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#navi(未来の大魔女候補2人)
今日も今日とて彼は朝っぱらから全力疾走していた。
理由は言わずもがな、遅刻である。
息を切らせながら朝露に濡れる中庭を掛け抜け、食堂の裏の勝手口を目指す。
彼の名前は平賀サイト、二ヶ月前に雇われた調理場の雑用係である。
二ヶ月前は貧弱な坊やだったが、今では宿舎から調理場まで走ってもあまり息切れしない程度には逞しくなっていた。
乱れた息を落ち着け、手櫛で髪を整える。
そして勝手口を引き開けて、オズオズと謝りながら戸をくぐる。
「やだぁ、失敗失敗。遅刻しちゃった♪ んもぉ、みんな起こしてよねっ」
「ドゥアラ―ッ!」
「ジャビット!?」
調理場に入ると同時、裂帛の気合がサイトを打つ。
そして、積み上げられた木箱を巻き込んでもんどりを打ったところで、サイトは自分が殴り飛ばされた事に気が付いた。
痛む頬を庇いながら顔を上げると、そこには鉄拳の持ち主が仁王立ちでサイトを睥睨していた。
「こっの、クルピラ野郎がっ! 雑用係のくせして、お寝坊さんで遅刻とは良い度胸だな!
チャーミングに入って来たって、誤魔化せやしないぜ!?」
語気を荒げて矢継ぎ早に説教を飛ばしてくるその人物は、学院の厨房を預かるマルトーその人である。筋肉を昂ぶらせ、全身に鬼気を纏うその姿は、トロル鬼もかくやという風体であった。
尋常ならざるマルトーの様子にサイトはアタフタとうろたえ、何とか矛を収めてもらうよう必死に訴えかける。
「いや、ちょっと待って下さいよぉ。遅刻の理由も聞かずに即体罰!? これは悲しい事です!」
「遅刻の理由? どうせエロい夢とか見てたんだろ!?」
しかしマルトーは、取りつく島もなくつんけんと答える。
「エロい夢!? とんでもない!
言わせてもらいますけどね、しつこく求婚してくるマルトーさんを、抓ったり棒で突っついたりで散々な夢だったんですよ!?」
サイトは驚愕の声をあげて、今朝見た悪夢を身振り手振りを交えてありのままに語る。
いかにその憶測が、言いがかりに過ぎないと言う事を声高に主張するのだが、サイトに向けられる眼は限りなく冷たい。
マルトーは、汚物を見るかのような眼でサイトを見てからスタッフを見渡し、青筋を浮かべた顔のまま告げる。
「え~、この人かなり頭がアッパッパーなので、新しい雑用係を雇いたいと思います。
誰か意見のある人は手を挙げてからドウゾ」
突然の解雇通告にうろたえ、マルトーに追い縋る。抱きつかれるマルトーは、いかにも鬱陶しそうに顔を顰める。
「えーっ! 俺、アッパッパーじゃないっすよ! だからソレだけは勘弁して下さい!
詳しく説明しますから、誰か紙とペンを!」
無様に追い縋って喚くサイトを見て、誰ともなしに呟きが漏れる。
「……やっぱ、アッパッパーだ」
それは、いつもの朝の風景であった。
※『サザンがサイト伝』始まりません。
#center(){未来の大魔女候補2人 ~Judy & Louise~
第7話『休日前の魔女2人』}
「あ゛う~」
神経質そうな教師が教鞭を執る講義室の一角に、少女が机に突っ伏して呻いていた。
少女はペールピンクの髪と、黒いマントで覆われた小柄な体をだらしなく机に預けている。
「何やってんのよヴァリエール、あの先生に見つかったら面倒くさいわよ?」
少女の斜め後ろ。キュルケが身を乗り出してルイズの顔を覗きこみながら、教壇に立つ教師を指差して注意をしてくる。
ルイズは顔を顰めて、キュルケを横目で一瞥してから毅然と姿勢を正す。
が、しかし……
「ううぅ…… か、体が軋む……」
無理に姿勢を正したせいか体の節々が悲鳴を上げ、再びルイズは机に突っ伏す羽目になった。
「なに? 貴女、筋肉痛なの? みっともないわねぇ」
背中を縮こまらせるルイズに、隣に座るモンモランシーが呆れたような声を掛けてくる。
モンモランシーは、口元とソバカスの浮いた頬を僅かに歪ませて苦笑いを浮かべており、その後頭部では大きな赤いリボンが揺れている。
ルイズは苛立たしげに2人を睨みつけてから、プイと顔を背けた。
「ふんっ!」
「なによ、その態度!? 失礼しちゃうわ!」
その態度が気に障ったのか、モンモランシーはいきり立ち、憤慨の声をあげる。
だがしかし、ルイズはだんまりを決め込み、モンモランシーの顔を見ようとさえしない。
暫くモンモランシーは文句を言っていたが、やがて諦めたのか忌々しげに一睨みをしてからそっぽを向く。
「はんっ! もういいわよ!」
並んで座る少女が互いにそっぽを向く様を見て、キュルケはニヤニヤと薄笑いを浮かべる。
ルイズは何となく、キュルケがどんな表情をしているか予想は付いていたが、あえて無視した。なぜなら、僅かな動作においても筋肉痛が襲い掛かってくるからである。
日ごろの運動不足が祟ったなどという問題ではない。
それというのも、昨日の教室爆破のペナルティの所為である。
密閉空間で発生した爆発のお陰で、いたる所が大なり小なり破壊された講義室を修復するのは、ルイズ1人ではどだい不可能な話であった。
よって、ルイズに命じられた作業は、破壊された物の撤去及び、備品の補充。そして、室内の清掃であった。
それであっても、半日がかりの重労働である。
講義室とゴミ捨て場を何度も往復し、備品倉庫から重たい机や替えのガラスを運び出す。
全ての作業が終わった頃には陽は暮れなずみ、ルイズは埃と汗に塗れていた。
そして、今日の筋肉痛というわけである。
『ちょっと失敗した程度であの罰はないわ! 大体、片付けなんて、使用人か業者に頼むのが筋じゃないの?
生徒1人に押し付けるなんて、教育システムの重大な欠陥を感じるわ!』
ルイズは心の中で愚痴をこぼす。
延々と繰り返される不満ごとは、張り上げられた声で中断された。
若い男の声がルイズの耳朶を打つ。
「諸君! 『風』の事をよく知っているかね?
