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「使い魔は漆黒の瞳-02」(2009/04/18 (土) 10:42:37) の最新版変更点
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#navi(使い魔は漆黒の瞳)
2
そこはトリスティンでも名だたる有力貴族、ラ・ヴァリエールの領地、その屋敷、さらにはその中庭だった。
花畑を穏やかな風が渡って行く。暖かな陽気に照らされて、清廉な清水を湛えた池はキラキラとまぶしく瞬く。
池の辺には小さなボートが、真ん中には白い石で作られた東屋があり…ルイズはそのお気に入りの場所で、
すぐ上の姉のカトレアと共に午後の紅茶を楽しんでいた。
「それでね、ちいねえさま 私ついに魔法に成功したの! 立派な白馬を呼び出したのよ!」
ルイズは嬉しそうに、先に行われた春の使い魔召還の儀についてその顛末を語っていた。
初めて魔法に成功した手ごたえ。同級生もうらやむ使い魔を召還した様子。
その嬉しそうな様子に、聞き手のカトレアも穏やかな美貌をほころばせる。
「まぁ、白馬なんて素敵ね。私も見てみたいわ。ねぇ、私の小さいルイズ。その子はどこに居るの?」
「え?何処…って、それは…えっ? あ、あの…」
興味深々に瞳を輝かせるカトレアに問われ、ルイズはその後の記憶がはっきりしない事に気づく。
そう、白馬には馬車という余分なものがついていた。そこまでは覚えているのに、その後が…何故か思い出してはいけないような気がする。
何故か目を白黒させるルイズを、微笑みながら見守っていたカトレアは
「そうだわ、私も新しいお友達が出来たの。ルイズにも紹介するわね」
思い出したようにそう告げると、迷宮のように入り組んだ垣根の向こうへ
「カトリーヌちゃん!」
普段らしからぬ大きな声で呼びかけた。
「カトリーヌ? どんな子なの?」
「最近おうちの近くで拾ったの。とっても賢いのよ」
なるほど、カトレアは動物が大好きで、同時に動物にとても好かれる。
また新しい動物でも拾ったのだろう。今度はどんな動物だろうか? 可愛らしい動物ならいいのだけど。
カトリーヌというからには女の子よね。可愛いウサギかしら?
そんなことを考えながら、背後に感じた気配に期待を込めながら振り向いて。
「紹介するわ。カトリーヌちゃんよ」
「お、おれ、か、か、か…かとりーぬ。よ、よろしく」
「ふぇ!?…っ! い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
目の前に現れた、半ば解け崩れた腐乱死体に、ルイズはすべてを思い出す…よりも先に全力で悲鳴を上げた。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
横たえられていたベッドからルイズは悲鳴とともに飛び起きた。
何が何やら分からぬ様子で周囲を見渡す。
清潔なベッドがいくつか並んで、薬品の香りがほのかに漂うそこは。
「な、ななな……え…? ここ、医務室? …い、今の…夢!? それよりもどうしてこんな所に?」
普段めったに訪れないその部屋に、何故自分が寝ていたのか?
直前までの夢見が余りにひどかったがために、根本的な理由、悪夢に至った衝撃の正体さえも混乱した記憶にかき混ぜられしまう。
それでも尚思い出そうとする前に扉が開き、
「目が覚めましたか、ミス・ヴァリエール」
教師のミスタ・コルベールがやってきた。
「はい、ミスタ・コルベール。ですが何故私は医務室に? 色々思い出そうとするとなぜか頭が痛くて」
「…無理もありませんが…忘れてもらっては困ります。まだ貴女はコンクトラクト・サーヴァントを行っていないのですよ?」
「…っ!!!」
その言葉にようやくルイズは思い出した。自分が何を見て気を失ったのか、そしてその直前に何を見ていたのかを。
同時に使い魔を持てなければ留年、という事実をも。
「み、ミスタ!! 儀は、儀式はどうなったのですか!?」
「終了しました。貴女がなかなか目を覚まさなかったものですから。もう、日も暮れようとしていますよ」
ルイズの視界が暗くなる。ミスタ・コルベールの言葉は、日が暮れるどころか、太陽がこの世から失われてしまったに等しいものだ。
折角サモン・サーヴァントを成功させたのに、初めて魔法に成功したのに!
