「ゼロの魔獣-16」(2008/02/27 (水) 19:46:24) の最新版変更点
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私は夢を見ていた。
その光景が夢であるとハッキリと認識できるのは、周囲に漂う妙な雰囲気によるものだ。
目の前に広がるありふれた雑木林は、同時に、この世界の何処にも存在しない場所ような、ある種の違和感を伴っていた。
周辺で何事か喚いていた獣の片割れが、不意に断末魔の悲鳴を上げる。
死を撒き散らしながら飛び込んできたのは、一匹の魔獣だった。
「―ッ!? 目を開けろッ!!
お前がそう簡単に死んでたまるかッ!!」
むせ返るような血の臭いが立ち込め、熱い物が頬を伝う。
これは―涙だ。
驚いて目の前の顔を覗き込む。 魔獣が哭いていた。
―死ぬ? 私が・・・
あらためて自らの体を確認する。
全身に矢尻のような針が突き刺さり、何本かは腹部を突き抜けている。
成程、これは死ぬ。
「うるせえ! お前が死ぬわけはねぇッ!!
お前は お前は お前は俺のすべてだ!!
俺のおふくろであり!! おれの体であり 俺の血 目 耳 鼻だ!!」
嗚呼・・・。
私の知る魔獣は、こんなにも悲しい顔をする男では無い。
彼はいつだって不遜で、不屈で、傲慢で、激しい怒りの炎と、無限の闘争心を宿した男のハズだった。
宇宙の真理が、全てのカラクリが、頭の中に沸きあがっては消えていく。
伝えなければならない。世界はどう動き、彼は何処へ行くのか・・・。
そして・・・
私が彼に、何を望んでいるのか・・・。
「私は・・・ 私はあなたのもの・・・」
・
・
・
「おらぁっ! 起きやがれ!」
使い魔に足蹴にされながら、ルイズは目を覚ました。
反射的に抗議しようとして、異常に気付く。
「・・・あんた、何でそこにいるのよ?」
「あん? パレードだか何だかの準備があるから起こしに来いっつたのは テメーだろうが!」
聞きたいのはそこではない。
何で窓際にいるのか?
彼のいた世界には、外壁をよじ登って窓から入らなければならないというマナーでもあるのか?
「・・・ったく 何なのよ」
ルイズが頭を掻く。最悪の夢に最悪の朝だ。
何だってあたしがこの・・・
この、目の前の魔獣に・・・
食べられたい、などと―。
ふっと慎一の口元を見ると、彼はもごもごと何かを頬張っている。
「こんな朝から 何食べてんの?」
「ああ お前も食うか? 精がつくぜ」
膝元に投げられたそれを、ルイズは寝ぼけまなこで拾い上げた。
成程、こいつは活きがいい。
ルイズの指先で、爬虫類の物と思しき尻尾が、ピョコンピョコン跳ねている。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!!」
叫びにならない叫び声を上げ、ヴァリエール家の令嬢は完全に目を覚ました。
・
・
・
その日、トリステイン魔法学院では、アンリエッタ王女の歓迎式典が行われていた。
華やかに彩られた街道と、歓声を上げる人々、その中を通り過ぎていく馬車を
慎一は丘の上から退屈そうに見ていた。
「・・・お前さんはいかなくてもいいのか?」
慎一が、傍らで本を読んでいるタバサに話しかける。
余程熱中しているのか、単に完全無視なのか、タバサは答えない。
だが慎一は悪い気がしない。
慎一は反骨と反逆の男である。封建制度の枠の中にいたならば
史上最悪の反乱者として歴史に刻まれるであろう。
異郷の事と割り切っているからこそ口には出さないが
理由もなく偉い奴も、深く考えもせずにそれを賞賛する輩も大嫌いなのだ。
ルイズの頭の中では 【王女】>【自分】>【慎一】 という図式が成り立っているのも
腹立たしさの一因だった。
タバサの傾(かぶ)いた行動は、彼にとって一服の清涼剤であった。
それにしたって退屈な世界である。
いっそどこかの国で革命でも起らないものか、などと不謹慎な事を考えていた慎一だったが
