「アクマがこんにちわ-11」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「アクマがこんにちわ-11」(2011/08/09 (火) 00:26:03) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
#navi(アクマがこんにちわ)
ガリアの王都リュティス。
トリステインとの国境から千リーグ離れた内陸部に位置し、人口は三十万を誇るハルケギニア最大の都市。
その東端にはガリアの王宮、ヴェルサルテイルがある。
広大な森を切り開き建てられた巨大壮麗な宮殿は、現在ではガリアの王ジョゼフ一世がその主であった。
中央に位置するは「グラン・トロワ」薔薇色の大理石で組まれた建物は政の中心。
そこから少し離れたところに、薄桃色の小宮殿があり、そこはジョゼフの娘、王女イザベラの住まう宮殿となっていた。
年の頃十七ほどの少女が、ベッドの下をのぞき込む、少女はベッドの下に何もないと知ると、体を起こしてきょろきょろとあたりを見渡した。
青みがかった紙の色と、瞳は、ガリア王家の血をひいている何よりの証であった、彼女は肩まで伸ばされ、よく手入れされた青髪を風に揺らせて、どこか心配そうにしていた。
「ヒーホー、どこに行ったんだい…」
がっくりと肩を下ろし、ため息をつく、彼女が探しているのはつい最近呼び出した使い魔であり、丸っこい体の愛くるしい雪の妖精。
ベッドの隣に垂れ下がった紐を引っ張ると、三人組の侍女が居室に飛び込んでくる。
「お呼びでございますか? 殿下」
「ヒーホーを見なかったかい?」
「ヒーホー様は先ほど、イザベラ様にカキゴーリを作るホー、と言って厨房に…」
「厨房だって?」
と、突然少女の目つきが鋭くなる。
「は、はい、イザベラ様の名を出されたので、私どもには…」
「ああ、いい、用が済んだらすぐ戻るように言いなさい」
心なしか侍女達は、ほっとしたような表情になった。
「ところで、ガーゴイルはまだ来ないのかい」
年長の侍女が首を振った。
「シャルロットさまは、まだお見えになっておりません」
「ただの人形よ。ガーゴイルで十分よ」
「は、はい……」
侍女たちは、恐ろしそうに口ごもった。
今からイザベラの元を訪ねてくるシャルロットは、ガリア王家の血を引く王族であり、イザベラの従妹にあたる。
ある事情によって王家の権利と名前を剥奪されたとはいえ、召使に過ぎない侍女たちが無礼な態度を取れるはずがなかった。
しかしイザベラは、召使たちの無言の葛藤に気づきもせず、ベッドに腰掛け、両手で何かを抱きかかえるような仕草をしていた。
年長の侍女はそれを見て、イザベラの使い魔『ヒーホー』を抱きしめる仕草だとすぐ気づいたが、余計なことを言って怒らせても困るので、生暖かい目でそれを見守っていた。
■■■
それからまもなくして、プチ・トロワにの庭に、シルフィードが降り立った。
シルフィードから降りたタバサは、シルフィードの食事を衛士に頼むと、王女の部屋の前へとやってきた。
部屋の前では、ガーゴイルが扉を守っており、タバサがやってきたのを確認すると交差させた杖を解除した。
ガリアは他の国に比べて、意思を持たされた人形や像、すなわち”ガーゴイル”がよく使われている。
”ゴーレム”などは単純作業を繰り返したり、いちいち事細かな命令が必要になるが、ガーゴイルは独立した議事意識をもっており、単純な命令でも複雑な命令をこなすことが出来る。
言い換えれば、ゴーレムより気の利いた存在であった。
ガリアではガーゴイルが至るところで使われているため、ガリアはそれだけ魔法技術が発達した国だとされている。
タバサは、天井から垂れ下がった分厚い生地のカーテンをめくって、イザベラの部屋に入った。
いつもなら従姉妹のイザベラから、腐った卵を投げつけられたり、石を投げつけられたりと嫌がらせされるのだが、今回は何も来ない。
いつもとは違う嫌がらせでも思いついたのだろうか…と思ったところで、目の前に縫いぐるみのような何かがいるのに気づいた。
「ヒーホー、かき氷食べるホー?」
その声を聞いたタバサは、思わず頭にクエスチョンマークを浮かべた。
差し出された器には、細かく砕かれた氷が山盛りになっており、上から半分までは赤く染まっている。
どうしていいか分からず硬直すること一秒、その隙にドタドタドタと足音を鳴らして、イザベラが部屋に飛び込んできた。
「ああああああああっ! ヒーホーこんなところにいたのかい!ああもう厨房に見に行っても居ないから心配した……よ……」
「ホ?」
ガリアの北花壇騎士として数々の任務をこなしたタバサが反応できぬほどの速度で、イザベラはヒーホーを抱き上げてお腹のあたりをなで回し、ほおずりした。
タバサはヒーホーの手から離れて、一瞬だけ宙に浮いたかき氷を素早く両手でキャッチすると、今までにない奇行に走った従姉妹姫を見て目をぱちくりとさせた。
対してイザベラも、ヒーホーに抱きついて頬ずりするという一部始終をタバサに見られて、顔を真っ赤にしていた。
「イザベラちゃん、苦しいホー」
「あ、ああ……」
イザベラはヒーホーを離すと、踵を返してベッドにに座り、こほん、と咳払いをして気を落ち着けた。
ベッドの上に放ってあった書簡を手に取ると、タバサに向けて放り投げる。
恥ずかしいところを見られた、よりによってシャルロットに!そんな羞恥心と怒りと自己嫌悪の入り交じる感情のまま、イザベラは口を開く。
「北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールパルテル)七号のあんたの任務よ。さっさと片付けてきなさい」
放り投げた書簡は宙を舞い、かき氷を食べているタバサの足下に落ちた。
だがタバサは書簡に気を向けることなく、黙々と柔らかく甘いかき氷を食べていた。
「かき氷美味しいホー?」
「……美味しい」
「良かったホー」
「お前ら話を聞けー!!!」
勢いよく立ち上がり、両拳を握りしめたイザベラが叫び声を上げる、おでこにうっすらと青筋が浮かぶ程の叫びだった。
「怒っちゃダメだホね、かき氷を食べて落ち着くホー。何味がいいホ?」
「あ、ああ、じゃああたしはこの間のやつを」
「ブルーハワイだホね」
そう言うとヒーホーは、空の器の上に手をかざす、すると掌から極薄の氷の結晶が現れ、局地的なダイヤモンドダストとなって器の中を氷で満たした。
「ああ、これだよこれ、まったく不思議な甘さだよ」
どこから取り出したかプラスチック製の透明なスプーンを手に、イザベラはかき氷を食べはじめた、青筋はとうに消えて、その表情は満面の笑みに変わっている。
「シロップはボルテクス界のスーパーで沢山集めたんだホ、まだまだあるから沢山食べるといいホー」
「よく分からないけどお前の居た所は不思議なところだねえ」
「一度遊びに来ると良いホー、今メタトロンが門を作ってる頃だホ、すぐに行き来できるホよ」
かき氷を食べ終わったタバサは、足下に落ちていた書簡を拾い上げると中身を確認する。
イザベラがかき氷に気を取られているうちに、この部屋を出るべきだろうが、タバサにはそれに勝る決意があった。
ヒーホーの前に、タバサは殻になった器を差し出して、こう言った。
「おかわり」
■■■
さてタバサ達がガリアで漫才を繰り広げている頃、トリステイン魔法学院では、恒例となったルイズの魔法練習が行われていた。
本日は午後の授業が自習になったため、人修羅とルイズは人気のないヴェストリの広場で練習をしている。
「空気が小さな粒の集合体だとしたら、体は途方もない量の粒が集まってできていると感じるんだ。その小さな粒すべてが、同時に、地面から離れていくように…」
「………ッ!」
ルイズが人修羅の言葉通り、自分の体を構成するすべてが、一度に上に移動する姿を思い浮かべた。
すると周囲に風もないのに、ルイズの髪の毛が浮いた。
ルイズの体と、身につけている服が少しずつ重力の束縛を離れていく、だがそれも数秒だけのことで、ふぅとため息をつくように力を抜くと元通りに垂れ下がった。
「…ふぅっ。ねえ、今のどうだった?」
ルイズが閉じていた目を開き人修羅を見ると、人修羅はルイズから顔を逸らしていた。
