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マジシャン ザ ルイズ 3章 (27)円卓
「当諮問会での発言は議長である私か、副議長であるマザリーニ枢機卿の許可が必要となります。
それ以外の口述は発言として認められません、これに従わない場合は私の権限において退室を命じる場合があります。また、偽証を行った場合には王権への反逆罪に問われることもあります」
張りのある、女王アンリエッタの声が円卓の間に響き渡る。
ルイズは学院でのクラス会の様子をふと思い浮かべたが、今が女王陛下の御前であることを思い出し、その考えを振り払った。
議長であるアンリエッタの説明は、発言の仕方に始まり、退室命令・王権反逆罪に類する罰則規定の解説、諮問会で知り得た情報は参加者同士での共有は許されるが、それ以外の人間に伝える場合は国王の許可を必要とする守秘義務の解説に及んだ。
長々と続く単調な説明に、ギーシュとモンモランシーが眠くなってはいないかと心配になりルイズは二人の顔色をうかがったが、どうやらその心配は杞憂であったようだ。
二人はかちこちに緊張して、真剣な顔つきでアンリエッタの言葉一つ一つに対して律儀に頷いている。
今度は本当に言っていることが頭に入っているのかが心配になったが、流石にそこまで馬鹿じゃないはず、とルイズは思うことにした。
そうして暫く後、女王の説明が終わったのを見計らったマザリーニが、会を次の手順へ進ませるべく発言を行った。
「それではまず、順に名を述べ身分を明らかにし、この当会への招集を受けた理由を述べてください」
そう言ってマザリーニは、自分の右に座るエレオノールにその骨張った手のひらを向けて、自己紹介を促した。
「エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールと申します。
身分はトリステイン王立魔法研究所主任研究員ですが、本日は所長が急病とのことですので、その名代として参りました。
若輩者故、いたらぬ点もあるかと思いますが、どうか皆様、よろしくお願いいたします」
促され立ち上がったエレオノールの、見事な挨拶。
先陣をきる者としての貫禄は十分。物怖じせずに堂々とした、正に完璧な形の自己紹介。
自分の姉の完璧さを毎度のことながら確認し、ルイズは誇らしい反面で、自分とのあまりの違いに劣等感を感じずにはいられなかった。
しかし感じたのはそれだけではない、この姉の挨拶に関してルイズには一点気にかかる部分があった。
いくら所長の名代とはいえ、一研究員の立場であるエレオノールが、なぜこの場に出席することになったのか、その部分がルイズの中で腑に落ちなかったのである。
まあ、もっともこれは事情を詮索するためルイズの父であるヴァリエール公爵が根回しを行い、その結果としてエレオノールが送り込まれた為だったのだが、
この事実を知っているのは当のエレオノールとアンリエッタ、それにマザリーニだけであったので、ルイズがそれに思い至ることのができなかったのは当然のことである。
挨拶は順に右へと続いていく。
エレオノールが着席すると、次はその右席についていたモット伯爵が立ち上がった。
「ジュール・ド・モットと申します。王宮よりトリステイン魔法学院への勅使の役目を仰せつかっております。
この度は先の戦役で私が見聞きしたことを報告するようにと、マザリーニ枢機卿から招致を受けてこの場に立っております。
どうぞ皆様、よろしくお願いします」
そう言って長身の体を窮屈そうに曲げて一礼するモット伯爵。
彼がその顔が上がったとき、偶然にもモット泊とルイズと目が合った。
そして白い歯を見せ笑顔を見せたモット伯爵に、ルイズは怪訝な顔をするばかりであった。
モット伯爵が着席すると、次に立ち上がったのは長身の女性。
今は上等そうな白いシルクのドレスを身に纏い、上品そうに微笑んでいる――土くれのフーケ。
この諮問会において最も場違いな人間がいるとすれば、間違いなく彼女であろう。
当然参加者達の視線が一斉に彼女に向いた。
彼らの視線を集めながら、フーケはゆっくりと立ち上がり、何とも軽やかな一礼をして見せた。
その一礼に、参加者の誰もが目を奪われた。
気品と美しさが織り混ざった見事な一礼、エレオノールのそれが完璧な作法であったとするならば、フーケのそれは見た者を引きつけずにはいられない洗練された芸術のようであった。
「皆様お初にお目にかかります。わたくしはマチルダ・オブ・サウスゴータ、今は無きアルビオン領サウスゴータ太守の長女にございます。
