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「ゼロの夢幻竜-23」(2009/02/11 (水) 16:00:27) の最新版変更点
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#navi(ゼロの夢幻竜)
ご主人様の様子がおかしい。いつもと違って落ち着きが無い。
そうラティアスが思い始めたのは学院にトリステインの王女様なる人がやって来た時だった。
朝、連絡をするでも無く勝手に学院長先生に会いに行ったかどで叱られるかと思っていたのだ。
しかし、後回しにしていた仕事を終えてから会ったルイズにはそんな雰囲気が少しも見られなかったからである。
いたく上機嫌だったと、良く言えばそうかもしれないが、悪く言えばかなり何かに浮ついた調子で、しかもその度合いはかなり凄い物だった。
昼食の時もフォークから肉が逃げるのに気付かなかったし、午後に自身で取り決めた自習でさえもその進み具合は捗々しくなかった。
あそこまで何かが抜けた主人をラティアスは見た事が無い。
そして夜も更け、彼女達は今部屋にいるわけなのだが、ルイズの調子は相変わらずだ。
「ご主人様。そろそろ消灯の時間ですから着替えたほうが宜しいかと……」
だが、ラティアスの言葉はあっさり聞き流されたようだ。
ルイズは相変わらずベッドの上で枕を抱き締めつつごろごろと転がっている。
およそ二、三時間前からこんな調子だ。
その様子にラティアスはつい溜め息を吐く。
そんな時、部屋の戸がノックされた。
「こんな時間にどなたでしょうか?」
ラティアスはもう一度ルイズに向かって話しかけるが、ルイズの反応は変わる事は無かった。
しかし、次のノック音で彼女の表情は一変した。
長く二回、そして短く三回。
ルイズは枕を放り出してから急いでベッドから身を起こし、椅子にかけてあったブラウスに袖を通す。
その顔は明らかに今までのものとは違っていた。
ラティアスはその代わり映えに驚きつつも、ドアをゆっくりと開ける。
そこには真っ黒な頭巾を被っている何者かがいた。
ラティアスは一見、不審者と思って身構える。
だがそれはルイズの一言で抑えられた。
「待って、ラティアス。この者は……怪しい者じゃないわ!」
では一体誰なのだろうか。
なで肩であるのと身長からして女性である事は違い無さそうであるが。
その人物はルイズとラティアスを戒めるように、口元に伸ばした人差し指を当て、音をたてない様に注意をさせる。
そしてマントの隙間からやや小振りな杖を見せる。
杖を持っているという事は相手が貴族でありメイジであるという証だ。
成程、ルイズが気の立つラティアスを制止した訳である。
杖が振られると細かい光の粒子が部屋の彼方此方に向かって飛び散る。
「ディティクトマジック?」
その魔法の名前はラティアスも知っていた。
とは言っても、ルイズが自室で勉強している傍らで覚えた物に過ぎないが。
「何処に耳があり、目が光っているか分かりませんもの。こうしなければ安心できません。」
それは正に緑地帯に吹く涼やかな風のような女性の声だった。
やがて何も自分達の会話を盗み聞きする者がいないと分かると、彼女は頭巾を取った。
その下から現れたのはアンリエッタ王女であった。
その気品溢れる佇まいは、ラティアスをその場で固まらせるほどであった。
「姫殿下!」
ルイズは咄嗟に片膝を着く。
王女はその様子を見て、にっこりと笑ってから言う。
「お久し振りね。ルイズ・フランソワーズ。」
それからアンリエッタは感無量の表情を浮かべてルイズに歩み寄り、ひしと抱きつく。
「ああ、ルイズ、ルイズ!懐かしいルイズ!こうして会えるのが如何ほどの幸せか私には皆目見当がつかない!」
「姫殿下、いけません!こんな時間に、このような下賤な場所に護衛も無しにお越しになられるなど。」
ルイズは頭を下げたまま答える。
しかしアンリエッタはその空気を解す様に柔らかい声で言う。
「ルイズ・フランソワーズ!私達の間にその様な堅苦しい行儀が必要な事などこれまでただの一度も無かったのはあなたが一番良く知っているじゃない!あなたは私にとって、この御世で一番大切なお友達の一人なのに!」
「も、もったいないお言葉で御座います。姫殿下。」
「ああ、お願いだからそんな他人行儀な事は止してちょうだい!そんな事はもう宮廷で沢山なのだから!ここには枢機卿も、母上も、近付こうと寄って来る宮廷貴族もいないのですから!
この御世において私が心を許せる友人はもうあなた一人だけなのよ。あなたにまでそんな余所余所しい態度をされたら私は私でなくなってしまいそうだわ!」
「姫殿下……!」
ルイズはそっと顔を上げる。
アンリエッタはその顔を感慨深げに見つめた。
それから直ぐに近くで滞空しているラティアスの存在に気付き、ルイズに問いかける。
「あれはあなたの使い魔?まあ、竜を召喚したなんて素晴らしいわ、ルイズ。」
「はい。ですがこの竜はただの竜ではありません。ラティアス、王女様に挨拶なさい。」
「分かりました。」
ルイズはそう言ってラティアスを促す。
ラティアスは人間形態になり、最初にルイズが取った姿勢と同じ姿勢をしてから挨拶をする。
「ええと、今晩は、王女様。お会い出来て光栄です。」
その流れにアンリエッタはきょとんとしてラティアスの口元をまじまじと見つめる。
いつもの事だとラティアスは思う。
主人の許可を貰って自身の能力の一端を誰かに明かせば、十中八九同じ反応が返ってくるからだ。
そしてアンリエッタは新しい玩具を与えられた子供の如く、ラティアスの周りを見回してから驚きの声を上げる。
「ルイズ……これは大昔に絶滅したとされる韻竜なのですか?!」
「それが……私にもよく分からないのです。しかし!私には勿体無いくらい有能な使い魔です。
人語を理解するほど聡明、心の声で話しかけ、風竜よりも速く空を駆け、スクウェアメイジも敵わぬ幻術を幾つも使い、強力な技を持つ……ラティアスを使い魔に出来た事は姫様とお友達になれた事の次に幸せな事です!」
次に……かぁ、とラティアスはちょっぴりしょんぼりして思った。
まあ、この場の空気を読めばそう言うしかないだろうけども。
アンリエッタはそれから直ぐにラティアスを眺めるのを止めて挨拶をする。
「こちらこそ。今晩は。使い魔さん。」
ルイズから一応の説明と紹介を受けたアンリエッタは、流石に王女の貫禄という物があるのか、それ以上不躾な質問をしてくる事は無かった(学院の生徒ならば質問攻めに会う)。
ラティアスはかしこまってもう一度お辞儀をする。
頭を上げてすぐに見たアンリエッタの顔は、ほうっと溜め息が出るほど美しかった。
一体ご主人様と王女様はどんな間柄なのだろうか?
