「鋼の使い魔-20」(2008/08/15 (金) 03:28:28) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
#navi(鋼の使い魔)
夕日が差し込む練兵場跡地。
タバサとギュスターヴの二人だけがその場所にいた。タバサはレイピアを抜いて構えから素振りを繰り返し、ギュスターヴはそれを見守っている。
初めは剣を持ち歩くのすらたどたどしいものだったタバサだが、熱心な修練によりやっと剣の稽古らしい稽古が出来るようになった。といっても形にはなっているものの、
体躯とのバランスで剣の振り終わりに体がぐらつく。タバサの体とのバランスで見るとどうしても今のレイピアは長すぎるのだった。
懐紙で短剣を拭きながらギュスターヴがタバサを止めた。
「出先だから軽くでいいぞ。教えておきたい事があるから」
「何?」
剣を振るのをやめたタバサの声に、期待がわずかに滲んでいる。
「そんな期待することじゃないぞ。……そうだな、今から教えるのは『技』じゃない。戦闘中、特に一対一でなければ使えない。そんな限定的なものだ」
言うとギュスターヴはタバサの前に立って短剣を緩く構えた。
「打ち込んでみろ。好きなように」
言われたタバサも剣を構える。ギュスターヴはタバサが打ち込みやすいように剣を少し下げると、タバサが大きく振りかぶって切り込んでくる。
ギュスターヴはそれをよく見てから、半歩踏み込む。そして短剣を振った。
短剣とレイピアが交差する。レイピアの切っ先がギュスターヴの胸元をわずかにかすめ、タバサのわき腹にギュスターヴは短剣の腹を優しく押し当てた。
「!!」
直後、切り込んだはずのタバサの体が後方へ大きく吹き飛んだ。
3.4メイル程は弾かれたタバサの体がとさりと地面に落ちる。
「っと、…すまん。怪我はないか?」
「いい…大丈夫」
腰から落ちたタバサはすぐに立ち上がった。軽くしりもちをついただけで怪我らしい怪我はない。
「今のは?」
「うん。相手と自分の攻撃が極めて近いタイミングで重なる時、相手の攻撃を受けつつもさらに踏み込んで自分の攻撃を倍加させて相手に与える。一種の
カウンター効果だな」
言われてタバサは短剣を当てられたわき腹を撫でさすった。軽く押し当てただけで体が飛んだのだ。全力で振り切っていたらタバサなど木の葉を切るように
真っ二つになっていたかもしれない。
「今のを『相抜け』という。利点は相手の出方が判ればこちらから意図的に『相抜け』による攻撃が可能な事。欠点は出方が判らなければ使えないし、
多人数が相手じゃこんなことをしている余裕はないだろう」
「使えない?」
「かもな」
指摘されてギュスターヴがばつ悪そうに頭をかく。
「でも覚えておいて損はないだろう。剣以外でも同じ効果が狙える」
「魔法でも?」
「多分な」
そう言って植え込みの下までギュスターヴが下がり、短剣を収めた。
「じゃ、今のを覚えつつ各構えから素振りを100本」
「わかった」
タバサは脳内で今のやり取りを反芻しながら、黙々と剣を振るのだった。
『襲来!土くれのフーケ』
「まぁーったく。主人ほったらかしてなーにやってるんだか……」
宿つきのバーでかっぱかっぱと水割りワインを飲んで管巻いているのは勿論ルイズである。ワルドは今日朝早くから何処かへ出かけ、タバサはギュスターヴとともに
練兵場で稽古をしている。仕方無しに酒場で酒でも飲みながらぼんやりと過していた。
「あら。婚約者の前で照れ照れしてたくせにそういうことを言うのね」
「ワルドは関係ないでしょ!」
近くのテーブルで花の砂糖漬けを舐めていたキュルケの言葉を砕くようにどん!と手のジョッキを叩きつける。
「関係ないと、本当にそう思ってるの?」
「当然じゃない。ギュスターヴと私は使い魔と主人よ。使い魔なら主人の機嫌くらいとって見せるべきだわ」
「…ルイズ。貴女って前から馬鹿だと思ってたけど、相当あの髭の殿方にほだされてるみたいね」
「何ですって!」
コーティングの溶けた花びらをパクリ、と口に入れたキュルケ。
「ギュスは貴女が思ってるより考えが深くてよ。使い魔だからとか、そういう目で見てると、失望されるわよきっと。…それって、貴女にとっても
あまりよろしくないんじゃないかしら」
「ツ、ツ、ツェルプストーの分際でぇ、わ、わ、私に意見しようってぇ言うの?!」
酒気も帯びているせいか微妙に舌の回らないルイズを見て、キュルケは緩く息を吐いて席を立つ。
