「鋼の使い魔-10」(2008/08/15 (金) 03:22:19) の最新版変更点
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#navi(鋼の使い魔)
せっかくの虚無の曜日が暮れてとっぷり。
トリステイン魔法学院内にある大会議室はオールド・オスマンを首座に座らせて教師という教師が集まり、非常に重たい空気を作っていた。
陽も落ちかけた頃に突如として現れたゴーレムが宝物庫を破壊し、収蔵されていた無二のマジックアイテム『破壊の杖』が
盗賊『土くれのフーケ』によって盗み出されてしまった。
その慎重にして大胆な犯行に学院の管理者たる教師たち一同は責任の所在と今後の対策について、
議論とは名ばかりの自己保身や責難に明け暮れた。
「当直のものは何をしていたのだ!」
「衛兵など当てにならぬ!今後はこのようなことが無いよう国軍に警護をまかせるべきではないか」
「当直を行っていなかったミセス・シュヴルーズには損失の弁償を…」
「そんな!私だけじゃなく他の方々も満足に当直なんてなさっていなかったでしょう!」
「国軍を安易に学院内に留まらせるのは学院の自主性の放棄じゃないか?!」
まさに議会踊って進まず。このような状態が3時間は続いていた。
好々爺の姿勢を崩さずそのやり取りを見守っていたオールド・オスマンであったが、さしもの業を煮やし取り乱す教師たちを一喝する。
「静まらぬか。皆の者」
半ば立ち上がりながらも喧々と口角泡を吹いて立ち回っていた教師達は、齢300とも称されるこの老メイジの放った覇気に当てられて
喉を詰まらせた。
「ここにおるほぼ全員が学院に賊が入り込むとは考えていなかった。無論、宝物庫の壁には強固に固定化を仕込んでおったが、所詮人の技。
事実盗賊めにまんまと破られて『破壊の杖』を持っていかれた。
詰まる所、今回の責任は学院の管理者たる我々全員にあると、わしは思うが如何かねミスタ・ギトー」
「お、おっしゃるとおりに……」
一際激しく責任者を探すべくなじっていたギトーは名指しされて鼻白んだ。
オスマンは咳払い一つ、いくつか空いた席が置かれて座っているコルベールに聞く。
「で、賊を直接目撃したものはおるのかね」
「はい。こちらに集まってもらってます」
コルベールは平素と変わらぬ態度で――ただし、その顔は幾分か険しい――会議室の隣に繋がるドアを叩き、中の者を呼び寄せた。
開けられたドアから入ってくるルイズ、ギュス、キュルケ、タバサ。
本来はギーシュも広場に居たため目撃していたはずなのだが、ゴーレム倒壊による負傷のため現在は医療室へ運ばれている。
ただし、勤務医の報告によると、ギーシュ・ド・グラモンは土砂崩落に巻き込まれた負傷に付随して、一種の欠乏症からくる
健康障害も患っていたことをここに記しておく。
閑話休題。オスマンは立ち並ぶ四人に対して暖かい目で迎えた。
「ふむ。詳しく話してくれるかの?」
一礼して一歩進み出るルイズ。他方ギュスターヴにも教師達の視線が集まってくるが、それは学院の会議室という厳かな場所に許可を与えたとはいえ平民が入り込んできている、という事への不快さを露にしたものだった。
「私はあの時、広場で魔法の練習をしていました。偶然広場に居たギーシュが塔の上に人影が見えたと言って、その後地鳴りが起こって
壁の向こうから大きな土のゴーレムが入ってきました。私はそれを撃退できないものかと遠くから魔法を打ちましたが、何度目かに命中して
ゴーレムが崩れました。落ちてくる土から逃げる為に建物の中に一度はいり、土煙が収まってから外に出た時には、土の山だけで
賊が居なくなっていました」
「賊の特徴は覚えておるかの」
「黒いローブを身に着けていましたが、顔はおろか男か女かも分かりません……」
杖を振って賊を追い払うことに夢中で賊の顔形が頭から無かった事を心深くからわびるルイズに、あくまでも教師として
優しさと厳かさの混じった声で語りかけるオスマン。
「よいよい。生徒でありながら勇敢に杖振るったことを褒めてやろう。しかし一歩間違えば命の危険もあったのじゃ。そのことを忘れぬように」
はい、とルイズ。オスマンは教師達へ向きなおし、彼らに問う。
「さて。手がかりらしいものが何も残されておらぬ。どうするべきかのぅ」
「王宮に報告するべきではないでしょうか」
当直であったために最も非難を浴びていたミセス・シュヴルーズが積極的に手を上げる。
「ならぬ。先ほど言ったように今回の責任は我々全員にあるのじゃ。この件で王宮の官吏どもから非難と処罰があれば、我々は
責任を取らされて職を辞し、学院の管理運営は最悪アカデミーの傘下に吸収される、という事もありうるじゃろう。
そのような事があってはならぬ。ゆえに我々だけでフーケを捕縛、ないし『破壊の杖』を奪還せねばならぬのじゃ」
アカデミーとは学院と同じく国が置いた王立の機関の一つであるが、その目的は学術的な意味での魔法に関する研究である。
ただし学院とは違い、積極的な宮廷や地方貴族らからの寄付や義捐などを募り、内部の党派閥の激しい機関であることが知られている。
そのような連中に次代の貴族を育てる学院の運営を任せられない、ましてや不祥事をきっかけにしてなど。
オスマンの言葉に色を無くす、シュヴルーズ始め教師達。ことは己の職の安否にすら繋がるものと恐々とし始める。
ただなお、首座のオスマンは冷静にこの大事な会議の場に欠席する秘書の存在を気に掛けた。
「そういえば、ミス・ロングビルの姿がおらぬのう」
「どこに行ったのでしょうか。自室にはご在宅ではありませんでした」
明確に答えることが出来ないコルベールはそう言うしかない。
そこに勢い良く会議室の両開きの扉をと開け放って飛び込んできた人影があった。そこに室内の全員が視線を集める。