現在は諸国を旅する旅人として渡り鳥のような生活をしております」
この説明を聞いて、ルイズは口をまん丸に開けて驚いた。
始祖に誓ったその舌の根も乾かぬうちに、彼女は堂々と自分はこの場にいる人間とは初対面だと言い切ったのだ。
そして更に、城下を騒がせた盗賊であることを伏せてアルビオンの貴族だと名乗り、その身分は旅人であると言ったのである。
「なっ……何よそ、むぎゅぅ!」
それは、とフーケの嘘を追求しようとしたルイズの口元に、さっとタバサの手が伸びてそれを塞いでいた。
「今は……」
普段以上に小さな声でそう囁くタバサ、その言葉にルイズも渋々と従った。
ルイズ達がそうしている間にも、フーケの言葉は続いていた。
そしてそれは、ますますルイズ達を驚かせる内容であった。
「わたくしはこの場にオールド・オスマン、及びミスタ・ウルザの質問に答えるようにと、王宮の招致を受けてこの場に立っております。
ですがその前に、事前の取り決めであった、わたくしが犯してしまいました無許可での国境越えその他に関する、今現在全ての罪状に対する免責を書面にして頂きたく思います」
再び口をあんぐりと開けるルイズ。貴族の子女としては大変見苦しい姿であったが、試しに横を向いてみたところ、ギーシュとモンモランシーも同じ顔をしているところだった。
全面的な免責要求。
よくもぬけぬけと言ったものである。フーケはこれまで行った全ての犯罪行為に対する免責を要求し、しかもその代表を『無断での国境越え』などというどうでもいいもので隠してみせたのだ。
このような無茶な要求を姫殿下、いや、女王陛下がお許しになるはずがない。そんな期待を込めてルイズは、自分が敬愛してやまないアンリエッタへ期待の眼差しを送った。
けれど、その彼女が次に口にした返答は、ルイズを更に困惑させるものであった。
「それは今この場で書面にしなくてはなりませんか?」
免責への同意。
今度こそ大きく開いた口が閉じない。口から涎が垂れる直前に、タバサがとっさに閉じてくれたので事なきは得たが、そうでなければ危なかった。
「はい女王陛下。先に書面にして頂きたく思います」
アンリエッタが諦めたようなため息を一つ吐く。
慣例に則るならトリステインにおいては、今回のような場合には事後に非公式の場で取引を交わし、免責書類を発行するのが常であった。
それを自動筆記によって記録されている場で、女王が犯罪者との取引を行ったという事実を公然と言い放ってみせる胆力は見事と言わざるを得ない。
なるほど、そう考えればこの盗賊が計算高さと度胸の良さを兼ね備えた油断ならない相手であることがアンリエッタにも知れた。
とるに足らない犯罪者を相手にするのではなく、対等の取引相手としてまず認めろと彼女が言いたいのだろうということも理解した。
しかし、仮にも王国の面子に泥を塗ったのである、それだけの危険を犯すに足る自信はどこから来ているのか。
アンリエッタは国を率いる王として、彼女の手の中で未だ伏せたままになっているそのカードに、強く興味をひかれた。
「マザリーニ枢機卿、書類の準備をお願いします」
「……ただいま用意致します」
そもそも諮問に対して今回のような大きな取引が行われることは先例が無い。
すでにそこからして例外づくしであったのだが、これは国の存続に関わる大事の最中、どの様な条件を呑んででも彼女の知っていることを吐き出させることが最優先であるという、女王アンリエッタの非常時の判断であった。
彼女のそんな姿勢を、この場に出席していない最高法院の人間が知ったらどんなことを言い出すか……、マザリーニは後の処理を考えて小さく嘆息し、書類にサインを走らせた。
「こちらが免責書類となります」
そう言ってマザリーニ枢機卿が差し出した書類を受け取ったアンリエッタは。素早くその書面の中身に目を通すと末尾にサインをし、最後に王家の紋章を押印した。
そうして出来上がった公式書類を受け取ったマザリーニは、今度はフーケの前まで歩いて持っていき、それを彼女に手渡した。
手元の書類に視線を落とし、じっくりと確認するフーケ。全てに目を通し終わったとき、その口元が笑みが形作られていた。
「はい、これで結構です。これでわたくしはお望み通りに、知っていることを何でもお話し致しますわ」
書類を手にしたフーケが着席し、次はその右席に座るウルザの番となる。
杖を手にしたウルザが立ち上がろうとすると、それを制して先に立ち上がるものがあった。
アンリエッタ女王の左席、つまり順番からすれば王宮の関係者以外では最後に起立するはずのオールド・オスマンである。