「ご主人様。王女様とはどういったお知り合いなんですか?」
「私は姫様が御幼少のみぎり、畏れ多くもお遊び相手を務めさせて頂いたのよ。」
ラティアスの質問に、ルイズは昔を懐かしむように目を瞑って答える。
王族の人間とそれほどまでに身近な付き合いが出来る。
ラティアスは常日頃からルイズの実家、ラ・ヴァリエール家の凄さを聞かされていたが改めてそれが伊達ではない事に気づかされた。
その間にアンリエッタはベッドに腰掛け、低く暗い声で話す。
「あの頃は今と違って悩みも制約も無かったから毎日楽しいものだったわ。でも今の私は小さい籠に無理矢理押し込められた鳥の様。何一つ自由な事等無いのだから。」
外の月を見つめながらアンリエッタは小さく溜め息を吐いた。
その物憂げな様子に気付いたルイズはすかさず彼女に質問をする。
「姫様、如何なされたのですか?そんな風に溜め息を吐かれたら私の心も沈んでしまいます。悩みでもお有りなのですか?」
「いえ、何でもないのよ。気にしないで。悩みなど……」
そう言ってアンリエッタは口ごもる。無理にでも隠そうとしているのが明らかだった。
「そんな!私に出来る事なら何でもいたします。例えこの力が微力その物であるにしても、お友達である姫様がお抱えの悩みが解決する一端を担えるのなら、喜んで尽力を尽くします!」
「私をお友達と……ああ、ルイズ・フランソワーズ。有り難う……」
アンリエッタは嬉しさのあまり涙ぐむが、直ぐに気を持ち直して静かに語りだす。
「今から言う事は決して誰にも話してはいけません。……私はゲルマニアの皇帝に嫁ぐ事になったのですが……」
「ゲルマニアですって?!あんな野蛮で成り上がり共の国によりにもよって何故姫様が?!」
いきなりの爆弾発言にルイズは憤慨する。
しかしアンリエッタは別にそれを宥めるわけでもなく続ける。
「仕方ないの。あなたは『白の国』アルビオンが今どうなっているかご存知?」
「はい。確か貴族が力を付け始めて王室を打倒しようとか、共和制を布こうとか……でも何故それが?」
「アルビオン王家が倒れるのは最早時間の問題です。反乱軍が共和制の発布を宣言し共和国が打ち立てられれば、次は私達の国を襲ってくるでしょう。彼らの目標にはハルケギニアの統一という夢があるようですから。」
「ハルケギニアの統一ですって?!」
「そうです。それに対抗するには、トリステインは強大な力を持つゲルマニアと同盟を締結しなければならないのです。そしてその道程の一つに私とゲルマニア皇帝との婚姻があるのです。」
「そうだったのですか……ああ、姫様、国の為とはいえなんと御労しい……」
ルイズは悲しげな表情をして顔を伏せる。
「いいのよ。好きな相手と結婚するなんて王族の娘として生まれた以上、最初から出来ないも同然だもの。ところで……アルビオンの貴族達はトリステインとゲルマニアとの同盟の一歩といえる私の婚姻を妨げようと躍起になっています。」
「まさか、姫様の婚姻を妨げる様な何かがありますの?言って!姫様!」
興奮した調子で問いかけるルイズ。
その様子にアンリエッタは決心したようにはっきりとした口調で話を続けた。
「それは……私が以前したためた一通の手紙なのです。それがアルビオンの貴族の手に渡ったら、彼等は嬉々としてそれをゲルマニア皇室に届けるでしょう。」
「それは一体どのような内容の手紙なのですか?」
婚姻諸共同盟が破綻しかねないという代物だ。
恐らく相当不都合な事が書かれているのであろう。
アンリエッタはゆっくりと目を瞑り、首を振った。
「それはとても言えません。しかしその内容を読めばゲルマニア皇室は私との婚姻を間違い無く反故にするでしょう。そして同盟は成立せず、トリステインは一国でアルビオンに立ち向かわねばならないでしょうね。
いえ、それだけならまだしも、ゲルマニアが我々に対し弓を引く事も考えられます。」
「そんな!」
手紙が齎す壮大なカタストロフィにルイズは絶句する。
敵に回すのがアルビオンだけなら、対抗する手段は幾らでもあるだろう。
だがトリステインに対して十倍近くの国土を持ち、富国強兵の姿勢を取っているゲルマニアまでもが攻撃に加わるとなれば最早絶望的だ。
両国軍に攻め込まれでもしたら、恐らくトリステインはどれだけ粘っても一週間と持たないだろう。
そしてその後は……焦土の中で両国の隷属として生きていかなければならない……
考えるだけでも身の毛がよだった。
ルイズは息せき切ってアンリエッタに訊ねる。
「一体、一体その手紙というのは今何処にあるのですか?!」
「今、手紙はアルビオンにあるのです。」
「何ですって?!それではもう……」
「落ち着いて、ルイズ。その手紙を実際に持っているのはアルビオンの反乱勢ではなく、彼等と骨肉の争いを繰り広げているウェールズ皇太子が持っているのです。」
「プリンス・オブ・ウェールズ?あの凛々しき王子様が?」
ルイズの言葉にアンリエッタは頷く。
「そうです。王家が倒れればウェールズ皇太子は息つく間も無く反乱勢に囚われてしまうでしょう。そしてあの恩も、礼儀も、恥も知らない貴族たちの手によって縛り首にされてしまいますわ!
