「ゼロな提督-13」(2008/04/05 (土) 17:49:25) の最新版変更点
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トリステイン魔法学院図書館。
そこには始祖ブリミルがハルケギニアに新天地を築いて以来の歴史が詰め込まれている、
と言われている。本塔の大部分を占める図書館は、高さ30メイルの本棚が壁際にずらりと
並んでいる。その光景は壮観であるのだが、フライを使えないルイズとヤンには困り種でも
ある。
その本塔図書館の中でも教員にしか閲覧が許されない重要文書管理区画『フェニエのライ
ブラリー』。かつてコルベールは、この区画で発見した書物『始祖ブリミルの使い魔達』か
ら、ヤンのルーンがガンダールヴのそれと同一だとオスマンへ報告した。
だが、フェニエのライブラリー内をオスマン・コルベール・ロングビルが飛び回っても、
ルイズとヤンが上から渡された所蔵書籍をひっくり返してみても、今回はさしたる成果は上
がらなかった。
「う~む、ダメじゃ。結局何もわからずじまいじゃな」
本の背表紙を眺めるオスマンの諦めの言葉に、コルベールも本を閉じる。
「ですなぁ・・・いくら調べても、虚無とその使い魔について、御伽噺程度のことしか書か
れていませんぞ」
ロングビルはパラパラとめくっていた本をポイっと投げ出した。
「結局、虚無がどんな魔法なのか、手がかりがどこにあるかすら分からずじまいですわね」
ヤンは床に寝っ転がってしまった。
「は~…でも、ビダーシャルは『かつて何度も虚無が揃いそうになった』て言ってたから、
虚無の使い手はこの6千年の間、何度も存在したはずなんだ。そして、虚無の量と『門』の
活性度が比例するなら、この数十年かつてないレベルで活性化してるなら、数十年前から虚
無の使い手が存在するはずなんだよ。それも複数で。彼の言う事が全て正しいとするなら、
最大で4人だね」
ルイズはテーブルの上に広げた書物の山に、のへ~っと体を投げ出してしまう。
「でも、結局『虚無は伝説です』ってことがわかっただけかぁ…ねぇ、あんたのルーンをも
う一度見せてよ」
「ん~、これかい?」
めんどくさそうにヤンは手袋を取り、ルーン文字が書かれた手の甲をルイズに向けた。
「結局、一番の手掛かりは、それじゃない?」
本棚の上の方を飛んでいたオスマン達もふわりと舞い降り、寝っ転がったヤンが掲げる左
手をまじまじと見つめる。
「ガンダールヴ、かぁ・・・」
誰ともなく呟く。
第十三話 ときのかなた
ヤンは『門』を封じるため『虚無』を追う事にした。
聖地の召喚ゲート『悪魔の門』が『虚無』の力で開かれたものなら、同じく『虚無』の力
で封じれるはず、と睨んでの事だ。
さて、それでは『虚無』とは何なのか、というところから始めたのいだが…即座にヤンは
困った。彼には図書館の本棚の下の方しか手が届かない。ハシゴを持ってきても、せいぜい
数メイル。
その上、彼の図書館使用許可は学生閲覧可能範囲まで。『フェニエのライブラリー』には
入れない。
そんなわけで、ヤンはロングビルとオスマンに相談してみた。二人ともヤンが予想する
『大災厄』は想像も出来なかったが、ビダーシャルが告げた聖地の姿には漠然とした不安を
感じていた。また『始祖ブリミルの使い魔達』を発見したコルベールも、ロングビルに笑顔
でお願いされると、二つ返事でOKしてくれた。
そんなワケでヤンが『虚無』を追う決心をして三日目の放課後になったのだが、結局大し
たことは分からなかった。
――始祖ブリミル。
正式なフルネームは、「ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ」。
虚無の魔法を扱い、強力な使い魔達を従えていた。ハルケギニアでは神と並んで崇拝され
る伝説の偉人。その姿を描写する事は畏れ多い事とされており、大陸に多数存在する礼拝用
の始祖像は「両手を前に突き出した人型のシルエット」という曖昧な姿のみで再現が許され
ている。
聖地に降臨した、との伝承を信じるなら、6千年前に『門』を通過してヤンの世界から来
たことになる。もちろんヤンはそんな人物は知らない。知っていても、おとぎ話の類だった
ことだろう。もしかしたら、ハルケギニアとも古代地球とも異なる世界から来たかも知れな
いし、単に聖地周辺で生まれただけかもしれない。
現在ハルケギニアに存在する4王家、トリステイン・アルビオン・ロマリア・ガリア、
これらはその力を受け継いだ3人の子供と1人の弟子の子孫。ただし始祖が用いた虚無の
使い手は確認されていない。
ブリミルの使い魔の一人がガンダールヴ。その本来の役割は敵を倒すことでなく、虚無と
いう強大な力を発動させる為に長い詠唱を行う間、無防備になってしまう主を守ること。
あらゆる武器を自在に扱える使い魔、という記述から推測されるに、人間用の作り出す武器
を全て使いこなすことが出来るらしい――
なお、ヤンは現在に至るまで本格的な戦闘をした事がない。また、ルイズはじめハルケギ
ニアの誰も、ヤンが「首から下は要らない」とまで言われた人とは知らない。なので、彼は
常々「僕が銃を撃っても当たらないのさ!」と言ってはいるが、謙遜か、彼なりの冗談だと
思われている。いくら鈍くさそうな冴えない中年男でも、平民出の軍人が剣も銃も使えない
など、常識外れの極みだから。
ヤンもぼんやりと自分の左手を見上げている。
「ともかく、伝承が正しいなら、ガンダールヴというのは僕と同じ人間か、少なくとも体格
の似た亞人だったようだ。でないと弓とかナイフとか人間用の武器が使えないからね」
ぃよっこらしょ!と体を起こしながら彼は視線を左手の甲からルイズへ移した。
そしてその場の全員が、ルイズへ視線を集中させる。
「だとすると…じゃなぁ」「うん、そうですわよね…」「どうも、そう考えるのが自然ではあ
るのですぞ…」
ルイズは大人四人に見つめられながら、じっとり汗に濡れた手を握りしめた。
「それじゃ・・・ヤンを召喚した私の系統って、虚無になっちゃうんだけど・・・」
慌ててオスマンがしぃっと口に人差し指を当てる。ルイズも慌てて口を手で塞いだ。ロン
グビルやコルベールも周囲を見渡す。
夕方の図書館には誰もいない。本の虫のタバサも今日は来ていなかった。
虚無の再来。軽々しく口にするわけにはいかない一大事だ。
ヤンは頭髪の寂しい教師を見た。