「遅れました!申し訳ありません皆さん」
「ミス・ロングビル!大変ですぞ!賊が侵入して宝物庫を荒らしていきましたぞ!」
「存じておりますわ。私、真っ先に宝物庫を確認して賊の後をつけるべく調査して参りましたの」
息を切らせ汗ばみ、額に髪が張り付いていたミス・ロングビルは、コルベールの言葉に答えながらたたずまいを直してオスマンの元に寄った。
「仕事が速くて助かるのぅ……」
「で、結果は?」
ミス・ロングビルは懐からなにやらメモ書きのようなものを取り出してそれを読み上げる。
「近在の農家などに聞き込みをしてみましたところ、ここから馬で4時間ほどの場所にある廃屋に、近頃見知らぬ人の出入りがあるとのこと。
ゴーレムの侵入した方角とも合わせて、おそらくそこがフーケと名乗る賊の棲家ではないかと思われます」
「上出来じゃ、ミス・ロングビル」
報告に満足したオスマンは再度教師陣に目を移し立ち上がった。
「さて諸君。再度言うがこの件は我らだけで解決せねばならぬ。故に今からフーケ捜索の有志を募る。我こそはと思うものは杖を上げよ」
オスマンの言の後、無言の時間が流れた。オスマンは大きく咳払いをしてもう一度教師達をみたが、教師達は互いに見合わせるだけで
何もする事が無い。そうして四半刻がゆっくりと流れた。
流石のオスマンも苛立ってくる。
「ええい、この中にフーケを捕らえようというものはおらんのか?貴族の威信にかけて汚名を雪ごうというものは」
ぐ…と杖を握る腕を震わせる教師一同。相手は巨大なゴーレムを作り出せるほどの優秀なメイジあることは明白。
しかも今から賊の住処を荒らしに行くというのだ。よっぽど自分に自信のあるものでなければ杖を上げることは出来ない。
オスマンはコルベールを見た。目を伏せ、ただじっとしている。汗一つ、震え一つ見せないその姿をオスマンは無念そうに眺めていた。
やがて上げられた杖がまず一つ。それは教師達からではない。
「ミス・ヴァリエール!」
「行かせてくださいミセス・シュヴルーズ」
会議室の隅に立ったまま待機していたルイズはじめ四人。一歩進み出てルイズは制止しようとするシュヴルーズに応えた。
「貴方は生徒ではないですか。ここは我々教師達に任せておくのです」
「そうは言っても、だれも杖を上げないではないですか」
たじろぐシュヴルーズ。そのとおりだ。現に止めるシュヴルーズ自身、杖を上げなかったのだ。ルイズを止めておける資格が無い。
そのやり取りを見ていた後の二人も杖を掲げた。
「ミス・ツェルプストー!それにミス・タバサも!」
「ヴァリエールには負けていられませんもの。でもタバサ、貴方はいいの?」
キュルケは脇に立つ友人に目を向けた。タバサは一旦掲げた杖を少しおろし、ルイズに、そしてキュルケに向けて一言。
「心配」
言葉少ない友人の気持ちに心を暖めるキュルケだった。
そんなやり取りをじっと見ていたオスマンは、ふむ、と一言言って教師達へ話した。
「では、彼女ら3名を捜索隊として遣わす」
「オールド・オスマン!」
「それとも君がいくかね?ミセス・シュヴルーズ」
「ぃ……いえ、私は…」
「彼女らは一度賊を見ておる。それにミス・タバサはシュバリエの称号を持つ優秀なメイジじゃし、ミス・ツェルプストーもゲルマニアの
高名なメイジの家系として優秀なトライアングルメイジじゃ」
シュバリエとは国が貴族へ与える爵位の一つだが、領地を与えられぬ無領地爵位でありながら、実戦能力等の実力によって
与えられるものであり、優秀なメイジの証でもある。
しかし、とオスマンは言葉切ってルイズを見る。
「ミス・ヴァリエール。本当に捜索隊に志願するかの」
「……はい!」
ルイズの目ははっきりと開かれオスマンを見ている。その態度に満足したオスマンは、
「うむ。では明朝未明より捜索隊として君達に外出許可を出す」
「「「「杖に賭けて」」」
「ミス・ロングビルには道案内をたのむぞ」
声をかけられたミス・ロングビルは心穏やかにそれを了承した。
「了解しました」
誰にも分からぬほどに笑いながら。
明朝、捜索隊として集められた一同は、用意された馬車に乗り込み、朝の澄んだ空気の中、出発した。
道中は森まで街道を行き、途中から徒歩による探索になるという。
「ミス・ロングビル。手綱など御者に持たせればよろしいのに」
案内人のミス・ロングビルは自ら馬車の手綱を取る事を願い出て、二頭引きの馬車を操っている。
「いいのです。私は貴族の名を捨てたものですから」
「よろしければ、事情を教えてもらえます?」
沈黙が二人に流れる。ロングビルは少しだけ、表情を曇らせたが、努めて空気を汚さぬように振舞った。
「……とある事情で廃名されまして。家族を養わなければなりませんので街に出て働いていたのですが、そこをオールドオスマンに
秘書として雇ってもらいましたの」
興味津々に聞いていたキュルケのシャツが何者かに引かれている。キュルケが振り向くと、小柄な友人が首を振って言った。
「野暮」
「それもそうね。ごめんなさいな、ミス」
「いいえ。慣れていますので…」
その言葉にほんの少し憂いを残す。
一方、馬車の別一角。ルイズは無理矢理同行させたギュスターヴの愚痴を叩き伏せるのに夢中だった。
「何も自分から厄介を拾いにいくこともないだろうに」
「何言ってるのよ。学院に賊が入ったのよ。これを放置するのは貴族の名折れよ」
「いつの時代も貴族ってやつぁ、大変だーな嬢ちゃん」
研ぎ終わったデルフがギュスターヴの腰に指されている。短剣とつりあうように左右に指された剣はギュスターヴの心象に
一応の安心感を与えていたのだが、この場においては多方向からの言葉に対応しなければいけない分、不利である。
「しかしだなぁ。何で俺まで引き連れるかね」
「ギュスターヴ。あんたは私の使い魔なんだから。腕に覚えがあるんでしょ?手伝って当然でしょ」
「当然って言われてもなぁ…」