「白のレースでした」
「は?」
「なんでもない。髪の毛と服は浮いていたよ。コルベール先生の『レビテーション』と比べると無駄が多い気がするけど」
「……やっぱり、私の魔法は無駄が多いの?」
「そうだけど、ちょっと引っかかるものがあるんだ、疲れてるところ悪いけどさ……この石にレビテーションをかけてくれないか?」
立て膝の姿勢で、人修羅はポケットから小さな石を取り出し、ルイズに見えるよう右手で掲げた。
「わかったわ」
「それと注文がある、浮かせるんじゃなくて、その場に固定する形で魔法を想像して欲しい」
「固定?…うん、やってやるわよ、それじゃ行くわよ」
ルイズは杖を小石に向けると、ぶつぶつと何事かを呟き、小石にレビテーションをかけた。
人修羅はルイズの体から、何らかの力が放出されるのを感じていた、かつてボルテクス界で人修羅は、姿気配を消す鬼、隠行鬼(オンギョウキ)と対峙した。
姿も気配も見えぬ敵と戦ったときと同じように、五感と第六感を研ぎ澄まして、ルイズから放たれる力がどうやって、どんな形で、どんな流れを持って小石に影響を与えるのかを観察していく。
不意に、人修羅が手を振り下げた。
掌に置かれた小石は、人修羅の動きに合わせ地面に落ちるかと思ったが、予想に反し小石は宙に浮いている。
ルイズも少し驚いた様子だった、人修羅はその小石をもう一度握り込んで、ぐいと引っ張る。
「…単純な腕力じゃビクともしない。レビテーションなんてもんじゃないよ、これは、空中に物体を固定してる、それも、とんでもない力でだ」
言い終わるとルイズの集中力も切れたのか、小石は重力に従って地面に落ちた。
ルイズはハァハァと肩で息をしている。
「だいぶ疲れたみたいだな、ちょっとそこのベンチで休もう。なんか飲み物持ってこようか?」
「うん…そうしてちょうだい。なんか、すっごく疲れたわ」
「お持たせ致しました、ガリア北部茶葉のアイスティーです」
「「ん?」」
ルイズと人修羅が声のした方を見ると、いつから居たのかシエスタがトレイを持って中庭の入り口に待機していた。
よく見ると二人分のグラスが乗せられている。
「シエスタ、どうしたの?」
人修羅が問いかけると、シエスタはにこりと微笑んで二人に近寄り、冷たく冷やされた炭酸水の紅茶を差し出した。
「お二人が練習をしているのは聞いていましたから、喉を癒すのに水分を欲されると思いまして、勝手ながらお茶を準備させて頂きました」
「気が利いているわね、シエスタ。ところで怪我したところはもういいの?」
「はい、元々大きな怪我ではありませんし、皆さんから気を遣って頂いたので、もう大丈夫です」
ルイズはシエスタの心遣いに、ちょっとした喜びを感じていた。
そのお返しというわけではないが、モット伯の一件でシエスタが負った怪我を気遣い、怪我の様子を聞く。
シエスタもまた笑みを見せて怪我の回復を告げ、ルイズも、人修羅もそれを聞いて喜んだ。
シエスタから受け取ったアイスティーを飲む、ルイズは茶葉が良い物だと分かったのか、香りを嗅ぎなおし、嬉しそうに微笑む。
人修羅は味の善し悪しはよく分からなかったが、飲みやすく苦すぎないあっさりとした味と、ココロの落ち着くような柔らかい香りのおかげで、それなりに良い物だと想像できた。
一口飲み込んだところで、ヴェストリの広場とアウストリの広場を分ける連絡通路の上に顔を向ける。
「ロングビルさんも一緒にどうですかー」
「え?」「?」
人修羅の言葉に驚いたルイズとシエスタは、つられて通路の屋根を見上げた、すると死角になる位置からロングビルがひょっこりと顔を出した。
ロングビルはスカートを足で挟み込み、正座するような形でレビテーションを唱えて、屋根の上からゆっくりと降りてきた。
「…いつから気がついていたんですか?」
「本塔一階で後ろから視線を感じたし、ヴェストリの広場に出たところでフライか何かを使うような魔力を感じたんで」
人修羅の返答にロングビルが冷や汗を浮かべる、偶然午後の授業が自習になり、偶然ロングビルが人修羅とルイズを見かけ、軽い気持ちで人修羅を監視していたのだが、ここまで自分の動きが気づかれているとは思わなかった。
「それにしては、先ほどはシエスタさんに気づいていらっしゃらないようでしたが…」
「ああ、魔法が行使されるとマガツヒが……ええと生命力と魂の素材みたいなものですけど、それが揺らぐような気配を感じるんです」
「はあ…ちなみに、どれぐらいの範囲で分かるのですか?」
「せいぜい半径50メート…メイルぐらいだと思いますけどね」
殺気を含んだ視線ならどんな遠くでも『心眼』で分かる…とは口に出さなかった。
「改めて考えてみると非常識よね、人修羅って」
唐突にルイズがそんなことを呟いた。
「昨日だってコルベール先生とルーンの解析をしてたし、発音を波として考えるイメージトレーニングだって凄いし、この間見せてくれた…『放電』はライトニング・クラウドより凄そうだし…」
呟きながらも、ルイズは杖を人修羅に向ける。
「でも! なんで空を飛べないのよっ!」
「こらこら杖を人に向けるな、それに文句を言われても困る、俺だって自分で飛んでみたいよ」
頬をふくらますルイズに、両手を上げて人修羅が降参のポーズを取る。
そんな二人を、シエスタから渡されたアイスティーを飲みながら見つめていた。
「ふふっ」
ロングビルはその様子がおかしくて、つい笑みを零してしまった。
目の前にいる人修羅は、ドラゴンやエルフより危険視されるような化け物だとオールド・オスマンから警告されている、それは自分でディティクトマジックを使って確かめた。
いつ噴火するか分からない火山の火口、もしくは巨大なドラゴンの口の中をのぞき込むような恐怖、それが人修羅から感じた力だった。
だが、今はまったくその恐怖を感じない、それは人修羅が無差別に力を振るう暴君ではなく、理知的に、被害を最小限に抑えて反撃をするような存在だと思えたからだろうか。
ルイズをあしらう姿など、まるで年の離れた妹に手を焼いているようにしか見えない、そう思うと故郷の孤児達の姿がまぶたに浮かぶ気がした。
「ルーンはスカアハから多少聞いていたし、サンスクリットはだいそうじょうとフォルネウスが教えてくれたしな…こんなことならルーンはもうちょっと教わっておくべきだったかな」
「へえ、人修羅にも家庭教師がいたの?」
思考の海に落ちかけていたロングビルが、人修羅の声で引き戻される。
どうやら話題は、人修羅が誰から知恵を授かったか…という所らしい。
「家庭教師とは違うよ、いろんな仲魔が、できの悪い俺を支えてくれたんだ。中にはスパルタな奴も居たけどな!ダンテとかダンテとかダンテとか」
「ねえねえ、そういえばこの前言っていたピクシーって言う…妖精の仲間がいたんでしょ?妖精なんて見たこと無いんだけど、ホントにいるの?」
「まあ、妖精さんですか?」
妖精という言葉に、シエスタが興味深そうな表情になる。
「ああ。いたよ、ちょっと口が悪くてちょっと自分勝手でちょっと人の弱みにつけ込んでちょっと怒ると怖い…いやかなり怖いけど、頑張り屋で、電撃が得意な頼もしい奴さ」
頼もしい…その言葉でルイズ、シエスタ、ロングビルの三人は、そろって筋肉ムキムキで身長30サント程度の羽の生えた妖精さんを想像した、なぜかブーメランパンツにサムソンと書かれている。
人修羅の周囲を旋回しつつ、スキンヘッドに空いた穴から電撃を放つ妖精の姿…。
「でも体は小さくて…そうだな、30サント程度かな、女の子の姿をしていてさ、最初に見つけたときは驚いたよ、すごく助けられたなあ…」
女の子の姿と聞いて、話を聞いていた三人はほっと胸をなで下ろした。
「どうしたの?」
「なんでもないわ」「なんでもありませんよ」「わ、私は何も…」
人修羅は頭に?を浮かべたが、すぐにどうでもよくなり、ベンチに背中を預けて空を見上げた。
ピクシーは今頃どうしているんだろうか。
アクマの巣窟と化した病院の中で俺を助けてくれた、アマラの果てで、古き仲間として俺についてきてくれた。
シジマの世界で俺を助けてくれた、ムスビの世界で共に生き、ヨスガの世界で共に戦い……
カグヅチと戦い、ルシファーと戦い、あの最果ての果ての戦いで……共に戦った?