コンクトラクト・サーヴァントを行えなかったがために、自分は留年してしまうのだ。
こんな理不尽があるだろうか!
「で、では! やり直しを!! もう一度儀式を受けさせてください! このような終わり方には耐えられません!!」
「いえ、やり直しは認められません。使い魔召喚の儀は神聖なものです。貴女も知っての通りに」
「そんな…」
悲しみと悔しさに涙さえ浮かべ、コルベールに食って掛かるルイズ。しかしコルベールの言葉は非情だった、途中までは。
「ですから、貴女はこれからコンクトラクト・サーヴァントを行わなければいけません」
「…へ?」
「貴女だけは、まだ儀式が終了していないということです。まずはついてきなさい。貴女の使い魔候補が待っています」
「…え…ええ!?」
そう言ってコルベールは、混乱するルイズを急き立てるように、医務室を後にしたのだった。
「ミスタ、コルベール。ここは何処ですか?」
「目の前の文字が見えませんか?」
「『学長室』と書いてあるように見えます」
「その通りです。他の何処でもありません」
数分後、ルイズにとってはさらに混乱することに、彼女は何故か学長室に連れてこられていた。
ある意味この部屋は一般生徒にとって最も訪れる事の無い部屋だろう。
特に女生徒にとっては、毎年学園で最も行きたくない部屋のNO.1となる部屋でもある。
「それは分かっています。何故学長室なのですか?」
「ここに貴女の使い魔候補がいるからです」
「…ミスタ・コルベール。コンクトラクト・サーヴァントの際には、確かキスを行うのでしたよね?」
「その通りです、ミス・ヴァリエール。予習をしっかり行っていたようで感心です」
「……まさか」
「オールド・オスマンではありません。流石にそれは私も止めます。自重させます」
「………では、オールド・オスマンは他人がキスされるのも見るのが好きだとか……」
「…………さ、入りますよ。ミス・ヴァリエール」
「せめて否定してください!!」
そんな寸劇を繰り広げ入ったそこには、この部屋の主オールド・オスマンが悠々と腰掛けている。
そしてもう一人、見慣れぬ人物が其処に居た。
何やら熱心にオールド・オスマンと話し込んでいたその人物は、入り口に居るルイズに背を向け顔が見えない。
だが体つきは一見細身だが骨太で、しなやかに鍛えられている様子がルイズの未熟な目でも見て取れた。
上品な紫に染められた東方風のターバンと衣服が神秘的な雰囲気を漂わせている。
「おお、来たの。ミスタ・コルベールに、ミス・ヴァリエール。ミスタ・リュカ、その娘が今話していた、君を呼び出した張本人じゃ」
オールド・オスマンの言葉に、その異国風の人物は振り向いた。
凛々しくも涼やかな顔立ちに、透き通った漆黒とも言うべき瞳。
その瞳に見つめられるだけで、何故かルイズは幾つも心中でめぐっていた疑問や混乱が、波が引くように消えてゆくのを感じていた。
同時に穏やかな、安らいだ気分が広がって…
(…え? ちいねえさま?)
ルイズは何故かよく似た雰囲気の実姉と彼とを重ね合わせていた。
「なるほどのう、まったく違う魔法体系に生態系…幾ら東方に未確認の地が多いとはいえ、こうまで違えば世界そのものが違うというのも判らんでもないわい」
「理解していただいて、ありがとうございます」
ルイズが学長室に呼ばれるしばらく前。リュカは先だってこの部屋に招かれていた。
使い魔召還の儀でルイズが気絶したその時、ミスタ・コルベールはこの馬車の一行が只者ではないと判断した為だ。
無理も無い。腐った死体がたどたどしいとは言え言葉を話し、人がよさそうに頭を下げるなど、只者であるはずが無い。
同時に次々と目を覚まし…そして人語を話すリュカの仲間達をみて、確信は深まっていく。
真紅の鬣を持つ雄牛ほどの体躯をもつ猫科の動物。巨大な一つ目の生き物。この春の陽気の中でさえ白い息を吐く毛むくじゃらな生き物。
蝙蝠にも似た奇妙な生き物に、青い羽色の鳥。ローブ姿の老人は、もしやメイジだろうか?黄金の鱗をもつ子竜の姿さえある。
ましてや、ハルケギニアに半透明でタマネギ型の身体を持つ生き物など存在しないし、ましてやそれに小柄な鎧武者が乗っているなど!