「ま、いいじゃねーか。俺様は賛成だぜ。相棒の腕が早く見てーからな」
「……昨日みたいにでかいゴーレム出されたらあんまり出番もないんじゃないかなぁ……」
「ぶつくさ言わないの!使い魔だと分かってるなら主人の助手くらい承諾しなさい」
「そうだぜ相棒。もう馬車は出てるんだから嫌嫌言ってもしょうがねーぜ」
サラウンドで会話をするのは非常に面倒である。朝早くから馬車に揺られてそんなことをするのは気が削がれていく。
「分かったよ…」
うんざりしながらも渋々と首を縦に振るギュスターヴなのだった。
馬車が進んで3時間半。街道を外れた森の手前で馬車を止め、そこから徒歩で森に入って奥、ほんの少しだけ開かれた場所に
あばら家が見える。
「農家からの聞き込みでは、おそらくここと思われます」
森の茂みの中、わずかにうねって身体を隠しておけるところに集まった5人。
「で、中はどうやって確かめるの?中に賊が居れば外におびきだす囮になってもらわなくちゃいけないけど」
キュルケは作戦を立てた。まず一人ないし二人で小屋に近づき、中にいれば陽動して外に出して挟撃する。
居なければ小屋の中で待ち伏せて賊の帰りを待つ、というものだ。
それを聞いたタバサは杖でルイズを指し示す。
「行くべき」
「私?」
そう、と答える。
「一番最初に杖をあげた。私もついて行く」
その言葉にキュルケが不思議そうにタバサを見た。
(自分から他人に近づいていくタバサって珍しいわね)
「引き受けたわ。見てなさい」
ルイズはタバサをつれて茂みを遠回りして廃屋に近づいていく。
残された三人は、周囲に賊が張り付いていないかを探す。
「ミス。つかぬ事をお聞きしますが、属性とクラスをお教えいただけます?」
「土のラインです。……!」
「なにか?」
ロングビルが何かに反応した。
「何か人影のようなものが見えましたわ。ちょっと見てきます」
険しい顔でロングビルが森の奥へ入って行き、木々の陰に見えなくなった。
キュルケはふと、自分がギュスターヴと二人きりになれたのを好機に話しかけて、自分への興味を持ってもらえないだろうか、と思い始めた。
「ミスタ・ギュスは今回の事件どう思われて?」
「…なぜ俺に聞く?」
ギュスターヴは腕を組んで木に寄りかかって聞いている。
「この捜索隊にあまり乗り気じゃなさそうだったみたいだし」
「そうだな…もし、俺が賊だったら。こんな中途半端な距離にある廃屋に潜んだりしない。
夜を通して移動して国境を越える。そうすれば追っ手はひとまずこないからな」
(あら、結構口が辛いわね。でも年の割に若々しい感じで素敵)
キュルケは暗に自分の立てた作戦の不備を突かれているのだが、本質的に賊捜索に真剣なわけではないから気にしないことにした。
むしろ、このあばら家を探し出したロングビルの情報元があやしいかも、なんて思い始めた。
「では、この情報はガセ?」
「そうとも言えない。……そうだな。例えば賊が何らかの事情で現場から余り離れることが出来ないとか、或いは……」
「或いは?」
「…何か目的を持ってここに潜み、捜索隊を待ち伏せるとかな」
あばら家に徐々に近づいていくルイズとタバサ。ルイズは足元に罠があるかも、と観察しながら歩いていたが、
よく見ると自分達のほかに、あばら家の周りには真新しい足跡がいくつかついている。
「ボロボロの小屋なのに人の使ったような跡があるわね。賊が使っていたに間違いなさそうね……」
そっとあばら家の外壁に張り付いて窓からそっと中を覗く。中は薄暗いが人の気配はない。
タバサが近づいて、杖先でゆっくりドアを開ける。古い蝶番が軋みを上げて動き、仄かな日光があばら家の中へ入るが、やはり中に人が居ない。
慎重に慎重を重ねて覗き、人が居ない事を再度確認して中に入ったルイズとタバサ。あばら家の中にも新しい足跡は残されていた。
ほかには腐りかけの藁や農具のようなものが置かれていて、その中に比較的綺麗な布で包まれて立てかけられているものがあった。
ルイズはそれを手にとって開いてみる。中には不可思議な装飾の施された、杖。
「これが『破壊の杖』?普通の杖に見えるけど……」
次の瞬間、あばら家の外から轟音が聞こえる。地鳴りのような振動があばら家の弱りきった土台越しに足元を震わせる。
「何?なんなの?!」
「ここは危険。脱出する」
飛び出そうと二人は出入り口に駆け寄ろうとした寸前、出入り口に土の塊がぶつかる。土の塊は砕けて出口を塞いでしまった。
「ゴーレム!」
ルイズの叫びが中に響く。
外で待っていた二人には静かな時間が流れている。ミス・ロングビルは人影を探しに行ったきりで戻ってこない。
もしかしたら迷ってるのかしら、などと考えていたキュルケは、あばら家の更に奥の森からごごご…と音を上げて
持ち上がっていく土の山が見えたとき、緊張に身体をこわばらせた。
やがてそれは草木交じりの身体をした巨大なゴーレムに変形し、小屋を見下ろしている。
ギュスターヴは腰の剣に手をかけ、キュルケも杖を構えた。
「昨日のと同じゴーレム?!」
「多分な。二人を小屋から脱出させるぞ」
小屋に駆け寄る二人、しかしわずかに遅く、ゴーレムの拳があばら家に落ちる。落ちた拳は切り離されて土砂の塊となって
あばら家の出口を塞いでしまった。
「タバサ!ルイズ!」
叫ぶキュルケ。ギュスターヴはキュルケの脇に立ちデルフを右手で抜いた。
「ゴーレムをひきつけるぞ!」
鞘から抜かれたデルフリンガーは、握りにも新しい布が巻かれ、丁寧に研ぎ澄まされた刀身が日光を受けてきらりと光る。
「俺様の出番だな。期待してるぜ相棒!」
袈裟斬り気味に振りかぶってゴーレムに飛び掛るギュスターヴ、キュルケも杖をゴーレムに向けて唱える。
「フレイムボール!」
「『かぶと割り』!」
ファイアボールよりも巨大な火球が発射してゴーレムの胸に当たり、露出していた樹木の枝が焼けて落ちる。
