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「ゼロのガンパレード 25」(2008/03/16 (日) 16:48:01) の最新版変更点
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ルイズは胸を張り、絶対の自信を漲らせて言葉を紡いだ。
「もう一度言うわ、イザベラ王女。
魔法が使えない、“それがどうした”と」
イザベラの視界が怒りで赤く染まり、噛み締めた奥歯が軋んだ。
それを言うのか、お前が。
あたしと同じく、いやそれ以上に魔法の才能がないお前が。
「本気で言ってるのかい!?
あんただって、知ってるんだろう!?」
あの侮蔑の瞳を、哀れみの声を。
ただ魔法が使えぬと、才能がないと言うだけで全てを否定される苦しみを。
何度眠れぬ夜を過ごし、何度涙を呑み込んだのか。
努力すらも否定され、そもそもそんなものに意味が無いと言われ、
誰からも馬鹿にされ、真剣に相手にされなかったその時間を。
「勿論よ、イザベラ王女」
ルイズは短く答えた。
魔法の才能がない“ゼロ”と言われ、それでも歩いてきた日々。
誰もが彼女に期待し、そして失望した。
父も母も、姉さえも。
魔法学院に入学してもそれは変わらなかった。
ヴァリエールの娘に取り入ろうとした者は、彼女が魔法が使えぬと知るや離れていった。
学院で働く平民も、魔法が使えぬ貴族だと自分を馬鹿にした。
だが、それでもルイズは思うのだ。
“それがどうした”と。
本当に大切なものは、貴族の誇りとは魔法などではないと、彼女は誰よりも知っていたのだから。
「ずっとずっと昔、わたしもそう思っていたわ。
わたしが嫌われるのは、馬鹿にされるのは、魔法が使えないからだって」
だから意固地になって、自分が貴族であることに固執した。
殊更に我が侭に振る舞い、周囲がそれに振り回されるのを見て満足した。
自分の言葉を聞いてもらえて、やっと小さなルイズは安心するのだ。
自分は、まだ、貴族でいられるのだと。
今でも思い出す、赤面するしかない子供だった自分。
あの時の自分は、周囲から一体どんな目で見られていたのだろう。
「それでもね、イザベラ王女。
わたしを励ましてくれた人が居たのよ」
言いながら、胸に提げた首飾りを取り出す。
ブータ以外の誰にもその光は見えぬはずだったが、イザベラは何か眩しいモノを見るかのように目を細めた。
「わたしの涙を拭いてくれて、この首飾りをくれた。
がんばれと、絶対に負けるなと言ってくれた。
小さなわたしは馬鹿で、あの人の言葉の意味も解らなかったけれど、あの人はわたしに全てをくれた」
居心地悪げにワルドが身体を揺すった。
彼はそんな人物の存在は知らず、ルイズの家族からも聞いたことがなかった。
だがルイズがその人物に心から感謝し、尊敬していることはその言葉の節々から見て取れた。
何か黒く重いものが胸に宿る。
キュルケが聞けばそれは嫉妬だろうと看破しただろうそれを、ワルドは錯覚だと切って捨てた。
「だから、わたしは決めたの。
わたしを励ましてくれたあの人に、お礼を言うことも出来なかったあの人に。
もしももう一度会えたのならば、胸を張って自分が貴族だといえる自分になろうって」
魔法が使えることが貴族なんだろうが、と唇を歪めるイザベラに、ルイズは違うわと首を振った。
「では、魔法を使う盗賊は貴族かしら?