「あのー、ミスタ・コルベール」
「何ですかな?」
実のところ、ヤンはあまりコルベールに良い印象を抱いていない。自分を使い魔にせよと
ルイズに命じた張本人。立場上しょうがないし、根は誠実な教師と分かっていても、納得は
中々難しかった。
だからといって、その事でコルベールを忌避するほどにはヤンも大人げなくは無い。
「魔法が全部爆発する原因とか、前例とかについては?」
尋ねられたコルベールは残念そうに首を振った。
「全くわからんのですよ…恥ずかしながら。まず前例がありませんし、調べても何故なのか
さっぱり…」
ヤンはオスマンを見るが、白髪の老人も首を横に振った。
「トリステインの歴史上、そのような魔法の失敗例は無いのじゃ。もしあれば、絶対に記録
なりなんなり残っとる。『家の恥』として、学院はおろか世間にも出さなかったなら、話は
別じゃが」
オスマンは、単に推測を語っただけだが、ルイズはやっぱり視線を落としてしまう。慌て
てオスマンはゥオッホンと誤魔化し、ヤンもさりげなくルイズの隣へ来る。
次いでオスマンに尋ねたのはロングビル。
「では、虚無の可能性を考えませんでしたか?4系統に属さないなら、残るは『虚無』だけ
ですが」
学院長は、今度は肩をすくめた。代わりに答えたのはコルベール。
「無論、その可能性も彼女が入学した当初から考えました。ですが、それこそ全く分からん
のです!なにせ、この三日間調べた通りです。虚無がいかなる魔法なのか、呪文はどこに記
してあるのか、もはや時の彼方なのです。そして、軽々しく『虚無』を口に出すわけにはい
きませんでした。
なので、ミス・ヴァリエールが魔法を爆発させるのは失敗なのか系統のせいなのか、手掛
かりすら掴めませんでしたぞ」
ルイズはガックリして机の上にへばってしまった。
オスマンも、よいしょっと椅子に腰掛けながら学院長としての知識を披露する。
「トリステイン王家には、『始祖の祈祷書』というものが伝わっているそうじゃ。現物は見
た事はないが。
六千年前、始祖ブリミルが神に祈りを捧げた際に詠み上げた呪文が記されている、と伝承
には残っているものでの」
瞬時に体を起こしてパァッと明るくなるルイズへ、オスマンは手の平を向けた。
「まぁ、この手の伝説の品には、よくあることでのぉ。一冊しかないはずの、その祈祷書…
わしは各地で幾つも見た事があるんじゃ。
内容は、もっともらしいルーン文字を並べ立てただけで、どれもこれも紛い物じゃ。金持
ち貴族、地方の司祭、それぞれに自分の書が本物と主張しちゃおるが、一つとして内容が一
致せん。
その各地の『始祖の祈祷書』を全部集めれば、図書館が出来るほどじゃぞ」
オスマンの語る無慈悲な事実に、ルイズは再び本の山の中へヘナヘナと崩れていく。
「そんなぁ…それじゃ、失敗でも虚無の系統だとしても、どっちにしても私は相変わらず魔
法が使えないままじゃないのぉ~」
まぁまぁ、とヤンがルイズの肩に手を置く。
「ところで、トリステイン王家の『始祖の祈祷書』ですが、どうにかして見る事は出来ませ
んか?」
ヤンの頼みに、オスマンはやっぱり首を横に振った。
「そりゃあ無理じゃ。真贋が不明とはいえ、あれは王家の秘宝じゃ。軽々しく見れる物じゃ
ないぞ。
それと、あれはトリステイン王族が婚姻の儀を執り行う際、立ち会う巫女が使用する物な
のじゃ。選ばれた巫女が書を手に持ち、式の詔を詠み上げる習わしでの」
それを聞いたロングビルが首を捻る。
「では、今回の姫殿下の婚儀では、誰が巫女を?」
今度はオスマンが首を捻る。
「ええと、確かモット伯がいってたんじゃが…クルデンホルフ大公国の…ああ、そうじゃ、
ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフとかいうたかの?その姫君が選ばれたそ
うじゃよ」
「あらやだ、ゲルマニア生まれの成金じゃないの」
顔をしかめたのはルイズ。
「ああ、なるほど…」
と頷いたのはコルベールとロングビル。
「?」
何を納得したのか分からなかったのはヤン。そんな彼にコルベールが教師らしく講釈をし
だす。
クルデンホルフ大公国。
初代大公が先代トリステイン王フィリップ三世より大公領を賜り、新興した国家。
軍事・外交ではトリステイン貴族として王政府に依存しているが、名目上とはいえ独立国
である。席次ではヴァリエール家にも引けを取らない。何より経済力が有名で、借金してい
るトリステイン貴族も少なくない。
クルデンホルフ大公国の大公家親衛隊として編成された竜騎士団、空中装甲騎士団(ル
フト・パンツァー・リッター)を有す。その強さはアルビオン竜騎士団に次ぐとされる。
「…名前からも分かるとおり、ゲルマニアとの縁も深い大公国ですので、今回の婚儀では巫
女として相応しいことでしょうぞ」
と説明されて、ヤンも「ふ~ん」と納得した。
「いずれにせよ、じゃ…既に祈祷書は大公国へ送られているじゃろうが、虚無の呪文なんか
書かれていたら、婚儀の度に巫女に持たせるなんてせんじゃろ」
ごく当然なオスマンの言葉に、皆ウンウンと頷く。
5人が本の山に埋もれている所へ、入り口から司書の女性がやってきた。
「お取り込み中、失礼します。学院長、王宮よりモット伯が参られたそうです」
「はて、こんな時間に珍しいの。すぐ行くと伝えてくれ」
「分かりました。ですが、ミス・ヴァリエールとミスタ・ウェンリーとの面会も求めておい
でです」
ルイズとヤンは顔を見合わせた。
「僕をアルビオンへ!?」
学院長室の入り口に立つヤンは、目の前の怪しい雰囲気を持つモットの言葉に、敬語も忘
れて聞き返してしまった。
だが整いすぎたカールが特徴的な口ひげを生やした中年のメイジは、特にその事を気にす
るでもなく話を続けた。
「うむ。お主は先日枢機卿へ自分で進言したそうではないか、『急ぎ戦力の確認が必要』
と」
「え、ええと、はぁ、それは…確かに」
ヤンはモット伯の言葉に目を白黒させてしまう。確かにアルビオンの現戦力確認を勧めた
のは本当だが、それはあくまで意見を言っただけ。自分を派遣してくれなんて意味では決し
てない。
そんなヤンの困惑を知ってか知らずか、赤いマントに七三分けな貴族は話を続けた。
「無論、お主が先月トリステインに召喚されたばかりの異邦人であることは知っている。こ
の国ですら右も左も分からぬのに、いきなり遠い異国など…というところであろう?