混乱するコルベールに、声がかけられたのはそのときだ。
「その子、大丈夫ですか? ごめんなさい。スミスが驚かせてしまって」
「…貴方は…? この馬車の所有者ですか? この魔物たちは…」
御者台から降りてきたリュカに、コルベールが疑問を投げかける。
だがそれを答える前に、リュカは気を失ったルイズに駆け寄った。
その視線の先は、幾度と無く繰り返されたサモン・サーヴァントの失敗による火傷と裂傷で真っ赤になった少女の手があった。
「火傷ですか? まるでイオを間近でかけられたみたいだ………ホイミ!」
「え、ええ、少し魔法で……何ですと!?」
コルベールは目を見開いた。この青年が杖も無くかざした手の先で、ミス・ヴァリエールの火傷が見る間に癒されてゆくのを。
このような癒しの魔法は、ハルケギニアにはない。水系の癒しの魔法は、貴重な秘薬を併用しなければならない。
だが、この青年はただ魔法の効果のみで少女のやけどを癒してしまった。
杖も無く扱えるような魔法は…エルフの先住魔法が畏怖と共に語られるくらいだが、この青年が使ったそれは、もっと、何かが違う。
其処からのコルベールの行動派迅速だった。儀を終えた大半の生徒を校舎に帰すと、自身はなぞの青年リュカとお互い疑問を交換する。
無論お互いが理解しえぬ事、納得しえぬ事は多々あったが、いくつかの情報を経てコルベールの導き出した答え。
ミス・ヴァリエールは、この恐らくは異郷のメイジである青年を、使い魔として呼び出してしまったのだ。
そしてこの無数の魔物…中にはメイジ(魔法使い)さえも含む全てが彼の使い魔なのだ、と。
「そんな、そんな事って…信じられません…」
自身の気絶していた間のやり取りを聞き、ルイズは信じられないとばかりに頭を振る。
無理も無い。
使い魔として呼び出したのが人間で、それも杖もなしに魔法を扱えるメイジなどと、普通に考えれば達の悪い冗談でしかない。
「信じられなかろうとも、事実は事実じゃよ。ミスタ・コルベールが証人じゃ。
何より、ミス・ヴァリエール、そなた自身の傷一つ無い手が、雄弁に事実だと語っているのではないのかね?」
だがオールド・オスマンの言葉は嘘を言っているようには聞こえない。
ミスタ・コルベールも、奇妙な研究をする変人ぶりで知られてはいるが、生徒を冗談でからかう性格ではない。
何より…幾度と無く失敗を繰り返したサモン・サーバント、その余波で軽度の火傷を負っていたルイズの手は一筋の傷も無い。
もし異郷のものとは言え治癒の魔法を本当に扱えるのなら、ルイズが呼び出したのは少なくとも水系統のドットクラスではあるわけだ。
「本当、なのですか?…あの、私が呼び出したのはやはりあの白馬か、馬車の中に居た魔物達の何れかなのでは?」
「そうであれば、話は簡単であったかも知れぬ。じゃが、そうではない…そうじゃの?ミスタ・リュカ」
静かにルイズ達のやり取りを見つめていた青年…リュカが、オールド・オスマンの言葉に頷く。
「はい、あの銀の鏡が現れたのは、僕の目の前でした。パトリシアの前でも、馬車の中に居たみんなの前でもなく」
なんでも、このリュカと言う異国のメイジの青年は、ある事情で旅をしているらしい。
今まで滞在していた町を離れ、新たな町にたどり着こうとする途中、突如目の前に現れた輝く銀の鏡に触れ意識を失い、
気がついたときには、あの草原に居たと言うのだ。
「ピエールやスラリンも、僕の目の前に現れた銀の鏡を見たと言っています。
まるで旅の扉…僕の居た国にあった、遥か遠くの二点を結びつける魔法の扉のように見えたとも。
僕も不意を突かれたので、避けることも出来なくて、そのまま触れてしまいました」
「ミス・ヴァリエール。サモン・サーヴァントの対象となった生き物の前には、召還の扉となる門が開かれると言います。
ミスタ・リュカが見た銀の鏡こそがその扉なのでしょう。これはサモンサーヴァントの対象が彼であると言う事実です」
冷静に答えられ、ルイズも段々と状況が理解できてくる。
つまり、本当にこの異郷の黒髪の青年、リュカを、ルイズは使い魔として呼び出してしまったのだ。
魔法の仕えない貴族が、異郷の正体不明とは言え魔法を使える青年を。
なんと皮肉なことだろう! もし始祖ブリミルが魔法を仕えないルイズを哀れみでもして彼を遣わしたならとんだおせっかいだ!