魔法が使えても不祥事で貴族の位を剥奪されたものはどうなるのかしら?」
脳裏に緑色の髪の女性の顔が浮かぶ。
嬉しそうに、しかし涙を浮かべたその顔。
王命に逆らってエルフとの混血児を命を賭けて守った人の知り合い。
今はアルビオンに居るかもしれない、ミス・ロングビル。
「わたしの知り合いにね、元アルビオンの貴族令嬢が居るの」
「あん? 元? つまりは身分を剥奪されたってのかい?」
キュルケが不思議そうに首を傾げた。
彼女の故郷はルイズの実家の隣ではあるが、そんな人物が近くに居たとは聞いた事もない。
学院の中でも彼女が知る限りではそのような人物は居ない筈である。
その令嬢から聞いた話だけど、と前置きしてルイズは言った。
「その人の知り合いは、元はアルビオンの貴族だった。
けれど、罪のない女性とその子供を守るために王命に逆らい、貴族の位を剥奪された」
「馬鹿な話じゃないか。王家に逆らうなんて」
吐き捨てるようにイザベラが言うが、けれどルイズはそうではないと首を振った。
「それでも、その人には誇りがあった。
例え貴族の位を失くしても、それでも守りたい誇りがあった」
そして彼が背いたのは王命だけではなかった筈だ。
彼が守ろうとした人物は、王だけではなく始祖ブリミルを崇める者たち全てから石持て追われる存在だったのだから。
「彼は命を賭けてでも、罪のない親子を守ろうとした。
彼の誇りにかけて守ろうとした。
そして彼はそれを守り抜いた。母親の方は亡くなったと聞いたけれど、子供の方はまだ健在の筈よ。
確かに彼は貴族ではなくなったかもしれない。
けれど、わたしは彼を貴族だと思う。
世界の全てからでも罪のない親子を守ろうとした彼は、間違いなく貴族だと思う。
例え魔法の腕がどうあろうとも、けして逃げずに戦った彼は貴族だわ」
/*/
遠見の鏡から洩れ聞こえる声に、ウェールズはなんてことだと頭を振った。
自分の父の命に逆らってまで、罪のない親子を守ろうとした貴族。
確かにミス・ヴァリエールの言うとおりだ。
もしそんな方がいるのなら、それは正しくアルビオン貴族の鑑と言うべきだろう。
『貴族として生まれる人なんて誰もいないわ。人は自分の意思で貴族になる。
もう亡くなったのだと聞いたけれど、その人はただの人として生まれ、貴族として生き、貴族として死んだ。
わたしはその人を知ることが出来たことを嬉しく思うし、その人のように生きたいと願うわ。
イザベラ王女。あなたはそうは思わないの?』
嘆息する。
もしも早く知っていれば、自分はその方に謝罪し、父を説得してでもその方を復権させただろう。
だがもはや、それは適わぬ夢となってしまったのか。
「あとで、話を聞かねばならないな」
「殿下?」
「その方が亡くなったとしても、その方の知り合いと、守ろうとした子供は生きているのだろう?
何らかの形で謝意を表明せねばならん」
「畏れながら、殿下。
一度口に出した言葉はもはや口には戻りません。
まして王族の言葉なればそれは絶対。万難を排してでも実現させねばならぬものです。
国王陛下がそれを命じた以上、それに逆らうはすなわち逆賊にございます」
解っているさ、とウェールズは忠実な副官に頷いた。
確かにそれは真理ではある。しかし幸いと言ってはなんだが、彼の故国は滅亡の瀬戸際にある。
ならば王の権威が失われることを気にすることもあるまい。
「お気づきになりませぬか、殿下。
その子供たちに取っては、王家は仇となるのです。
仇から手を差し出される屈辱を彼らに与えるおつもりか」
副官の言葉に、若い王子はそっと手を握り締めた。
ウェールズは深く息を吸うと、そっと目を閉じた。
「そうか、そうだな。そうかもしれん。
だが、ミス・ヴァリエールに頼んで匿名で援助するくらいは許されるだろう。
どの道、貴族派どもが略奪するだろう財宝だ。せめて二人ほどが一生暮らせるほどの額を持ち出しても罰は当たるまいよ」
だが、と首を傾げる。
なぜ父王は、その親子を殺そうとしたのだろう?
/*/
「僕も同意するよ、ルイズ。確かにその人は貴族だ。貴族だとも」
感に堪えぬと言いたげにギーシュが言った。
トリステイン貴族の常として感激屋でもある彼の目には既に涙が溜まっている。
「“命を惜しむな、名を惜しめ”
グラモン家の家訓だ。まさかそれを実行した方がいただなんて」
見ればキュルケも、タバサも同意だと言わんばかりに頷いている。
だがイザベラはそれでもそれに反発して見せた。
「くだらないね、ああ、くだらないとも!