ギュスターヴの剣戟が腹に当たって衝撃が土を抉るように削り落とした。二人の攻撃で大きく一歩半、ゴーレムはよろめいた。
その振動は気を抜けば足首を痺れさせて立てなくさせる。
ガッシャン、と小屋から窓の割れる音が二人を振り返させる。背に背負ったあばら家の窓を割って這い出してきたタバサとルイズ。
その手にはしっかりと『破壊の杖』が握られている。
「ふひー」
「ルイズ!」
「『破壊の杖』を見つけたわ!あとはフーケだけよ」
そのやり取りを見逃さない。ゴーレムの拳が降ってくる。ギュスターヴは急いでゴーレムの足元から逃れた。
「ギュスターヴ!」
「ここは危険だ。一度引くぞ」
口笛を吹くタバサ。森の上空に青い軌道を残して飛ぶするシルフィードがゴーレムを中心に何度も旋回し、ゴーレムの動きを阻んだ。
鬱陶しそうに両拳を振り回すが、シルフィードの動きについていけないゴーレム。
「今の内」
「逃げるわよルイズ。『破壊の杖』は回収できたんだから長居する必要は無いわ」
あばら家を背に森の中へ逃げ込もうとするキュルケとタバサ。少なくとも盗まれたものが手元に戻ってきた以上、危険であれば
それ以上する必要は無い、というのは正常な判断に思われて、ギュスターヴはそれに倣う。しかし、
「ルイズ?」
「私は引かないわ」
ルイズは逆だった。注意が上に向けられているゴーレムをじっと見る。
「私は貴族よ。賊を恐れて逃げ出すなんて出来ないわ」
「駄目だルイズ。見るんだ。ゴーレムの上に賊が乗っていない。フーケは森に潜んでゴーレムを動かしてるんだろう。
ゴーレムを倒しても賊が見つからないんじゃ意味が無い」
きゅいーっ!と上空のシルフィードが悲鳴を上げる。巡航速度以上のスピードで狭い空間を飛び回るのは飛行に長けた風竜でも限界がある。
「そうよルイズ。第一まともに魔法が使えない貴方じゃゴーレムの足止めも出来ないわよ
「黙りなさい!」」
吼えるルイズ。
「貴族とは、魔法を使えるものを言うんじゃないわ。敵に背中を向けないものを貴族というのよ!」
ルイズの目にはゴーレムしか写っていない。ゴーレムに走り寄りながら杖を向けた。
「ルイズー!」
「見てなさい!フレイムボール!」
キュルケの制止を振り切って詠唱、やはり爆発。ゴーレムの胸が爆発の衝撃で抉れ飛ぶ。
しかしこれがゴーレムの注意をシルフィードから足元へ移させてしまった。
「もう一度!フレイムボール!」
なおも詠唱、爆発。ゴーレムのわき腹が吹き飛ぶが、痛みを感じないゴーレムにとって身体を支える程度の強度があれば問題は無い。
ゆっくりと片足を上げてゴーレムがルイズの頭上に迫る。
「フレイムボール!フレイムボール!フレイムボール!」
遮二無二連発するルイズだが、ゴーレムの体がいくら傷つけられても、落ちてくる足が止まることはない。
「ルーイズ!」
キュルケの悲壮な叫びが森に響く。降ろされたゴーレムの足がルイズの居た場所を踏み潰していた。
「無茶はしてもらいたくないな。ルイズ」
「はぇ…」
ルイズはその時、ギュスターヴの片腕に抱かれて意識を朦朧とさせていた。
ギュスターヴはとっさに駆け出し、ゴーレムの足が落ちる寸前、ルイズを捕まえて脱出したのだ。
抜き身のデルフリンガーが『左手』に握られて、右腕にしっかりとルイズを抱きしめている。
左手の甲に刻まれたルーンが、仄かに光っている。
「おお、思い出したぜ相棒!」
「何?」
「…ちょ、ちょっと、ギュスターヴ!さっさと私を降ろしてよ!」
「ああ、ちょっと待ってろ」
ひとまず抱き上げたルイズを降ろす。
「で、何だって?デルフ」
「思い出したぜ相棒。お前さんは『ガンダールヴ』だ」
「「『ガンダールヴ』?」」
ルイズとギュスターヴ両方の質問の声が重なる。
「あらゆる武器を使うことができる伝説の使い魔ってやつよ。心を奮わせて俺を握りな。体から力を引き出してやれるぜ」
試しにギュスターヴはぐっと強くデルフを握り、呼吸を変えて神経を集中させると、ルーンが一層の輝きを増す。
「ルーンが光ってる……」
「嬢ちゃん、ここは相棒に任せて下がりな。使い魔が賊を倒せたら主人の手柄になるんじゃねーの?……それでいいだろ、相棒」
「仕方が無いな…下がってろ、ルイズ」
「ギュスターヴ……。…ごめんなさい」
再度シルフィードで撹乱されていたゴーレムは、シルフィードがあばら家の前に下りると首らしき部分を下に向ける。こちらを見ているようだった。
「タバサ。皆を乗せて森を出るんだ」
「貴方は?」
「少しばかり時間を稼ぐ」
「ギュスターヴ!……ちゃんと帰ってきなさいよ」
無言で頷くと、シルフィードは飛び上がって馬車を留めた場所に向かって飛んでいった。
「さて相棒。どうするかね?こんなでかいゴーレムを」
ゴーレムは足を落とす、腕を落とす。それを『ガンダールヴ』の力を試すように動き回りかわしていく。
「とりあえずルイズ達が安全な位置まで移動できる時間を稼ぐぞ。タバサの使い魔が飛んで馬車の準備が出来るまでだ。その後は」
「後は」
「……あれを壊す。覚悟しろデルフ。折れるんじゃないぞ」
「まかせときな」
ギュスターヴは、このとき初めて左手でデルフを構えた。ゴーレムは足元のギュスターヴを認識して拳を落とそうと踏み込むが、
ギュスターヴは自分から踏み込んで、ほぼゴーレムの真下に立つ。
袈裟に構えて腰を落とす。両足から両脚、膝、腰、背筋から腕、そして手首にかけてに神経を集中させる。
「『ベアクラッシュ』!!」
一声。高く飛び上がったギュスターヴの一撃が、ゴーレムの肩に叩きつけられた。炸裂音にも似た衝撃がゴーレムの右肩を走る。
ギュスターヴの剣技の中で一、二を争う剛剣は、『ガンダールヴ』の力も合わさって深々とゴーレムの身体を進み、深く入った亀裂が
右腕を支えきれなくなって折れる。落ちる右腕を確認してからゴーレムの身体に食い込むデルフを抜いて、ゴーレムの体の上を走る。