「逃げるつもり?」
「今の貴女じゃ相手しても詰まらないから。ちょっと出かけてくるわ」
そしてそのままキュルケは宿を出て町へと出かけてしまった。
ルイズは空のジョッキをバーテンに渡して突っ伏す。
「……それくらい、わかってるわよぉ。バカァ……」
ルイズは、ゼロのままでも必要としてくれているワルドに甘えていたのだ。それはとても甘美で、苦力して疲れているルイズには抗いがたかった。
同時に自分を見捨てずに見守ってくれてきたギュスターヴに対して、裏切りのような暗い気持ちを抱きつつある事も。
「どうしろって、いうのよ……」
夜。
ルイズは部屋でひとりぼんやりと外を眺めていた。月が一昨日よりも重なってなお、明るい。
「どうして、今頃ワルドに会ってしまったんだろう…」
「ワルドがどうかしたのか?」
振り返ると、ギュスターヴがバスケット片手に部屋に入ってきていた。
テーブルにバスケットを置く。
「何しに来たのよ」
「何しにって…そうだな。ここしばらく相手して差し上げなかった主人の機嫌をとりに、かな」
「馬鹿にしないでよ。私が淋しがっているように見えた?残念でした。私には愛しいワルドという人が居て、彼は私を必要としてくれているのよ。使いでのない
中年使い魔なんて、置く場所が無いんだから…」
まくし立ててから、ルイズは一層に暗い気持ちを自分に打ち付けてしまった。なんて意地汚い娘なんだ、自分は、と。
そんなルイズを悟ったのかどうか判らないが、ギュスターヴは困ったように少し笑った。
「…それは要らぬ節介だったな。……そうか。ワルドはルイズを必要だといっているのか」
「…ええ」
バスケットからワインボトルを取り出し、二つのグラスのうち一方に注ぐ。
「…何故だろうな」
「え?」
持ったグラスを揺らしながら話すギュスターヴ。グラスに残る涙を通してルイズを見ているように。
「男と女なら、好いた惚れたは上等。貴族子女の結婚なら、それが無い場合もある。ないならないで、それは割りとはっきりと見せるものだ。よほどがなければな」
「…何が言いたいのよ」
ギュスターヴは空のままのグラスをルイズに渡した。
「…ワルドはルイズが好きだといってくれたのか?」
「えっ?……そ、そうよ」
ルイズは自信がなかった。ワルドと再会してこの旅の途中、幾度と言葉は交わしたけれど、好きだと言われたわけではない。ただそれらしい言葉を
返してくれただけだからだ。
「…そうか。なら、いいじゃないか。婚約者なら、いずれ結婚するんだろう?」
「多分ね…」
「その時は、俺が祝福するよ。花嫁の使い魔らしくな」
そう言われた時、ルイズの心は淋しくなった。冷たい風が吹き込むように悲しい、冷めた気持ちが広がっていく。
これは、何…?
それが深くて涙が出そうになる瞬間、ふと窓から入っていた月明かりが陰った。
「…何?」
窓を覗いたルイズの視界に、巨大な、巨大な人影が写る。縮尺が可笑しいかのように見えるごつごつとした人影。それは宿の正面からどすどすと地響きを立てて
向かってくる岩のゴーレムだ。その足元にはお世辞にも綺麗といえない格好の男立ちが率いられている。
ゴーレムの肩には、仁王立ちでこちらを見据える女性がいた。その視線がルイズと交わる。
「まさか……『土くれのフーケ』?!」
宿を目指して足元にたむろする傭兵を従えて進むゴーレム。
その肩に当たる部分にはまさしく土くれのフーケが立っていた。その手に杖は、ない。
「あそこを襲えばいいんだろう?」
「そうだ。できるだけ騒げ」
答えるのは『フライ』でフーケの隣を浮遊している仮面の男だ。
彼は昨日、フーケに雇わせた傭兵の残りを率いて『女神の杵』亭を襲うことを決めたのだった。
「あまり荒事は好きじゃないんだけど、この足の分は働く約束だしね。それに…」
「なんだ?」
「あの貴族の小娘どものせいで、こんなはめになったんだ。お礼参りくらいはさせてもらっても罰はあたらないさ」
「ふん。好きにしろ」
急いで階下のバーに下りたギュスターヴとルイズだが、一階には既に矢玉が飛び込んで大騒ぎになっていた。
傭兵達が打ち込む矢をかわすためにテーブルを倒して盾にし、矢のお返しとばかりに魔法を放っているワルド、キュルケ、タバサ。
他の客も中には同じように応戦をしているメイジもいたが、多くはテーブルの影にうずくまって震えている。バーテンもカウンターの下に引っ込んでいた。