『風』を知らずして系統魔法を語ることはしてはならない。
『風』の力は強大だ!
大地でさえ『風』の力によって削られ、その姿を変える。
どんなに巨大な炎でさえ、『風』の前ではロウソクの火に過ぎない!
また……」
教壇の上に立ち、講義という名の演説を行っているのは、自称スクウェアメイジの『疾風』のギトーである。
その内容は『風』系統魔法の他系統魔法に対する優位性、とどのつまり『風サイキョー』という事だった。
ルイズはその高慢で不遜極まりない理論に辟易する。
それは教室にいる皆も同じであり、ウンザリとした表情を隠し切れてはいない。何故ならば、講義の度に同じ事を繰り返し聞かされているからだ。
下手に止めようにも教師と生徒では実力の違いは明らかであり、ギトーの『風』の餌食になるだけだ。結局、耐える以外の選択肢はない。
しかし、それでも慣れとは恐ろしいものであり、既にルイズは右から左へと聞き流す事など造作もない境地を会得していた。
不意に背中をつつかれ、ルイズは胡乱気な表情で振り返る。
「ねえねえ、なんでポセイドンが縮んでる訳? 教えなさいよ?」
「あっ、それは私も気になるわ」
ルイズと同じく教師ギトーの『風』TSUEEE談義を無視したキュルケが机の上に乗ったポセイドンを指差して、興味丸出しの表情で訊ねてくる。
さらに、モンモランシーもそれまでの態度を豹変させ、目を大きくして話に割り込んでくる。
いずれ聞かれる事だろうと思っていたので、ルイズは溜息を吐いてから、しょうがないといった体で話し始める。
「仕様です」
「「はぁ?」」
2人は声を揃えて、意味が分からないといった顔を浮かべている。
ルイズは慌てて言い直す。
「えー、そうじゃなくて。そういう特徴というか、えと……
そう! 体の大きさをある程度変えられる幻獣なのよ!」
「そうなの!? それは凄いわね! 流石、東方の幻獣ね!」
「そ、そう……」
モンモランシーは目を輝かせる。
予想外の食い付きの良さにルイズは圧倒され、機械的に相槌を打つ。
不意にポセイドンの隣にいたロビンが、モンモランシーの頭に飛び乗った。
モンモランシーは恍惚とした表情を消し、少し慌てた声でロビンに弁明する。
「や、やだ。違うのよロビン。一番は貴方よ。ええそう……」
なんだか浮気を誤魔化している様だ。その光景を見て、胡乱気にそう考えるルイズの背中が後ろに引き寄せられる。
素早く振り向くと、間近にキュルケの顔があり、周りに聞こえない声量で囁き掛けてくる。
「ねえ、ポセイドンが縮んだのって、ファミリアの特性?」
「……うん」
ルイズは問いの意図が読み取れず、素直に頷く。
すると、キュルケは吐息が掛かる程に顔を近づけ、キツイ瞳でルイズを射抜く。
「だったら、もっと上手く誤魔化しなさいよ。
モンモランシーだったから良かったけど、他の人なら絶対にボロが出てるわよ」
「誤魔化せんだから良いじゃない!」
ルイズも額をぶつけるほどにキュルケに詰め寄り、ヒソヒソ声で噛みつく。
「アンタはそれで良いかもしれないけど、もしばれたら如何なるかしらね?
ジュディは好奇の目に晒される破目になるわね」
「それは駄目だわ」
「そうならない様に上手くやりなさいって言ってるのよ。おわかり?」
「……そうよね、私がシッカリしないと」
ルイズは自分に言い聞かせるように繰り返す。
「……やっぱり、仲が良い」
キュルケの隣に座り、一連のやり取りを横目で眺めていたタバサがポツリと呟いた。
◆◇◆
太陽が天頂を過ぎた頃、白い雲が浮かぶ空に1つの影があった。
その影は鳥よりも早く飛翔し、縦横無尽に飛び回っている。
春の柔らかな陽射に照らされるその姿は、空と同じ蒼穹の鱗を持つドラゴンだ。
巨大な皮膜の翼に鋭い鉤爪。長大な尻尾に尖った牙。そのどれもが恐るべき武器となり得る代物である。
しかし、その瞳に宿るのは理性の輝き。跳ねる様に飛ぶその姿は稚気に溢れ、暴力と破壊の権化とは程遠い存在であった。
「お~肉を喰べましょう~ きゅい、きゅい♪」
その巨体でとんぼ返りを打って、楽しげに歌う。
上空には強風が吹き荒れているが、竜はそれを物ともせず、時に逆らい、時にその身を委ねて奔放に舞い踊る。
「今日も良い天気なのね、きゅい!」
突如、蒼い竜以外は存在しない筈の大空に元気の良い少女の声が響いた。
「明日も明後日もこんな天気が続けばいいのね。
特に明日はお姉さまとお出かけだから、絶対に晴れてほしいのね。きゅいきゅい。
ここなら誰も居ないから喋り放題。きゅい」
驚くべきことに、その声は竜の口から漏れ出でていた。
竜は陽気な声で続ける。
「今日のご飯も美味しかったのね。
お肉が食べたいと思ってたら本当に出て来たのね。あの黒頭、馬鹿そうだけど良い奴なのね。きゅい!」
昼ご飯に食べた肉塊の味を思い出し、舌なめずりをする。
ひとしきり騒いだ後、再びとんぼ返りを打つと、鋭く旋回をして複雑な軌跡を描く。
それはおおよそ、他の飛行生物には真似のできない芸当であった。
ふと、背面飛行をする竜の視界の隅に何かが映る。
「きゅい?」
体を回転させて水平飛行に戻し、遥か下方に目を凝らす。
「きゅい。お仲間なのね」
そこに居たのは赤い竜であった。その赤い竜は、蒼い竜よりも随分と小さく1/5程度しかない。
竜は嬉しそうに一声嘶くと、赤い竜を目指して急降下を始める。
ほんの一瞬で赤い竜の元までたどり着くと、先住言語で呼びかけた。先住言語とは、古代の幻獣が用いていた言語であり、使い魔間の会話は、通常これを以って行われる。
「きゅい。きゅいきゅい? きゅーい、きゅい!」
「?」
しかし、赤い竜は首を傾げるばかりである。
「きゅい! きゅいきゅい、きゅい!」
「??」
なおも懸命に呼び掛けるが、芳しい反応は得られない。
しかし、諦めずに再び話しかけようとした瞬間、赤い竜が口を開いた。
「ごめんなさい。こっちの言葉は分からないの」
「きゅいっ!?」
返ってきたのは、小さな女の子の声であった。
それに青い竜は顎が外れんばかりに驚き、赤い竜を強引にひっ掴む。そして、一気に上昇すると、噛みつかんばかりにがなり立てる。
「ダメなのね! あんな低い所で喋ったら、誰かに聞かれるのね! お仕置きされるのね!」
「どうして?」
必死に説教をするが、赤い竜は分かっていないらしく、不思議そうな瞳で蒼い竜を見詰めるばかりである。
その態度に青い竜は苛立ちを隠せず、さらに捲し立てる。
「どうしたもこうしたもないのね! 普通、竜は喋らないのね!」
「でも、アナタも喋ってるじゃない?」
「上げ足とるんじゃないのね。このチビ助!
シルフィは韻竜だから喋って当たり前なのね! きゅい! きゅい!」
「韻竜ってなあに?」
「自分の種族の事も知らないなんて、とんだマヌケなのね! オマエいったい幾つなのね!?」
「んーと、2歳……かな?」
赤い竜は小首を傾げ、自信なさげに答える。
「……シルフィの1/100じゃしょうがないのね。
このシルフィードおねえさまが、オマエに常識を教えてやるのね!
心して聞くがよいのね! きゅいきゅいきゅい!」
「うん、ありがとう」
シルフィードと名乗った蒼い竜は、尊大に胸を逸らして赤い竜に言い放つ。
「まずは、お前の名前を教えるのね。きゅい!」
「この子はイアぺトス。ヨロシクネ」
赤い竜はそう名乗ると、シルフィードの下顎に鼻先を擦りつける。
すると、シルフィードはますます気を良くして大空を翔るのであった。
◆◇◆
昼下がりの魔法学園の中庭、火の塔へと続く道をジュディとルイズは歩いていた。
ジュディは昨日の言いつけ通り、コルベールの研究室を目指しているのである。
ならば何故、ルイズが同行しているかというと、それは昼食後の会話に起因する。
当初ルイズは、午後はお茶でもしてのんびりと過ごすつもりであった。
そしてどうせならとジュディを誘ったのだが、用事があるとやんわりと断られてしまったため、道案内をかってでたのであった。
幸い今日はダエグの曜日であり、午後の授業はない。
均等に刈り取られ、青々とした柔らかい芝生を踏みしめながら歩を進める。
中庭には幾人かの生徒が屯しており、使い魔の姿も見える。
穏やかな雑談で溢れる中庭を抜け、火の塔の正面に立つ。
「あそこがミスタ・コルベールの研究室よ」
そう言ってルイズは、塔の日陰になっている建物を指で指し示す。
その建物は、年代を感じさせる汚れが染み付いた、レンガ造り研究室であった。
窓にはすりガラスがはまっており、中を窺う事は出来ない。
「しょっちゅう爆発や異臭騒ぎを起してる学院の名所よ。出来る事なら、余り近づきたくない所ね。本当に行くの?」
「約束したから、ちゃんと行かなくちゃ」
「まあ、それもそうよね……」
ルイズはそれ以上止めることはせず、2人は研究室の入口に立つ。
『コルベールの研究室』と書かれたプレートには、デフォルメされて、気難しい表情を浮かべたヘビのイラストが書かれている。
ジュディは、そのプレートのかかった扉を背伸びをしてノックする。
小気味よいノック音が響くと、部屋の中からドタバタとした足音が聞こえてきた。
扉に設えられている覗き窓のカーテンが僅かにずらされ、誰かの眼がルイズを映す。
「誰ですか?」
「ジュディです。コルベール先生に会いに来ました」
「ん? ああ、昨日の……
ちょっと待っててね」
中の人物はジュディに視線を移す。
ガチャガチャと鍵を外す音が響き、扉が開くと薄暗い室内から少年が現れた。ハルケギニアでは珍しい黒髪黒眼だ。
ルイズは訝しげな顔を浮かべるが、ジュディは少年に嬉しげに話しかける。
「あっ、サイト君だ。何してるの?」
「ん? 昼飯持ってきたら、助手の真似事してくれって先生に頼まれてさ。
まあ、なにするのか知らないけど……」
「助手ぅ? 魔法の実験に平民が役に立つの?」
ルイズは疑わしそうにサイトをジロジロと見る。
締りのない顔は見るからに、少々頭が足りない様に思え、これでは助手など務まる筈がない。と、ルイズは思う。
サイトはチラリとルイズを一瞥してから、わざと聞こえるような声でジュディに耳打ちをする。
「何なのこのツンツンした人。俺はジュディちゃんだけって聞いてたんだけど、関係あるのこの人?」
「関係ない訳ないでしょ! 失礼なやつね!」
ルイズは怒りを露わにするが、サイトはニヤニヤと、薄笑いを浮かべてさらに続ける。
「え~? お貴族様に失礼な態度なんかとるわけないっすよ。特に『ゼロ』のヴァリエール様には、ね?」
「……躾が必要なようね?」
「2人とも喧嘩は駄目だよ。早く中に入ろ?」
「うっ…… しょうがないわね。でも、次に言ったらわかってるわね?」
サイトは薄笑いを堪えて、入口の脇に寄る。
「おっと、そうだった。先生は中にいるよ」
サイトはそう言うやいなや、おもむろに渾身の力で扉を支えるふりをしながら叫ぶ。
「さあ! 俺に扉を支える力が残っている間に早く通り抜けるんだ!」
「おじゃましまーす」
「……アホらし」
2人が中に入ると、サイトは扉を閉めて後をついてくる。
すえた薬品の臭いがする室内を進んで行くと、背を向けて用途の知れない様々な機器を弄るコルベールが居た。
所狭しと資料や実験機器が置かれているその光景は、コルベールの性格を良く反映している。
コルベールは3人に気が付くと、振り向き、ぱっと顔を明るくする。
「おお、来てくれたようだね! 待っていたよ!」
頭頂部と、白い歯を光らせながら、コルベールは両腕を大きく広げ、歓迎の意を表す。
ルイズとジュディは、それぞれ挨拶をしてから、目の前にある機器に注目する。
そこには、円柱型のモノ、球を半分に切った形をしているモノ等が置かれており、その中で一際目立つのは、2段重ねの机のような形状の装置であった。
その装置には、賽の目状の模様の描かれたロール紙が2つセットされており、可動式の針のようなペンが左右に動いて波線を描いている。
その奇妙な装置を見て、ジュディとルイズは用途の程が知れずに首を傾げ、サイトは眼を剥いて驚きを露わにする。
コルベールは3人の反応を見て楽しげに笑う。それは、悪戯が成功した子供のような屈託のない笑顔であった。
「どうだね、どうだね? 素晴らしいと思わないかね? さあ! 早く始めようか!?」
それを遮るように、サイトは片手を軽く挙げてコルベールに質問する。
「あのー 先生? それで俺は何をすればいいんですか? 何にも聞かされてないんスけど?」
「おお! そうだったね。ではまず、実験の概要を説明しようか!」
ソワソワと忙しなく体を揺すりながら、コルベールは説明を始める。
なんとなく3人は、説明が長くなる予感がした。
「そうだね…… 先ずは、私なりに調べた術具の調査結果を伝えねばなるまい。
結果からいえば、なにも分からなかった。
デティクトマジックを駆使して調べてみたのだが、やはり我らの系統魔法とは当て嵌まらない魔法体系の産物だという事が良く分かりました。
こちらのマジックアイテムと比較してみても、感じられる魔力の質というか術理が根本から異なるのです。
それは、つまり……」
「あの、いいですかミスタ・コルベール?」
「? 何だね?」
話の腰を折られたコルベールは、別段気にも止めずにルイズに視線を送る。
「一気にそんな事を言われても、理解が追い付かないんじゃないでしょうか?」
「ふむ……」
コルベールはルイズから視線を外し、ジュディとサイトに向ける。
するとルイズの言うとおり、キョトンとした4つの眼がコルベールを見ている。
「ならば、実験の手順を説明しましょうか。
ジュディさんが術具を使う。それをこれらの装置と、私自身のデティクトマジックを用いて観測する。
以上です。シンプルでしょう?」
「はあ…… その装置で何が出来るんですか?」
ルイズは、一見ガラクタにしか見えない装置を指差して訊ねる。
コルベールは、その質問を待っていたとばかりに目を光らせて、嬉々とした表情で装置の一つを手に取った。
「気になるでしょう! 気にならないわけがないでしょう! ならば、説明せねばなりなせぬな!」
眼に狂気にも似た光を宿すコルベールを見て、ルイズは自らの失言に気が付いた。
しかし、時はすでに遅く、ルイズの鼻先には装置の一つが突き付けられ、コルベールがにじり寄ってくる。底光りするメガネが不気味だ。
「さあ! 手に取って良くご覧なさい!
これらの装置は、用途の異なるデティクトマジックを発信するマジックアイテムなのです。
それぞれが、火、水、土、風の魔法を細密に感知し、分析するのです!」
ルイズは突き付けられた装置を手にとって、まじまじと観察する。
その装置は、半球状の入れ物の外側に、色んな物がごてごてと取り付けられた様な形をしている。
なるほど、見てくれは不格好だが、一応はマジックアイテムらしい。
コルベールは満足気に頷いてから、ベルト、手袋、靴、そしてサポーターのような形状をした装置を手にとって、詳しい説明を始める。
「それを頭に被り、左右に付いている紐を顎の下で縛って固定するのです。
あと、これらの装置を身に付けて魔法を使えば、術者の魔力の流れを観測できるという仕組みなのです。
スッゲーでしょ!? 私は自分の才能が恐ろしい! スンゲー!」
コルベールは両手を何度も振り上げて力説するが、サイトとルイズはゲンナリとした顔をして溜息をつく。
しかし、コルベールは気が付きもせず、次に円柱型の装置を指差す。その装置は、同じものが4つある。
「さらに、この装置は囲んだ範囲で魔法が使われたなら、それを感知し、分析するという優れものです! すごいぞー!」
再び腕を振り上げて咆哮を響かせる。
ルイズは、勘弁してほしそうな顔をしているが、コルベールの説明はまだまだ続く。
未だに紙を自動的に送り出し、可動式のペンが波線を描いている2段重ねの机型装置の傍らに立つ。
その装置には、1段毎にペンは4つづつ備えられており、それぞれ色が異なる。
赤、青、黄、緑のインクが充填されたペンが、自動的に送り出されるロール紙に異なる軌跡を描き出している。
「そして、これらの装置で得られた観測結果は、この装置に送られ、この紙に記録されるのです!
どうです!? さあ、惜しみない賞賛を浴びせるがよいですぞ! 遠慮せずに、さあさあ!」
コルベールに促され、3人は疎らに拍手をする。
そんな拍手でもコルベールは満足らしく、ふんぞり返って気を良くする。
コルベールはひとしきり高笑いをした後、ごちゃごちゃとした実験机から発掘した水光晶輪をジュディに手渡す。机には先日、ジュディが預けた4つの術具も置かれている。
「この実験中、この水光晶輪と各術具は、ジュディさんにお返ししておきます。
それでは、ここでは狭すぎますから草原に移動しましょうか。
サイト君、それらの装置を持ってついて来て下さい」
「……これを、全部、ですか?」
「そうです」
「俺一人で?」
「そのために助手を頼んだのです」
サイトは目を点にしてコルベールに問いかける。
流石に1人で運ぶのは、物理的に困難な量であるのだが、返ってくるのは非情な答えであった。
サイトは愕然とした面持ちで装置一式を見つめる。
「がんばってね、サイト君」
「ぷっ…… 遅れずについてきなさいよ?」
2人は労いの言葉を掛けるだけで、手伝ってくれそうにはない。ルイズはともかく、ジュディは手伝ってくれるかもといった憶測は、呆気なく裏切られた。
サイトは1つ小さくため息をついてから、円柱型の装置を一本持ち上げる。
「ああ、そうそう。すぐにでも始めたいので、一括で運んでくださいね」
コルベールはそう言い残して、研究室から出て行く。
ルイズとジュディもその後を追いかけて出て行き、研究室にはサイト1人が取り残される事となった。
「俺って不幸……」
ポツリと漏れた呟きが、研究室に虚しく木霊した。
・
・
・
今回の成長。
ルイズは、鋼の意志がL2に成長しました。
ジュディは、イアぺトスがL2に成長しました。魔道板を読み解き『デテクトアニマル』を習得しました。
第7話 -了-
#navi(未来の大魔女候補2人)
#navi(未来の大魔女候補2人)
今日も今日とて彼は朝っぱらから全力疾走していた。
理由は言わずもがな、遅刻である。
息を切らせながら朝露に濡れる中庭を掛け抜け、食堂の裏の勝手口を目指す。
彼の名前は平賀サイト、二ヶ月前に雇われた調理場の雑用係である。
二ヶ月前は貧弱な坊やだったが、今では宿舎から調理場まで走ってもあまり息切れしない程度には逞しくなっていた。
乱れた息を落ち着け、手櫛で髪を整える。
そして勝手口を引き開けて、オズオズと謝りながら戸をくぐる。
「やだぁ、失敗失敗。遅刻しちゃった♪ んもぉ、みんな起こしてよねっ」
「ドゥアラ―ッ!」
「ジャビット!?」
調理場に入ると同時、裂帛の気合がサイトを打つ。
そして、積み上げられた木箱を巻き込んでもんどりを打ったところで、サイトは自分が殴り飛ばされた事に気が付いた。
痛む頬を庇いながら顔を上げると、そこには鉄拳の持ち主が仁王立ちでサイトを睥睨していた。
「こっの、クルピラ野郎がっ! 雑用係のくせして、お寝坊さんで遅刻とは良い度胸だな!