実際、アルビオンへ行った所で、内戦前とどこがどう変わったか、など分かるはずもない
しな」
「え、ええ…まぁ」
ヘンな眉毛ともみあげにしては、意外と気の付く人だなぁ…いや見た目は関係ないか、な
んてどうでもいい所に気が行きつつも、黙ってモット伯の話を聞く事にした。
「だから、別に強制ではない。ミス・ヴァリエール」
「は、はい!」
ヤンの一歩右前に立つルイズは直立不動で返事をした。
「枢機卿からの言葉です。彼はあなたの使い魔であるゆえ、あなたの意思に反してまで派遣
することはない、とのこと。彼の意見も聞いた上で決めて欲しい、と。
ただ、私見ですが、ミス・ヴァリエールと彼の実力に期待しての人選と思います。先日の
枢機卿への進言、中々の深慮遠望ゆえ王宮でも同意する者が見受けられるとか。恐らくこれ
は、見識を深める機会として欲しい、という意味かと」
「はい!承知致しました!」
元気よく快諾するルイズに、モット伯は爽やかに笑った。
いや、爽やかな笑い声ではあるのだが、顔だってなかなかの美形だが…七三わけの頭に、
華麗にカールしすぎた眉尻・髯の先・もみあげが、全てを台無しにしている…ヤンには正直
ハルケギニアと美的感覚がずれているとか、流行廃りは世の常ということを差し引いても、
そうとしか思えなかった。
「いやはや、さすがヴァリエールの名に恥じぬ気迫ですな。ですが明日の昼に再び学院へ来
るゆえ、その時に返事を頂きたい。もしお受けして下さるなら、そのまま出立になるでしょ
う」
「はい!」
「では、私はまだ学院長との話があるので」
ルイズは勢いよく、ヤンは不承不承という感じで礼をして、二人は秘書用机につくロング
ビルの視線を受けながら学院長室を後にした。
「へぇ~、それじゃアルビオンに行くのねぇ」
「ええ。良い機会なので、是非とも浮遊大陸を見ておこうと思うんです」
ルイズの部屋で学院長室での話を聞いているのはキュルケ。鏡台の前に座り、どうにか飲
めるレベルにまでなったヤンのお茶を飲んでいる。
壁に立てかけられたデルフリンガーも鍔を鳴らす。
「んでよ、命じられたのはヤンだろ?なんで娘ッコまで荷物まとめてんだ?」
服やらナイフ類やらを袋に詰め込んでいくヤンの横では、ルイズがクローゼットから下着
やら旅行用のコートやらを取り出していた。
「決まってるじゃないの!ヤンは道が全然分からないじゃないからよ。あたしは昔、姉さま
達と旅をした事があるから、地理は明るいわ」
しゃべっている間にもクシに手鏡に、どんどん荷物が増えていく。
「つっても…歩いて旅したわけでも、お前さんが馬車を操ってたわけじゃねぇだろ?」
「そうよねぇ。しかも、内戦終結したばっかで、相当危険だと思うんだけどねぇ」
そんなデルフリンガーとキュルケの疑問は、あーどーしよ!これもいるかな、あれもいる
かなぁ…と頭を悩ますルイズには届かなかった。
チラリとキュルケが視線をずらすと、ヤンが苦笑いする。
「大丈夫だよ。アルビオンの地理に詳しくて、腕利きの人に心当たりがあるんだ。少なくと
も、僕とルイズだけで行く事はないよ」
床にどんどん荷物が山積みされていくルイズの部屋に、コンコンとノックの音がした。
「はーい、どなたですか?」
と言ってヤンが扉を開けると、そこには暗い顔のシエスタと、彼女を連れてきたらしいロ
ングビルがいた。
次の日、お昼休みの学院長室ではモット伯がルイズ達の承諾の返事を聞いていた。
ついでに、シエスタをヴァリエール家が引き取る、との宣告も。
「と、言うわけで。シエスタはヴァリエール家三女ルイズと、その使い魔ヤン・ウェンリー
の専属メイドにさせて頂きますわ」
ぐぬぬ…と悔しさで呻くモット伯だったが、さすがにヴァリエール家の威光に逆らえるワ
ケも無し。そして、目の前の机の上にドンッと置かれる金貨の詰まった袋にも。
平民の若く美しい娘に目を着けると自分の屋敷に買い入れ、夜の相手込みのメイドとし
て雇っていると裏で評判なスケベ中年貴族モット伯。彼の野望と欲望は、自らが頼みとして
いた金と権力の前に敗れ去った。
結構な大金を前にしつつ、モット伯は動揺を隠し威厳を保ち続けていた。
「やむを得ません…しかし、ヴァリエール家の姫殿下御自らが、このような大金をつぎ込む
ほどに入れ込まれるとは…果報者の娘ですな」
「あら、そのお金は私のではありませんわ。ヤンのポケットマネーですの」
ルイズの後ろで右手を胸に当て深々と礼をするヤンを指さされ、今度こそモット伯は動揺
が隠せなかった。
「う、うむ。そういえばお主は、ダイヤの斧で王宮より大金をせしめていたな?」
「はい。ですので今回のアルビオン行も自費で行こうかと思います。…ですが、私は本来こ
のような手段をとりたくはなかったのですが…郷に入りては、と思う事にします」
口の端が引きつるモット伯の軽い嫌味は、ヤンに軽く流されてしまった。同時にモット伯
は、ヤンの歯切れが悪い語尾を捉えたりはしなかった。
「そう、か。まぁ、よいとしよう。
ところでアルビオンまでの足だが、こちらで竜騎士を呼んでおいた。身分証明書とアルビ
オン政府への身元保全依頼書も、ここに準備してある。
だが平民一人で行くわけにもいくまい?よければアルビオンでの道案内と警護を兼ねて
人選を」
「いえ、私も参りますわ!」
と、話を遮り杖を掲げるルイズ。
モット伯はひっくり返らんばかりに仰天してしまった。
「お!お待ち下さい!!…ご存じでしょう?アルビオン内戦が終結したばかりなのです。そ
のような焦臭い場所に、あなたをいかせるなど」
「ご配慮痛み入ります。ですが、こちらでアルビオン出身の優秀なメイジを依頼しておきま
したの」
と言ってルイズが振り向いた先では、ロングビルがにこやかに微笑んでいた。
お昼の太陽が少し傾いた頃、学院正門には若い風竜を連れた、少年と言えるほど若い竜騎
士が待機している。
そして旅装束に着替えたルイズとロングビル、そして黒服に白手袋で背にデルフリンガー
を背負ったヤンがいる。それを見送るのはモット伯に、オスマンとコルベールとキュルケ、
そしていつの間にやら現れたタバサ。
そして更に彼等の横には、やっぱり旅装束のシエスタがいた。
シエスタは深々とルイズとヤンに礼をした。
「本当に、本当にありがとうございました!これからはミス・ヴァリエールとヤンさんに、
一生懸命仕えさせて頂きます!」
「当然よ。全身全霊をもって忠義を示しなさい」
「ハイッ!頑張ります!」
心からの感謝と共に頭を下げられて、ルイズも悪い気はしない。鼻高々で反っくり返って
いる。
そんなルイズへシエスタは控えめに、しかし熱い視線を向ける。
「ですので…その、お二人にお供して、私もアルビオンへ…」
そんなシエスタのお願いは、ヤンの横に振られる首に跳ね返された。