誇りがなんだって言うのさ。
そんなもの、魔法が使えることに比べれば何ほどのものでもないだろう!
誇りで誰かに認められる?
馬鹿馬鹿しいね、そんなのただの自己満足じゃないか!」
「その通りよ、イザベラ王女」
激昂するガリアの王女をいなすかのように、ルイズはその言葉を肯定した。
「確かにそれは自己満足に過ぎない。
けれどそれから生まれるモノがある。
憎しみと後悔の中で、絶望と嫉妬を受けながら、それでもこの胸に耀くものがある」
それは悲しみが深ければ深いほど、絶望が濃ければ濃いほど、心の中から沸き上がる反逆の誓い。
それは夜が深ければ深いほど、闇が濃ければ濃いほど、天を見上げよと言うときの声。
「それは誇り。それこそが誇り。
誇りはここに、この中に」
立ち上がったブータに合わせ、ルイズが自分の胸を叩く。
ギーシュが、キュルケが、タバサがそれに習った。
「魔法が使える者を貴族と言うのではないわ。
その力を万民のために、名も顔も知らぬ領民のために、
どこかの誰かの笑顔のために使える者こそが貴族と言われるのよ」
それでもイザベラは首を振った。
納得できることではなかった。
もしそうならば、なぜ自分は誰にも認められなかったのか。
「だからって、誰も認めてはくれないだろう!?
魔法が使えない貴族の言葉なんてさ!」
「それがどうしたの、イザベラ王女。
わたしは確かに魔法を使えない、形だけの貴族よ。
でも貴族の形を取ることは出来る。そして心からそう振舞うことも出来る。
例え死んでも、貴族らしく振舞うことは出来る」
そして少女は胸を張り、堂々と嘘をついた。
誰からも貴族として認められなかった少女が、涙を流し、奥歯を噛み締めながらつき続けた嘘をついた。
物理法則も曲げられず、物理力も行使できず、主観にしか影響を及ぼさない筈のそれは、
しかし万能にて不可能を可能にする魔法となってイザベラの心に小さな火を灯した。
「貴族とは誇り。 誇りこそ貴族。
どの法を護るのもわたしが決め、誰の許しも請いはしない。
わたしの主はわたしのみ。
文句があるのなら、わたしはそれと戦うだけよ」
握り締めて突き出された拳に力が篭る。
イザベラは何かに押されたように後ろに下がった。
ルイズの語るその言葉は彼女にも理解することが出来た。
遠い遠い記憶を思い出す。
たとえ魔法の才能がなくとも、自分は王族なのだと言うことが彼女の誇りだった。
こんな自分でも何かが出来るのだと信じた。
だから北花壇騎士団の団長になった。
父の為に、ガリアの為に、なにかをしたかった。
自分に価値を与えたかった。
忘れていた、思い出すことすらなかった、それがイザベラの最初。
叔父に頭を撫でられるのが嬉しくて、後ろについてくる小さな従妹の姿に喜び、
ガリアの王女として生きようと誓った、幼い頃の夢。
「人はそこに貴族を見る。死んで灰になった貴族の誇りは再び蘇る。
誇りを見て人はまた思うのよ。自分もまた貴族となろうと」
誰からも認められず、馬鹿にされ続けていたイザベラの夢。
どんな功績を挙げようと、どれだけ職務に精勤しようと、
魔法の使えぬ父の娘だと、女王気取りの我がまま娘なのだと言われ続けた。
「貴族とは手本。貴族とは先駈け。それが真実かどうかさして重要ではないわ。
わたしが喩え偽物で途中で死んでも、手本がある限り、いつか本物がやってくる」
けれど目の前の少女は言うのだ。
“それがどうした”と。
例え自己満足に過ぎなくても、誇りとはその中から生まれてくるのだと。
それは嘘に塗り固められた世界の中で唯一の真実。嘘を覆す大嘘。
全ての虚偽と欺瞞を切り裂いて、それでも残る確かなモノ。
魔法が使えぬ貴族の少女は、誰からも馬鹿にされ続けて来たであろうその少女は言うのだ。
例え自分が偽者であろうが、途中で死のうが、それでもその行いには意味があるのだと。
「だから、わたしが偽物であろうと本物であろうと、やることは同じ。
わたしはただ一つの未来を信じて、その為に動く」