「どうしたの人修羅、黙っちゃって」
ふと目を開けると、ルイズが人修羅の顔をのぞき込んでいた。
「ん?ああ、ごめん、ちょっと考え事してた」
「そう、そろそろ授業時間も終わりだし、夕食前に部屋に戻るわよ」
「ああ…わかった。シエスタ、飲み物ありがとう」
「いえ、人修羅さんもお疲れ様です」
シエスタは一礼すると、夕食の準備を手伝うため、急いで厨房に戻っていった。
「それじゃ私も失礼しますわ、またお話を聞かせてくださいね」
ロングビルもそう言って離れていく、ヴェストリの広場には、人修羅とルイズが残った。
「行きましょ、人修羅」
「…ああ」
どこか腑に落ちない物を感じながら、人修羅はルイズの後を歩いていった。
■■■
■■■
「眩しいな」
夜、人修羅は魔法学院の中庭で、ベンチに腰掛けて月を見上げていた。
青白い光を発する月が、ボルテクス界の中央に浮かぶカグヅチと重なり、顔をしかめる。
「…俺は」
人修羅は自分の記憶に疑問を感じていた。
ボルテクス界は、いわば子宮の内側、世界を生み出すための母体。
その世界では無数のアクマ達が、世界の指針となる思想を、広め満たすために戦い続けていた。
そしていつしか俺は……
すべてが計算され尽くし、例外の認められぬ完全調和の世界、シジマの世界に居た。
強者のみが生き、弱者の生きることが許されぬ世界、ヨスガの世界に居た。
他者との接触を必要としない閉じた世界、ムスビの世界に俺は居た。
そしてすべてのコトワリを否定し尽くし、元の世界に戻ろうとした俺は、無数無限のアクマを従え、明けの明星と共に、唯一の神に、Y.H.V.Hに戦いを挑み、傷つき、倒れ、傷つき、痛み、仲魔を食らい、仲魔のマガツヒを食らい尽くして、敵も味方もアクマもカミも何もかも食らい尽くして………
「……あのとき、俺はピクシーを食った」
言葉に出すと、それがより実感を伴って現れてくる。
いつ終わるとも分からない戦いの果てに、仲魔だったアクマ達のマガツヒを食らい尽くした。
『吸血』の要領で仲間達のマガツヒを集め、食らった。
消えていくピクシー、ジャックフロスト、だいそうじょう、スカアハ、クーフーリン、メタトロン……そして最後には、ルシファーもY.H.V.Hすらも『食い尽くした』。
この記憶が本当だとしたら、仲魔を呼ぶことができぬ理由が説明できる。
「俺は……」
人修羅が見上げた月は、まるで涙を流したかのように滲んでいた。
■■■
翌日、ルイズが授業に出ている間、人修羅はオールド・オスマンの元に呼び出されていた。
「使い魔品評会ですか?」
「そうじゃ。三日後に姫殿下が魔法学院を視察に来られるんじゃ、その際に二年、三年生の使い魔達をお披露目するということになってのう」
オールド・オスマンがひげを撫でながら呟く、どこか申し訳なさそうに言葉を窄めているので、人修羅はオスマンの意図を察した。
三日後に、トリステインの姫殿下が魔法学院に立ち寄るという、視察という名目ではあるが、実際には魔法学院で学んでいる子弟と少しでも接点を作ろうとする貴族達の策略らしい。
とにかく、それを期に使い魔品評会が開かれることになった。
そこで困ったのが人修羅の扱い、品評会は使い魔と生徒全員の参加が求められているが、人修羅を人前に出すのは可能な限り避けたい。
「俺が派手な見せ物をしちゃ、ダメですよね、やっぱり」
「うむ…ワシもどうにかしてやりたいんじゃが、人修羅君の力を王宮の連中に見せるのは気が進まんでのう」
「ルイズさんの説得は大変だと思いますけど、まあ仕方ないですよ」
「ミス・ヴァリエールには病気の姉がおる。見舞いをかねた里帰りをしてもらうつもりじゃ」
「そ、そこまでしなくても…」
「いや本気じゃよ。その理由は、君の使う魔法にあるんじゃ」
「?」
オスマンは机の引き出しから、コルベールによって書かれた報告書を取り出す。
「『アナライズ』。解析の魔法じゃな。我々の用いる『ディティクト・マジック』とも違う。これで病気を解析したことはあるかね?」
人修羅は腕を組み、右手をあごに当てて考え込む仕草を取った。
「…病気を解析したことは無いです。性質や属性、耐性、状態などは細かく分かりますけど、病(やまい)にはまだ」
人修羅の説明を聞いたオスマンは、うんうんと唸った。
「それでも構わんよ、ミス・ヴァリエールの両親は、トリステインを代表する貴族として名高いんじゃが、同時に子煩悩で有名でなあ。
ミス・ヴァリエールの姉が生まれつきからだが弱く、その治癒のため八方に手を尽くしているというのは有名な話なんじゃよ」
「子煩悩?」
「ほれ、彼女は『ゼロ』と揶揄されておるが、それなのに魔法学院に入学させるというのが、既に子煩悩の証明のようなものなんじゃよ。
貴族は10才にもなれば『フライ』ぐらいは使えるようになるが、彼女は『レビテーション』も『念力』も成功した試しがなかった。
ほとんどの貴族は魔法が使えるようになるまで家庭教師の下で練習をさせるじゃろう、しかし彼女の親はそれをしなかった、それが何故だか分かるかね?」
人修羅は首を横に振り、わからない、と呟く。
「彼女を一人の貴族として教育しているからじゃよ。魔法学院は、魔法と社交を学ぶ場所でもあるんじゃ。たとえ魔法が成功しなくとも、親にとって彼女は『貴族』なんじゃよ」
「はあ…なるほど」
どこか別の世界の話のようで、人修羅は気のない返事をしてしまった。
「納得いかんという顔じゃの」
「あー、その何と言いますか、別世界というか、いや実際に別世界なんですけど、社交ってのがイマイチよく分からないんです。
元の世界で貴族と言ったら、イギリスとか華族とか平安貴族ぐらいしか思いつかないし」
オスマンはふむふむと頷く。
「そういえば、君の生まれは貴族の居ない土地じゃったの。まあ一言で説明すれば…貴族にとって『貴族である』とは、生まれだけでなくその生き方を含めたすべてなんじゃよ。
ミス・ヴァリエールは両親の期待を一身に背負っておる。魔法が使えなくとも、優れた政で争いを回避し、調和を保った貴族は沢山いるのじゃよ。
ただ残念なことに政だけでは絶対的な評価にならんのじゃ、貴族は威光すらも魔法に頼るんじゃ」
「なるほどね……じゃあ、ルイズさんの両親は、メイジだけではなく、あくまでも政治を司る貴族として一人前になれるよう願ってるんですね?」
「そう考えて良いじゃろう。だからこそ君に、彼女の姉、ミス・カトレアを診察し、可能なら君の持つ回復魔法で治癒を施して欲しいんじゃ」
「恩を売れと?」
「言葉を選ばぬなら、その通りじゃ」
■■■
午前の授業が終わり、昼食が終わったところで、今度はルイズが学院長に呼び出された。
三日後の使い魔品評会に参加できないと聞いたルイズは、不満を漏らすだろうか、それともヒステリックに怒りを表すだろうか、それとも納得してくれるだろうか?
