯人を見た。
その犯人は、何事もなかったかのように、口にくわえた細巻をくゆらせながら、片手に持っているワインの杯を見つめていた。
そしてもう片方の手には何か黒いものが握られている。そこから火薬のようなにおいがかすかに鼻腔を通り抜けた。
フーケは、自分はやはりコイツに撃たれたのだと、再認識した。
どうしようもない、これから先は地獄しか待っていないかのように思えた。
鮮血が真新しい銃創から流れ出て、衣服を赤く染める。
バレッタは、ワインが注がれている杯を細巻を指に挟んだままの手で持ちあげ、そのままグイと飲み干した。
冷たく、凄惨さをこれまでにないほどに、その顔に滲ませながらバレッタは静かな口調で言った。
「わたしらを襲った傭兵を雇った二人組の一人がテメェだろ?これってわたしとの約束破ったてことだよねぇ?
わたしとの約束を破るってことはどーゆーことか、わかんねーほど馬鹿じゃねーはずだとおもってたけどぉ」
バレッタとフーケの間に交わされた約束。
それは、『フーケが二度とバレッタの敵にならないこと』であった。
フーケは憤りを感じていた。しかし、バレッタにではない、今宵バレッタに近づくように命令した奴に対してだった。
ふ、ふざけんじゃないわよっ!傭兵たちから情報が漏れたなんて聞いてないよっ!!何が大丈夫よっ!
バレてんなら、出会いがしらに殺されてもおかしくなかった。畜生……アイツ!私に何も教えてないじゃないか!
この悪魔ともいえる赤ずきんに疑いを持たれている以上、白を切ることは不可能。
フーケは撃たれた右肩を必死に抑えた。血を止めるためでもあったが、気を落ち着かせるためでもあった。
そして、バレッタに対して取り繕う様に言った。
「し、知らなかったのよ!あんたが敵側にいたなんてっ!」
「知らなかった?何それ?もしかしてそれが言い訳になるとでも思ってんの?ねえ?」
言い方に微かな遊びも感じられない、侵してはいけない禁忌に触れてしまったような感覚に襲われる。
フーケは、こんな言い分が通じる相手ではないことはわかっていた。
絶望感がさらに増す、しかし諦めるわけにはいかない。
先ほど凶弾を放った銃口は、フーケの眉間に狙いを定めていた。
バレッタは、引き金に指をかけ、今すぐにも発砲しそうな無慈悲な表情で顔面を固めている。
「わ、私は、あんたに逃がしてもらった後、この国から出ようとしてたの……。
そのときに、とある男に捕まって、従わないと殺すって脅されたのよ。私は命令に従ってただけなの、ホントよ!
そいつにはあんたについて何も喋ってないし、何も殺す必要は……」
「……だから何?それがわたしに何の関係があるわけ?
約束を破ったことにはかわりねーし、殺さない理由にもなんねーよ、観念しな」
「ま、待っておくれよ!!今は、あんたの敵じゃない!手違いなんだよ!
証拠にあんたに仕事を持ってきたの!まずその話を聞いてちょうだい!」
にっこりと笑顔を作り、バレッタは晴れやかな口調で言った。
「じゃーねっ♪フーケおねえちゃんっ」
銃の引き金に掛けた指に力がこもる。フーケの人生の幕は閉じるかのように思われた。
しかし、思いがけないところから静止の声が轟いた。
「待て待て待て待て待ちやがれ!!!相棒!!話ぐらい聞いてやれ!」
バレッタは目を丸くして、その声の主を見た。
それは人間ではなく、フーケの背中に背負われた剣であった。
「まあ、傭兵たちの話からして、そうじゃないかとは思ってたけどぉ。フーケおねえちゃんが持って行ってたわけね
えーと、名前はなんだっけ?覚えてるけど忘れたふりしとくね?いらないから」
「デルフリンガー様だ!ひ、久しぶりに会っても、相変わらずひでぇや。買ってからすぐに森の中に埋めやがって……。
あのときのことは忘れらんねえ……こっちが泣き叫んでんのに無言で土を被せやがってたんだからな!」
「泣くってあんた剣でしょ?てゆーかなんでフーケおねえちゃんが持ってんの?」
自分を殺すことから話がずれたため、フーケは内心喜んでいた。しかし依然として気が抜けないのは変わらない。
「よく言うよ……私が、あんたの持ち物全部に『固定化』の呪文をかけた後、
あんたの言う通りのルートで学院から出ていく途中、何か踏んで、足あげたとたんいきなり地面が爆発したんだよ。