「ルイズ、ギュス!」
「皆無事みたいね」
身を低くしてテーブルの裏に集まった。
「この前の夜盗の残りかしら」
「さぁな。しかし率いているのはフーケだ」
「フーケ?!牢獄に居るはずじゃないの」
「誰かが逃がしたらしいな。となると、狙いは俺達だろう」
「諸君、ここは二手に分かれた方がいいだろう」
ワルドが羽帽子を押さえながら答える。
「僕らは急ぎアルビオンに向かわなきゃいけない。ここで囮になるものが必要だ」
「じゃ、私達がやらせてもらおうかしら、ね。タバサ」
頷くタバサ。
「キュルケ。あんた…」
「誤解しちゃ駄目よルイズ。ここらであのうるさい年増とも決着をつけたいだけよ。『破壊の杖』の時は、ギュスが相手してくれたしね。だからさっさと
アルビオンでやることやって、帰ってきなさい」
「わ、わかったわよ…」
ワルド、ルイズ、ギュスターヴの三人は、その場にキュルケとタバサを残し、バーから裏手の厨房へ抜け、厨房の裏口から外へと脱出した。
月明かりの中、先頭を切るワルドを追うように走るルイズとギュスターヴ。
振り向けば、『女神の杵』亭から煙と爆発音が沸きあがった。
「始まったみたいね…」
「急ぐぞ、ルイズ」
ギュスターヴの声で、ルイズは前を向いて走った。
無事に脱出できたらしい三人を見送ったキュルケとタバサは、再び矢玉が飛び込んでくる出入り口を見た。
「さて、どうしようかしら?タバサ」
「待ってて」
言うとタバサは這ってテーブルの影を進み、カウンターの下でうずくまっていたバーテンに話しかけた。
「ここで一番強いお酒は何?」
「へ?!あ、あの。ご注文ですかい?」
「いいから持ってきて。今、必要だから」
有無を言わさぬタバサにバーテンは半べそをかきながら地下の酒庫扉を開けて潜り、暫くしてなにやらラベルの剥げかけたタルを押して持ってきた。
「うちで一番強い、ブランデーの50年ものでさ。ゲルマニアの北方で飲まれるやつで、産地でも真冬じゃこれ一口で一晩暖かく過せる代物ですよ」
商売人らしくこんな時でも商品説明をするバーテンを無視して、タバサはタルを持ってテーブルの影に戻った。
「これを使う」
「あら、ちょっと勿体無いわね」
タバサが戻ってくるまで、なんとキュルケは化粧を直していた。
持ち出されたタルの栓を開け、栓に染み付いた芳香に頬を緩めるキュルケ。
タバサは栓の開いたままのタルを『レビテーション』でふわり、と浮かせた。
「それじゃ、無粋な盗賊と殿方たちに、一口おすそ分けねっ!」
浮いたタルがボールを投げるように弧を描いて傭兵が詰め寄る出入り口に投げ込まれ、空かさず『エア・カッター』を繰り出して宙を舞うタルを切り裂いた。
箍が切れて中の酒をばら撒くタルに向かって、キュルケが『フレイム・ボール』をぶつけると、火のついた酒が炎の波となって傭兵達を飲み込んだ。
頭から炎を被った傭兵達は悲鳴を上げながら外へ飛び出していく。
「ふふふ。お口に合わなかったみたいね」
出入り口や外へ向かって燃え広がった炎に照らされるキュルケ。火に炙られてその瞳が一層に潤いを湛えている。
外はゴーレムの上で傭兵達をけしかけていたフーケだが、鋒鋩の体で傭兵が逃げてしまうと舌を鳴らして顔をゆがめた。
「けっ!所詮傭兵なんてこんなものか」
「俺は逃げた連中を追う」
「好きにしな」
いうと仮面の男は『フライ』で飛び上がり、何処かへと消えてしまった。
フーケが眼下の宿を睨むように見下ろす。
「さー…あの端正な顔をぐちゃぐちゃにしてやるよ!」
フーケの一声でゴーレムが振り上げた足を宿屋の出入り口へ踏み下ろした。
キュルケとタバサの視界に出入り口を粉砕した巨大なゴーレムの足が広がっている。
「さて、次はあのおばさんをどうにかしなくちゃね」
そう言っている間にもゴーレムの足が揺れ動いて宿屋を削るように壊していくのだ。
タバサは散乱するバーを見渡すと、捨て置かれた木の丸テーブルに手をかけて外に向かって転がした。
タバサの目を見たキュルケは、転がっていくテーブルの影に入って店の外へ抜ける。
「逃げるんじゃないよ!」
それを見逃すフーケではない。ゴーレムの拳が振り下ろされ様とした時、宿の脇から飛び出したシルフィードが視界を遮った。
「この、またこのドラゴンか!」
きゅい、きゅいぃー!と鳴きながら、時たま拙いブレスを吐いてゴーレムの動きをけん制するシルフィード。
ゴーレムの腕がシルフィードを捉えようと空を掻いていると、ヒュン、とフーケの足元を何かが掠めた。