「皆様、トリステイン魔法学院学院長オスマンです。
これからミスタ・ウルザが挨拶をするにあたり、皆様には事前にいくつか聞いておいて頂きたいことがございます。
それは彼が語ることは宣誓した通りに真実であり、また、その詳細についてはこの先の諮問によって明らかにされるものであるということであります。
どうか静粛に、発言は陛下の許可を頂いてからお願いいたします」
オスマンがアンリエッタとマザリーニの二人へと目配せをすると、最初からの取り決めであったのだろう、二人は頷いてこれを返した。
うやうやしくかしこまった口調のオールド・オスマン、ルイズはこの老人がこんなしゃべり方をするのを初めて耳にした。
オスマンの着席を見計らって、再びマザリーニがウルザに起立を促した。
それに従って、ウルザはゆっくり立ち上がると、深く頭を垂れて礼の姿勢を取った。
その仕草はエレオノールやフーケのそれとは全く違う、まるで機械のような完璧さと正確さを持った人間味の感じられない異質な姿であったが、慣れたルイズからすればむしろそれこそが彼の自然体であることが知れた。
そして口を開いたウルザは、自身の紹介と事実とを簡潔に口にした。
「私はウルザ。ミス・ヴァリエールに使い魔として召喚された、系統魔法ならざる魔法を識る者であります。
この場にはオールド・オスマンと王宮の招致を受けて立っております」
口調だけは丁寧に、けれどその声色は硬質かつ厳格に。
何もかも普段通りのウルザの言葉であった。
ルイズからすれば既に知っている事柄、何も驚くことはない。
しかし、そうではない者が多数いる円卓の間は、当然のことながらその言葉に大きくざわついた。
ハルケギニアにおいて系統魔法ではない魔法、そこから連想されるものは魔獣やエルフ達が扱う先住の魔法である。
事情を知らされぬ者達が、畏怖と恐怖の対象であるそれに帰結して、心穏やかにいられなかったのも無理もないことであった。
女王の御前という特別な場で、どの様な態度をとって良いか分からずに、ただ動揺だけが広がっていく。
そして、
騒雑を呼んだのがウルザの発言であったならば、
「皆さん、静粛にお願いします」
それを沈めたのはアンリエッタであった。
「先のオールド・オスマンの発言の通り、詳細は後の諮問によって明かされます。今は静粛にお願いします」
必要以上を口に出さないアンリエッタの静止に、参加者全員が一斉に口を閉じた。
それが女王としての才覚か、それとも女王という権威のなせる技かは当のアンリエッタにも分からなかったが、これ幸いとマザリーニは次の発言者に起立を促した。
「わ、私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」
そこからは順調な、というよりフーケ、ウルザと続いた流れからすると気が抜けたように感じる挨拶が続いた。
ルイズ、ギーシュ、モンモランシー、コルベールが順番に挨拶を済ませ、その場で見聞きしたものを証言するように呼ばれた旨を発言した。
唯一、オスマンだけは今回の騒動を諮問する側として呼ばれたことを話し、この後の諮問にあたってはオスマンが質問し、それに答える形で進められることを説明した。
「それでは質問します、ミズ・サウスゴータ。よろしいかな?」
力強いオスマンの声が、円卓の間に響く。
途中五分の休憩を挟んだ後、諮問会が再会された。
円卓を挟んで向かい合って起立しているのは一組の男女、オスマンとマチルダ。
両者はかつてこうして何度も学院の院長室で言葉を交えたことを思い出しながら挨拶を済ませ、本題へと入った。
「ミズ・サウスゴータ、事前に取らせて頂いた調書によれば、あなたは神聖アルビオン共和国樹立時からその中枢に近い立場にいたとのことですが、間違いはありませんな?」
「ええ、その通りです」
「そして亡命を希望し、ここトリステイン王国へ渡ったと。これもよろしいかな?」
「ええ、間違いありません」
あくまで自分は元アルビオン貴族マチルダ・オブ・サウスゴータであり、王家への恨みを晴らすためにレコンキスタに参加したが、やがてその思想について行けなくなり先の戦役の直前に逃亡、現在はトリステイン王国に亡命を希望している、これがフーケの立てた筋書であった。
オスマンは彼女の側からこの前提を崩すつもりが無いことを確認して、質問を続けることにした。
「それでは、神聖アルビオン共和国についていくつかお聞かせ願いたい。まず神聖皇帝、国の最高指導者の立場にあるものは、オリヴァー・クロムウェル司教である、このことに間違いはありませんかな?」
