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「銀の左手 破壊の右手-02」(2008/03/26 (水) 05:27:30) の最新版変更点
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#navi(銀の左手 破壊の右手)
ジャン・ジャック・ド・ワルドがレコンキスタへと身を投じたのはそう最近のことではない。
その理由は単純だ。
なにもかも嫌になったからである。
なんの咎もないと言うのに理不尽に散る命がいる傍ら、その者達から絞った血と肉で笑いながら肥え太っていく輩がいる。
特に王宮はそんな人でなし共の巣窟だ、この国の為、トリステインの為、と謳いながら果たすべき責務を果たさず表に裏に暗闘を繰り返す豚共で溢れ返っている。
ワルドそんな泥沼のような環境であまりにも永く時を過ごしすぎた。
もはやかつて未来を夢見、腐った国をよりよく変えていこうと義憤に溢れていた青年はどこにもいない。
今、ワルドのなかに満ちているのは暗い情念と力に対する渇望だけだった。
何もかもまっさらにして、初めからやり直したかった。
かつて愛した物が薄汚く汚れて堕ちて行く姿を見たくなどなかったのだ。
そしてかつて愛した物が二目と見れない姿になる前に、せめてその幕引きくらいは己が手で引こうとワルドは思った。
それがかつてトリステインでグリフォン隊の隊長を務めたワルドが力を求める理由であり、そして唯一の生きる目的であった。
――だから“絶対たる力”を求める彼の手に、“ソレ”が引き寄せられて来たのはある意味当然の結果だったのかもしれない。
「い、いやぁ、さすがだよワルドくん。『閃光』の二つ名が霞むようだ」
ワルドの背後からクロムウェルは震える声で投げ掛け、ワルドの右手に視線を落とす。
そこには歪に捻じ曲がった金属の塊のようなものだ、ところどころに罅が入り今にも折れてしまいそうなその塊はしかし凶暴なまでに眩い銀の光を放っていた。
見ようによって剣にも見えるその物体が王党派が立て篭もるニューカッスルの城を跡形もなく消し飛ばしたのだと信じられる者が果たして一体何人いるだろう?
「兵士たちには私の虚無の力と説明しておくことにしよう! 次もこの調子で頼むよ」
そう言って肩を叩いたクロムウェルの手をワルドは乱雑に振り払う、顔を歪めたワルドの姿にこれからアルビオンんの玉座に座る筈の男は子供のように怯えた。
「ひぃ!?」
ワルドは塊を持った右手を左手で押さえ、苦痛に耐えるようにゆっくりと息を吐く。
暫くしてワルドの様子が静まったことを確認し、クロムウェルはおずおずと言った様子で問いかける。
「大丈夫、なのか?」
「――勿論、ですとも」
真っ青な顔で苦笑するワルドに、クロムウェルはただ引き攣った顔で「そうか」と言うことしか出来なかった。
本当は全然大丈夫ではなかったとしても、である。
「ただいまテファ!」
「お帰り、姉さん!」
ワルドが独り自嘲に溺れるその目と鼻の先で、一組の姉妹が久方ぶりの再会を喜び合っていた。
片方は稀代の盗賊土くれのフーケ。
もう片方は人類の敵と呼ばれるエルフとアルビオンの王族との間に出来た娘。
嬉しそうに抱き合うその姿を見れば誰だって分かるだろう、血のつながりはなくとも二人は間違いなく本当の姉妹なのだと。
そんな二人の様子を子供たちと一緒に眺めている者がいた。
黒髪黒瞳の少年でありこのあたりでは珍しい仕立ての蒼い色の服を着ている。
フーケ――もといマチルダも今更ながらに気になったのだろう、少年に露骨に警戒を含んだ口調で詰問する。
「だれだい、あんたは?」
少年はその言葉に僅かに顔を顰めると、胸を張って堂々と己の名前を名乗った。
「俺は才人、平賀才人と言います」
ティファニアの話によると最近物騒になったのでいざと言う時の護衛をしてくれる使い魔さんを呼び出したら彼が出てきたのだと言う。
頭を抱えるマチルダの前にさらにティファニアの爆弾発言は続く。
「それにね、もう一人友達が出来たのよ」
ほら、と言いながらティファニアが指し示した先。
そこには辟易した様子で寝転ぶ紫色の狼が、子供たちにもっふもふにされていた。
――話は少し前、トリステイン魔法学院に遡る。
「“土くれ”め、まさかこの魔法学院を狙って来るとは」