飛び上がるようにジャンプし、デルフをゴーレムの胴体に振り込んだ。
「『天地二段』!」
削撃音を響かせてゴーレムが切り裂かれていく。地面に達した瞬間にデルフを水平に払うと、ゴーレムの足首が切れ飛んで、
衝撃で仰向けにゴーレムは倒れた。倒れることで森が揺れて、驚いた鳥達が一斉に飛び立っていく。
「まだだぜ相棒。ゴーレムは再生できる。操ってるメイジが居る限りな」
「その通りよ。とはいえ只の平民が私のゴーレムをここまで壊せるなんてね」
背後から声かけられたギュスターヴ。声の主はミス・ロングビルだったが、彼女はギュスターヴの背中にナイフを突きつけている。
「ミス・ロングビル。何を」
「その名前はちょっと違うねぇ。私の名は、『土くれのフーケ』さ」
握っていた剣を降ろすギュスターヴ。振り向くことも出来ず、ただ背中からの声に耳を傾けた。
ギュスターヴは抑揚の無い声で話しかけた。
「近くに居るだろうとは思っていたが、賊の正体が貴方だったとはな」
「主人を逃がすために一人で戦うなんて立派だねぇ。でもここまでさ。アースハンド!」
地面から延びる土の腕がギュスの足を絡め取る。
「何!?」
次に崩されたゴーレムが盛り上がって山になる。そして先ほどより小さいゴーレム――それでも、3メイルはある――が2体、形成されて
ギュスターヴの前に立った。
「そこで暫く遊んでな。私はあの嬢ちゃんたちから『破壊の杖』をもらってくるから」
フーケは悠々と森を出て行く。足を止められて追うことが出来ないギュスターヴは、拳を突き出してくる2体のゴーレムをデルフでいなすしかない。
「どうするんだよ相棒。このままじゃやばいぜ」
「少し時間が掛かるが始末は出来る。あとはそれまで、ルイズたちが無茶をしないでくれていれば……」
シルフィードが森を抜けて馬車を止めた場所で降りた時、丁度ミス・ロングビルが森から飛び出してルイズたちの視界に入った。
「ミス・ロングビル!ご無事ですか?」
「はい。ゴーレムが見えたので一度森を脱出しようと思いまして。……その手のものが『破壊の杖』ですね」
「はい」
ルイズは手にしっかりと『破壊の杖』の包みを握っていた。
「改めさせていただきたいので、こちらへ……」
破壊の杖を持ってルイズはロングビルに近寄った。ルイズがロングビルの手に届いた瞬間、羽交い絞めにするように押さえつけられたルイズの首に、ロングビルの手に
握られたナイフの刃が当てられる。
「ミス・ロングビル?!」
「大人しくしな!じゃないとこいつの首が落ちるよ!」
粗野な言葉遣いと目の前に出来事に動くことが出来ない。
「あなたが賊……土くれのフーケだったのね」
「そうさ」
ルイズが苦しげにロングビル……土くれのフーケに言った。フーケはひたひたとナイフを当てながらけらけらと笑って話す。
「頑丈な宝物庫の壁を壊してくれて例を言うよおちびさん。でもね、せっかく手に入れた『破壊の杖』なんだけど、使い方がさっぱり分からなくてね。
どう見てもただの杖なのに振っても何をしても反応が無い。だから人の来ないこの森まで捜索隊をおびき出して襲えば、
『破壊の杖』を使うやつがいるんじゃないかと思ったんだけど…どうやら、無駄だったみたいね」
「わたしをどうするつもり?」
「ひとまず私が馬車で逃げるまで大人しく捕まってな。後で馬車から降ろしてやるよ」
フーケの顔が嗤っている。あの穏やかで美しかったロングビルの豹変にルイズをはじめ三人は戦慄した。
「嘘よ。薄汚い賊が離しなさい。キュルケ、構わないで私ごとフーケを打ちなさい!」
「そんなことできるわけないでしょ!」
「賊に捕まって好きにされる方が屈辱よ。早く打ちなさい」
ルイズが盾になってキュルケの魔法はフーケに届かない。そのことにキュルケは歯噛みしていたが、タバサはなぜか視線が少しずれて森を見ていた。
「麗しい友情ってところかい?まぁいいさ。そこで私が逃げるのを大人しく見守ってておくれよ」
フーケはルイズを引きずりながら馬車に向かって移動する。タバサがじわりと詰め寄ろうとすると、ルイズを引き寄せてナイフを首に当てなおす。
「動くんじゃないよ!本当にこいつを殺すよ」
「タバサ、やめて。ルイズが死んじゃう!」
キュルケは何も出来ずに叫ぶ。しかしタバサの目は冷静だ。静かに声を出す。
「大丈夫。彼がいる」
「彼?」
キュルケの脳裏にいまだ森から出てこない平民の使い魔が浮かぶ。フーケはそれを見越していたのだろう。可笑しくてたまらないとばかりにニヤニヤしている。
「あの平民の使い魔だったら、今頃森の中で私のゴーレムと殴り合いをしているよ。暫くは動けないはずさ」
「それはどうかな?」
背後に背負った森から何度か聞き覚えのある声が聞こえて、不意にフーケは返事をしてしまった。
「え?」
振り返った瞬間に視界に入り込んだものは、突進するギュスターヴ。手にはデルフリンガーではなく手製の短剣を握っている。
ギュスターヴは短剣を立てず、寝かせてフーケに当てて体勢を崩した。
「あうっ!」
それを逃さず倒れたフーケに剣先を突きつける。ルイズがフーケの腕から逃げてギュスターヴの背中に隠れた。
「『追突剣』……もう逃げられないぞ、フーケ」
ギュスターヴの空いた手にはフーケの杖が握られている。『追突剣』の際にフーケの懐から奪い取ったのだ。
フーケは起き上がってナイフを構えたが、背後に杖を構えたキュルケとタバサが間合いを詰めると、やがてナイフを捨てて両手を挙げた。
#navi(鋼の使い魔)
#navi(鋼の使い魔)
フーケを捕らえることに成功したルイズ達。ロングビルこと土くれのフーケは縄で縛られ杖も取り上げられていた。
馬車に乗って学院への帰路を行く。なお、馬車の御者はなんとタバサが買って出ており、御者席では
華奢な腕で見事に馬を操るタバサを見ることが出来る。