「なんだい、ただ一つの未来って」
簡単よ、とルイズ唇に笑みを佩いてそれを口にした。
誰もがそう願い、そう願うことすら気づかない、単純なこと。
この瞬間にも、何処かの誰かが無自覚に願い、祈っているだろうそれ、
「明日は、きっと良い日だってことよ」
華咲くような、笑みだった。
/*/
ルイズの言葉に絶句するイザベラを見ながら、ウェールズと副官は目を見交わした。
「いやはや、これは驚いた。
こうなると知っていれば、全艦に彼女の言葉を流したのだが」
「まさに。
だがこの船だけでは足りませぬな。是非とも城に招き、全貴族の前で話してもらわねば」
王党派の誇りを胸に散ろうとする彼らにとって、ルイズの言葉は何よりもの餞だった。
王党派の誰もが思い、しかし言葉にならないそれを、あの少女は明確に言葉にしてくれたのだ。
「さて、そうすると正体をばらさねばならないが、どうするかな」
「あの貴族のことですな」
ああ、とウェールズは頷いた。
ルイズがアンリエッタの親友であったことから、何の気なしに彼らは王党派への大使だと思っていたが、
今の話に出た貴族のことを考えると貴族派である可能性も出てきたのである。
さてどうするか、と悩むウェールズの視界、鏡の向こうで動きがあった。
食事を運んできた空賊が顔を出したのである。
『お話は終わったかい?』
『あら、聞いていたの?』
赤面し、食事を受け取るルイズに、空賊の青年は申し訳なさそうに頭を掻いた。
『いや、盗み聞きするつもりはなかったんだがさ、生憎と安普請でね』
『ちなみに、どこから聞いていたの?』
『あんたが魔法を使えないって辺りからだな』
ほぼ最初からじゃないの、とはにかむルイズに、空賊はところでと問いかけた。
『今の話、本当かい? 国王陛下の命に逆らった貴族って』
その言葉にウェールズと副官は耳を澄まし、機転の利く部下にでかしたと喝采を送った。
『ええ、本当よ』
『はぁ、てことはなんだ。その娘さんと、なんだ、お子さんか。貴族派についてるってことかね』
暗にお前達もそうなのかと問いかける空賊。
ウェールズが思わず唾を飲み込む中で、しかしルイズは困ったように笑った。
『それはないわね、絶対』
『へぇ、そりゃまたなんで?』
鏡の向こうの少女は、しばらく悩んでいたが、やがて気を取り直したように周囲を見回すと、
『まぁ、そう思われると、困るから言ってしまうけれど。
その子はね、貴族派に見つかるわけには行かないの』
そして告げられた言葉にウェールズは驚きのあまり耳を疑った。
『その子は、エルフとの混血だから』
確かにそれならば、絶対に貴族派に接触するわけには行かない。
貴族派は、エルフを滅ぼして聖地を奪還することを目標にしているのだから。
しかし驚愕しているのは誰でも同じと見えて、鏡の中ではイザベラやキュルケ、空賊すらもが言葉を失くしている。
「まさか……お子が、居られたと……?」
震える声に目を移せば、副官がこの世の終わりでも来たかのような顔で鏡面を見ていた。
彼は知っていたのだ。エルフを妻としており、それ故に王に殺された貴族が誰なのか。
「どうした?」
問いかけるウェールズだったが、説明を受けたその瞳が驚愕に見開かれるのに時間は要らなかった。
なぜなら、そのエルフとの混血児は、彼の従姉妹に当たり、アルビオンの王位継承者でもあったからだ。
ややあって、王子は言った。
「これは、是が非でも城に迎えて話を聞かねばならん」
副官に否やはなかった。
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ルイズは胸を張り、絶対の自信を漲らせて言葉を紡いだ。
「もう一度言うわ、イザベラ王女。
魔法が使えない、“それがどうした”と」
イザベラの視界が怒りで赤く染まり、噛み締めた奥歯が軋んだ。
それを言うのか、お前が。
あたしと同じく、いやそれ以上に魔法の才能がないお前が。
「本気で言ってるのかい!?