キュルケと同じく外へ脱出したタバサの『エア・カッター』である。
「ちぃ!」
足元のタバサをゴーレムで踏み潰そうと足を上げた、その時。
「上がお留守よ、オバサマ?」
キュルケが遥か上空から「落下しながら」フレイム・ボールでフーケを狙った。
キュルケはタバサとシルフィードがフーケの注意を引いている間、少し離れた場所から『フライ』で上空へと上がったのだ。
通常『フライ』で昇れる高度は精々30メイルから50メイルの間である。それは上昇速度などの兼ね合いからであるが、今回キュルケは時間をかけて高度100メイルまで
『フライ』で上昇したのだ。
上昇してから『フライ』をやめて『フレイム・ボール』の詠唱に切り替えると、当然地面へと落下してしまうが、地面に着くまでにわずかであるが時間が出来る。
その時間と落下による加速を利用した作戦だった。
落下加速がついた大火球は寸分たがわず真上からフーケに命中し、足を上げていたゴーレムは糸が切れたように膝を落とした。
すぐさまタバサの指笛でシルフィードが落下するキュルケを掬い取った。
「ふー、ありがとう、シルフィード」
きゅいーと一鳴くシルフィード。そしてタバサの傍へと降り立つ。
「これでもう大丈夫よね、タバサ」
「多分」
「もう、心配性なんだか…ら…?」
二人の目の前で徐々に形を崩すゴーレムだった岩の山。その頂で燃えている人型は、よろよろとよろめきながらも『立っている』
そしてよろめく火の玉は、一度腰を落とすと岩の上から跳び、身体を反転させて飛び込んできた。
「究極!サウスゴータキィィック!!」
フーケの叫びとともに火の尾を引くフーケがとび蹴りを放って吶喊してきたのを、キュルケとタバサは『偶然』かわすことが出来た。
地面に到達したフーケの蹴りは大地をがりがりと数メイルに渡って削り取り、やがて止まった。
体から煙を上げながらも両足で地面に降り立つフーケの顔は、荒ぶるドラゴンのように烈としている。
「い、生きてる?!」
「こんな事で私は死にはしないんだよ!」
一足でキュルケの懐にフーケが飛び込んできた、そして繰り出された蹴りがキュルケの手元から杖を弾く。
「きゃ!」
「さっきはよくもやってくれたねぇ。お陰で大事な一張羅が台無しだ」
怒りで顔をゆがめるフーケ。煤に塗れたローブを脱ぎ捨てると、胴着のようになっている衣服が現れる。その両手にも、懐の如何なる部分にも杖らしきものはない。
「貴方…杖を持っていない?」
「それがどうしたのさ?貴族のお嬢さん!」
後ずさっていたキュルケに迫るフーケ。その中段蹴りがキュルケの鳩尾にめり込んだ。
「あぐっ!」
しなやかなキュルケの腹部を蹴り抜いて。肉のメリメリという音が聞こえる。
蹴り飛ばされたキュルケは4.5メイルは吹き飛んで地面に落ちて、気を失った。
「さて、次はおまえだよ…」
その殺意の篭る目でタバサを見るフーケ。
タバサは杖を振って『エア・カッター』を繰り出す。
「無駄だよ!」
言うとフーケの前に地面から壁がせり出して『エア・カッター』を弾いた。そして壁はまた地面へと沈んでいった。
「『岩壁』【ロック・ウォール】…魔法を使っている?」
「不思議かい?青いおちびさん…お前も蹴り殺してやるよ!」
ダッシュして間合いをつめるフーケ。その上段蹴りがタバサの頭部を狙うが、とっさにタバサは杖の頭で側頭部に迫るフーケの足を受け止めた。
ピンと蹴り足を伸ばしたまま感心するフーケ。
「ほぅ…ちょっとは持ちこたえられそうだね。でも、まだまだだよ!」
風を切るように素早く繰り出されるフーケの連続蹴りを杖で受け捌くタバサ。しかし体格差によって徐々に追い込まれる。そんな
タバサを見かねたシルフィードが低空で二人の間に割って入ろうと飛び掛っていく。
「邪魔するんじゃないよ!」
また地面から今度は円錐状の岩が飛び出し、シルフィードの進路を塞ぐ。シルフィードは急上昇してそれをかわしたが、岩の先を柔らかなお腹を掠めた。
タバサがその隙に間合いを取って構える。
「『石槍』【グレイブ】…貴方はどこかに杖を持っている」
「それがわかったとして、どうするんだね」
間合いが取られて対峙する二人。
タバサははっと何かに気付いたように目を開くと、背中から剣を抜いて、握る。
「おやおや…今度はその剣で勝負するつもりかい?」
左に杖、右に剣を持ったタバサに、フーケがじりじりと間合いを詰めていく。