「いいえ、違いますわ」
「おお! 違うと申されますか!」
悠然と微笑んで答えるフーケ、それを聞いて大仰に驚くオスマン。
事情を知るルイズ達からすれば実に猿芝居この上ないのだが、エレオノールをはじめとする事情を知らぬ参加者達は二人のやりとりに引き込まれているようだった。
「はい。アルビオンは現在クロムウェル司教の統率下になく、実質的に国を支配しているのは別の者ですわ」
「ほほう! それではミズ・マチルダ、我が国を脅かしておるアルビオンの、その本当の支配者とはどの様な名なのかをお聞かせ願いたい」
そのオスマンの声を聞き、少し困ったような表情を見せるマチルダ。
左手を口元に持っていき、右手の人差し指でこつこつと机を叩く、そうして溜めを作ってから、彼女は何か恐ろしいことを口にしようとしているように唇をか細く震わせた。
フーケの本性を知るルイズからすれば、それは演出過剰気味な仕草であったのだが、その場に居合わせなかったコルベールやギーシュ、そもそも事情を知らぬモット伯爵などは何か感じ入るところがあったようである。
「男って単純ね」
誰にも聞こえないように小さく呟いたルイズの声に、隣に座るタバサだけが律儀に頷いていた。
「ミズ・サウスゴータ、お聞かせ願いたい」
「ええ、ええ! オールド・オスマン! わたくし決心がつきましたわ。やはりわたくしは彼の名をこの場で明らかにせねばなりません。例えどれほどに恐ろしいことであっても、この場でそれを明らかにすることこそが、始祖ブリミルが私に課した定めなのでありましょう!」
感極まったようにその名を告げようとするマチルダに、事情を知らぬ男達は引き込まれ、一方でルイズやアンリエッタは冷めた眼差しで彼女を見ていた。
円卓の上では、自動筆記のペンだけが二人のやりとりを記録している。
「彼の名前はジャン・ジャック・ド・ワルド! 元トリステイン魔法衛士隊隊長、ワルド子爵でございます!」
ワルド子爵、栄えある魔法衛士隊のグリフォン隊、その元隊長が裏切り者であったことは参加者のうちにも周知の事実として知らしめられていた。
だが、マチルダの口から出たところによれば、彼は裏切り者であるだけではなく、今やトリステインを滅ぼそうとしている侵略国アルビオンの支配者にのし上がっているのだという。
流石にこのことはアンリエッタも知らないことであったのか、驚きに手で口元を隠している。
そして更に大きく衝撃を受けていたのはエレオノールであった。
ルイズの婚約者であるワルド子爵のことを当然エレオノールは知っていた。
親同士が戯れに決めたことであっても、以前のルイズが彼にあこがれのような感情を抱いていたことをエレオノールも知ってはいたし、何よりも自分も知る人間が、このように大きな騒動の中心にいるとは思っていなかったのである。
泣き虫な妹を心配し、そちらを見やるエレオノール。
そしてこのとき、偶然にも目線を泳がせていたルイズと、エレオノールの視線が交差した。
けれど、ルイズの瞳にはエレオノールが想像していたような動揺の色はなかった。このことを一瞬怪訝に思ったエレオノールだったが、ルイズの方から視線を外した為、彼女自身もそれ以上を考えることはしなかった。
関係者達の様々な思惑が交錯する間も、オスマンとマチルダのやりとりは続いていた。
「ワルド子爵がどの様な手段を用いて、アルビオンを支配したのかは気になる部分ですが、そちらは後にまわして、今はお二人がどの様な関係かを先にお聞かせ願えますかな?」
「……わたくしとワルド子爵は、情を通わせた仲でありました……」
それからフーケが口にしたのは、よくぞこれほど次から次へと嘘が並べられると、ルイズが呆れかえるってしまうような内容であった。
フーケはまず、自分とワルドが恋仲であったことを話し、そして彼に利用され悪事を働いてしまったと涙混じりに告白した。
全ての罪はワルドにあり、自分は利用されただけの哀れな女、悲劇のヒロインであったことを訴えたのである。
彼女の言う『悪事』の中には学院で盗みを働こうとしたことなども含まれているのだろうが、それすらもワルドに利用されてのことだと言うのだろう。
これだけの嘘を並べて矛盾やよどみを感じさせないのは、盗賊や貴族より、むしろ役者に向いているのではないかと、ルイズは思わずにはいられなかった。
役者と政治家というのは本質の部分でよく似ているんじゃないかしら。
―――ルイズ
#center(){[[戻る>マジシャン ザ ルイズ 3章 (26)]] [[マジシャン ザ ルイズ]] [[進む>マジシャン ザ ルイズ 3章 (28)]]}
