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「もう一人の『左手』-11」(2008/02/23 (土) 13:12:09) の最新版変更点
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「キュルケ」
「なによ」
「あんた、……確か、風竜を使い魔にしている、あの娘と仲が良かったわよね?」
「タバサのこと? まあ、付き合いはあるけど……それが?」
「その娘、まだ起きてる?」
「まあ、宵っ張りで本の虫だから、ひょっとしたら、まだ起きてるかも……って、どこ行くのよアンタ!?」
「決まってるでしょっ!! その娘のところに行って、ドラゴンを借りるのよっ!!」
そう叫ぶや否や、ルイズは宝物庫を飛び出した。……それから15分後、紆余曲折の果てに、魔法学院の上空に、赤・青・桃の3色の頭を乗せたシルフィードが飛び立って行くのが見えた。誰も見ている者はいなかったが。
夜風が身にしみる。
寒風吹きすさぶ冬の夜空を駆けるドラゴンの背は、恐ろしく寒い。本来なら、暖かいベッドの中で布団にくるまれている時間であるだけに、この寒さは一際だ。
キュルケとしても、もはや行きがかり上、ルイズに付き合わざるを得なかったとは言え、この成り行きに100%納得しているわけではない。
だから、タバサが、こうもアッサリこの一件に協力してくれた事を、キュルケは、かなり不思議に思っていた。いつもは、他人の揉め事など全く興味を示さないはずの、この寡黙な少女が、なぜ、ここまで協力的な態度を示すのか。
「ルイズ」
それまで、竜の首に跨って、黙々と読書に勤しんでいたはずの彼女が、ふと、眼鏡の位置を直しながら、ルイズを振り返った。
「――え? なに?」
高速移動中ゆえの向かい風にガチガチ震えていたルイズは、不意に名を呼ばれて、驚きの声を出す。だが、ルイズからすれば無理も無い。普段は聾唖者かと思われるほどに無口なこの少女が、いきなり自分の名を呼んだのだ。
こんな夜中に叩き起こして、使い魔を借りておいて今更だが――それでも、この寡黙な少女が自らコミュニケーションを取って来たことに、驚きを禁じえなかった。
「聞きたいことがある」
そう言うと、タバサは器用に、シルフィードの背をずりずりと座ったまま、移動してきた。
「なっ、なによ……?」
「カザミシロウのこと」
その名を出された瞬間、ルイズの顔から感情は消えた。
「彼は何者なの?」
「かめ……ばずーか?」
たしかに、『杖』の中ほどに、ちょこんと、小さな黒い物体が付着している
言われて見れば、亀の甲羅に見えないことも無い……。
しかし、それが一体どうしたというのだ?
亀はともかく、「ばずーか」という言葉の意味は分からない。だが、それでもフーケにとって、この才人の反応が、全く不可解なものであったのは当然だ。
そして、その疑問は、やがて、この『杖』に対する期待へと置換される。
覗き見た者を、これほどまでに怯えさせる“情報”とは一体何だったのか?
それほどの“情報”を秘めた、この『杖』の正体とは、一体何だったのか?
――少なくとも、単なるガラクタじゃない事は、確かだねえ……!!
「立ちな、坊や!!」
フーケは、山小屋の隅でガタガタ震える才人を捕まえ、無理やり立たせた。しかし、彼はまだショックから立ち直れないらしく、顔を真っ青にしてブツブツ小声で、何かを呟いている。
「かっ、カメバズーカ……!? 嘘だろ? ありえねえありえねえありえねえありえねえ……」
「いい加減にしな!! 何を見たのか知らないが――いや、何を見たのか、今すぐここで、全部吐いてもらうよっ!! アレは一体、何だったんだいっ!?」
才人は、うつろな、仔犬のように怯えた眼差しで、フーケを見た。
フーケは、その目を見た瞬間、さすがに嫌な予感に気圧されてしまった。
もとよりフーケは、この少年がただの“平民”では無いことを知っている。
学院長室の壁に、『練金』で小さな穴をあけ、そこで為される会話を、可能な限り“盗聴”している彼女は、ルイズ・ラ・ヴァリエールが召喚したこの少年が、何者であるかを既に知っている。
(そのクセに、風見が改造人間であることを知らなかったが)
異世界から召喚された、伝説のルーンをその身に刻む、虚無の使い魔『ガンダールヴ』。
ドットクラスとはいえ、メイジと決闘し、なおかつ一歩も退かない激しい気性の持ち主。
そんな少年を、ここまで怯えさせるとは、……もしかして自分は、何かとんでもなく危険な“物体”を持ち出してしまったのか……?
そう思った瞬間、才人の口が、ようやく他人に伝達する意思を含んだ言葉を、彼女の耳に届かせた。
「――カメバズーカ……デストロンの怪人、改造人間……東京都全滅作戦のために、体内に――げっ、げっ、げっ、げっ……!!」
「はあっ!? なに言ってるんだいアンタ!?」
「原爆を……ヒロシマ型原子爆弾を内臓……!!」
「――爆弾……だってぇ!?」
さすがに、その一言は、フーケを黙らせるだけの威力を持ち合わせていた。
そして、その瞬間、才人は先程食べたパンを――それ以前に食べた昼食を含めて――吐いた。
才人は、文字通り気が狂いそうだった。
その妙ちくりんなバズーカを触った瞬間、圧倒的な量の情報が脳に流し込まれた。
改造人間カメバズーカという個体が所有する、驚異的な戦闘能力と破壊能力。
彼を改造した、暗黒組織デストロンの暝い意思・歪んだ野望・社会と世界に対する純粋な悪意。
東京都全滅作戦を妨害し、自分を殺した仮面ライダー1号2号への苛烈なまでの復讐心。
そして、デストロンによって誘拐、改造され、洗脳によって封じ込められた、名もなき健康な、一人の市民の悲鳴……!!