徐々に距離を殺していたフーケに、タバサが杖を捨てて飛び掛った。
フーケも水平に飛んで中段蹴りを放つ。
タバサはそれを見てからレイピアを横なぎに振るった。二人の攻撃点が重なる。剣先が滑る様に動いて、フーケの右脛に食い込んでいく。
「っ!!」
タバサの鳩尾にフーケの足が食い込む。もとより軽いタバサの体が弾き飛んだ。
しかしタバサの剣は振り切られている。その剣先はフーケの右足を両断し、足先をなくしたフーケは蹴りの着地が出来ず無様に倒れこんだ。
「あうっ!…足!足ぃ!私の足がぁっ…」
フーケの切られた足からは、血の一滴も流れていなかった。
倒れたフーケは残りの足と両腕で這うように動き、なくした片足を捜している。切り落とされた足先には魔法の杖に使われる木材の光沢が見受けられた。
土くれのフーケと呼ばれた女盗賊の両足はその実、巧妙に作られた魔法の義足に成り代わっていたのである。
「ちっ…今日の所は、この辺が潮時か…」
苦い顔をして拾った足を断面に『繋ぎ』、『フライ』で逃げるようにフーケが遁走した。
上空で旋回していたシルフィードは降下してタバサの前に下りる。舌先で倒れたタバサの頬を舐めた。
「……シルフィード…?」
か細いタバサの声にきゅい!と鳴く。
タバサはよろよろと起き上がると剣と杖を拾い、遠く倒れているキュルケに駆け寄った。
倒れたキュルケは動かない。タバサは険しい顔でキュルケの肩を揺すった。
「…キュルケ、キュルケ」
「……タバサ?」
キュルケは腹部の痛みに顔を引きつらせながら目を覚まし、ゆっくりと身体を起こした。
「大丈夫?」
「馬鹿ね。貴女もボロボロじゃない…」
「私は平気……いつものことだから」
「そんなこと、言っちゃ駄目よ…」
小さなタバサに肩を借り、近くに落ちている杖を月明かりの中で拾う。
「とりあえず…囮にはなれたかしらね」
「多分」
宿を襲った傭兵もフーケも退散し、何事かと周囲から人が集まっている。
「まず、宿に戻りましょ…頑張りなさい、ルイズ。それと」
見捨ててあげないでね、ギュス。
言葉を呑んでタバサとともに歩いていくキュルケだった。
#navi(鋼の使い魔)
#navi(鋼の使い魔)
空賊船として偽装されたアルビオン王党軍最後の戦艦『イーグル』号。巡航速度と小回りに優れ、戦列艦等級では最小の4級艦に分類される。その運動性と引き換えに砲撃能力は低い。アルビオン内乱で王党軍の誤算があったとすれば主力であった空軍の大部分が貴族派についてしまったことだろう。『イーグル』号がその中に含まれなかったのは、当艦が内乱当時に船員訓練の為の練習艦として運用され、直接空軍の指揮系統に置かれていなかったから、という『偶然』だった。
一方、アルビオン内乱の序章を繰り広げた当時のアルビオン空軍旗艦であり、現在貴族連合『レコン・キスタ』の空軍艦隊旗艦となった『ロイヤル・ソヴリン』号改め『レキシントン』号。戦列艦等級では搭載可能人員・火砲共に最多となる1級艦であり、両舷側あわせて108門の砲門を揃えている。艦齢も古く乗員も熟練の船乗り達に取り仕切られ、戦時であれば数頭の竜騎兵も搭載し戦場を渡る雄雄しき空軍の華であった。
その『レキシントン』号は今、随伴する味方艦と共に岬の突端に立てられたニューカッスル城をアルビオン標準高正1200メイルの高度を保って包囲していた。
因みに『アルビオン標準高』とは「アルビオンを中心としての標高差」を表す。始祖ブリミルの降り立った地とされる首都ロンディウムを0として上方向には正、下方向には負で表示される。世界の上空を漂うアルビオンならではの単位だろう。
包囲のまま城を睨むようにたたずむレコン・キスタの艦隊は、時より砲撃を行うものの、それによって王党軍に被害を出すことは少なかった。
木で出来た艦艇を撃沈するならともかく、堅い壁に『固定化』を施した城を落とすのは用意ではない。そのため貴族派はニューカッスルを陸上から包囲することで補給の道を絶ち、篭城する王党軍を枯死させる手段に出たのだ。…もっとも、拠点という拠点を落とされた今の王党軍に補給の手などあるはずはないと高をくくってもいる。
暗闇の中を船が進んでいく。ルイズは洞窟特有のひやりとした風を頬に感じた。
アルビオン標準高負400メイルにある人工的に作られた孔であった。位置的にはニューカッスル城の真下に位置し、外見からは雲に覆われて見る事が出来ない。