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マジシャン ザ ルイズ 3章 (27)円卓
「当諮問会での発言は議長である私か、副議長であるマザリーニ枢機卿の許可が必要となります。
それ以外の口述は発言として認められません、これに従わない場合は私の権限において退室を命じる場合があります。また、偽証を行った場合には王権への反逆罪に問われることもあります」
張りのある、女王アンリエッタの声が円卓の間に響き渡る。
ルイズは学院でのクラス会の様子をふと思い浮かべたが、今が女王陛下の御前であることを思い出し、その考えを振り払った。
議長であるアンリエッタの説明は、発言の仕方に始まり、退室命令・王権反逆罪に類する罰則規定の解説、諮問会で知り得た情報は参加者同士での共有は許されるが、それ以外の人間に伝える場合は国王の許可を必要とする守秘義務の解説に及んだ。
長々と続く単調な説明に、ギーシュとモンモランシーが眠くなってはいないかと心配になりルイズは二人の顔色をうかがったが、どうやらその心配は杞憂であったようだ。
二人はかちこちに緊張して、真剣な顔つきでアンリエッタの言葉一つ一つに対して律儀に頷いている。
今度は本当に言っていることが頭に入っているのかが心配になったが、流石にそこまで馬鹿じゃないはず、とルイズは思うことにした。
そうして暫く後、女王の説明が終わったのを見計らったマザリーニが、会を次の手順へ進ませるべく発言を行った。
「それではまず、順に名を述べ身分を明らかにし、この当会への招集を受けた理由を述べてください」
そう言ってマザリーニは、自分の右に座るエレオノールにその骨張った手のひらを向けて、自己紹介を促した。
「エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールと申します。
身分はトリステイン王立魔法研究所主任研究員ですが、本日は所長が急病とのことですので、その名代として参りました。
若輩者故、いたらぬ点もあるかと思いますが、どうか皆様、よろしくお願いいたします」
促され立ち上がったエレオノールの、見事な挨拶。
先陣をきる者としての貫禄は十分。物怖じせずに堂々とした、正に完璧な形の自己紹介。
自分の姉の完璧さを毎度のことながら確認し、ルイズは誇らしい反面で、自分とのあまりの違いに劣等感を感じずにはいられなかった。
しかし感じたのはそれだけではない、この姉の挨拶に関してルイズには一点気にかかる部分があった。
いくら所長の名代とはいえ、一研究員の立場であるエレオノールが、なぜこの場に出席することになったのか、その部分がルイズの中で腑に落ちなかったのである。
まあ、もっともこれは事情を詮索するためルイズの父であるヴァリエール公爵が根回しを行い、その結果としてエレオノールが送り込まれた為だったのだが、
この事実を知っているのは当のエレオノールとアンリエッタ、それにマザリーニだけであったので、ルイズがそれに思い至ることのができなかったのは当然のことである。
挨拶は順に右へと続いていく。
エレオノールが着席すると、次はその右席についていたモット伯爵が立ち上がった。
「ジュール・ド・モットと申します。王宮よりトリステイン魔法学院への勅使の役目を仰せつかっております。
この度は先の戦役で私が見聞きしたことを報告するようにと、マザリーニ枢機卿から招致を受けてこの場に立っております。
どうぞ皆様、よろしくお願いします」
そう言って長身の体を窮屈そうに曲げて一礼するモット伯爵。
彼がその顔が上がったとき、偶然にもモット伯とルイズと目が合った。
そして白い歯を見せ笑顔を見せたモット伯爵に、ルイズは怪訝な顔をするばかりであった。
モット伯爵が着席すると、次に立ち上がったのは長身の女性。
今は上等そうな白いシルクのドレスを身に纏い、上品そうに微笑んでいる――土くれのフーケ。
この諮問会において最も場違いな人間がいるとすれば、間違いなく彼女であろう。
当然参加者達の視線が一斉に彼女に向いた。
彼らの視線を集めながら、フーケはゆっくりと立ち上がり、何とも軽やかな一礼をして見せた。
その一礼に、参加者の誰もが目を奪われた。
気品と美しさが織り混ざった見事な一礼、エレオノールのそれが完璧な作法であったとするならば、フーケのそれは見た者を引きつけずにはいられない洗練された芸術のようであった。
「皆様お初にお目にかかります。わたくしはマチルダ・オブ・サウスゴータ、今は無きアルビオン領サウスゴータ太守の長女にございます。