そんなことを考えて日向ぼっこをする人修羅の周囲を、使い魔達が囲んでいた。
「ふもっ」
「ようヴェルダンデ。ミミズ?いや、俺はミミズは食べ慣れてないんだ。ごめん」
「ゲコゲコッ
「ロビンか、最近暑いって?そりゃ季節がそうなんだから仕方ないよ、水場に行けばいいじゃないか。え?人間達に踏まれそうになった?そりゃ大変だな、主人と一緒に部屋に居ればいいじゃないか。え?臭いがキツイ?」
なぜか使い魔達の言葉が分かるので、人修羅の周りには使い魔達が近づきやすい。
特にシルフィードは普段の鬱憤が溜まっているのか、よく喋る。
「きゅい!」(ひとしゅらー、こんにちわなのねー。今日のお肉はいつもと違ったのね、ひとしゅらも食べた?)
「ああ、シルフィードか。昼飯はいつもと違う肉だった?ああ、昨日俺が取って来た熊の肉かな」
「人修羅が捕まえてきたの?美味しかったのね!」(きゅいきゅい!)
「そう言ってもらえるとありがたいよ。それにしても体が大きいから、食べ物も大変だなあ」
「そんなことは無いのね、人間の方が沢山食べるし、無駄も多いのね」(きゅい、きゅきゅ)
「ああ確かにマルトーさん嘆いてるよな。せっかくの料理も食べ残しが多いんじゃ残念だよなあ」
「まったくその通りなのね!この間はお姉様、意地悪な従姉妹にかき氷を沢山食べさせられて、お腹壊しちゃったのね」(きゅいきゅいきゅい、きゅい!)
「へえそれは大変だなあ……ん?」
人修羅は学院の本塔からただならぬ気配を感じた。
見ると、タバサが血相を変えてシルフィードの元に飛んで来た、比喩ではなくフライを用いて超低空を移動している。
シルフィードは顔を青ざめ、他の使い魔達も悪い予感がしたのか、人修羅の周囲からパッと離れていった。
ゴツン
「きゅい!」
「喋っちゃダメ」
「きゅい~…」
タバサはシルフィードに近づくと、自分の背より大きな杖でシルフィードを叩いた、シルフィードは涙目になって謝っている。
「お、おい、そんなに叩いちゃかわいそうだって」
人修羅が止めようとすると、タバサはずいと人修羅に詰め寄った。
小柄なタバサが、人修羅に掴みかかる勢いで顔を見上げている姿は、ちょっと犯罪的と言える。
「シルフィードが(人語を)喋ったことは誰にも言わないで」
「え?ああ。(かき氷を食べて腹をこわしたなんて)誰にも言わないよ」
「絶対に、誰にも言わないで」
「事情はともかく、言いふらす真似なんかしたくないよ。大丈夫、絶対に誰にも言わない」
「…ありがとう」
「どういたしまして」
ぺこりと頭を下げたタバサは、シルフィードの背に飛び乗り、どこかへ飛んでいってしまった。
タバサの様子では、これからシルフィードに教育という名のお仕置きが待っている頃だろう。
「それにしても、かき氷ってこの世界にもあったのか…」
結局、人修羅はシルフィードが喋った事に気がついていなかった。
■■■
「人修羅」
使い魔達が離れてしまい、また一人で日向ぼっこをしていたところ、背後から聞き慣れた声で呼びかけられた。
「ルイズさんか、学院長の話は終わったの?」
「…それなんだけど、ちょっと聞きたいことがあるの」
「ああ、いいけど…」
人修羅がそう呟くと、ルイズは人修羅を花壇脇のベンチに誘った。
ルイズが座り、その隣に人修羅が座る、と同時にカランコロンと午後の授業開始時間を告げる鐘が鳴った。
「授業、いいの?」
「いいの。……ねえ人修羅、私には二人の姉がいるの。長女のエレオノールお姉様と、次女のカトレア姉様。
エレオノール姉様はすごく頭が良くて、魔法アカデミーの主任研究員を務めていらっしゃるわ」
「アカデミー?大学…国営の研究機関とか、そんな感じのものか?」
「そうよ、トリステインの魔法研究を中心を担っているわ。姉様は土系統を得意としているんだけど、それを病気の治癒に利用できないか研究していると言っていたわ」
「病気か…それって、もしかして、もう一人のお姉さんのために」
ルイズが空を見上げる、両手にはぎゅっと力が込められ、膝の上で握り拳を作っている。
「オールド・オスマンから聞いたの?その通りよ、私もいつかアカデミーに入って、カトレア姉様の病気を治してあげたいの」
そうっと、ルイズが人修羅の袖を掴む。
ルイズに買ってもらった服のうち、今日着ている者は魔法学院の制服と作りは同じで、色がクリーム色になっている。
硬すぎず柔らかすぎない天然素材で作られたそれを、ぎゅっと握りしめて、ルイズは人修羅の顔を見上げた。
「私、魔法が使えなくて悔しかった、ちい姉さまを助けたいのに何もできなくて悔しかったのよ。
人修羅の力は世に出すなって、オールド・オスマンから言われたけど、私の使い魔なら、協力して、ちい姉様を助けるために協力して! …お願い……」
ルイズが涙を流している。
輝く涙の粒に、人修羅は驚愕した。
「あ、ああ。その、泣かないでくれ。断るつもりはないよ。
それにまだ俺の力が役立つと決まった訳じゃないんだ、この世界でどれだけ通じるか分からないし、とにかく、一度見てみないと」
「……うん」
ルイズは静かに頷いた。
その頭に、人修羅は軽く手を乗せて、撫でる。
(妹ができたらこんな気持ちだろうか?どこか微笑ましくて、守ってやりたくなる…)
思わずほほえんだ人修羅を見て、ルイズも少し安心したのか、小さくほほえんだ。
二人の様子は、恋人と言うより、仲の良い兄妹のようであった。
……と、のぞき見していたマリコルヌはコメントしている。
■■■
「…すー…」
「寝ちゃったか、泣き疲れて眠るなんて子供みたいだな」
「すー…げっぷ」
「……なんか酒臭いぞ」
ふと先ほど、ルイズに泣きつかれた時のことを思い出すと、ルイズは頬どころか耳まで真っ赤に染めていた気がする。
あのときは興奮のためだと思ったが、よく考えれば,、こんなに感情を露わにするなんて異常ではないだろうか。
「あの、ミス・ヴァリエールは大丈夫でしょうか?」
「シエスタ?」
いつの間にか、近くに来ていたシエスタが、心配そうにルイズの顔をのぞき込んだ。
「先ほど学院長室で、ずいぶん強いお酒を召し上がっていたようですけど…お水を部屋にお持ちしましょうか?」
「酒?どういうこと?」
「ええと、学院長室で、オールド・オスマンが……」
『ミス・ヴァリエール!まず気を落ち着けるために一杯飲みなさい。
いいかね、君の姉のことはワシも少しは聞いておる、治癒の方法を探して君が努力しているのもよく知っておる。
おっと飲み干したならもう一杯飲みなさい、これは薬酒でのう、健康のためを思って取り寄せたんじゃ、まず味見しなさい。
それで人修羅くんの力で診察してもらってはどうかと思うんじゃよ、彼はワシらとは違う体系の魔法を知っておるし…おうおうイケる口じゃの、もっと飲みなさい。まだ飲みなさい、ほれ飲みなさい……』
「っていう事があったんですけど」
「あのじじい!ルイズさんが泣き上戸って知っててやりやがったな!」
「うっぷ…うおぇええぇっ」
「うわぁ!?」
「きゃあ大変!?」
#navi(アクマがこんにちわ)
#navi(アクマがこんにちわ)
ガリアの王都リュティス。
トリステインとの国境から千リーグ離れた内陸部に位置し、人口は三十万を誇るハルケギニア最大の都市。
その東端にはガリアの王宮、ヴェルサルテイルがある。
広大な森を切り開き建てられた巨大壮麗な宮殿は、現在ではガリアの王ジョゼフ一世がその主であった。
中央に位置するは「グラン・トロワ」薔薇色の大理石で組まれた建物は政の中心。
そこから少し離れたところに、薄桃色の小宮殿があり、そこはジョゼフの娘、王女イザベラの住まう宮殿となっていた。
年の頃十七ほどの少女が、ベッドの下をのぞき込む、少女はベッドの下に何もないと知ると、体を起こしてきょろきょろとあたりを見渡した。