チャーミングに入って来たって、誤魔化せやしないぜ!?」
語気を荒げて矢継ぎ早に説教を飛ばしてくるその人物は、学院の厨房を預かるマルトーその人である。筋肉を昂ぶらせ、全身に鬼気を纏うその姿は、トロル鬼もかくやという風体であった。
尋常ならざるマルトーの様子にサイトはアタフタとうろたえ、何とか矛を収めてもらうよう必死に訴えかける。
「いや、ちょっと待って下さいよぉ。遅刻の理由も聞かずに即体罰!? これは悲しい事です!」
「遅刻の理由? どうせエロい夢とか見てたんだろ!?」
しかしマルトーは、取りつく島もなくつんけんと答える。
「エロい夢!? とんでもない!
言わせてもらいますけどね、しつこく求婚してくるマルトーさんを、抓ったり棒で突っついたりで散々な夢だったんですよ!?」
サイトは驚愕の声をあげて、今朝見た悪夢を身振り手振りを交えてありのままに語る。
いかにその憶測が、言いがかりに過ぎないと言う事を声高に主張するのだが、サイトに向けられる眼は限りなく冷たい。
マルトーは、汚物を見るかのような眼でサイトを見てからスタッフを見渡し、青筋を浮かべた顔のまま告げる。
「え~、この人かなり頭がアッパッパーなので、新しい雑用係を雇いたいと思います。
誰か意見のある人は手を挙げてからドウゾ」
突然の解雇通告にうろたえ、マルトーに追い縋る。抱きつかれるマルトーは、いかにも鬱陶しそうに顔を顰める。
「えーっ! 俺、アッパッパーじゃないっすよ! だからソレだけは勘弁して下さい!
詳しく説明しますから、誰か紙とペンを!」
無様に追い縋って喚くサイトを見て、誰ともなしに呟きが漏れる。
「……やっぱ、アッパッパーだ」
それは、いつもの朝の風景であった。
※『サザンがサイト伝』始まりません。
#center(){未来の大魔女候補2人 ~Judy & Louise~
第7話『休日前の魔女2人』}
「あ゛う~」
神経質そうな教師が教鞭を執る講義室の一角に、少女が机に突っ伏して呻いていた。
少女はペールピンクの髪と、黒いマントで覆われた小柄な体をだらしなく机に預けている。
「何やってんのよヴァリエール、あの先生に見つかったら面倒くさいわよ?」
ルイズの斜め後からキュルケが身を乗り出し、教壇に立つ教師を指差して注意をしてくる。
ルイズは顔を顰め、顔を覗きこんでくるキュルケを横目で一瞥してから、毅然と姿勢を正す。
が、しかし……
「ううぅ…… か、体が軋む……」
無理に姿勢を正したせいか体の節々が悲鳴を上げ、再びルイズは机に突っ伏す羽目になった。
「なに? 貴女、筋肉痛なの? みっともないわねぇ」
背中を縮こまらせるルイズに、隣に座るモンモランシーが呆れたような声を掛けてくる。
モンモランシーは、口元とソバカスの浮いた頬を僅かに歪ませてせせら笑いを浮かべており、その後頭部では、大きな赤いリボンが揺れている。
ルイズは苛立たしげに2人を睨みつけてから、プイと顔を背けた。
「ふんっ!」
「なによ、その態度!? 失礼しちゃうわ!」
その態度が気に障ったのか、モンモランシーはいきり立ち、憤慨の声をあげる。
だがしかし、ルイズはだんまりを決め込み、モンモランシーの顔を見ようとさえしない。
暫くモンモランシーは文句を言っていたが、やがて諦めたのか忌々しげに一睨みをしてからそっぽを向く。
「はんっ! もういいわよ!」
並んで座る少女が互いにそっぽを向く様を見て、キュルケはニヤニヤと薄笑いを浮かべる。
ルイズは何となく、キュルケがどんな表情をしているか予想は付いていたが、あえて無視した。なぜなら、僅かな動作においても筋肉痛が襲い掛かってくるからである。
日ごろの運動不足が祟ったなどという問題ではない。
それというのも、昨日の教室爆破のペナルティの所為である。
密閉空間で発生した爆発のお陰で、いたる所が大なり小なり破壊された講義室を修復するのは、ルイズ1人ではどだい不可能な話であった。
よって、ルイズに命じられた作業は、破壊された物の撤去及び、備品の補充。そして、室内の清掃であった。
それであっても、半日がかりの重労働である。
講義室とゴミ捨て場を何度も往復し、備品倉庫から重たい机や替えのガラスを運び出す。
全ての作業が終わった頃には陽は暮れなずみ、ルイズは埃と汗に塗れていた。
そして、今日の筋肉痛というわけである。
『ちょっと失敗した程度であの罰はないわ! 大体、片付けなんて、使用人か業者に頼むのが筋じゃないの?
生徒1人に押し付けるなんて、教育システムの重大な欠陥を感じるわ!』
ルイズは心の中で愚痴をこぼす。
延々と繰り返される不満ごとは、張り上げられた声で中断された。
若い男の声がルイズの耳朶を打つ。
「諸君! 『風』の事をよく知っているかね?