ルイズは移動する馬車の上で包まれた布を剥ぎ取った『破壊の杖』をまじまじと見つめている。
「でもこれが本当に『破壊の杖』なの?大仰な名前の割にどう見ても普通の杖に見えるんだけど……」
ルイズの視線は馬車の荷台に手足を縛られて転がしてあるフーケに向かっている。フーケは身動きできないことが実に忌々しいらしく、
顔を背けながら答える。
「そうさ。わざわざやりたくもない秘書をやって何日も下調べをして盗み出したんだ。間違いないね」
そう、フーケが盗み出し、今ルイズ達の手で学院の元に戻されようとしている『破壊の杖』は、一見すれば誰がどう見ても
メイジが使うのに差し支えない普通の杖に見える。特徴らしいものがあるといえば、それはタバサが使うような杖と同じくらいに長く、かつ
それよりも太くがっしりとした作りをしている、ということだろう。
ギュスターヴの腰でデルフがカタカタとしゃべる。
「相棒、その杖を握ってみな」
「どうして?」
デルフの言葉にタバサ以外の耳目が集まる。
「『ガンダールヴ』はあらゆる武器を使うことが出来る。例えそれが使ったことのない武器でも、一度握ればそれがどんな武器で、
どうやって使うのか分かっちまうのさ」
「でも俺はお前を握った時お前がどんな武器で、とか分からなかったぞ?」
「それはお前……なんでだろ」
ずったん!一同が馬車の上ですっこける。
「なによそれ!」
「いやーなんていうの?相棒が『ガンダールヴ』だってのは思い出したんだけど、それ以外はさーっぱり、思い出せねーの」
やっぱりボロ剣ね、とルイズがため息交じりにつぶやいた。
ギュスターヴはルイズの持つ『破壊の杖』をよく見た。それは先ほどの通りどこにでもあるようなありふれた杖に見える。
杖の頭に龍の頭のような装飾が施されて、黄土色の磨かれた石がはめ込まれている。
「ルイズ、貸してくれないか」
「いいけど。壊すんじゃないわよ?」
ギュスターヴの手にルイズが『破壊の杖』を渡す。ギュスターヴは杖を握って数瞬、痺れるような衝撃を受けた。
自分の思考の中に突如として知識が刻まれていく。それは視界他五感を通じて得られるそれよりも遥かに鮮明に
ギュスターヴの脳内を駆け抜けた。脳に焼き鏝で烙印を施すような強烈な刺激を感じるようだった。
「ぐ、ぐぅ…!」
「ギュスターヴ?!」
杖を渡してからいきなり、うめき声を上げて倒れるギュスターヴ。頭を抱えてうずくまった姿にルイズが駆け寄り肩を揺らす。
「はぁっ、はぁっ、はっ……」
「だ、大丈夫なのギュスターヴ……」
「どうよ、相棒」
額に脂汗を浮かべて苦悶の表情を浮かべているギュスターヴは、呼吸を整えながら座りなおし、杖をルイズに渡した。
「なんてことだ。こいつは、こいつは……」
「何か分かったの?」
ルイズは見た。ギュスターヴの顔に写るものを。それは召喚した最初の日、ルイズに向かって何度も鬼気迫る顔で
質問を繰り返していた時のそれと、良く似ていた。
「ああ、こいつの正体が分かった」
「で、何なのこれは?」
「いや、ここで言うのは拙い」
え?とルイズ。キュルケも真剣に聞いている。フーケすら転がされたまま聞き耳を立てていた。
「皆に言う前に、一つ質問をしなくちゃいけない人間が出てきた」
『盗賊捕縛、そして』
陽が徐々に傾き始めた頃、馬車は学院に到着した。衛兵に馬車と捕縛したフーケを引き渡して四人は学院長室へ向かう。
学院長室では臨時的に秘書業務をしていたコルベールが迎えてくれ、まもなくオスマンが四人の前に現れた。
「どうやら無事、賊を捕まえてくれた様だの。奪われた『破壊の杖』も取り戻してくれて何よりじゃ。感謝に絶えん」
『破壊の杖』は今、コルベールが預かっている。
貴族の礼として恭しく頭を下げる三人。
「さて、我々からはその功績に見合った礼をせねばなるまいな。ミス・ヴァリエールとミス・ツェルプストーにはそれぞれ国に
シュバリエの認定申請をしておいた。遠からず何らかの沙汰があるじゃろう。ミス・タバサには精霊勲章の授与申請をしておいたぞ。
こちらも同じく、国から何らかの知らせが送られるじゃろうから、虚心に待つように」
「お気遣い感謝します」
らしくなく礼をするキュルケ。タバサも無言のまま頭を下げた。
一方ルイズは、礼をしながらも頭を上げて答える。
「あの、彼には……ギュスターヴには何も無いのでしょうか?」
「んむ……」
オスマンの視線はルイズの問いによって、起立したまま待機しているギュスターヴに移る。両腰に挿された大小の剣が、貴族の証無き
この男に一種の風格を与えている。零細な貴族家庭のそれなど吹き飛ぼう、威厳がにじみ出ている。
「……彼は貴族ではないゆえ、王宮から何かを与えるように申請する事はできぬ」
「…そうですか」
しかし、とオスマンは続け、
「何も報酬が無いのも道義に悖るものじゃ。よって、わしの権限により学院の予算から幾らかの金子を包むとしよう。我々には
それくらいしか出来ぬ。それで許してもらえぬかな?」
「お気遣い、感謝いたします」
「ありがとうございます」
ここで初めてギュスターヴは礼をした。ルイズも一層深い礼をする。
オスマンはそれらに満足したように微笑み、語りかける。
「さて。賊の侵入でわたわたしておったが、今日は『フリッグの舞踏会』じゃ。お主等も会場の華として楽しんで行きなさい」
再度の礼をして学院長室を辞す三人に、ギュスターヴは足を止める。
「先に行っててくれないか」
「いいけど…どうして?」
「少し用事が出来た。すぐ戻る」
ルイズ等三人が退室し、部屋にはオスマン、コルベール、ギュスターヴの三人が残った。デルフは入室する前にきっちりと鞘に納めて
口を閉じさせてある。
「コルベール君。宝物庫に『破壊の杖』を戻してきてくれんか」
「は……」
なにやらただならぬ空気を感じ取ったコルベールは、何も聞かずに学院長室を出て行く。