あんただって、知ってるんだろう!?」
あの侮蔑の瞳を、哀れみの声を。
ただ魔法が使えぬと、才能がないと言うだけで全てを否定される苦しみを。
何度眠れぬ夜を過ごし、何度涙を呑み込んだのか。
努力すらも否定され、そもそもそんなものに意味が無いと言われ、
誰からも馬鹿にされ、真剣に相手にされなかったその時間を。
「勿論よ、イザベラ王女」
ルイズは短く答えた。
魔法の才能がない“ゼロ”と言われ、それでも歩いてきた日々。
誰もが彼女に期待し、そして失望した。
父も母も、姉さえも。
魔法学院に入学してもそれは変わらなかった。
ヴァリエールの娘に取り入ろうとした者は、彼女が魔法が使えぬと知るや離れていった。
学院で働く平民も、魔法が使えぬ貴族だと自分を馬鹿にした。
だが、それでもルイズは思うのだ。
“それがどうした”と。
本当に大切なものは、貴族の誇りとは魔法などではないと、彼女は誰よりも知っていたのだから。
「ずっとずっと昔、わたしもそう思っていたわ。
わたしが嫌われるのは、馬鹿にされるのは、魔法が使えないからだって」
だから意固地になって、自分が貴族であることに固執した。
殊更に我が侭に振る舞い、周囲がそれに振り回されるのを見て満足した。
自分の言葉を聞いてもらえて、やっと小さなルイズは安心するのだ。
自分は、まだ、貴族でいられるのだと。
今でも思い出す、赤面するしかない子供だった自分。
あの時の自分は、周囲から一体どんな目で見られていたのだろう。
「それでもね、イザベラ王女。
わたしを励ましてくれた人が居たのよ」
言いながら、胸に提げた首飾りを取り出す。
ブータ以外の誰にもその光は見えぬはずだったが、イザベラは何か眩しいモノを見るかのように目を細めた。
「わたしの涙を拭いてくれて、この首飾りをくれた。
がんばれと、絶対に負けるなと言ってくれた。
小さなわたしは馬鹿で、あの人の言葉の意味も解らなかったけれど、あの人はわたしに全てをくれた」
居心地悪げにワルドが身体を揺すった。
彼はそんな人物の存在は知らず、ルイズの家族からも聞いたことがなかった。
だがルイズがその人物に心から感謝し、尊敬していることはその言葉の節々から見て取れた。
何か黒く重いものが胸に宿る。
キュルケが聞けばそれは嫉妬だろうと看破しただろうそれを、ワルドは錯覚だと切って捨てた。
「だから、わたしは決めたの。
わたしを励ましてくれたあの人に、お礼を言うことも出来なかったあの人に。
もしももう一度会えたのならば、胸を張って自分が貴族だといえる自分になろうって」
魔法が使えることが貴族なんだろうが、と唇を歪めるイザベラに、ルイズは違うわと首を振った。
「では、魔法を使う盗賊は貴族かしら?