青みがかった紙の色と、瞳は、ガリア王家の血をひいている何よりの証であった、彼女は肩まで伸ばされ、よく手入れされた青髪を風に揺らせて、どこか心配そうにしていた。
「ヒーホー、どこに行ったんだい…」
がっくりと肩を下ろし、ため息をつく、彼女が探しているのはつい最近呼び出した使い魔であり、丸っこい体の愛くるしい雪の妖精。
ベッドの隣に垂れ下がった紐を引っ張ると、三人組の侍女が居室に飛び込んでくる。
「お呼びでございますか? 殿下」
「ヒーホーを見なかったかい?」
「ヒーホー様は先ほど、イザベラ様にカキゴーリを作るホー、と言って厨房に…」
「厨房だって?」
と、突然少女の目つきが鋭くなる。
「は、はい、イザベラ様の名を出されたので、私どもには…」
「ああ、いい、用が済んだらすぐ戻るように言いなさい」
心なしか侍女達は、ほっとしたような表情になった。
「ところで、ガーゴイルはまだ来ないのかい」
年長の侍女が首を振った。
「シャルロットさまは、まだお見えになっておりません」
「ただの人形よ。ガーゴイルで十分よ」
「は、はい……」
侍女たちは、恐ろしそうに口ごもった。
今からイザベラの元を訪ねてくるシャルロットは、ガリア王家の血を引く王族であり、イザベラの従妹にあたる。
ある事情によって王家の権利と名前を剥奪されたとはいえ、召使に過ぎない侍女たちが無礼な態度を取れるはずがなかった。
しかしイザベラは、召使たちの無言の葛藤に気づきもせず、ベッドに腰掛け、両手で何かを抱きかかえるような仕草をしていた。
年長の侍女はそれを見て、イザベラの使い魔『ヒーホー』を抱きしめる仕草だとすぐ気づいたが、余計なことを言って怒らせても困るので、生暖かい目でそれを見守っていた。
■■■
それからまもなくして、プチ・トロワにの庭に、シルフィードが降り立った。
シルフィードから降りたタバサは、シルフィードの食事を衛士に頼むと、王女の部屋の前へとやってきた。
部屋の前では、ガーゴイルが扉を守っており、タバサがやってきたのを確認すると交差させた杖を解除した。
ガリアは他の国に比べて、意思を持たされた人形や像、すなわち”ガーゴイル”がよく使われている。
”ゴーレム”などは単純作業を繰り返したり、いちいち事細かな命令が必要になるが、ガーゴイルは独立した議事意識をもっており、単純な命令でも複雑な命令をこなすことが出来る。
言い換えれば、ゴーレムより気の利いた存在であった。
ガリアではガーゴイルが至るところで使われているため、ガリアはそれだけ魔法技術が発達した国だとされている。
タバサは、天井から垂れ下がった分厚い生地のカーテンをめくって、イザベラの部屋に入った。
いつもなら従姉妹のイザベラから、腐った卵を投げつけられたり、石を投げつけられたりと嫌がらせされるのだが、今回は何も来ない。
いつもとは違う嫌がらせでも思いついたのだろうか…と思ったところで、目の前に縫いぐるみのような何かがいるのに気づいた。
「ヒーホー、かき氷食べるホー?」
その声を聞いたタバサは、思わず頭にクエスチョンマークを浮かべた。
差し出された器には、細かく砕かれた氷が山盛りになっており、上から半分までは赤く染まっている。
どうしていいか分からず硬直すること一秒、その隙にドタドタドタと足音を鳴らして、イザベラが部屋に飛び込んできた。
「ああああああああっ! ヒーホーこんなところにいたのかい!ああもう厨房に見に行っても居ないから心配した……よ……」
「ホ?」
ガリアの北花壇騎士として数々の任務をこなしたタバサが反応できぬほどの速度で、イザベラはヒーホーを抱き上げてお腹のあたりをなで回し、ほおずりした。
タバサはヒーホーの手から離れて、一瞬だけ宙に浮いたかき氷を素早く両手でキャッチすると、今までにない奇行に走った従姉妹姫を見て目をぱちくりとさせた。
対してイザベラも、ヒーホーに抱きついて頬ずりするという一部始終をタバサに見られて、顔を真っ赤にしていた。
「イザベラちゃん、苦しいホー」
「あ、ああ……」
イザベラはヒーホーを離すと、踵を返してベッドにに座り、こほん、と咳払いをして気を落ち着けた。
ベッドの上に放ってあった書簡を手に取ると、タバサに向けて放り投げる。
恥ずかしいところを見られた、よりによってシャルロットに!そんな羞恥心と怒りと自己嫌悪の入り交じる感情のまま、イザベラは口を開く。
「北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールパルテル)七号のあんたの任務よ。さっさと片付けてきなさい」
放り投げた書簡は宙を舞い、かき氷を食べているタバサの足下に落ちた。
だがタバサは書簡に気を向けることなく、黙々と柔らかく甘いかき氷を食べていた。
「かき氷美味しいホー?」
「……美味しい」
「良かったホー」
「お前ら話を聞けー!!!」
勢いよく立ち上がり、両拳を握りしめたイザベラが叫び声を上げる、おでこにうっすらと青筋が浮かぶ程の叫びだった。
「怒っちゃダメだホね、かき氷を食べて落ち着くホー。何味がいいホ?」
「あ、ああ、じゃああたしはこの間のやつを」
「ブルーハワイだホね」
そう言うとヒーホーは、空の器の上に手をかざす、すると掌から極薄の氷の結晶が現れ、局地的なダイヤモンドダストとなって器の中を氷で満たした。
「ああ、これだよこれ、まったく不思議な甘さだよ」
どこから取り出したかプラスチック製の透明なスプーンを手に、イザベラはかき氷を食べはじめた、青筋はとうに消えて、その表情は満面の笑みに変わっている。
「シロップはボルテクス界のスーパーで沢山集めたんだホ、まだまだあるから沢山食べるといいホー」
「よく分からないけどお前の居た所は不思議なところだねえ」
「一度遊びに来ると良いホー、今メタトロンが門を作ってる頃だホ、すぐに行き来できるホよ」
かき氷を食べ終わったタバサは、足下に落ちていた書簡を拾い上げると中身を確認する。
イザベラがかき氷に気を取られているうちに、この部屋を出るべきだろうが、タバサにはそれに勝る決意があった。
ヒーホーの前に、タバサは殻になった器を差し出して、こう言った。
「おかわり」
■■■
さてタバサ達がガリアで漫才を繰り広げている頃、トリステイン魔法学院では、恒例となったルイズの魔法練習が行われていた。
本日は午後の授業が自習になったため、人修羅とルイズは人気のないヴェストリの広場で練習をしている。
「空気が小さな粒の集合体だとしたら、体は途方もない量の粒が集まってできていると感じるんだ。その小さな粒すべてが、同時に、地面から離れていくように…」
「………ッ!」
ルイズが人修羅の言葉通り、自分の体を構成するすべてが、一度に上に移動する姿を思い浮かべた。
すると周囲に風もないのに、ルイズの髪の毛が浮いた。
ルイズの体と、身につけている服が少しずつ重力の束縛を離れていく、だがそれも数秒だけのことで、ふぅとため息をつくように力を抜くと元通りに垂れ下がった。
「…ふぅっ。ねえ、今のどうだった?」
ルイズが閉じていた目を開き人修羅を見ると、人修羅はルイズから顔を逸らしていた。
「白のレースでした」
「は?」
「なんでもない。髪の毛と服は浮いていたよ。コルベール先生の『レビテーション』と比べると無駄が多い気がするけど」
「……やっぱり、私の魔法は無駄が多いの?」
「そうだけど、ちょっと引っかかるものがあるんだ、疲れてるところ悪いけどさ……この石にレビテーションをかけてくれないか?」
立て膝の姿勢で、人修羅はポケットから小さな石を取り出し、ルイズに見えるよう右手で掲げた。
「わかったわ」