「ダメだよ、今のアルビオンは内戦が終わったばかりで、かなり危険だと思う。とても一般
人の女性を連れて行ける場所じゃないよ」
「あうう…」
ヤンの言葉にシエスタはがっくり。対してロングビルはニッコリ。
「そう言うわけですので、アルビオンでのお二人の事は、私にお任せ下さい。故郷の知人を
頼って行けば安全に旅が出来ますし、私も少々魔法が使えますから」
微笑みと共に言ってるハズのセリフ。なのに、ロングビルから微妙に冷たい気が立ち上っ
ているのを、その場の全員が感じていた。
そしてシエスタもニッコリ笑った。微妙に引きつった口元で。
「そうですね。ミス・ロングビルがいれば安心ですわよね」
「もちろんですわよ。ミス・ヴァリエールもヤンさんも、私が守って見せますわ」
シエスタの引きつった笑顔を向けられるロングビルは、笑顔が冷たい。
「でも、心配ですね。ヤンさんって素敵だから、どこかの悪い虫が狙ってくるんじゃないか
なって」
「大丈夫よ、そんな悪い虫も蹴散らしてあげますから。アルビオンへ言ってる間、あなたは
気兼ねなく故郷のタルブで休暇を取って下さいな」
学院のメイドからルイズ・ヤン専属メイドになったが、アルビオンへは危険なので連れて
行けない。丁度良いので、その間、休暇を出す事になったのだ。
「ですけど、その悪い虫が、トリステインから既に取り付いているんじゃないかと、もう心
配で心配で…」
「そーんな心配はしなくていいんですよ。ちゃーんと帰りには、タルブの村へ寄ってあげる
からねぇ」
「あらあら、お土産を楽しみにしていますね」
「あらあら、あんたにはアルビオン名物、魚のフライでも買ってきてあげようかしらねぇ、
たっぷりと」
「うわぁ、嬉しいです!あれ、不味くて体に悪いって評判なんですよね!」
「良く知ってるじゃないかぁ!あんたのために、たっくさん買ってきてあげるわ!」
「うふふふふ、期待して待ってますわ」
「おほほほほ、あんたなんか助けるんじゃなかったって思えてきたよ」
笑顔で殺気をぶつけ合う二人は、既に周囲の人々から見て見ぬふりをされていた。
オスマンにコルベール、キュルケとタバサが、ルイズとヤンに旅の無事と再会を誓う言葉
を掛けている。
「二人とも、無茶してはならんぞ。命あってのことじゃからな」「ミス・ヴァリエール、ミ
スタ・ヤンも、体には気をつけるのですぞ」「ルイズ、夜盗なんか来たら、あんたの失敗魔
法で吹っ飛ばしちゃいなさいよ!」。そして無言で杖を掲げるタバサ。
「安心なさい!このルイズ様の実力、アルビオンの逆賊共に見せつけて来るわ!」
「まぁ、危ない場所には行かないつもりだからね。何事もなく帰れるように気をつけるとす
るよ」
ヤンの言葉に、背中の長剣がかみつく。
「いや!安全な場所でぬくぬくしてたって敵情視察にはなんねーぜ!ちったーヤベェ場所に
も行けよな!そしたら俺を」
「ぜーったい使わないからね」
「使えー!」
門の外で彼等のやりとりをじーっと見ている若き竜騎士は、この人達ホントに大丈夫なん
だろうか、と一抹の不安を感じていた。
風竜へ乗ろうと踵を返したしたルイズを、モット伯が呼び止めた。
「念のために伺いますが、どうしても行かれるのですか?」
「もちろんですわ」
ルイズの目に迷いはない。
モット伯は、諦めの溜息とともに懐から封書を出した。
「分かりました。では、これをお持ち下さい。ヴァリエール公爵からのお手紙も入っており
ます」
「父さまの!?…もしかして、私が行くのを見越して…」
目を丸くするルイズに、怪しい姿の伯爵は優しく微笑んだ。
「ええ、もちろんです。この一件が講じられた時から、公爵はあなたがアルビオンへ行くと
言い出すであろう事は気付いておりました。もし勢いだけで無茶をするようなら止めて欲し
い、と依頼されていたのです。ですが、オスマン氏が推薦するアルビオン出身メイジがいる
なら、よしとしましょう。
お父上からの言伝です。『世界を見てきなさい、そして必ず無事に帰ってきなさい』との
ことです」
「父さま…」
ルイズは、ヴァリエール公爵からの封書を胸に抱きしめた。
ルイズとロングビルとヤンは、騎乗した風竜に学院上を何度か旋回してもらった後に、南
の空へ旅立った。シエスタもついでに、ということでラ・ロシェールまで同乗する事になっ
た。
キュルケとタバサは風竜が飛び去ったのを見送って戻っていく。モット伯も馬車で学院を
去っていった。
だがオスマンとコルベールは南の空を見上げたまま、なかなか動こうとはしない。
コルベールは、隣のオスマンに聞こえるかどうかという小声で呟いた。
「恐らくはハルケギニアの各王家に伝わっているであろう、虚無の手掛かり…まぁ、見つか
りはせんでしょう」
「じゃろうな。こんなあっさり見つかるくらいなら、6千年も伝説とされてはおらんじゃろ
て」
ルイズとヤンが今回のアルビオン行を引き受けた真の理由――アルビオン王家に伝わる
はずの虚無を追う。見つかる見込みはほとんど無いにしても、とりあえず行ってみたいとい
うのがルイズとヤンの希望。それにヤンにしてみれば、浮遊大陸なんてあり得ないモノを見
れる絶好の機会だ。
二人とも、これを逃す気は無かった。
だが、そんな理由とは関係なく、残った男と老人の顔は暗かった。
「・・・のう、コルベールよ」
「なんですかな?」
「今夜は、一杯付きあわんか」
「いいですね。飲み明かしましょう」
何故に二人とも表情が暗いのか、お互いに聞くまでも無い事。
「我らの女神に、乾杯!」「くたばれ、ヤン・ウェンリー!」
二人のやけくそな叫びが、夜遅くまで響いた。
若い竜騎士が操る風竜の上には、ルイズとヤンとロングビル。シエスタは、かなり渋って
いたが、予定通りラ・ロシェールでタルブ行きの駅馬車に乗った。
そして彼等はそのままアルビオンへ向かっている。
「うわああああ、本当に大陸が飛んでいるう・・・」
ヤンは開いた口が塞がらない。
「驚いた?」
ルイズがヤンに言った。
「うん…こんなの、見た事無いよ…
と、言うか…何故だ、どうしてなんだ!あり得ない!どこかに重力制御装置でも埋まって
るんじゃないのかー!?」
「何よそれ。とにかく、落ち着きなさいよ」
ルイズに肘で突かれたものの、ヤンは全く落ち着く様子はない。
例え彼がいた宇宙の、帝国と同盟の総力を結集したとしても、地球のイギリスに匹敵する
大陸を重力圏内、大気圏内で恒久的に浮遊させるなど、出来るはずがない。いや、やればで
きるかもしれないが、絶対にやらない。意味がない。
だが、彼の目の前では、それが起きていた。何の意味があってか知らないが、実行されて
いた。意味を考える事自体が無意味なのかも知れない。地震や台風と同じく自然現象の一つ
なのか、それとも精霊のきまぐれか。
とにもかくにも、アルビオンは浮いていた。
雲の切れ間から、黒々と大陸が覗いていた。大陸は、遙か視界の続く限り延びている。地