夕陽がさしかかり、部屋の中が赤光で満たされる。
「お主は何かわしに聞きたいことがあるようじゃな」
ギュスターヴは何も答えない。ただじっとオスマンを見ている。オスマンは深く椅子に腰掛け、パイプを一息吸って、煙を吐いた。
「……しかし、賊の正体がミス・ロングビルじゃったとはのぅ……」
「彼女とはどこで?」
ん?とオスマン。
「王都の酒場でじゃよ。そこで給仕をしておったんじゃが、話もうまいし気立てもいいし、丁度秘書の席が空いておったからな。
雇ってみることにしたんじゃよ」
女とは分からぬものじゃなぁ、とオスマンは嘆く。
「……いくつか聞きたいことがある」
「わしに答えられるものならお教えしよう。今を逃せば聞けまいこともあろうて」
「大きくは二つ。まず『破壊の杖』の出所について」
「ふむ……」
パイプを皿に置いてオスマンは手を組んだ。
「あれはこちらの世界のものじゃない。俺の居た世界のものだ」
「君の世界……とは、なんだね?」
「ここから遥か遠くだ。貴方達の言う東方の国よりもずっと遠くにある」
ほう、と一言だけ相槌する。
「あの杖は俺のいた世界にあるフォーゲラングという町で製造されていた杖だ。品目は確か……『砂龍の杖』…だったか。それが何故この世界に
あって、『破壊の杖』なんて呼ばれているのか。フーケを問いただして聞いたところじゃ宝物庫に寄贈したのは学院長自身だというから、直接聞くのが早いだろうと思って」
パイプから立ち上る煙が細く伸びて、天井に当たって砕ける。
オスマンはギュスターヴのまっすぐな瞳を見て、呵呵と笑う。
「年嵩に合わず正直な男じゃのぅ、君は。……まぁよい。もうずっと昔の話になるかのぅ。わしはその時、一人森の中に入って秘薬の材料になる薬草を探しておった……」
オスマンは語り始めた。杖を手に入れた日のことを……。
それは今日より遥かに昔。ハルケギニア内陸部に広がる名も無き森の一つ。樹木の根が地面をうねらせ、空は広がった枝で隠された森の奥。その時は霧が泥のように濃
い。
「視界が霧でさえぎられ始めた時じゃ。わしは風の魔法で突風を起こし、霧を散らせて視界を取ろうとした」
巻き起こる風で吹き払われていく霧。風で切り裂かれた霧の向こうにはわずかに開けた空が見えた。と、空から光るものと人のものでは決して無い奇声が同時に振り落ち
てくる。 それは濃い緑色の鱗をした二足の竜。翼を広げても3メイルほどにしかならないが、鋭い爪と牙を供えた幻獣らの中で上位に君臨する一種、ワイバーンだった。
「わしは強い魔法の反動で反撃をすることが出来なかった。あと一歩でワイバーンの爪がわしにかかるという時、何者かが木の影から飛び出してワイバーンを打ち据えたの
じゃ」
その何者かはワイバーンに慄き倒れていたオスマンを起き上がらせると、再び低空で飛翔し襲い掛かってくるワイバーンに杖を向けて何かを叫ぶ。
すると杖先に仄かに光る石の壁が出現し、そこから光の玉のようなものを発射してワイバーンを打った。次の瞬間にワイバーンはぴしぴしと音を立てて石化し、
崩れて砂に変わったという。
『大丈夫ですか。ご老人』
『う、うむ……』
『ここは危険だ。私の杖をお貸ししましょう』
「そう言ってわしに渡してくれたのが、『破壊の杖』じゃ」
その後再び掛かり始めた濃い霧の向こうから男を呼ぶ声がしたという。
『ヘンリー!どこにいったんだよー!』
『すみません、仲間が呼んでいますので、失礼』
『ま、待ちなされ!』
「何者かが呼ぶ声の中、霧の奥に彼は帰っていった。再びわしが霧を払った時には、もう影も形もなかったのじゃ」
オスマンが語った過去。霧の向こうからやってきた男が持っていた『サンダイルの世界の武器』、それが今学院に眠る『破壊の杖』の正体だった。
ギュスターヴはそれが、ある一つの疑問点を自らに提示するものだと気付いた。
「サモン・サーヴァント以外の方法でハルケギニアにやってきた人間がいる?」
それまでギュスターヴは、自分がルイズに召喚されてハルケギニアにやってきたのは何らかの奇跡か偶然か、ともかく砂漠で砂金を拾うような僥倖の結果だと
考えていたが、オスマンの語る話が事実であるならば、サンダイルとハルケギニアはどこかで繋がっている、という可能性が生まれる。
それはギュスターヴに並々ならぬ衝撃を当たるものだ。
「かもしれぬ。じゃが、わしは君とその男以外にそう言ったものを知らぬ」
「そうか……」
オスマンの語るサンダイルへの手がかりはそれ以上ないようだ。ギュスターヴはもどかしいものを感じずには居られない。
「君も元の世界に帰りたいかの?」
「……わからない。ただ、帰る方法があるならばそれを探すのもいいし、少なくともルイズの使い魔をやっているのも、それほど辛いわけでもないからな」
「おぬしは優しいのぅ」
それと、とギュスターヴが続く。
「もう一つ質問があるんだ。この左手の刻印について」
「む……」
左手の甲をオスマンに見せながら話すギュスターヴ、オスマンの表情は一転して、硬くなった。
「ある者からこれは『ガンダールヴ』という伝説の使い魔のものだと聞いた。教えてくれ。伝説というのは何なんだ?」
オスマンは組んだ手を解き、手癖のようにパイプをとって蒸して、また置いた。
「ふむ…昔、今は我々が『聖地』と呼ばれるところに始祖ブリミルが降り立った。彼は虚無の魔法を使い、エルフと戦った。
戦いによって豊かな大地を手に入れたブリミルは、三人の子供と一人の弟子に国を作らせ、それが今のハルケギニアの祖形となった、と言われておる。
『ガンダールヴ』とはその始祖ブリミルが従えたと言われる四つの使い魔のうちの一つじゃ」
曰く、あらゆる武器を使う『ガンダールヴ』、あらゆる幻獣を操る『ヴィンダールヴ』、
あらゆる魔法道具に精通する『ミョズニトニルン』、そして語られぬもう一つ……