『イーグル』号は明かり一つない洞窟の中を気流の流れや洞窟の壁面を覆うわずかな発光性の苔などを頼りに進んでいた。
「熟練の、本物の船乗りでなければこの隠し港へ行くことは困難だ。そもそもが城を秘かに脱出する為に掘られたものでね、3等艦以下の艦艇でなければ通過する事もままならない」
甲板に立って客人のエスコートを買って出たウェールズ王太子は、呆然とするギュスターヴ、ルイズ、ワルドに向かってそう告げた。ギュスターヴは軍隊運営というともっぱら陸の人であったので、こういう船を駆る守人の気風が珍しかった。
「しかし小型艦ではこの狭い路を通るのは怖いですな。わずかな操作ミスで壁面をこすりそうだ」
「なかなか判ってるじゃないか子爵」
「これでも軍人の端くれですので」
「『レコンキスタ』の叛徒共はその辺りが分かってなくてね。あいつ等は駄目だ。船は大きく、砲がたくさん積めればそれで良いと思っている。お陰でまた今日のように無事に戻ってこられたというわけさ」
船乗りとして空を駆けた人間が持つ深い目で暗黒の行路を見るウェールズは、星ひとつ浮かばない夜の空に向かって船が飛ぶような錯覚をルイズに与えるのだった。
『前夜祭は静かに流れ』
程なくして『イーグル』号、そして後続する『マリー・ガラント』号はニューカッスルの地下に作られし秘密の港へと到着した。
そこは堅い岩肌を削って作られたドームに、半円状に突き出た岸から桟橋を伸ばした姿をしている。
二隻の船は桟橋を挟むように投錨した。『マリー・ガラント』号の本来の持ち主達はここへ連れてくる前にカッターボートに乗せて放出した。運がよければ陸にたどり着くか、何処かの船が拾ってくれるだろう。
『イーグル』号へ渡されたタラップをウェールズをはじめ乗員たちが降りていくと、岸では船を待っていたらしき兵士らが迎えてくれた。
その中で一人、背の高いメイジらしき男がウェールズに近寄ってくる。
「殿下。これはまた、たいした戦火でございますな」
長い月日を生きた証たる顔の深い皺を緩ませて男は言った。
「喜べ、パリー。荷物は硫黄だ」
その声に岸で迎えていた兵士一同がおお、と歓声をあげる。
「火の秘薬でございますな。であれば我等の名誉も守られるというもの」
「うむ。これで」
兵士達の熱い視線を受けるウェールズは、ほんの少しだけ声を揺らがせる。
「王家の誇りと名誉を叛徒へ示しつつ、敗北する事ができるだろう」
「栄光ある敗北ですな!…して、叛徒どもから伝文が届いておりますゆえ」
「なんだね」
言うとパリーは懐から一巻きの書簡を取り出してウェールズに手渡した。
「明日正午までに降伏を受け入れぬ場合、攻城を開始するとのこと。殿下が戻らねば、ろくな抗戦もできぬところでしたわい」
「まさに間一髪というところかな。皆の命預かるものとして、これで責務もはたせるというもの」
伊達にそう言ったウェールズと共に、兵士達は愉快に笑った。
笑いあうウェールズ達をルイズはどこか哀しい気持ちで眺めていた。
どうして彼等は笑えるのだろう。この場で敗北とは死ぬ事のはずなのに。
そんなルイズの心中を知ってか知らずか、ウェールズはパリーの前に三人を呼び寄せる。
「パリー、この方達は客人だ。トリステインからはるばる密書を携えてきてくれた大使殿に無礼のないように」
「はっ。…大使殿。アルビオン王国へようこそ。大したもてなしはできませぬが、今夜は祝宴を開くつもりです。是非とも、ご出席願います」
老メイジはそう言って深く頭を下げた。
ウェールズの案内の元、港を離れ、ニューカッスルの城内へ三人は入った。長い抵抗を続けた城は、倒壊こそしてはいないもののあちこちの壁にヒビや割れが見え、行き交う人々も少なく、そして疲れているように見える。中には、怪我が治りきらず包帯を巻いた者も少なくない。
三人がたどり着いた一室。それはウェールズ王太子の私室だった。
一国の王子らしからぬ、粗末な部屋である。木枠のベッドに机が一つ、壁に申し訳程度に壁にはタペストリーが飾られている。
引き出しより宝石箱を取り出したウェールズは、その中に納められた、便箋も封筒も擦り切れてボロボロになっている手紙を拡げる。何度も読み返しているのだろうことが想像できた。
ウェールズはそれをいとおしげに読み直すと、端に口付けてから封筒に戻した。
「アンリエッタが所望の手紙はこれだ。確かに返却するよ」
「ありがとうございます」
礼をしてルイズはそれを受け取り、慎重にしまい込んだ。