ふと、パレードの中心で目を留めた。
「なあ 嬢ちゃん・・・
あの 馬車の周りにいる奴は何なんだ?」
「・・・魔法衛士隊 城と王女を守る近衛兵」
「へえ・・・」
おそらくは衛士隊の隊長と思われる羽根帽子の貴族をまじまじと見ていた慎一が、ボソリと言った。
「まさにカルチャーショックてやつだな
この国じゃあ狼に番犬をさせてるのか」
・
・
・
―その夜
慎一はいい加減辟易していた。
間近で見た王女がいかに気高く美しく大きく神々しい存在であったかを称賛するルイズの話が
小一時間ばかり続いていた。
『帰り道』が分かるまで、ずっとこんな日々が続くのかと思い
半ば真剣に革命の可能性を考え始めていた慎一だったが、
外からの物音に、ピクリと耳を動かした。
右手でルイズの話を遮りながら、クンクンと辺りの臭いを嗅ぐ。
「お客さんらしいぜ」
「・・・こんな夜遅くに?」
「こっちから仕掛けて見るか?」
「バカ 戦場じゃないのよ」
程なくしてドアが叩かれる。始めに長く2回、それから短く3回・・・。
ハッと何事かに気付いたルイズが、慎一に指示を飛ばす。
「シンイチ! 急いで変身して!! ライオンでも鷹でも熊でも何でもいいわッ!!」
「-ッ!! それ程の強敵なのか!?」
「違うッ!! 使い魔がアンタだなんて知られたくないのッ!!」
「ふざけんじゃねぇ!! 俺は歩く恥部かッ!?」
― 扉の外の人物は、フードの上からでも分かるほどに動揺していた。
ノックの後、急に室内が騒がしくなり、「どうぞ」と言う声が聞こえたのは、その数分後だった・・・。
軽く深呼吸した後、意を決してドアを開ける。
彼女を迎え入れてくれたのは、桃色の髪の懐かしい顔。
昂ぶる心を抑えつつ、魔法で周囲を確認してから、頭巾を取る。
「姫殿下!」
「お久しぶりね ルイズ・フランソワーズ」
客人の名はアンリエッタ・・・
トリステインの王女であり、ルイズの無二の幼馴染であった。
互いの無事を喜びあいつつ、二人は思い出話に華を咲かせる。
魔法学院の一室は、いつしか懐かしの宮廷へと変貌を遂げていた。
・
・
・
輝ける思い出の日々は過ぎ去り、話は現在へと戻る。
―アンリエッタの政略結婚
―その外交戦略の妨げとなりうる、一通の手紙の存在
―渦中の手紙の持ち主、アルビオン王国皇太子、プリンス・オブ・ウェールズ
アンリエッタ訪問の真の目的は、内乱で揺れるアルビオンへの使者となり
ウェールズに手紙の返還を求めてほしい、という依頼であった。
「お任せ下さい! 姫様の御為とあらば、このルイズ、何処なりとも・・・」
「このわたくしの力になって下さると言うの? ルイズ・フランソワーズ!
―これは あなたの想像する以上に危険な任務
けれども あなたと その逞しい あなたの使い魔なら・・・」
言いながら、アンリエッタは部屋の隅をちらり見る。
―実のところ、麗しい思い出話の最中も、その異物の事が気になって仕方なかった。
アンリエッタは、あらためてルイズの使い魔を見つめた・・・。
筋肉はゴリラ!
牙はゴリラ!
燃える瞳は原初のゴリラ!!
見まごう事なき生粋のゴリラ、ゴリラの中のゴリラがそこには居た。
「これが・・・ あなたの使い魔・・・」
「ええ・・・とても・・・頼もしい相棒です」
何故、よりにもよってゴリラなのか?
慎一の中にある明らかな悪意に、ルイズはわなわなと震えていた。
「・・・風の噂では、あなたが平民の少女を召喚したと耳にしていたのですが・・・」
「雌です!」
「雌・・・ いえ でも 確かにこれほどの使い魔ならば・・・!」
「ええ! ですから今回の任務は安心して・・・」
「俺は反対だ」
突然割って入った男のセリフに、周囲の時間が凍りつく。
ルイズは使い魔に裏切られた事に、アンリエッタはゴリラが喋った事に驚愕していた。
我に返ったルイズが、慎一を咎める。
「なな何を言ってるのよアンタはッ!?
今回の任務には トリステインの運命がかかっているのよ!!」
「だからこそだ 軽々しくも修行中の学生に任せて良い任務じゃねえ」
これは建前である。実のところ、慎一はただ気に入らなかっただけである。
昔の友誼をダシに、唯一無二の親友から忠誠を引き出す王女のやり口も気に入らなかったが
それ以上に、その手にまんまと乗せられている主人のことが気に入らなかった。
その身を獣に堕され、異郷で犬呼ばわりされながらも、人の矜持を捨てていない慎一に対し―
目の前の主人は、人の身に生まれながら、心は犬へと堕ちていた。
「それに・・・だ
そっちの姫さんは 口で言うほど お前の事を信用してねぇ」
「そんな・・・!」「そんなこと無いわ! このバカ犬!!」
2人の反論に対し、慎一が言葉を重ねる。
「それなら教えてくれ 姫様
あんたが送った王子宛の手紙には 一体何が書かれているのか・・・?」
「・・・ッ!」
「確かにこれは重要な任務さ
わずかな情報の食い違いが 作戦の成否 ひいては俺たちの命をも左右しかねない・・・
知っている事を全て話すのは 忠誠に対する最低限の礼儀だと思うがね」
「・・・それは」
「知らぬままに忠誠を尽くすヤツなんざ 山田風太郎の忍者にもそうはいねえぞ」
「・・・あの 手紙には―」
「この バカ犬ゥッ!!」
怒声とともに、慎一の顔面に鞭が飛んでくる。
次々と鞭を振るいながら、ルイズが喚く。
「このバカ! 犬! サル! ゴリラ!!
どうして! どうしてアンタはいつもそうなの!
アンタには人の心ってものが無いの!
男の癖に姫様を困らせてるんじゃないわよ!!」
「効かねえぞ」
「知ってるわよッ!!」
言いながら、それでもルイズは鞭を振るうのを止めない。
―数分後、大きく肩でしながらルイズが宣言した。
「今回は アンタの力は借りない あたし一人でやるわ!
アンタは地球でもどこでも好きなところへ帰ればいいのよ」
言い終わると、ルイズはずんずんと部屋を出て行った。
「待って! ルイズ」
追いかけようとするアンリエッタを、慎一が引き止める。
「お忍びなんだろ? 今日は帰りな 姫さん」
「でも・・・」
「ああなったら もうテコでも動かねえさ
今回は俺のミスだ 俺の主人は任務を引き受けた
だったら俺も 使い魔とやらの任務を果たすまでさ」
「それじゃあ」
「気には入らねえがな」
「ありがとう・・・ありがとう ゴリラさん」
・
・
・
― 帰り際、アンリエッタはルイズの部屋を見上げ、深くお辞儀をした。
主の居ない部屋でそれを見届けた慎一は、右手に瞬くルーン文字を見ながらぼやいた。
「まったくよお ウチの姫さんがたは 面倒臭ぇ仕事ばっかり押し付けやがる・・・」
#navi(ゼロの魔獣)
私は夢を見ていた。
その光景が夢であるとハッキリと認識できるのは、周囲に漂う妙な雰囲気によるものだ。
目の前に広がるありふれた雑木林は、同時に、この世界の何処にも存在しない場所ような、ある種の違和感を伴っていた。
周辺で何事か喚いていた獣の片割れが、不意に断末魔の悲鳴を上げる。
死を撒き散らしながら飛び込んできたのは、一匹の魔獣だった。
「―ッ!? 目を開けろッ!!
お前がそう簡単に死んでたまるかッ!!」
むせ返るような血の臭いが立ち込め、熱い物が頬を伝う。
これは―涙だ。
驚いて目の前の顔を覗き込む。 魔獣が哭いていた。
―死ぬ? 私が・・・
あらためて自らの体を確認する。
全身に矢尻のような針が突き刺さり、何本かは腹部を突き抜けている。
成程、これは死ぬ。
「うるせえ! お前が死ぬわけはねぇッ!!
お前は お前は お前は俺のすべてだ!!
俺のおふくろであり!! おれの体であり 俺の血 目 耳 鼻だ!!」
嗚呼・・・。
私の知る魔獣は、こんなにも悲しい顔をする男では無い。
彼はいつだって不遜で、不屈で、傲慢で、激しい怒りの炎と、無限の闘争心を宿した男のハズだった。
宇宙の真理が、全てのカラクリが、頭の中に沸きあがっては消えていく。
伝えなければならない。世界はどう動き、彼は何処へ行くのか・・・。
そして・・・
私が彼に、何を望んでいるのか・・・。
「私は・・・ 私はあなたのもの・・・」
・
・
・
「おらぁっ! 起きやがれ!」
使い魔に足蹴にされながら、ルイズは目を覚ました。
反射的に抗議しようとして、異常に気付く。
「・・・あんた、何でそこにいるのよ?」
「あん? パレードだか何だかの準備があるから起こしに来いっつたのは テメーだろうが!」
聞きたいのはそこではない。
何で窓際にいるのか?
彼のいた世界には、外壁をよじ登って窓から入らなければならないというマナーでもあるのか?
「・・・ったく 何なのよ」
ルイズが頭を掻く。最悪の夢に最悪の朝だ。
何だってあたしがこの・・・
この、目の前の魔獣に・・・
食べられたい、などと―。
ふっと慎一の口元を見ると、彼はもごもごと何かを頬張っている。
「こんな朝から 何食べてんの?」
「ああ お前も食うか? 精がつくぜ」
膝元に投げられたそれを、ルイズは寝ぼけまなこで拾い上げた。
成程、こいつは活きがいい。
ルイズの指先で、爬虫類の物と思しき尻尾が、ピョコンピョコン跳ねている。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!!!」
叫びにならない叫び声を上げ、ヴァリエール家の令嬢は完全に目を覚ました。
・
・
・
その日、トリステイン魔法学院では、アンリエッタ王女の歓迎式典が行われていた。
華やかに彩られた街道と、歓声を上げる人々、その中を通り過ぎていく馬車を
慎一は丘の上から退屈そうに見ていた。
「・・・お前さんはいかなくてもいいのか?」
慎一が、傍らで本を読んでいるタバサに話しかける。
余程熱中しているのか、単に完全無視なのか、タバサは答えない。
だが慎一は悪い気がしない。
慎一は反骨と反逆の男である。封建制度の枠の中にいたならば
史上最悪の反乱者として歴史に刻まれるであろう。
異郷の事と割り切っているからこそ口には出さないが
理由もなく偉い奴も、深く考えもせずにそれを賞賛する輩も大嫌いなのだ。
ルイズの頭の中では 【王女】>【自分】>【慎一】 という図式が成り立っているのも
腹立たしさの一因だった。
タバサの傾(かぶ)いた行動は、彼にとって一服の清涼剤であった。
それにしたって退屈な世界である。
いっそどこかの国で革命でも起らないものか、などと不謹慎な事を考えていた慎一だったが
ふと、パレードの中心で目を留めた。
「なあ 嬢ちゃん・・・
あの 馬車の周りにいる奴は何なんだ?」
「・・・魔法衛士隊 城と王女を守る近衛兵」
「へえ・・・」
おそらくは衛士隊の隊長と思われる羽根帽子の貴族をまじまじと見ていた慎一が、ボソリと言った。
「まさにカルチャーショックてやつだな
この国じゃあ狼に番犬をさせてるのか」
・
・
・
―その夜
慎一はいい加減辟易していた。
間近で見た王女がいかに気高く美しく大きく神々しい存在であったかを称賛するルイズの話が
小一時間ばかり続いていた。
『帰り道』が分かるまで、ずっとこんな日々が続くのかと思い
半ば真剣に革命の可能性を考え始めていた慎一だったが、
外からの物音に、ピクリと耳を動かした。
右手でルイズの話を遮りながら、クンクンと辺りの臭いを嗅ぐ。
「お客さんらしいぜ」
「・・・こんな夜遅くに?」
「こっちから仕掛けて見るか?」
「バカ 戦場じゃないのよ」
程なくしてドアが叩かれる。始めに長く2回、それから短く3回・・・。
ハッと何事かに気付いたルイズが、慎一に指示を飛ばす。
「シンイチ! 急いで変身して!! ライオンでも鷹でも熊でも何でもいいわッ!!」
「-ッ!! それ程の強敵なのか!?」
「違うッ!! 使い魔がアンタだなんて知られたくないのッ!!」
「ふざけんじゃねぇ!! 俺は歩く恥部かッ!?」
― 扉の外の人物は、フードの上からでも分かるほどに動揺していた。
ノックの後、急に室内が騒がしくなり、「どうぞ」と言う声が聞こえたのは、その数分後だった・・・。
軽く深呼吸した後、意を決してドアを開ける。
彼女を迎え入れてくれたのは、桃色の髪の懐かしい顔。
昂ぶる心を抑えつつ、魔法で周囲を確認してから、頭巾を取る。
「姫殿下!」
「お久しぶりね ルイズ・フランソワーズ」
客人の名はアンリエッタ・・・
トリステインの王女であり、ルイズの無二の幼馴染であった。
互いの無事を喜びあいつつ、二人は思い出話に華を咲かせる。
魔法学院の一室は、いつしか懐かしの宮廷へと変貌を遂げていた。
・
・
・
輝ける思い出の日々は過ぎ去り、話は現在へと戻る。
―アンリエッタの政略結婚
―その外交戦略の妨げとなりうる、一通の手紙の存在
―渦中の手紙の持ち主、アルビオン王国皇太子、プリンス・オブ・ウェールズ
アンリエッタ訪問の真の目的は、内乱で揺れるアルビオンへの使者となり
ウェールズに手紙の返還を求めてほしい、という依頼であった。
「お任せ下さい! 姫様の御為とあらば、このルイズ、何処なりとも・・・」
「このわたくしの力になって下さると言うの? ルイズ・フランソワーズ!
―これは あなたの想像する以上に危険な任務
けれども あなたと その逞しい あなたの使い魔なら・・・」
言いながら、アンリエッタは部屋の隅をちらり見る。
―実のところ、麗しい思い出話の最中も、その異物の事が気になって仕方なかった。
アンリエッタは、あらためてルイズの使い魔を見つめた・・・。
筋肉はゴリラ!
牙はゴリラ!
燃える瞳は原初のゴリラ!!
見まごう事なき生粋のゴリラ、ゴリラの中のゴリラがそこには居た。
「これが・・・ あなたの使い魔・・・」
「ええ・・・とても・・・頼もしい相棒です」
何故、よりにもよってゴリラなのか?
慎一の中にある明らかな悪意に、ルイズはわなわなと震えていた。
「・・・風の噂では、あなたが平民の少女を召喚したと耳にしていたのですが・・・」
「雌です!」
「雌・・・ いえ でも 確かにこれほどの使い魔ならば・・・!」
「ええ! ですから今回の任務は安心して・・・」
「俺は反対だ」
突然割って入った男のセリフに、周囲の時間が凍りつく。
ルイズは使い魔に裏切られた事に、アンリエッタはゴリラが喋った事に驚愕していた。
我に返ったルイズが、慎一を咎める。
「なな何を言ってるのよアンタはッ!?
今回の任務には トリステインの運命がかかっているのよ!!」
「だからこそだ 軽々しくも修行中の学生に任せて良い任務じゃねえ」
これは建前である。実のところ、慎一はただ気に入らなかっただけである。
昔の友誼をダシに、唯一無二の親友から忠誠を引き出す王女のやり口も気に入らなかったが
それ以上に、その手にまんまと乗せられている主人のことが気に入らなかった。
その身を獣に堕され、異郷で犬呼ばわりされながらも、人の矜持を捨てていない慎一に対し―
目の前の主人は、人の身に生まれながら、心は犬へと堕ちていた。
「それに・・・だ
そっちの姫さんは 口で言うほど お前の事を信用してねぇ」
「そんな・・・!」「そんなこと無いわ! このバカ犬!!」
2人の反論に対し、慎一が言葉を重ねる。
「それなら教えてくれ 姫様
あんたが送った王子宛の手紙には 一体何が書かれているのか・・・?」
「・・・ッ!」
「確かにこれは重要な任務さ
わずかな情報の食い違いが 作戦の成否 ひいては俺たちの命をも左右しかねない・・・
知っている事を全て話すのは 忠誠に対する最低限の礼儀だと思うがね」
「・・・それは」
「知らぬままに忠誠を尽くすヤツなんざ 山田風太郎の忍者にもそうはいねえぞ」
「・・・あの 手紙には―」
「この バカ犬ゥッ!!」
怒声とともに、慎一の顔面に鞭が飛んでくる。
次々と鞭を振るいながら、ルイズが喚く。
「このバカ! 犬! サル! ゴリラ!!
どうして! どうしてアンタはいつもそうなの!
アンタには人の心ってものが無いの!
男の癖に姫様を困らせてるんじゃないわよ!!」
「効かねえぞ」
「知ってるわよッ!!」
言いながら、それでもルイズは鞭を振るうのを止めない。
―数分後、大きく肩でしながらルイズが宣言した。
「今回は アンタの力は借りない あたし一人でやるわ!
アンタは地球でもどこでも好きなところへ帰ればいいのよ」
言い終わると、ルイズはずんずんと部屋を出て行った。
「待って! ルイズ」
追いかけようとするアンリエッタを、慎一が引き止める。
「お忍びなんだろ? 今日は帰りな 姫さん」
「でも・・・」
「ああなったら もうテコでも動かねえさ
今回は俺のミスだ 俺の主人は任務を引き受けた
だったら俺も 使い魔とやらの任務を果たすまでさ」
「それじゃあ」
「気には入らねえがな」
「ありがとう・・・ありがとう ゴリラさん」
・
・
・
― 帰り際、アンリエッタはルイズの部屋を見上げ、深くお辞儀をした。
主の居ない部屋でそれを見届けた慎一は、右手に瞬くルーン文字を見ながらぼやいた。
「まったくよお ウチの姫さんがたは 面倒臭ぇ仕事ばっかり押し付けやがる・・・」
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