「それと注文がある、浮かせるんじゃなくて、その場に固定する形で魔法を想像して欲しい」
「固定?…うん、やってやるわよ、それじゃ行くわよ」
ルイズは杖を小石に向けると、ぶつぶつと何事かを呟き、小石にレビテーションをかけた。
人修羅はルイズの体から、何らかの力が放出されるのを感じていた、かつてボルテクス界で人修羅は、姿気配を消す鬼、隠行鬼(オンギョウキ)と対峙した。
姿も気配も見えぬ敵と戦ったときと同じように、五感と第六感を研ぎ澄まして、ルイズから放たれる力がどうやって、どんな形で、どんな流れを持って小石に影響を与えるのかを観察していく。
不意に、人修羅が手を振り下げた。
掌に置かれた小石は、人修羅の動きに合わせ地面に落ちるかと思ったが、予想に反し小石は宙に浮いている。
ルイズも少し驚いた様子だった、人修羅はその小石をもう一度握り込んで、ぐいと引っ張る。
「…単純な腕力じゃビクともしない。レビテーションなんてもんじゃないよ、これは、空中に物体を固定してる、それも、とんでもない力でだ」
言い終わるとルイズの集中力も切れたのか、小石は重力に従って地面に落ちた。
ルイズはハァハァと肩で息をしている。
「だいぶ疲れたみたいだな、ちょっとそこのベンチで休もう。なんか飲み物持ってこようか?」
「うん…そうしてちょうだい。なんか、すっごく疲れたわ」
「お持たせ致しました、ガリア北部茶葉のアイスティーです」
「「ん?」」
ルイズと人修羅が声のした方を見ると、いつから居たのかシエスタがトレイを持って中庭の入り口に待機していた。
よく見ると二人分のグラスが乗せられている。
「シエスタ、どうしたの?」
人修羅が問いかけると、シエスタはにこりと微笑んで二人に近寄り、冷たく冷やされた炭酸水の紅茶を差し出した。
「お二人が練習をしているのは聞いていましたから、喉を癒すのに水分を欲されると思いまして、勝手ながらお茶を準備させて頂きました」
「気が利いているわね、シエスタ。ところで怪我したところはもういいの?」
「はい、元々大きな怪我ではありませんし、皆さんから気を遣って頂いたので、もう大丈夫です」
ルイズはシエスタの心遣いに、ちょっとした喜びを感じていた。
そのお返しというわけではないが、モット伯の一件でシエスタが負った怪我を気遣い、怪我の様子を聞く。
シエスタもまた笑みを見せて怪我の回復を告げ、ルイズも、人修羅もそれを聞いて喜んだ。
シエスタから受け取ったアイスティーを飲む、ルイズは茶葉が良い物だと分かったのか、香りを嗅ぎなおし、嬉しそうに微笑む。
人修羅は味の善し悪しはよく分からなかったが、飲みやすく苦すぎないあっさりとした味と、ココロの落ち着くような柔らかい香りのおかげで、それなりに良い物だと想像できた。
一口飲み込んだところで、ヴェストリの広場とアウストリの広場を分ける連絡通路の上に顔を向ける。
「ロングビルさんも一緒にどうですかー」
「え?」「?」
人修羅の言葉に驚いたルイズとシエスタは、つられて通路の屋根を見上げた、すると死角になる位置からロングビルがひょっこりと顔を出した。
ロングビルはスカートを足で挟み込み、正座するような形でレビテーションを唱えて、屋根の上からゆっくりと降りてきた。
「…いつから気がついていたんですか?」
「本塔一階で後ろから視線を感じたし、ヴェストリの広場に出たところでフライか何かを使うような魔力を感じたんで」
人修羅の返答にロングビルが冷や汗を浮かべる、偶然午後の授業が自習になり、偶然ロングビルが人修羅とルイズを見かけ、軽い気持ちで人修羅を監視していたのだが、ここまで自分の動きが気づかれているとは思わなかった。
「それにしては、先ほどはシエスタさんに気づいていらっしゃらないようでしたが…」
「ああ、魔法が行使されるとマガツヒが……ええと生命力と魂の素材みたいなものですけど、それが揺らぐような気配を感じるんです」
「はあ…ちなみに、どれぐらいの範囲で分かるのですか?」
「せいぜい半径50メート…メイルぐらいだと思いますけどね」
殺気を含んだ視線ならどんな遠くでも『心眼』で分かる…とは口に出さなかった。
「改めて考えてみると非常識よね、人修羅って」
唐突にルイズがそんなことを呟いた。
「昨日だってコルベール先生とルーンの解析をしてたし、発音を波として考えるイメージトレーニングだって凄いし、この間見せてくれた…『放電』はライトニング・クラウドより凄そうだし…」
呟きながらも、ルイズは杖を人修羅に向ける。
「でも! なんで空を飛べないのよっ!」
「こらこら杖を人に向けるな、それに文句を言われても困る、俺だって自分で飛んでみたいよ」
頬をふくらますルイズに、両手を上げて人修羅が降参のポーズを取る。
そんな二人を、シエスタから渡されたアイスティーを飲みながら見つめていた。
「ふふっ」
ロングビルはその様子がおかしくて、つい笑みを零してしまった。
目の前にいる人修羅は、ドラゴンやエルフより危険視されるような化け物だとオールド・オスマンから警告されている、それは自分でディティクトマジックを使って確かめた。
いつ噴火するか分からない火山の火口、もしくは巨大なドラゴンの口の中をのぞき込むような恐怖、それが人修羅から感じた力だった。
だが、今はまったくその恐怖を感じない、それは人修羅が無差別に力を振るう暴君ではなく、理知的に、被害を最小限に抑えて反撃をするような存在だと思えたからだろうか。
ルイズをあしらう姿など、まるで年の離れた妹に手を焼いているようにしか見えない、そう思うと故郷の孤児達の姿がまぶたに浮かぶ気がした。
「ルーンはスカアハから多少聞いていたし、サンスクリットはだいそうじょうとフォルネウスが教えてくれたしな…こんなことならルーンはもうちょっと教わっておくべきだったかな」
「へえ、人修羅にも家庭教師がいたの?」
思考の海に落ちかけていたロングビルが、人修羅の声で引き戻される。
どうやら話題は、人修羅が誰から知恵を授かったか…という所らしい。
「家庭教師とは違うよ、いろんな仲魔が、できの悪い俺を支えてくれたんだ。中にはスパルタな奴も居たけどな!ダンテとかダンテとかダンテとか」
「ねえねえ、そういえばこの前言っていたピクシーって言う…妖精の仲間がいたんでしょ?妖精なんて見たこと無いんだけど、ホントにいるの?」
「まあ、妖精さんですか?」
妖精という言葉に、シエスタが興味深そうな表情になる。
「ああ。いたよ、ちょっと口が悪くてちょっと自分勝手でちょっと人の弱みにつけ込んでちょっと怒ると怖い…いやかなり怖いけど、頑張り屋で、電撃が得意な頼もしい奴さ」
頼もしい…その言葉でルイズ、シエスタ、ロングビルの三人は、そろって筋肉ムキムキで身長30サント程度の羽の生えた妖精さんを想像した、なぜかブーメランパンツにサムソンと書かれている。
人修羅の周囲を旋回しつつ、スキンヘッドに空いた穴から電撃を放つ妖精の姿…。
「でも体は小さくて…そうだな、30サント程度かな、女の子の姿をしていてさ、最初に見つけたときは驚いたよ、すごく助けられたなあ…」
女の子の姿と聞いて、話を聞いていた三人はほっと胸をなで下ろした。
「どうしたの?」
「なんでもないわ」「なんでもありませんよ」「わ、私は何も…」
人修羅は頭に?を浮かべたが、すぐにどうでもよくなり、ベンチに背中を預けて空を見上げた。
ピクシーは今頃どうしているんだろうか。
アクマの巣窟と化した病院の中で俺を助けてくれた、アマラの果てで、古き仲間として俺についてきてくれた。
シジマの世界で俺を助けてくれた、ムスビの世界で共に生き、ヨスガの世界で共に戦い……
カグヅチと戦い、ルシファーと戦い、あの最果ての果ての戦いで……共に戦った?