……そのときの爆発と一緒に出てきたのがコイツってことさ」
フーケに『固定化』をかけさせたのは、『二度と敵にならない』とは別に結ばれた、オマケの方の約束であった。
バレッタは忘れていたことを思い出すかのような素振りをしながら言った。
「あぁー……そういえば、地雷と一緒に埋めたんだっけ?ビックリする程度の威力だったから大丈夫だったでしょ?」
元々はルイズに嫌がらせするために仕掛けたものであった。
バレッタは確かに埋めた方向に行くように指示はしたが、まさか本当に引っかかってるとは思っていなかった。
「冗談じゃないよ、緊張が解けた直後だったからね、廃人になるんじゃないかってぐらい吃驚したわよ……。
それで、放心状態の私を懸命に励ましてくれたのが、このデルフってわけ、同じ被害者仲間として話が合うし、
剣だから愚痴るにはもってこいで重宝してるよ。他にも朝起こしてくれるし、盗聴なんかにも使えるし、なかなか……」
「ただ単に置き捨てられんのが嫌だったから、取り入ろうとしただけだろーに、、
剣に入れ込んでどーすんのよ。そんなんじゃあ行き遅れるよっ?」
「なんですって!?くっ……アイタタタ」
フーケは撃ち抜かれた肩を押さえて蹲った。
「相棒代理、無理すんな。思うより傷は浅くねえ、まずは止血したほうがいいぜ」
「デルフ……今は、その優しさが心に染みるわ……ありがとう」
奇妙なものを見せられて、興を殺がれたバレッタは、
手をあてた首をコキコキと鳴らしながら、めんどくさそうに言った。
「……まあ、いいわよっ。殺す前に、話ぐらい聞いてあげるわよ。で?何よ仕事って?」
苦悶の表情を浮かべ、自分で引き裂いたマントで止血したフーケは、
ゆっくりと深呼吸を一度して平静を保ち、話し始めた。
「ちょいとしたことさ、もちろんそれ相応の金銭は払うよ、依頼内容言う前でなんだけど、前金渡しとくよ」
そう言うと、腰に下げていた袋をバレッタに手渡す。
依頼内容を話す前に金を渡すことで、少しでもバレッタの機嫌を良くする狙いでもあった。殺されたら話にならない。
バレッタは袋の中身をあらためた。すると、さっきまでの仏頂面とは打って変わって光り輝くような笑顔に変化した。
袋の中は金貨で満たされていた。
「イヤーンっ♪新金貨じゃなくて、エキュー金貨じゃないっ♪太っ腹ねえ」
バレッタは、実にうれしそうに言うと、そそくさと先ほど蹴り飛ばした机を椅子の前に持ってきて、
その上に金貨を積み始めた。いくらあるか数えているようであった。
先ほどまでの殺気に満ち溢れた少女の面影はもはや欠片もない。
ニコニコしながらバレッタは言った。
「金貨もいいけどー、やっぱり紙のお金を数えたくなるわねぇー、あぁ゛ー……あの感覚が懐かしいわっ」
紙幣を数えるような手つきをしていた。
フーケは、唖然としていた。守銭奴とは思っていたが、これほど態度が変わってしまうとは予想していなかった。
困惑した、というよりも若干バレッタの振る舞いに引いたような顔をしたフーケは言った。
「……なんか知らないけどさ、とにかくあんたへ頼む仕事の内容を話すよ」
数え終わった金貨を袋に戻しているバレッタは聞いただけで上機嫌とわかる口調で言った。
「んっ。なーにかなっ?今のわたし機嫌がいいから言ってみてよっ♪」
フーケは深呼吸した。
これにの仕事に関して言えば、フーケは何も関係していない。
ただ、バレッタに取り次いでくるように命令されただけであった。
であるからして今回のことは貧乏くじを引いたとしか言えない。
とにかくはやくこの場から離れたかった。それにはさっさと済ますしかなかった。
フーケは、言うように言われていた仕事の内容を話した。
「詳しいところは教えられてないけど、あんた、今、アルビオンにむけて旅してるんでしょ?
依頼内容はこうよ。『あんたと一緒に旅をしている連中を全員殺すこと』っていうものだよ。どうする?受けるかい?」
「うんっ。受けるよっ♪」
「ああ、そうだね。いくらあんただって、こんな馬鹿げた依頼、受けるわけないよね。そこで話なんだけど……え?
えええええ!?受けるのかい!?誰がいるかは知らないけどさ、仲間じゃないのかい?」
「全員ってルイズおねぇちゃんに、ワルドさま、キュルケおねえちゃんにタバサちゃん、あとギーシュでしょ?
