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「使い魔は変態執事-4」(2007/12/13 (木) 22:46:49) の最新版変更点
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生徒からかのオールド・オスマンまで幅広く名を轟かせることとなったキース・ロイヤル、
そのきっかけとなった『ヴェストリの悪夢』事件から五日が経過していた…。
事件の三日後に学院の庭に転がされていたギーシュは一見元通りだが、たまに目を見開いてうずくまり『もかもか…うぅ…もか…もかもかが…』などと呟くようになってしまい、
喧嘩別れしたはずのモンモランシーの手厚い看護を受けている。それに、ヴェストリの広場の大穴もそのまま埋められていなかった。
つまり、5日経っても傷は全く癒えていなかったのである。それはもう、壊滅的なまでにだ。
しかし、ルイズはその5日間で完全にキースの使い方を身につけていた。そう、彼を一番楽に使う方法は…
「キース、あの風っぴきを黙らせなさい」
「御意」
「なにをするんだゼロの…むがっ!」
彼と対等に話をしようとしないことである。そもそもが執事なため、彼は命令にはそれなりに忠実だ。
今も平民の使う拳銃をマリコルヌの喉へ突きこんでいるが
「殺さないようにね」
「わかりました」
密かに舌打ちが聞こえたような気がしないでもないが、気にしないことにする。
とりあえず拳銃をマリコルヌの口の中に突き入れているキースを放置し、ルイズは食堂へ向かった。
***使い魔は変態執事 第4話~恋気と狂気と迷惑と~***
ああ、あの冷ややかな整った顔に、何も見ていぬようで全てを見ている澄んだ瞳、そしてその身にまとうミステリアスな雰囲気、そんな彼を見ていると…
「タバサ、私、あの人に恋しちゃったかも!」
「……。」
……タバサは固まる。
傍目にはいつもと変わらない冷ややかな無表情に見えたろうが、親友の口から、いつも関わる度に平穏な日常にミミズのように潜り込んでくる男に恋をしたと言う言葉が飛び出たのだ。
そんなことがあれば固まるしかない。幸い、いつも固まっているように周囲から見られているため問題はなかったが。
「……」
キュルケの額に手の平を当てる
「タバサ、何でいつになく優しい目をして私の額に手を当てているのかしら」
「…少し熱い」
「いえ、微熱が平熱よ。それに多分あなたの手が冷たいだけ」
「…『アイス』。これを頭に当てるといい」
「そんないつになく口数が多めで優しいタバサが大好きだけれども安心しなさい健康だから」
それはそれで健康でない気もしたが、
「…本気?」
「勿論よ。――ああタバサ、この私が、微熱が燃え上がったときに嘘をついたことがあって!?」
またも硬直する。確かにこの惚れっぽい友人が恋をしたと言った時は、どんな手段ででも手に入れていた。
そのことを思い出し、それなりの深さの憂鬱に陥りながらも、一応言葉にする。
「……悪趣味」
もはやそうとしか言いようがない。それ以外の言葉が思いつかない。素直になれないけど本当は……とか、そう言う問題でもない。
例えるなら、そう
「ええ!?あのミステリアスで、あったかいのか冷たいのかわからない空気、燃え上がるのも当然でしょう?」
スライム相手に恋するようなものだ。タバサ自身は未だに人間かどうかすら怪しいと睨んでいると言うのに。
「人間だという保証はない」
「いいえ、彼は人間よ!私には解るわ!それにもしそうだとしても、種族の違い……壁は高い方が燃えるでしょう?」
言っても無駄だとわかってはいた。
……わかってはいたが、甘いものよろしく感情は別腹として一応忠告しておいた。
さすがにそろそろ木陰での読書に戻りたい。傍らで静かにしている、と言うかすやすやと寝ているシルフィードを視界の端に収めつ、
「使い魔品評会の練習は?」
とキュルケに、目の前で使い魔たちに芸を仕込んでいる生徒たちへ戻るよう促す。
「そうね、もうフレイムも充分休んだでしょうし、戻るわ。またね、タバサ!」
しなる赤毛を見送り、本に目を戻す一瞬、視界の端に妙なものが映った
時は遡る
「キース、今度使い魔品評会があるの」
ルイズは、目の前に居る銀髪オールバックの執事を見据えて言う。
「つまり使い魔を披露する会なわけ。本当は主人と使い魔の絆を深めることが目的なんだけれど、私と貴方には不要ね」
キースは恭しく礼をする
「在り難きお言葉」
「褒めてないわよっ!深めたくない上にあんたは執事のようなものだから命令聞いてればいいってだけ!
