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#navi(ゼロの工作員)
昼のラッシュで忙しい食堂の台所。
トントンと規則正しく野菜を刻む音、フライパンとお玉がぶつかり、肉が焼ける音、
野菜をザルに入れ水を流す、葉を手で千切る、沸騰したやかんが音を立てる、
スープがぐつぐつと煮える、料理をトレーに載せて運ぶ足音がリズムを刻む。
フリーダはルイズと共に片づけを終わらせ、食堂へ来ていた。
彼女とは再び分かれ、賄い飯を食べ、そこでシエスタと出会い談笑している。
今日の天気に街の流行、魔法や外国のこと。
どれもたわいのない話だが、フリーダにはどんな話しも新鮮だった。
・
・
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「貴族に頭を下げなくていい国から来たんですね。いいなぁ。ゲルマニアですか?」
シエスタが大皿からサラダを小皿に移しながら訊ねる。
「ゲルマニア?」
「平民でも才覚があれば貴族になれる国ですよ。マルトーさんも
お金を貯めたらこの国を出たいって言ってました。知らないんですか?」
フリーダは軽く顎に手を当てる。
「………遠いとこから来たから」
無難な答えを返す。違う世界から来たといっても異常者扱いされるか厄介事に巻き込まれるだろうから。
「フリーダさんは異国から呼ばれた方なんですよね。違う文化があって困ったりはしてませんか」
「ええ。目覚めたら下僕扱いだもの。驚いたわ」
「あはは。大変ですね」
コーンポタージュを口に運ぶ。
フリーダさんはこちらから話しかけないと、全くしゃべらない。
話し好きなシエスタには聞き役になってくれるいい相手だった。
「召還されて、トリステインをどう思いましたか?」
「穏やかで、いいところね。豊かで安全な国よ」
フリーダさんが優雅に紅茶を飲んでいる。
銀髪に近いさらさらとしたプラチナブロンドが綺麗だ。
態度や物腰に気品を感じる。いいところのお嬢様なのだろうか、少し憧れる。
「この国が過疎だなんて残念ですよ。お金のある人はゲルマニア、
打倒貴族の若い男の人たちはアルビオンのレコンキスタ、
魔法の才能がある人はガリアにみんな行っちゃうんです」
フリーダは飲むのを止め考える。あの過疎が酷かった星はどうなっているのだろうかと。
「確かにトリステインは、今は安全で、飢えずに生活できるわね」
溜め息をつき、眼鏡をなおす。
シエスタの話しではトリステインは過疎だとか。
トリステインでは少数のメイジ達による支配が長年続いていて、
魔法を使える彼等は<<錬金>>を使った金属生産や加工、<<水の魔法>>を使った医療、
ゴーレムや,<<風の魔法>>使った輸送など、あらゆる分野に進出し巨万の富を得ている。
魔法の力は絶対で、ほとんどの金は一握りの彼等に使われている。
平民が物を作ってもメイジ達の生産力や労働力の差は絶望的で、芽があっても摘み取られてしまう。
平民が国に工場や機械の援助をしてもらおうとしても、政治は貴族のものであり、
たとえ援助がもらえても貴族の工場で下働きがせいぜいで、手元に金が残らない。
技術があっても、自らの優位が揺らぐのを恐れたメイジは平民を潰す。
頼みの綱の外交も、女王が即位しないせいで機能しない。
政権は傀儡で、マザリーニ(彼女は鳥の骨と苦々しげに呼んだ)が好き勝手やっている。
「こんな国では夢が見られない」と国外脱出する貴族や平民が多いのだとシエスタが言っていた。
世も末ね。
フリーダは明るい世界の暗い一面を見つけられて安心する。
「フリーダさんの故郷も、ここと似てますか?」
「いいえ。こんなとこなら、よかったけど」
頬杖を付き、スプーンをくるくる回す。
異世界だから誰も知らないと油断があったのかもしれない。
フリーダは感情を吐露していた。
「私の故郷…エリオでは50年以上も内戦が続いているわ」
「平和な国を見ると、少し…違和感を感じるの」
「大変なんですね」
フリーダさんは謎めいていて知的で洗練された素敵な人だ。
だからもっと良く知って近づきたいと感じた。