表には山がそびえ、川が流れていた。
ヤンは口をポカンと開けて、間抜けのように呆然としていた。
「おいおい、シャキッとしろよ!」
背中のデルフリンガーの言葉にも、何の反応もない。
普段よりさらにぼんやりしながら目の前の大パノラマに目を奪われるヤンに、ロングビル
が得意げに解説を始めた。
「驚いたようね。あれが『白の国』アルビオンよ。トリステインほどもある大陸が、主に大
洋の上を彷徨ってるの。大陸から落ちた水が霧になって大陸の下半分を覆うから、『白の
国』の別名が付けられた、と言われてるの」
そんな解説も右から左に流れるかのように、ヤンはアルビオンを凝視している。
大陸の下半分を覆う霧が雲となり、ハルケギニアを潤す雨となる…いつもなら脳裏に焼き
付けるはずの知識が、全然頭に入らない。
彼は、ルイズに思いっきりつねられるまで、アルビオンを眺め続けた。
第十三話 ときのかなた END
#navi(ゼロな提督)
トリステイン魔法学院図書館。
そこには始祖ブリミルがハルケギニアに新天地を築いて以来の歴史が詰め込まれている、
と言われている。本塔の大部分を占める図書館は、高さ30メイルの本棚が壁際にずらりと
並んでいる。その光景は壮観であるのだが、フライを使えないルイズとヤンには困り種でも
ある。
その本塔図書館の中でも教員にしか閲覧が許されない重要文書管理区画『フェニエのライ
ブラリー』。かつてコルベールは、この区画で発見した書物『始祖ブリミルの使い魔達』か
ら、ヤンのルーンがガンダールヴのそれと同一だとオスマンへ報告した。
だが、フェニエのライブラリー内をオスマン・コルベール・ロングビルが飛び回っても、
ルイズとヤンが上から渡された所蔵書籍をひっくり返してみても、今回はさしたる成果は上
がらなかった。
「う~む、ダメじゃ。結局何もわからずじまいじゃな」
本の背表紙を眺めるオスマンの諦めの言葉に、コルベールも本を閉じる。
「ですなぁ・・・いくら調べても、虚無とその使い魔について、御伽噺程度のことしか書か
れていませんぞ」
ロングビルはパラパラとめくっていた本をポイっと投げ出した。
「結局、虚無がどんな魔法なのか、手がかりがどこにあるかすら分からずじまいですわね」
ヤンは床に寝っ転がってしまった。
「は~…でも、ビダーシャルは『かつて何度も虚無が揃いそうになった』て言ってたから、
虚無の使い手はこの6千年の間、何度も存在したはずなんだ。そして、虚無の量と『門』の
活性度が比例するなら、この数十年かつてないレベルで活性化してるなら、数十年前から虚
無の使い手が存在するはずなんだよ。それも複数で。彼の言う事が全て正しいとするなら、
最大で4人だね」
ルイズはテーブルの上に広げた書物の山に、のへ~っと体を投げ出してしまう。
「でも、結局『虚無は伝説です』ってことがわかっただけかぁ…ねぇ、あんたのルーンをも
う一度見せてよ」
「ん~、これかい?」
めんどくさそうにヤンは手袋を取り、ルーン文字が書かれた手の甲をルイズに向けた。
「結局、一番の手掛かりは、それじゃない?」
本棚の上の方を飛んでいたオスマン達もふわりと舞い降り、寝っ転がったヤンが掲げる左
手をまじまじと見つめる。
「ガンダールヴ、かぁ・・・」
誰ともなく呟く。
第十三話 ときのかなた
ヤンは『門』を封じるため『虚無』を追う事にした。
聖地の召喚ゲート『悪魔の門』が『虚無』の力で開かれたものなら、同じく『虚無』の力
で封じれるはず、と睨んでの事だ。
さて、それでは『虚無』とは何なのか、というところから始めたのいだが…即座にヤンは
困った。彼には図書館の本棚の下の方しか手が届かない。ハシゴを持ってきても、せいぜい
数メイル。
その上、彼の図書館使用許可は学生閲覧可能範囲まで。『フェニエのライブラリー』には
入れない。
そんなわけで、ヤンはロングビルとオスマンに相談してみた。二人ともヤンが予想する
『大災厄』は想像も出来なかったが、ビダーシャルが告げた聖地の姿には漠然とした不安を
感じていた。また『始祖ブリミルの使い魔達』を発見したコルベールも、ロングビルに笑顔
でお願いされると、二つ返事でOKしてくれた。
そんなワケでヤンが『虚無』を追う決心をして三日目の放課後になったのだが、結局大し
たことは分からなかった。
――始祖ブリミル。
正式なフルネームは、「ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ」。
虚無の魔法を扱い、強力な使い魔達を従えていた。ハルケギニアでは神と並んで崇拝され
る伝説の偉人。その姿を描写する事は畏れ多い事とされており、大陸に多数存在する礼拝用
の始祖像は「両手を前に突き出した人型のシルエット」という曖昧な姿のみで再現が許され
ている。
聖地に降臨した、との伝承を信じるなら、6千年前に『門』を通過してヤンの世界から来
たことになる。もちろんヤンはそんな人物は知らない。知っていても、おとぎ話の類だった
ことだろう。もしかしたら、ハルケギニアとも古代地球とも異なる世界から来たかも知れな
いし、単に聖地周辺で生まれただけかもしれない。
現在ハルケギニアに存在する4王家、トリステイン・アルビオン・ロマリア・ガリア、
これらはその力を受け継いだ3人の子供と1人の弟子の子孫。ただし始祖が用いた虚無の
使い手は確認されていない。
ブリミルの使い魔の一人がガンダールヴ。その本来の役割は敵を倒すことでなく、虚無と
いう強大な力を発動させる為に長い詠唱を行う間、無防備になってしまう主を守ること。
あらゆる武器を自在に扱える使い魔、という記述から推測されるに、人間用の作り出す武器
を全て使いこなすことが出来るらしい――
なお、ヤンは現在に至るまで本格的な戦闘をした事がない。また、ルイズはじめハルケギ
ニアの誰も、ヤンが「首から下は要らない」とまで言われた人とは知らない。なので、彼は
常々「僕が銃を撃っても当たらないのさ!」と言ってはいるが、謙遜か、彼なりの冗談だと
思われている。いくら鈍くさそうな冴えない中年男でも、平民出の軍人が剣も銃も使えない
など、常識外れの極みだから。
ヤンもぼんやりと自分の左手を見上げている。
「ともかく、伝承が正しいなら、ガンダールヴというのは僕と同じ人間か、少なくとも体格
の似た亞人だったようだ。でないと弓とかナイフとか人間用の武器が使えないからね」
ぃよっこらしょ!と体を起こしながら彼は視線を左手の甲からルイズへ移した。
そしてその場の全員が、ルイズへ視線を集中させる。
「だとすると…じゃなぁ」「うん、そうですわよね…」「どうも、そう考えるのが自然ではあ
るのですぞ…」
ルイズは大人四人に見つめられながら、じっとり汗に濡れた手を握りしめた。
