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「神の左手は黄金の腕-02」(2008/02/28 (木) 17:14:52) の最新版変更点
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決して広くない寮の一室で二人の間に沈黙が流れた。
今日の試合やキュルケとのPK勝負の事を話している間は気にも留めなかった。
しかし話題が尽きてしまうと、そこで会話は途切れてしまう。
組んだ手を頭の後ろに回した仰向けの姿勢で彼は黙って私の話を聞いていた。
下は硬い石床のみだというのに、この待遇に関して文句を言われた事は一度もない。
“武者修行の旅を続けていた頃は雨露を凌げるだけでもマシだったぜ”
それが唯一、スポーツ以外の事で彼が明かしてくれた過去の話。
彼は自ら進んで自分の事を話そうとはしなかった。
そこに私はゴールドアームとの心の壁を感じていた。
「……なあ」
不意にゴールドアームが口を開く。
彼から語り掛けてくる事は非常に珍しく、私は期待に胸を膨らませて彼の言葉に耳を傾けた。
それがたとえ自分の過去でなくても、彼が何を言うのか興味があった。
ほんの小さな切欠であろうと分かり合えると思っていた。
しかし、その彼の問い掛けは私を酷く失望させる物だった。
「何でクラスの連中はシエスタ達を試合に誘わねえんだ…?」
まるで当然の事のように彼はそれを口にした。
ゴールドアームが遠い所から来たのは知っている。
最初は魔法さえも知らなかったのだから余程の物だろう。
だけど貴族と平民の格の違いぐらいは子供だって判る事じゃない。
そんな事も知らない彼に呆れるように私は答えた。
「平民なんかが貴族と一緒に試合できる訳ないじゃない」
平民は食事さえも同席する事は許されない。
それが試合になど参加して、運悪く貴族に怪我をさせたらどうなるか。
個人の不始末では決して済まされない、家族も一緒に罰を受ける事になる。
お互いの立場が違いすぎる。そんな両者が一堂に集って試合など夢物語もいい所だ。
これはハルケギニアの常識と言ってもいい。
だけどゴールドアームが人前で言い出さなくて良かった。
そんな事になっていたら私はいい笑い者になっていただろう。
刹那。鈍い音と衝撃が部屋中に響き渡った。
見ればゴールドアームの拳が壁に食い込み、そこに亀裂を走らせていた。
見上げた彼の視線は睨むかの如く鋭く、自分の呼吸さえも儘ならない。
まるで彼の手で心臓を鷲掴みにされた気分だった。
「……それは、本気で言っているのか?」
「あ、当たり前じゃないっ! 平民と貴族は違うのよ!」
「同じ人間じゃねえか。どこが違うって言うんだ?」
「生まれが違うのよ! 平民に生まれたら一生平民のままなのよ!」
それに抵抗するように必死で言葉を紡ぐ。
自分の使い魔に脅かされたのでは主人としての立場はない。
そもそも、こんな話でどうして彼が怒るのか理解さえ出来なかった。
だけど彼女の想像は確信に到った。
それは決して交じり合う事はなく永久に並び続ける平行線。
たとえ、彼の言うように互いの全力をぶつけ合っても埋まらない溝。
ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールとゴールドアームの『世界』は決定的に違う物なのだ…。
烈火の如く怒り狂うかと思われたゴールドアームは静かに立ち上がった。
彼女を一瞥した後、部屋の扉をゆっくりと押し開ける。
そしてルイズに諭すように一言呟いてから部屋を後にした。
「何よ、もうっ!!」
ゴールドアームが去ってしばらくしてから、彼女は扉に枕を投げつけた。
やり場のない怒りをぶつけられた枕が音も立てずに床へと落ちる。
最後に彼が向けた視線に込められていたのは怒りではなく失望だった。
それが叱責されるよりも何よりも彼女には辛かった。
私は何も間違っていない。
ゴールドアームの考え方がおかしいのだ。
それに過去の話を聞かせてもくれないのに、何でシエスタの話なんてするのか。
いずれは頭を冷やして戻ってくるに違いない。
彼女の耳にゴールドアームが呟いた言葉が反響する。
しかし、その意味など彼女に分かる筈も無い。
確かめるように彼女はゴールドアームの言葉を反芻する。
「……“生まれは選べなくても生き方ぐらいは選べるはずだ”」
ゴールドアームは屋外で風の鳴る音に耳を済ませていた。