「私の故郷はトリステインの田舎、タルブ村なんですよ」
「ワインが名物で、静かでいい村です。私の家もワイン農家なんですよ」
「………そう、帰る場所を大事にしなさい」
斜陽の国だが、彼女は家があり職がある。逃げるのも出来ない。
それでもフリーダは少し羨ましかった。試験管から産まれた彼女には帰る場所がなかったから。
「このあとどうするの?」
「貴族のみなさんにデザートをお配りするんです」
「私が手伝ってもいいかしら」
シエスタはメイド服を正すと自然な笑みで返す。
「大歓迎ですよ」
フリーダはシエスタと貴族の食堂へ来ていた。
窓にはステンドグラス、2階までぶち抜いた高い天井に、巨大なシャンデリア、
ワックスで磨き上げられた黒く光る床。
席には教員席とそれぞれ色が違うマントを着た生徒達が座るテーブルが3つあって、
どれも100人近くが座っている。
テーブルには一杯になった空の皿、フライドチキンや鮭のムニエル、ポタージュスープなど
多くの食べかけの料理が並んでいた。
昼食を食べ終わった生徒達の横では、給仕たちがワゴンを押す役とデザートを配る役の
二人一組になり、上座からケーキを置いている。
デザートが乗った大きなワゴンをフリーダが押し、シエスタはケーキが乗った皿を置く。
食堂では男子生徒達が集まり自慢話をしていた。
中央に立つのは金髪巻き毛で薔薇を持った白い肌の男子生徒。
青瞳の端正な容姿に、シャギーの入った前髪、胸元が開いた白くノリがきいたシャツ、
真っ白な歯、ズボンも他の生徒達とは違い体にフィットするものを履いていて、
見た目も喋りも気障な印象を受ける。
誰を落とした、好きな子は誰だ、世界が違っても人の色恋に対する興味は変わらない。
その生徒は大げさに身振り手振りを交えて話し、話しに熱中しているのかポケットから
小瓶が転げ落ちたのにも気付かなかった。
フリーダが拾い上げ、
「落としたわよ。あなた」
人の群れの向こうにいる生徒に判るよう小瓶を掲げる。
「いや…これは僕のじゃない。君が貰っておきたまえ」
それを見た生徒達は一斉に騒ぎ出す。
「これはモンモランシーの香水だぞ!」
「ギーシュ、やっぱりモンモランシーと付き合っている噂は本当…」
「おいおい、この香水瓶が僕のものとは」
がたんと椅子が倒れる音の後、二人の女生徒が走り寄り。
「ギーシュの「「うそつき!」」」
左右からの平手打ち。
「待ってくれケティ」「待ってくれモンモランシー」
二人は走り去り、ギーシュの頬には紅葉が残る。
「二股かよギーシュ!」
「天罰だぜ。ギーシュ!」
笑いに湧くギャラリーの中、ギーシュは顔をしかめている。
「君が気を遣わないから、二人のレディの名誉が傷ついたんだ。どうしてくれるんだね?」
フリーダはちょっとした趣向を思いつく。
「…申し訳ありませんギーシュ様。私と付き合っていたのに浮気をするあなたが悪いんですわ」
口元に冷笑を浮かべながら、か弱そうな乙女を演じる。
額から脂汗を流し目に見えてうろたえるギーシュ。
「ぼ、僕はこんな女知らないぞ」
「あら?覚えていらっしゃらなくても仕方ないですわ。
ギーシュ様は華麗な女性遍歴をお持ちですもの。私もその一人」
余裕の笑みを湛え、ギャラリーに礼をする。
盛り上がるギャラリーと取り巻き達。
「3股かよ!盛り上がってきた!」
「ギーシュ!ギーシュ!ギーシュ!ギーシュ!」
熱烈なシュプレヒコールが始まる。
「…お前、ルイズの使い魔の平民じゃないか?」
怒りすぎてかえって冷静になったギーシュが気付き、勢いづく。
「平民如きに僕が惚れるわけないだろう!しかもゼロの使い魔なんかに!」
「私がベッドから目覚めたとき、熱烈に口説いてくれたのは誰だったのかしら。
それに、私が使い魔だとついさっきの授業で知ったのよね?」
もちろん。ベッドで口説いた云々は嘘だ。だが彼は信用がなかった。
既に野次馬の目はベッドに向いている。
「手が速ええ…」
「会って2日でベッドかよ…ギーシュなら…ありだな」
「破廉恥ですわ」
野次馬はひそひそ話し、顔を赤らめる者、メモを取る者、三者三様である。
収集がつかなくなったギーシュは無理やり話題を終わらせた。