べ、別に既に絆が深いって言ってるんじゃないんだからっ!」
「はっはっは、ルイズ様は素直で御座いませんな!」
「絶対に違うと言ってるでしょーっ!」
なお、この否定は本気である。本物であると断定する。と言うかいままでこの男のどこに惚れる部分があったろうか。
ルイズは、叫んだことで多少切れた息を整え、最重要事項を口にした
「特に、今回の会にはトリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下が特別に視察にいらっしゃるのよ。だから…」
「つまり、機に乗じて暗殺せよと」
「そこふざけないっ!」
「御意、真面目に暗殺を実行します」
「だーかーらー、そうじゃないと言ってるのよおおおおおお!!」
ルイズは自室の床をごすごすと何度も蹴り付けた
「だから粗相のないようにかつ最高の演技を見せろって言ってるのよ!」
「おお、そうでしたか!これはこれはつい勘違いを!」
…これだから疲れるのだ。もう、ものすごく。具体的に言うとサモンサーヴァント7回分に相当するくらい。
しかし、一応この使い魔は姿形は人間だ。動力も行動原理も身体の構造も一切不明だが、姿からしてできることは限られてくる。
……ルイズは頭を抱えた。
人間に芸をさせるためにこんなに必死になる貴族、しかも学生がこのハルケギニアに居ただろうか?いや、居ない。むしろ居て欲しくない。そんなのが世界に蔓延したらハルケギニアは終わりだ。雑技団の訓練にかかりっきりの学生なんて想像したくもない。
ああ……いっそ、どうでもいい気がしてきた
「もう……あんた、でかい岩10個くらいジャグリングしながら回転して空飛びなさい」
「御意」
「――ってできるの!?いよいよあんた人間じゃないわよ!?」
「はっはっは、人間とは努力でさまざまな壁を乗り越える生物なのですよ!」
「そう言うレベルじゃないわよ!まずメイジでもないのに空飛べるの!?」
「ルイズ様、回転すれば風が生まれます。風さえ生むことができれば、メイジでなくとも空を飛べるのは道理かと存じます」
「ああ、そうね……、なら、いっそゼロと呼ばれても空さえ飛べれば、――ってできるか普通っ!?」
「絶対負けるもんか、限界超えてーで御座います」
「歌わない!弾き語るの禁止!あとどっから出したのそのギター!?」
そこでルイズははたと気づく。まともに話してはいけない、と。
そうだ、自分はキースとの正しい付き合いを会徳したはずなのだ。
息を整えながら手の平に『始祖ブリミル』と3回書いて飲み込み、落ち着きを取り戻す――
「――って、私は何奇行して落ち着いてるの!ああ、偉大なる始祖ブリミル!今のはナシ!ナシです!」
と虚空に向かって祈りを捧げエア神棚を作り出す前に我に帰り、
「と、とにかく、さっき言った芸をしてもらうんだから、ちょっと練習に出るわよ!」
「御意でございます」
こうして、ゼロとよくわからないものの主従は、使い魔王国となっている中庭に移動したのだった
タバサは最初、目の前にあるものが理解できなかった。
むしろ今も理解できない。今の私には理解できない。未来の私はどうだろう?理解できているだろうか?
だが、何となく理解したら母のような状態に陥るような気がしないでもない。そう言えば母はそもそもどのような状態なのだろう。心が止まっている、そんな感じだ。
そう言えばあの使い魔の心も何となく、止まっているように思える。だとするとあのルイズの使い魔は何故動けるのだろう?
以前書物で読んだ『自動的な死神』などを思い出したが、それとか?それとも
「きゅいきゅい!きゅい!」
現実逃避スパイラルからシルフィードの鳴き声で帰還し、もう一度眼の焦点をそれに合わせる。
それは、宙に浮いていた
それは、岩を投げ上げていた
それは、その状態で複雑な回転を織り交ぜていた
それは、どさくさで岩を殴り飛ばして学園の壁にブチ当てていた
それは、どさくさで学園の壁にひびを入れていた
それが、ひびを入れた壁は実は宝物庫の壁だった
……しかも、飛ばした先からまたどこからともなく補給してくるので、他の生徒たちは気づいた様子がない。
少し視線を下げると、ちょっぴり(ほんの少し)だけ驚いた顔をしたルイズと、『まあステキダーリン!』とでも言わんばかりの輝く瞳で変態を見上げるキュルケ。
とりあえず
これで確定した。
「……人間じゃない」
ならば何か。エルフ?しかし、シルフィードに以前聞いたところ否定された。すると、ガーゴイルだろうか。
実際タバサは、血を注いだ人間そっくりいなるスキルニルなるガーゴイルを知っているが、
それに元の人間以上の力を加えることも失われた始祖ブリミルの技術なら可能であろうと思える。
これ以上考えても仕方がない、と、タバサはかぶりを振って思考を止める。
だが、今のまま『任務』であのような存在と相対すれば、自分に待ち受ける運命は『死』の一文字だ。何としても対抗策を考えておかねばなるまい。
ひょっとすれば、もし、もしもだが、あれが生物だった場合、キースだらけの集落という存在も在り得る。