「……じゃが、君の口から『ガンダールヴ』の話を聞くことになるとはのぅ」
「なんだと?」
「わしらは以前から君が『ガンダールヴ』ではないかと考えておったが、確証がなかった」
その言葉に苦い顔をするギュスターヴ。己が何者かに監視されていたと聞かされて心地よいものなど居ない。
「そう嫌がることもあるまい。君はありとあらゆる武器を用い、主人を守る盾となったのじゃ。その力でミス・ヴァリエールを守ってあげなさい」
「…俺が守ってやらなくても、多分ルイズは強い」
「ほぉ。なぜだね?」
今回は無事平穏に戻ってきたとはいえ、オスマンの目から見ても、ルイズは無力な娘だ。魔法の使えない貴族に居場所があるほどトリステインは広くない。
「何故かな…そうだと言いたくなる」
対するギュスターヴの目は、どこまでも澄んでオスマンを見据えていた。
夕食の時間と同時にアルヴぃーズの食堂は今、盛大なパーティの会場となっている。生徒達貴族の子女がお家の恥にならぬよう、一層の装束をめかし込み、
気に入ったもの同士で踊り、或いは食事に手をつけていた。
ギュスターヴはオスマンとの会談のあと、ルイズの部屋に戻ったのだが、クローゼットを引っ掻き回した跡があるだけで部屋主を見つけることが出来なかった。
夕食の時間ともあるから食堂に居るのだろうかと思ってやってくるとこのような次第である。
「ハァイ。待ちくたびれましたわミスタ・ギュス」
鮮やかな赤いドレスに身を包み、長い髪を纏め上げてうなじを見せて歩くキュルケが出入り口に立っていたギュスターヴに声をかける。
「これが言っていた舞踏会ってやつか……」
「そうよ。よろしかったら一緒に踊ってくださいません?」
「ちょっとキュルケ!勝手に人の使い魔と馴れ馴れしくしないで!」
怒鳴りこみながらコツコツコツ、と細かい足音を立ててキュルケの背中に迫ってきたのはルイズ。しかしその装いはギュスターヴの知るルイズを大きく変えてみせる。
薄い桜色の生地を豪華に使ったドレス、二の腕まで覆った手袋も上質のシルクで作られ、髪留めもネックレスも特注の一品であることがすぐに分かった。
なによりそれを身に着けるルイズ自身が装飾品に負けない気品を漂わせて立っている。血の良さが振りまかれた生粋の貴族であることが、そこに示されている。
年ながら気圧されるような迫力を伴う二人に笑って答えるギュスターヴである。
「二人とも立派な姿だな。……ところでタバサは?」
「あそこ」
二人は食堂の一角、テーブルが置かれて普段より一層の豪華な料理が並ぶ場所を指した。
タバサも彼女らと同じく肌理の細やかな黒いドレスで着飾っていたが、ダンスや音楽に全く興味を示さずひたすら食事に手をつけていた。
ところで、とルイズがギュスターヴを見上げる。
「ギュスターヴ。オールド・オスマンと何を話していたの」
「ん、まぁ、ちょっとな……」
果たして話すべきか、ギュスターヴは悩むのだった。
パーティも酣(たけなわ)。ギュスターヴは食堂から延びるバルコニーに一人、立っていた。備え付けのテーブルにはデルフが外されて置かれ、その脇に
空のグラスが2つ、栓の抜かれたワインボトルが一緒に置かれている。
ギュスターヴは壁に寄りかかるようにして月を眺めた。サンダイルには無い、大小の月。
軽い足音がして振り向くと、ルイズが立っていた。
「踊らないのか?」
「あまり気が乗らいわ。相手もいないだろうし」
そうか、と何も言う事がないままに、流れる時間。食堂から漏れ出る音楽が変わった。
テーブルの上にあるグラスをとり、ギュスターヴはワインを注いだ。
「結局、『破壊の杖』って何だったの?」
ルイズへ答えるべき、なのだろうな、と、ギュスターヴは一口ワインを飲んでから答える。
「……同輩の忘れ物、って言ったところだな。多分この世界であれを使うことの出来る人間は、居ないだろう」
「ギュスターヴの世界……サンダイルの物だったのね」
「ああ。どうやってあれを持ってハルケギニアに来たのやら。知りたいものさ」
ルイズもテーブルからボトルをとってグラスに注いだ。
「……やっぱり、サンダイルに帰りたいの?」
「ん……?」
ギュスターヴがルイズを見ると、少し目が潤んでいた。既にアルコールが嵩一杯まで染みこんでいるから、ではないだろう。
「……どちらでもいいさ。でも帰る方法を探しながら使い魔をやるのも楽しそうだ」
ギュスターヴは笑った。なんて事の無いように。
考えていたのだ。食堂にはいってからずっと。おそらく向こうでは、サンダイルでの自分はもう死んでいる。いや、死んだ扱いになっているだろう。
であればむしろ帰還は、友人達の行動の妨げになるのではないか。しかし一方で、郷愁の念に駆られないわけではない。
なぜなら不確かながらも、こちらとあちらはつながりがあるようだから。ならば、つながりを探しながら、やはりルイズのそばで使い魔の真似事をして過すのも悪くない。
それくらいには思えてきたのだった。
術不能の偏見、王家の血の宿命、それらから切り離されてここに立っているギュスターヴは、いろいろな意味で自由な己を捉えなおすのだ。
「不遜な男ね」
かもな、と答えるギュスターヴ。ルイズはワインを飲み干してグラスを置くと、ギュスターヴに手を伸ばした。
「ダンスは出来る?」
「一応嗜み程度にはな」
「では、お相手してくださいまし、ミスタ」
やっぱり酔いが深いのだろう。ルイズの目が少し蕩けている。仕方無いなぁ、とルイズの手を取ってギュスターヴは食堂の中に入っていった。
バルコニーに置かれたテーブルに残されたデルフが、カタカタと鍔を鳴らす。
「こいつぁおでれーた。主人のダンスの相手をする使い魔なんてな」
残されたワインの水面に、二つの月が写りこみ、揺れた。
#navi(鋼の使い魔)
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