『風』を知らずして系統魔法を語ることはしてはならない。
『風』の力は強大だ!
大地でさえ『風』の力によって削られ、その姿を変える。
どんなに巨大な炎でさえ、『風』の前ではロウソクの火に過ぎない!
また……」
教壇の上に立ち、講義という名の演説を行っているのは、自称スクウェアメイジの『疾風』のギトーである。
その内容は『風』系統魔法の他系統魔法に対する優位性、とどのつまり『風サイキョー』という事だった。
ルイズはその高慢で不遜極まりない理論に辟易する。
それは教室にいる皆も同じであり、ウンザリとした表情を隠し切れてはいない。何故ならば、講義の度に同じ事を繰り返し聞かされているからだ。
下手に止めようにも教師と生徒では実力の違いは明らかであり、ギトーの『風』の餌食になるだけだ。結局、耐える以外の選択肢はない。
しかし、それでも慣れとは恐ろしいものであり、既にルイズは右から左へと聞き流す事など造作もない境地を会得していた。
不意に背中をつつかれ、ルイズは胡乱気な表情で振り返る。
「ねえねえ、なんでポセイドンが縮んでる訳? 教えなさいよ?」
「あっ、それは私も気になるわ」
ルイズと同じく教師ギトーの『風』TSUEEE談義を無視したキュルケが机の上に乗ったポセイドンを指差して、興味丸出しの表情で訊ねてくる。
さらに、モンモランシーもそれまでの態度を豹変させ、目を大きくして話に割り込んでくる。
いずれ聞かれる事だろうと思っていたので、ルイズは溜息を吐いてから、しょうがないといった体で話し始める。
「仕様です」
「「はぁ?」」
2人は声を揃えて、意味が分からないといった顔を浮かべている。
ルイズは慌てて言い直す。
「えー、そうじゃなくて。そういう特徴というか、えと……
そう! 体の大きさをある程度変えられる幻獣なのよ!」
「そうなの!? それは凄いわね! 流石、東方の幻獣ね!」
「そ、そう……」
モンモランシーは目を輝かせる。
予想外の食い付きの良さにルイズは圧倒され、機械的に相槌を打つ。
不意にポセイドンの隣にいたロビンが、モンモランシーの頭に飛び乗った。
モンモランシーは恍惚とした表情を消し、少し慌てた声でロビンに弁明する。
「や、やだ。違うのよロビン。一番は貴方よ。ええそう……」
なんだか浮気を誤魔化している様だ。その光景を見て、胡乱気にそう考えるルイズの背中が後ろに引き寄せられる。
素早く振り向くと、間近にキュルケの顔があり、周りに聞こえない声量で囁き掛けてくる。
「ねえ、ポセイドンが縮んだのって、ファミリアの特性?」
「……うん」
ルイズは問いの意図が読み取れず、素直に頷く。
すると、キュルケは吐息が掛かる程に顔を近づけ、キツイ瞳でルイズを射抜く。
「だったら、もっと上手く誤魔化しなさいよ。
モンモランシーだったから良かったけど、他の人なら絶対にボロが出てるわよ」
「誤魔化せんだから良いじゃない!」
ルイズも額をぶつけるほどにキュルケに詰め寄り、ヒソヒソ声で噛みつく。
「アンタはそれで良いかもしれないけど、もしばれたら如何なるかしらね?
ジュディは好奇の目に晒される破目になるわね」
「それは駄目だわ」
「そうならない様に上手くやりなさいって言ってるのよ。おわかり?」
「……そうよね、私がシッカリしないと」
ルイズは自分に言い聞かせるように繰り返す。
「……やっぱり、仲が良い」
キュルケの隣に座り、一連のやり取りを横目で眺めていたタバサがポツリと呟いた。
◆◇◆
太陽が天頂を過ぎた頃、白い雲が浮かぶ空に1つの影があった。
その影は鳥よりも早く飛翔し、縦横無尽に飛び回っている。
春の柔らかな陽射を存分に浴びるその姿は、空と同じ蒼穹の鱗を持つドラゴンである。
巨大な皮膜の翼に鋭い鉤爪。長大な尻尾に尖った牙。そのどれもが恐るべき武器となり得る代物である。
しかし、その瞳に宿るのは理性の輝き。跳ねる様に飛ぶその姿は稚気に溢れ、暴力と破壊の権化とは程遠い存在であった。
「お~肉を喰べましょう~ きゅい、きゅい♪」
その巨体でとんぼ返りを打って、楽しげに歌う。
上空には強風が吹き荒れているが、竜はそれを物ともせず、時に逆らい、時にその身を委ねて奔放に舞い踊る。
「今日も良い天気なのね、きゅい!」
突如、蒼い竜以外は存在しない筈の大空に元気の良い少女の声が響いた。
「明日も明後日もこんな天気が続けばいいのね。
特に明日はお姉さまとお出かけだから、絶対に晴れてほしいのね。きゅいきゅい。
ここなら誰も居ないから喋り放題。きゅい」
驚くべきことに、その声は竜の口から漏れ出でていた。
竜は陽気な声で続ける。
「今日のご飯も美味しかったのね。
お肉が食べたいと思ってたら本当に出て来たのね。あの黒頭、馬鹿そうだけど良い奴なのね。きゅい!」
昼ご飯に食べた肉塊の味を思い出し、舌なめずりをする。
ひとしきり騒いだ後、再びとんぼ返りを打つと、鋭く旋回をして複雑な軌跡を描く。
それはおおよそ、他の飛行生物には真似のできない芸当であった。
ふと、背面飛行をする竜の視界の隅に何かが映る。
「きゅい?」
体を回転させて水平飛行に戻し、遥か下方に目を凝らす。
「きゅい。お仲間なのね」
そこに居たのは赤い竜であった。その赤い竜は、蒼い竜よりも随分と小さく1/5程度しかない。
竜は嬉しそうに一声嘶くと、赤い竜を目指して急降下を始める。
ほんの一瞬で赤い竜の元までたどり着くと、先住言語で呼びかけた。先住言語とは、古代の幻獣が用いていた言語であり、使い魔間の会話は、通常これを以って行われる。
「きゅい。きゅいきゅい? きゅーい、きゅい!」
「?」
しかし、赤い竜は首を傾げるばかりである。
「きゅい! きゅいきゅい、きゅい!」
「??」
なおも懸命に呼び掛けるが、芳しい反応は得られない。
しかし、諦めずに再び話しかけようとした瞬間、赤い竜が口を開いた。
「ごめんなさい。こっちの言葉は分からないの」
「きゅいっ!?」
返ってきたのは、小さな女の子の声であった。
それに青い竜は顎が外れんばかりに驚き、赤い竜を強引にひっ掴む。そして、一気に上昇すると、噛みつかんばかりにがなり立てる。
「ダメなのね! あんな低い所で喋ったら、誰かに聞かれるのね! お仕置きされるのね!」
「どうして?」
必死に説教をするが、赤い竜は分かっていないらしく、不思議そうな瞳で蒼い竜を見詰めるばかりである。
その態度に青い竜は苛立ちを隠せず、さらに捲し立てる。
「どうしたもこうしたもないのね! 普通、竜は喋らないのね!」
「でも、アナタも喋ってるじゃない?」
「上げ足とるんじゃないのね。このチビ助!
