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#navi(イザベラ管理人)
イザベラ管理人第22話:大切なモノ・前編
新興国家、帝政ゲルマニア…ガリアに続く国土を誇る、新興とはいえ始祖の代から生まれた四つの国さえも無視できぬ勢力を持つ国。
新興だけあって、必然として魔法の伝統に乏しいことは否めない。
だが、それと引き換えに冶金技術などの魔法的な要素を含まない産業においてはハルケギニア一であり、金さえあれば平民でも土地を買って貴族を名乗れるところから、平民達の向上心も高い。
当然、トリステインの10倍ほどの国土に見合った軍事力をも持つ強国である。
現在の皇帝はアルブレヒト三世、トリステインとは同盟を結び、協調関係にある。
一見して、非常に勢いのある、閉鎖的なハルケギニアに新しい秩序を示した国家…のように見える。
だが、ゲルマニアの現状はそれほど磐石なものではなかった。
元々が、数ある都市国家の一つが野心溢れる王の出現によって力をつけ、次々と武力、もしくは経済力で周囲を併呑した結果生まれた国家だ。
それ故に、貴族同士が利害の一致で集まった国家群という側面が強く、皇帝とは単に『最も力のある貴族』という意味程度しか持たない。
すなわち、現皇帝アルブレヒト三世は常に味方から寝首を掻かれかねないのだ。
そういう国柄もあって、他国からは『野蛮』と評されることも多いが、それだけにゲルマニアの貴族達は皆強かであり、それがゲルマニア自体の強さにも繋がっている。
さて、そんなゲルマニアの中でも指折りの大貴族がツェルプストー家である。
良いものはどんなものだろうと取り入れていく姿勢がゲルマニアの中にあっても一際強く、葡萄の栽培から鉱山発掘などといった様々な事業に手を出しては成功と失敗を繰り返す家だ。
それだけに失敗した際は盛大に散財するが、成功した際には巨万の富を手に入れる、まるでギャンブラーのような家系になっている。
そんな彼らを端的にあらわすのが、その居城であろう。
一言で表すならば坩堝である。石造りの城に増改築を重ね、さらにその建築様式も一定していない。
トリステインやガリアの古代カーペー朝時代にあったヴァロン調の尖塔…と思えば、壁が途中からアルビオン式の城壁になっていたりする。
様々な伝統を一つの鍋に放り込んで混ぜ合わせたその城は、まさしく『ゲルマニアらしさ』に溢れている。
そんなツェルプストーの城の一角にある部屋…そこも当然のことながら全く一貫性が見えない様相だが、それらをも霞ませる異物がいた。
それは小柄な少女だ。寝巻きからトリステイン魔法学院の制服に着替え終わった少女は、それだけならば異物と呼べるほどではない。
だが、その鮮やかな青い髪…ガリア王家縁のものしか持たぬその色が、不必要なまでに自己主張する調度を圧する存在感を放っており、彼女をこの坩堝においても更なる異物足らしめていた。
少女…タバサは、メガネをかけ、自身よりも大きな節くれだった杖を持って、あてがわれた部屋を出た。
トリステイン魔法学院襲撃から既に2週間が経っていた。
その間にも世界は激動し、トリステイン・ゲルマニア連合軍はアルビオンに攻め入って勝利を重ね、既にシティ・オブ・サウスゴータまで手に入れたらしい。
交通の要衝であるシティ・オブ・サウスゴータを押さえた連合軍の勝利は既に揺ぎ無いものであろう。
だが、トリステインの貴族でもなければ、アルビオンとも何の関係もない彼女にとってはなんら興味のないことである。
廊下の窓から、ちらほらと雪が降り落ちる。
今はウィンの月第4週の終わり、降臨祭の直前。
戦争でさえも止まる、ハルケギニア中が沸き返る祭りの季節だ。
だが…それさえも彼女にはなんら関係のないことであった。
タバサはとある扉の前で立ち止まった。
コンコンとノックするが、返答はない。わかっていたことだ。
鍵はかかっていないので、何の躊躇もなく開ける。
これまた無秩序な部屋の中央に、大きなベッドが置かれている。
すぐそばのチェストの上には他の調度とは一線を画す存在感を放つ、何の装飾もない無骨さにも関わらず美麗さを感じさせる反りの強い鞘に収まった剣。
そして、ベッドの上には…ハルケギニアの如何なる人種とも違う顔立ちの黒髪の青年が眠っていた。
タバサはベッドの隣にある、彼女の定位置と化した椅子に腰掛け、彼の寝顔を見つめる。
だが…彼は2週間前と同じように、妙に安らかな表情のまま、眠り続けるばかりであった。
時間は2週間前へと遡る。
全ての力を使い果たして落下したタバサを救ったのは、彼女の忠実なる使い魔シルフィードであった。
シルフィードは、意識の戻らぬタバサを彼女が学院で最も気を許す友人であるキュルケの元に連れて行った。
それだけでキュルケは成すべきことを理解し、銃士隊に回収されていた耕介と霊剣・御架月を自分の実家の関係者だと押し切って、身元を割り出そうとするアニエス達から強引に取り戻した。
そして、彼女は恩師であり命の恩人であるコルベールを手厚く葬るため…という”名目”で彼を引き取り、未だ意識の戻らぬタバサ、耕介と御架月を連れて実家へと戻ってきたのである。
タバサが目覚めたのは、事件から三日後…ツェルプストー領へと向かう道中の竜籠の中であった。
タバサがたゆたうような眠りから覚めて初めて見たものは、キュルケの泣きそうな顔であった。
「タバサ!あぁ、タバサ、やっと目が覚めたのね!もう、いつもは凄く早起きのくせに、こういうときだけ寝坊して!」
心底からの安堵と嬉しさを等分に混ぜた声をあげ、キュルケはタバサに抱きついて頬ずりを繰り返した。
目覚めたばかりで何がなんだかわからないが、キュルケが嬉しそうなので、タバサは放っておくことにする。
とりあえずは周囲を見回して現状を把握しようとし…はたと疑問にぶち当たった。
「ここ……どこ…?」
昨晩、どこで眠ったかの記憶がない。いや、それどころか、自分はいったいいつ眠った…何をしていた?