「なんと言うことだ、当直の教師は一体何をやっていた!」
「こんなことが王宮に知られたら……」
狭い学院長室に喧騒が満ちる、トリステイン魔法学院はいまや上へ下への大騒動であった。
原因はただ一つ、巷を騒がす土くれのフーケが宝物庫から<破壊の杖>が盗み出されたからである。
以降フーケの行方は要として知れず、保身を第一に考える教師たちは蒼くなったり赤くなったり忙しいと言う訳だ。
「ええい、落ち着きたまえ諸君」
静かな声であったが、その一言でぴたりとざわめく教師たちは静まった。
伊達に学院長を務めている訳ではないのだな、とこれまで蚊帳の外に置かれて居た者達は驚嘆する。
もっとも、その代表であるはずのルイズは無言の迫力を醸しだす学院長を前にしてカッチカチの石像になっていたのだが。
それを見てアナスタシアは微笑んだ。
端から見ていて精一杯ない胸を張っているのが丸分かりで、大切な友人であり妹のような存在のそんな態度が微笑ましくも誇らしかったからである。
「して君たちかね、フーケの犯行現場を見たと言う生徒は」
「は、はい、オールドオスマン。昨日の夜、使い魔であるアナスタシアと夜の散歩の最中にゴーレムが宝物庫の壁を殴っているところを……」
「ほうほう、して君はどうしたのかね?」
オスマンの問いかけにルイズは舌を噛みながらも懸命に返答する。
「えっと、すぐに教師の方が駆けつけてくれると思い、アナスタシアの提案で必死に牽制を……」
ルイズの言葉に周囲からの鋭い視線が突き刺さる、彼女が<ゼロ>のルイズだと言うことは周知の事実である。そしてまたヴァリエールの令嬢だと言う事も。
事なかれ主義の教員たちがルイズを見る瞳には“無能な働き者”に対する蔑みと安堵の色があった、破壊の杖が盗まれただけではなくヴァリエールの令嬢に怪我でもさせたとなれば自分達の職は愚か命すら危ない。
だが周囲の視線にも気づかず、ルイズはきゅっと唇を噛み締めた。
「そして――やってきたミスロングビルは私を庇って……」
ルイズの心の中にあるには、偏に自分の代わりにフーケの人質としてゴーレムに連れ去られたミスロングビルの姿があった。
実際にはそのミスロングビル自身が怪盗“土くれ”のフーケであり、破壊の杖を盗んだ後自分に疑いが向かないようにする演技でもあったのだがルイズにはそんなこと分からない。
ルイズから見れば、自分が余計なことをしたせいで顔見知りの相手が“土くれ”の手に落ちたと言う表面上の事実だけ。
「成程のう……ミスロングビルがか」
思うところがあったのかオスマンは沈痛な表情で顔を伏せた。
そんなオスマンに向かって、ルイズは叫ぶようにして言う。
「だからどうかお願いですオールドオスマン! 私にミスロングビルを救出に行く許可をください」
「しかしのぉ、何処に居るかもわからんのに……」
「――分かります」
周囲の空気を凍らせたのは、アナスタシアの一言だった。
「ルシエドが、わたしの大切な友達が後を追ってくれていますから……」
希望に満ちた内容だと言うのに、そう告げるアナスタシアの声はどこか暗く沈んでいた。
ヴァリエールの屋敷には、その屋敷の大きさに相応しい大きな池がある。
元からあったものではなく数多くの土メイジを動員して作らせたその池は、幼いルイズの秘密の場所になっていた。
ルイズは悲しいことがあるといつも此処に来る、魔法が使えない貴族である彼女に世間の風当たりはあまりにも冷たいから。
「ルイズ、泣いているのかい僕のルイズ」
そんなルイズを迎えに行くのは、いつも彼の役目だった。
「ワルドしゃま」
泣き腫らした目でしゃくりあげながらルイズは言った、彼はそんなルイズの体を優しく抱きとめるとゆっくりと背中を撫で擦る。
「泣かないでおくれ僕のルイズ、その愛らしい顔を涙で腫らさないでおくれ」
「でも、でもわたし……」
それでも尚愚図るルイズに向かって、ワルドは言った。
「君はまだ幼いじゃないか、魔法が使えないくらいどうと言うことはないよ。それに僕は思うんだ、君のなかには凄い力が眠っているんだとね」
「でも……」
「それにもし君が大きくなっても魔法が使えなかったとしても心配はいらない、その時は僕が必ず守ってあげるから。君の前に立ち塞がる有象無象共の罵声や愚かな嘲笑のすべてから君を守り抜いてみせるから……」
――だからルイズ、僕の愛しいルイズどうか顔を上げてくれないか?
暫しのまどろみからワルドは目覚めた、頭を振って脳裏にこびり付いた夢を吹き飛ばす。
寝台の側に立てかけられた鏡には自慢の髭をぼさぼさにしたやつれた気味の青年が、驚いた顔で塗れた頬に手を当てていた。
「今更、懺悔のつもりか。お前は本当に度し難いな、ワルド」
ワルドは鏡のなかの自分にそう吐き捨てる、鏡から目を背けたワルドの顔にはもはや僅かたりとも夢見の残滓は残ってはいない。
そこにはただ野心と憎悪に身を焦がす、独りの青年がいるだけであった。
青年の右手には剣がある。
あまりにも大きな力を暴走させばらばらの破片となった剣の一部が、青年の肉に食い込み同化を始めている。
その剣の名は<ガーディアンブレード>と言う。
かつて一人の青年によって新たな時代を開く<創世の剣>として命ある金属より削り出された一振りの剣。
――ワルドは知らない。
<絶対たる力>と呼ばれるその剣が、その剣を鍛えた青年の祈りを裏切って星の未来を葬り去った<葬世の剣>だと言う事を。
それが世界を滅ぼすだけの力を持っているとも知らずワルドは尚も力を求める、世界を変える力を、腐った世界をやり直す力を。
異形のものと変じた、破壊の右手で掴もうとしている……
――かくて運命の歯車は回る。
#navi(銀の左手 破壊の右手)
#navi(銀の左手 破壊の右手)
ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドがレコンキスタへと身を投じたのはそう最近のことではない。
その理由は単純だ。
なにもかも嫌になったからである。
なんの咎もないと言うのに理不尽に散る命がいる傍ら、その者達から絞った血と肉で笑いながら肥え太っていく輩がいる。
特に王宮はそんな人でなし共の巣窟だ、この国の為、トリステインの為、と謳いながら果たすべき責務を果たさず表に裏に暗闘を繰り返す豚共で溢れ返っている。
ワルドそんな泥沼のような環境であまりにも永く時を過ごしすぎた。
もはやかつて未来を夢見、腐った国をよりよく変えていこうと義憤に溢れていた青年はどこにもいない。
今、ワルドのなかに満ちているのは暗い情念と力に対する渇望だけだった。
何もかもまっさらにして、初めからやり直したかった。
かつて愛した物が薄汚く汚れて堕ちて行く姿を見たくなどなかったのだ。
そしてかつて愛した物が二目と見れない姿になる前に、せめてその幕引きくらいは己が手で引こうとワルドは思った。
それがかつてトリステインでグリフォン隊の隊長を務めたワルドが力を求める理由であり、そして唯一の生きる目的であった。
――だから“絶対たる力”を求める彼の手に、“ソレ”が引き寄せられて来たのはある意味当然の結果だったのかもしれない。
「い、いやぁ、さすがだよワルドくん。『閃光』の二つ名が霞むようだ」
ワルドの背後からクロムウェルは震える声で投げ掛け、ワルドの右手に視線を落とす。
そこには歪に捻じ曲がった金属の塊のようなものだ、ところどころに罅が入り今にも折れてしまいそうなその塊はしかし凶暴なまでに眩い銀の光を放っていた。
見ようによって剣にも見えるその物体が王党派が立て篭もるニューカッスルの城を跡形もなく消し飛ばしたのだと信じられる者が果たして一体何人いるだろう?
「兵士たちには私の虚無の力と説明しておくことにしよう! 次もこの調子で頼むよ」
そう言って肩を叩いたクロムウェルの手をワルドは乱雑に振り払う、顔を歪めたワルドの姿にこれからアルビオンんの玉座に座る筈の男は子供のように怯えた。
「ひぃ!?」
ワルドは塊を持った右手を左手で押さえ、苦痛に耐えるようにゆっくりと息を吐く。
暫くしてワルドの様子が静まったことを確認し、クロムウェルはおずおずと言った様子で問いかける。
「大丈夫、なのか?」
「――勿論、ですとも」
真っ青な顔で苦笑するワルドに、クロムウェルはただ引き攣った顔で「そうか」と言うことしか出来なかった。
本当は全然大丈夫ではなかったとしても、である。
「ただいまテファ!」
「お帰り、姉さん!」
ワルドが独り自嘲に溺れるその目と鼻の先で、一組の姉妹が久方ぶりの再会を喜び合っていた。
片方は稀代の盗賊土くれのフーケ。
もう片方は人類の敵と呼ばれるエルフとアルビオンの王族との間に出来た娘。
嬉しそうに抱き合うその姿を見れば誰だって分かるだろう、血のつながりはなくとも二人は間違いなく本当の姉妹なのだと。
そんな二人の様子を子供たちと一緒に眺めている者がいた。
黒髪黒瞳の少年でありこのあたりでは珍しい仕立ての蒼い色の服を着ている。
フーケ――もといマチルダも今更ながらに気になったのだろう、少年に露骨に警戒を含んだ口調で詰問する。
「だれだい、あんたは?」
少年はその言葉に僅かに顔を顰めると、胸を張って堂々と己の名前を名乗った。
「俺は才人、平賀才人と言います」
ティファニアの話によると最近物騒になったのでいざと言う時の護衛をしてくれる使い魔さんを呼び出したら彼が出てきたのだと言う。
頭を抱えるマチルダの前にさらにティファニアの爆弾発言は続く。
「それにね、もう一人友達が出来たのよ」
ほら、と言いながらティファニアが指し示した先。
そこには辟易した様子で寝転ぶ紫色の狼が、子供たちにもっふもふにされていた。
――話は少し前、トリステイン魔法学院に遡る。
「“土くれ”め、まさかこの魔法学院を狙って来るとは」
「なんと言うことだ、当直の教師は一体何をやっていた!」
「こんなことが王宮に知られたら……」
狭い学院長室に喧騒が満ちる、トリステイン魔法学院はいまや上へ下への大騒動であった。
原因はただ一つ、巷を騒がす土くれのフーケが宝物庫から<破壊の杖>が盗み出されたからである。
以降フーケの行方は要として知れず、保身を第一に考える教師たちは蒼くなったり赤くなったり忙しいと言う訳だ。
「ええい、落ち着きたまえ諸君」
静かな声であったが、その一言でぴたりとざわめく教師たちは静まった。
伊達に学院長を務めている訳ではないのだな、とこれまで蚊帳の外に置かれて居た者達は驚嘆する。
もっとも、その代表であるはずのルイズは無言の迫力を醸しだす学院長を前にしてカッチカチの石像になっていたのだが。
それを見てアナスタシアは微笑んだ。
端から見ていて精一杯ない胸を張っているのが丸分かりで、大切な友人であり妹のような存在のそんな態度が微笑ましくも誇らしかったからである。
「して君たちかね、フーケの犯行現場を見たと言う生徒は」
「は、はい、オールドオスマン。昨日の夜、使い魔であるアナスタシアと夜の散歩の最中にゴーレムが宝物庫の壁を殴っているところを……」
「ほうほう、して君はどうしたのかね?」
オスマンの問いかけにルイズは舌を噛みながらも懸命に返答する。
「えっと、すぐに教師の方が駆けつけてくれると思い、アナスタシアの提案で必死に牽制を……」
ルイズの言葉に周囲からの鋭い視線が突き刺さる、彼女が<ゼロ>のルイズだと言うことは周知の事実である。そしてまたヴァリエールの令嬢だと言う事も。
事なかれ主義の教員たちがルイズを見る瞳には“無能な働き者”に対する蔑みと安堵の色があった、破壊の杖が盗まれただけではなくヴァリエールの令嬢に怪我でもさせたとなれば自分達の職は愚か命すら危ない。
だが周囲の視線にも気づかず、ルイズはきゅっと唇を噛み締めた。
「そして――やってきたミスロングビルは私を庇って……」
ルイズの心の中にあるには、偏に自分の代わりにフーケの人質としてゴーレムに連れ去られたミスロングビルの姿があった。
実際にはそのミスロングビル自身が怪盗“土くれ”のフーケであり、破壊の杖を盗んだ後自分に疑いが向かないようにする演技でもあったのだがルイズにはそんなこと分からない。
ルイズから見れば、自分が余計なことをしたせいで顔見知りの相手が“土くれ”の手に落ちたと言う表面上の事実だけ。
「成程のう……ミスロングビルがか」
思うところがあったのかオスマンは沈痛な表情で顔を伏せた。
そんなオスマンに向かって、ルイズは叫ぶようにして言う。
「だからどうかお願いですオールドオスマン! 私にミスロングビルを救出に行く許可をください」
「しかしのぉ、何処に居るかもわからんのに……」
「――分かります」
周囲の空気を凍らせたのは、アナスタシアの一言だった。
「ルシエドが、わたしの大切な友達が後を追ってくれていますから……」
希望に満ちた内容だと言うのに、そう告げるアナスタシアの声はどこか暗く沈んでいた。
ヴァリエールの屋敷には、その屋敷の大きさに相応しい大きな池がある。
元からあったものではなく数多くの土メイジを動員して作らせたその池は、幼いルイズの秘密の場所になっていた。
ルイズは悲しいことがあるといつも此処に来る、魔法が使えない貴族である彼女に世間の風当たりはあまりにも冷たいから。
「ルイズ、泣いているのかい僕のルイズ」
そんなルイズを迎えに行くのは、いつも彼の役目だった。
「ワルドしゃま」
泣き腫らした目でしゃくりあげながらルイズは言った、彼はそんなルイズの体を優しく抱きとめるとゆっくりと背中を撫で擦る。
「泣かないでおくれ僕のルイズ、その愛らしい顔を涙で腫らさないでおくれ」
「でも、でもわたし……」
それでも尚愚図るルイズに向かって、ワルドは言った。
「君はまだ幼いじゃないか、魔法が使えないくらいどうと言うことはないよ。それに僕は思うんだ、君のなかには凄い力が眠っているんだとね」
「でも……」
「それにもし君が大きくなっても魔法が使えなかったとしても心配はいらない、その時は僕が必ず守ってあげるから。君の前に立ち塞がる有象無象共の罵声や愚かな嘲笑のすべてから君を守り抜いてみせるから……」
――だからルイズ、僕の愛しいルイズどうか顔を上げてくれないか?
暫しのまどろみからワルドは目覚めた、頭を振って脳裏にこびり付いた夢を吹き飛ばす。
寝台の側に立てかけられた鏡には自慢の髭をぼさぼさにしたやつれた気味の青年が、驚いた顔で塗れた頬に手を当てていた。
「今更、懺悔のつもりか。お前は本当に度し難いな、ワルド」
ワルドは鏡のなかの自分にそう吐き捨てる、鏡から目を背けたワルドの顔にはもはや僅かたりとも夢見の残滓は残ってはいない。
そこにはただ野心と憎悪に身を焦がす、独りの青年がいるだけであった。
青年の右手には剣がある。
あまりにも大きな力を暴走させばらばらの破片となった剣の一部が、青年の肉に食い込み同化を始めている。
その剣の名は<ガーディアンブレード>と言う。
かつて一人の青年によって新たな時代を開く<創世の剣>として命ある金属より削り出された一振りの剣。
――ワルドは知らない。
<絶対たる力>と呼ばれるその剣が、その剣を鍛えた青年の祈りを裏切って星の未来を葬り去った<葬世の剣>だと言う事を。
それが世界を滅ぼすだけの力を持っているとも知らずワルドは尚も力を求める、世界を変える力を、腐った世界をやり直す力を。
異形のものと変じた、破壊の右手で掴もうとしている。
――かくて運命の歯車は回る。
一つは、未来を掴む銀の左手
一つは、世界を葬る破壊の右手
一つは、猛き守護獣の牙、欲望の顎
――そして最後にもう一つ。
白の国を覆う暗雲を吹き散らす、希望の西風はまだ、吹かない。
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