「明日の朝、非戦闘員を『イーグル』号に乗せて退避させる。トリステイン領内に下りる事は出来ないが、カッターボートで近くに滑降させることは出来るだろう」
ウェールズの声の淀みなさに、たまらずルイズは聞いた。
「殿下…もはや王軍に勝ち目は無いのでしょうか」
「ない。我が軍は300、向こうは5万で城を囲んでいる。援軍が期待できない篭城というのは既に戦術としても戦略としても負けているのだよ」
「そんな!」
冷厳なウェールズの言葉にルイズの淡やかな期待が打ち崩される。
「しかも向こうはアルビオンのあとはハルケギニア各国へ侵攻するつもりだ。であれば亡命も選択できない。亡命先を真っ先に戦火に巻き込むことになる」
「しかしその…姫様の手紙には…」
ルイズはウェールズが密書を見た時、そして今さっき手紙を渡してくれた時のしぐさが脳裏を巡った。任務を負う時アンリエッタは「婚約が破棄になるような内容が書かれている」と言った。それはもしや恋文ではないのか。それも、始祖や精霊に誓うような熱い手紙。であればアンリエッタは手紙だけではなく、ウェールズの身の安全も図りたいはずである。たとえ、結ばれなくても。
複雑な相を浮かべたルイズをみて、ウェールズは話した。
「……確かに、アンリエッタの手紙には亡命を勧める旨が書かれていたよ」
その言葉に静かに会話を聴いていたはずのワルドは顔を強張らせ、ルイズはハッと顔を上げた。
「…しかし、僕はここで誰よりも先んじて名誉と栄光ある討ち死にをするつもりだ」
「そんな…姫様のお気持ちはどうなさるのですか」
絶望が身体を包んでいるようにルイズは思えた。
「僕一人の命でトリステイン何万という人命を危うくしろと、その責任をアンリエッタに負わせと、君は言うのかね?ラ・ヴァリエール嬢」
ウェールズはあくまでも冷厳に、緊張した声でルイズに宣告した。
それは不退転の意思。アンリエッタの招く手を払い、国に殉じるという強い思いだ。
突きつけられたものに蒼白となったルイズの肩に、ウェールズの暖かい手が置かれる。
「君は正直すぎるな、ヴァリエール嬢。それでは大使は務まらないよ。しっかりしなさい」
声は一転して穏やかで、暖かな優しさを含んでいた。しかしそれも今のルイズにはウェールズの死出を演出しているかのように思えてならない。
「しかし、滅び行く国への大使には適任かもしれないね。明日滅ぶ国ほど正直なものはない」
「そんな…そんな、こと…」
ウェールズは言葉にならないルイズを励ますように軽く肩を叩いた。
「…さて。そろそろパーティの時間だ。君達は我らが迎える最後の賓客。どうか出席してほしい」
これ以上の説得を拒むような力強い声だった。
「……わかり、ました」
苦々しく答えてルイズは部屋を出て行った。ギュスターヴもそんなルイズを追う様に、ウェールズへ一礼して部屋を出た。
しかしワルドは一人、佇まいを直しながらも退室の気配を見せない。
「…何か御用かな子爵」
「恐れながら、一つお願いしたい議がありまして」
恭しげにもワルドはウェールズへ歩み出る。
「ふむ」
「実はですね…」
静かにワルドは懐に暖めていた案件をウェールズに伝えた。
ウェールズは得心が行ったように頷いて答える。
「私のようなものでよいのなら、喜んでそのお役目を引き受けよう」
陽も落ち、月明かりが差し込むほどの頃。ニューカッスル城の大ホールではこの日のためにと蓄えの中に残された新鮮な肉菜を放出して、ささやかながらも宴が開かれた。酒が入って陽気になった国王ジェームズ一世は、同じく酒の深い臣下達とともに笑いあっている。
ギュスターヴは壁際でグラスを片手にどんちゃん騒ぎを始める兵士達や、その家族として付き添っていた婦女らを眺めていた。
「傷はどうよ?相棒」
「まだ痛むが、まぁ大丈夫だよ。それにしても…」
ギュスターヴの視界の端端で繰り広げられる喜劇。明日までの命と悟りきり、せめて絶望を笑い飛ばすために騒ぎ立てる兵士達は、一国の主だったギュスターヴには心肝を寒くするものがあった。
「…侘しいものだな。敗軍というのは」
そんなギュスターヴを客人と思っても声をかけるものが少ない中で、ウェールズは努めて相手をしてくれた。
「やぁ」
好青年然としているウェールズへ、会釈をしたギュスターヴ。
「ラ・ヴァリエール嬢の使い魔をやっているという剣士の方だね。トリステインは変わっている。人が使い魔をやっているとは」
「トリステインでも珍しいそうだ」