いや、いや、いや、問題はそこじゃねえ!!
なのに、何故コイツがここにいる!?
『仮面ライダーV3』は、あくまでフィクションだったはずなのだ。
すでにして、風見志郎が身近に召喚されている以上、彼と戦っていた“怪人”がここにいても、何の不思議も無い。――というのは理屈だ。あくまでも理屈だ。納得しろと言われて、納得できる者など、いるわけが無い。
この怪人の実在を認めると言う事は、本郷猛や一文字隼人の存在も、いやいや、それだけではない。才人がかつて熱狂した、ブラウン管の向こう側の存在、それらがみな実在している可能性すら内包している事になる。
いやいやいやいや!! 問題はそれですらねえ!!
ハルケギニアに召喚されて、すでに一週間以上たつが、――才人は風見を、未だにある種の抵抗無しには見られない。むしろ、異邦人であるはずのルイズやキュルケの方が、現実味のある存在として受け入れられる。
それは何故か?
ふと、そう思った時、ようやく才人は理解した。
風見や、このカメバズーカの存在が、才人に、嫌でも『サモン・サーヴァント』に於ける、ある恐るべき可能性を示唆している事実に気付いたからだ。
いや、気付いたのは今ではない。もうずっと前、風見志郎と初めて出会った瞬間から、もう才人は気付いていたはずなのだ。ただ、潜在意識がそれを認めてしまうのを、必死になって抵抗していただけだったのだ。
「もういやだ……母ちゃん……おれ、耐えられないよ……!!」
才人の正気は、これ以上、この受け入れがたい現実を前に、回路を切った。
自我を、狂気の侵蝕から防衛するために。
自身の吐裟物にまみれた床の上に、糸を切られた人形のように、才人は崩れ落ちた。
「ちょっ、ちょっと、坊や、――なに寝てるんだよっ!! とっとと起きなっ!!」
再び失神した才人を、叩き起こそうとしてフーケは、不意に動きを止めた。
『破壊の杖』にへばりついた、小さな石ころのように干からびた、亀の甲羅。
「まさか、ね……!」
それが、僅かながら、……動いた気がしたのだ。
そして、おそろしく小さい音であったが、何かがうめくような声さえも。
……ずぅぅぅぅ……かぁぁぁぁぁ……。
目的地まで、あと約2km。
V3ホッパーの教える最終誘導地は、この林道沿いの小さな山小屋。
いかに『土くれのフーケ』が名うての盗賊だったといっても、まさか、こんなに早く正確に、自分が追いついてくるとは予想していまい。ならば、不意をつける。上手くすれば、女がゴーレムを出す前にカタをつけられるかも知れない。
しかし、この暗い山道のどこかに、もしフーケの使い魔が見張りをしていたら、バイクの駆動音は、いくら何でも目立ち過ぎる。そういう意味では、ライトも同じだ。
ならば、そろそろ、ハリケーンを捨てるか?
ハルケギニアの夜は明るい。二つの月が煌煌と輝いている以上、闇夜に方角を失う事は無い。
俺が気配を消して、徒歩で近付けば、……しかし、いまの体調を鑑みれば、体力の無駄な消耗は、可能な限り避けたい。
(っっ!?)
だが、その瞬間、風見は、遥か上空から自分めがけて、何者かが接近してくるのを感じた。重く、太い、大きな気配が。
「――ちっ!」
思わず、舌打ちをし、急ブレーキをかける。
一瞬、フーケの使い魔かと思ったが、次の刹那には、気配の正体に風見は気付いていたからだ。
重くて大きい気配に混じって、敵意なき無邪気な気配、――それが三つ。
おそらくは、彼の主を名乗る少女と、その級友たち。
果たして、彼の数m先に舞い降りた、巨大な竜の背に乗っていた、3人の少女たち。
「カザミ!!」
そこからぴょんと飛び降りて、まっしぐらにこっちへ向かってくるピンク色の頭髪。
――ルイズ・ラ・ヴァリエール。
風見は小さく溜め息をついた。
「アンタどういう了見!? 御主人様を置いて先に行くなんて!!」
「……」
風見は肩をすくませながら、エンジンを切り、ヘルメットを脱いだ。
「何をしに来たヴァリエール」
彼の眼差しは、相変わらず人を拒む冷たい光を放っていた。
「――何をしにって……!!」
イキナリそう言われて、ルイズは、思わず立ち竦む
さすがに彼女といえど、ここまでの言われようは予想外だったようだ。ルイズはてっきり、風見が、自分とともに才人を救いに行く事に、同意していると思っていたから。
だが、彼女を見つめる男の瞳は、おそろしく冷ややかだった。
「きみたち」
風見は、その目をルイズではなく、その向こうの風竜の背にいまだ座っている二人の少女に目を向けた。確か一人は、ルイズの隣人のツェルプストーとかいったか。もう一人の青い髪の少女は知らなかったが、おそらくは、彼女たちの学友か級友か。
まあ、どっちでもいい。
そう思った瞬間、風見は気付いた。三人目の名も知らぬ碧髪の少女が放つ、尋常ならざる鋭い眼光に。
(何者だ!?)