現在は諸国を旅する旅人として渡り鳥のような生活をしております」
この説明を聞いて、ルイズは口をまん丸に開けて驚いた。
始祖に誓ったその舌の根も乾かぬうちに、彼女は堂々と自分はこの場にいる人間とは初対面だと言い切ったのだ。
そして更に、城下を騒がせた盗賊であることを伏せてアルビオンの貴族だと名乗り、その身分は旅人であると言ったのである。
「なっ……何よそ、むぎゅぅ!」
それは、とフーケの嘘を追求しようとしたルイズの口元に、さっとタバサの手が伸びてそれを塞いでいた。
「今は……」
普段以上に小さな声でそう囁くタバサ、その言葉にルイズも渋々と従った。
ルイズ達がそうしている間にも、フーケの言葉は続いていた。
そしてそれは、ますますルイズ達を驚かせる内容であった。
「わたくしはこの場にオールド・オスマン、及びミスタ・ウルザの質問に答えるようにと、王宮の招致を受けてこの場に立っております。
ですがその前に、事前の取り決めであった、わたくしが犯してしまいました無許可での国境越えその他に関する、今現在全ての罪状に対する免責を書面にして頂きたく思います」
再び口をあんぐりと開けるルイズ。貴族の子女としては大変見苦しい姿であったが、試しに横を向いてみたところ、ギーシュとモンモランシーも同じ顔をしているところだった。
全面的な免責要求。
よくもぬけぬけと言ったものである。フーケはこれまで行った全ての犯罪行為に対する免責を要求し、しかもその代表を『無断での国境越え』などというどうでもいいもので隠してみせたのだ。
このような無茶な要求を姫殿下、いや、女王陛下がお許しになるはずがない。そんな期待を込めてルイズは、自分が敬愛してやまないアンリエッタへ期待の眼差しを送った。
けれど、その彼女が次に口にした返答は、ルイズを更に困惑させるものであった。
「それは今この場で書面にしなくてはなりませんか?」
免責への同意。
今度こそ大きく開いた口が閉じない。口から涎が垂れる直前に、タバサがとっさに閉じてくれたので事なきは得たが、そうでなければ危なかった。
「はい女王陛下。先に書面にして頂きたく思います」
アンリエッタが諦めたようなため息を一つ吐く。
慣例に則るならトリステインにおいては、今回のような場合には事後に非公式の場で取引を交わし、免責書類を発行するのが常であった。
それを自動筆記によって記録されている場で、女王が犯罪者との取引を行ったという事実を公然と言い放ってみせる胆力は見事と言わざるを得ない。
なるほど、そう考えればこの盗賊が計算高さと度胸の良さを兼ね備えた油断ならない相手であることがアンリエッタにも知れた。
とるに足らない犯罪者を相手にするのではなく、対等の取引相手としてまず認めろと彼女が言いたいのだろうということも理解した。
しかし、仮にも王国の面子に泥を塗ったのである、それだけの危険を犯すに足る自信はどこから来ているのか。
アンリエッタは国を率いる王として、彼女の手の中で未だ伏せたままになっているそのカードに、強く興味をひかれた。
「マザリーニ枢機卿、書類の準備をお願いします」
「……ただいま用意致します」
そもそも諮問に対して今回のような大きな取引が行われることは先例が無い。
すでにそこからして例外づくしであったのだが、これは国の存続に関わる大事の最中、どの様な条件を呑んででも彼女の知っていることを吐き出させることが最優先であるという、女王アンリエッタの非常時の判断であった。
彼女のそんな姿勢を、この場に出席していない最高法院の人間が知ったらどんなことを言い出すか……、マザリーニは後の処理を考えて小さく嘆息し、書類にサインを走らせた。
「こちらが免責書類となります」
そう言ってマザリーニ枢機卿が差し出した書類を受け取ったアンリエッタは。素早くその書面の中身に目を通すと末尾にサインをし、最後に王家の紋章を押印した。
そうして出来上がった公式書類を受け取ったマザリーニは、今度はフーケの前まで歩いて持っていき、それを彼女に手渡した。
手元の書類に視線を落とし、じっくりと確認するフーケ。全てに目を通し終わったとき、その口元が笑みが形作られていた。
「はい、これで結構です。これでわたくしはお望み通りに、知っていることを何でもお話し致しますわ」
書類を手にしたフーケが着席し、次はその右席に座るウルザの番となる。
杖を手にしたウルザが立ち上がろうとすると、それを制して先に立ち上がるものがあった。
アンリエッタ女王の左席、つまり順番からすれば王宮の関係者以外では最後に起立するはずのオールド・オスマンである。