「嘘か本当か決闘ではっきりさせようじゃないかっ!ヴェストリの広場で待っている!」
「ちょっと!あんた何考えてるのよ?!」
人波を掻き分けて来たルイズが噛み付く。
「メイジに平民が喧嘩売って勝てると思ってるの?今からでも遅くないから謝ってきなさい!」
「平民は貴族に逆らったら死刑…なのかしら」
ありそうなことだと考える。
奴隷がある国は人の命は安い。
「メイジは魔法が使える。平民は魔法が使えない。そしてメイジは躊躇せずに魔法を使うわ。
例え相手が平民でもね」
「………心配してくれて、ありがとう」
まっすぐな感情にフリーダはぎこちなく笑った。
学園の中央塔最上階、執務室の机で、
「ふふんふふんふん~ふ~ふ~ふふ~ふんふん♪」
オスマンが鼻歌を歌いながら女物のパンツを伸び縮みさせている。
「…オスマン校長、とうとう…そこまで」
剥げ頭のコルベールが部屋へ入ってきて固まる。
「ちょちょちょ、調査じゃょ。ヴァリエールの使い魔の持ちものじゃ」
「…その割りに楽しんでましたね」
眼が冷たいぞ。コルベール君。
机の上にはボロボロになった制服と下着、長方形の箱が置いてある。
フリーダが意識を失いながら重傷で召還された際、
血で汚れ焼け焦げ穴が開いた服を取り替える必要があった。
箱はその際、失敬した。
フリーダとの使い魔交渉の時に所持品全てを返すように言われ
一度返したが、既に服がボロボロで使えなくなっていた。
ゴミとして処分してくれと頼まれたものをとっておいたのである。
「何か判ったかね?ミスタ・コルベール?」
コルベールが鼻の頭を掻く。
人払いの合図だ。
「・・・・・・・・・・」
オスマンは無言でディティクトマジックを掛け盗聴の危険がないか調べ、
部屋にサイレンスをかけて二重に盗聴対策を行い、杖を振って窓を閉め、
ドアにロックを使い魔法で鍵を掛ける。
「続けたまえ」
「はい。フリーダ・ゲーベルの右手のルーン。あれはガンダールヴです」
「ふむ」
オスマンの肩に乗るモーニングソルトが忙しなく動く。
「フリーダ・ゲーベルという女はこの国の人間ではありません。
服の記事に印刷されていた文字は未知の言語で、服も下着も全て未知の物質です。
彼女が持っていた銃らしきもの、下着の生地でさえも、
我々の技術力では部品の一つさえ、同じものを造るのは不可能です。
また、それがどのような原理で動いているかさえ判らないでしょう。
更に恐るべきことに、これらは全て魔法で造られてはいません。平民の手に依るものです」
コルベールは俯いて続ける。
「彼女が我々の校の女生徒達に似た制服、持っていた武器、ミス・ヴァリエールを捕らえた手際、
当たり前である魔法をしらないこと、『この星』と言っていたことから考えて、私の推測ですが」
「ミス・ヴァリエールはトリステインの国力、技術力を遙かに超える平民の国から、
工作員又は暗殺者を召還しました。おそらく、違う星からです。
制服は変装、傷を負っていたのは任務中だったのでしょう」
「これを見てください」
机に置いてある箱を開けると一丁の銃が出て来る。
インテリスコープが付いた旧式の7.5ミリ口径火薬式狙撃銃。
英雄イヴァン・ジュジャとサイモン・ラヴァルを暗殺した銃である。
火薬式であるが故にコルベールとオスマンには技術力の高さと
それが現代の銃の延長線にあるものだと理解できた。
重い沈黙
「・・・・・」
「・・・・・」
「ヴァリエールはなんてものを召還してくれたのじゃ!」
「わ、わたしも判っていれば契約させるなどどど」
コルベールはオスマンに襟を力いっぱい掴まれ首がガクガクと揺すられる。
彼の少ない毛髪が更に少なくなってゆく。
オスマンは机にぐったりと突っ伏した。
「さて、どうすればいいかのう」
「判っていると思いますが<<不幸な事故>>は不可です」
口封じは出来ないと釘を刺された。
「落ちこぼれだったミス・ヴァリエールが初めて成功させた魔法じゃぞ。最初で最後の魔法かもしれん。
たとえ殺してもう一度サモンサーバントさせたところで、もう一度魔法が成功する保証はない。
ワシの首が跳ぶわ」
「アカデミーに身柄を渡すのも殺すのと同じ事じゃし。
奴等なら生きたまま解体するのもやりかねん」