思わず、体が警戒信号を放つ。
しかし、今はそんな事をしている場合ではない。
ルイズの傍らにいるということは、少なくとも、敵ではないと判断していいはずだ。
なら、取り敢えずは、問題ではない。
風見は、先程言いかけた言葉を、再び口にした。
「きみたち、済まないが、ヴァリエールを学院まで送り届けてくれないか?」
ルイズは、しばし、絶句した。
「まっ、待ちなさいよっ!! アンタ一体どういうつもりっ!?」
「どうもこうもない。便宜上とは言え、お前は俺の主だ。あえて死地に道ずれにする気は無い」
「サイトは――サイトはわたしの使い魔なのよっ!! 貴族に使い魔の命を見捨てろって言うの!?」
「主を死なせては、使い魔もクソも無い」
「いやよっ!! 絶対に帰らないわっ!!」
ルイズの拳は、その白い肌が、さらに青白くなるまで握り締められ、彼女の並々ならぬ決心と覚悟を物語っていた。
「――ねえ、カザミ」
キュルケが、シルフィードの背から飛び降り、ルイズの隣に並ぶ。
「確かに貴方の言う事にも一理あるわ。でも、この子は仮にも貴方の主なのよ? そう邪険にする事は無いでしょう?」
そう言われて、風見は、お前は口を出すなと言わんばかりの目で、キュルケを見つめたが、……やがて、諦めたように、深い溜め息をついた。
「なら、――言い方を変えよう」
「どういう意味?」
そう問い掛けるキュルケには答えず、風見は言った。
「ヴァリエール。お前がいると戦闘の邪魔なんだ」
「なっ!?」
「お前は奴らとは戦えない。自分の身を自分で守れない。――足手まといだ」
ルイズは震えた。
体から、全ての力が流れ出し、思わずへたり込みそうになった。
しかし、何とかこらえ、風見を睨みつける。
そうやって気を張っていないと、二度と立てなくなってしまいそうだったから。
ギーシュに『メイジじゃない』と言われた時も、同様の震えは起きた。が、今度の風見の言葉の刃の鋭さは、ギーシュの比ではない。
ギーシュの言葉に含まれた、安っぽい悪意、挑発、傲慢、偏見。そういったニュアンスを、ルイズは、今の風見の言葉に、1mmたりとも見つけられなかったからだ。
彼のいま発した言葉は、紛れも無い客観的事実にのみ基づいた言葉である、ということが、彼女にもはっきりと感じ取れたからだ。
「あ、あんた……平民のクセに、いったい何様のつもりよぉっ!!」
いまの風見の“暴言”には、さすがにキュルケも反応せざるを得ない。
永年の宿敵であり、悪友とでも呼ぶべき少女を侮辱された、というだけではない。
風見のいまの言葉が、何もルイズ一人にのみ向けられた言葉ではないことを、キュルケは敏感に感じ取ったからだ。
しかし、風見は眉一筋動かさない。少女たちの火のような視線を、こともなげに受け止め、ハリケーンから降り立つ。
「確かに俺は貴族では――メイジではない」
その時、風見の身体から、熱い風のうねりのようなものが発散された。
(えっ?)
いや、錯覚ではない。その証拠に、風見の腰に燦然と輝く、変身ベルト“ダブルタイフーン”
――変身、
「だが、……俺はそれ以上に」
――V3!!
「ただの人間でも、無い……!!」
「カザミシロウ……カイゾーニンゲン……!!」
シルフィードの背で、タバサが呟いた。その目を驚愕で、大きく見開きながら。
そんなタバサの囁き声が聞き取れないほど、V3の五官はにぶくはない。
(やはり、喋ってやがったか、ヴァリエールの奴)
しかし、その事に対する腹立ちは無い。
その事態を予想したからこそ、あえて変身し、この異形の姿を見せつけたのだ。
俺は――風見志郎は、ただの平民ではないと。
お前らでは戦えないと彼女たちに指摘した以上、俺独りでも、フーケのゴーレム相手に充分戦えるのだと、そう分からせるために。
V3が恐れているのは、彼女たちがフーケに何かをされることではない。
いまの、パワーの調節が利かない自分とゴーレムとの戦闘に、彼女たちを巻き込んでしまう。それこそが、彼の最も忌むべき事態だったのだ。
風見――V3は、そのままハリケーンから離れ、ルイズとキュルケの横を、スレ違うように通り過ぎる。
どちらにしろ、彼はここからは、徒歩で向かうつもりだった。
そして、タバサとシルフィードの前に差し掛かった瞬間、
「待ちなさいよっ!!」
ルイズの一喝が、彼の足を止めた。
「お前は戦えない……そう言ったわよね、あんた」
「ああ」
「意見を変えろ、とは言わないわ。確かにそれは、あんたの言う通りだから――でも」
「でも?」
そこでV3は初めて、ルイズを振り返った。
少女の、小さな身体に似合わぬ、爛々と光る目がそこにあった。
「サイトは、……ギーシュと戦えると思ったから戦ったわけじゃないわ!!」
「……」
「戦えると思うから戦う。戦えないと思うから戦わない。――それは正しいかも知れない。でも、でも……」
「……」
「――人には、戦うべきときがあるはずよっ!! 勝ち負けに関係なくね!!」
そう叫んだルイズの眼差しは、さしものV3すらたじろがせる気迫があった。
「ヴァリエール……」
そう呟いたV3に、タバサがぽつりと言った。
「あなたの負け」
(ちっ)
内心、舌打ちをすると同時に、風見の胸の内に、苦笑いが込み上げる。
(確かに、一本取られたか……)
彼の胸中に、家族を自分の眼前で、むざむざとハサミジャガーに殺された時の、あの言いようの無い怒りが、疼くように思い出される。
(戦えないから戦わない……それは違う。たしかにな……)
「ヴァリエール、俺の指示に従えるか?」
「えっ?」
V3は、タバサを含めて、その場にいる3人の少女を順々に見回し、