殺すのになんの問題があるの?こんだけ貰っとけばあと二、三人増えてもいいわよ、他はいないの?」
「……ッ!」
平然と言ってのけたバレッタに対して、驚きを隠せないフーケは固まっていた。デルフリンガーも驚いている。
「おでれーた……自分の主人の娘っ子がいるのにおかまいなしかよ」
「だってー、アルビオンまで行くのめんどくさいんだものっ、
こんなにお金貰えるなら行く必要ないって感じっ?」
「呆れた……それに同情するよ。ヴァリエールの嬢ちゃんには……」
「そんなこと言っていいのかな?わたしがその依頼受けなかったら、フーケおねぇちゃんを尋問して殺すところよ」
「あっ!!っ……チクショウ、なんでここに来る前にそのことに頭が回らなかったんだろうね。くそ……あの男!
わかった、わかったわよ。何も文句はないよ、勝手に依頼を遂行しておくれよ、
あと、依頼受けるなら私は敵じゃないでしょ?殺すのは勘弁してよ」
「別にいいよっ♪」
フーケは胸をなでおろした。
デルフリンガーの、よかったな相棒代理、と言う声が聞こえる。
とりあえず殺される危険性は無くなったように思えた。
「ふう、じゃあ私は帰ろうかしら、肩の治療もしなきゃならないし」
「まぁ、ちょっと待ってよっ、今からルイズおねぇちゃんを、ぱぱっと殺っちゃうからっ、こ・こ・でっ♪」
「は?」
バレッタは懐から何か取り出し手に持った。
それは何かの道具のように思われたが、フーケには見当もつかない。
「ところで、わたしが持ってる武器ってどう思う?フーケおねぇちゃん」
バレッタの真意はわからないが、そのことに関しては、フーケも疑問を抱いていたことだった。
「……さっき私を撃った変な銃が異常ってのはわかるよ、
火皿もなければ、火打石もない、それに銃口から火薬と玉を詰めるわけでもない。
撃った後に装填作業なしでこっちを狙ってたってことは、そのまま、また撃てるってことだろ。それに小さすぎるわ。
マジックアイテムでもないし、明らかにここの技術を超えてる……それに、材質が私が盗んだ『破壊の杖』に似てるわね」
「うん、ゆーしゅーね。その通りよ、『破壊の杖』もこの銃も、ここではオーバーテクノロジー。
あんたたちには想像も及ばない、『技術』の塊ってわけ。それをわたしは色々持ってる。オッケー?」
「まあそうね。あんたの持ち物に固定化をかけたときから思ってたんだけど、あれは、ハルケギニアのもんじゃないよね?
あの、踏んだら爆発するやつといい、あんたどこから来たんだい?もしかして東方からかい?」
「そんなことはどーでもいいのよ。わたしがフーケおねぇちゃんにわかっていてほしいことはただ一つ。
わたしが、この道具で不思議なことを起こせるってこと」
バレッタが見せびらかすようにして手にした道具をぷらぷらと揺らす。
その道具には赤く小さなでっぱりのようなものが頭についていた。
「へぇー、こっちに被害がおよぶことじゃなきゃいいんだけど、それはなんなんだい?」
ニッコリと笑顔つくってバレッタは言った。
「遠隔起爆スイッチ。つまり、仕掛けた爆弾を爆発させたいときにこれの使えば、
いつでもどこでも遠く離れていても好きな時に爆発させることができるっていう代物っ」
「そ、そんなことできるのかい?導火線が付いてるようには思えないんだけど……」
「できんのよ、あんた地雷に引っかかっといて導火線なんてよく言うわねぇ。
それに爆弾の方はもう既に仕掛けてあるわっ、こんなこともあろーかと、
ここに来る前に、ルイズおねぇちゃんを縛りあげて秘密の場所に放置したとときに、
ついでに爆弾を括りつけておいたのっ♪やっぱり策は何個も用意しておくものよねっ」
「……つまり、その起爆スイッチとやらを使えば、ヴァリエールのお嬢ちゃんは木端微塵ってことかい。
準備がよすぎるというか、えげつなすぎるというか……」
「じゃあ、やめる?お金は返さないわよ?」
「いや、私はべつにいいわよ。確かにかわいそうとは思うけどさ、私は単なる仲介役だし」
「ま、さっさと済ませようかしら、起爆したらルイズおねぇちゃんは間違いなく死ぬから、残りは寝込みでも襲おうっと」
僅かな迷いすらない態度のバレッタは意気揚々と言ってのけた。
「じゃーねっ♪ルイズおねぇちゃんっ、明日には名前忘れてるかもしれないけどっ♪バイバーイっ、どっかーん!」
親指に力を込め、スイッチを押そうとした。
しかし、間一髪でそれは止められた。