魔法が使えても不祥事で貴族の位を剥奪されたものはどうなるのかしら?」
脳裏に緑色の髪の女性の顔が浮かぶ。
嬉しそうに、しかし涙を浮かべたその顔。
王命に逆らってエルフとの混血児を命を賭けて守った人の知り合い。
今はアルビオンに居るかもしれない、ミス・ロングビル。
「わたしの知り合いにね、元アルビオンの貴族令嬢が居るの」
「あん? 元? つまりは身分を剥奪されたってのかい?」
キュルケが不思議そうに首を傾げた。
彼女の故郷はルイズの実家の隣ではあるが、そんな人物が近くに居たとは聞いた事もない。
学院の中でも彼女が知る限りではそのような人物は居ない筈である。
その令嬢から聞いた話だけど、と前置きしてルイズは言った。
「その人の知り合いは、元はアルビオンの貴族だった。
けれど、罪のない女性とその子供を守るために王命に逆らい、貴族の位を剥奪された」
「馬鹿な話じゃないか。王家に逆らうなんて」
吐き捨てるようにイザベラが言うが、けれどルイズはそうではないと首を振った。
「それでも、その人には誇りがあった。
例え貴族の位を失くしても、それでも守りたい誇りがあった」
そして彼が背いたのは王命だけではなかった筈だ。
彼が守ろうとした人物は、王だけではなく始祖ブリミルを崇める者たち全てから石持て追われる存在だったのだから。
「彼は命を賭けてでも、罪のない親子を守ろうとした。
彼の誇りにかけて守ろうとした。
そして彼はそれを守り抜いた。母親の方は亡くなったと聞いたけれど、子供の方はまだ健在の筈よ。
確かに彼は貴族ではなくなったかもしれない。
けれど、わたしは彼を貴族だと思う。
世界の全てからでも罪のない親子を守ろうとした彼は、間違いなく貴族だと思う。
例え魔法の腕がどうあろうとも、けして逃げずに戦った彼は貴族だわ」
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遠見の鏡から洩れ聞こえる声に、ウェールズはなんてことだと頭を振った。
自分の父の命に逆らってまで、罪のない親子を守ろうとした貴族。
確かにミス・ヴァリエールの言うとおりだ。
もしそんな方がいるのなら、それは正しくアルビオン貴族の鑑と言うべきだろう。
『貴族として生まれる人なんて誰もいないわ。人は自分の意思で貴族になる。
もう亡くなったのだと聞いたけれど、その人はただの人として生まれ、貴族として生き、貴族として死んだ。
わたしはその人を知ることが出来たことを嬉しく思うし、その人のように生きたいと願うわ。
イザベラ王女。あなたはそうは思わないの?』
嘆息する。
もしも早く知っていれば、自分はその方に謝罪し、父を説得してでもその方を復権させただろう。
だがもはや、それは適わぬ夢となってしまったのか。
「あとで、話を聞かねばならないな」
「殿下?」
「その方が亡くなったとしても、その方の知り合いと、守ろうとした子供は生きているのだろう?
何らかの形で謝意を表明せねばならん」
「畏れながら、殿下。
一度口に出した言葉はもはや口には戻りません。
まして王族の言葉なればそれは絶対。万難を排してでも実現させねばならぬものです。
国王陛下がそれを命じた以上、それに逆らうはすなわち逆賊にございます」
解っているさ、とウェールズは忠実な副官に頷いた。
確かにそれは真理ではある。しかし幸いと言ってはなんだが、彼の故国は滅亡の瀬戸際にある。
ならば王の権威が失われることを気にすることもあるまい。
「お気づきになりませぬか、殿下。
その子供たちに取っては、王家は仇となるのです。
仇から手を差し出される屈辱を彼らに与えるおつもりか」
副官の言葉に、若い王子はそっと手を握り締めた。
ウェールズは深く息を吸うと、そっと目を閉じた。
「そうか、そうだな。そうかもしれん。
だが、ミス・ヴァリエールに頼んで匿名で援助するくらいは許されるだろう。
どの道、貴族派どもが略奪するだろう財宝だ。せめて二人ほどが一生暮らせるほどの額を持ち出しても罰は当たるまいよ」
だが、と首を傾げる。
なぜ父王は、その親子を殺そうとしたのだろう?
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「僕も同意するよ、ルイズ。確かにその人は貴族だ。貴族だとも」
感に堪えぬと言いたげにギーシュが言った。
トリステイン貴族の常として感激屋でもある彼の目には既に涙が溜まっている。
「“命を惜しむな、名を惜しめ”
グラモン家の家訓だ。まさかそれを実行した方がいただなんて」
見ればキュルケも、タバサも同意だと言わんばかりに頷いている。
だがイザベラはそれでもそれに反発して見せた。
「くだらないね、ああ、くだらないとも!