シルフィは韻竜だから喋って当たり前なのね! きゅい! きゅい!」
「韻竜ってなあに?」
「自分の種族の事も知らないなんて、とんだマヌケなのね! オマエいったい幾つなのね!?」
「んーと、2歳……かな?」
赤い竜は小首を傾げ、自信なさげに答える。
「……シルフィの1/100じゃしょうがないのね。
このシルフィードおねえさまが、オマエに常識を教えてやるのね!
心して聞くがよいのね! きゅいきゅいきゅい!」
「うん、ありがとう」
シルフィードと名乗った蒼い竜は、尊大に胸を逸らして赤い竜に言い放つ。
「まずは、お前の名前を教えるのね。きゅい!」
「この子はイアぺトス。ヨロシクネ」
赤い竜はそう名乗ると、シルフィードの下顎に鼻先を擦りつける。
すると、シルフィードはますます気を良くして大空を翔るのであった。
◆◇◆
昼下がりの魔法学園の中庭、火の塔へと続く道をジュディとルイズは歩いていた。
ジュディは昨日の言いつけ通り、コルベールの研究室を目指しているのである。
ならば何故、ルイズが同行しているかというと、それは昼食後の会話に起因する。
当初ルイズは、午後はお茶でもしてのんびりと過ごすつもりであった。
そしてどうせならとジュディを誘ったのだが、用事があるとやんわりと断られてしまったため、道案内をかってでたのであった。
幸い今日はダエグの曜日であり、午後の授業はない。
均等に刈り取られ、青々とした柔らかい芝生を踏みしめながら歩を進める。
中庭には幾人かの生徒が屯しており、使い魔の姿も見える。
穏やかな雑談で溢れる中庭を抜け、火の塔の正面に立つ。
「あそこがミスタ・コルベールの研究室よ」
そう言ってルイズは、塔の日陰になっている建物を指で指し示す。
その建物は、年代を感じさせる汚れが染み付いた、レンガ造り研究室であった。
窓にはすりガラスがはまっており、中を窺う事は出来ない。
「しょっちゅう爆発や異臭騒ぎを起してる学院の名所よ。出来る事なら、余り近づきたくない所ね。本当に行くの?」
「約束したから、ちゃんと行かなくちゃ」
「まあ、それもそうよね……」
ルイズはそれ以上止めることはせず、2人は研究室の入口に立つ。
『コルベールの研究室』と書かれたプレートには、デフォルメされて、気難しい表情を浮かべたヘビのイラストが書かれている。
ジュディは、そのプレートのかかった扉を背伸びをしてノックする。
小気味よいノック音が響くと、部屋の中からドタバタとした足音が聞こえてきた。
扉に設えられている覗き窓のカーテンが僅かにずらされ、誰かの眼がルイズを映す。
「誰ですか?」
「ジュディです。コルベール先生に会いに来ました」
「ん? ああ、昨日の……
ちょっと待っててね」
中の人物はジュディに視線を移す。
ガチャガチャと鍵を外す音が響き、扉が開くと薄暗い室内から少年が現れた。ハルケギニアでは珍しい黒髪黒眼だ。
ルイズは訝しげな顔を浮かべるが、ジュディは少年に嬉しげに話しかける。
「あっ、サイト君だ。何してるの?」
「ん? 昼飯持ってきたら、助手の真似事してくれって先生に頼まれてさ。
まあ、なにするのか知らないけど……」
「助手ぅ? 魔法の実験に平民が役に立つの?」
ルイズは疑わしそうにサイトをジロジロと見る。
締りのない顔は見るからに、少々頭が足りない様に思え、これでは助手など務まる筈がない。と、ルイズは思う。
サイトはチラリとルイズを一瞥してから、わざと聞こえるような声でジュディに耳打ちをする。
「何なのこのツンツンした人。俺はジュディちゃんだけって聞いてたんだけど、関係あるのこの人?」
「関係ない訳ないでしょ! 失礼なやつね!」
ルイズは怒りを露わにするが、サイトはニヤニヤと、薄笑いを浮かべてさらに続ける。
「え~? お貴族様に失礼な態度なんかとるわけないっすよ。特に『ゼロ』のヴァリエール様には、ね?」
「……躾が必要なようね?」
「2人とも喧嘩は駄目だよ。早く中に入ろ?」
「うっ…… しょうがないわね。でも、次に言ったらわかってるわね?」
サイトは薄笑いを堪えて、入口の脇に寄る。
「おっと、そうだった。先生は中にいるよ」
サイトはそう言うやいなや、おもむろに渾身の力で扉を支えるふりをしながら叫ぶ。
「さあ! 俺に扉を支える力が残っている間に早く通り抜けるんだ!」
「おじゃましまーす」
「……アホらし」
2人が中に入ると、サイトは扉を閉めて後をついてくる。
すえた薬品の臭いがする室内を進んで行くと、背を向けて用途の知れない様々な機器を弄るコルベールが居た。
所狭しと資料や実験機器が置かれているその光景は、コルベールの性格を良く反映している。
コルベールは3人に気が付くと、振り向き、ぱっと顔を明るくする。
「おお、来てくれたようだね! 待っていたよ!」
頭頂部と、白い歯を光らせながら、コルベールは両腕を大きく広げ、歓迎の意を表す。
ルイズとジュディは、それぞれ挨拶をしてから、目の前にある機器に注目する。
そこには、円柱型のモノ、球を半分に切った形をしているモノ等が置かれており、その中で一際目立つのは、2段重ねの机のような形状の装置であった。
その装置には、賽の目状の模様の描かれたロール紙が2つセットされており、可動式の針のようなペンが左右に動いて波線を描いている。
その奇妙な装置を見て、ジュディとルイズは用途の程が知れずに首を傾げ、サイトは眼を剥いて驚きを露わにする。
コルベールは3人の反応を見て楽しげに笑う。それは、悪戯が成功した子供のような屈託のない笑顔であった。
「どうだね、どうだね? 素晴らしいと思わないかね? さあ! 早く始めようか!?」
それを遮るように、サイトは片手を軽く挙げてコルベールに質問する。
「あのー 先生? それで俺は何をすればいいんですか? 何にも聞かされてないんスけど?」