「皆様、トリステイン魔法学院学院長オスマンです。
これからミスタ・ウルザが挨拶をするにあたり、皆様には事前にいくつか聞いておいて頂きたいことがございます。
それは彼が語ることは宣誓した通りに真実であり、また、その詳細についてはこの先の諮問によって明らかにされるものであるということであります。
どうか静粛に、発言は陛下の許可を頂いてからお願いいたします」
オスマンがアンリエッタとマザリーニの二人へと目配せをすると、最初からの取り決めであったのだろう、二人は頷いてこれを返した。
うやうやしくかしこまった口調のオールド・オスマン、ルイズはこの老人がこんなしゃべり方をするのを初めて耳にした。
オスマンの着席を見計らって、再びマザリーニがウルザに起立を促した。
それに従って、ウルザはゆっくり立ち上がると、深く頭を垂れて礼の姿勢を取った。
その仕草はエレオノールやフーケのそれとは全く違う、まるで機械のような完璧さと正確さを持った人間味の感じられない異質な姿であったが、慣れたルイズからすればむしろそれこそが彼の自然体であることが知れた。
そして口を開いたウルザは、自身の紹介と事実とを簡潔に口にした。
「私はウルザ。ミス・ヴァリエールに使い魔として召喚された、系統魔法ならざる魔法を識る者であります。
この場にはオールド・オスマンと王宮の招致を受けて立っております」
口調だけは丁寧に、けれどその声色は硬質かつ厳格に。
何もかも普段通りのウルザの言葉であった。
ルイズからすれば既に知っている事柄、何も驚くことはない。
しかし、そうではない者が多数いる円卓の間は、当然のことながらその言葉に大きくざわついた。
ハルケギニアにおいて系統魔法ではない魔法、そこから連想されるものは魔獣やエルフ達が扱う先住の魔法である。
事情を知らされぬ者達が、畏怖と恐怖の対象であるそれに帰結して、心穏やかにいられなかったのも無理もないことであった。
女王の御前という特別な場で、どの様な態度をとって良いか分からずに、ただ動揺だけが広がっていく。
そして、
騒雑を呼んだのがウルザの発言であったならば、
「皆さん、静粛にお願いします」
それを沈めたのはアンリエッタであった。
「先のオールド・オスマンの発言の通り、詳細は後の諮問によって明かされます。今は静粛にお願いします」
必要以上を口に出さないアンリエッタの制止に、参加者全員が一斉に口を閉じた。
それが女王としての才覚か、それとも女王という権威のなせる技かは当のアンリエッタにも分からなかったが、これ幸いとマザリーニは次の発言者に起立を促した。
「わ、私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」
そこからは順調な、というよりフーケ、ウルザと続いた流れからすると気が抜けたように感じる挨拶が続いた。
ルイズ、ギーシュ、モンモランシー、コルベールが順番に挨拶を済ませ、その場で見聞きしたものを証言するように呼ばれた旨を発言した。
唯一、オスマンだけは今回の騒動を諮問する側として呼ばれたことを話し、この後の諮問にあたってはオスマンが質問し、それに答える形で進められることを説明した。
「それでは質問します、ミズ・サウスゴータ。よろしいかな?」
力強いオスマンの声が、円卓の間に響く。
途中五分の休憩を挟んだ後、諮問会が再開された。
円卓を挟んで向かい合って起立しているのは一組の男女、オスマンとマチルダ。
両者はかつてこうして何度も学院の院長室で言葉を交えたことを思い出しながら挨拶を済ませ、本題へと入った。
「ミズ・サウスゴータ、事前に取らせて頂いた調書によれば、あなたは神聖アルビオン共和国樹立時からその中枢に近い立場にいたとのことですが、間違いはありませんな?」
「ええ、その通りです」
「そして亡命を希望し、ここトリステイン王国へ渡ったと。これもよろしいかな?」
「ええ、間違いありません」
あくまで自分は元アルビオン貴族マチルダ・オブ・サウスゴータであり、王家への恨みを晴らすためにレコンキスタに参加したが、やがてその思想について行けなくなり先の戦役の直前に逃亡、現在はトリステイン王国に亡命を希望している、これがフーケの立てた筋書であった。
オスマンは彼女の側からこの前提を崩すつもりが無いことを確認して、質問を続けることにした。
「それでは、神聖アルビオン共和国についていくつかお聞かせ願いたい。まず神聖皇帝、国の最高指導者の立場にあるものは、オリヴァー・クロムウェル司教である、このことに間違いはありませんかな?」