誇りがなんだって言うのさ。
そんなもの、魔法が使えることに比べれば何ほどのものでもないだろう!
誇りで誰かに認められる?
馬鹿馬鹿しいね、そんなのただの自己満足じゃないか!」
「その通りよ、イザベラ王女」
激昂するガリアの王女をいなすかのように、ルイズはその言葉を肯定した。
「確かにそれは自己満足に過ぎない。
けれどそれから生まれるモノがある。
憎しみと後悔の中で、絶望と嫉妬を受けながら、それでもこの胸に耀くものがある」
それは悲しみが深ければ深いほど、絶望が濃ければ濃いほど、心の中から沸き上がる反逆の誓い。
それは夜が深ければ深いほど、闇が濃ければ濃いほど、天を見上げよと言うときの声。
「それは誇り。それこそが誇り。
誇りはここに、この中に」
立ち上がったブータに合わせ、ルイズが自分の胸を叩く。
ギーシュが、キュルケが、タバサがそれに習った。
「魔法が使える者を貴族と言うのではないわ。
その力を万民のために、名も顔も知らぬ領民のために、
どこかの誰かの笑顔のために使える者こそが貴族と言われるのよ」
それでもイザベラは首を振った。
納得できることではなかった。
もしそうならば、なぜ自分は誰にも認められなかったのか。
「だからって、誰も認めてはくれないだろう!?
魔法が使えない貴族の言葉なんてさ!」
「それがどうしたの、イザベラ王女。
わたしは確かに魔法を使えない、形だけの貴族よ。
でも貴族の形を取ることは出来る。そして心からそう振舞うことも出来る。
例え死んでも、貴族らしく振舞うことは出来る」
そして少女は胸を張り、堂々と嘘をついた。
誰からも貴族として認められなかった少女が、涙を流し、奥歯を噛み締めながらつき続けた嘘をついた。
物理法則も曲げられず、物理力も行使できず、主観にしか影響を及ぼさない筈のそれは、
しかし万能にて不可能を可能にする魔法となってイザベラの心に小さな火を灯した。
「貴族とは誇り。 誇りこそ貴族。
どの法を護るのもわたしが決め、誰の許しも請いはしない。
わたしの主はわたしのみ。
文句があるのなら、わたしはそれと戦うだけよ」
握り締めて突き出された拳に力が篭る。
イザベラは何かに押されたように後ろに下がった。
ルイズの語るその言葉は彼女にも理解することが出来た。
遠い遠い記憶を思い出す。
たとえ魔法の才能がなくとも、自分は王族なのだと言うことが彼女の誇りだった。
こんな自分でも何かが出来るのだと信じた。
だから北花壇騎士団の団長になった。
父の為に、ガリアの為に、なにかをしたかった。
自分に価値を与えたかった。
忘れていた、思い出すことすらなかった、それがイザベラの最初。
叔父に頭を撫でられるのが嬉しくて、後ろについてくる小さな従妹の姿に喜び、
ガリアの王女として生きようと誓った、幼い頃の夢。
「人はそこに貴族を見る。死んで灰になった貴族の誇りは再び蘇る。
誇りを見て人はまた思うのよ。自分もまた貴族となろうと」
誰からも認められず、馬鹿にされ続けていたイザベラの夢。
どんな功績を挙げようと、どれだけ職務に精勤しようと、
魔法の使えぬ父の娘だと、女王気取りの我がまま娘なのだと言われ続けた。
「貴族とは手本。貴族とは先駈け。それが真実かどうかさして重要ではないわ。
わたしが喩え偽物で途中で死んでも、手本がある限り、いつか本物がやってくる」
けれど目の前の少女は言うのだ。
“それがどうした”と。
例え自己満足に過ぎなくても、誇りとはその中から生まれてくるのだと。
それは嘘に塗り固められた世界の中で唯一の真実。嘘を覆す大嘘。
全ての虚偽と欺瞞を切り裂いて、それでも残る確かなモノ。
魔法が使えぬ貴族の少女は、誰からも馬鹿にされ続けて来たであろうその少女は言うのだ。