「それじゃ・・・ヤンを召喚した私の系統って、虚無になっちゃうんだけど・・・」
慌ててオスマンがしぃっと口に人差し指を当てる。ルイズも慌てて口を手で塞いだ。ロン
グビルやコルベールも周囲を見渡す。
夕方の図書館には誰もいない。本の虫のタバサも今日は来ていなかった。
虚無の再来。軽々しく口にするわけにはいかない一大事だ。
ヤンは頭髪の寂しい教師を見た。
「あのー、ミスタ・コルベール」
「何ですかな?」
実のところ、ヤンはあまりコルベールに良い印象を抱いていない。自分を使い魔にせよと
ルイズに命じた張本人。立場上しょうがないし、根は誠実な教師と分かっていても、納得は
中々難しかった。
だからといって、その事でコルベールを忌避するほどにはヤンも大人げなくは無い。
「魔法が全部爆発する原因とか、前例とかについては?」
尋ねられたコルベールは残念そうに首を振った。
「全くわからんのですよ…恥ずかしながら。まず前例がありませんし、調べても何故なのか
さっぱり…」
ヤンはオスマンを見るが、白髪の老人も首を横に振った。
「トリステインの歴史上、そのような魔法の失敗例は無いのじゃ。もしあれば、絶対に記録
なりなんなり残っとる。『家の恥』として、学院はおろか世間にも出さなかったなら、話は
別じゃが」
オスマンは、単に推測を語っただけだが、ルイズはやっぱり視線を落としてしまう。慌て
てオスマンはゥオッホンと誤魔化し、ヤンもさりげなくルイズの隣へ来る。
次いでオスマンに尋ねたのはロングビル。
「では、虚無の可能性を考えませんでしたか?4系統に属さないなら、残るは『虚無』だけ
ですが」
学院長は、今度は肩をすくめた。代わりに答えたのはコルベール。
「無論、その可能性も彼女が入学した当初から考えました。ですが、それこそ全く分からん
のです!なにせ、この三日間調べた通りです。虚無がいかなる魔法なのか、呪文はどこに記
してあるのか、もはや時の彼方なのです。そして、軽々しく『虚無』を口に出すわけにはい
きませんでした。
なので、ミス・ヴァリエールが魔法を爆発させるのは失敗なのか系統のせいなのか、手掛
かりすら掴めませんでしたぞ」
ルイズはガックリして机の上にへばってしまった。
オスマンも、よいしょっと椅子に腰掛けながら学院長としての知識を披露する。
「トリステイン王家には、『始祖の祈祷書』というものが伝わっているそうじゃ。現物は見
た事はないが。
六千年前、始祖ブリミルが神に祈りを捧げた際に詠み上げた呪文が記されている、と伝承
には残っているものでの」
瞬時に体を起こしてパァッと明るくなるルイズへ、オスマンは手の平を向けた。
「まぁ、この手の伝説の品には、よくあることでのぉ。一冊しかないはずの、その祈祷書…
わしは各地で幾つも見た事があるんじゃ。
内容は、もっともらしいルーン文字を並べ立てただけで、どれもこれも紛い物じゃ。金持
ち貴族、地方の司祭、それぞれに自分の書が本物と主張しちゃおるが、一つとして内容が一
致せん。
その各地の『始祖の祈祷書』を全部集めれば、図書館が出来るほどじゃぞ」
オスマンの語る無慈悲な事実に、ルイズは再び本の山の中へヘナヘナと崩れていく。
「そんなぁ…それじゃ、失敗でも虚無の系統だとしても、どっちにしても私は相変わらず魔
法が使えないままじゃないのぉ~」
まぁまぁ、とヤンがルイズの肩に手を置く。
「ところで、トリステイン王家の『始祖の祈祷書』ですが、どうにかして見る事は出来ませ
んか?」
ヤンの頼みに、オスマンはやっぱり首を横に振った。
「そりゃあ無理じゃ。真贋が不明とはいえ、あれは王家の秘宝じゃ。軽々しく見れる物じゃ
ないぞ。
それと、あれはトリステイン王族が婚姻の儀を執り行う際、立ち会う巫女が使用する物な
のじゃ。選ばれた巫女が書を手に持ち、式の詔を詠み上げる習わしでの」
それを聞いたロングビルが首を捻る。
「では、今回の姫殿下の婚儀では、誰が巫女を?」
今度はオスマンが首を捻る。
「ええと、確かモット伯がいってたんじゃが…クルデンホルフ大公国の…ああ、そうじゃ、
ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフとかいうたかの?その姫君が選ばれたそ
うじゃよ」
「あらやだ、ゲルマニア生まれの成金じゃないの」
顔をしかめたのはルイズ。
「ああ、なるほど…」
と頷いたのはコルベールとロングビル。
「?」
何を納得したのか分からなかったのはヤン。そんな彼にコルベールが教師らしく講釈をし
だす。
クルデンホルフ大公国。
初代大公が先代トリステイン王フィリップ三世より大公領を賜り、新興した国家。
軍事・外交ではトリステイン貴族として王政府に依存しているが、名目上とはいえ独立国
である。席次ではヴァリエール家にも引けを取らない。何より経済力が有名で、借金してい
るトリステイン貴族も少なくない。
クルデンホルフ大公国の大公家親衛隊として編成された竜騎士団、空中装甲騎士団(ル
フト・パンツァー・リッター)を有す。その強さはアルビオン竜騎士団に次ぐとされる。
「…名前からも分かるとおり、ゲルマニアとの縁も深い大公国ですので、今回の婚儀では巫
女として相応しいことでしょうぞ」
と説明されて、ヤンも「ふ~ん」と納得した。
「いずれにせよ、じゃ…既に祈祷書は大公国へ送られているじゃろうが、虚無の呪文なんか
書かれていたら、婚儀の度に巫女に持たせるなんてせんじゃろ」
ごく当然なオスマンの言葉に、皆ウンウンと頷く。
5人が本の山に埋もれている所へ、入り口から司書の女性がやってきた。
「お取り込み中、失礼します。学院長、王宮よりモット伯が参られたそうです」
「はて、こんな時間に珍しいの。すぐ行くと伝えてくれ」
「分かりました。ですが、ミス・ヴァリエールとミスタ・ウェンリーとの面会も求めておい
でです」
ルイズとヤンは顔を見合わせた。
「僕をアルビオンへ!?」
学院長室の入り口に立つヤンは、目の前の怪しい雰囲気を持つモットの言葉に、敬語も忘
れて聞き返してしまった。
だが整いすぎたカールが特徴的な口ひげを生やした中年のメイジは、特にその事を気にす
るでもなく話を続けた。
「うむ。お主は先日枢機卿へ自分で進言したそうではないか、『急ぎ戦力の確認が必要』
と」
「え、ええと、はぁ、それは…確かに」
ヤンはモット伯の言葉に目を白黒させてしまう。確かにアルビオンの現戦力確認を勧めた
のは本当だが、それはあくまで意見を言っただけ。自分を派遣してくれなんて意味では決し
てない。
そんなヤンの困惑を知ってか知らずか、赤いマントに七三分けな貴族は話を続けた。
「無論、お主が先月トリステインに召喚されたばかりの異邦人であることは知っている。こ
の国ですら右も左も分からぬのに、いきなり遠い異国など…というところであろう?