その際にあの手紙も明るみに出てしまったら、我々は破滅の一途を辿る事になるでしょう!」
アンリエッタはそう言ってベッドに身を横たえる。
その顔にはいつも国民に振りまいている笑顔の残滓すらも無かった。
そしてルイズはルイズで暗い面持ちをしていた。
その時事の次第を傍で聞いていたラティアスはもしやと思う。
まさか一国の姫様がこんな所に出てまで、雑談を楽しませてまで自分に頼みたい事というのは……
それが本当の事だとすればとんでもない事だ。
一介の生徒に内乱状態の国に行かせて、決死行をさせるなど。
それも、昔からの友人に同情心を引き出させてからというという、考え付く限りかなり残酷なコネで。
そこまで考えが及んだ時にはラティアスはもうルイズとアンリエッタの間に割って入っていた。
「まぁ、どうしたのです、使い魔さん?」
「王女様。お願いです。ご主人様にそんな危険な事はさせないで下さい!」
「あの、私はまだ何も言っていませんが……」
「横で聞いていても話くらいは分かります!ご主人様にその手紙を取ってきて欲しいと……そうおっしゃりたいんですよね?」
「単刀直入に言えば……そうなります。」
アンリエッタはすまなさそうな表情をしてラティアスを見る。
だがラティアスは彼女を厳しい目で見つめた。
あまりに唐突な横槍に、ルイズはラティアスをどかせる。
「ラティアス!王女様に失礼じゃないの!謝りなさい!」
「いいえ、謝りません。ご主人様の命令でもそれは致しかねます。」
「どうしてよ?!」
「ではその理由についてお話します。アルビオンという国は今争いが起きているんですよね?どうやってそこにこっそり行くんですか?」
「後で考えるわ。」
「じゃあ、上手くいったとしてどうやってその皇太子さんとお会いするんですか?」
「それも後で考えるのよ。」
「それじゃ手紙を上手く手に入れたとしてどうやってそこから脱出するんですか?」
「その時になったら良い案の一つや二つは浮かぶでしょ。」
「それって結局何にも考えてないって事じゃないですか!」
ラティアスはルイズの無為無策ぶりに思わず嘆息してしまう。
例え、これが栄誉ある任務であったとしても、碌に策も立てず実行するなど自殺行為に等しい。
だがルイズは頑として聞かない。
「うるさいわね。あなたは私に黙ってついて来ればいいのよ。メイジと使い魔は一心同体なんだから。それに、メイジの問題に使い魔が首を突っ込んでいいわけないでしょ!」
首を突っ込める使い魔がいるのも考えてみれば不思議な話だが、それは黙っておく。
だが、ラティアスとてそれで言い合いを終えたわけではない。
「だとしても!二つ返事で返すような安請けあいはしないで下さい!これがどれ程危険なのかご主人様は分かっているんですか?!自分に出来る事か出来ない事か弁える事は大事な事ですよ!」
「分かっているからこそ尚の事じゃない!それに姫様は私をここで躊躇う様な者じゃないと判断されたから、私に手紙を取り戻す任をお与えになられたのよ!」
「‘支援’も何も無いんですよ!身一つで行けと言うんですよ!それでもですか?!」
「あんたも一緒よ。そりゃ……私は自分の力をしっかりさせなきゃいけない、あんたに頼ったままの今をどうにかしなきゃいけないってのは分かってるわよ。でもこれは別よ。
分かった?分かったなら‘はい、と言います’と言いなさい。」
「……はい、と言います。」
もう何を言っても通じないだろう。
ラティアスはその気迫にたじたじになり、もうそれ以上抗弁するのは止めにした。
それからルイズはラティアスの頭をわっしと掴んで無理矢理アンリエッタに向かって頭を下げさせた。
「申し訳御座いません。使い魔がとんだ無礼を致しまして……」
「いえ、いいのよ。ルイズ・フランソワーズ。その使い魔さんが今言った事は隠しようも無い事実なのだから。私を非情な者と思うかもしれないでしょうけど、どうか、どうか許して。ルイズ。」
「そんな許すも許されないも御座いません。姫様の理解者でありお友達であるこの私が、忠誠に誓ってお力を添えなければ一体誰がこの危機を救えるでしょうか?」
「ああ、素晴らしい物です、忠誠と友情は!王宮に戻れば周りの人間にとって形骸でしかない様な物なのに、あなたはそれをしっかり守っている!この友情と忠誠を私は一生忘れないでしょう!」
「光栄で御座います、姫様。例え地獄の釜の中だろうが、竜のアギトの中だろうが、姫さまの御為とあらば、何処なりと向いますわ!
姫さまとトリステインの危機を、このラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ、見過ごすわけにはまいりません!急ぎの任とあらば早速明日朝にでも出発致します!」
二人ともすっかり上機嫌だ。
だが悪い言い方をすれば、出来の悪い芝居を見ているようにも見える。
一方、ラティアスは今ではルイズの腕を抜けたので人間形態のまま椅子につき、テーブルに片肘をついて『芝居の見物人』に徹している。
彼女は正直自分の進言が一蹴されたので少々お頭に来ていた。
国の都合で好きでもない人と結ばれるのは、種が違うとはいえ生き物の雌として確かに同情すべき所なのかもしれない。
だが手紙の一件は、内容を幾らでも誤魔化して衛士隊にでも親衛隊にでも、任せる事が出来るからだ。
万が一、その内容が任せた者達に知られたとしても、王女の権限でどうにでも出来るからだ。
ラティアスにとって、最初こそ可愛げがあって気品も溢れるように見えた一国の王女は、もう無責任で我が侭で甘えん坊な一人の少女にしか見えなくなっていた。