例え自分が偽者であろうが、途中で死のうが、それでもその行いには意味があるのだと。
「だから、わたしが偽物であろうと本物であろうと、やることは同じ。
わたしはただ一つの未来を信じて、その為に動く」
「なんだい、ただ一つの未来って」
簡単よ、とルイズ唇に笑みを佩いてそれを口にした。
誰もがそう願い、そう願うことすら気づかない、単純なこと。
この瞬間にも、何処かの誰かが無自覚に願い、祈っているだろうそれ、
「明日は、きっと良い日だってことよ」
華咲くような、笑みだった。
/*/
ルイズの言葉に絶句するイザベラを見ながら、ウェールズと副官は目を見交わした。
「いやはや、これは驚いた。
こうなると知っていれば、全艦に彼女の言葉を流したのだが」
「まさに。
だがこの船だけでは足りませぬな。是非とも城に招き、全貴族の前で話してもらわねば」
王党派の誇りを胸に散ろうとする彼らにとって、ルイズの言葉は何よりもの餞だった。
王党派の誰もが思い、しかし言葉にならないそれを、あの少女は明確に言葉にしてくれたのだ。
「さて、そうすると正体をばらさねばならないが、どうするかな」
「あの貴族のことですな」
ああ、とウェールズは頷いた。
ルイズがアンリエッタの親友であったことから、何の気なしに彼らは王党派への大使だと思っていたが、
今の話に出た貴族のことを考えると貴族派である可能性も出てきたのである。
さてどうするか、と悩むウェールズの視界、鏡の向こうで動きがあった。
食事を運んできた空賊が顔を出したのである。
『お話は終わったかい?』
『あら、聞いていたの?』
赤面し、食事を受け取るルイズに、空賊の青年は申し訳なさそうに頭を掻いた。
『いや、盗み聞きするつもりはなかったんだがさ、生憎と安普請でね』
『ちなみに、どこから聞いていたの?』
『あんたが魔法を使えないって辺りからだな』
ほぼ最初からじゃないの、とはにかむルイズに、空賊はところでと問いかけた。
『今の話、本当かい? 国王陛下の命に逆らった貴族って』
その言葉にウェールズと副官は耳を澄まし、機転の利く部下にでかしたと喝采を送った。
『ええ、本当よ』
『はぁ、てことはなんだ。その娘さんと、なんだ、お子さんか。貴族派についてるってことかね』
暗にお前達もそうなのかと問いかける空賊。
ウェールズが思わず唾を飲み込む中で、しかしルイズは困ったように笑った。
『それはないわね、絶対』
『へぇ、そりゃまたなんで?』
鏡の向こうの少女は、しばらく悩んでいたが、やがて気を取り直したように周囲を見回すと、
『まぁ、そう思われると、困るから言ってしまうけれど。
その子はね、貴族派に見つかるわけには行かないの』
そして告げられた言葉にウェールズは驚きのあまり耳を疑った。
『その子は、エルフとの混血だから』
確かにそれならば、絶対に貴族派に接触するわけには行かない。
貴族派は、エルフを滅ぼして聖地を奪還することを目標にしているのだから。
しかし驚愕しているのは誰でも同じと見えて、鏡の中ではイザベラやキュルケ、空賊すらもが言葉を失くしている。
「まさか……お子が、居られたと……?」
震える声に目を移せば、副官がこの世の終わりでも来たかのような顔で鏡面を見ていた。
彼は知っていたのだ。エルフを妻としており、それ故に王に殺された貴族が誰なのか。
「どうした?」
問いかけるウェールズだったが、説明を受けたその瞳が驚愕に見開かれるのに時間は要らなかった。
なぜなら、そのエルフとの混血児は、彼の従姉妹に当たり、アルビオンの王位継承者でもあったからだ。
ややあって、王子は言った。
「これは、是が非でも城に迎えて話を聞かねばならん」
副官に否やはなかった。
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