頭に上ったオイルを冷ますのには外は丁度良い冷たさだった。
ルイズに悪意はない。そのいう社会で生きていたのだから当然の事だ。
この世界にだって問題がある訳じゃない。
社会制度が正常に機能しているなら、それは文句を言うべき事じゃない。
……ただ自分の信条とは噛み合わなかった、それだけの事だ。
立場も生まれも考えも全てが関係なく、どんな奴とでも全力でぶつかり合う。
そんな場所さえも提供されない事に憤りと悲しみを感じる。
しかし、それだけではない。
彼は“ある疑念”により心の平静を欠いていた。
それが故に、激昂する自身を抑える事が出来なかったのだ。
ゴールドアームが降り立った地は彼等が“聖地”と呼ぶ場所だった。
そこにはハルケギニアの技術では考えられない産物が多数存在していた。
恐らくは自分と同様に別の世界から召喚された物だと大凡の検討はついた。
しかし、何の脈絡もなく喚び出されたのではない。
そこにあったものは例外なく全てが『兵器』だった。
彼の脳裏に甦るのは兵器として改造された、かつての自分の姿。
強制引退させられたアイアンリーガーの末路であるアイアンソルジャー。
その呪縛から解放され、俺はアイアンリーガーとして再起した。
…俺は兵器なんかじゃないと心から信じている。
それなのに、あの“聖地”での光景が頭から離れない。
数多の兵器の中に埋もれた自分の姿を…。
「俺の名前はゴールドアームだ! くだらねえコードネームで呼ぶんじゃねえ…!」
雄叫びのようにゴールドアームは叫んだ。
ルイズの言葉が焼き付いたようにメモリーから離れない。
そうなるように生まれた者はそのようにしか生きられないのか。
兵器の素体として造られた俺は兵器でしかないのか。
自分がアイアンリーガーだと思い込んでいるだけの、ただの殺戮道具なのか。
「…………」
迷いを振り切るように彼は立ち上がり、セットポジションを取る。
あの時の事をゴールドアームは生涯忘れないだろう。
自分がずっと投げたいと思っていた球を投げた、あの瞬間を。
決してアイアンソルジャーには投げる事の出来ない、真のアイアンリーガーの球。
それを投げられれば彼はもう一度確信できるのだ、自分がアイアンリーガーであると。
ワイルドアップの体勢から全身に迸るエネルギーを腕に集中させる。
魂を込めて放たれた直球が夜の闇を切り裂いて飛んでいく。
しかし、それはゴールドアームの投げたい球ではなかった。
球威も速度も彼の全力の投球とは程遠く、
人間相手ならまだしも並のアイアンリーガーには通用さえしないだろう。
彼の性能の低下は急速に進んでいた。
磨耗した部品の交換は勿論の事、精製されたオイルさえも満足に手に入らない。
軋む駆動系の音が耳障りなノイズとなって残響する。
いつかはアイツ等との野球さえも出来なくなるだろう。
残された時間をどのようにして過ごすべきか、彼は決断に迫られていた…。
「えいっ!」
深夜、彼女は日課にも似た魔法の練習を行っていた。
ゴールドアームが戻ってくる気配もなく、居た堪れなくなった事も原因の一つだ。
幾度となく失敗し爆発が起きようとも彼女は杖を振るい続ける。
それは胸に渦巻く感情を吐き出す作業のようにも感じられた。
ゴールドアームの言葉を何度反芻しようとも答えは出ない。
生まれの時点で人の生き方は決まってしまう。
魔法を使えない私がヴァリエール公爵家の三女として生まれたのが良い例。
それでも貴族を辞める訳にはいかず、せめて気概だけでも誇り高くあろうと足掻くのみ。
ちい姉さまだって病弱に生まれたが故に、家を離れる事さえ出来ない。
ゴールドアームが言っているのは夢物語でしかない。
人は定められた轍の中しか走れない荷馬車のようなもの。
決して運命という枠から外れる事は出来ない。
だけど、心のどこかでは僅かな期待もしていた。
ゴールドアームなら運命さえも打ち壊せるかもしれないと。
あの日、眼に焼き付いた閃光がそう思わせるのかもしれない。
ギーシュとの決闘で見せた輝きを放つ直球。
ストライクコースを全て塞いだ鉄板のようなバットをワルキューレごと打ち砕いた力強さ。
血を一滴も流す事なく終わらせた誇り高き決闘として語り継がれる伝説の魔球。
あれ以降、彼は二度とその魔球を見せてくれなかった。
きっと受け止められるキャッチャーがいないから。
だけど、もう一度だけこの目で見てみたい。
そして叶うならば自分の手で投げてみたい。
それが出来たなら、きっと私は変われるような気がした。
そんな余計な事を考えていたのが悪かったのか。
杖を振り下ろした瞬間、頭上に聳える塔で爆発が巻き起こった。
全く見当違いの方向で起きた爆発に、驚く前に呆れてしまう。
だけど被害が塔で済んだのは幸いだった。
何重にも魔法を掛けてある上に頑丈に作られているのだ。
ちょっとやそっとの衝撃では物ともしない。
これがコルベール先生の研究室だったら大事になっていた。
しかし安堵したのも束の間、彼女の頭に砂にも似た何かが掛かった。
それを拭い取ったルイズが指先で摺り合せる。
瞬間。彼女は事実に驚愕した。
手に触れた物は間違いなく塔の外壁、その残骸。
トライアングルのメイジでさえも傷付ける事さえ叶わないと言われた、
宝物庫の外壁が私の失敗魔法で損傷したのだ。
理由などは判らない。
喜ぶべき事かどうかも判らない。
だけど、それよりも今すぐに先生に知らせないと…。
走り出そうとした少女の背後に影が落ちる。
月光を遮る巨大な土人形。
それはルイズなどには目もくれずに亀裂の走った外壁に拳を打ち込んだ。
たちまち音を立てて崩落する塔の外壁。
そして、その直下にいるルイズへとその破片が雨霰と降り注ぐ。
その瞬間、私は死ぬのだと理解した。
まるで運命であったかのように当然のように事実を受け止めた。
拳大でも死に至るというのに瓦礫は私の身体さえも大きい。
魔法も使えない私にはどうする事だって出来はしない。
直後、一陣の風が吹いた。
私がいた場所の石床が瓦礫に押し潰されて砕け散る。
巻き上がった砂埃の中、私は誰かに抱えられている事に気付く。
鎧のような金属の冷たさが衣服越しに伝わってきた。
「バカ野郎! 簡単に諦めるんじゃねえ!
試合で見せたテメエのガッツは偽物か!?」
耳元で響く怒号に思わず耳を塞ぐ。
砂埃が収まっていく中で浮かび上がる特徴的なシルエット。
銅像のようでありながら生命の炎を宿す瞳。
彼は私の窮地に駆けつけてくれた。
それがチームメイトとしてなのか、使い魔としてなのかは判らない。
…けれど、私の目には知らず涙が溢れていた。
私を下ろし、ゴールドアームは真っ向からゴーレムを睨み見上げる。
背番号を背負ったその後ろ姿は、巨人よりも遥かに大きく力強いものに見えた…!
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#navi(神の左手は黄金の腕)
決して広くない寮の一室で二人の間に沈黙が流れた。
今日の試合やキュルケとのPK勝負の事を話している間は気にも留めなかった。
しかし話題が尽きてしまうと、そこで会話は途切れてしまう。
組んだ手を頭の後ろに回した仰向けの姿勢で彼は黙って私の話を聞いていた。
下は硬い石床のみだというのに、この待遇に関して文句を言われた事は一度もない。
“武者修行の旅を続けていた頃は雨露を凌げるだけでもマシだったぜ”
それが唯一、スポーツ以外の事で彼が明かしてくれた過去の話。
彼は自ら進んで自分の事を話そうとはしなかった。
そこに私はゴールドアームとの心の壁を感じていた。
「……なあ」
不意にゴールドアームが口を開く。
彼から語り掛けてくる事は非常に珍しく、私は期待に胸を膨らませて彼の言葉に耳を傾けた。
それがたとえ自分の過去でなくても、彼が何を言うのか興味があった。
ほんの小さな切欠であろうと分かり合えると思っていた。
しかし、その彼の問い掛けは私を酷く失望させる物だった。
「何でクラスの連中はシエスタ達を試合に誘わねえんだ…?」
まるで当然の事のように彼はそれを口にした。
ゴールドアームが遠い所から来たのは知っている。
最初は魔法さえも知らなかったのだから余程の物だろう。
だけど貴族と平民の格の違いぐらいは子供だって判る事じゃない。
そんな事も知らない彼に呆れるように私は答えた。
「平民なんかが貴族と一緒に試合できる訳ないじゃない」
平民は食事さえも同席する事は許されない。
それが試合になど参加して、運悪く貴族に怪我をさせたらどうなるか。
個人の不始末では決して済まされない、家族も一緒に罰を受ける事になる。
お互いの立場が違いすぎる。そんな両者が一堂に集って試合など夢物語もいい所だ。
これはハルケギニアの常識と言ってもいい。
だけどゴールドアームが人前で言い出さなくて良かった。
そんな事になっていたら私はいい笑い者になっていただろう。
刹那。鈍い音と衝撃が部屋中に響き渡った。
見ればゴールドアームの拳が壁に食い込み、そこに亀裂を走らせていた。
見上げた彼の視線は睨むかの如く鋭く、自分の呼吸さえも儘ならない。
まるで彼の手で心臓を鷲掴みにされた気分だった。
「……それは、本気で言っているのか?」
「あ、当たり前じゃないっ! 平民と貴族は違うのよ!」
「同じ人間じゃねえか。どこが違うって言うんだ?」
「生まれが違うのよ! 平民に生まれたら一生平民のままなのよ!」
それに抵抗するように必死で言葉を紡ぐ。
自分の使い魔に脅かされたのでは主人としての立場はない。
そもそも、こんな話でどうして彼が怒るのか理解さえ出来なかった。
だけど彼女の想像は確信に到った。
それは決して交じり合う事はなく永久に並び続ける平行線。
たとえ、彼の言うように互いの全力をぶつけ合っても埋まらない溝。
ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールとゴールドアームの『世界』は決定的に違う物なのだ…。
烈火の如く怒り狂うかと思われたゴールドアームは静かに立ち上がった。
彼女を一瞥した後、部屋の扉をゆっくりと押し開ける。
そしてルイズに諭すように一言呟いてから部屋を後にした。
「何よ、もうっ!!」
ゴールドアームが去ってしばらくしてから、彼女は扉に枕を投げつけた。
やり場のない怒りをぶつけられた枕が音も立てずに床へと落ちる。
最後に彼が向けた視線に込められていたのは怒りではなく失望だった。
それが叱責されるよりも何よりも彼女には辛かった。
私は何も間違っていない。
ゴールドアームの考え方がおかしいのだ。
それに過去の話を聞かせてもくれないのに、何でシエスタの話なんてするのか。
いずれは頭を冷やして戻ってくるに違いない。
彼女の耳にゴールドアームが呟いた言葉が反響する。
しかし、その意味など彼女に分かる筈も無い。
確かめるように彼女はゴールドアームの言葉を反芻する。
「……“生まれは選べなくても生き方ぐらいは選べるはずだ”」
ゴールドアームは屋外で風の鳴る音に耳を済ませていた。
頭に上ったオイルを冷ますのには外は丁度良い冷たさだった。
ルイズに悪意はない。そのいう社会で生きていたのだから当然の事だ。
この世界にだって問題がある訳じゃない。
社会制度が正常に機能しているなら、それは文句を言うべき事じゃない。
……ただ自分の信条とは噛み合わなかった、それだけの事だ。
立場も生まれも考えも全てが関係なく、どんな奴とでも全力でぶつかり合う。
そんな場所さえも提供されない事に憤りと悲しみを感じる。
しかし、それだけではない。
彼は“ある疑念”により心の平静を欠いていた。
それが故に、激昂する自身を抑える事が出来なかったのだ。
ゴールドアームが降り立った地は彼等が“聖地”と呼ぶ場所だった。
そこにはハルケギニアの技術では考えられない産物が多数存在していた。
恐らくは自分と同様に別の世界から召喚された物だと大凡の検討はついた。
しかし、何の脈絡もなく喚び出されたのではない。
そこにあったものは例外なく全てが『兵器』だった。
彼の脳裏に甦るのは兵器として改造された、かつての自分の姿。
強制引退させられたアイアンリーガーの末路であるアイアンソルジャー。
その呪縛から解放され、俺はアイアンリーガーとして再起した。
…俺は兵器なんかじゃないと心から信じている。
それなのに、あの“聖地”での光景が頭から離れない。
数多の兵器の中に埋もれた自分の姿を…。
「俺の名前はゴールドアームだ! くだらねえコードネームで呼ぶんじゃねえ…!」
雄叫びのようにゴールドアームは叫んだ。
ルイズの言葉が焼き付いたようにメモリーから離れない。
そうなるように生まれた者はそのようにしか生きられないのか。
兵器の素体として造られた俺は兵器でしかないのか。
自分がアイアンリーガーだと思い込んでいるだけの、ただの殺戮道具なのか。
「…………」
迷いを振り切るように彼は立ち上がり、セットポジションを取る。
あの時の事をゴールドアームは生涯忘れないだろう。
自分がずっと投げたいと思っていた球を投げた、あの瞬間を。
決してアイアンソルジャーには投げる事の出来ない、真のアイアンリーガーの球。
それを投げられれば彼はもう一度確信できるのだ、自分がアイアンリーガーであると。
ワイルドアップの体勢から全身に迸るエネルギーを腕に集中させる。
魂を込めて放たれた直球が夜の闇を切り裂いて飛んでいく。
しかし、それはゴールドアームの投げたい球ではなかった。
球威も速度も彼の全力の投球とは程遠く、
人間相手ならまだしも並のアイアンリーガーには通用さえしないだろう。
彼の性能の低下は急速に進んでいた。
磨耗した部品の交換は勿論の事、精製されたオイルさえも満足に手に入らない。
軋む駆動系の音が耳障りなノイズとなって残響する。
いつかはアイツ等との野球さえも出来なくなるだろう。
残された時間をどのようにして過ごすべきか、彼は決断に迫られていた…。
「えいっ!」
深夜、彼女は日課にも似た魔法の練習を行っていた。
ゴールドアームが戻ってくる気配もなく、居た堪れなくなった事も原因の一つだ。
幾度となく失敗し爆発が起きようとも彼女は杖を振るい続ける。
それは胸に渦巻く感情を吐き出す作業のようにも感じられた。
ゴールドアームの言葉を何度反芻しようとも答えは出ない。
生まれの時点で人の生き方は決まってしまう。
魔法を使えない私がヴァリエール公爵家の三女として生まれたのが良い例。
それでも貴族を辞める訳にはいかず、せめて気概だけでも誇り高くあろうと足掻くのみ。
ちい姉さまだって病弱に生まれたが故に、家を離れる事さえ出来ない。
ゴールドアームが言っているのは夢物語でしかない。
人は定められた轍の中しか走れない荷馬車のようなもの。
決して運命という枠から外れる事は出来ない。
だけど、心のどこかでは僅かな期待もしていた。
ゴールドアームなら運命さえも打ち壊せるかもしれないと。
あの日、眼に焼き付いた閃光がそう思わせるのかもしれない。
ギーシュとの決闘で見せた輝きを放つ直球。
ストライクコースを全て塞いだ鉄板のようなバットをワルキューレごと打ち砕いた力強さ。
血を一滴も流す事なく終わらせた誇り高き決闘として語り継がれる伝説の魔球。
あれ以降、彼は二度とその魔球を見せてくれなかった。
きっと受け止められるキャッチャーがいないから。
だけど、もう一度だけこの目で見てみたい。
そして叶うならば自分の手で投げてみたい。
それが出来たなら、きっと私は変われるような気がした。
そんな余計な事を考えていたのが悪かったのか。
杖を振り下ろした瞬間、頭上に聳える塔で爆発が巻き起こった。
全く見当違いの方向で起きた爆発に、驚く前に呆れてしまう。
だけど被害が塔で済んだのは幸いだった。
何重にも魔法を掛けてある上に頑丈に作られているのだ。
ちょっとやそっとの衝撃では物ともしない。
これがコルベール先生の研究室だったら大事になっていた。
しかし安堵したのも束の間、彼女の頭に砂にも似た何かが掛かった。
それを拭い取ったルイズが指先で摺り合せる。
瞬間。彼女は事実に驚愕した。
手に触れた物は間違いなく塔の外壁、その残骸。
トライアングルのメイジでさえも傷付ける事さえ叶わないと言われた、
宝物庫の外壁が私の失敗魔法で損傷したのだ。
理由などは判らない。
喜ぶべき事かどうかも判らない。
だけど、それよりも今すぐに先生に知らせないと…。
走り出そうとした少女の背後に影が落ちる。
月光を遮る巨大な土人形。
それはルイズなどには目もくれずに亀裂の走った外壁に拳を打ち込んだ。
たちまち音を立てて崩落する塔の外壁。
そして、その直下にいるルイズへとその破片が雨霰と降り注ぐ。
その瞬間、私は死ぬのだと理解した。
まるで運命であったかのように当然のように事実を受け止めた。
拳大でも死に至るというのに瓦礫は私の身体さえも大きい。
魔法も使えない私にはどうする事だって出来はしない。
直後、一陣の風が吹いた。
私がいた場所の石床が瓦礫に押し潰されて砕け散る。
巻き上がった砂埃の中、私は誰かに抱えられている事に気付く。
鎧のような金属の冷たさが衣服越しに伝わってきた。
「バカ野郎! 簡単に諦めるんじゃねえ!
試合で見せたテメエのガッツは偽物か!?」
耳元で響く怒号に思わず耳を塞ぐ。
砂埃が収まっていく中で浮かび上がる特徴的なシルエット。
銅像のようでありながら生命の炎を宿す瞳。
彼は私の窮地に駆けつけてくれた。
それがチームメイトとしてなのか、使い魔としてなのかは判らない。
…けれど、私の目には知らず涙が溢れていた。
私を下ろし、ゴールドアームは真っ向からゴーレムを睨み見上げる。
背番号を背負ったその後ろ姿は、巨人よりも遥かに大きく力強いものに見えた…!
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