問題の内容にしても、そんなに人に読まれるのが不味い手紙なら、最初から出さなければ良い事ではないか。
そして出してしまった事を迂闊にも忘れたどころか、あまつさえこの状況。
全部王女の身から出た錆である。
そんな事を思っていると、部屋の扉がノックも無しに勢い良くバタンと開いた。
そこから二人の人間が折り重なって出てくる。
見ると、あのモンモランシーがギーシュに馬乗りになって彼を殴り続けていた。
「ギーシュ!あんたって人は私にもあの一年生にもお仕置き受けたのに、今度はヴァリエールに近付こうっての?!女の敵ぃ~っ!もう一度私が直々にお仕置きしたげるわ!」
「ぐえっ!ちっ、違うよ、モンモランシー。僕はアンリエッタ姫殿下がこの部屋に入っていくのを見てだなぁ……ギャッ!」
「言い訳を言うんならもっと頭良さそうな事にしなさいよ……って、アラ?」
「ど、どうしたんだい、モンモランシー。」
どうやらモンモランシーの方が先に部屋の中の状態を把握したようだ。
そしてあまりに空気を読んでいない闖入者が、揃って赤面するのに時間はかからなかった。
「つまり話を整理すると、変装して私の部屋に入った姫様をギーシュが見ていた。そして、中の話を立ち聞きしている所をモンモランシーに見つかった。と、こういうわけね?」
ギーシュはルイズの問いかけに対しうんうん、と頷く。
ルイズはやれやれといった感じで眼前の二人、ギーシュとモンモランシーを見つめた。
立ち聞きをするギーシュもたいがいだが、そんな彼に対し、なかなかほっとけないという様な姿勢を見せるモンモランシーも良い勝負だった。
「放っておけないんですか?」
「う、五月蝿いわねっ!私はね、こんな時間に女子生徒の部屋の前でうろうろしているのは誰かなって通りがかっただけよ!」
ラティアスの何気ない質問に対して、モンモランシーは真っ赤になって反論する。
ああ、この人もご主人様と似たり寄ったりな人なんだなと、ラティアスは頭の中で勝手に結論づける。
「でも君は!それが僕だと分かると直ぐに来てくれたじゃないか!」
「はぁ?何勘違いしてるのよ!あなただから余計に危なっかしいんじゃない!この節操無し!」
ギーシュは縒りを戻しでもしたいのか、構ってくれと言わんばかりのオーラを放つ。
が、そんな物が今のモンモランシーに効く筈も無くあっという間に一蹴された。
彼女だって、彼がこんなに浮気性でなければ色々と考えてやれんでもないと考えていた。
が、その酷さは数日前に起きた香水の一件で、すっかり白日の下に晒されている。
その為にモンモランシーは、ラティアスに口では乱暴な事を言いつつも、内心では感謝していた。
そしてラティアスは、目の前で起きている痴話喧嘩に溜め息を吐きつつ思う。
この分ではどうやら、二人が結ばれる道程はここから月への道程ほどになりそうだ。
「二人とも!姫様の御前よ!私語は慎みなさい!」
弛みきったその場の空気を引き締める為に、ルイズはぴしゃりと言った。
ルイズが二人ともと言ったという事は、自分は入っていない。
と言う事は少なくとも、自分は置いてけぼりにされていないという事にラティアスは気を良くした。
ラティアスは困った様な声でアンリエッタに話しかける。
「どうしますか、王女様。この二人、さっきの話を立ち聞きしたそうですけど、どうします?」
「そうね……今の話を聞かれたのは不味いわね……」
「因みにあんた達は一体どの辺りから話を聞いていたの?」
ルイズの質問に答えたのはギーシュだ。
「確か……破滅の一途を辿らせる手紙だとか、アルビオンのウェールズ皇太子だとかの辺りからだが?」
その正直な答えにルイズは瞠目する。
何て事だ。それでは話の肝心な所は、ばっちり全部聞こえていたという事ではないか。
これでは何の隠し立てのしようも無い。
恐らくは隣でぶすっとした表情を浮かべているモンモランシーも同様だろう。
「今更引き取ってくれって言うのは難しいですし、かと言って、この任務に巻き込むのも……」
ラティアスはそう言って値踏みするような目で二人を見た。
ギーシュに関しては、例の決闘を参考にしたので力量は大方分かっていた。
包み隠さず言えば、七体の脆い青銅ゴーレムしか操れないドットメイジの彼が戦力に加わったとて、大きな変化がある訳ではない。
平民の傭兵や野盗相手にならどうという事は無いが、道中でお相手するのは彼と同じメイジ、それも大半、いや全員が彼以上の力量を持った者達なのだ。
ハッタリをかます位の所業が精一杯だろう。
モンモランシーに関しては未知数とも言える。
ラティアスも見る事が出来る野外における授業(そもそも野外授業の数自体がかなり少ない)でも、彼女はあまり魔法を見せた事が無いし、見せる事があってもかなり小規模な物に限定されていたからだ。
使い魔召喚の儀において蛙を召喚していた事から、水系統のメイジだという事は分かっていたがそれきりである。
また、水系統は攻撃用の魔法と回復用の魔法の二つを操れる事を、ルイズから伝え聞いていた。
それらを纏めて考えるなら前衛は使い魔である自分が務めればいい。
魔法使いには呪文詠唱が必要なのでいい時間稼ぎになるからだ。
攻撃にはギーシュの武器を持った『ワルキューレ』、ルイズが持ち得る魔法を使って対応する。
後衛兼補助としてモンモランシーが回復と攻撃に務める。
戦闘態勢としては一応様にはなっているが、如何せん火力の小ささが否めない。
想定するだけ無駄だったか?
そんな時、ギーシュが立ち上がって仰々しく言った。
「姫殿下!その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せ付け下さい!」
その様子を見てモンモランシーは眉を顰めた。
「あんたって人は……今度は姫殿下にまで色目を使うつもり?!」
「ば、馬鹿な事を言わないでおくれよ、モンモランシー!僕は純粋に姫殿下のお役に立ちたいと思ってるんだ!それに今のままでは僕自身の誇りに傷が付いたままじゃないか!その回復の為にも、僕はこの任務に同行しようと思っているんだよ!」
「どうだか……」
ギーシュの熱弁にも関わらず、モンモランシーはすっかり冷えた視線をあさっての方向に向けている。
と、ギーシュの口上を聞いていたアンリエッタが彼に質問を投げかけた。
「グラモン?あのグラモン元帥の?」
「息子で御座います。姫殿下。」
ギーシュは恭しく一礼して胸を張る。
アンリエッタはそんな彼を見て期待を込めて尋ねる。
「あなたも私の力になってくれるというのですか?」
「この部屋の戸口において、事の次第を聞きし時からそう思っておりました。この上任務の一員に加えていただけるなら、それはもう望外の幸せでございます。」
「まあ……有り難う。お父様も立派で勇敢な貴族ですが、あなたもその血を受け継いでいるようですね。ではお願いしますわ。この不幸な姫をお助け下さい、ギーシュさん。」
「勿論ですとも。ああ、姫殿下が僕の名前を呼んで下さった!姫殿下が!トリステインの可憐な花、薔薇の微笑みが……」
ギーシュは最後まで言う事が出来なかった。
横のモンモランシーが聞いていられないとばかりに、ギーシュの後頭部を叩いたからである。
叩かれた所を摩りながらギーシュは涙ながらに言った。
「痛いじゃないか、モンモランシー!」
「ふん。やっぱり色目使ってるんじゃない。」
モンモランシーは呆れて物も言えないという様に溜め息を吐く。
と、そこに王女の声がかかる。
「あなたは?」
「はい。私はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシと申します。」
「モンモランシ家……するとあなたのご実家は、トリステイン王家と旧い盟約を結んだ水の精霊との交渉役を行っているというあの……」
「申し訳御座いません、姫殿下。現在それは別の貴族が務めております。」
「それでも古来より王家に使えてきた由緒正しい名家の一つに違いはありませんわ。あなたは力を貸して下さいますの?」
そう言われてモンモランシーは自国の王女の前にいるにも拘らず、「あー」とか「うー」とか言いつつ返事を若干延ばす。
彼女は面倒な事には首を突っ込みたくない質だったし、正直とばっちりを受けた感もあった。
だが隣で、紅潮しつつも澄ました顔をして立っているギーシュを見て意を決した様に答えた。
「微力では御座いますがお役に立てる事が出来るなら……先程の任務、ご同行いたします。」
「有り難う。あなたの力もきっと道中で仲間を救うでしょう。お願いします……」
アンリエッタはモンモランシーに向かって儚げに微笑む。
そこへギーシュが歓喜の言葉を突っ込んできた。
「来てくれるのかい、モンモランシー!ああ、君の永久の奉仕者としてこれほど嬉しい事は無いよ!」
「勘違いしないでよ、ギーシュ。私はあくまでもついて行くだけですからね。お目付け役みたいな私がいないと、あんた何をしでかすか分かったものじゃないし。」
釘を刺す様に言うモンモランシーだが、ギーシュはそんな事はお構い無しとばかりに嬉しがっている。
そんな二人を余所にルイズは真剣な声で言った。
「では、明日の朝、アルビオンに向かって出発する事に致します。」
その言葉にギーシュとモンモランシーは驚いた。
「明日の朝だって?!学校はどうするんだよ!せめて2~3日休みが出来る時でなきゃ……」
「それじゃ遅いのよ!この任務が一刻を争う事態だってのは聞いてたんでしょ?明日の朝出る。これ絶対。良いわね?……姫様もそれで宜しいですね?」
「分かりました。情報によるとウェールズ皇太子はアルビオンのニューカッスル付近に陣を構えていると聞き及んでいます。」
「了解しました。アルビオンへは以前姉達と旅行に行った事があるので、地理で迷うといった事は無いと思います。」
「そうですか。念の為に。旅は危険に満ちています。アルビオンの貴族達はあなた方の目的を知り次第、ありとあらゆる手を使って妨害してくるでしょう。」
それからアンリエッタはルイズの羽ペンと羊皮紙を使い、軽やかに手紙をしたためる。
直ぐに手紙は書き終わったようだが、彼女はそれをじっと見つめていた。
やがて悲しそうに首を振るのを見たラティアスは薄ぼんやりと判断する。
誰にも見られてはいけない手紙の内容。
そして先程の表情を合わせて考えると、書いてあった事というのは恐らく……
「姫様、どうかなさいましたか?」
「え?ああ、何でもありません。」
王女の様子を怪訝に思ったルイズは声をかける。
しかしアンリエッタは顔を少し赤らめただけだった。
アンリエッタは何かを吹っ切るかの如く一回頷き、末尾に何か一言書き加えた後に小さな声で呟く。
「始祖ブリミルよ。この自分勝手な姫をお許し下さい。でも国を憂いていても、私はやはりこの一文を書かざるを得ないのです。自分の気持ちに嘘を吐く事は出来ないのです。」
ホント、自分勝手よねぇ、という一文がラティアスの喉まで出かかったが、そこは流石に精神感応が出来る動物。必死になって抑えた。
そしてアンリエッタの呟きはラティアスの考えを確たる物にした。
アンリエッタが書いた手紙の内容というのは、ほぼ間違い無くウェールズ皇太子への恋慕の思いだろう。
ゲルマニアの皇帝が憤るというのは、幾ら恋愛だけで済んだとはいえ、また一国の王女とはいえ、不義の女性を娶るわけにはいかないからだ。
アンリエッタは羊皮紙を巻き、携帯していた杖を振った。
すると手紙に封蝋がなされ、次いで花押が押される。こうなれば完璧な密書の完成である。
ルイズは密書を手渡しで受け取ったが、その際アンリエッタから説明を受けた。
「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡して下さい。確認が取れ次第、件の手紙を渡してくれるでしょう。」
それからアンリエッタは右手の薬指から指輪を引き抜き、ルイズに手渡した。
暗紫色に妖しく輝くそれは見る者を引き付けて離さない魅力がある。
「母君から頂いた『水のルビー』です。せめてものお守りです。お金が心配なら売り払って旅の資金に当てて下さい。」
「そんな!そのような大事な物を易々と使うわけにはいきません!」
ルイズは案の定抗弁する。
ラティアスにしてみれば、アンリエッタは指輪を手放す気など無いのではないかとさえ思えた。
何故か。売り払って旅の資金にしていいとまで言うのなら、指輪の由来を語って情を入れさせる必要は無いからだ。持っている本人が使いにくくなってしまう。
それに、売っていいほどまだ安価なやつならまだあるだろうし。
だが、アンリエッタは首を振って続ける。
「よいのです。どうか気になさらないで。この任務にはトリステインの未来がかかっているのですから。私も母君の指輪が、アルビオンに吹く猛き風からあなた方を守るよう祈りますわ。」
トリステインの未来……と、アンリエッタは言う。
だがラティアスはこの一晩で未来の平安が、かなり危うく、そして脆い土台の上に乗っている物と痛感したのだった。
#navi(ゼロの夢幻竜)
#navi(ゼロの夢幻竜)
ご主人様の様子がおかしい。いつもと違って落ち着きが無い。
そうラティアスが思い始めたのは学院にトリステインの王女様なる人がやって来た時だった。
朝、連絡をするでも無く勝手に学院長先生に会いに行ったかどで叱られるかと思っていたのだ。
しかし、後回しにしていた仕事を終えてから会ったルイズにはそんな雰囲気が少しも見られなかったからである。
いたく上機嫌だったと、良く言えばそうかもしれないが、悪く言えばかなり何かに浮ついた調子で、しかもその度合いはかなり凄い物だった。
昼食の時もフォークから肉が逃げるのに気付かなかったし、午後に自身で取り決めた自習でさえもその進み具合は捗々しくなかった。
あそこまで何かが抜けた主人をラティアスは見た事が無い。
そして夜も更け、彼女達は今部屋にいるわけなのだが、ルイズの調子は相変わらずだ。
「ご主人様。そろそろ消灯の時間ですから着替えたほうが宜しいかと……」
だが、ラティアスの言葉はあっさり聞き流されたようだ。
ルイズは相変わらずベッドの上で枕を抱き締めつつごろごろと転がっている。
およそ二、三時間前からこんな調子だ。
その様子にラティアスはつい溜め息を吐く。
そんな時、部屋の戸がノックされた。
「こんな時間にどなたでしょうか?」
ラティアスはもう一度ルイズに向かって話しかけるが、ルイズの反応は変わる事は無かった。
しかし、次のノック音で彼女の表情は一変した。
長く二回、そして短く三回。
ルイズは枕を放り出してから急いでベッドから身を起こし、椅子にかけてあったブラウスに袖を通す。
その顔は明らかに今までのものとは違っていた。
ラティアスはその代わり映えに驚きつつも、ドアをゆっくりと開ける。
そこには真っ黒な頭巾を被っている何者かがいた。
ラティアスは一見、不審者と思って身構える。
だがそれはルイズの一言で抑えられた。
「待って、ラティアス。この者は……怪しい者じゃないわ!」
では一体誰なのだろうか。
なで肩であるのと身長からして女性である事は違い無さそうであるが。
その人物はルイズとラティアスを戒めるように、口元に伸ばした人差し指を当て、音をたてない様に注意をさせる。
そしてマントの隙間からやや小振りな杖を見せる。
杖を持っているという事は相手が貴族でありメイジであるという証だ。
成程、ルイズが気の立つラティアスを制止した訳である。
杖が振られると細かい光の粒子が部屋の彼方此方に向かって飛び散る。
「ディティクトマジック?」
その魔法の名前はラティアスも知っていた。
とは言っても、ルイズが自室で勉強している傍らで覚えた物に過ぎないが。
「何処に耳があり、目が光っているか分かりませんもの。こうしなければ安心できません。」
それは正に緑地帯に吹く涼やかな風のような女性の声だった。
やがて何も自分達の会話を盗み聞きする者がいないと分かると、彼女は頭巾を取った。
その下から現れたのはアンリエッタ王女であった。
その気品溢れる佇まいは、ラティアスをその場で固まらせるほどであった。
「姫殿下!」
ルイズは咄嗟に片膝を着く。
王女はその様子を見て、にっこりと笑ってから言う。
「お久し振りね。ルイズ・フランソワーズ。」
それからアンリエッタは感無量の表情を浮かべてルイズに歩み寄り、ひしと抱きつく。
「ああ、ルイズ、ルイズ!懐かしいルイズ!こうして会えるのが如何ほどの幸せか私には皆目見当がつかない!」
「姫殿下、いけません!こんな時間に、このような下賤な場所に護衛も無しにお越しになられるなど。」
ルイズは頭を下げたまま答える。
しかしアンリエッタはその空気を解す様に柔らかい声で言う。
「ルイズ・フランソワーズ!私達の間にその様な堅苦しい行儀が必要な事などこれまでただの一度も無かったのはあなたが一番良く知っているじゃない!あなたは私にとって、この御世で一番大切なお友達の一人なのに!」
「も、もったいないお言葉で御座います。姫殿下。」
「ああ、お願いだからそんな他人行儀な事は止してちょうだい!そんな事はもう宮廷で沢山なのだから!ここには枢機卿も、母上も、近付こうと寄って来る宮廷貴族もいないのですから!
この御世において私が心を許せる友人はもうあなた一人だけなのよ。あなたにまでそんな余所余所しい態度をされたら私は私でなくなってしまいそうだわ!」
「姫殿下……!」
ルイズはそっと顔を上げる。
アンリエッタはその顔を感慨深げに見つめた。
それから直ぐに近くで滞空しているラティアスの存在に気付き、ルイズに問いかける。
「あれはあなたの使い魔?まあ、竜を召喚したなんて素晴らしいわ、ルイズ。」
「はい。ですがこの竜はただの竜ではありません。ラティアス、王女様に挨拶なさい。」
「分かりました。」
ルイズはそう言ってラティアスを促す。
ラティアスは人間形態になり、最初にルイズが取った姿勢と同じ姿勢をしてから挨拶をする。
「ええと、今晩は、王女様。お会い出来て光栄です。」
その流れにアンリエッタはきょとんとしてラティアスの口元をまじまじと見つめる。
いつもの事だとラティアスは思う。
主人の許可を貰って自身の能力の一端を誰かに明かせば、十中八九同じ反応が返ってくるからだ。
そしてアンリエッタは新しい玩具を与えられた子供の如く、ラティアスの周りを見回してから驚きの声を上げる。
「ルイズ……これは大昔に絶滅したとされる韻竜なのですか?!」
「それが……私にもよく分からないのです。しかし!私には勿体無いくらい有能な使い魔です。
人語を理解するほど聡明、心の声で話しかけ、風竜よりも速く空を駆け、スクウェアメイジも敵わぬ幻術を幾つも使い、強力な技を持つ……ラティアスを使い魔に出来た事は姫様とお友達になれた事の次に幸せな事です!」
次に……かぁ、とラティアスはちょっぴりしょんぼりして思った。
まあ、この場の空気を読めばそう言うしかないだろうけども。
アンリエッタはそれから直ぐにラティアスを眺めるのを止めて挨拶をする。
「こちらこそ。今晩は。使い魔さん。」
ルイズから一応の説明と紹介を受けたアンリエッタは、流石に王女の貫禄という物があるのか、それ以上不躾な質問をしてくる事は無かった(学院の生徒ならば質問攻めに会う)。
ラティアスはかしこまってもう一度お辞儀をする。
頭を上げてすぐに見たアンリエッタの顔は、ほうっと溜め息が出るほど美しかった。
一体ご主人様と王女様はどんな間柄なのだろうか?
「ご主人様。王女様とはどういったお知り合いなんですか?」
「私は姫様が御幼少のみぎり、畏れ多くもお遊び相手を務めさせて頂いたのよ。」
ラティアスの質問に、ルイズは昔を懐かしむように目を瞑って答える。
王族の人間とそれほどまでに身近な付き合いが出来る。
ラティアスは常日頃からルイズの実家、ラ・ヴァリエール家の凄さを聞かされていたが改めてそれが伊達ではない事に気づかされた。
その間にアンリエッタはベッドに腰掛け、低く暗い声で話す。
「あの頃は今と違って悩みも制約も無かったから毎日楽しいものだったわ。でも今の私は小さい籠に無理矢理押し込められた鳥の様。何一つ自由な事等無いのだから。」
外の月を見つめながらアンリエッタは小さく溜め息を吐いた。
その物憂げな様子に気付いたルイズはすかさず彼女に質問をする。
「姫様、如何なされたのですか?そんな風に溜め息を吐かれたら私の心も沈んでしまいます。悩みでもお有りなのですか?」
「いえ、何でもないのよ。気にしないで。悩みなど……」
そう言ってアンリエッタは口ごもる。無理にでも隠そうとしているのが明らかだった。
「そんな!私に出来る事なら何でもいたします。例えこの力が微力その物であるにしても、お友達である姫様がお抱えの悩みが解決する一端を担えるのなら、喜んで尽力を尽くします!」
「私をお友達と……ああ、ルイズ・フランソワーズ。有り難う……」
アンリエッタは嬉しさのあまり涙ぐむが、直ぐに気を持ち直して静かに語りだす。
「今から言う事は決して誰にも話してはいけません。……私はゲルマニアの皇帝に嫁ぐ事になったのですが……」
「ゲルマニアですって?!あんな野蛮で成り上がり共の国によりにもよって何故姫様が?!」
いきなりの爆弾発言にルイズは憤慨する。
しかしアンリエッタは別にそれを宥めるわけでもなく続ける。
「仕方ないの。あなたは『白の国』アルビオンが今どうなっているかご存知?」
「はい。確か貴族が力を付け始めて王室を打倒しようとか、共和制を布こうとか……でも何故それが?」
「アルビオン王家が倒れるのは最早時間の問題です。反乱軍が共和制の発布を宣言し共和国が打ち立てられれば、次は私達の国を襲ってくるでしょう。彼らの目標にはハルケギニアの統一という夢があるようですから。」
「ハルケギニアの統一ですって?!」
「そうです。それに対抗するには、トリステインは強大な力を持つゲルマニアと同盟を締結しなければならないのです。そしてその道程の一つに私とゲルマニア皇帝との婚姻があるのです。」
「そうだったのですか……ああ、姫様、国の為とはいえなんと御労しい……」
ルイズは悲しげな表情をして顔を伏せる。
「いいのよ。好きな相手と結婚するなんて王族の娘として生まれた以上、最初から出来ないも同然だもの。ところで……アルビオンの貴族達はトリステインとゲルマニアとの同盟の一歩といえる私の婚姻を妨げようと躍起になっています。」
「まさか、姫様の婚姻を妨げる様な何かがありますの?言って!姫様!」
興奮した調子で問いかけるルイズ。
その様子にアンリエッタは決心したようにはっきりとした口調で話を続けた。
「それは……私が以前したためた一通の手紙なのです。それがアルビオンの貴族の手に渡ったら、彼等は嬉々としてそれをゲルマニア皇室に届けるでしょう。」
「それは一体どのような内容の手紙なのですか?」
婚姻諸共同盟が破綻しかねないという代物だ。
恐らく相当不都合な事が書かれているのであろう。
アンリエッタはゆっくりと目を瞑り、首を振った。
「それはとても言えません。しかしその内容を読めばゲルマニア皇室は私との婚姻を間違い無く反故にするでしょう。そして同盟は成立せず、トリステインは一国でアルビオンに立ち向かわねばならないでしょうね。
いえ、それだけならまだしも、ゲルマニアが我々に対し弓を引く事も考えられます。」
「そんな!」
手紙が齎す壮大なカタストロフィにルイズは絶句する。
敵に回すのがアルビオンだけなら、対抗する手段は幾らでもあるだろう。
だがトリステインに対して十倍近くの国土を持ち、富国強兵の姿勢を取っているゲルマニアまでもが攻撃に加わるとなれば最早絶望的だ。
両国軍に攻め込まれでもしたら、恐らくトリステインはどれだけ粘っても一週間と持たないだろう。
そしてその後は……焦土の中で両国の隷属として生きていかなければならない……
考えるだけでも身の毛がよだった。
ルイズは息せき切ってアンリエッタに訊ねる。
「一体、一体その手紙というのは今何処にあるのですか?!」
「今、手紙はアルビオンにあるのです。」
「何ですって?!それではもう……」
「落ち着いて、ルイズ。その手紙を実際に持っているのはアルビオンの反乱勢ではなく、彼等と骨肉の争いを繰り広げているウェールズ皇太子が持っているのです。」
「プリンス・オブ・ウェールズ?あの凛々しき王子様が?」
ルイズの言葉にアンリエッタは頷く。
「そうです。王家が倒れればウェールズ皇太子は息つく間も無く反乱勢に囚われてしまうでしょう。そしてあの恩も、礼儀も、恥も知らない貴族たちの手によって縛り首にされてしまいますわ!
その際にあの手紙も明るみに出てしまったら、我々は破滅の一途を辿る事になるでしょう!」
アンリエッタはそう言ってベッドに身を横たえる。
その顔にはいつも国民に振りまいている笑顔の残滓すらも無かった。
そしてルイズはルイズで暗い面持ちをしていた。
その時事の次第を傍で聞いていたラティアスはもしやと思う。
まさか一国の姫様がこんな所に出てまで、雑談を楽しませてまで自分に頼みたい事というのは……
それが本当の事だとすればとんでもない事だ。
一介の生徒に内乱状態の国に行かせて、決死行をさせるなど。
それも、昔からの友人に同情心を引き出させてからというという、考え付く限りかなり残酷なコネで。
そこまで考えが及んだ時にはラティアスはもうルイズとアンリエッタの間に割って入っていた。
「まぁ、どうしたのです、使い魔さん?」
「王女様。お願いです。ご主人様にそんな危険な事はさせないで下さい!」
「あの、私はまだ何も言っていませんが……」
「横で聞いていても話くらいは分かります!ご主人様にその手紙を取ってきて欲しいと……そうおっしゃりたいんですよね?」
「単刀直入に言えば……そうなります。」
アンリエッタはすまなさそうな表情をしてラティアスを見る。
だがラティアスは彼女を厳しい目で見つめた。
あまりに唐突な横槍に、ルイズはラティアスをどかせる。
「ラティアス!王女様に失礼じゃないの!謝りなさい!」
「いいえ、謝りません。ご主人様の命令でもそれは致しかねます。」
「どうしてよ?!」
「ではその理由についてお話します。アルビオンという国は今争いが起きているんですよね?どうやってそこにこっそり行くんですか?」
「後で考えるわ。」
「じゃあ、上手くいったとしてどうやってその皇太子さんとお会いするんですか?」
「それも後で考えるのよ。」
「それじゃ手紙を上手く手に入れたとしてどうやってそこから脱出するんですか?」
「その時になったら良い案の一つや二つは浮かぶでしょ。」
「それって結局何にも考えてないって事じゃないですか!」
ラティアスはルイズの無為無策ぶりに思わず嘆息してしまう。
例え、これが栄誉ある任務であったとしても、碌に策も立てず実行するなど自殺行為に等しい。
だがルイズは頑として聞かない。
「うるさいわね。あなたは私に黙ってついて来ればいいのよ。メイジと使い魔は一心同体なんだから。それに、メイジの問題に使い魔が首を突っ込んでいいわけないでしょ!」
首を突っ込める使い魔がいるのも考えてみれば不思議な話だが、それは黙っておく。
だが、ラティアスとてそれで言い合いを終えたわけではない。
「だとしても!二つ返事で返すような安請けあいはしないで下さい!これがどれ程危険なのかご主人様は分かっているんですか?!自分に出来る事か出来ない事か弁える事は大事な事ですよ!」
「分かっているからこそ尚の事じゃない!それに姫様は私をここで躊躇う様な者じゃないと判断されたから、私に手紙を取り戻す任をお与えになられたのよ!」
「‘支援’も何も無いんですよ!身一つで行けと言うんですよ!それでもですか?!」
「あんたも一緒よ。そりゃ……私は自分の力をしっかりさせなきゃいけない、あんたに頼ったままの今をどうにかしなきゃいけないってのは分かってるわよ。でもこれは別よ。
分かった?分かったなら‘はい、と言います’と言いなさい。」
「……はい、と言います。」
もう何を言っても通じないだろう。
ラティアスはその気迫にたじたじになり、もうそれ以上抗弁するのは止めにした。
それからルイズはラティアスの頭をわっしと掴んで無理矢理アンリエッタに向かって頭を下げさせた。
「申し訳御座いません。使い魔がとんだ無礼を致しまして……」
「いえ、いいのよ。ルイズ・フランソワーズ。その使い魔さんが今言った事は隠しようも無い事実なのだから。私を非情な者と思うかもしれないでしょうけど、どうか、どうか許して。ルイズ。」
「そんな許すも許されないも御座いません。姫様の理解者でありお友達であるこの私が、忠誠に誓ってお力を添えなければ一体誰がこの危機を救えるでしょうか?」
「ああ、素晴らしい物です、忠誠と友情は!王宮に戻れば周りの人間にとって形骸でしかない様な物なのに、あなたはそれをしっかり守っている!この友情と忠誠を私は一生忘れないでしょう!」
「光栄で御座います、姫様。例え地獄の釜の中だろうが、竜のアギトの中だろうが、姫さまの御為とあらば、何処なりと向いますわ!
姫さまとトリステインの危機を、このラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ、見過ごすわけにはまいりません!急ぎの任とあらば早速明日朝にでも出発致します!」
二人ともすっかり上機嫌だ。
だが悪い言い方をすれば、出来の悪い芝居を見ているようにも見える。
一方、ラティアスは今ではルイズの腕を抜けたので人間形態のまま椅子につき、テーブルに片肘をついて『芝居の見物人』に徹している。
彼女は正直自分の進言が一蹴されたので少々お頭に来ていた。
国の都合で好きでもない人と結ばれるのは、種が違うとはいえ生き物の雌として確かに同情すべき所なのかもしれない。
だが手紙の一件は、内容を幾らでも誤魔化して衛士隊にでも親衛隊にでも、任せる事が出来るからだ。
万が一、その内容が任せた者達に知られたとしても、王女の権限でどうにでも出来るからだ。
ラティアスにとって、最初こそ可愛げがあって気品も溢れるように見えた一国の王女は、もう無責任で我が侭で甘えん坊な一人の少女にしか見えなくなっていた。
問題の内容にしても、そんなに人に読まれるのが不味い手紙なら、最初から出さなければ良い事ではないか。
そして出してしまった事を迂闊にも忘れたどころか、あまつさえこの状況。
全部王女の身から出た錆である。
そんな事を思っていると、部屋の扉がノックも無しに勢い良くバタンと開いた。
そこから二人の人間が折り重なって出てくる。
見ると、あのモンモランシーがギーシュに馬乗りになって彼を殴り続けていた。
「ギーシュ!あんたって人は私にもあの一年生にもお仕置き受けたのに、今度はヴァリエールに近付こうっての?!女の敵ぃ~っ!もう一度私が直々にお仕置きしたげるわ!」
「ぐえっ!ちっ、違うよ、モンモランシー。僕はアンリエッタ姫殿下がこの部屋に入っていくのを見てだなぁ……ギャッ!」
「言い訳を言うんならもっと頭良さそうな事にしなさいよ……って、アラ?」
「ど、どうしたんだい、モンモランシー。」
どうやらモンモランシーの方が先に部屋の中の状態を把握したようだ。
そしてあまりに空気を読んでいない闖入者が、揃って赤面するのに時間はかからなかった。
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