「いいえ、違いますわ」
「おお! 違うと申されますか!」
悠然と微笑んで答えるフーケ、それを聞いて大仰に驚くオスマン。
事情を知るルイズ達からすれば実に猿芝居この上ないのだが、エレオノールをはじめとする事情を知らぬ参加者達は二人のやりとりに引き込まれているようだった。
「はい。アルビオンは現在クロムウェル司教の統率下になく、実質的に国を支配しているのは別の者ですわ」
「ほほう! それではミズ・マチルダ、我が国を脅かしておるアルビオンの、その本当の支配者とはどの様な名なのかをお聞かせ願いたい」
そのオスマンの声を聞き、少し困ったような表情を見せるマチルダ。
左手を口元に持っていき、右手の人差し指でこつこつと机を叩く、そうして溜めを作ってから、彼女は何か恐ろしいことを口にしようとしているように唇をか細く震わせた。
フーケの本性を知るルイズからすれば、それは演出過剰気味な仕草であったのだが、その場に居合わせなかったコルベールやギーシュ、そもそも事情を知らぬモット伯爵などは何か感じ入るところがあったようである。
「男って単純ね」
誰にも聞こえないように小さく呟いたルイズの声に、隣に座るタバサだけが律儀に頷いていた。
「ミズ・サウスゴータ、お聞かせ願いたい」
「ええ、ええ! オールド・オスマン! わたくし決心がつきましたわ。やはりわたくしは彼の名をこの場で明らかにせねばなりません。例えどれほどに恐ろしいことであっても、この場でそれを明らかにすることこそが、始祖ブリミルが私に課した定めなのでありましょう!」
感極まったようにその名を告げようとするマチルダに、事情を知らぬ男達は引き込まれ、一方でルイズやアンリエッタは冷めた眼差しで彼女を見ていた。
円卓の上では、自動筆記のペンだけが二人のやりとりを記録している。
「彼の名前はジャン・ジャック・ド・ワルド! 元トリステイン魔法衛士隊隊長、ワルド子爵でございます!」
ワルド子爵、栄えある魔法衛士隊のグリフォン隊、その元隊長が裏切り者であったことは参加者のうちにも周知の事実として知らしめられていた。
だが、マチルダの口から出たところによれば、彼は裏切り者であるだけではなく、今やトリステインを滅ぼそうとしている侵略国アルビオンの支配者にのし上がっているのだという。
流石にこのことはアンリエッタも知らないことであったのか、驚きに手で口元を隠している。
そして更に大きく衝撃を受けていたのはエレオノールであった。
ルイズの婚約者であるワルド子爵のことを当然エレオノールは知っていた。
親同士が戯れに決めたことであっても、以前のルイズが彼にあこがれのような感情を抱いていたことをエレオノールも知ってはいたし、何よりも自分も知る人間が、このように大きな騒動の中心にいるとは思っていなかったのである。
泣き虫な妹を心配し、そちらを見やるエレオノール。
そしてこのとき、偶然にも目線を泳がせていたルイズと、エレオノールの視線が交差した。
けれど、ルイズの瞳にはエレオノールが想像していたような動揺の色はなかった。このことを一瞬怪訝に思ったエレオノールだったが、ルイズの方から視線を外した為、彼女自身もそれ以上を考えることはしなかった。
関係者達の様々な思惑が交錯する間も、オスマンとマチルダのやりとりは続いていた。
「ワルド子爵がどの様な手段を用いて、アルビオンを支配したのかは気になる部分ですが、そちらは後にまわして、今はお二人がどの様な関係かを先にお聞かせ願えますかな?」
「……わたくしとワルド子爵は、情を通わせた仲でありました……」
それからフーケが口にしたのは、よくぞこれほど次から次へと嘘が並べられると、ルイズが呆れかえるってしまうような内容であった。
フーケはまず、自分とワルドが恋仲であったことを話し、そして彼に利用され悪事を働いてしまったと涙混じりに告白した。
全ての罪はワルドにあり、自分は利用されただけの哀れな女、悲劇のヒロインであったことを訴えたのである。
彼女の言う『悪事』の中には学院で盗みを働こうとしたことなども含まれているのだろうが、それすらもワルドに利用されてのことだと言うのだろう。
これだけの嘘を並べて矛盾やよどみを感じさせないのは、盗賊や貴族より、むしろ役者に向いているのではないかと、ルイズは思わずにはいられなかった。
役者と政治家というのは本質の部分でよく似ているんじゃないかしら。
―――ルイズ
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