白い仮面を被った男が早足で、店内に入ってきて怒鳴った。
「やめろ!私は依頼主だ!契約を取り消す!今すぐそれから手を放せっ!!」
いきなり怒鳴りこんできた白仮面の男を見て、フーケは驚きを隠せないでいる。
だが、もっと驚くはずのバレッタはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「なんなのさっ!これってどういうことだい!?あんたが殺すように言ってこいって命令したんじゃないの!」
白い仮面の男に対して、フーケは疑問をぶつけた。
「貴様は黙ってろ。マチルダ」
「ッ……その名で呼ぶなって言ったはずだよ……!」
フーケの本当の名前は、マチルダ・オブ・サウスゴータといった。
それはかつて捨てることを強いられた貴族の名であった。フーケは苛立ちを隠すことができずに顔が歪んだ。
フーケと白い仮面の男の間には険悪な雰囲気がたちこめていた。
それを、まるで仲立ちするかのようにバレッタが話し始めた。
「まーまー落ち着きなさいよ、しょーがなかったのよ、このアルビオン貴族派のおじちゃんは、
わたしを殺す計画を立ててたのに、ルイズおねぇちゃんが殺されそうになったもんだから、止めざるをえなかったのよっ
まあ、魔法で止めようとしなかっただけ、賢いって言えるけどっ」
フーケと仮面の男は、そろってバレッタに顔を向けた。
「……!」
「あんたを殺す計画……?」
「正確にはわたしがそうするように仕向けた計画だけどっ」
「どういうことだい?話がまったく見えてこないんだけど……」
「そこの仮面のおじちゃんはねっ。自分が疑われてるかもしれないと感じ取って、
わたしの真意を探るためにあんたを差し向けたのよっ
まあ、どう転がっても殺すつもりだったみたいだけどぉ?怒らせたかいがあったわ、怒りは思考を短絡的にしちゃうもの」
「こいつが誰か知ってるみたいな口ぶりだね……」
「そりゃーもうよく知ってるわよっ」
ニヤついた表情をしたバレッタは、白い仮面の男に向きなおって、指をさして言う。
「今更いいわけしても無駄だからね?ワルドさま?」
「……」
白い仮面の男は、バレッタの指摘に無言で答えた。
バレッタが溜息をついて。白い仮面の男にではなくフーケに向かって言う。
「こいつさぁ、今さっき言った仲間の内にいるやつでさぁ、
疑われないように、殺しのターゲットに自分も含めてたのよ。
つーまーり、ルイズおねぇちゃんに襲いかかるわたしを、返り討ちにして殺すつもりだったってわけ。
よほどの自信家よねー。わたしを殺せること前提で計画立ててるんだもの。
でも、まあ、婚約者にいいとこ見せられるし、邪魔者も消せる。
加えて、使い魔に裏切られたルイズおねぇちゃんの心の隙間に入り込むことができる。まさに一石三鳥ねっ。
まあ、それもわたしの思わぬ殺し方せいで、自分が姿を曝して止めざるをえなくなったわけだけど。これってダサくない?」
「もういい……」
一言ボソリと呟くように言うと、男は顔を覆い隠している仮面に手をかけ取り外した。
仮面の下から現れたのは、バレッタが言う様に、ワルド伯爵であった。
その顔には、ルイズ達に向けていた柔和な表情は欠片も存在せず、明らかに敵愾心が深く刻み込まれていた。
「いつからわかっていた。いや……初めから疑ってはいたな?だからこそグリフォンを刺したのだろうからな」
「せーかい。ルイズおねぇちゃんと一緒に空飛ばれたら、どっか遠くに連れてかれる危険があったからねっ。
一緒に背中に乗せてくれたなら、あんなことしなかったわよ。馬乗るのめんでーしぃ」
「もうひとつ聞く。なぜ裏切っているとわかった?何故貴様にそこまで考えをおよばせた?」
「色々あるけどぉ、それはまあ、後回しでいいよねぇ?
とりあえずは、わたしのこの任務に挑む姿勢が理由にあるって言っていーかしらっ?
わたしのこの旅の目的は、あんたの目的と関係してんのよ。だから、テメェは初めっから疑う対象になった」
「目的だと……貴様の目的は一体何だ」
バレッタの片頬に笑みが浮かんだ。その笑みは悪魔そのものと言っていいほど禍々しい。
ワルドを見据えてバレッタは言った……。
「わたしの目的は、ウェールズ皇太子の捕縛、そしてそいつが持ってるアンリエッタの手紙の奪取っ」
「……なんだとっ!!!?」
ワルドは驚き入った声を上げた。
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