実際、アルビオンへ行った所で、内戦前とどこがどう変わったか、など分かるはずもない
しな」
「え、ええ…まぁ」
ヘンな眉毛ともみあげにしては、意外と気の付く人だなぁ…いや見た目は関係ないか、な
んてどうでもいい所に気が行きつつも、黙ってモット伯の話を聞く事にした。
「だから、別に強制ではない。ミス・ヴァリエール」
「は、はい!」
ヤンの一歩右前に立つルイズは直立不動で返事をした。
「枢機卿からの言葉です。彼はあなたの使い魔であるゆえ、あなたの意思に反してまで派遣
することはない、とのこと。彼の意見も聞いた上で決めて欲しい、と。
ただ、私見ですが、ミス・ヴァリエールと彼の実力に期待しての人選と思います。先日の
枢機卿への進言、中々の深慮遠望ゆえ王宮でも同意する者が見受けられるとか。恐らくこれ
は、見識を深める機会として欲しい、という意味かと」
「はい!承知致しました!」
元気よく快諾するルイズに、モット伯は爽やかに笑った。
いや、爽やかな笑い声ではあるのだが、顔だってなかなかの美形だが…七三わけの頭に、
華麗にカールしすぎた眉尻・髯の先・もみあげが、全てを台無しにしている…ヤンには正直
ハルケギニアと美的感覚がずれているとか、流行廃りは世の常ということを差し引いても、
そうとしか思えなかった。
「いやはや、さすがヴァリエールの名に恥じぬ気迫ですな。ですが明日の昼に再び学院へ来
るゆえ、その時に返事を頂きたい。もしお受けして下さるなら、そのまま出立になるでしょ
う」
「はい!」
「では、私はまだ学院長との話があるので」
ルイズは勢いよく、ヤンは不承不承という感じで礼をして、二人は秘書用机につくロング
ビルの視線を受けながら学院長室を後にした。
「へぇ~、それじゃアルビオンに行くのねぇ」
「ええ。良い機会なので、是非とも浮遊大陸を見ておこうと思うんです」
ルイズの部屋で学院長室での話を聞いているのはキュルケ。鏡台の前に座り、どうにか飲
めるレベルにまでなったヤンのお茶を飲んでいる。
壁に立てかけられたデルフリンガーも鍔を鳴らす。
「んでよ、命じられたのはヤンだろ?なんで娘ッコまで荷物まとめてんだ?」
服やらナイフ類やらを袋に詰め込んでいくヤンの横では、ルイズがクローゼットから下着
やら旅行用のコートやらを取り出していた。
「決まってるじゃないの!ヤンは道が全然分からないじゃないからよ。あたしは昔、姉さま
達と旅をした事があるから、地理は明るいわ」
しゃべっている間にもクシに手鏡に、どんどん荷物が増えていく。
「つっても…歩いて旅したわけでも、お前さんが馬車を操ってたわけじゃねぇだろ?」
「そうよねぇ。しかも、内戦終結したばっかで、相当危険だと思うんだけどねぇ」
そんなデルフリンガーとキュルケの疑問は、あーどーしよ!これもいるかな、あれもいる
かなぁ…と頭を悩ますルイズには届かなかった。
チラリとキュルケが視線をずらすと、ヤンが苦笑いする。
「大丈夫だよ。アルビオンの地理に詳しくて、腕利きの人に心当たりがあるんだ。少なくと
も、僕とルイズだけで行く事はないよ」
床にどんどん荷物が山積みされていくルイズの部屋に、コンコンとノックの音がした。
「はーい、どなたですか?」
と言ってヤンが扉を開けると、そこには暗い顔のシエスタと、彼女を連れてきたらしいロ
ングビルがいた。
次の日、お昼休みの学院長室ではモット伯がルイズ達の承諾の返事を聞いていた。
ついでに、シエスタをヴァリエール家が引き取る、との宣告も。
「と、言うわけで。シエスタはヴァリエール家三女ルイズと、その使い魔ヤン・ウェンリー
の専属メイドにさせて頂きますわ」
ぐぬぬ…と悔しさで呻くモット伯だったが、さすがにヴァリエール家の威光に逆らえるワ
ケも無し。そして、目の前の机の上にドンッと置かれる金貨の詰まった袋にも。
平民の若く美しい娘に目を着けると自分の屋敷に買い入れ、夜の相手込みのメイドとし
て雇っていると裏で評判なスケベ中年貴族モット伯。彼の野望と欲望は、自らが頼みとして
いた金と権力の前に敗れ去った。
結構な大金を前にしつつ、モット伯は動揺を隠し威厳を保ち続けていた。
「やむを得ません…しかし、ヴァリエール家の姫殿下御自らが、このような大金をつぎ込む
ほどに入れ込まれるとは…果報者の娘ですな」
「あら、そのお金は私のではありませんわ。ヤンのポケットマネーですの」
ルイズの後ろで右手を胸に当て深々と礼をするヤンを指さされ、今度こそモット伯は動揺
が隠せなかった。
「う、うむ。そういえばお主は、ダイヤの斧で王宮より大金をせしめていたな?」
「はい。ですので今回のアルビオン行も自費で行こうかと思います。…ですが、私は本来こ
のような手段をとりたくはなかったのですが…郷に入りては、と思う事にします」
口の端が引きつるモット伯の軽い嫌味は、ヤンに軽く流されてしまった。同時にモット伯
は、ヤンの歯切れが悪い語尾を捉えたりはしなかった。
「そう、か。まぁ、よいとしよう。
ところでアルビオンまでの足だが、こちらで竜騎士を呼んでおいた。身分証明書とアルビ
オン政府への身元保全依頼書も、ここに準備してある。
だが平民一人で行くわけにもいくまい?よければアルビオンでの道案内と警護を兼ねて
人選を」
「いえ、私も参りますわ!」
と、話を遮り杖を掲げるルイズ。
モット伯はひっくり返らんばかりに仰天してしまった。
「お!お待ち下さい!!…ご存じでしょう?アルビオン内戦が終結したばかりなのです。そ
のような焦臭い場所に、あなたをいかせるなど」
「ご配慮痛み入ります。ですが、こちらでアルビオン出身の優秀なメイジを依頼しておきま
したの」
と言ってルイズが振り向いた先では、ロングビルがにこやかに微笑んでいた。
お昼の太陽が少し傾いた頃、学院正門には若い風竜を連れた、少年と言えるほど若い竜騎
士が待機している。
そして旅装束に着替えたルイズとロングビル、そして黒服に白手袋で背にデルフリンガー
を背負ったヤンがいる。それを見送るのはモット伯に、オスマンとコルベールとキュルケ、
そしていつの間にやら現れたタバサ。
そして更に彼等の横には、やっぱり旅装束のシエスタがいた。
シエスタは深々とルイズとヤンに礼をした。
「本当に、本当にありがとうございました!これからはミス・ヴァリエールとヤンさんに、
一生懸命仕えさせて頂きます!」
「当然よ。全身全霊をもって忠義を示しなさい」
「ハイッ!頑張ります!」
心からの感謝と共に頭を下げられて、ルイズも悪い気はしない。鼻高々で反っくり返って
いる。
そんなルイズへシエスタは控えめに、しかし熱い視線を向ける。
「ですので…その、お二人にお供して、私もアルビオンへ…」
そんなシエスタのお願いは、ヤンの横に振られる首に跳ね返された。
「ダメだよ、今のアルビオンは内戦が終わったばかりで、かなり危険だと思う。とても一般
人の女性を連れて行ける場所じゃないよ」
「あうう…」
ヤンの言葉にシエスタはがっくり。対してロングビルはニッコリ。
「そう言うわけですので、アルビオンでのお二人の事は、私にお任せ下さい。故郷の知人を
頼って行けば安全に旅が出来ますし、私も少々魔法が使えますから」
微笑みと共に言ってるハズのセリフ。なのに、ロングビルから微妙に冷たい気が立ち上っ
ているのを、その場の全員が感じていた。
そしてシエスタもニッコリ笑った。微妙に引きつった口元で。