「それに話しが荒唐無稽過ぎて信じてもらえないかものう」
教育者としてのプライドもあるし。胃に穴が開くわい。
「もしも、工作員であると仮定するならどうなるのかのう」
「本国の命令を受けているとすれば、この国の調査か重要人物の暗殺か。
どちらにしてもロクなことないですね」
困った、困ったのう。
そうじゃ。
「知らなかったことにするのが一番か」
「分かりました」
困ったときのことなかれ主義じゃ。
「それとミス・フリーダと話がしたい」
「手配しておきます」
ガンダールヴと謎の超大国からの工作員。
本当、ミス・ヴァリエールは頭を痛くさせるのう。
まったくです。今夜は飲みましょう。
オスマンとコルベールは二人して胃薬を飲むのであった
一方、ロックが掛けられたままのドアの前で立ち往生している秘書のロングビルは
「あんのクソジジイ!またロックとサイレンスかけたままで忘れてやがる!」
悪態をついているのであった。
あの女子には甘いギーシュが逆ギレして浮気相手に喧嘩を売った、更に相手は平民だ。
ゴシップと決闘の噂は瞬く間に広がり、
「風」と「火」の塔の間にあるヴェストリ広場には食堂中の生徒達が集まり、不穏な空気に蝕まれていた。
ギーシュ側に付く男子達、フリーダ側に付くケティ、モンモランシーが率いる女子グループが対立している。
「付き合った子の顔を忘れるなんて」
「一度寝てポイですって」
「女の子を殴るなんて最低よ」
「三股以上かけてたりして」
「平民の子…かわいそうに」
ギーシュは広場の中央に立っていた。
「改めて名乗らせていただこう。僕は『青銅』のギーシュ・ド…」
名乗りを無視し、フリーダはナプキンで包んだ胡椒を包んだ袋をギーシュの顔に向かって投げつける。
「…ラモン」
むせた拍子に、杖を持つ手元が乱れる。
「獲物を前に舌なめずりなんて、ずいぶん余裕ね」
ギーシュが杖で空に描きかけていたルーンは失敗し、
地面から立ち上がりかけている戦乙女の姿をしたゴーレムが消滅した。
胡椒で涙が止まらなくなった目と鼻を押さえている間に、袖口と胸元を取り、
足を後ろから払って頭から地面へ叩き付ける。
「ひ、卑怯だぞ!」
仰向けに倒されたギーシュは立ち上がろうともがく。
フリーダに向けた杖は蹴り飛ばされていた。
「…丸腰の相手に武器を向けて言える言葉じゃないわ」
脇腹を蹴り手を踏みつけながら続ける。
「大方、私を嬲ろうと思って、強力な魔法を準備しておこうと思ってたんでしょ」
「安全装置を掛けたまま、敵の前で弾込めをして余裕ぶるあなたが悪いわ」
昨日コルベールに見せてもらった魔法が役に立った。
魔法は杖を使い図形を刻むことで発動する。強力な魔法ほど刻む時間が長くなる。
ギーシュは話しながら小刻みに手に持った薔薇の造花を動かしていた。
武器を向けて話しをする奴は五流だ。
彼女は武器を持った相手に手加減をするつもりはなかった。
「私も、こんなものを使うとは思わなかったわ」
制服のポケットから食堂から拝借してきた銀食器のナイフを取り出し、喉へ突きつけ、馬乗りになる。
フリーダの手の甲にある文字が輝く。
ギーシュの目が恐怖で開かれた。
「あなたを処刑するの。理由は決闘での敗北。いいわね」
喉を絞められ呻き声を上げる。顔面は蒼白で喉はカラカラに渇いていた。
「怖い?この距離なら、一瞬で喉を裂けるわ。ねえ怖い?」
徐々に喉を締め上げる力を強め、ナイフを持った手でザクザクと耳横の地面を掘る。
「ひっ…」
極度の緊張からギーシュの首ががっくりと落ちる。
瞬間、周囲の生徒全てが杖を向けた。
「はじめまして。メイジらしい歓迎で、嬉しいわ」
殺意の十字砲火を浴びながら、フリーダは満足な吐息を漏らした。
暗闇は濃密で、静かで、笑い声の聞こえないここがフリーダの場所だと落ち着けた。
静まり返った広場の片隅にキュルケと青髪の小さな少女が居る。
「平民なのに大したものね。あっという間に終わっちゃったわ。ねえタバサはどう思う?」
「急所を正確に狙ってる。ナイフを振るうのに躊躇いがない。…たぶん、私と同じ」
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