「いや、ヴァリエールだけじゃない。お前ら全員、俺の指示に従えるかと訊いているんだ」
「……どういう事……?」
「平賀の救出作戦に、お前らが参加するならば、改めてプランを練り直す必要がある。お前ら一人一人に、何が出来て、何が出来ないのか、それらを把握した上で、新たに作戦を立てる必要がある」
「あんたが戦闘指揮をとる。――そういう事?」
キュルケが、いかにも不服そうに口を開く。
「あんたみたいな得体の知れない奴には従えない、って言ったら、どうするの?」
「ここから帰ってもらう」
ナタで割ったように、V3は即答する。
「帰りたくないし、従う気もない。そう言うなら、――悪いが、ここで全員、眠ってもらう事になる」
「へえ……!」
さすがに、そこまで言われては、キュルケの赤毛も、怒りで逆立つ。
「一応言っとくけど、あたしとタバサはトライアングルよ……それでも、あたしたち全員を相手に勝てるつもりなの……!?」
「待ってキュルケっ!!」
そう言って、一触即発のV3とキュルケの間に入って来たのは、ルイズだった。
「従うわカザミっ!! あなたが立てた作戦に。だから、もうこれ以上はやめてっ!!」
「ルイズっ! どきなさいっ!!」
目を血走らせて、杖を構えるキュルケ。しかし、そんな彼女の胸倉を、ルイズは引っ掴んだ。
「いま、この瞬間にも、サイトは殺されかけているかも知れないのよ……!! こんなところで遊んでる暇なんか、どこにも無いのよっ!! 何で、それがわからないのよっ!?」
その時だった。
「あなたに任せる」
叫んだルイズ。
怒鳴られたキュルケ。
そんな二人の気勢を削ぐように、タバサがV3を見つめて、低く響く声で言った。
「タバサ……!?」
「それが一番早い」
タバサが、キュルケを向き直って言った。
そしてルイズも、上目遣いにキュルケを睨みつける。
もはや、こうなってしまっては、いかに強情な彼女といえど、空気を読まざるを得ない。
「分かったわよっ!! 言うこと聞きゃあいいんでしょっ!! 好きにしなさいよ、もうっ!!」
亀の甲羅が、ぴくりと震えだしてから、もう数十秒が立っている。
そして、その振動が増すごとに、甲羅の体積が、徐々に徐々に、巨大化してゆく。
……ずぅぅぅぅ……かぁぁぁぁ……!!
地獄の底から聞こえてくるような、そんなうなり声が響く。
その瞬間、ようやくフーケは、凍り付いていた体のヒューズが繋がった事に気付く。
もう、間違いない。疑いようが無い。
幾多の危機を乗り越えてきた、フーケの無二の相棒『女の勘』が、警報ランプを音量最大にして、わめきたてる。
――やばい、やばい、やばい、やばいやばいやばいやばいやばい!!
フーケは走った。
才人を、ドアから山小屋の外に放り出し、自らも飛び出すと、すぐさま可能な限り巨大なゴーレムを錬成する。――が、ありったけの魔力を込めたにもかかわらず、ゴーレムの身長は、10m以上伸びなかった。
(ちぃっ!!)
分かっている。
V3を相手に戦った時に、ゴーレムの錬成に使った魔力が、まだ回復していないのだ。
普通なら、10mクラスのゴーレムでも、並みのメイジなら束になってかかられても怖くは無い。
しかし、――今は違う。
この得体の知れない恐怖から逃れるためには、たとえ30mクラスのゴーレムでも、不安だった。
「ずぅぅぅぅかぁぁぁぁぁ!!」
その瞬間だった。
山小屋が、凄まじい音を立てて、爆発を起こした。
「くあああっ!?」
フーケは、才人を引っ掴むと、とっさにゴーレムを盾にして爆風を逃れた。
しかし、その肝心のゴーレムは、彼女の本来の魔力の三分の一のパワーしか発揮できない。
爆発そのものは、ゴーレムが壁になってくれたおかげで、やりすごせた。
だが、その数秒後、ゴーレムがこっちに倒れ込んでくるのが、彼女には見えた。
「うわあああああああっ!!」
ゴーレムの下敷きになる、という確実な死の予感が、フーケの動きを凍りつかせる。
しかし、……ゴーレムが地響きを立てて倒れた時、彼女は少年の胸に抱かれていた。
「おいっ、大丈夫かよっ!?」
才人の左手のルーンが光っている。
見ると、彼はフーケを抱き上げながらも、その右手に、赤く錆びたナタを握っている。
おそらくは、山小屋の薪割り用の物であろうが、少年が、いつの間にそんな物を握ったのか、彼女自身全く気付けなかったことに、内心舌打ちをする。
が、次の瞬間、そんな苛立ちなど、吹き飛んでしまうほどの戦慄が、フーケを襲った。
ケシ飛んだはずの山小屋。
そのもうもうたる土煙の中で、誰かが、――いや、“何か”が蠢いているのが見える。
「――カメ……バズーカ……!!」
才人が、絶望に満ちた声で、つぶやく。
「ズゥゥゥゥゥカァァァァァァ!!!」
なるほど、カメバズーカとはよく名付けたものだ。
ウミガメほどもある巨大な甲羅を背負い、直立歩行する一匹のカメ。
その背(甲羅)には、『破壊の杖』の本体たる、1・5mほどの灰色のバズーカガ取り付けられ、何故か黒い手袋に黒いブーツ。ベルトのバックルは、サソリのリレーフが刻まれている。
「な……なに、あれ……!!?」
――ばけものだ。
カザミシロウが変身した時も、その異形の姿に瞠目したものだが、――あの“ばけもの”が放つ、凄絶なまでの妖気は、まさにカザミの比ではない!!
「ゴーレム!!」
反射的にフーケは、ゴーレムに命令を出していたが、その瞬間、カメバズーカはこちらの殺気に気付いたかのように、ギラリと青く光る目を向け、背中のバズーカを発射した。
「うそ……!!」
信じられなかった。
いかに本来の魔力の三分の一しか発揮できなかったとはいえ、この『土くれ』のゴーレムが、一撃で、コナゴナに粉砕されてしまったなどと!!
「逃げろっ!! 逃げるんだ!!」
ルーンを光らせた才人が、フーケを抱えて、人間離れした速度で走り出す。
だが、その一瞬、彼は見ていた。
カメバズーカの胸に刻まれた、光り輝く刻印を。
そして、それは、自分や風見の左手に刻まれた謎のルーン文字と、同じ文体であったことを。
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#navi(もう一人の『左手』)
「キュルケ」
「なによ」
「あんた、……確か、風竜を使い魔にしている、あの娘と仲が良かったわよね?」
「タバサのこと? まあ、付き合いはあるけど……それが?」
「その娘、まだ起きてる?」
「まあ、宵っ張りで本の虫だから、ひょっとしたら、まだ起きてるかも……って、どこ行くのよアンタ!?」
「決まってるでしょっ!! その娘のところに行って、ドラゴンを借りるのよっ!!」
そう叫ぶや否や、ルイズは宝物庫を飛び出した。……それから15分後、紆余曲折の果てに、魔法学院の上空に、赤・青・桃の3色の頭を乗せたシルフィードが飛び立って行くのが見えた。誰も見ている者はいなかったが。
夜風が身にしみる。
寒風吹きすさぶ冬の夜空を駆けるドラゴンの背は、恐ろしく寒い。本来なら、暖かいベッドの中で布団にくるまれている時間であるだけに、この寒さは一際だ。
キュルケとしても、もはや行きがかり上、ルイズに付き合わざるを得なかったとは言え、この成り行きに100%納得しているわけではない。
だから、タバサが、こうもアッサリこの一件に協力してくれた事を、キュルケは、かなり不思議に思っていた。いつもは、他人の揉め事など全く興味を示さないはずの、この寡黙な少女が、なぜ、ここまで協力的な態度を示すのか。
「ルイズ」
それまで、竜の首に跨って、黙々と読書に勤しんでいたはずの彼女が、ふと、眼鏡の位置を直しながら、ルイズを振り返った。
「――え? なに?」
高速移動中ゆえの向かい風にガチガチ震えていたルイズは、不意に名を呼ばれて、驚きの声を出す。だが、ルイズからすれば無理も無い。普段は聾唖者かと思われるほどに無口なこの少女が、いきなり自分の名を呼んだのだ。
こんな夜中に叩き起こして、使い魔を借りておいて今更だが――それでも、この寡黙な少女が自らコミュニケーションを取って来たことに、驚きを禁じえなかった。
「聞きたいことがある」
そう言うと、タバサは器用に、シルフィードの背をずりずりと座ったまま、移動してきた。
「なっ、なによ……?」
「カザミシロウのこと」
その名を出された瞬間、ルイズの顔から感情は消えた。
「彼は何者なの?」
「かめ……ばずーか?」
たしかに、『杖』の中ほどに、ちょこんと、小さな黒い物体が付着している
言われて見れば、亀の甲羅に見えないことも無い……。
しかし、それが一体どうしたというのだ?
亀はともかく、「ばずーか」という言葉の意味は分からない。だが、それでもフーケにとって、この才人の反応が、全く不可解なものであったのは当然だ。
そして、その疑問は、やがて、この『杖』に対する期待へと置換される。
覗き見た者を、これほどまでに怯えさせる“情報”とは一体何だったのか?
それほどの“情報”を秘めた、この『杖』の正体とは、一体何だったのか?
――少なくとも、単なるガラクタじゃない事は、確かだねえ……!!
「立ちな、坊や!!」
フーケは、山小屋の隅でガタガタ震える才人を捕まえ、無理やり立たせた。しかし、彼はまだショックから立ち直れないらしく、顔を真っ青にしてブツブツ小声で、何かを呟いている。
「かっ、カメバズーカ……!? 嘘だろ? ありえねえありえねえありえねえありえねえ……」
「いい加減にしな!! 何を見たのか知らないが――いや、何を見たのか、今すぐここで、全部吐いてもらうよっ!! アレは一体、何だったんだいっ!?」
才人は、うつろな、仔犬のように怯えた眼差しで、フーケを見た。
フーケは、その目を見た瞬間、さすがに嫌な予感に気圧されてしまった。
もとよりフーケは、この少年がただの“平民”では無いことを知っている。
学院長室の壁に、『練金』で小さな穴をあけ、そこで為される会話を、可能な限り“盗聴”している彼女は、ルイズ・ラ・ヴァリエールが召喚したこの少年が、何者であるかを既に知っている。
(そのクセに、風見が改造人間であることを知らなかったが)
異世界から召喚された、伝説のルーンをその身に刻む、虚無の使い魔『ガンダールヴ』。
ドットクラスとはいえ、メイジと決闘し、なおかつ一歩も退かない激しい気性の持ち主。
そんな少年を、ここまで怯えさせるとは、……もしかして自分は、何かとんでもなく危険な“物体”を持ち出してしまったのか……?
そう思った瞬間、才人の口が、ようやく他人に伝達する意思を含んだ言葉を、彼女の耳に届かせた。
「――カメバズーカ……デストロンの怪人、改造人間……東京都全滅作戦のために、体内に――げっ、げっ、げっ、げっ……!!」
「はあっ!? なに言ってるんだいアンタ!?」
「原爆を……ヒロシマ型原子爆弾を内臓……!!」
「――爆弾……だってぇ!?」
さすがに、その一言は、フーケを黙らせるだけの威力を持ち合わせていた。
そして、その瞬間、才人は先程食べたパンを――それ以前に食べた昼食を含めて――吐いた。
才人は、文字通り気が狂いそうだった。
その妙ちくりんなバズーカを触った瞬間、圧倒的な量の情報が脳に流し込まれた。
改造人間カメバズーカという個体が所有する、驚異的な戦闘能力と破壊能力。
彼を改造した、暗黒組織デストロンの暝い意思・歪んだ野望・社会と世界に対する純粋な悪意。
東京都全滅作戦を妨害し、自分を殺した仮面ライダー1号2号への苛烈なまでの復讐心。
そして、デストロンによって誘拐、改造され、洗脳によって封じ込められた、名もなき健康な、一人の市民の悲鳴……!!
いや、いや、いや、問題はそこじゃねえ!!
なのに、何故コイツがここにいる!?
『仮面ライダーV3』は、あくまでフィクションだったはずなのだ。
すでにして、風見志郎が身近に召喚されている以上、彼と戦っていた“怪人”がここにいても、何の不思議も無い。――というのは理屈だ。あくまでも理屈だ。納得しろと言われて、納得できる者など、いるわけが無い。
この怪人の実在を認めると言う事は、本郷猛や一文字隼人の存在も、いやいや、それだけではない。才人がかつて熱狂した、ブラウン管の向こう側の存在、それらがみな実在している可能性すら内包している事になる。
いやいやいやいや!! 問題はそれですらねえ!!
ハルケギニアに召喚されて、すでに一週間以上たつが、――才人は風見を、未だにある種の抵抗無しには見られない。むしろ、異邦人であるはずのルイズやキュルケの方が、現実味のある存在として受け入れられる。
それは何故か?
ふと、そう思った時、ようやく才人は理解した。
風見や、このカメバズーカの存在が、才人に、嫌でも『サモン・サーヴァント』に於ける、ある恐るべき可能性を示唆している事実に気付いたからだ。
いや、気付いたのは今ではない。もうずっと前、風見志郎と初めて出会った瞬間から、もう才人は気付いていたはずなのだ。ただ、潜在意識がそれを認めてしまうのを、必死になって抵抗していただけだったのだ。
「もういやだ……母ちゃん……おれ、耐えられないよ……!!」
才人の正気は、これ以上、この受け入れがたい現実を前に、回路を切った。
自我を、狂気の侵蝕から防衛するために。
自身の吐裟物にまみれた床の上に、糸を切られた人形のように、才人は崩れ落ちた。
「ちょっ、ちょっと、坊や、――なに寝てるんだよっ!! とっとと起きなっ!!」
再び失神した才人を、叩き起こそうとしてフーケは、不意に動きを止めた。
『破壊の杖』にへばりついた、小さな石ころのように干からびた、亀の甲羅。
「まさか、ね……!」
それが、僅かながら、……動いた気がしたのだ。
そして、おそろしく小さい音であったが、何かがうめくような声さえも。
……ずぅぅぅぅ……かぁぁぁぁぁ……。
目的地まで、あと約2km。
V3ホッパーの教える最終誘導地は、この林道沿いの小さな山小屋。
いかに『土くれのフーケ』が名うての盗賊だったといっても、まさか、こんなに早く正確に、自分が追いついてくるとは予想していまい。ならば、不意をつける。上手くすれば、女がゴーレムを出す前にカタをつけられるかも知れない。
しかし、この暗い山道のどこかに、もしフーケの使い魔が見張りをしていたら、バイクの駆動音は、いくら何でも目立ち過ぎる。そういう意味では、ライトも同じだ。
ならば、そろそろ、ハリケーンを捨てるか?
ハルケギニアの夜は明るい。二つの月が煌煌と輝いている以上、闇夜に方角を失う事は無い。
俺が気配を消して、徒歩で近付けば、……しかし、いまの体調を鑑みれば、体力の無駄な消耗は、可能な限り避けたい。
(っっ!?)
だが、その瞬間、風見は、遥か上空から自分めがけて、何者かが接近してくるのを感じた。重く、太い、大きな気配が。
「――ちっ!」
思わず、舌打ちをし、急ブレーキをかける。
一瞬、フーケの使い魔かと思ったが、次の刹那には、気配の正体に風見は気付いていたからだ。
重くて大きい気配に混じって、敵意なき無邪気な気配、――それが三つ。
おそらくは、彼の主を名乗る少女と、その級友たち。
果たして、彼の数m先に舞い降りた、巨大な竜の背に乗っていた、3人の少女たち。
「カザミ!!」
そこからぴょんと飛び降りて、まっしぐらにこっちへ向かってくるピンク色の頭髪。
――ルイズ・ラ・ヴァリエール。
風見は小さく溜め息をついた。
「アンタどういう了見!? 御主人様を置いて先に行くなんて!!」
「……」
風見は肩をすくませながら、エンジンを切り、ヘルメットを脱いだ。
「何をしに来たヴァリエール」
彼の眼差しは、相変わらず人を拒む冷たい光を放っていた。
「――何をしにって……!!」
イキナリそう言われて、ルイズは、思わず立ち竦む
さすがに彼女といえど、ここまでの言われようは予想外だったようだ。ルイズはてっきり、風見が、自分とともに才人を救いに行く事に、同意していると思っていたから。
だが、彼女を見つめる男の瞳は、おそろしく冷ややかだった。
「きみたち」
風見は、その目をルイズではなく、その向こうの風竜の背にいまだ座っている二人の少女に目を向けた。確か一人は、ルイズの隣人のツェルプストーとかいったか。もう一人の青い髪の少女は知らなかったが、おそらくは、彼女たちの学友か級友か。
まあ、どっちでもいい。
そう思った瞬間、風見は気付いた。三人目の名も知らぬ碧髪の少女が放つ、尋常ならざる鋭い眼光に。
(何者だ!?)
思わず、体が警戒信号を放つ。
しかし、今はそんな事をしている場合ではない。
ルイズの傍らにいるということは、少なくとも、敵ではないと判断していいはずだ。
なら、取り敢えずは、問題ではない。
風見は、先程言いかけた言葉を、再び口にした。
「きみたち、済まないが、ヴァリエールを学院まで送り届けてくれないか?」
ルイズは、しばし、絶句した。
「まっ、待ちなさいよっ!! アンタ一体どういうつもりっ!?」
「どうもこうもない。便宜上とは言え、お前は俺の主だ。あえて死地に道ずれにする気は無い」
「サイトは――サイトはわたしの使い魔なのよっ!! 貴族に使い魔の命を見捨てろって言うの!?」
「主を死なせては、使い魔もクソも無い」
「いやよっ!! 絶対に帰らないわっ!!」
ルイズの拳は、その白い肌が、さらに青白くなるまで握り締められ、彼女の並々ならぬ決心と覚悟を物語っていた。
「――ねえ、カザミ」
キュルケが、シルフィードの背から飛び降り、ルイズの隣に並ぶ。
「確かに貴方の言う事にも一理あるわ。でも、この子は仮にも貴方の主なのよ? そう邪険にする事は無いでしょう?」
そう言われて、風見は、お前は口を出すなと言わんばかりの目で、キュルケを見つめたが、……やがて、諦めたように、深い溜め息をついた。
「なら、――言い方を変えよう」
「どういう意味?」
そう問い掛けるキュルケには答えず、風見は言った。
「ヴァリエール。お前がいると戦闘の邪魔なんだ」
「なっ!?」
「お前は奴らとは戦えない。自分の身を自分で守れない。――足手まといだ」
ルイズは震えた。
体から、全ての力が流れ出し、思わずへたり込みそうになった。
しかし、何とかこらえ、風見を睨みつける。
そうやって気を張っていないと、二度と立てなくなってしまいそうだったから。
ギーシュに『メイジじゃない』と言われた時も、同様の震えは起きた。が、今度の風見の言葉の刃の鋭さは、ギーシュの比ではない。
ギーシュの言葉に含まれた、安っぽい悪意、挑発、傲慢、偏見。そういったニュアンスを、ルイズは、今の風見の言葉に、1mmたりとも見つけられなかったからだ。
彼のいま発した言葉は、紛れも無い客観的事実にのみ基づいた言葉である、ということが、彼女にもはっきりと感じ取れたからだ。
「あ、あんた……平民のクセに、いったい何様のつもりよぉっ!!」
いまの風見の“暴言”には、さすがにキュルケも反応せざるを得ない。
永年の宿敵であり、悪友とでも呼ぶべき少女を侮辱された、というだけではない。
風見のいまの言葉が、何もルイズ一人にのみ向けられた言葉ではないことを、キュルケは敏感に感じ取ったからだ。
しかし、風見は眉一筋動かさない。少女たちの火のような視線を、こともなげに受け止め、ハリケーンから降り立つ。
「確かに俺は貴族では――メイジではない」
その時、風見の身体から、熱い風のうねりのようなものが発散された。
(えっ?)
いや、錯覚ではない。その証拠に、風見の腰に燦然と輝く、変身ベルト“ダブルタイフーン”
――変身、
「だが、……俺はそれ以上に」
――V3!!
「ただの人間でも、無い……!!」
「カザミシロウ……カイゾーニンゲン……!!」
シルフィードの背で、タバサが呟いた。その目を驚愕で、大きく見開きながら。
そんなタバサの囁き声が聞き取れないほど、V3の五官はにぶくはない。
(やはり、喋ってやがったか、ヴァリエールの奴)
しかし、その事に対する腹立ちは無い。
その事態を予想したからこそ、あえて変身し、この異形の姿を見せつけたのだ。
俺は――風見志郎は、ただの平民ではないと。
お前らでは戦えないと彼女たちに指摘した以上、俺独りでも、フーケのゴーレム相手に充分戦えるのだと、そう分からせるために。
V3が恐れているのは、彼女たちがフーケに何かをされることではない。
いまの、パワーの調節が利かない自分とゴーレムとの戦闘に、彼女たちを巻き込んでしまう。それこそが、彼の最も忌むべき事態だったのだ。
風見――V3は、そのままハリケーンから離れ、ルイズとキュルケの横を、スレ違うように通り過ぎる。
どちらにしろ、彼はここからは、徒歩で向かうつもりだった。
そして、タバサとシルフィードの前に差し掛かった瞬間、
「待ちなさいよっ!!」
ルイズの一喝が、彼の足を止めた。
「お前は戦えない……そう言ったわよね、あんた」
「ああ」
「意見を変えろ、とは言わないわ。確かにそれは、あんたの言う通りだから――でも」
「でも?」
そこでV3は初めて、ルイズを振り返った。
少女の、小さな身体に似合わぬ、爛々と光る目がそこにあった。
「サイトは、……ギーシュと戦えると思ったから戦ったわけじゃないわ!!」
「……」
「戦えると思うから戦う。戦えないと思うから戦わない。――それは正しいかも知れない。でも、でも……」
「……」
「――人には、戦うべきときがあるはずよっ!! 勝ち負けに関係なくね!!」
そう叫んだルイズの眼差しは、さしものV3すらたじろがせる気迫があった。
「ヴァリエール……」
そう呟いたV3に、タバサがぽつりと言った。
「あなたの負け」
(ちっ)
内心、舌打ちをすると同時に、風見の胸の内に、苦笑いが込み上げる。
(確かに、一本取られたか……)
彼の胸中に、家族を自分の眼前で、むざむざとハサミジャガーに殺された時の、あの言いようの無い怒りが、疼くように思い出される。
(戦えないから戦わない……それは違う。たしかにな……)
「ヴァリエール、俺の指示に従えるか?」
「えっ?」
V3は、タバサを含めて、その場にいる3人の少女を順々に見回し、
「いや、ヴァリエールだけじゃない。お前ら全員、俺の指示に従えるかと訊いているんだ」
「……どういう事……?」
「平賀の救出作戦に、お前らが参加するならば、改めてプランを練り直す必要がある。お前ら一人一人に、何が出来て、何が出来ないのか、それらを把握した上で、新たに作戦を立てる必要がある」
「あんたが戦闘指揮をとる。――そういう事?」
キュルケが、いかにも不服そうに口を開く。
「あんたみたいな得体の知れない奴には従えない、って言ったら、どうするの?」
「ここから帰ってもらう」
ナタで割ったように、V3は即答する。
「帰りたくないし、従う気もない。そう言うなら、――悪いが、ここで全員、眠ってもらう事になる」
「へえ……!」
さすがに、そこまで言われては、キュルケの赤毛も、怒りで逆立つ。
「一応言っとくけど、あたしとタバサはトライアングルよ……それでも、あたしたち全員を相手に勝てるつもりなの……!?」
「待ってキュルケっ!!」
そう言って、一触即発のV3とキュルケの間に入って来たのは、ルイズだった。
「従うわカザミっ!! あなたが立てた作戦に。だから、もうこれ以上はやめてっ!!」
「ルイズっ! どきなさいっ!!」
目を血走らせて、杖を構えるキュルケ。しかし、そんな彼女の胸倉を、ルイズは引っ掴んだ。
「いま、この瞬間にも、サイトは殺されかけているかも知れないのよ……!! こんなところで遊んでる暇なんか、どこにも無いのよっ!! 何で、それがわからないのよっ!?」
その時だった。
「あなたに任せる」
叫んだルイズ。
怒鳴られたキュルケ。
そんな二人の気勢を削ぐように、タバサがV3を見つめて、低く響く声で言った。
「タバサ……!?」
「それが一番早い」
タバサが、キュルケを向き直って言った。
そしてルイズも、上目遣いにキュルケを睨みつける。
もはや、こうなってしまっては、いかに強情な彼女といえど、空気を読まざるを得ない。
「分かったわよっ!! 言うこと聞きゃあいいんでしょっ!! 好きにしなさいよ、もうっ!!」
亀の甲羅が、ぴくりと震えだしてから、もう数十秒が立っている。
そして、その振動が増すごとに、甲羅の体積が、徐々に徐々に、巨大化してゆく。
……ずぅぅぅぅ……かぁぁぁぁ……!!
地獄の底から聞こえてくるような、そんなうなり声が響く。
その瞬間、ようやくフーケは、凍り付いていた体のヒューズが繋がった事に気付く。
もう、間違いない。疑いようが無い。
幾多の危機を乗り越えてきた、フーケの無二の相棒『女の勘』が、警報ランプを音量最大にして、わめきたてる。
――やばい、やばい、やばい、やばいやばいやばいやばいやばい!!
フーケは走った。
才人を、ドアから山小屋の外に放り出し、自らも飛び出すと、すぐさま可能な限り巨大なゴーレムを錬成する。――が、ありったけの魔力を込めたにもかかわらず、ゴーレムの身長は、10m以上伸びなかった。
(ちぃっ!!)
分かっている。
V3を相手に戦った時に、ゴーレムの錬成に使った魔力が、まだ回復していないのだ。
普通なら、10mクラスのゴーレムでも、並みのメイジなら束になってかかられても怖くは無い。
しかし、――今は違う。
この得体の知れない恐怖から逃れるためには、たとえ30mクラスのゴーレムでも、不安だった。
「ずぅぅぅぅかぁぁぁぁぁ!!」
その瞬間だった。
山小屋が、凄まじい音を立てて、爆発を起こした。
「くあああっ!?」
フーケは、才人を引っ掴むと、とっさにゴーレムを盾にして爆風を逃れた。
しかし、その肝心のゴーレムは、彼女の本来の魔力の三分の一のパワーしか発揮できない。
爆発そのものは、ゴーレムが壁になってくれたおかげで、やりすごせた。
だが、その数秒後、ゴーレムがこっちに倒れ込んでくるのが、彼女には見えた。
「うわあああああああっ!!」
ゴーレムの下敷きになる、という確実な死の予感が、フーケの動きを凍りつかせる。
しかし、……ゴーレムが地響きを立てて倒れた時、彼女は少年の胸に抱かれていた。
「おいっ、大丈夫かよっ!?」
才人の左手のルーンが光っている。
見ると、彼はフーケを抱き上げながらも、その右手に、赤く錆びたナタを握っている。
おそらくは、山小屋の薪割り用の物であろうが、少年が、いつの間にそんな物を握ったのか、彼女自身全く気付けなかったことに、内心舌打ちをする。
が、次の瞬間、そんな苛立ちなど、吹き飛んでしまうほどの戦慄が、フーケを襲った。
ケシ飛んだはずの山小屋。
そのもうもうたる土煙の中で、誰かが、――いや、“何か”が蠢いているのが見える。
「――カメ……バズーカ……!!」
才人が、絶望に満ちた声で、つぶやく。
「ズゥゥゥゥゥカァァァァァァ!!!」
なるほど、カメバズーカとはよく名付けたものだ。
ウミガメほどもある巨大な甲羅を背負い、直立歩行する一匹のカメ。
その背(甲羅)には、『破壊の杖』の本体たる、1・5mほどの灰色のバズーカガ取り付けられ、何故か黒い手袋に黒いブーツ。ベルトのバックルは、サソリのリレーフが刻まれている。
「な……なに、あれ……!!?」
――ばけものだ。
カザミシロウが変身した時も、その異形の姿に瞠目したものだが、――あの“ばけもの”が放つ、凄絶なまでの妖気は、まさにカザミの比ではない!!
「ゴーレム!!」
反射的にフーケは、ゴーレムに命令を出していたが、その瞬間、カメバズーカはこちらの殺気に気付いたかのように、ギラリと青く光る目を向け、背中のバズーカを発射した。
「うそ……!!」
信じられなかった。
いかに本来の魔力の三分の一しか発揮できなかったとはいえ、この『土くれ』のゴーレムが、一撃で、コナゴナに粉砕されてしまったなどと!!
「逃げろっ!! 逃げるんだ!!」
ルーンを光らせた才人が、フーケを抱えて、人間離れした速度で走り出す。
だが、その一瞬、彼は見ていた。
カメバズーカの胸に刻まれた、光り輝く刻印を。
そして、それは、自分や風見の左手に刻まれた謎のルーン文字と、同じ文体であったことを。
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