「そうですね。ミス・ロングビルがいれば安心ですわよね」
「もちろんですわよ。ミス・ヴァリエールもヤンさんも、私が守って見せますわ」
シエスタの引きつった笑顔を向けられるロングビルは、笑顔が冷たい。
「でも、心配ですね。ヤンさんって素敵だから、どこかの悪い虫が狙ってくるんじゃないか
なって」
「大丈夫よ、そんな悪い虫も蹴散らしてあげますから。アルビオンへ言ってる間、あなたは
気兼ねなく故郷のタルブで休暇を取って下さいな」
学院のメイドからルイズ・ヤン専属メイドになったが、アルビオンへは危険なので連れて
行けない。丁度良いので、その間、休暇を出す事になったのだ。
「ですけど、その悪い虫が、トリステインから既に取り付いているんじゃないかと、もう心
配で心配で…」
「そーんな心配はしなくていいんですよ。ちゃーんと帰りには、タルブの村へ寄ってあげる
からねぇ」
「あらあら、お土産を楽しみにしていますね」
「あらあら、あんたにはアルビオン名物、魚のフライでも買ってきてあげようかしらねぇ、
たっぷりと」
「うわぁ、嬉しいです!あれ、不味くて体に悪いって評判なんですよね!」
「良く知ってるじゃないかぁ!あんたのために、たっくさん買ってきてあげるわ!」
「うふふふふ、期待して待ってますわ」
「おほほほほ、あんたなんか助けるんじゃなかったって思えてきたよ」
笑顔で殺気をぶつけ合う二人は、既に周囲の人々から見て見ぬふりをされていた。
オスマンにコルベール、キュルケとタバサが、ルイズとヤンに旅の無事と再会を誓う言葉
を掛けている。
「二人とも、無茶してはならんぞ。命あってのことじゃからな」「ミス・ヴァリエール、ミ
スタ・ヤンも、体には気をつけるのですぞ」「ルイズ、夜盗なんか来たら、あんたの失敗魔
法で吹っ飛ばしちゃいなさいよ!」。そして無言で杖を掲げるタバサ。
「安心なさい!このルイズ様の実力、アルビオンの逆賊共に見せつけて来るわ!」
「まぁ、危ない場所には行かないつもりだからね。何事もなく帰れるように気をつけるとす
るよ」
ヤンの言葉に、背中の長剣がかみつく。
「いや!安全な場所でぬくぬくしてたって敵情視察にはなんねーぜ!ちったーヤベェ場所に
も行けよな!そしたら俺を」
「ぜーったい使わないからね」
「使えー!」
門の外で彼等のやりとりをじーっと見ている若き竜騎士は、この人達ホントに大丈夫なん
だろうか、と一抹の不安を感じていた。
風竜へ乗ろうと踵を返したしたルイズを、モット伯が呼び止めた。
「念のために伺いますが、どうしても行かれるのですか?」
「もちろんですわ」
ルイズの目に迷いはない。
モット伯は、諦めの溜息とともに懐から封書を出した。
「分かりました。では、これをお持ち下さい。ヴァリエール公爵からのお手紙も入っており
ます」
「父さまの!?…もしかして、私が行くのを見越して…」
目を丸くするルイズに、怪しい姿の伯爵は優しく微笑んだ。
「ええ、もちろんです。この一件が講じられた時から、公爵はあなたがアルビオンへ行くと
言い出すであろう事は気付いておりました。もし勢いだけで無茶をするようなら止めて欲し
い、と依頼されていたのです。ですが、オスマン氏が推薦するアルビオン出身メイジがいる
なら、よしとしましょう。
お父上からの言伝です。『世界を見てきなさい、そして必ず無事に帰ってきなさい』との
ことです」
「父さま…」
ルイズは、ヴァリエール公爵からの封書を胸に抱きしめた。
ルイズとロングビルとヤンは、騎乗した風竜に学院上を何度か旋回してもらった後に、南
の空へ旅立った。シエスタもついでに、ということでラ・ロシェールまで同乗する事になっ
た。
キュルケとタバサは風竜が飛び去ったのを見送って戻っていく。モット伯も馬車で学院を
去っていった。
だがオスマンとコルベールは南の空を見上げたまま、なかなか動こうとはしない。
コルベールは、隣のオスマンに聞こえるかどうかという小声で呟いた。
「恐らくはハルケギニアの各王家に伝わっているであろう、虚無の手掛かり…まぁ、見つか
りはせんでしょう」
「じゃろうな。こんなあっさり見つかるくらいなら、6千年も伝説とされてはおらんじゃろ
て」
ルイズとヤンが今回のアルビオン行を引き受けた真の理由――アルビオン王家に伝わる
はずの虚無を追う。見つかる見込みはほとんど無いにしても、とりあえず行ってみたいとい
うのがルイズとヤンの希望。それにヤンにしてみれば、浮遊大陸なんてあり得ないモノを見
れる絶好の機会だ。
二人とも、これを逃す気は無かった。
だが、そんな理由とは関係なく、残った男と老人の顔は暗かった。
「・・・のう、コルベールよ」
「なんですかな?」
「今夜は、一杯付きあわんか」
「いいですね。飲み明かしましょう」
何故に二人とも表情が暗いのか、お互いに聞くまでも無い事。
「我らの女神に、乾杯!」「くたばれ、ヤン・ウェンリー!」
二人のやけくそな叫びが、夜遅くまで響いた。
若い竜騎士が操る風竜の上には、ルイズとヤンとロングビル。シエスタは、かなり渋って
いたが、予定通りラ・ロシェールでタルブ行きの駅馬車に乗った。
そして彼等はそのままアルビオンへ向かっている。
「うわああああ、本当に大陸が飛んでいるう・・・」
ヤンは開いた口が塞がらない。
「驚いた?」
ルイズがヤンに言った。
「うん…こんなの、見た事無いよ…
と、言うか…何故だ、どうしてなんだ!あり得ない!どこかに重力制御装置でも埋まって
るんじゃないのかー!?」
「何よそれ。とにかく、落ち着きなさいよ」
ルイズに肘で突かれたものの、ヤンは全く落ち着く様子はない。
例え彼がいた宇宙の、帝国と同盟の総力を結集したとしても、地球のイギリスに匹敵する
大陸を重力圏内、大気圏内で恒久的に浮遊させるなど、出来るはずがない。いや、やればで
きるかもしれないが、絶対にやらない。意味がない。
だが、彼の目の前では、それが起きていた。何の意味があってか知らないが、実行されて
いた。意味を考える事自体が無意味なのかも知れない。地震や台風と同じく自然現象の一つ
なのか、それとも精霊のきまぐれか。
とにもかくにも、アルビオンは浮いていた。
雲の切れ間から、黒々と大陸が覗いていた。大陸は、遙か視界の続く限り延びている。地
表には山がそびえ、川が流れていた。
ヤンは口をポカンと開けて、間抜けのように呆然としていた。
「おいおい、シャキッとしろよ!」
背中のデルフリンガーの言葉にも、何の反応もない。
普段よりさらにぼんやりしながら目の前の大パノラマに目を奪われるヤンに、ロングビル
が得意げに解説を始めた。
「驚いたようね。あれが『白の国』アルビオンよ。トリステインほどもある大陸が、主に大
洋の上を彷徨ってるの。大陸から落ちた水が霧になって大陸の下半分を覆うから、『白の
国』の別名が付けられた、と言われてるの」
そんな解説も右から左に流れるかのように、ヤンはアルビオンを凝視している。
大陸の下半分を覆う霧が雲となり、ハルケギニアを潤す雨となる…いつもなら脳裏に焼き
付けるはずの知識が、全然頭に入らない。
彼は、ルイズに思いっきりつねられるまで、アルビオンを眺め続けた。
第十三話 ときのかなた END
#navi(ゼロな提督)
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