ははは、と笑うウェールズ。
「……しかし、300でも部下が残っただけで幸運だ。内乱の途中から造反者が続発してね。空軍旗艦として建造した『ロイヤル・ソヴリン』を始めとして、指揮系統ごと貴族派につかれたのさ」
「組織ごと?」
「ああ。…これも僕ら王族が義務を全うせず今日まで生きてきたからだ。だからこそ、僕は明日それを果たさねばならない」
「王族としての使命……」
嗚呼、ギュスターヴは思わずに入られなかった。なぜなら己はその王族の使命を殺し、なぎ倒して生きてきたのだから。
義弟に使命を果たせぬ『出来損ない』と叫ばれながらもその首を刎ねた。
実弟がその使命のために奔走するのを助けても、それを叶えることもできなかった。
そして今、異界、異国の王族が斃れようとしている中で、王族の使命を掲げて死に行く若者を目の前にして、ギュスターヴは考えるのだった。
人は過去から何を譲られ、何を未来へ託すのだろうか、などと。
ホールを辞したギュスターヴは、心身穏やかではいられなくなっているだろうルイズの様子を見るべく、用意された部屋へ続く廊下にいた。
今宵も異界の双月は二色の光を投げかけている。
「やぁ。使い魔の…」
そんな廊下の壁にもたれてギュスターヴに声をかけたのはワルドだった。
「ギュスターヴ」
「うむ。失礼。…君に言っておきたいことがある」
「何か?」
「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」
ギュスターヴの目が大きく開かれた。
「……こんな時にか」
「こんな時だからだ。ウェールズ王太子に媒酌をとってもらい、勇敢なる戦士諸君らを祝福する意味でも、決戦の前に式を挙げる」
朗々とワルドが言い放つ。それは一応は正論としてギュスターヴは理解した。
「…そうか」
「君は明日の朝、『イーグル』号で先に帰国したまえ。僕とルイズはグリフィンで帰る」
「長い距離は飛べないんじゃないのか」
「滑空して降りるだけなら問題ないよ」
「そうか…じゃあな」
それを今生の別れかの様にワルドは立ち去るギュスターヴを見送った。
その姿が夜闇に見えなくなると、口元を弛ませて嗤うのだった。
用意されていた部屋で、ルイズは明かりも入れずにテーブルに突っ伏していた。
「…ルイズ」
呼び声に顔を上げたルイズの瞼は、月明かりのような弱い光の中でも判るほど、泣き腫れている。
「ギュスターヴ…」
ルイズは立ち上がるとギュスターヴに飛び掛るように組み付く。鳩尾に顔を埋め、嗚咽を雑じらせている。
「どうして!どうして!みんな、笑ってるの?!明日にはもう死んじゃうんでしょ?…どうして…」
そんな稚いようなしぐさを見せる主人を、無言のギュスターヴは大きな手のひらで撫でてやるのだった。
「姫様が…恋人が、大事な人が死なないでって、逃げてもいいって言ってるのに、どうしてウェールズ王太子はそれを無視して、死のうとするの?」
「…ルイズ。貴族ならそれがわからないわけじゃないだろう。人と国を治めるものは自分の命を費やしてでもそれを守らなきゃいけない」
それがギュスターヴに答えられる数少ない言葉でもあった。
「だけど!もうアルビオンは滅んじゃうのよ…一体何を守るっていうのよ…」
「それは俺にもはっきりとは言えない…でも、上に立つ人間というのは、たとえ一人でも部下が居れば、逃げることは出来ないんだよ」
自分がそうであったように。
ひとしきり泣いたルイズは力なく立ち歩き、しつらえられたベッドに身を投げる。
「…もういや。早く帰りたいわ。遺された人がどれだけ悲しむか、考えもしない人ばかりで」
「そんなことを言うなよ。明日は結婚式なんだろう?」
「…え?」
綿の枕に顔を擦り付けながらルイズが聞き返す。
「ワルドが明日、ルイズと結婚式を挙げる、ウェールズに媒酌を頼むんだ、って息巻いていたぞ」
「知らないわ、そんなの…」
泣き疲れたのか、徐々にルイズの意識と声は途切れ途切れになっていく。
「もう、どうでもいい…。皆、馬鹿ばっか…」
そう言ったきり言葉がでない。暫くすると静かに寝息が聞こえてくる。
ギュスターヴはベッドのルイズに毛布をかけてやると、静かにルイズの部屋を後にした。
しかしその足は、自分に与えられた部屋へは向いていなかった。
#navi(鋼の使い魔)
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: