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「ゼロの夢幻竜-17」(2009/02/11 (水) 15:36:31) の最新版変更点
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#navi(ゼロの夢幻竜)
第十七話「深海の宝珠(前編)」
一本道を進み続ける屋根無しの馬車。
御者と案内役を買って出たミス・ロングビルを始めとするフーケ捜索隊の姿がそこにあった。
使い魔のラティアスは馬車の速度に合わせつつ5メイルほど上の空を飛んでいる。
その一行の中でキュルケは、ルイズに対して一抹の違和感を持っていた。
こうも静かな状況で自分の次に何かを言おうとするのは彼女ぐらいなものだ。
ところが今は側にいて本を読みふけっているタバサと同じくらい何も喋らなかった。
時々、使い魔の事やナシになった授業の事について話題をふるのだが、返って来るのは愛想の無い言葉ばかりで会話が全くと言っていいほど続かない。
たまに視線をラティアスの方に向けて、何かを聞き取っているように頷いたり目配せをしているがそれが何を意味しているのかが分からない。
何をやっているのか教えてくれと言っても、噛み付かれるような勢いで「黙ってて!」といわれるばかりだ。
朝食の後、学院長室に行った事が原因だとは思っていたが一体学院長に何を吹き込まれたのだろうか?
そうこうしている内に馬車は深い森の中へと進んでいく。
周りの木々がやたら高く鬱蒼としているせいか、道の見通しはいいくせに薄気味悪い感じがしてならない。
「ここから先は徒歩で行きましょう。」
ミス・ロングビルがそう言ったので、全員が馬車から降り森の中を進む事にした。
それから周囲に警戒しつつ暫く進んでいると急に視界が開けた。
丁度学院の中庭と同じくらいの広さを持った空き地といったところだろうか。
その真ん中に確かに廃屋は存在していた。
昔は木こりが使っていた炭焼小屋であったのだろうか、近くには大小様々な薪が散在し、そして小屋の脇には古ぼけた窯がある。
一行は先ずフーケが中にいるかもしれない、悟られては不味いという事で近くの茂みに隠れて小屋の様子を見ることにした。
「私の聞いた情報だと、フーケはあの中にいるという話だそうです。」
ミス・ロングビルは廃屋を指差して言う。
しかし、小屋からはそれらしき感じは全くしない。
ルイズに至ってはあまり聞いていないようでラティアスとの話に熱心になっている。
耐え切れなくなったキュルケはルイズを引っ掴み、少し離れた場所で話しかけた。
「ヴァリエール!あなたねぇ、この泥棒退治自分から名乗り出たのに大事な事そっちのけで使い魔とお喋りしてんじゃないわよ!」
「私は!学院長先生からラティアスと一緒に言いつかった事を確認していただけよ!」
「それにしても限度があるんじゃないの?馬車に乗ってる時からずっとそうだったの?」
「そうよ。でも人に教えちゃいけない、常に連絡を取っていることって言われたからそうしていただけよ!」
「それって一体何なのよ!」
そこまで言って二人の周りが急激に静かになった。
ついでに言うとお互いの声も聞こえず、相手の声はただ口パクを繰り返しているだけになった。
ふと近くを見るとタバサがこちらに向かって杖を向けている。
お得意の『サイレント』を使ったのだろう。
いつの間にか大声で話していたという事だ。
二人は元いた所まで戻り、タバサが作ったという作戦に耳を傾ける事にした。
もし中にフーケがいるのであるとすれば、奇襲を使って不意をつくしかない。
その為には相手に気配を悟られてはお終いなので、不可視化が出来、『技』を繰り出す事の出来るラティアスが偵察兼斥候として赴く。
もしそれが上手くいかなかったなら、フーケを外に誘き出す。
と言うのも、外にはフーケお得意の土ゴーレムを作り出すのに必要な土がそれほど無いからだ。
そしてフーケがゴーレムを作り出そうとまごまごしている隙に、全員で集中砲火を浴びせる、という事になった。
早速ラティアスは自らの姿を消し、小屋の側面にある小窓まで近づいてみる。
そこから中を覗くと大体の様子が見て取れた。
間取りは恐らく一部屋。
部屋の中央には長い事誰も使った事が無さそうなテーブルと、乱雑に置かれた椅子があった。
ちらと見えた暖炉は完全に崩れており、使う事は殆ど不可能と見える。
また部屋の隅に積み上げられた薪の横には大きめの棚があった。
埃の積もり具合と内部の様子からして長く人が使ってはいなかったものの、極最近誰かが使っていた事だけははっきりする。
何度見回しても中に誰もいないことを確認したラティアスは、皆の所まで戻って結果を報告した。
「中に誰もいませんよ。入っても大丈夫ではないかと思います。」
それを聞いた全員は恐る恐るドアの近くまで近寄る。
一応タバサはドアに向かって杖を振り、罠の類が仕掛けられていないかどうか調べてみたが、どうやら無いらしい。
そこでドアを開けて中に入ろうとすると、一番後ろに控えていたミス・ロングビルが外に向かおうとしだした。
「私はフーケが近くにいないか、ちょっと辺りを偵察してきます。」
その彼女を前にいたルイズが引き止めた。
「駄目ですよ、ミス・ロングビル。生徒だけを残して偵察なんかに行ったら危ないじゃないですか。ここがフーケの隠れ家なら、もしかしたらここに『深海の宝珠』があるかもしれないんですよ!
フーケに会わずに宝を持ち帰れたらそれだけでも良いじゃないですか!」
「え?え、……ええ。そうね……分かったわ。」
言われて彼女は小屋の中へ歩を戻す。
皆はフーケが何か手懸かりを残していないかあちこちを漁りだす。
そしてルイズが何か無いだろうかと棚の中をごそごそと探っていると、中から質素な作りの木箱が現れた。
そしてその中を開けると……
「あったわ!『深海の宝珠』よ!」
ルイズは木箱の中から青い直径10サント程の宝石を取り出す。
光量が少ない室内にも拘らず、それは非常に鮮やかに輝いていた。
「あっけないわねぇ!」
キュルケはつい拍子抜けした声を上げて反応してしまう。
が、ただ一人、神妙な面持ちで『深海の宝珠』を見つめる者がいた。
入り口の辺りを警戒していたラティアスはルイズが掲げた『深海の宝珠』にふらふらと寄せられていく。
そして夢中になったような表情でそれを見つめた。
「ご主人様、これは本当に『深海の宝珠』なんでしょうか?」
「ええ、そうよ。前に宝物庫を見学した時に見たの。って、どうかしたの?ラティアス。」
ルイズの声はラティアスには聞こえてこなかった。
ラティアスは知っている。
これが一体何でどういった代物なのかを。
その時、一瞬ではあるが頭の中に鋭い痛みを感じた。
それから彼女の視界は一気に暗くなる。
そして幾つもの言葉が断片的に、しかし大量の悪寒のようになって彼女の心を襲いだした。
これは……よく出来た幻想?……それとも、記憶?
―これは『こころのしずく』と呼ばれていて……は守っている……君には……事は無理だ……一族の掟は……お前に出来るわけ無いだろ……人間共に何故……下衆が……だからあれ程……なと言ったろうが!
…………助けて……助けて、兄様(あにさま)!……―
「ラティアス……?!どうしたの?!ラティアス!!」
ルイズの叫び声が聞こえてラティアスははっとする。
気がつくと、自分の身は何故か床に落ちていた。
頭を上げるとタバサやキュルケが自分をぐるっと取り囲んで見下ろしている。
状況が分からないラティアスは取り敢えずルイズに質問した。
「あのぅ……私どうかしましたか?」
「どうかしましたか~?じゃないわよ。急に気を失って床に落ちるんだもの。びっくりしたわ!」
「そ……そうだったんですか。」
そう言いつつラティアスは空中に戻る。
と、その時、ミス・ロングビルが『深海の宝珠』の入った箱をすっとルイズから取り上げた。
「皆さん素晴らしいですわ。さあ、学院に戻りましょう。あー、これは私が学院に着くまで持っておきます。
ここに置いておいたのに無くなっている事に気づいたフーケが、何時私達を襲うか分かりませんから。」
しかし最後の辺りの言葉は、ラティアスが発した精神感応の声によって掻き消された。
「それは駄目です。私達が持っておきます。」
その言葉と共にラティアスは木箱を上からひょいと取り返す。
そしてそれを部屋の奥にいるルイズに渡した。
事情が飲み込めないのか、ミス・ロングビルは間が抜けた様に訊いた。
「あら、どうして?」
「……あなたが持っていれば何処かに隠してしまうからですよ。違いますか?『土くれ』のフーケさん?」
その言葉でキュルケとタバサがミス・ロングビルの方向を見た。
だが、言われた当の本人は涼しい顔をして冗談混じりに反論する。
「あらあら。私がフーケですって?冗談でしょ?」
「冗談ではありません。あなたがフーケであるというキーワードは幾つかあります。」
その言葉に場の空気がずしりと重くなった。
ミス・ロングビルも表情を固くする。
「先ず一つ。『徒歩で半日、馬で4時間』。あの事件が起きたのは日付が変わろうかとしていたぐらいの夜中です。ご主人様達が現場に呼ばれた時、朝御飯も始まっていないほどの時間でした。
なのにあなたは調査に出たといったにも拘らずあの場にいましたよね?かなりの距離があったのにどうしてですか?
ついでに言うと、学院長の調べでは先日の夕方以降、厩舎の馬を借りた者は誰一人としていないそうです。
二つ。『近在する農民への訊きこみ』。確かにこの近くに農家はありました。でも先程言った事を踏まえれば、訊きこみをするなら普通人が起きている時にやりませんか?
皆が寝静まっているような夜中に無理矢理やる物ではないと思うんです。おまけにそういった時間帯なら目撃情報も物凄く少なくなるか、或いは全く無いと言っても無理はありません。
ましてさっきの事と合わせて考えれば、帰って来る筈の時間が余計遅くなると思いますけど?
三つ。『埃の具合』。あなたはここをフーケの隠れ家だって言いましたけど、見ても触っても分かる通りこの小屋って凄く長いこと使われてない筈なんですよ。
隠れ家にしているんだったらそれなりに生活の痕跡があってもおかしくはないはずです。何でかって言うと、床に転がった酒壜にまで埃が溜まった状態なのは変だと思いましたから。
それとドアの辺りと棚の辺りだけ変に埃の積もり具合が薄いんです。つまり、誰も使っていないこの小屋にはごく最近誰かがやって来て何かをしたって事です。
そして最後の四つ。『偵察』。恐らくあなたは私達に『深海の宝珠』を発見させた後、ゴーレムを使って蹴散らそうという算段を立てていたんでしょう。
ここからそれなりに離れればゴーレムを作る為の土はたくさんありますからね。って言っても、半分学院長先生、半分私とご主人様の推理なんですけどね
……どこか違う所はありますか?『土くれ』のフーケさん?」
ラティアスは取り澄ました表情で言い切る。
ミス・ロングビルは最初こそ笑い混じりに聞いていたが、後になるにつれて段々表情が引き攣っていった。
暫しの沈黙が場を支配する。
それを打ち破ったのはミス・ロングビルの笑い声だった。
「っはははははっ!!こいつは驚いたねえ。あのエロジジイがまさかそこまで考えていたとは思わなかったよ。そしてあんたも。なかなか鋭い観察力じゃないか。そうさ。私が『土くれ』のフーケだよっ!」
言うが速いかミス・ロングビルことフーケは外に飛び出し、地面に杖を向けて詠唱をしだす。
そして数秒の後に、そこには学院を襲ったあの時のゴーレムとほぼ同じ大きさのゴーレムがあった。
フーケはゴーレムの腕伝いでその身に乗り、肩の所に立つと再び杖を振ってゴーレムを操る。
するとゴーレムはその巨大な腕を振り回して、小屋の屋根を吹き飛ばした。
「きゃあああああっ!!」
ルイズが大きな悲鳴をあげてその場に蹲った。
ばらばらと屋根の木材や暖炉に使われていた煉瓦の破片が降り注ぐ中、タバサはいち早く立ち上がり呪文を詠唱して杖を振る。
あっという間に大きな竜巻が出来、ゴーレムに向かって一直線に進む。
しかし、ゴーレムはまるで微風を受けたかのように平然としていた。
ならば、とばかりに今度はキュルケが胸に差した杖を引き抜いて、タバサと同じく呪文を詠唱して杖を振る。
直径にして1メイルはありそうな火炎の玉がゴーレムを襲ったが、やはりゴーレムは意に介してないかの如く三人に向かって進み続ける。
「無理よ、こんなの!!」
「退却。」
キュルケが叫び、タバサがぼそりと呟くなか、ラティアスは近くにいたルイズに声をかける。
「ご主人様!私に『深海の宝珠』を渡して下さい!」
「どうするの?!」
「説明している時間はありません!早く!」
「わ、分かったわよ!……はいっ!」
そう叫んでルイズは『深海の宝珠』を空中に投げる。
ラティアスはそれを横取りしようと腕を動かしたゴーレムを、辛くも避けながら『深海の宝珠』をキャッチした。
その時である。
体の中に何かが流れ込んできた。
端的に言ってしまえば力その物だが、それだけではない何かも入り込んでくる。
一体これは何なのか。彼女は知っている。
これは彼女が元いた世界では『こころのしずく』と呼ばれる物であり、彼女と同じ姿をした者達の力を高める力を有している事を。
フーケの操るゴーレムは、尚も主人であるルイズとその仲間を踏み潰そうとしていた。
傷つけさせてなるものか!
ラティアスは鋭く嘶くとゴーレムに向かっていった。
「凄い……!元の世界では噂しか聞いた事無かったけど、『こころのしずく』ってこんなに凄いんだ!」
改めて『こころのしずく』の力に驚嘆するラティアス。
しかし自分の体に起こった変化はそれだけではない。
自分の左手にあるルーンが眩しく輝いていた。
そして体も何故か軽く感じられた。
この軽さなら元の世界にいた同種生物の一つ、ハネッコといい勝負だろう。
全速力で飛べといわれたら今までの速度の倍近い速さで飛べそうだ。
ラティアスは小さく呟きながら先ず様子見とばかりに、割合小さい体と凄まじい速さを利用してゴーレムの周囲を飛んでみる。
その様子はさながら大きな獅子の体を駆け回る鼠といったところだろうか。
流石にゴーレム、もといフーケは我慢ならなくなったのか、ゴーレムの巨体をいかん無く生かして攻撃を行う。
しかしそれらは常に間一髪のところでかわされてしまう。
対してラティアスが自分の『技』であるミストボールを一発試しに放ってみる。
結果は……ラティアスの予想したとおりだった。
当たったゴーレムの左腕の肘から下が跡形も無く消え飛んでいたからである。
使い魔になる前までの自分の力なら、崩す事さえ難しかったかもしれない。
しかしゴーレムとてやられた場所をそのままにしているわけがない。
ほんの少し目を離していた間で、消え飛んだ部分に新しい腕が生えていた。
ならばと今度は角度を変えながら両足に一発ずつ、そして胴体の真ん中に三発喰らわせてみる。
確かに足が?げてゴーレムはその場に崩折れるが、直ぐにまた足を生やしてこちらに向かって来る。
また胴体はよほど頑丈に出来ているのか、表層面ががらがらと崩れただけで風穴が開くわけではない。
更に動きは一時的だが緩慢になるものの、完全に止まるほどのものではなかった。
お返しとばかりにゴーレムはその腕と足を異様なまでの速さで振り回す。
宙返り、捻り込み等、必死に回避行動を取りながらラティアスは低く呻いた。
「『こころのしずく』を使っても上手くいかない!……やっぱり駄目なのかなあ?」
「嬢ちゃん。そいつぁ違うぜ!」
突如喋りだしたのは、何かあった時の為に一応背中に背負っていたデルフだった。
唐突に話しかけられた事で、ラティアスは一瞬ゴーレムの動きに反応するのが遅くなってしまった。
そして右側からもろに喰らったゴーレムの拳で彼女はその場から50メイルほど遠くに飛ばされる。
気を失いこそしなかったが、開口一番ラティアスはデルフに対して文句を言った。
「いきなり話しかけないで下さい!」
「それはいい。それよりも嬢ちゃんさっき随分と弱気な事を言っていたな。良い機会だから教えるぜ。ぶっ壊れた所を再生するっていうのは操り手であるメイジの精神力をかなり磨り減らすことなんだよ。
あんなデカ物、作って操るだけでも結構きついのに動かしながら作り直すのはそれ以上にキツい行為なんだぜ。」
しかしその話の最中でもゴーレムはお構い無しに攻撃を加えてくる。
フーケが本気を出したのか、ゴーレムの一部は今や頑丈そうな鉄に変わっていた。
デルフはそれも意に介せずラティアスに向かって話し続ける。
「精神力は魔力の量と同じような物だ。いつか必ず再生がおっつかなくなる時が来るだろうさ。それにやっこさん、今あのゴーレムの一部を土より固い物にしたろ?
それでおまえさんをしとめようっていう算段なんだろうが、裏を返せばそんな作戦に出なけりゃいけないほど追い詰められてるって事なのさ。
何しろただ土をゴーレムの形にして動かすより、土に『錬金』の術をかけて鉄にしてからゴーレム作って動かす方が、遥かに精神力を使う事になるからな!」
それを聞いたラティアスはふと考える。
ならば今の攻め方を暫く続けていれば道はある。
例え、自分の身を不可視化してフーケをゴーレムから叩き落とした所で、大量に精神力が残っている状態でそれをすれば魔法で対抗されてしまう。
ならばゴーレムの修復に精神力を使わせ、その後如何なる簡単な魔法も使えない様にしてからとっちめたって遅くはないだろう。
再びミストボールの応酬をゴーレムに浴びせる。
するとデルフの言った通り、再生はするものの若干そのスピードが遅くなっている事に気づいた。
この調子で行けば或いは……
ラティアスは更に威力と大きさを増させたミストボールを次々に放った。
その為ゴーレムを中心とする半径50メイルに渡って朦々とした霧が立ち込める。
ルイズ達はその場から大分離れていたところで事の成り行きを見守っていたせいか、それに巻き込まれる事はなかった。
その霧の中をラティアスが高速飛行の状態で飛んでみると霧が段々と晴れていった。
そもそも霧というのは大気中で飽和状態になった水蒸気の事である。
体毛がじっとりと濡れていくのを感じたラティアスは、数回身震いをして水気を一気に落とす。
そして霧の中からゴーレムが姿を現した。
相変わらず一部を鋼鉄化した腕も足もあり、なんてことはない様に立っている。
ただ最初の時に比べるといやに痩身の様子を呈している。
間違い無くフーケの精神力は限界に達してきているようだった。
ラティアスは一旦距離を取り、もう一度出力を上げたミストボールを放とうとした。
しかし……それが出来ない。
如何に集中しても霧を包んだ強烈な旋風は口元から現れる事はない。
まさかもう出せないっていうの?いや!こんな肝心な時に!
呆気に取られるラティアスを前にしたフーケは小さく嗤う。
「ちっちっちっ。最後に笑うのは私のようだねえ。なんだかんだ言って今日はツイてるよ!」
そしてその次にはゴーレムの強力な一撃がラティアスを襲っていた。
彼女は勢いに任されたまま地面に叩きつけられる。
そこは丁度ルイズ達が身を寄せ合いながら集まっていた所の傍だった。
と、その時ルイズが杖を握り締めてゴーレムに向かっていった。
「ご主人様!戻って下さい!」
しかしルイズはラティアスの声に止まる事はおろか振り向きさえもしない。
彼女は何やら呪文を詠唱し杖を振ってみる。
だが起こるのはいつもの様に爆発だけで、それ以上の事もそれ以下の事も起きない。
しかも鋼鉄に変異した部分に向けて打った事が不味かったのか、相手の体にも動きにも全く異変は見られない。
「ちぃっ!邪魔だね!今すぐ潰してやるよっ!」
言うが速いかゴーレムはルイズに向かって鋼鉄化した足を振り下ろす。
だが疾風(はやて)の如く駆けつけたラティアスによって彼女は救われた。
ラティアスに羽交い絞めにされつつルイズは叫ぶ。
「何するのよ!離してっ、ラティアス!」
「危ないじゃないですか、ご主人様!逃げないといけないじゃないですか!」
「逃げるなんて嫌よっ!!」
涙まで付いてきた血を吐くような叫びに、ラティアスは一瞬怯んでしまう。
「何でもかんでもあんたに任せたままで……ゼロのルイズだから何も出来ないって思われたくないのよ!あんたがどんなに凄くても、私……私……何にも出来てないままじゃないっ!!!」
ラティアスがキュルケに勝った時から抱いていた悲痛な感情。
自分は何も成長していない……サモン・サーヴァント、そしてコントラクト・サーヴァントには成功したがそれまで。
使える魔法は相変わらず無しで爆発ばかり。コモン・マジックだって碌に使えるものが少ない。
ラティアスの恐るべき力をあたかも自分の力として考えていた自分は浅はか且つ、傍目に見ても惨めな物だった。
そこに貴族のプライドなぞある筈もない。ルイズはそれが許せなかった。
泣きじゃくるルイズを地面に下ろし、ラティアスは彼女の肩を揺さぶる。
「ご主人様、聞いて下さい!ご主人様の努力は私が一番よく知ってます!ご主人様の気持ちはいつもお傍にいる私が一番よく分かります。
ですから、お願いですからこんな所で無茶なんかしないで下さい!何も考えずに突っ込むなんて勇気でも何でもありません。無茶です!」
しかし話はゴーレムの容赦ない再攻撃によって遮られる。
強烈な地響きがそこにいる全員を襲う。
そしてその時、跳ね上がった小岩がルイズの体を直撃した。
「あううっっ!」
ルイズの体は一旦大きく弛緩し、それからぐったりとラティアスにもたれかかる。
「ご主人様っ!!」
ラティアスの悲痛な叫びが木霊する。
幸い気を失っているだけのようだったが、頭から一筋の血が流れている事は彼女から冷静さを失わせるのに十分な働きをしていた。
ゴーレムは未だに自分達をつけ狙ってこちらに来ていた。
ラティアスは近くにいたキュルケとタバサにルイズの身柄を渡した。
「ご主人様を……ほんの少しの間だけお願いします。」
その申し出にタバサはこくりと頷いた。
それから直ぐに先程呼び出したシルフィードにキュルケと共に乗る。
荷重が少しキツイのか、翼をいつもより大きくはためかせていたシルフィードはラティアスのいる位置より更に高空へと移動した。
これで少しは安心できる。残るは……あのゴーレムだけだ。
ラティアスはゴーレムの方になおり精神を集中させる。
『こころのしずく』を持っているからだろうか力は湧き水のようにゆっくり少しずつ、しかし確実に体の中に流れて来ている。
要はそれをどうやってゴーレムに対して攻撃の術として使うか。
すると……何かが頭の中で見えて来た。いや、厳密に言えば感じた。
ミストボールではない、新しい力の発し方がラティアスの頭にするすると入っていく。
この力は一体何なのだろうか?
兎に角やってみなければどれ程の物なのか想像もつかない。
ラティアスは全身の力を攻撃力に変換してその技……『サイコキネシス』を放った。
次の瞬間、空気が一瞬にして歪み、次いで爆弾が爆発したような見えない衝撃波がゴーレムとその上に乗っていたフーケを襲った。
その勢いは凄まじく、周囲にあった木々は無理矢理捻じられた様にして折られていき、地面には小さいながらも罅割れが出来ていた。
炭焼小屋の窓は一瞬にして全て割れてしまい、小屋自体も大きく傾いでいく。
そしてゴーレムの体も同様に裂け目が出来ていき、ついに全身がばらばらになってあちこちに弾け飛んだ。
高速で飛び散った鋼鉄の塊は地面に衝突するとそのままめり込み、木に衝突すれば枝を、そして幹を悉く吹き飛ばす。
フーケはと言うと、ゴーレムが崩壊する直前にそれの肩から飛び降りていたが、その途中崩壊したゴーレムの体の破片をもろに下腹部に喰らう。
そしてそのまま彼女は炭焼小屋のドアに自分の身を嫌というほど打ち付けた。
そしてそれだけではなく、ドアは真ん中から真っ二つに折れてしまい、彼女はそれと共に部屋の中に押し込まれた。
やがてラティアスの精神力が尽きたのか、『サイコキネシス』は終わりを告げる。
長く感じられた技の発動時間だったが、終わってみれば十秒も経っていなかった。
だがその間に放たれたエネルギーは凄まじい物だった。
ラティアスは全身に脱力感を感じ、そのまま真っ直ぐ地面に墜落する。
最早飛ぶ力も残っていはしなかった。
今の力ではせいぜい人間状態の姿を見せるだけで精一杯だろう。
だが安堵の息は吐けなかった。
小屋からぼろぼろになったフーケがゆらりと現れたからだ。その形相の恐ろしさといったらない。
眼鏡は何処かに吹き飛んだためか既に無く、目は猛禽類のそれと同じ鋭さを持っていた。
後ろで纏められていた艶のあった髪は、ばらばらに振り乱されている。
額と口の端から黒ずんだ血の筋が流れており、破れた服のあちこちにも飛沫血痕が残されていた。
そして彼女は戸枠に寄りかかりながら、左腕で必死に右腕を押さえている。
見ると右腕は肘の先からあらぬ方向に曲がっている。折れているのだ。
そしてそうなっているのは腕だけではなかった。どうやら右足も同じ様になっているらしい。
ただそちらの方は魔法でも使っているのだろうか、立って歩ける状態にはなっていた。
ブーツのヒールがどちらも折れていたので歩きにくそうではあるが。
その様子を見たラティアスは目の前が真っ暗になるような感覚に襲われた。
あれだけやって……新しい技まで覚えて……やっと勝てたと思えたのに!
「もう駄目なのかしら……」
「弱気になるのはちぃと早いぜ、嬢ちゃん!」
ラティアスの微かな呟きに力強い声で答えるデルフ。
「どう……いう事?」
「何の為の俺だよ!おめえさんが今の姿でいる時に、さっきぶっ放した様なやつがもう出せねえって時に俺があるんだろ?人間の姿で戦うのよ!
まあ、『深海の宝珠』改め『こころのしずく』を左手に持ちながら俺を右手に持ちゃあ分かるぜ。今はまだ幻術をやって多少体を動かす事が出来るんだろ?おめえさんよぉ。」
考えていては時間の無駄だ。やってみるしかない。
ラティアスは人間形態に変身して、言われた通り左手で『こころのしずく』を、右手でデルフを持ってみる。
すると驚いた事に体の痛みが消えていった。
ルーンも再び強い光を放ち始める。
剣は今まで持った事も無いのに、まるで腕の延長線上にあるかのように物凄くしっくりとくる印象を与えた。
だが感心している暇は無い。
フーケが懐からこっそりと杖を取り出し、ラティアスに向けたからだ。
「今すぐくたばりな!このおチビ!」
そう叫んでフーケが呪文を詠唱しだす。
ラティアスは一足飛びに走り出し、フーケとの距離を一気に縮める。
勝利の軍配は……ラティアスの方に上がった。
詠唱が完成する直前、ラティアスは最初の太刀でフーケの杖を真っ二つにし、次の太刀でフーケの脇腹辺りを切りつけた。
「ぐあああっっ!!」
フーケは絶叫し、大きく派手な音をたてて再び小屋の中に押し込まれる。
棚の前で血を流しながらぐったりとなるフーケの周りには、衝突で壊れた椅子、割れた酒壜、そして歪な形の薪が散れていた。
その様子をラティアスは呆然としながら見つめていた。
「死んだの……かしら?」
「……いや。胸元が小さく動いてるから死んじゃあいねえが、このぶんじゃ当分の間泥棒稼業は無理そうだな。」
デルフはただただ冷静な意見だけを述べていく。
と、小屋からそこまで離れていない所にシルフィードが降り立った。
ルイズはまだ目を覚ましていないらしく、キュルケにもたれかかっている。
ラティアスは勝った事と中にいるフーケの事について言おうとして……膝が抜けてしまった。
その次に世界がぐるりと一周し、そして急激な疲労感に襲われた直後に意識を失ってしまった。
キュルケはルイズをシルフィードの背びれにもたれさせ直した後で、ラティアスを抱きとめる。
そして恐る恐る小屋の中を覗くと、かなりの血を流しながら様々な物に埋もれているフーケを見つけた。
フーケが死んでいない事を確認し、タバサと共に彼女とラティアスを運び出す。
治療が急がれるルイズ、ラティアス、そしてフーケは徒歩や馬では追いつかない。
森の入り口にいる馬は後で取りに来る事にして、自分を含む5人はシルフィードの厄介になる事になった。
学院に戻る段になってシルフィードは、5人も運ぶ事に嫌そうな態度を示していたが、渋々了承した感じで全員を背中に乗せた。
森の入り口まで来てからキュルケは疑問に思った。
ラティアスのあの力は離れて様子を見ていた彼女でも感じ取る事が出来た。
あんな攻撃の形をとる竜は今まで学習したどんな竜の中にもいない。
一見風魔法の一種にも見えたあの技には、明らかにそれ以上の何かが力として加えられていた。
ならばあれは先住魔法の一種なのだろうか?
ラティアスの特徴や振る舞いからして今までそうだと考えられる要素はごろごろあったものだ。
そうであったとしてもおかしくない。
そして……『深海の宝珠』。
あれをルイズから受け取った後、ラティアスは見違えるように速くなり攻撃力も上がった。
だとすれば、あれはラティアスに対して何らかの力を付与したのだろうか?
しかしマジックアイテムなら、魔法使いにとって良くても悪くても何らかの影響がなければならない。
しかし宝物庫見学の際に受けた説明では、人間の魔法使いが何かに使おうとしても何の役にも立たなかったと聞かされた。
改めて思う。『深海の宝珠』とは一体何なのだろうか、と。
#navi(ゼロの夢幻竜)
#navi(ゼロの夢幻竜)
第十七話「深海の宝珠(前編)」
一本道を進み続ける屋根無しの馬車。
御者と案内役を買って出たミス・ロングビルを始めとするフーケ捜索隊の姿がそこにあった。
使い魔のラティアスは馬車の速度に合わせつつ5メイルほど上の空を飛んでいる。
その一行の中でキュルケは、ルイズに対して一抹の違和感を持っていた。
こうも静かな状況で自分の次に何かを言おうとするのは彼女ぐらいなものだ。
ところが今は側にいて本を読みふけっているタバサと同じくらい何も喋らなかった。
時々、使い魔の事やナシになった授業の事について話題をふるのだが、返って来るのは愛想の無い言葉ばかりで会話が全くと言っていいほど続かない。
たまに視線をラティアスの方に向けて、何かを聞き取っているように頷いたり目配せをしているがそれが何を意味しているのかが分からない。
何をやっているのか教えてくれと言っても、噛み付かれるような勢いで「黙ってて!」といわれるばかりだ。
朝食の後、学院長室に行った事が原因だとは思っていたが一体学院長に何を吹き込まれたのだろうか?
そうこうしている内に馬車は深い森の中へと進んでいく。
周りの木々がやたら高く鬱蒼としているせいか、道の見通しはいいくせに薄気味悪い感じがしてならない。
「ここから先は徒歩で行きましょう。」
ミス・ロングビルがそう言ったので、全員が馬車から降り森の中を進む事にした。
それから周囲に警戒しつつ暫く進んでいると急に視界が開けた。
丁度学院の中庭と同じくらいの広さを持った空き地といったところだろうか。
その真ん中に確かに廃屋は存在していた。
昔は木こりが使っていた炭焼小屋であったのだろうか、近くには大小様々な薪が散在し、そして小屋の脇には古ぼけた窯がある。
一行は先ずフーケが中にいるかもしれない、悟られては不味いという事で近くの茂みに隠れて小屋の様子を見ることにした。
「私の聞いた情報だと、フーケはあの中にいるという話だそうです。」
ミス・ロングビルは廃屋を指差して言う。
しかし、小屋からはそれらしき感じは全くしない。
ルイズに至ってはあまり聞いていないようでラティアスとの話に熱心になっている。
耐え切れなくなったキュルケはルイズを引っ掴み、少し離れた場所で話しかけた。
「ヴァリエール!あなたねぇ、この泥棒退治自分から名乗り出たのに大事な事そっちのけで使い魔とお喋りしてんじゃないわよ!」
「私は!学院長先生からラティアスと一緒に言いつかった事を確認していただけよ!」
「それにしても限度があるんじゃないの?馬車に乗ってる時からずっとそうだったの?」
「そうよ。でも人に教えちゃいけない、常に連絡を取っていることって言われたからそうしていただけよ!」
「それって一体何なのよ!」
そこまで言って二人の周りが急激に静かになった。
ついでに言うとお互いの声も聞こえず、相手の声はただ口パクを繰り返しているだけになった。
ふと近くを見るとタバサがこちらに向かって杖を向けている。
お得意の『サイレント』を使ったのだろう。
いつの間にか大声で話していたという事だ。
二人は元いた所まで戻り、タバサが作ったという作戦に耳を傾ける事にした。
もし中にフーケがいるのであるとすれば、奇襲を使って不意をつくしかない。
その為には相手に気配を悟られてはお終いなので、不可視化が出来、『技』を繰り出す事の出来るラティアスが偵察兼斥候として赴く。
もしそれが上手くいかなかったなら、フーケを外に誘き出す。
と言うのも、外にはフーケお得意の土ゴーレムを作り出すのに必要な土がそれほど無いからだ。
そしてフーケがゴーレムを作り出そうとまごまごしている隙に、全員で集中砲火を浴びせる、という事になった。
早速ラティアスは自らの姿を消し、小屋の側面にある小窓まで近づいてみる。
そこから中を覗くと大体の様子が見て取れた。
間取りは恐らく一部屋。
部屋の中央には長い事誰も使った事が無さそうなテーブルと、乱雑に置かれた椅子があった。
ちらと見えた暖炉は完全に崩れており、使う事は殆ど不可能と見える。
また部屋の隅に積み上げられた薪の横には大きめの棚があった。
埃の積もり具合と内部の様子からして長く人が使ってはいなかったものの、極最近誰かが使っていた事だけははっきりする。
何度見回しても中に誰もいないことを確認したラティアスは、皆の所まで戻って結果を報告した。
「中に誰もいませんよ。入っても大丈夫ではないかと思います。」
それを聞いた全員は恐る恐るドアの近くまで近寄る。
一応タバサはドアに向かって杖を振り、罠の類が仕掛けられていないかどうか調べてみたが、どうやら無いらしい。
そこでドアを開けて中に入ろうとすると、一番後ろに控えていたミス・ロングビルが外に向かおうとしだした。
「私はフーケが近くにいないか、ちょっと辺りを偵察してきます。」
その彼女を前にいたルイズが引き止めた。
「駄目ですよ、ミス・ロングビル。生徒だけを残して偵察なんかに行ったら危ないじゃないですか。ここがフーケの隠れ家なら、もしかしたらここに『深海の宝珠』があるかもしれないんですよ!
フーケに会わずに宝を持ち帰れたらそれだけでも良いじゃないですか!」
「え?え、……ええ。そうね……分かったわ。」
言われて彼女は小屋の中へ歩を戻す。
皆はフーケが何か手懸かりを残していないかあちこちを漁りだす。
そしてルイズが何か無いだろうかと棚の中をごそごそと探っていると、中から質素な作りの木箱が現れた。
そしてその中を開けると……
「あったわ!『深海の宝珠』よ!」
ルイズは木箱の中から青い直径10サント程の宝石を取り出す。
光量が少ない室内にも拘らず、それは非常に鮮やかに輝いていた。
「あっけないわねぇ!」
キュルケはつい拍子抜けした声を上げて反応してしまう。
が、ただ一人、神妙な面持ちで『深海の宝珠』を見つめる者がいた。
入り口の辺りを警戒していたラティアスはルイズが掲げた『深海の宝珠』にふらふらと寄せられていく。
そして夢中になったような表情でそれを見つめた。
「ご主人様、これは本当に『深海の宝珠』なんでしょうか?」
「ええ、そうよ。前に宝物庫を見学した時に見たの。って、どうかしたの?ラティアス。」
ルイズの声はラティアスには聞こえてこなかった。
ラティアスは知っている。
これが一体何でどういった代物なのかを。
その時、一瞬ではあるが頭の中に鋭い痛みを感じた。
それから彼女の視界は一気に暗くなる。
そして幾つもの言葉が断片的に、しかし大量の悪寒のようになって彼女の心を襲いだした。
これは……よく出来た幻想?……それとも、記憶?
―これは『こころのしずく』と呼ばれていて……は守っている……君には……事は無理だ……一族の掟は……お前に出来るわけ無いだろ……人間共に何故……下衆が……だからあれ程……なと言ったろうが!
…………助けて……助けて、兄様(あにさま)!……―
「ラティアス……?!どうしたの?!ラティアス!!」
ルイズの叫び声が聞こえてラティアスははっとする。
気がつくと、自分の身は何故か床に落ちていた。
頭を上げるとタバサやキュルケが自分をぐるっと取り囲んで見下ろしている。
状況が分からないラティアスは取り敢えずルイズに質問した。
「あのぅ……私どうかしましたか?」
「どうかしましたか~?じゃないわよ。急に気を失って床に落ちるんだもの。びっくりしたわ!」
「そ……そうだったんですか。」
そう言いつつラティアスは空中に戻る。
と、その時、ミス・ロングビルが『深海の宝珠』の入った箱をすっとルイズから取り上げた。
「皆さん素晴らしいですわ。さあ、学院に戻りましょう。あー、これは私が学院に着くまで持っておきます。
ここに置いておいたのに無くなっている事に気づいたフーケが、何時私達を襲うか分かりませんから。」
しかし最後の辺りの言葉は、ラティアスが発した精神感応の声によって掻き消された。
「それは駄目です。私達が持っておきます。」
その言葉と共にラティアスは木箱を上からひょいと取り返す。
そしてそれを部屋の奥にいるルイズに渡した。
事情が飲み込めないのか、ミス・ロングビルは間が抜けた様に訊いた。
「あら、どうして?」
「……あなたが持っていれば何処かに隠してしまうからですよ。違いますか?『土くれ』のフーケさん?」
その言葉でキュルケとタバサがミス・ロングビルの方向を見た。
だが、言われた当の本人は涼しい顔をして冗談混じりに反論する。
「あらあら。私がフーケですって?冗談でしょ?」
「冗談ではありません。あなたがフーケであるというキーワードは幾つかあります。」
その言葉に場の空気がずしりと重くなった。
ミス・ロングビルも表情を固くする。
「先ず一つ。『徒歩で半日、馬で4時間』。あの事件が起きたのは日付が変わろうかとしていたぐらいの夜中です。ご主人様達が現場に呼ばれた時、朝御飯も始まっていないほどの時間でした。
なのにあなたは調査に出たといったにも拘らずあの場にいましたよね?かなりの距離があったのにどうしてですか?
ついでに言うと、学院長の調べでは先日の夕方以降、厩舎の馬を借りた者は誰一人としていないそうです。
二つ。『近在する農民への訊きこみ』。確かにこの近くに農家はありました。でも先程言った事を踏まえれば、訊きこみをするなら普通人が起きている時にやりませんか?
皆が寝静まっているような夜中に無理矢理やる物ではないと思うんです。おまけにそういった時間帯なら目撃情報も物凄く少なくなるか、或いは全く無いと言っても無理はありません。
ましてさっきの事と合わせて考えれば、帰って来る筈の時間が余計遅くなると思いますけど?
三つ。『埃の具合』。あなたはここをフーケの隠れ家だって言いましたけど、見ても触っても分かる通りこの小屋って凄く長いこと使われてない筈なんですよ。
隠れ家にしているんだったらそれなりに生活の痕跡があってもおかしくはないはずです。何でかって言うと、床に転がった酒壜にまで埃が溜まった状態なのは変だと思いましたから。
それとドアの辺りと棚の辺りだけ変に埃の積もり具合が薄いんです。つまり、誰も使っていないこの小屋にはごく最近誰かがやって来て何かをしたって事です。
そして最後の四つ。『偵察』。恐らくあなたは私達に『深海の宝珠』を発見させた後、ゴーレムを使って蹴散らそうという算段を立てていたんでしょう。
ここからそれなりに離れればゴーレムを作る為の土はたくさんありますからね。って言っても、半分学院長先生、半分私とご主人様の推理なんですけどね
……どこか違う所はありますか?『土くれ』のフーケさん?」
ラティアスは取り澄ました表情で言い切る。
ミス・ロングビルは最初こそ笑い混じりに聞いていたが、後になるにつれて段々表情が引き攣っていった。
暫しの沈黙が場を支配する。
それを打ち破ったのはミス・ロングビルの笑い声だった。
「っはははははっ!!こいつは驚いたねえ。あのエロジジイがまさかそこまで考えていたとは思わなかったよ。そしてあんたも。なかなか鋭い観察力じゃないか。そうさ。私が『土くれ』のフーケだよっ!」
言うが速いかミス・ロングビルことフーケは外に飛び出し、地面に杖を向けて詠唱をしだす。
そして数秒の後に、そこには学院を襲ったあの時のゴーレムとほぼ同じ大きさのゴーレムがあった。
フーケはゴーレムの腕伝いでその身に乗り、肩の所に立つと再び杖を振ってゴーレムを操る。
するとゴーレムはその巨大な腕を振り回して、小屋の屋根を吹き飛ばした。
「きゃあああああっ!!」
ルイズが大きな悲鳴をあげてその場に蹲った。
ばらばらと屋根の木材や暖炉に使われていた煉瓦の破片が降り注ぐ中、タバサはいち早く立ち上がり呪文を詠唱して杖を振る。
あっという間に大きな竜巻が出来、ゴーレムに向かって一直線に進む。
しかし、ゴーレムはまるで微風を受けたかのように平然としていた。
ならば、とばかりに今度はキュルケが胸に差した杖を引き抜いて、タバサと同じく呪文を詠唱して杖を振る。
直径にして1メイルはありそうな火炎の玉がゴーレムを襲ったが、やはりゴーレムは意に介してないかの如く三人に向かって進み続ける。
「無理よ、こんなの!!」
「退却。」
キュルケが叫び、タバサがぼそりと呟くなか、ラティアスは近くにいたルイズに声をかける。
「ご主人様!私に『深海の宝珠』を渡して下さい!」
「どうするの?!」
「説明している時間はありません!早く!」
「わ、分かったわよ!……はいっ!」
そう叫んでルイズは『深海の宝珠』を空中に投げる。
ラティアスはそれを横取りしようと腕を動かしたゴーレムを、辛くも避けながら『深海の宝珠』をキャッチした。
その時である。
体の中に何かが流れ込んできた。
端的に言ってしまえば力その物だが、それだけではない何かも入り込んでくる。
一体これは何なのか。彼女は知っている。
これは彼女が元いた世界では『こころのしずく』と呼ばれる物であり、彼女と同じ姿をした者達の力を高める力を有している事を。
フーケの操るゴーレムは、尚も主人であるルイズとその仲間を踏み潰そうとしていた。
傷つけさせてなるものか!
ラティアスは鋭く嘶くとゴーレムに向かっていった。
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