「どうしたの人修羅、黙っちゃって」
ふと目を開けると、ルイズが人修羅の顔をのぞき込んでいた。
「ん?ああ、ごめん、ちょっと考え事してた」
「そう、そろそろ授業時間も終わりだし、夕食前に部屋に戻るわよ」
「ああ…わかった。シエスタ、飲み物ありがとう」
「いえ、人修羅さんもお疲れ様です」
シエスタは一礼すると、夕食の準備を手伝うため、急いで厨房に戻っていった。
「それじゃ私も失礼しますわ、またお話を聞かせてくださいね」
ロングビルもそう言って離れていく、ヴェストリの広場には、人修羅とルイズが残った。
「行きましょ、人修羅」
「…ああ」
どこか腑に落ちない物を感じながら、人修羅はルイズの後を歩いていった。
■■■
■■■
「眩しいな」
夜、人修羅は魔法学院の中庭で、ベンチに腰掛けて月を見上げていた。
青白い光を発する月が、ボルテクス界の中央に浮かぶカグヅチと重なり、顔をしかめる。
「…俺は」
人修羅は自分の記憶に疑問を感じていた。
ボルテクス界は、いわば子宮の内側、世界を生み出すための母体。
その世界では無数のアクマ達が、世界の指針となる思想を、広め満たすために戦い続けていた。
そしていつしか俺は……
すべてが計算され尽くし、例外の認められぬ完全調和の世界、シジマの世界に居た。
強者のみが生き、弱者の生きることが許されぬ世界、ヨスガの世界に居た。
他者との接触を必要としない閉じた世界、ムスビの世界に俺は居た。
そしてすべてのコトワリを否定し尽くし、元の世界に戻ろうとした俺は、無数無限のアクマを従え、明けの明星と共に、唯一の神に、Y.H.V.Hに戦いを挑み、傷つき、倒れ、傷つき、痛み、仲魔を食らい、仲魔のマガツヒを食らい尽くして、敵も味方もアクマもカミも何もかも食らい尽くして………
「……あのとき、俺はピクシーを食った」
言葉に出すと、それがより実感を伴って現れてくる。
いつ終わるとも分からない戦いの果てに、仲魔だったアクマ達のマガツヒを食らい尽くした。
『吸血』の要領で仲間達のマガツヒを集め、食らった。
消えていくピクシー、ジャックフロスト、だいそうじょう、スカアハ、クーフーリン、メタトロン……そして最後には、ルシファーもY.H.V.Hすらも『食い尽くした』。
この記憶が本当だとしたら、仲魔を呼ぶことができぬ理由が説明できる。
「俺は……」
人修羅が見上げた月は、まるで涙を流したかのように滲んでいた。
■■■
翌日、ルイズが授業に出ている間、人修羅はオールド・オスマンの元に呼び出されていた。
「使い魔品評会ですか?」
「そうじゃ。三日後に姫殿下が魔法学院を視察に来られるんじゃ、その際に二年、三年生の使い魔達をお披露目するということになってのう」
オールド・オスマンがひげを撫でながら呟く、どこか申し訳なさそうに言葉を窄めているので、人修羅はオスマンの意図を察した。
三日後に、トリステインの姫殿下が魔法学院に立ち寄るという、視察という名目ではあるが、実際には魔法学院で学んでいる子弟と少しでも接点を作ろうとする貴族達の策略らしい。
とにかく、それを期に使い魔品評会が開かれることになった。
そこで困ったのが人修羅の扱い、品評会は使い魔と生徒全員の参加が求められているが、人修羅を人前に出すのは可能な限り避けたい。
「俺が派手な見せ物をしちゃ、ダメですよね、やっぱり」
「うむ…ワシもどうにかしてやりたいんじゃが、人修羅君の力を王宮の連中に見せるのは気が進まんでのう」
「ルイズさんの説得は大変だと思いますけど、まあ仕方ないですよ」
「ミス・ヴァリエールには病気の姉がおる。見舞いをかねた里帰りをしてもらうつもりじゃ」
「そ、そこまでしなくても…」
「いや本気じゃよ。その理由は、君の使う魔法にあるんじゃ」
「?」
オスマンは机の引き出しから、コルベールによって書かれた報告書を取り出す。
「『アナライズ』。解析の魔法じゃな。我々の用いる『ディティクト・マジック』とも違う。これで病気を解析したことはあるかね?」
人修羅は腕を組み、右手をあごに当てて考え込む仕草を取った。
「…病気を解析したことは無いです。性質や属性、耐性、状態などは細かく分かりますけど、病(やまい)にはまだ」
人修羅の説明を聞いたオスマンは、うんうんと唸った。
「それでも構わんよ、ミス・ヴァリエールの両親は、トリステインを代表する貴族として名高いんじゃが、同時に子煩悩で有名でなあ。
ミス・ヴァリエールの姉が生まれつきからだが弱く、その治癒のため八方に手を尽くしているというのは有名な話なんじゃよ」
「子煩悩?」
「ほれ、彼女は『ゼロ』と揶揄されておるが、それなのに魔法学院に入学させるというのが、既に子煩悩の証明のようなものなんじゃよ。
貴族は10才にもなれば『フライ』ぐらいは使えるようになるが、彼女は『レビテーション』も『念力』も成功した試しがなかった。
ほとんどの貴族は魔法が使えるようになるまで家庭教師の下で練習をさせるじゃろう、しかし彼女の親はそれをしなかった、それが何故だか分かるかね?」
人修羅は首を横に振り、わからない、と呟く。
「彼女を一人の貴族として教育しているからじゃよ。魔法学院は、魔法と社交を学ぶ場所でもあるんじゃ。たとえ魔法が成功しなくとも、親にとって彼女は『貴族』なんじゃよ」
「はあ…なるほど」
どこか別の世界の話のようで、人修羅は気のない返事をしてしまった。
「納得いかんという顔じゃの」
「あー、その何と言いますか、別世界というか、いや実際に別世界なんですけど、社交ってのがイマイチよく分からないんです。
元の世界で貴族と言ったら、イギリスとか華族とか平安貴族ぐらいしか思いつかないし」
オスマンはふむふむと頷く。
「そういえば、君の生まれは貴族の居ない土地じゃったの。まあ一言で説明すれば…貴族にとって『貴族である』とは、生まれだけでなくその生き方を含めたすべてなんじゃよ。
ミス・ヴァリエールは両親の期待を一身に背負っておる。魔法が使えなくとも、優れた政で争いを回避し、調和を保った貴族は沢山いるのじゃよ。
ただ残念なことに政だけでは絶対的な評価にならんのじゃ、貴族は威光すらも魔法に頼るんじゃ」
「なるほどね……じゃあ、ルイズさんの両親は、メイジだけではなく、あくまでも政治を司る貴族として一人前になれるよう願ってるんですね?」
「そう考えて良いじゃろう。だからこそ君に、彼女の姉、ミス・カトレアを診察し、可能なら君の持つ回復魔法で治癒を施して欲しいんじゃ」
「恩を売れと?」
「言葉を選ばぬなら、その通りじゃ」
■■■
午前の授業が終わり、昼食が終わったところで、今度はルイズが学院長に呼び出された。
三日後の使い魔品評会に参加できないと聞いたルイズは、不満を漏らすだろうか、それともヒステリックに怒りを表すだろうか、それとも納得してくれるだろうか?