「おお! そうだったね。ではまず、実験の概要を説明しようか!」
ソワソワと忙しなく体を揺すりながら、コルベールは説明を始める。
なんとなく3人は、説明が長くなる予感がした。
「そうだね…… 先ずは、私なりに調べた術具の調査結果を伝えねばなるまい。
結果からいえば、なにも分からなかった。
デティクトマジックを駆使して調べてみたのだが、やはり我らの系統魔法とは当て嵌まらない魔法体系の産物だという事が良く分かりました。
こちらのマジックアイテムと比較してみても、感じられる魔力の質というか術理が根本から異なるのです。
それは、つまり……」
「あの、いいですかミスタ・コルベール?」
「? 何だね?」
話の腰を折られたコルベールは、別段気にも止めずにルイズに視線を送る。
「一気にそんな事を言われても、理解が追い付かないんじゃないでしょうか?」
「ふむ……」
コルベールはルイズから視線を外し、ジュディとサイトに向ける。
するとルイズの言うとおり、キョトンとした4つの眼がコルベールを見ている。
「ならば、実験の手順を説明しましょうか。
ジュディさんが術具を使う。それをこれらの装置と、私自身のデティクトマジックを用いて観測する。
以上です。シンプルでしょう?」
「はあ…… その装置で何が出来るんですか?」
ルイズは、一見ガラクタにしか見えない装置を指差して訊ねる。
コルベールは、その質問を待っていたとばかりに目を光らせて、嬉々とした表情で装置の一つを手に取った。
「気になるでしょう! 気にならないわけがないでしょう! ならば、説明せねばなりなせぬな!」
眼に狂気にも似た光を宿すコルベールを見て、ルイズは自らの失言に気が付いた。
しかし、時はすでに遅く、ルイズの鼻先には装置の一つが突き付けられ、コルベールがにじり寄ってくる。底光りするメガネが不気味だ。
「さあ! 手に取って良くご覧なさい!
これらの装置は、用途の異なるデティクトマジックを発信するマジックアイテムなのです。
それぞれが、火、水、土、風の魔法を細密に感知し、分析するのです!」
ルイズは突き付けられた装置を手にとって、まじまじと観察する。
その装置は、半球状の入れ物の外側に、色んな物がごてごてと取り付けられた様な形をしている。
なるほど、見てくれは不格好だが、一応はマジックアイテムらしい。
コルベールは満足気に頷いてから、ベルト、手袋、靴、そしてサポーターのような形状をした装置を手にとって、詳しい説明を始める。
「それを頭に被り、左右に付いている紐を顎の下で縛って固定するのです。
あと、これらの装置を身に付けて魔法を使えば、術者の魔力の流れを観測できるという仕組みなのです。
スッゲーでしょ!? 私は自分の才能が恐ろしい! スンゲー!」
コルベールは両手を何度も振り上げて力説するが、サイトとルイズはゲンナリとした顔をして溜息をつく。
しかし、コルベールは気が付きもせず、次に円柱型の装置を指差す。その装置は、同じものが4つある。
「さらに、この装置は囲んだ範囲で魔法が使われたなら、それを感知し、分析するという優れものです! すごいぞー!」
再び腕を振り上げて咆哮を響かせる。
ルイズは、勘弁してほしそうな顔をしているが、コルベールの説明はまだまだ続く。
未だに紙を自動的に送り出し、可動式のペンが波線を描いている2段重ねの机型装置の傍らに立つ。
その装置には、1段毎にペンは4つづつ備えられており、それぞれ色が異なる。
赤、青、黄、緑のインクが充填されたペンが、自動的に送り出されるロール紙に異なる軌跡を描き出している。
「そして、これらの装置で得られた観測結果は、この装置に送られ、この紙に記録されるのです!
どうです!? さあ、惜しみない賞賛を浴びせるがよいですぞ! 遠慮せずに、さあさあ!」
コルベールに促され、3人は疎らに拍手をする。
そんな拍手でもコルベールは満足らしく、ふんぞり返って気を良くする。
コルベールはひとしきり高笑いをした後、ごちゃごちゃとした実験机から発掘した水光晶輪をジュディに手渡す。机には先日、ジュディが預けた4つの術具も置かれている。
「この実験中、この水光晶輪と各術具は、ジュディさんにお返ししておきます。
それでは、ここでは狭すぎますから草原に移動しましょうか。
サイト君、それらの装置を持ってついて来て下さい」
「……これを、全部、ですか?」
「そうです」
「俺一人で?」
「そのために助手を頼んだのです」
サイトは目を点にしてコルベールに問いかける。
流石に1人で運ぶのは、物理的に困難な量であるのだが、返ってくるのは非情な答えであった。
サイトは愕然とした面持ちで装置一式を見つめる。
「がんばってね、サイト君」
「ぷっ…… 遅れずについてきなさいよ?」
2人は労いの言葉を掛けるだけで、手伝ってくれそうにはない。ルイズはともかく、ジュディは手伝ってくれるかもといった憶測は、呆気なく裏切られた。
サイトは1つ小さくため息をついてから、円柱型の装置を一本持ち上げる。
「ああ、そうそう。すぐにでも始めたいので、一括で運んでくださいね」
コルベールはそう言い残して、研究室から出て行く。
ルイズとジュディもその後を追いかけて出て行き、研究室にはサイト1人が取り残される事となった。
「俺って不幸……」
ポツリと漏れた呟きが、研究室に虚しく木霊した。
・
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・
今回の成長。
ルイズは、鋼の意志がL2に成長しました。
ジュディは、イアぺトスがL2に成長しました。魔道板を読み解き『デテクトアニマル』を習得しました。
第7話 -了-
#navi(未来の大魔女候補2人)
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