「竜籠の中よ、私の実家に向かってるところ。安心して、コースケとミカヅキも隣の部屋にいるわ」
「……あ…!」
キュルケの言葉を起爆剤に、極度の疲労から意識の底に沈んでいた記憶が炸裂する。
目前に迫る、薄い月光が漏れ出る黒雲。ただ一つを願って全てを注ぎ込んだ祈りの結晶。上へ上へと登る彼女の望みを具現した風の魔法。
朦朧とした視界の中に、鮮烈な…けれど優しい光が降りてきたことを薄っすらと覚えている。確かに彼女の全てを注ぎ込んだ望みの具現は、成すべきことを成したはずだ。
そこで安堵しかけ…そして改めて気づく。
「きゃ、タバサ!?」
タバサは、頭を撫で回していたキュルケを押し退けて駆け出そうとした。
同年代の少女達と比べても圧倒的に華奢な足が床に着き…自身の体重さえも支えきれずに転びそうになる。
なんとか手をついて叩きつけられることだけは回避したが、それ以上体を持ち上げることが出来ない。
”タバサ”という人形を動かす…今まで日常的に行っていたことがこれほどに難しいことだったとは…。
「ダメよタバサ!三日も寝たきりだったんだから!」
押し退けられたというのに、キュルケは気を悪くした風もなくタバサを助け起こしてくれる。
それでも、タバサの頭に上った熱が冷めることはなかった。
焦げ付くような恐怖が心も体も縛って、正常な思考を取り戻すことが出来ない。
「コー…スケ…!」
確かに彼女の願いの結晶は黒雲を切り裂いて月光を下界にもたらしたはずだ。
だが、それだけで耕介が無事であることには繋がらない。
単に条件を五分五分に戻したに過ぎないのだ。
あの白髪のメイジは少なく見積もってもトライアングルでも中位ほどの実力はあるはず、そんなメイジと正面から戦って、果たして耕介は勝てるのか?
耕介は確かに強いし、彼の技はハルケギニアの人間にとっては全くの未知であるが故に、それは決定的なアドバンテージになりうる。
それでも…あの白髪のメイジは、単純な実力だけで結果を推し量れるような相手ではなかった。
戦闘というある種の狂気に支配される行為において、その狂気に酔う戦士というのは時に実力以上の力を発揮する。
感情によって戦闘能力が上下するメイジともなれば、その傾向はさらに顕著だ。
もしも耕介が殺されていたら……いったい、どうしたらいいのかわからない。
その想像は、普段から彼女自身が扱っている氷の魔法など比べものにならない寒々しさを伴ってタバサの心を切り刻む。
一刻も早く耕介の姿を確認するために、彼女は軋みを上げる体を無理やりに動かして扉を睨みつける。
震える足でもう一歩進もうとし…唐突に、体が浮遊感に包まれた。
「あぁ、もう、タバサ!心配なのはわかるけど、私の話を聞きなさい!コースケは無事よ!彼の部屋まで連れて行ってあげるから、無茶をしないで!」
普段は頭上から聞こえてくる耳に馴染んだ声が、今はすぐ耳元で聞こえてきた。
そこでようやく、タバサはキュルケが自分に声をかけていたことを思い出した。
惚けたような顔でキュルケの顔を見つめ、ゆっくりと言葉の意味を咀嚼し…
「タバサ…」
熱い…とても熱い感情が、爆発したかのようにタバサの心から溢れ出していた。
なんという名前をつければ良いのかもわからない、その熱く激しい感情は瞬く間にタバサの小さな体の許容量を越えて、その瞳から真珠のような形をとって流れ出る。
もはやそこにいるのは《雪風》でも”タバサ”でもない、ただの”シャルロット”であった。
「うぅ…コースケぇ…うあぁぁぁ…」
顔をぐしゃぐしゃにして、恥も外聞もなく、制御できない感情に流されるままにシャルロットは泣き声を上げた。
キュルケはそれ以上何もいわず、そっとシャルロットを抱き寄せ、優しく背中を撫でる。
その表情は、まるで聖母のように穏やかな笑みで、全てを包み込む柔らかな光を湛えている。
それは、まるで世界中の優しさを集めた一幅の絵画のように完成された美しさ。
シャルロットは、優しい温かさに包まれて泣き続けた。だから、キュルケが眉をひそめ、厳しい表情になったことには気づかなかった。
「タバサ、ちょっと待って」
耕介がいるという部屋の扉に手をかけたタバサは、キュルケの言葉に振り向いた。
既に彼女は身なりを整え、普段通りのタバサに戻っている。
だが、普段の彼女を知る者ならばわずかな違いに気づいただろう。
彼女は基本的に身なりには無頓着だ。
3年前までは年頃の少女らしく身なりには気を使ったものだが、あの事件を境に興味を失い、今では簡単な化粧すらもしない。
ある程度清潔であればそれでいい、程度の認識だ。
それでも彼女の儚げで人形のように整ったその容姿がくすむことなどありえなかった。
だが、今はそのともすれば無機質とさえ言える美しさに人肌の温もりが感じられ、青春を謳歌する少女としての稚気をも纏っている。
泣きはらした顔を濡らした手ぬぐいで丁寧に洗い、髪に櫛を通し、完全に消えない腫れや涙の跡を化粧で隠し、わずかに首元に香水をつけ、ごく薄い紅を唇に引く。
それだけで、タバサは人形としての美しさではなく、年頃の少女としての輝きと可憐さを振りまく美少女になっていた。
タバサの素材の良さを端的にあらわしているが…たったあれだけの化粧でこれだけの輝きを放つ彼女に、さしものキュルケも喜びと共にわずかな嫉妬さえ感じてしまう。
キュルケが、耕介に会うのにそんな泣きはらしたままではいけないと半ば無理やりタバサに施したのであるが…理由はそれだけではなかった。
(途中からノリノリで化粧しちゃったけど…無駄な時間稼ぎにしかならなかったわね…)
耕介の部屋に待機させている彼女の忠実なる使い魔の視界を借りて最後にもう一度確認するが…やはり、状況は変わっていなかった。
「…やっぱり、直接見た方が早いわね。呼び止めてごめんなさいね、入りましょう」
キュルケの言葉に、タバサの眉がひそめられる。
だが、キュルケはそれ以上言葉を口にせず、タバサも気持ちがはやっていたこともあって追求はしなかった。
そう、キュルケの言う通り、部屋に入ればわかることなのだろう。
再び扉へと向き直り、一度だけ深呼吸をし、普段通りの自分であることを意識する。
彼の顔を見ても泣かないようにしなければ、と自分に言い聞かせる。
泣き顔を見られるのは恥ずかしいし、何より彼を心配させてしまうから。
コンコン、と軽くノックする。
だが、すぐに返ってくると思っていた耕介の声はしばらく待っても聞こえてくることはなかった。
「タバサ、入っていいわ」
キュルケの不自然な言葉に、わずかな不安が湧き上がってくる。
タバサは矢も盾もたまらず、扉の取っ手に手をかけて押し開けた。
急遽呼び寄せた竜籠であるせいか、その部屋は簡素なもので、粗末なベッドとクローゼット、書き物机がある程度。
机の上にはハルケギニアでは珍しい反りの強い剣が鞘に収められて安置されており、ベッドのそばにはキュルケの使い魔であるフレイムがうずくまっている。
そして、ベッドの上には…
「コースケ!」
彼女が護りたいと願った、黒髪の青年。
反射的に彼女は駆け出し、ベッドまでの短い距離を飛び跳ねるように縮める。
フレイムが驚いたのか横に飛びのいたが、タバサには既に視界の外であった。
ベッドの淵に手をつき、安らかな顔で眠る耕介を覗き込み…心の底からの安堵が再び湧き上がってくる。
我知らず彼の頬を撫で…不意に、シーツに斑点が出来ていることに気づく。
斑点の数は現在進行形で数を増やしていく。
不思議に思って首をかしげ…そこでやっとタバサは気づいた。
自分が泣いていることに。
せっかくキュルケがしてくれた化粧が崩れてしまう…そうは思っても、涙は止まってくれず、次から次へと溢れ出す。
先ほど散々泣いたというのに、実際に無事な耕介の顔を見て、またもや感情の制御が利かなくなっている。
溢れ出る感情を持て余してどうするべきかもわからず、タバサは耕介の顔を見つめて声もなく泣き続ける。
そんなタバサを、彼女は複雑な気持ちで見つめるしかなかった。
普段の彼女ならば、喜びの涙を流すタバサを見つめるなど野暮なことはせず、部屋から出て行くところだが…今回に限ってはそうするわけにはいかなかった。
タバサに…伝えなければならないことがあるからだ。
だが、どうにもタイミングがつかめない。
未だかつて、キュルケすら見たことがないほどの喜びを顕わにしているタバサの姿を見て、その喜びに水を差すような真似をするのは、キュルケ自身に非はないにも関わらず凄まじい罪悪感を抱かされる。
そして、そのきっかけを与えたのは…この場にいて全く言葉を発さなかった4人目であった。
それはフレイムではない。彼は人間の言葉を喋ることは出来ない。それは耕介でもない。彼は隣で泣き続けるタバサの気持ちなど知らずに眠り続けている。
故に…それは、彼でしかありえなかった。
「タバサ様…起きられたのですね、よかったです」
突然横合いから響いた声に、タバサは反応できなかった。
一瞬の間の後、まずこの声の主を思い出し、次いで彼がどこにいるかを思い出し…最後に、自分が何をしていたかを思い出した。
「―――――――――!!」
声にならない叫びを上げ、タバサは凄まじい跳躍力で部屋の隅に飛び退り、はしたなくもマントで自分の顔をゴシゴシとこすり始めた。
「タ、タバサ様!?すいません、驚かせてしまいましたか?」
御架月の謝罪の言葉も、化粧が落ちてぐずぐずになってしまうことも、混乱の極みにあるタバサが思い出すはずもなかった。
「…目覚めない…?」
結局、タバサを落ち着かせるのに数分間の時間が必要であった。
さらに化粧が崩れて酷いことになっていた顔を洗わせて、やっと話をすることが出来るようになったところで、キュルケは耕介の容態をタバサに説明していた。
「銃士隊が彼を拾ってきたんだけど、それからずっと目覚めてないの。軽い火傷が何箇所かあるだけで命に別状はないのは確かなんだけど…」
そう、彼はタバサと同じようにあの戦いから一度も目覚めていなかった。
既に火傷は水魔法で完治し、身体的にはなんら問題ないはずなのに目覚めない…全く原因不明だった。
「ねぇ、ミカヅキ。貴方なら何かわかるんじゃないの?今日まで何も喋らなかったのは、私達には言えないってこと?」
キュルケの言葉に、タバサも机の上に置かれた霊剣・御架月へと目をむける。
常に耕介のそばにいる御架月ならば必ず何かを知っているはずだ。
だが、キュルケによれば御架月は耕介と共に竜籠に乗せられてからも一度も口を開かなかったという。
先ほどは口を開いたが、未だに何故か剣から姿を現していない。
そのことに、タバサは言い知れぬ不安を感じる。
「まずは、キュルケ様。耕介様を助けてくださって、本当にありがとうございます。そして、今まで無視する形になって本当にすみませんでした」
相変わらず姿を現さずに、御架月は声だけを発する。
「今から、僕のわかる限りのことをご説明します」
そうして、御架月は彼の乗せられた机の前に置かれた二脚の椅子に座ったタバサとキュルケに話しはじめた。
「結論から言うと、耕介様が目覚めないのは、深刻な霊力不足によるものです。
耕介様の使う技は退魔術と言って、霊力というものを消費するんです。メイジの皆さんが魔法を使うと精神力を消耗するのと同じと思ってくださって結構です。
霊力というのは、人の魂の力…という言い方が一番近いでしょうか。とにかく、霊力は眠ったり、食事を摂ったりすることで回復していくのですが…今の耕介様は、消耗が激しすぎて意識を保つことさえも出来ない状態なんです」
「レイリョクを消耗…精神力不足が深刻すぎて意識を失ったって感じかしら…」
「はい、そうです。僕が今まで何も答えなかったのも、極力耕介様への負担を減らすためにずっと眠っていたからです。
僕は霊剣・御架月に宿る幽霊で、耕介様とは霊剣を通して繋がってますから、僕が現界するだけで微量ずつ耕介様の霊力が減っていってしまうんです。
耕介様は類稀なほどに大量の霊力を保有する方なので、僕が一日中現界していても回復量の方が上回っていたのですが…今は、残っている量が少なすぎるせいで、回復量も微々たるものになってしまっていて…」
「……コースケは…目覚めるの?」
「霊力が回復すれば、目覚めます。ですが、それがいつになるかは、僕にもわかりません…。すみません、具体的なことを何も言えなくて…」
霊力というものは科学が未だ踏み込めない領域にある代物である。
それが故に、退魔術を扱う者たちは、霊力がどういうものなのかを経験則で学んできた。
それは裏を返せば、厳密に霊力というものが何かを知る者は誰もいないということだ。
霊力そのものが形をとったものと言える御架月でさえも「魂の力のようなもの」としか形容できない。
霊力は退魔術を使うなどすれば減り、それは眠ったり食事を摂ることで回復する…だが、どんな術を使えばどれほど減り、どんな行動をとればどれほど回復するか…具体的な数値は誰にもわからないのだ。
加えて、このハルケギニアにおいて、霊力のことを知るのは耕介と御架月のみである。
耕介は数年前から修行を始めたばかりであるし、御架月は400年間復讐のためだけに活動していたので大雑把にしか理解していない。
自分から動けない状態である耕介をどうすれば最も効率よく回復させられるのか、どこまで回復させれば目覚めるのか…誰にもわからないのだ。
「じゃあ…このまま、眠らせておくしかないってことになるのかしら」
「そうですね…食事を摂ることが出来れば、多少なりとも回復が早まるとは思うのですが、耕介様の意識が戻らないことにはどうにもなりませんし、このまま見守るしか思いつきません…」
「食事ね…ちょっと考えてみるわ。ミカヅキ、貴方のおかげで事情がわかったわ、ありがとう」
「いえ、そんな…。タバサ様、キュルケ様…助けていただいた上にこんなことをお願いするのは厚かましいのは承知の上でお願いします。耕介様を、どうかよろしくお願いします…」
御架月の姿はないが、人の形をとっていれば、深々とお辞儀をしていただろう。
キュルケが会うのは二度目でしかないが、御架月が素直で誠実な人柄だと理解するのはそれだけで充分であった。
「任せなさい!コースケは大切な友人だし、タバサのいい人でもあるしね、このキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーが責任を持って彼を預かるわ」
そう言って、キュルケは胸を張って、胸元に手を当てた。
その拍子に彼女の、世の男どもを魅了してやまない豊満な胸が蠱惑的に揺れたが、この場にはそれに注目する者は誰もいなかった。
耕介は相変わらず目を覚まさないし…御架月は、タバサに注意を払っていたからだ。
「タバサ様…どうかされたんですか?」
タバサは、耕介が目覚めるかを問うた後、ずっと俯いて自らの膝元を見つめていたのだ。
この場で最も小柄な彼女が俯いては、その表情を知ることは出来ない。
「タバサ…?」
キュルケの心配げな声にも、タバサは反応を返さない。
ややあって、二人は気づいた。
膝に置かれているタバサの拳が震えていることに。
「もう…タバサ、大丈夫よ。ミカヅキは徐々に回復してるって言ってるじゃない。彼があなたを置いていくわけないわ」
そう言って、キュルケはタバサの頭をかき抱いてあやすように背を撫でる。
彼女は、タバサの震えを、耕介がいつ目覚めるかわからないことへの不安と受け取った。
タバサはキュルケにされるがままになっているが…その震えは未だ止まらない。
キュルケの推測は間違ってはいない。間違ってはいないが…それだけではなかった。
「タバサ様…ご自分を責めないでください」
御架月の言葉に、タバサがわずかに顔を上げた。
キュルケは耕介の立場と、あれほどタイミングよく魔法学院にやってきた経緯を知らない。
故に、タバサの震えを正確に理解することは出来ない。それは仕方のないことだ。
だが、御架月は耕介とタバサの関係を最もよく知る人物であるし…何より、彼には経験があった。
「耕介様は、確かにタバサ様を護るために来ました。だから、タバサ様がご自分のせいだと思うのも仕方がありません。
ですが…耕介様は自ら望んでタバサ様を護るために戦ったのです。だから…ご自分を責めないでください。自分のしたことがタバサ様を悲しませていると知れば、耕介様も悲しみます。」
御架月は400年、姉を殺した神咲の一族に復讐するために人の手を転々としてきた妖刀であった。
そして、ついに当代の神咲の技を受け継ぐ者を見つけ、激情のままに人を操り、斬りかかった。
その戦いの最中に、求め続けた己の姉に、その復讐が根底を間違えた方向違いのものであることを知らされ…それでも、耕介達が受け入れてくれたことで、彼は400年の妄執を捨て去れた。
だが、その戦いが原因で、耕介と御架月の姉である十六夜の伝承者神咲薫が霊力の大量消費によって倒れてしまったのだ。
結局、耕介も薫も数日寝込んだだけで霊力を回復させたが…彼らが目覚めるまで、御架月は魂を削るような自己嫌悪と焦燥を味わい続けていた。
だから…タバサが、彼女を助けるために戦った耕介が目覚めないことで、身を切るような罪悪感と自己嫌悪に苛まれていることもわかるし…
「でも…簡単には、いきませんよね。だから、タバサ様が耕介様にしてあげたいと思うことをしてあげるといいと思います。そうすれば罪の意識もまぎれますし…何より、耕介様も喜びますよ」
励ましの言葉だけではどうにもならないこともわかる。
「…してあげたいことを…する…」
故に、タバサに方向性を示す。俯いているだけよりは、前を向いて何かをしている方がタバサのためにも、耕介のためにもなるのだ。
「はい。タバサ様、耕介様をよろしくお願いします」
御架月の穏やかな声に、タバサはしっかりと前を向いて、力強く頷いた。
瞳は涙で潤んでいたが、その顔には彼女の決意の色が顕れていた。
そして時間は、それから2週間後、ウィンの月第4週、降臨祭直前へと移る。
コンコンと扉がノックされる音がする。
時計を見れば、もう食事の時間になっていた。
タバサは椅子から立ち上がり扉を開けて、3人分の食事を運んできてくれたメイドからそれを受け取って礼を述べる。
メイドは恐縮したようにお辞儀し、廊下の向こうへと駆けていった。
タバサは、温かな湯気を立ち上らせるスープをはじめとして、無秩序に様々な国の料理が乗っているカートを押し、ベッドの脇に止める。
そして、ベッドに立てかけていた杖を取り、短くルーンを口ずさむ。
すると、眠っているはずの耕介が突然上体を起こした。
タバサの口ずさんだルーンは、コモンマジックの《操り》だったのだ。
《操り》は、人形のようなものを自在に動かすための《念力》の応用というべき魔法だ。
本来は自己の意思を持つ存在には体の自由をある程度奪う程度の効力しかないが、今の耕介は意識がないのでほとんど自在に操ることができる。
タバサは耕介の上体が安定したのを確認すると、まずは鶏肉のソテーをフォークで突き刺して耕介の口元へと近づけていく。
フォークが移動する過程で、鶏肉にかかっていたソースが数滴こぼれてシーツにシミを作る。
だが、なんとかフォークを耕介の口元へもっていくと、魔法によって口を開かせ、フォークを差し入れる。
「……ふぅ……」
シーツに出来たシミを見て、タバサがため息をつく。
耕介の体を支えるためには《操り》をかけ続けねばならず、魔法を使うためには杖を手にしていなくてはならない。
結果、タバサは片手だけで耕介の口へ食事を運ばねばならず、こうしてシーツの上に零してしまうことがままあるのだ。
《操り》で耕介の体を動かせばいいのだが、人間の体を動かすというのは精神力の消費が大きく、加えて繊細な操作が必要となる。
人間は無意識のうちに自らの動きにリミッターをかけているものだ。
故に、《操り》で人を操る場合はそのリミッターを術者の方で調整してやらねばならない。
そうでなければ、例えば拳を握るだけでも自らの手の骨を砕きかねないほどの力を発揮してしまう。
ましてや食事などという繊細な行動を《操り》で行わせるのは、魔法の扱いに長けたタバサでさえも苦労するのだ。
調整を間違えて耕介の体を傷つけてしまっては、今度こそ彼女は自己嫌悪で立ち上がれなくなってしまうだろう。
ならばメイドあたりにでも手伝ってもらえばいいのだが…せめて食事の世話は自分ひとりですると誓っていた。
眠るだけの耕介に、タバサがしてやれることは少ない。
せいぜいが体を拭き、こうして食事をさせてやるだけだ。
耕介に着せる服やシーツを洗濯したりも出来ればいいのだが、彼女は一度もそんなことはやったことがなかったし、メイドに一気にやってもらった方が手間もかからなくていいとキュルケに説得されてしまった。
着替えのことも考えたが、さすがにそれは執事や男の使用人に任せている。理由は察してほしい。キュルケなどは、タバサにやらせたがったが。
故に、彼女が耕介にしてやれることは彼女だけでやりたいのだが…こうもうまくいかないと、さすがにへこんでしまう。
悄然としながら、タバサはソテーを見つめ、思索にふける。
どうすれば、《操り》以外で耕介にちゃんと食事をさせてやれるだろうか…。
耕介と皿を交互に見つめ…突然、タバサの頭に閃くものがあった。
そう、あれは以前にキュルケの部屋にお邪魔した時だ。
普段ほとんど本に興味を示さないキュルケの部屋の机に、栞を挟んだ本があったのだ。
興味に駆られて、キュルケに問うたが「タバサにはまだ早いかなぁ、恋人が出来たら読ませてあげるわ」などと要領を得ない答えしか返ってこなかった。
だが、どうにも興味を抑えられなかったタバサは、悪いとは思ったがキュルケがお手洗いで席を外している時にその本を開いてしまったのだ。
そこには………
「……………!」
タバサがその記憶の詳細を引っ張り出した時、彼女の顔は瞬間湯沸かし器もかくやという速度で沸騰した。
落ち着かなくソテーをフォークで幾度も突き刺しながら、彼女の視線は穴だらけにされるソテーと耕介の顔を行き来する。
やがて、視線は耕介に固定され、じっと考え込み…そして、彼女は結論を下した。
まずは周囲を見回す。
当然のことながら、この場には眠り続ける耕介と彼女以外には御架月だけだ。
御架月は竜籠の中で話して以来、耕介に負担をかけぬためにずっと眠り続けている。
「ミカヅキ…」
小声で彼を呼んでみる。案の定、答えはない。今も眠っているのだろう。
次に、目を瞑って風を感じ取り、扉と窓の向こうの気配を探る。
雪がちらほらと降っているのを感じるだけで、他に異物は感じない。
学院ではノックもなしに入ってくるキュルケは、この屋敷についてからはコルベールにつきっきりだし、耕介の部屋に来る時はタバサに遠慮してか、必ずノックをする。
シルフィードは寒いとか言っていたので、竜舎で丸まっているだろう。
念のために視覚共有を起動し、確認する。やはり、シルフィードは竜舎にいるようだ。
つまり、突然この部屋に入ってくる者はいない。
さらに二度ほど確認作業を繰り返し…念を入れて問題がないことを確認した。
そう、これは必要なことなのである。
必ず必要なことだ。
タバサは、いつの間にやら蜂の巣のように穴だらけになっていたソテーを口に含んだ。
ゆっくりと咀嚼する。
御架月とて言っていたではないか。してあげたいと思うことをしてやれと。
いやちょっと待て、違う、これは耕介の回復を早めるために食事をさせる必要があり、その食事をより効率的に行わせるために必要なことであって、決してタバサがしてあげたいと思っているわけではない…待て待て、別にそうするのがいやなわけではないが…!
タバサは、自身の思考が錯綜していることにも気づかずにひたすらソテーを咀嚼する。
ツェルプストー家自慢の料理人が作った料理はいつも美味なのだが…今の彼女に味を気にする余裕はなかった。
そして、タバサは《操り》で上体を起こしたままの耕介のベッドに乗り、膝立ちになる。
こうしないと、小柄なタバサと大柄な耕介では顔の高さが合わない。
右手を耕介の肩にかける。
温かな体温を感じる。
ついに思考は錯綜の果てにこんがらがって真っ白になり、何かを考える余裕さえも消え去っていた。
もはやタバサに残っているのは、「食事をさせなくてはならない」という既に強迫観念の域にさえ到達したものだけであった。
そのままゆっくりと顔を近づけ…耕介の唇に、自分の唇を合わせる。
《操り》によって唇と歯を開かせ、先ほど咀嚼した鶏肉のソテーを舌で差し入れる。
その過程で、タバサか耕介かどちらのものかもわからぬ涎がタバサの顎を伝う。
口の中のものを全て耕介の口腔に移し変え…タバサはやっと耕介から顔を離した。
カートに乗っていたナプキンで口元を拭い、《操り》によって耕介の口と舌を動かして飲み込ませる。
そして…既に考えることを自ら放棄したタバサは次の料理を口に含んだ。
結局、部屋には誰も入ってこず、御架月も目覚めることはなかった。故に、食事の間中ずっと断続的に部屋に響いていた水音に気づいた者は誰もいなかった。
後に洗濯を担当したメイドは語った。シーツはいつもよりも遥かに綺麗であったと。
バッソ・カステルモールは困惑しながらもプチ・トロワの門をくぐった。
数週間前、彼は普段からの実直な仕事ぶりとスクウェアメイジとしての魔法の腕を評価され、ガリアが有する三つの花壇騎士団の一つ、東薔薇騎士団の団長へと叙されたばかりである。
そんな彼が何故プチ・トロワにやってきたのかというと…王女イザベラ直々にその祝いを行うという通達がきたからである。
(何故、あの簒奪者の娘が、一騎士に過ぎない私をわざわざ自分の庭に呼ぶのだ…)
カステルモールは、王女の誘いがまさか文面通りのものだとは思っていない。
そんなことをする理由も繋がりも、カステルモールと王女の間には存在しないのだ。
以前、一度だけ風竜の騎手として運ばされたことはあるが、王女ともあろうものががいちいちそんなことを覚えているとは思えない。
確かに華々しい功績を挙げて団長になったのならば王族自ら労われるだろう。
だが、そういう公の祝いは既に済んでいるし、王女がわざわざ己の名で呼び寄せるなど異例である。
そう、本来ならば理由はない。だが…実は、彼には後ろ暗いところがあったのだ。
騎士とは王家に忠誠を誓うものだが…彼は、現王家に忠誠を誓っていない。
彼が忠誠を捧げるのは、真の名君であった現王ジョゼフの弟であるシャルルであった。
そして、シャルル亡き後は、彼の妻とその娘であるシャルロットを護るためにこの杖を振るおうと誓っていた。
それは東薔薇騎士団に所属する騎士達の総意でもある。
故に、彼は裏ではシャルロットとその母の手助けをするために様々な情報を集めたり、賛同者を増やしたりしている。
もしかしたら、それが王家の者に露見したのかもしれない。
そうであったなら…どうにかして、カステルモールだけの考えであると示さねばならない。
彼の整った面は動揺など欠片も映してはいなかったが…その心中は、極度の緊張と恐怖に苛まれていた。
メイドに案内され、王女の私室に到着する。
「王女殿下、カステルモール卿がいらっしゃいました」
「来たか。入りな」
部屋の中から尊大な声が聞こえてくる。
この簒奪者の娘はいつもこうだ。無意味に周囲に無理難題を吹っかけては右往左往する様を嘲笑う、傲慢な冷血女。王女としての気品など欠片すらもない。
最近は丸くなったともっぱらの噂だが、単に暇つぶしの玩具を見つけてそれに夢中になっているだけだろう。
その玩具とは、以前出会ったあの平民の男かもしれない。王女に対して信じられないような無礼を働いていたが、今も彼があの冷血女の無聊を慰めているのだろうか。
メイドが開いた扉をくぐり、王女…イザベラの私室へと足を踏み入れる。
「王女殿下におきましてはご機嫌麗しく…。本日は私などをご招待いただき光栄の極みにございます」
カステルモールは膝を突いて臣下の礼をとり、上辺だけの美辞麗句を並べ立てる。
面従腹背を続けるうちに、随分とこんなことばかりうまくなってしまった。
顔を上げたカステルモールの目にまず飛び込んできたのは、部屋の中央に置かれた白いテーブルと二脚の椅子。その上に、おそらく紅茶が入っているのであろうポット、二組のティーカップとソーサーが置かれていた。
そして、窓側の椅子には件の冷血王女イザベラが座っている。
ガリアの王族にだけ許された鮮やかな青の髪に整った美貌…だが、やはり気品は感じられない。
「あんたはもういいよ、下がりな」
イザベラの言葉に従い、メイドは退出していく。
「型どおりの挨拶なんていいから、そんなとこに突っ立ってないで座りな」
いつもの傲慢さがやや減じたように感じる笑顔を浮かべるイザベラに、カステルモールは不気味なものを感じる。
王族の威を振りかざすイザベラらしくない態度。加えて、部屋にメイドが一人もいない。
「では、お言葉に甘えまして…」
とりあえずはイザベラの言葉に従って、椅子に座る。
すると、イザベラが立ち上がり…信じられない行動に出た。
「で、殿下!?」
イザベラがポットを持ち上げ、カップに紅茶を注ぎ始めたのだ。
「勝手にミルクティーにさせてもらったよ。あたしのお気に入りなんだ」
「そ、そんな、殿下が手ずからお淹れになるなど畏れ多い…!」
「なんだい、あたしが淹れたお茶は飲めないってのかい?」
「い、いえ、まさかそんな、そういうわけではございませんが…」
言葉面こそ不機嫌そうなものだが、イザベラの顔はカステルモールの言葉を聞いても特に気分を害した風ではなかった。
やがて、紅茶特有の芳しい香りが部屋に広がり、その頃にはカステルモールもとやかく言うのはやめていた。
この傍若無人な王女の行動を読もうというのが無理な話なのである。
「さ、出来たよ」
イザベラが二組のカップの片方をカステルモールの前に置く。
馥郁たる香りがより一層強くカステルモールの鼻腔を心地よく刺激する。
カステルモールが戸惑っている間に、イザベラは己の分の紅茶を飲み始めていた。
「うーん…やっぱり、コースケが淹れた方が美味しい…ま、見よう見まねに淹れ始めて2週間じゃ当たり前か」
ということは、イザベラは2週間前から突然紅茶を淹れ始めたらしい。
いったい何を考えているのか…全くもって奇々怪々である。
「どうした、飲まないのかい?」
「い、いえ、王女殿下自ら淹れてくださったことに感激しておりました」
イザベラに促され、カステルモールは慌ててカップを口元に近づける。
ミルクの乳白色と混ざって薄赤くなった紅茶をゆっくりと啜る。
「とても美味しゅうございます、殿下」
実際、2週間前から始めたとは思えぬほどの腕前である。
だが、極度の緊張を伴ってこの部屋にやってきたカステルモールは、その緊張をすかされて満足に美辞麗句を並べ立てることが出来なくなっていた。
「そうかい、そりゃ良かった。ちょっとは自信もってもよさそうだね」
イザベラは、やはり笑顔を浮かべたまま。
カステルモールの違和感は極限に達していた。
そして、それを見計らっていたかのように、再度イザベラが口を開く。
「で…今日ここにあんたを呼んだのはね、悪いんだけど祝いってのは口実だ。そのお茶で満足してくれ。あんまり前置きをだらだら話すのも性に合わないし、早速本題に移らせてもらうよ」
カステルモールは身を硬くし、イザベラの次の言葉に備える。
いったいどう切り返せば東薔薇騎士団の面々に累が及ぶのを避けられるか、高速で思考を回転させながら。
「実は、あんたに頼みがあるのさ」
いったいなんだ、オルレアン派の情報を渡せというのか?それとも、現王派につけというのか?
だが…イザベラが口にした言葉は…カステルモールの予想を完璧に裏切るものであった。
#navi(イザベラ管理人)
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