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時は進み、言葉がまばたきの眠りから覚めて、また眠り、また目覚めた時、
日はとうに沈み空は黒く星がまたたき、
ルイズもティファニアもフーケもウェールズも子供達も夕食を終えて、
宵の静かな時間をすごす中、ようやく桂言葉は目覚める。
「おはよう」
隣から。
ぼんやりとしながらも言葉は「おはようございます」と返して、顔を向けた。
ルイズが、鞄を膝に乗せて椅子に座っている。ちょっと怒っているような表情で。
「コトノハ。ご主人様に何か、言う事があるんじゃない?」
「鞄を……誠君を……」
「それ以外に、あるはずでしょ?」
何を言えばいいのか。
しばし目を閉じ、考える。少しずつ頭がはっきりしてきた。
「レコン・キスタはおしまいです。総司令のクロムウェルを殺してきました」
「……そう、それは朗報ね。でも自分に関する事で、何か言う事はないの?」
「コルベール先生が言っていました、私は『ガンダールヴ』だって。
ガンダールヴは、始祖ブリミルが使役した伝説の使い魔。
水の精霊さんとも関わりがあるようです。
そして水の精霊さんは言っていました……ガンダー、ヴィンダー、ミョっちゃん、と。
レコン・キスタにミョっちゃんがいました。
私と同じ、人間の使い魔。伝説の使い魔。
今後、彼女とそのご主人様がルイズさんと関わってくるかもしれません。
気をつけてください」
「……そう、それは有益な情報だわ。伝説の使い魔……って、信じにくいけど。
でももっと他に、私に対して言うべき事があるんじゃないかしら?」
「アンドバリの指輪を手に入れました。鞄を開けてもらえますか?」
「……そう、それがコトノハの願いだものね。でもね、他に、他に、あるでしょう?」
どんどん表情が険しくなり、ついには肩を震わせるルイズ。
彼女が何を求めているのか、言葉は解っていた。――言えない。
「教会で私は言いました。さようなら……って」
深々と吸い込むと、ルイズは素早く唇を動かした。
「残念でした私は認めてないから無効よだいたい一方的すぎるわ自分勝手にも程があるじゃない
ご主人様として悲しいわそりゃもう家畜のように鞭でしばき倒したいくらいに
ああでもその場合悲しいっていうより怒ってるって言った方が正しいわねどう思うコトノハ?」
一息で。
息継ぎせず一呼吸のうちに言い切ってのけた。
肺活量の問題があるため早口にならざるをえず、後になればなるほど声がかすれてきてもいた。
それでも一息で言ったのはルイズなりの怒りの表れなのだろう。
揺れる。揺れてしまう。
ああ、どうしてこの人はいつもいつもこうまでも、
誠だけを想っていたい言葉の心を掻き乱すのか。
誠君と二人だけでいたかった。――でも貴女は其処にいた。
惚れ薬を飲んで都合のいい使い魔になったのに拒絶した。――本当の言葉に出逢うために。
コルベール先生を殺したと誰からも思われた。――違うと言って側にいてくれた。
そんな貴女を裏切った。――それでも。
別れを告げたはずだった。――それでも。
誠君さえいればいいと思った。
けれどいつもルイズさんが一緒にいてくれた。
誠君を愛し抜くという、ただそれだけの心が在ればよかった。
その心に触れられたのは、多分あの雨の日。誠君を掘り返していた時。
嫌いだと言われた。
惚れ薬で惑わされていた心の表面を突き抜け、深部にまで届いたルイズさんの本音。
それでも後悔しないために、後悔させないために、ルイズさんは泥で汚れた。
あの時から、変わったんだと思う。
自分がいなくなっても、ワルドがルイズを守ってくれるという期待を抱いたり。
そのワルドが裏切った時、身を焦がすほどに熱い怒りを覚えたり。
フーケさんにルイズさんの身の安全を頼もうとした。
頼めなかったけれど、フーケさんにここに連れてこられ再会できて、安堵した。
「……ごめんなさい……」
私はルイズさんの事が好き。
嫌われたくない。裏切りたくない。裏切られたくない。
ルイズさんは違う――西園寺さんとは違うから――好きでいたい。
「一緒に……いたいです。ルイズさんと……一緒に……!
ごめんなさい、ごめんなさい……私は……」
あふれる涙を指ですくってくれたルイズさんは、子供をあやす母親のように微笑んだ。
「おかえりなさい、コトノハ」
言葉は声を上げて泣いた。
心の奥底に溜まっていた重いものが、涙の数だけ軽くなっていく。
ルイズが特別な存在だと自覚して、それが嬉しくて、言葉は泣き続けた。
だが。
伊藤誠の頭部と、アンドバリの指輪が、この部屋にはそろっている。
条件はもう、整っていた。
とはいえ、ここで生き返らせるとこの家に迷惑かかってしまうかもしれない。
生きた生首なんかをティファニアに見せたら失神確実だ。
いや死んだままの生首でも普通失神する。
言葉が泣き止む頃、この問題をどう切り出したものかとルイズは考えていた。
誠のためにルイズを裏切った言葉は、己を深く責めている。
ルイズの一方的な自惚れではない事は、言葉の反応から確信できる。
それでも言葉が誠を生き返らせるためどれだけ一生懸命だったか、ルイズは知っている。
どんなつらい思いをしてきたか、看病していた時にだいたい察せられた。
そんな言葉に「今は誠を生き返らせちゃ駄目」と言うのは酷だ。
それに、ルイズは誠の蘇生を了承した訳ではない。
死んだ人が生き返る。
とても素晴らしい事だと思う。倫理を無視すれば。
ルイズはずっと悩んでいた。
いざ誠を生き返らせられる段になったら、どうすればいいだろう、と。
制止すべきか、傍観すべきか、推奨すべきか。
結論が出ぬまま問題を先延ばしにしていたら、言葉はアンドバリの指輪を持ち帰ってきた。
――まだ答えは出ない。
「コトノハ。誠の、事、なんだけど」
「はい」
「……この家にいる間は……我慢、してもらえるかな?」
そう言ってルイズは、左手を見せた。
水のルビーのつけられた薬指の隣、中指に、アンドバリの指輪。
布団の中で言葉の手が動き、自身の両手を確認する。
指輪が無い。それはそうだろう、ルイズの指にあるのだから。
「どうして……どうしてですか? ルイズさんは、私の、味方……ですよね?」
声から感情が消えて、黒瞳がうねる。
呑み込まれるなとルイズは気を強く持ち、言葉の双眸を見つめ返した。
「この家にいるテファっていう……ハーフエルフの……でも優しい娘に、助けられたの。
ウェールズ殿下もテファのお陰で一命を取り留めて、今は隣の部屋で休んでる。
フーケはここではマチルダって名乗ってて、フーケの名前は秘密にするよう言われてる。
ここで誠を生き返らせると……その……テファが驚くし、
マチルダにも迷惑がかかるかもしれない。ウェールズ殿下も何とおっしゃるか……」
「ルイズさんは、私と誠君より、その三人を優先するんですね」
「恩があるから、それには報いないと。迷惑はかけられない。
それに、テファは……友達だから……」
「……使い魔の……私より……?」
無表情のまま言う。よくない兆候だ。
さっきまでいっぱい泣いて、人間らしい顔を見せてくれていたのに。
「生き返らせるなって言ってる訳じゃない……けど、でも」
「テファさんは友達……友達だから大切……信じる……そうなんですね?」
「コトノハ。この世界にはサイオンジなんて女はいないのよ」
言葉の表情が、一瞬だけ陰った。
「テファはいい娘だから、コトノハとも仲良くなれると……思う。
ねえ、ここにいる間、もっとマコト以外にも目を向けてみて。
私も、テファも、マチルダも、ウェールズ殿下も、きっとあなたの力になれる」
「誠君を見たら力にならなくなるような人は、いりません」
優先順位、常に誠。
「じゃあマチルダとは仲良くできる? 鞄の中、知ってるし。
そのマチルダが、ここでは鞄の中身を絶対に他の人に見せるなって言った。
特にテファに見られたりしたら承知しないって。
ね? マチルダもそう言ってるから、この村にいる間は、我慢してくれる?」
子供に言い聞かせるような口調で頼み込む。すると言葉は、窓へと視線を向けた。
「…………星……綺麗ですね」
「星?」
「どこにいても、どこから見ても、星は綺麗です」
夜が更けていく、誠と指輪に関する事は何一つ答えないまま。
長い看病のせいで睡眠時間がガタガタのルイズだったが、
まだ疲れがだいぶ残っているらしく、二時間ほどすると鞄を置いて部屋を出て行った。
指輪をつけたまま言葉の前で無防備に眠るつもりは無いらしい。
誠は返すが、指輪はしばらく預かるという事だ。
一人、いや、二人きりになった部屋で、言葉は鞄を開け誠を取り出した。
「誠君……」
豊満な胸に沈めるようにして誠の頭を抱きしめてまぶたを閉じる。
すでに睡眠は十分取っていたためなかなか寝つけなかったが、
空が白む前には眠りにつき、ルイズとマチルダが朝食を食べる頃には目覚めた。
「眠りすぎて、逆にだるいわ……」
「軟弱だねぇ」
ティファニアとウェールズと孤児院の子供達はすでに朝食をすませ、
今はウェールズと言葉の迷惑にならないよう外で遊んでいる。
すっかり睡眠のバランスを崩してしまったルイズ。
一方マチルダは睡眠を的確に取り、疲れの色は残していない。
「さすが現役の……アレね」
「アレって言い方、何だか卑猥だねぇ」
ティファニアは家の外にいるため話を聞かれる心配はないが、
それでもルイズは盗賊という単語を伏せた。
トリステインを騒がせた盗賊、土くれのフーケ。
殺されかけた事もあり、貴族として許せない気持ちもある。
しかしルイズとウェールズは彼女に助けられ、そして言葉も助けられた。
それに、短い時間だがこの家で一緒にいて、マチルダは頼れる人物だった。
好奇心旺盛な子供達から鞄の中身が知られないよう立ち回ったり、
ここで誠を生き返らせられても困るからと、
アンドバリの指輪をルイズにつけるよう提案したのもマチルダだ。
「ところで、いつ出て行くつもりだい?」
マチルダが問う。
丸一日、言葉はしっかり休息を取った。
これでもうルイズと言葉はトリステインに帰れる。
ウェールズの身柄はルイズ達がどうこうできるものではないし、
回収した手紙をいつまでもアルビオンに置いておけないし、
クロムウェルが死んだ事でアルビオンの情勢がどう動くか不安だし、
早くアンリエッタ姫殿下に報告し手紙を届けなければならないし、
水の精霊に指輪を返すという仕事も残っている。
それに学院をあまり長い間休んでいるのも問題があるだろう。
問題はどうやってアルビオンから脱出するかだが、
マチルダが手引きすれば密航くらいはできるだろう。
「早く帰りたいのは山々だけど、ウェールズ様の事も気になるし……。
トリステインに亡命して欲しいけれど……無理よね。
せっかく拾った命、せめてレコン・キスタへの特攻をあきらめて、
この家で静かに隠れ住んでいてくだされば、
アルビオンの情勢が王党派有利になった時にどうにかなる……かも?」
「レコン・キスタは皇太子も死んだって発表したみたいだよ。
クロムウェルが死んだといっても、代えの人間なんざいくらでもいるし、
レコン・キスタ内部で権力争いが起こって、虚無の求心力を失っても、
王党派の戦力は皇太子一人も同然、どうにもなりそうにないよ」
「うーん……」
「……皇太子としての名誉やら誇りやらを、完膚なきまでに侮辱し蹂躙していいなら、
どうにかできない事もないんだけどね」
興味を引かれ、しかし不穏な物言いにルイズの表情が曇る。
「それ、ほんと?」
「……自分の身の上で想像してみな。
貴族としての名誉も責務も、すべてに最低最悪の侮辱をされ、
平民同様の地位にまで貶め、それまでの人生を完膚なきまでに否定する。
家族どころか思い出さえも略奪され、絞りカスだけの存在にされてしまう。
そんな手段を許せるかい、ヴァリエール公爵家のお嬢様?」
「……そんなやり方は許せない……けれど……どんな方法なの?」
「それを言ったら、あんたにも同じ目にあってもらわなきゃならないかもね」
冷淡な声で言われ、ルイズの背筋に悪寒が走った。
盗賊であるマチルダに対しある程度の仲間意識を持ってしまった事を恥じているルイズだが、
冷たい声と目に恥が恐怖に変わる。今は馴れ合っていても、本質はやはり、盗賊か。
「……ま、こっちからどうこうするつもりはないから安心おし。
ティファニアと仲良くしてくれてる相手を邪険にはしないよ」
「……テファとマチルダって、どんな関係なの?
テファに頼りにされてて、この家での生活を見ていて、察しがつかないでもないけど」
「いいかい。探りを入れる時は、相手をよく観察してからにしな。
そうしないと痛い目に遭うよ。知られたら生かしちゃおけない秘密もある。
まあ今回はサービスだ。私の家とテファの家は仲がよかった、それだけさ」
ウェールズにはティファニアの素性を話してあるが、
ルイズにまで明かすつもりはマチルダにはなかった。
明かしても後でどうにでもできるが、明かさなくてもいい事を明かす必要はない。
「ところでコトノハはまだ起きてこないのかい?
あんたみたいに眠りすぎで逆に体調崩してるなんてのはゴメンだよ」
「ルイズさん、具合が悪いんですか?」
ぎょっとして振り向く二人。
マチルダの質問に質問で応えたのは、テファの寝巻きを着て大きな鞄を持った言葉だった。
「お、おはようコトノハ」
「はい、おはようございます」
「ご、ご飯できてるから、お腹空いてるでしょ?」
「はい、いただきます」
微笑を浮かべたまま、言葉はルイズの瞳に視線を固定していた。
何だか気まずくなってルイズが目をそらすした瞬間、言葉はルイズの手を見た。
アンドバリの指輪を。
その様子を見ていたマチルダは深々と溜め息。
「この家の中で、彼氏を生き返らせるんじゃないよ。
ティファニアが見たらショックで倒れちまうだろうし、子供達の教育に悪い」
「おいしそうなスープですね。フーケさんが作ったんですか?」
「ここでは"マチルダ"だよ」
「ところで私の服は?」
「洗濯した。もう乾いてるから、後で着替えな」
「そうですか。それじゃあ私の槍は?」
「穂先を切断して物干し竿にしちまったよ。平和利用万歳」
「この服、誰のですか? マチルダさんの服にしては胸が苦しくありませんけど」
「どつくよ」
と、マチルダが怖い顔をした瞬間、玄関の戸が開いた。
「……マチルダ姉さん、どうかし……あっ」
入ってきたのは金髪の綺麗な美少女で、言葉と互角の胸革命の持ち主だった。
彼女は言葉に気づくと、怖がられるのではという不安で立ちすくむ。
しかし。
「この服はあなたのですか? 貸していただいてありがとうございます」
丁寧に挨拶をする言葉を見て、ティファニアはびっくりした。
全然エルフを怖がる様子が無い。嬉しい!
「き、気にしないで。それより、元気になってよかったわ。
私はテファ。よろしくね」
「はい。私は言葉といいます。よろしくお願いします」
言葉の微笑を見て、不思議な目をしている人だなとティファニアは思った。
黒いけれど深くて、その奥にどんな感情があるのかまったく解らない。
でも自分を怖がらず、こんなにも丁寧に挨拶してくれてるんだから、
彼女はいい人に違いないと思った。ルイズみたいに友達になれると思った。
ティファニアの事はルイズから聞かされていたから、
今の服が誰の物なのか見当はついていたし、
ハーフエルフだとも知っていたから耳が長い程度の容姿も想定内で、
驚く事など何一つなく、言葉はティファニアに興味など全然なかった。
初めて会った人には挨拶をするという常識から挨拶しただけで、
仲良くなろうだとか感謝しているだとか、そんな感情は無かった。
早く早く指輪を取り戻したい誠君を生き返らせたい、それが言葉。
微笑み合う言葉とティファニアを見て、
ルイズは胸がえぐられるような思いがした。物理的な意味で。
(壮観ね……何だか生きているのが馬鹿らしくなるくらい)
無意識に自分の胸に手を当てていた。
視線を感じてそちらを向くと、こっちを見ていたマチルダが冷笑した。
泣きたくなった。
第20話 目覚め眠りまた目覚め
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