それも、あの馬車に居た魔物全てを使い魔としている(本人は否定しているが)ほどの存在を!
そんなに魔法の仕えない自分に惨めな思いをさせたいのだろうか?
言い知れぬ感情の渦に身を震わせながら、ルイズはせめて別の道はないかと食い下がる。
「で、でもあの白馬は…というか、馬車はなんなのですか!? えっと…ミスタ・リュカを呼び出したのなら、アレは…」
「それなのですが、どうも『所持品』としてまとめて呼び出されてしまったのではないかと思われるのです」
「…はぁ?」
ふと浮かんだ問いに対するコルベールの答えに、ルイズは思わず間抜けな声を漏らした。
「そ、それってどういうことですか?」
「前例で言えば、牡鹿を召還した際にその背に枯葉が乗っていたことがあります。
つまり、召還の際には、生き物そのものだけでなく、身体に触れていたもの、剥がすとしても剥がせない物などは、
一緒に呼び寄せられてしまうこともあると言うことです。ミスタ・リュカは召還の際に手綱を握っていたそうです。
それが一因で、ミスタ・リュカ、手綱、その先の白馬、更には馬車と、その荷台に居た魔物全て一度に呼び出す結果となったのでしょう」
「そんな…」
唖然として声も出ないルイズ。
幾らなんでも、背に乗った枯葉と馬車とでは差が大きすぎる。
だが、こうしてコルベールが言う以上は…起きてしまった事実なのだろう。
流石にコルベールも困惑の色を浮かべている。もっとも、ルイズに逃げ道を用意する気は無いようだが。
「…ミス・ヴァリエール。貴女に選択の余地は残念ながらありません。知っての通り使い魔召還の儀は神聖なものです。
呼び出した使い魔と契約が出来なければ、貴女は留年となります。これに例外はないのです。
幸いなことに、ミスタ・リュカはいくつかの条件を前提として、貴女の使い魔となる事に了承してくれました。
ですから、後は貴女の決断しだいなのです」
コルベールの言葉に、リュカがオスマンに視線を向ける。
それは完全に納得したとは到底言えない色を含んでいるようにルイズには見える。
同時に返されるオスマンのはぐらかすような好爺の笑い。
無言のやり取りの後に、リュカは立ち上がるとルイズの目の前に立った。
「あなたが不安に思うのも、思うようにいかないのも判ります。知らないものは、怖いものだから」
彼自身何かを決意するようなりんとした表情を浮かべ、いまだ混乱収まらないルイズをその透き通った瞳で見つめる。
それだけで、ルイズの中にあった無数の混乱と憤慨と嫉妬…その他諸々の感情の渦が、春先の雪解けのように消えていった。
何より、彼の表情が姉のカトレアの物によく似ていたから…ルイズは決心できた。
「…ミスタ・リュカ。屈んで。今のままだとコンクトラクト・サーヴァントが出来ないの」
「?…これでいい?」
頭二つ分は差のあるリュカに、片膝をついてもらい、ルイズは奇妙なほど落ち着きながら契約の魔法を唱え始めた。
「我が名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
杖をリュカの額に、そして唇を重ねて、ルイズはついに使い魔を得て…リュカの右手に使い魔の証たるルーンが浮かんだ。
学長室の窓の外、昇り始めた二つの月のように、淡い光を一瞬輝かせながら…
#navi(使い魔は漆黒の瞳)
#navi(使い魔は漆黒の瞳)
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そこはトリステインでも名だたる有力貴族、ラ・ヴァリエールの領地、その屋敷、さらにはその中庭だった。
花畑を穏やかな風が渡って行く。暖かな陽気に照らされて、清廉な清水を湛えた池はキラキラとまぶしく瞬く。
池の辺には小さなボートが、真ん中には白い石で作られた東屋があり…ルイズはそのお気に入りの場所で、
すぐ上の姉のカトレアと共に午後の紅茶を楽しんでいた。
「それでね、ちいねえさま 私ついに魔法に成功したの! 立派な白馬を呼び出したのよ!」
ルイズは嬉しそうに、先に行われた春の使い魔召喚の儀についてその顛末を語っていた。
初めて魔法に成功した手ごたえ。同級生もうらやむ使い魔を召喚した様子。
その嬉しそうな様子に、聞き手のカトレアも穏やかな美貌をほころばせる。
「まぁ、白馬なんて素敵ね。私も見てみたいわ。ねぇ、私の小さいルイズ。その子はどこに居るの?」
「え?何処…って、それは…えっ? あ、あの…」
興味深々に瞳を輝かせるカトレアに問われ、ルイズはその後の記憶がはっきりしない事に気づく。
そう、白馬には馬車という余分なものがついていた。そこまでは覚えているのに、その後が…何故か思い出してはいけないような気がする。
何故か目を白黒させるルイズを、微笑みながら見守っていたカトレアは
「そうだわ、私も新しいお友達が出来たの。ルイズにも紹介するわね」
思い出したようにそう告げると、迷宮のように入り組んだ垣根の向こうへ
「カトリーヌちゃん!」
普段らしからぬ大きな声で呼びかけた。
「カトリーヌ? どんな子なの?」
「最近おうちの近くで拾ったの。とっても賢いのよ」
なるほど、カトレアは動物が大好きで、同時に動物にとても好かれる。
また新しい動物でも拾ったのだろう。今度はどんな動物だろうか? 可愛らしい動物ならいいのだけど。
カトリーヌというからには女の子よね。可愛いウサギかしら?
そんなことを考えながら、背後に感じた気配に期待を込めながら振り向いて。
「紹介するわ。カトリーヌちゃんよ」
「お、おれ、か、か、か…かとりーぬ。よ、よろしく」
「ふぇ!?…っ! い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
目の前に現れた、半ば解け崩れた腐乱死体に、ルイズはすべてを思い出す…よりも先に全力で悲鳴を上げた。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
横たえられていたベッドからルイズは悲鳴とともに飛び起きた。
何が何やら分からぬ様子で周囲を見渡す。
清潔なベッドがいくつか並んで、薬品の香りがほのかに漂うそこは。
「な、ななな……え…? ここ、医務室? …い、今の…夢!? それよりもどうしてこんな所に?」
普段めったに訪れないその部屋に、何故自分が寝ていたのか?
直前までの夢見が余りにひどかったがために、根本的な理由、悪夢に至った衝撃の正体さえも混乱した記憶にかき混ぜられしまう。
それでも尚思い出そうとする前に扉が開き、
「目が覚めましたか、ミス・ヴァリエール」
教師のミスタ・コルベールがやってきた。
「はい、ミスタ・コルベール。ですが何故私は医務室に? 色々思い出そうとするとなぜか頭が痛くて」
「…無理もありませんが…忘れてもらっては困ります。まだ貴女はコンクトラクト・サーヴァントを行っていないのですよ?」
「…っ!!!」
その言葉にようやくルイズは思い出した。自分が何を見て気を失ったのか、そしてその直前に何を見ていたのかを。
同時に使い魔を持てなければ留年、という事実をも。
「み、ミスタ!! 儀は、儀式はどうなったのですか!?」
「終了しました。貴女がなかなか目を覚まさなかったものですから。もう、日も暮れようとしていますよ」
ルイズの視界が暗くなる。ミスタ・コルベールの言葉は、日が暮れるどころか、太陽がこの世から失われてしまったに等しいものだ。
折角サモン・サーヴァントを成功させたのに、初めて魔法に成功したのに!
コンクトラクト・サーヴァントを行えなかったがために、自分は留年してしまうのだ。
こんな理不尽があるだろうか!
「で、では! やり直しを!! もう一度儀式を受けさせてください! このような終わり方には耐えられません!!」
「いえ、やり直しは認められません。使い魔召喚の儀は神聖なものです。貴女も知っての通りに」
「そんな…」
悲しみと悔しさに涙さえ浮かべ、コルベールに食って掛かるルイズ。しかしコルベールの言葉は非情だった、途中までは。
「ですから、貴女はこれからコンクトラクト・サーヴァントを行わなければいけません」
「…へ?」
「貴女だけは、まだ儀式が終了していないということです。まずはついてきなさい。貴女の使い魔候補が待っています」
「…え…ええ!?」
そう言ってコルベールは、混乱するルイズを急き立てるように、医務室を後にしたのだった。
「ミスタ、コルベール。ここは何処ですか?」
「目の前の文字が見えませんか?」
「『学長室』と書いてあるように見えます」
「その通りです。他の何処でもありません」
数分後、ルイズにとってはさらに混乱することに、彼女は何故か学長室に連れてこられていた。
ある意味この部屋は一般生徒にとって最も訪れる事の無い部屋だろう。
特に女生徒にとっては、毎年学園で最も行きたくない部屋のNO.1となる部屋でもある。
「それは分かっています。何故学長室なのですか?」
「ここに貴女の使い魔候補がいるからです」
「…ミスタ・コルベール。コンクトラクト・サーヴァントの際には、確かキスを行うのでしたよね?」
「その通りです、ミス・ヴァリエール。予習をしっかり行っていたようで感心です」
「……まさか」
「オールド・オスマンではありません。流石にそれは私も止めます。自重させます」
「………では、オールド・オスマンは他人がキスされるのも見るのが好きだとか……」
「…………さ、入りますよ。ミス・ヴァリエール」
「せめて否定してください!!」
そんな寸劇を繰り広げ入ったそこには、この部屋の主オールド・オスマンが悠々と腰掛けている。
そしてもう一人、見慣れぬ人物が其処に居た。
何やら熱心にオールド・オスマンと話し込んでいたその人物は、入り口に居るルイズに背を向け顔が見えない。
だが体つきは一見細身だが骨太で、しなやかに鍛えられている様子がルイズの未熟な目でも見て取れた。
上品な紫に染められた東方風のターバンと衣服が神秘的な雰囲気を漂わせている。
「おお、来たの。ミスタ・コルベールに、ミス・ヴァリエール。ミスタ・リュカ、その娘が今話していた、君を呼び出した張本人じゃ」
オールド・オスマンの言葉に、その異国風の人物は振り向いた。
凛々しくも涼やかな顔立ちに、透き通った漆黒とも言うべき瞳。
その瞳に見つめられるだけで、何故かルイズは幾つも心中でめぐっていた疑問や混乱が、波が引くように消えてゆくのを感じていた。
同時に穏やかな、安らいだ気分が広がって…
(…え? ちいねえさま?)
ルイズは何故かよく似た雰囲気の実姉と彼とを重ね合わせていた。
「なるほどのう、まったく違う魔法体系に生態系…幾ら東方に未確認の地が多いとはいえ、こうまで違えば世界そのものが違うというのも判らんでもないわい」
「理解していただいて、ありがとうございます」
ルイズが学長室に呼ばれるしばらく前。リュカは先だってこの部屋に招かれていた。
使い魔召喚の儀でルイズが気絶したその時、ミスタ・コルベールはこの馬車の一行が只者ではないと判断した為だ。
無理も無い。腐った死体がたどたどしいとは言え言葉を話し、人がよさそうに頭を下げるなど、只者であるはずが無い。
同時に次々と目を覚まし…そして人語を話すリュカの仲間達をみて、確信は深まっていく。
真紅の鬣を持つ雄牛ほどの体躯をもつ猫科の動物。巨大な一つ目の生き物。この春の陽気の中でさえ白い息を吐く毛むくじゃらな生き物。
蝙蝠にも似た奇妙な生き物に、青い羽色の鳥。ローブ姿の老人は、もしやメイジだろうか?黄金の鱗をもつ子竜の姿さえある。
ましてや、ハルケギニアに半透明でタマネギ型の身体を持つ生き物など存在しないし、ましてやそれに小柄な鎧武者が乗っているなど!
混乱するコルベールに、声がかけられたのはそのときだ。
「その子、大丈夫ですか? ごめんなさい。スミスが驚かせてしまって」
「…貴方は…? この馬車の所有者ですか? この魔物たちは…」
御者台から降りてきたリュカに、コルベールが疑問を投げかける。
だがそれを答える前に、リュカは気を失ったルイズに駆け寄った。
その視線の先は、幾度と無く繰り返されたサモン・サーヴァントの失敗による火傷と裂傷で真っ赤になった少女の手があった。
「火傷ですか? まるでイオを間近でかけられたみたいだ………ホイミ!」
「え、ええ、少し魔法で……何ですと!?」
コルベールは目を見開いた。この青年が杖も無くかざした手の先で、ミス・ヴァリエールの火傷が見る間に癒されてゆくのを。
このような癒しの魔法は、ハルケギニアにはない。水系の癒しの魔法は、貴重な秘薬を併用しなければならない。
だが、この青年はただ魔法の効果のみで少女のやけどを癒してしまった。
杖も無く扱えるような魔法は…エルフの先住魔法が畏怖と共に語られるくらいだが、この青年が使ったそれは、もっと、何かが違う。
其処からのコルベールの行動派迅速だった。儀を終えた大半の生徒を校舎に帰すと、自身はなぞの青年リュカとお互い疑問を交換する。
無論お互いが理解しえぬ事、納得しえぬ事は多々あったが、いくつかの情報を経てコルベールの導き出した答え。
ミス・ヴァリエールは、この恐らくは異郷のメイジである青年を、使い魔として呼び出してしまったのだ。
そしてこの無数の魔物…中にはメイジ(魔法使い)さえも含む全てが彼の使い魔なのだ、と。
「そんな、そんな事って…信じられません…」
自身の気絶していた間のやり取りを聞き、ルイズは信じられないとばかりに頭を振る。
無理も無い。
使い魔として呼び出したのが人間で、それも杖もなしに魔法を扱えるメイジなどと、普通に考えれば達の悪い冗談でしかない。
「信じられなかろうとも、事実は事実じゃよ。ミスタ・コルベールが証人じゃ。
何より、ミス・ヴァリエール、そなた自身の傷一つ無い手が、雄弁に事実だと語っているのではないのかね?」
だがオールド・オスマンの言葉は嘘を言っているようには聞こえない。
ミスタ・コルベールも、奇妙な研究をする変人ぶりで知られてはいるが、生徒を冗談でからかう性格ではない。
何より…幾度と無く失敗を繰り返したサモン・サーバント、その余波で軽度の火傷を負っていたルイズの手は一筋の傷も無い。
もし異郷のものとは言え治癒の魔法を本当に扱えるのなら、ルイズが呼び出したのは少なくとも水系統のドットクラスではあるわけだ。
「本当、なのですか?…あの、私が呼び出したのはやはりあの白馬か、馬車の中に居た魔物達の何れかなのでは?」
「そうであれば、話は簡単であったかも知れぬ。じゃが、そうではない…そうじゃの?ミスタ・リュカ」
静かにルイズ達のやり取りを見つめていた青年…リュカが、オールド・オスマンの言葉に頷く。
「はい、あの銀の鏡が現れたのは、僕の目の前でした。パトリシアの前でも、馬車の中に居たみんなの前でもなく」
なんでも、このリュカと言う異国のメイジの青年は、ある事情で旅をしているらしい。
今まで滞在していた町を離れ、新たな町にたどり着こうとする途中、突如目の前に現れた輝く銀の鏡に触れ意識を失い、
気がついたときには、あの草原に居たと言うのだ。
「ピエールやスラリンも、僕の目の前に現れた銀の鏡を見たと言っています。
まるで旅の扉…僕の居た国にあった、遥か遠くの二点を結びつける魔法の扉のように見えたとも。
僕も不意を突かれたので、避けることも出来なくて、そのまま触れてしまいました」
「ミス・ヴァリエール。サモン・サーヴァントの対象となった生き物の前には、召喚の扉となる門が開かれると言います。
ミスタ・リュカが見た銀の鏡こそがその扉なのでしょう。これはサモンサーヴァントの対象が彼であると言う事実です」
冷静に答えられ、ルイズも段々と状況が理解できてくる。
つまり、本当にこの異郷の黒髪の青年、リュカを、ルイズは使い魔として呼び出してしまったのだ。
魔法の仕えない貴族が、異郷の正体不明とは言え魔法を使える青年を。
なんと皮肉なことだろう! もし始祖ブリミルが魔法を仕えないルイズを哀れみでもして彼を遣わしたならとんだおせっかいだ!
それも、あの馬車に居た魔物全てを使い魔としている(本人は否定しているが)ほどの存在を!
そんなに魔法の仕えない自分に惨めな思いをさせたいのだろうか?
言い知れぬ感情の渦に身を震わせながら、ルイズはせめて別の道はないかと食い下がる。
「で、でもあの白馬は…というか、馬車はなんなのですか!? えっと…ミスタ・リュカを呼び出したのなら、アレは…」
「それなのですが、どうも『所持品』としてまとめて呼び出されてしまったのではないかと思われるのです」
「…はぁ?」
ふと浮かんだ問いに対するコルベールの答えに、ルイズは思わず間抜けな声を漏らした。
「そ、それってどういうことですか?」
「前例で言えば、牡鹿を召喚した際にその背に枯葉が乗っていたことがあります。
つまり、召喚の際には、生き物そのものだけでなく、身体に触れていたもの、剥がすとしても剥がせない物などは、
一緒に呼び寄せられてしまうこともあると言うことです。ミスタ・リュカは召喚の際に手綱を握っていたそうです。
それが一因で、ミスタ・リュカ、手綱、その先の白馬、更には馬車と、その荷台に居た魔物全て一度に呼び出す結果となったのでしょう」
「そんな…」
唖然として声も出ないルイズ。
幾らなんでも、背に乗った枯葉と馬車とでは差が大きすぎる。
だが、こうしてコルベールが言う以上は…起きてしまった事実なのだろう。
流石にコルベールも困惑の色を浮かべている。もっとも、ルイズに逃げ道を用意する気は無いようだが。
「…ミス・ヴァリエール。貴女に選択の余地は残念ながらありません。知っての通り使い魔召喚の儀は神聖なものです。
呼び出した使い魔と契約が出来なければ、貴女は留年となります。これに例外はないのです。
幸いなことに、ミスタ・リュカはいくつかの条件を前提として、貴女の使い魔となる事に了承してくれました。
ですから、後は貴女の決断しだいなのです」
コルベールの言葉に、リュカがオスマンに視線を向ける。
それは完全に納得したとは到底言えない色を含んでいるようにルイズには見える。
同時に返されるオスマンのはぐらかすような好爺の笑い。
無言のやり取りの後に、リュカは立ち上がるとルイズの目の前に立った。
「あなたが不安に思うのも、思うようにいかないのも判ります。知らないものは、怖いものだから」
彼自身何かを決意するようなりんとした表情を浮かべ、いまだ混乱収まらないルイズをその透き通った瞳で見つめる。
それだけで、ルイズの中にあった無数の混乱と憤慨と嫉妬…その他諸々の感情の渦が、春先の雪解けのように消えていった。
何より、彼の表情が姉のカトレアの物によく似ていたから…ルイズは決心できた。
「…ミスタ・リュカ。屈んで。今のままだとコンクトラクト・サーヴァントが出来ないの」
「?…これでいい?」
頭二つ分は差のあるリュカに、片膝をついてもらい、ルイズは奇妙なほど落ち着きながら契約の魔法を唱え始めた。
「我が名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
杖をリュカの額に、そして唇を重ねて、ルイズはついに使い魔を得て…リュカの右手に使い魔の証たるルーンが浮かんだ。
学長室の窓の外、昇り始めた二つの月のように、淡い光を一瞬輝かせながら…
#navi(使い魔は漆黒の瞳)
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