そんなことを考えて日向ぼっこをする人修羅の周囲を、使い魔達が囲んでいた。
「ふもっ」
「ようヴェルダンデ。ミミズ?いや、俺はミミズは食べ慣れてないんだ。ごめん」
「ゲコゲコッ」
「ロビンか、最近暑いって?そりゃ季節がそうなんだから仕方ないよ、水場に行けばいいじゃないか。え?人間達に踏まれそうになった?そりゃ大変だな、主人と一緒に部屋に居ればいいじゃないか。え?臭いがキツイ?」
なぜか使い魔達の言葉が分かるので、人修羅の周りには使い魔達が近づきやすい。
特にシルフィードは普段の鬱憤が溜まっているのか、よく喋る。
「きゅい!」(ひとしゅらー、こんにちわなのねー。今日のお肉はいつもと違ったのね、ひとしゅらも食べた?)
「ああ、シルフィードか。昼飯はいつもと違う肉だった?ああ、昨日俺が取って来た熊の肉かな」
「人修羅が捕まえてきたの?美味しかったのね!」(きゅいきゅい!)
「そう言ってもらえるとありがたいよ。それにしても体が大きいから、食べ物も大変だなあ」
「そんなことは無いのね、人間の方が沢山食べるし、無駄も多いのね」(きゅい、きゅきゅ)
「ああ確かにマルトーさん嘆いてるよな。せっかくの料理も食べ残しが多いんじゃ残念だよなあ」
「まったくその通りなのね!この間はお姉様、意地悪な従姉妹にかき氷を沢山食べさせられて、お腹壊しちゃったのね」(きゅいきゅいきゅい、きゅい!)
「へえそれは大変だなあ……ん?」
人修羅は学院の本塔からただならぬ気配を感じた。
見ると、タバサが血相を変えてシルフィードの元に飛んで来た、比喩ではなくフライを用いて超低空を移動している。
シルフィードは顔を青ざめ、他の使い魔達も悪い予感がしたのか、人修羅の周囲からパッと離れていった。
ゴツン
「きゅい!」
「喋っちゃダメ」
「きゅい~…」
タバサはシルフィードに近づくと、自分の背より大きな杖でシルフィードを叩いた、シルフィードは涙目になって謝っている。
「お、おい、そんなに叩いちゃかわいそうだって」
人修羅が止めようとすると、タバサはずいと人修羅に詰め寄った。
小柄なタバサが、人修羅に掴みかかる勢いで顔を見上げている姿は、ちょっと犯罪的と言える。
「シルフィードが(人語を)喋ったことは誰にも言わないで」
「え?ああ。(かき氷を食べて腹をこわしたなんて)誰にも言わないよ」
「絶対に、誰にも言わないで」
「事情はともかく、言いふらす真似なんかしたくないよ。大丈夫、絶対に誰にも言わない」
「…ありがとう」
「どういたしまして」
ぺこりと頭を下げたタバサは、シルフィードの背に飛び乗り、どこかへ飛んでいってしまった。
タバサの様子では、これからシルフィードに教育という名のお仕置きが待っている頃だろう。
「それにしても、かき氷ってこの世界にもあったのか…」
結局、人修羅はシルフィードが喋った事に気がついていなかった。
■■■
「人修羅」
使い魔達が離れてしまい、また一人で日向ぼっこをしていたところ、背後から聞き慣れた声で呼びかけられた。
「ルイズさんか、学院長の話は終わったの?」
「…それなんだけど、ちょっと聞きたいことがあるの」
「ああ、いいけど…」
人修羅がそう呟くと、ルイズは人修羅を花壇脇のベンチに誘った。
ルイズが座り、その隣に人修羅が座る、と同時にカランコロンと午後の授業開始時間を告げる鐘が鳴った。
「授業、いいの?」
「いいの。……ねえ人修羅、私には二人の姉がいるの。長女のエレオノールお姉様と、次女のカトレア姉様。
エレオノール姉様はすごく頭が良くて、魔法アカデミーの主任研究員を務めていらっしゃるわ」
「アカデミー?大学…国営の研究機関とか、そんな感じのものか?」
「そうよ、トリステインの魔法研究を中心を担っているわ。姉様は土系統を得意としているんだけど、それを病気の治癒に利用できないか研究していると言っていたわ」
「病気か…それって、もしかして、もう一人のお姉さんのために」
ルイズが空を見上げる、両手にはぎゅっと力が込められ、膝の上で握り拳を作っている。
「オールド・オスマンから聞いたの?その通りよ、私もいつかアカデミーに入って、カトレア姉様の病気を治してあげたいの」
そうっと、ルイズが人修羅の袖を掴む。
ルイズに買ってもらった服のうち、今日着ている者は魔法学院の制服と作りは同じで、色がクリーム色になっている。
硬すぎず柔らかすぎない天然素材で作られたそれを、ぎゅっと握りしめて、ルイズは人修羅の顔を見上げた。
「私、魔法が使えなくて悔しかった、ちい姉さまを助けたいのに何もできなくて悔しかったのよ。
人修羅の力は世に出すなって、オールド・オスマンから言われたけど、私の使い魔なら、協力して、ちい姉様を助けるために協力して! …お願い……」
ルイズが涙を流している。
輝く涙の粒に、人修羅は驚愕した。
「あ、ああ。その、泣かないでくれ。断るつもりはないよ。
それにまだ俺の力が役立つと決まった訳じゃないんだ、この世界でどれだけ通じるか分からないし、とにかく、一度見てみないと」
「……うん」
ルイズは静かに頷いた。
その頭に、人修羅は軽く手を乗せて、撫でる。
(妹ができたらこんな気持ちだろうか?どこか微笑ましくて、守ってやりたくなる…)
思わずほほえんだ人修羅を見て、ルイズも少し安心したのか、小さくほほえんだ。
二人の様子は、恋人と言うより、仲の良い兄妹のようであった。
……と、のぞき見していたマリコルヌはコメントしている。
■■■
「…すー…」
「寝ちゃったか、泣き疲れて眠るなんて子供みたいだな」
「すー…げっぷ」
「……なんか酒臭いぞ」
ふと先ほど、ルイズに泣きつかれた時のことを思い出すと、ルイズは頬どころか耳まで真っ赤に染めていた気がする。
あのときは興奮のためだと思ったが、よく考えれば,、こんなに感情を露わにするなんて異常ではないだろうか。
「あの、ミス・ヴァリエールは大丈夫でしょうか?」
「シエスタ?」
いつの間にか、近くに来ていたシエスタが、心配そうにルイズの顔をのぞき込んだ。
「先ほど学院長室で、ずいぶん強いお酒を召し上がっていたようですけど…お水を部屋にお持ちしましょうか?」
「酒?どういうこと?」
「ええと、学院長室で、オールド・オスマンが……」
『ミス・ヴァリエール!まず気を落ち着けるために一杯飲みなさい。
いいかね、君の姉のことはワシも少しは聞いておる、治癒の方法を探して君が努力しているのもよく知っておる。
おっと飲み干したならもう一杯飲みなさい、これは薬酒でのう、健康のためを思って取り寄せたんじゃ、まず味見しなさい。
それで人修羅くんの力で診察してもらってはどうかと思うんじゃよ、彼はワシらとは違う体系の魔法を知っておるし…おうおうイケる口じゃの、もっと飲みなさい。まだ飲みなさい、ほれ飲みなさい……』
「っていう事があったんですけど」
「あのじじい!ルイズさんが泣き上戸って知っててやりやがったな!」
「うっぷ…うおぇええぇっ」
「うわぁ!?」
「きゃあ大変!?」
#navi(アクマがこんにちわ)
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: