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#navi(ナイトメイジ)
さて
女三人寄れば姦しい、などという言い方がある。
これが真実かどうかはともかく、今のルイズの部屋はまさに女三人で姦しくしていた。
「へえ、ルイズって小さい頃はそんなだったのね」
「ええ、そうなんです。屋根の上までするすると」
「ちょっと姫様。そんなことベルに教えないでください!」
魔法の光の中でおしゃべりに花を咲かせているのは、一応この部屋の主のルイズ、それに使い魔のベール=ゼファー、そして3人目は誰であろう、この国の王女アンリエッタである。
なぜ、王女ともあろう人が夜の魔法学院、しかも学生寮にいるのか。
ゲルマニア訪問の帰りにこの学院に行幸されたのである。
さらに、彼女の目当ては昔アンリエッタの遊び相手を務めていたルイズ。。
それなら、昔話や武勇伝もいろいろあろうというもので、話題に尽きることはない。
「いいじゃない。ルイズ。それに、まだあるんですよ、そのあと……」
「ああ、もう姫様!第一、最後に私も負けないと言って一番高い屋根に上って降りられなくなって、その上……」
「ル、ルイズ!そのあとは言わないで!」
「いいえ、言います。ええ、言わせてもらいますとも」
「やめて!!」
叫ぶアンリエッタは体ごとルイズに向かって飛んでいく。
魔法は使っていないが、いきなり体当たりを食らってはルイズもひとたまりもない。
アンリエッタにのしかかられて、床に組み伏せられてしまう。
「いい?ベル」
負けじ時とルイズはアンリエッタの手を払いのけて言葉を続けようとするが
「やめて」
アンリエッタの手が即座に口を覆う
「姫様はね」
今度は口を覆った手をつかんで持ち上げるが
「お願い」
もう一方の手がさらに口の上に来る
「屋根の上で泣きながら」
「ルイズ、頼みますから」
「ふふ、うふふふふ。あははははははははははは」
突然ベルが笑い出す。
おなかを押さえて、体をくの字にして、両目に涙を浮かべ、息も絶え絶えに笑い続ける。
おかげで、アンリエッタとルイズもとっくみあいを忘れてしまっていた。
「わかったわ。もう、だいたいわかったわよ。姫様もルイズも随分お転婆だったのね。今も変わらないみたいだけど」
「そう……でしょうか?」
ルイズの隣に座り直し、怪訝な顔になって首をかしげるアンリエッタにベルは言い放つ。
「だって、お転婆じゃないと窓から入ってくるなんてしないでしょ」
「あ!」
とたんにアンリエッタは顔を真っ赤にしてうつむく。
膝の上でスカートの皺を伸ばしたり、作ったり。大変忙しい。
「それで……」
その忙しいアンリエッタに、ベルは目だけの薄い笑いを送った。
「ここに来たのは昔話が本題じゃないんでしょ?」
「え?」
うつむいた顔を上げたアンリエッタはベルの視線に射貫かれ、目が離せなくなる。
「姫様……?」
ルイズは心配げにアンリエッタを見るが、その唇はきつく結ばれている。
ただ、スカートをつかんだり離したりする手だけはさっきよりもずっとせわしなく動き続けていた。
ベルはアンリエッタの様子にもかまわす言葉を続けた。
「学院に来た目的は学生達の激励にかこつけた級友との面会、だけじゃないわよね。
それなら、あなたがここに来るんじゃなくて王女としてルイズを呼べばいいだけのこと。
ルイズは公爵家の娘だし、あなたとの関係も特に隠されているワケじゃない。
周りの人だってちょっとは気を利かせてくれるでしょうね」
アンリエッタがスカートをぎゅっと握りしめる。
布が擦れる音がやけに大きく聞こえた。
「それなのに、あなたはここに来た。しかも窓から。誰にも気づかれないようにしたんでしょ?」
アンリエッタは答えない。
沈黙を確認したベルはさらに続けた。
「なら、本当にあなたが話したいことは旧友との昔話なんかじゃなくて余人には聞かせられないもっと別なことのはず。それは何かしら」
再び沈黙がルイズの部屋に満ちるが、今度はベルは何ごとも口にしない。
ただ、部屋で揺らめく魔法の光を映した瞳でアンリエッタを見つめている。
その視線を受けるアンリエッタは手を握りしめ、この耐え難い沈黙を誰かがどうにかしているのを待っていた。
「姫様!」
なら、沈黙を破ろうとするものはこの部屋にはルイズしかいない。
アンリエッタの両肩に手を乗せ、その正面に立つのは自分の使い魔のベルからアンリエッタを守るためであったかもしれない。
「何かあるのでしたら、この私に話してください。必ずお力になって見せます」
「ルイズ……」
「姫様、どうかお話しください」
ベルからは目をそらしていたアンリエッタも、親友からは目をそらせなかった。
わずかに潤んだ目を1回の瞬きで隠した彼女は立ち上がり、ルイズとベルを同時に見る位置まで歩くと、覚悟を決めたのか、その口を開いた。
「今から話すことは、誰にも話してはいけません」
今回アンリエッタがゲルマニアを訪問した理由はゲルマニアとの同盟、そしてそのためにゲルマニア皇帝と婚姻の約定を交わすためだった。
この同盟は王室を倒さんとするアルビオンの貴族に対抗するためのものである。
それ故に、アルビオンの貴族達はこの同盟を破棄させる材料を探している。
では、その材料は存在するのか?
存在するのである。
しかも、それは今にもアルビオンの貴族に倒されようとしているアルビオン王家の皇太子ウェールズが所持しているというのだ。
「では姫様がここに来られたのは……」
「ええ、それを……」
そこまで言ったアンリエッタは突然壁に手をつき、熱病にうなされたように言葉を吐きだした。
「いいえ、私ったら何を考えていたのでしょう。貴族と王党派が戦いを繰り広げているアルビオンにあなたを赴かせようとしていたなんて。きっと、どうかしていたんだわ」
アンリエッタの背後でマントが翻る音がした。
振り返るアンリエッタの目の前には膝をついたルイズが頭を垂れていた。
「姫様、どうかその一件。土くれのフーケの犯行を阻止したこの私にお任せください」
「でも、ルイズ……」
ばさっ、もふっ
「姫様との友情、そして忠誠にかけて必ずその任務を果たして見せます」
ごそごそごそ
「ルイズ。ああ、ルイズ。感動しました。あなたとの友情と忠誠は一生忘れません」
ぐー
「私も決して忘れません。……って、なにやってんのよ、あんたわっ」
何のことはない。
ルイズとアンリエッタがその友情を確かめ合っている横ではベルが布団に潜り込み、寝息まで立てていたのだ。
「あ、終わった?」
「終わったじゃないわよ!何やってるのかって聞いてるのよ!」
「何って、寝てるのよ。あんまりにもつまらない話だから」
怒るルイズは布団をはぎ取り、ベルを引き起こす。
「つまらないじゃないわよ。ベルもアルビオンに行くのよ。わかってるの?」
「えー。私は嫌よ。そんなのただのお使いじゃない。全然おもしろくないわよ。そんなのをこの私に頼もうってのが気に入らないわ」
嫌そうだ。
ただ嫌そうなのではなく、大変嫌そうだ。
「ベルは私の使い魔でしょ!主人に従いなさいよ」
「いーや。そんなの人に頼むことじゃないわよ」
こうなるとベルはどうやっても言うことを聞かない。
以前は鞭で言うことを聞かせようかと試してみたが、ベルにそれが通用しないのは実証済みである。
そこでルイズは切り口を変えてみることにした。
ベルに効くかどうかはわからないが、とにかく試してみる。
「あのね、ベル。あなた、大公だって言ってたわよね」
「そーよ」
横でアンリエッタが「ベル様は大公だったのですか」と驚いているが、それはとりあえずは置いておく。
「だったら、いろいろ命令するでしょ。これはそれと同じなの」
ベルはため息をつき、やれやれと肩をすくめる。
「だから、命令するようなことじゃないのよ」
「じゃあ、どうするのよ」
その問いに対し、ベルはベッドの上で足を組みながらこう答えた。
「自分で行くのよ」
「は?ちょ、ちょっと待ってよ。自分で行くって本気?」
「本気よ」
ルイズは開いた口が塞がらない。
第一そんなことをする大公なんているはずがない。
──やっぱりただの大嘘つき
と、考えていたが同じことを聞いていたアンリエッタはまた違うことを考えていた。
「しかし、ベール・ゼファー様。大公のような身分にある方が自分で行動をするのは危険ではないですか?」
アンリエッタがベルの呼び名を変えている。
つまりアンリエッタがベルを身分の高い人物と認めた、ということである。
それに気づいたルイズがぎょっとしている間に話は続いていった。
「問題ないわ。私の持っている戦力の中で最大のものは私自身。それに、自分ほど信用のおけるものはいないわ。アルビオンに取りに行くのはかなり重要なものなのでしょう?」
目を伏せるアンリエッタは静かに考え込む。
ルイズは慌てて
「この使い魔の言うことは本気にしないでください」
と言ったが、全く聞こえているようではない。
しばらくして、アンリエッタは精一杯力を込めた目を上げた。
「ルイズ、決めました。私はアルビオンに行きます」
「姫様!おやめください、危険です」
「その危険の中にあなただけ赴かせるわけには行きません。それに、これは私の失敗によるもの。ならば、私自身で行かねばならないでしょう」
「ですが!」
ルイズははすでに悲鳴に近くなっている金切り声を上げる。
しかし、それもアンリエッタの意志を変えるまでには至らなかった。
「ですが私はベール・ゼファー様ほど私自身の戦力に自信はありません。ですからルイズ、ベール・ゼファー様、私に力を貸してください」
ルイズはもう一度アンリエッタに考え直すように言おうとしたが、徐々に強い意志を見せていくアンリエッタの言葉を聞いていくうちに、ルイズ自身が意志を変えざるを得なくなった。
「わかりました。姫様。必ずや姫様の御身を守らせていただきます。ベル、あんたもいいわね」
「まあ、それならいいわ。少し手伝ってあげる」
ルイズはベルの口の両端が少しだけ上がったのを見逃さなかった。
「じゃあ、まずは早速一つ手伝ってあげましょう」
そう言うとベルはさっきまで寝ていたベッドから下り、足を忍ばせて部屋のドアまで歩いていく。
ルイズは何をする気かと聞こうとしたが、声を出す前にベルが口元で人差し指を立てたので何も言わず見ておくことにした。
やがてベルは扉の前に着くと、それを思いっきり引っ張り、外からごろごろ転がり入ってきた何かを力一杯踏みつけた。
「まずはこれをどうするか、よね」
「い、いたたたたたた。やめ、やめ、やめてくれたまえ!」
転がり入ってきたモノそれは紛れもなく、
「あんた、ギーシュ!」
であった。
「まずは、今までの話をしっかり盗み聞きしていたこのデバガメ男をどうするかよね」
「デバガメって何よ」
「だいたい意味がわかればいいわよ。で、姫様。いかがなさいます?いっそのことここで殺してしまいますか?」
やけに殊勝でしかも物騒な言葉遣いのベルにルイズは警戒心を覚えるが、言っていること自体に間違いはない。
それに、盗み聞きをするような男など……。
ルイズは背中をぶるっと震わせた。
「待ってくれ。僕は姫様の力になりたいんだ。姫様、その一行に是非、このギーシュ・ド・グラモンをお加えください」
「だそうだけどどうする?」
水を向けられたアンリエッタは、ベルに踏みつけられて地面に這いつくばるギーシュの前にかがむと、結論を出した。
「いいでしょう。あなたの力も貸していただきます。ですが、わかっていますね?」
「は、はい。もちろんわかってます。姫様。他言無用、ですね」
アンリエッタは無言でうなずいた。
その後、アンリエッタはルイズ、ベルと今後の予定を相談した後に誰にも見つからないうちに帰っていった。
え?ギーシュはどうしたか?
彼は、ベルが足をのけたあとに
「君の体型なら、もっと控えめな下着の方がいい」
などと言って、床に顔面型のへこみを刻むほど踏まれたので相談に参加するどころではなかった。
「ふぅうううう」
2人だけになった部屋でルイズは深いため息をついた。
今晩はやけに長かったような気がする。
「姫様、変わられたわね」
「そう?」
ベルにはわからないだろうが、昔のことを知ってるルイズにしてみればものすごく変わっていた。
少なくとも、ベルの言葉を皮切りに自ら危地に飛び込むような人ではなかったはずだ。
「ん……?」
はて……何か引っかかりがある。
とても重要な引っかかりだ。
──ベルの言葉を皮切りに?
──ベルの言葉?
──ベルの……
「あぁああああああああああああっ!」
突如としてルイズはトリステイン全土に響き渡りそうな声を上げる。
それほどまでに重要な発見をしたのだ。
「ベル!あんた、姫様が自分でアルビオンに行く、と言うようにそそのかしたわね!」
考えてみれば、姫様にあんな発想ができるはずがない。
なら、この使い魔がうまく誘導したという意外にあるわけがない。
「さぁ、どうでしょう」
「あ、あ、あんたねえ」
「それに私がそそのかしたとしても、決めたのはアンリエッタ王女自身よ。私は一言も自分でいけ、とは言ってないわ」
「うぐ!」
その通りと言えばその通りだ。
それに、その気になっている姫様の考えを変えさせるチャンスは既にすぎている。
既にことは動き出しているのだ。
しかし、ルイズはせめてこの使い魔がさっきから浮かべている微笑を止めさせたかった。
「ま、まあ。そうね。でも、ベル。足を引っ張らないでね」
「私が?そんなことするはずないでしょ」
ルイズの声は少し固い。
心で渦巻く怒りを抑え、ルイズはベルをやり込めるべく言葉を選んでいった。
「でも、ベルって肝心なところで抜けてるじゃない。さっきの話だってほら、自分が動いたときには失敗することが多くて僕に任せたときは成功することが多いんじゃない?」
──
──
──
──
──
「さ、明日は早いわ。お休みルイズ」
ベルはいきなり布団を頭までかぶってしまう。
「ちょ、ちょっと。もしかして図星?」
「ぐーぐーぐー」
既に狸寝入りの構えだ。
「今になって、不安になる反応しないでよーーーーー」
「ぐーぐーぐー」
トリステイン魔法学院学生寮、そのルイズの部屋。
この夜、そこの住人は二人して盛大に墓穴を掘りまくっていた。
#navi(ナイトメイジ)
#navi(ナイトメイジ)
さて
女三人寄れば姦しい、などという言い方がある。
これが真実かどうかはともかく、今のルイズの部屋はまさに女三人で姦しくしていた。
「へえ、ルイズって小さい頃はそんなだったのね」
「ええ、そうなんです。屋根の上までするすると」
「ちょっと姫様。そんなことベルに教えないでください!」
魔法の光の中でおしゃべりに花を咲かせているのは、一応この部屋の主のルイズ、それに使い魔のベール=ゼファー、そして3人目は誰であろう、この国の王女アンリエッタである。
なぜ、王女ともあろう人が夜の魔法学院、しかも学生寮にいるのか。
ゲルマニア訪問の帰りにこの学院に行幸されたのである。
さらに、彼女の目当ては昔アンリエッタの遊び相手を務めていたルイズ。
それなら、昔話や武勇伝もいろいろあろうというもので、話題に尽きることはない。
「いいじゃない。ルイズ。それに、まだあるんですよ、そのあと……」
「ああ、もう姫様!第一、最後に私も負けないと言って一番高い屋根に上って降りられなくなって、その上……」
「ル、ルイズ!そのあとは言わないで!」
「いいえ、言います。ええ、言わせてもらいますとも」
「やめて!!」
叫ぶアンリエッタは体ごとルイズに向かって飛んでいく。
魔法は使っていないが、いきなり体当たりを食らってはルイズもひとたまりもない。
アンリエッタにのしかかられて、床に組み伏せられてしまう。
「いい?ベル」
負けじ時とルイズはアンリエッタの手を払いのけて言葉を続けようとするが
「やめて」
アンリエッタの手が即座に口を覆う
「姫様はね」
今度は口を覆った手をつかんで持ち上げるが
「お願い」
もう一方の手がさらに口の上に来る
「屋根の上で泣きながら」
「ルイズ、頼みますから」
「ふふ、うふふふふ。あははははははははははは」
突然ベルが笑い出す。
おなかを押さえて、体をくの字にして、両目に涙を浮かべ、息も絶え絶えに笑い続ける。
おかげで、アンリエッタとルイズもとっくみあいを忘れてしまっていた。
「わかったわ。もう、だいたいわかったわよ。姫様もルイズも随分お転婆だったのね。今も変わらないみたいだけど」
「そう……でしょうか?」
ルイズの隣に座り直し、怪訝な顔になって首をかしげるアンリエッタにベルは言い放つ。
「だって、お転婆じゃないと窓から入ってくるなんてしないでしょ」
「あ!」
とたんにアンリエッタは顔を真っ赤にしてうつむく。
膝の上でスカートの皺を伸ばしたり、作ったり。大変忙しい。
「それで……」
その忙しいアンリエッタに、ベルは目だけの薄い笑いを送った。
「ここに来たのは昔話が本題じゃないんでしょ?」
「え?」
うつむいた顔を上げたアンリエッタはベルの視線に射貫かれ、目が離せなくなる。
「姫様……?」
ルイズは心配げにアンリエッタを見るが、その唇はきつく結ばれている。
ただ、スカートをつかんだり離したりする手だけはさっきよりもずっとせわしなく動き続けていた。
ベルはアンリエッタの様子にもかまわす言葉を続けた。
「学院に来た目的は学生達の激励にかこつけた級友との面会、だけじゃないわよね。それなら、あなたがここに来るんじゃなくて王女としてルイズを呼べばいいだけのこと。ルイズは公爵家の娘だし、あなたとの関係も特に隠されているワケじゃない。周りの人だってちょっとは気を利かせてくれるでしょうね」
アンリエッタがスカートをぎゅっと握りしめる。
布が擦れる音がやけに大きく聞こえた。
「それなのに、あなたはここに来た。しかも窓から。誰にも気づかれないようにしたんでしょ?」
アンリエッタは答えない。
沈黙を確認したベルはさらに続けた。
「なら、本当にあなたが話したいことは旧友との昔話なんかじゃなくて余人には聞かせられないもっと別なことのはず。それは何かしら」
再び沈黙がルイズの部屋に満ちるが、今度はベルは何ごとも口にしない。
ただ、部屋で揺らめく魔法の光を映した瞳でアンリエッタを見つめている。
その視線を受けるアンリエッタは手を握りしめ、この耐え難い沈黙を誰かがどうにかしてくれるのを待っていた。
「姫様!」
なら、沈黙を破ろうとするものはこの部屋にはルイズしかいない。
アンリエッタの両肩に手を乗せ、その正面に立つのは自分の使い魔のベルからアンリエッタを守るためであったかもしれない。
「何かあるのでしたら、この私に話してください。必ずお力になって見せます」
「ルイズ……」
「姫様、どうかお話しください」
ベルからは目をそらしていたアンリエッタも、親友からは目をそらせなかった。
わずかに潤んだ目を1回の瞬きで隠した彼女は立ち上がり、ルイズとベルを同時に見る位置まで歩くと、覚悟を決めたのか、その口を開いた。
「今から話すことは、誰にも話してはいけません」
今回アンリエッタがゲルマニアを訪問した理由はゲルマニアとの同盟、そしてそのためにゲルマニア皇帝と婚姻の約定を交わすためだった。
この同盟は王室を倒さんとするアルビオンの貴族に対抗するためのものである。
それ故に、アルビオンの貴族達はこの同盟を破棄させる材料を探している。
では、その材料は存在するのか?
存在するのである。
しかも、それは今にもアルビオンの貴族に倒されようとしているアルビオン王家の皇太子ウェールズが所持しているというのだ。
「では姫様がここに来られたのは……」
「ええ、それを……」
そこまで言ったアンリエッタは突然壁に手をつき、熱病にうなされたように言葉を吐きだした。
「いいえ、私ったら何を考えていたのでしょう。貴族と王党派が戦いを繰り広げているアルビオンにあなたを赴かせようとしていたなんて。きっと、どうかしていたんだわ」
アンリエッタの背後でマントが翻る音がした。
振り返るアンリエッタの目の前には膝をついたルイズが頭を垂れていた。
「姫様、どうかその一件。土くれのフーケの犯行を阻止したこの私にお任せください」
「でも、ルイズ……」
ばさっ、もふっ
「姫様との友情、そして忠誠にかけて必ずその任務を果たして見せます」
ごそごそごそ
「ルイズ。ああ、ルイズ。感動しました。あなたとの友情と忠誠は一生忘れません」
ぐー
「私も決して忘れません。……って、なにやってんのよ、あんたわっ」
何のことはない。
ルイズとアンリエッタがその友情を確かめ合っている横ではベルが布団に潜り込み、寝息まで立てていたのだ。
「あ、終わった?」
「終わったじゃないわよ!何やってるのかって聞いてるのよ!」
「何って、寝てるのよ。あんまりにもつまらない話だから」
怒るルイズは布団をはぎ取り、ベルを引き起こす。
「つまらないじゃないわよ。ベルもアルビオンに行くのよ。わかってるの?」
「えー。私は嫌よ。そんなのただのお使いじゃない。全然おもしろくないわよ。そんなのをこの私に頼もうってのが気に入らないわ」
嫌そうだ。
ただ嫌そうなのではなく、大変嫌そうだ。
「ベルは私の使い魔でしょ!主人に従いなさいよ」
「いーや。そんなの人に頼むことじゃないわよ」
こうなるとベルはどうやっても言うことを聞かない。
以前は鞭で言うことを聞かせようかと試してみたが、ベルにそれが通用しないのは実証済みである。
そこでルイズは切り口を変えてみることにした。
ベルに効くかどうかはわからないが、とにかく試してみる。
「あのね、ベル。あなた、大公だって言ってたわよね」
「そーよ」
横でアンリエッタが「ベル様は大公だったのですか」と驚いているが、それはとりあえずは置いておく。
「だったら、いろいろ命令するでしょ。これはそれと同じなの」
ベルはため息をつき、やれやれと肩をすくめる。
「だから、命令するようなことじゃないのよ」
「じゃあ、どうするのよ」
その問いに対し、ベルはベッドの上で足を組みながらこう答えた。
「自分で行くのよ」
「は?ちょ、ちょっと待ってよ。自分で行くって本気?」
「本気よ」
ルイズは開いた口が塞がらない。
第一そんなことをする大公なんているはずがない。
──やっぱりただの大嘘つき
と、考えていたが同じことを聞いていたアンリエッタはまた違うことを考えていた。
「しかし、ベール・ゼファー様。大公のような身分にある方が自分で行動をするのは危険ではないですか?」
アンリエッタがベルの呼び名を変えている。
つまりアンリエッタがベルを身分の高い人物と認めた、ということである。
それに気づいたルイズがぎょっとしている間に話は続いていった。
「問題ないわ。私の持っている戦力の中で最大のものは私自身。それに、自分ほど信用のおけるものはいないわ。アルビオンに取りに行くのはかなり重要なものなのでしょう?」
目を伏せるアンリエッタは静かに考え込む。
ルイズは慌てて
「この使い魔の言うことは本気にしないでください」
と言ったが全く聞こえているようではない。
しばらくしてアンリエッタは精一杯力を込めた目を上げた。
「ルイズ、決めました。私はアルビオンに行きます」
「姫様!おやめください、危険です」
「その危険の中にあなただけ赴かせるわけには行きません。それに、これは私の失敗によるもの。ならば私自身で行かねばならないでしょう」
「ですが!」
ルイズははすでに悲鳴に近くなっている金切り声を上げる。
しかし、それもアンリエッタの意志を変えるまでには至らなかった。
「ですが私はベール・ゼファー様ほど私自身の戦力に自信はありません。ですからルイズ、ベール・ゼファー様、私に力を貸してください」
ルイズはもう一度アンリエッタに考え直すように言おうとしたが、徐々に強い意志を見せていくアンリエッタの言葉を聞いていくうちに、ルイズ自身が意志を変えざるを得なくなった。
「わかりました。姫様。必ずや姫様の御身を守らせていただきます。ベル、あんたもいいわね」
「まあ、それならいいわ。少し手伝ってあげる」
ルイズはベルの口の両端が少しだけ上がったのを見逃さなかった。
「じゃあ、まずは早速一つ手伝ってあげましょう」
そう言うとベルはさっきまで寝ていたベッドから下り、足を忍ばせて部屋のドアまで歩いていく。
ルイズは何をする気かと聞こうとしたが、声を出す前にベルが口元で人差し指を立てたので何も言わず見ておくことにした。
やがてベルは扉の前に着くと、それを思いっきり引っ張り、外からごろごろ転がり入ってきた何かを力一杯踏みつけた。
「まずはこれをどうするか、よね」
「い、いたたたたたた。やめ、やめ、やめてくれたまえ!」
転がり入ってきたモノそれは紛れもなく、
「あんた、ギーシュ!」
であった。
「まずは、今までの話をしっかり盗み聞きしていたこのデバガメ男をどうするかよね」
「デバガメって何よ」
「だいたい意味がわかればいいわよ。で、姫様。いかがなさいます?いっそのことここで殺してしまいますか?」
やけに殊勝でしかも物騒な言葉遣いのベルにルイズは警戒心を覚えるが、言っていること自体に間違いはない。
それに、盗み聞きをするような男など……。
ルイズは背中をぶるっと震わせた。
「待ってくれ。僕は姫様の力になりたいんだ。姫様、その一行に是非、このギーシュ・ド・グラモンをお加えください」
「だそうだけどどうする?」
水を向けられたアンリエッタは、ベルに踏みつけられて地面に這いつくばるギーシュの前にかがむと、結論を出した。
「いいでしょう。あなたの力も貸していただきます。ですが、わかっていますね?」
「は、はい。もちろんわかってます。姫様。他言無用、ですね」
アンリエッタは無言でうなずいた。
その後、アンリエッタはルイズ、ベルと今後の予定を相談した後に誰にも見つからないうちに帰っていった。
え?ギーシュはどうしたか?
彼は、ベルが足をのけたあとに
「君の体型なら、もっと控えめな下着の方がいい」
などと言って、床に顔面型のへこみを刻むほど踏まれたので相談に参加するどころではなかった。
「ふぅうううう」
2人だけになった部屋でルイズは深いため息をついた。
今晩はやけに長かったような気がする。
「姫様、変わられたわね」
「そう?」
ベルにはわからないだろうが、昔のことを知ってるルイズにしてみればものすごく変わっていた。
少なくとも、ベルの言葉を皮切りに自ら危地に飛び込むような人ではなかったはずだ。
「ん……?」
はて……何か引っかかりがある。
とても重要な引っかかりだ。
──ベルの言葉を皮切りに?
──ベルの言葉?
──ベルの……
「あぁああああああああああああっ!」
突如としてルイズはトリステイン全土に響き渡りそうな声を上げる。
それほどまでに重要な発見をしたのだ。
「ベル!あんた、姫様が自分でアルビオンに行く、と言うようにそそのかしたわね!」
考えてみれば、姫様にあんな発想ができるはずがない。
なら、この使い魔がうまく誘導したという以外にあるわけがない。
「さぁ、どうでしょう」
「あ、あ、あんたねえ」
「それに私がそそのかしたとしても、決めたのはアンリエッタ王女自身よ。私は一言も自分でいけ、とは言ってないわ」
「うぐ!」
その通りと言えばその通りだ。
それに、その気になっている姫様の考えを変えさせるチャンスは既にすぎている。
既にことは動き出しているのだ。
しかしルイズはせめてこの使い魔がさっきから浮かべている微笑を止めさせたかった。
「ま、まあ。そうね。でも、ベル。足を引っ張らないでね」
「私が?そんなことするはずないでしょ」
ルイズの声は少し固い。
心で渦巻く怒りを抑え、ルイズはベルをやり込めるべく言葉を選んでいった。
「でも、ベルって肝心なところで抜けてるじゃない。さっきの話だってほら、自分が動いたときには失敗することが多くて僕に任せたときは成功することが多いんじゃない?」
──
──
──
──
──
「さ、明日は早いわ。お休みルイズ」
ベルはいきなり布団を頭までかぶってしまう。
「ちょ、ちょっと。もしかして図星?」
「ぐーぐーぐー」
既に狸寝入りの構えだ。
「今になって、不安になる反応しないでよーーーーー」
「ぐーぐーぐー」
トリステイン魔法学院学生寮、そのルイズの部屋。
この夜、そこの住人は二人して盛大に墓穴を掘りまくっていた。
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