あの銀髪の執事だらけの村、……考えるだけでも、おぞ気がはしる。
自分は死ぬ訳にはいかない。復讐を果たし、母を救うまでは……。
日は瞬く間に過ぎてゆき、そして……
品評会当日。
豪華絢爛、格の違いを見せつけながら学園へ入る大行列、柔和に微笑んでしなやかに手を振る麗しのアンリエッタ姫殿下、尊敬し、崇めながら脇に群がる貴族の子供たち、
そんな中でルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールはというと……
「……」
「…ぃゃん」
「何がイヤンよっ!」
自室で、縄で椅子に縛りつけた使い魔とにらめっこしていた。
窓から清涼感溢れる風が入り込み、さらさらとそのふわふわの桃色がかったブロンド髪をなでる。
無駄に晴れた青空は、無駄な爽やかさを演出し無駄に健康的かつ無駄に健全な雰囲気を醸し出す。
そして今、ルイズは時間を無駄にしている。全く、この世は無駄だらけだ、と珍しく詩的に仕上がったかなと自画自賛してみる。
「ルイズ様は何故私をこんなところに縛り付けているのですかな?」
……そんな平穏な思考を邪魔する不届き者がひとり。
ルイズは嘆息すると、
「じゃあ、解いたら何をするのか言ってごらんなさい?」
「それは勿論、アンリエッタ姫殿下の所へ行くに決まっているではありませんか」
さも当然と言うかのように、表情も変えずに言う。
「行って何をするのか、言ってごらんなさい?」
「はっはっは、ルイズ様も野暮なことを聞くものですな!そんなに私が信用できないと?」
「アンタが今朝、銃やら吹き矢やら弓やらをしっかり念入りに整備してなければ信用したかもしれないわね?」
「……何が問題なのです?」
キースが訝るように眉根を寄せる
「だああああああああ!!何を当然、みたいな顔してんじゃないわよ!
姫殿下をまだ暗殺するつもり何でしょう!?そうなんでしょう!?何とか言いなさいよこのプラナリアもびっくりの超変態生物!」
キースはわめくルイズを理解できないとでも言うかのように首をかしげると、
「落ち着いてくださいルイズ様。冗談に決まっているでしょう?騒ぐと体に毒ですぞ」
「あっんったっのっせいでしょうがあああああああああああ!」
懐から抜いた杖の先にいたキースを脅威の爆発力で窓から吹き飛ばした。
そうして迎える本番、普通に飛ぶタバサとシルフィード、炎をまるでサーカスのジャグリングのごとく操るキュルケとフレイム、何故か体中に薔薇を挿して血みどろでヴェルダンテと戯れるギーシュ、などが目立つステージは進行し、遂にルイズの番となった。
麗しのアンリエッタ王女は春を思わせる暖かな笑みで、今か今かとルイズを待っている。
そして、小さな体で堂々と、ルイズは壇上へ
恭しく礼をすると、小石を宙へと放り、それに錬金をかけ、大きな爆発を引き起こす。
『おい、『ゼロ』がまた失敗したぜ!?』
『姫殿下の御前でまで失敗やらかすなんて流石はゼロのルイズだよな!』
己の失敗すら演出兼合図として利用するなど、以前のルイズではありえなかったろう。
しかし、今は違う。
どうせ変態的な使い魔を発表する、もはや多少失敗による爆発のことを言われたくらいでどうということもない。火事山に放火しても何も変わらないのと同じなのだ。
その前向きのようでいてかなり後ろ向きな決意は、召喚前のルイズにはありえなかった。成長である。諦めとも言うが、結果的に性格が丸くなったとも言える為問題はない。
「さあ来なさい!私の究極闘士一号!」
群集の前で多少緊張していたのか、それとも多少テンションがうひょーなことになっていたのか。予定にもない変な台詞を吐きつつ、杖を掲げた。
そして…
『………』
春だというのにどことなく冷たい風が吹き抜ける
『……ひょっとして、逃げられたんじゃないのか?』
『……もはや、流石はゼロのルイズとしか言いようがないな』
ルイズは真赤になって、怒りと屈辱に震える体を抑えながら、ぎこりと折れるように礼をすると、舞台をぎちりぎちりと固い動きでゆっくりと降りた
「…何故、人は争いをやめないのでしょうか」
目も眩む鮮やかな緑の平原、学園の庭
「何故、争いは止まらないのでしょうか…。」
穏やかな風が花の香りを運び、その銀髪を揺らす
「ああ、何故人は、他人を傷つけたがるのでしょう…」
「そ・れ・は・あんたみたいなヤツがいるからよおおおおおおおおおおおおっ!」
爽やかかつ激しい爆風が焦げる香りを運び、その緑を吹き飛ばす。
その風は、ハルケギニアという世界の風に溶けて、すぐに消える。
「このように、人は平穏を吹き飛ばす、そう、人間の本質は破壊者なのです。黒魔術師殿は即ち人の業」
地面にずぼりと頭から刺さって股を開いた黒いタキシードが、そのままの体勢で語り続ける
「全ての業の集合を叩くことができれば人は救われますが、その攻撃がまたもや人の業となる…」
頭を振るように腰から先を回し、
「人の業は結局、いつまでも消すことはできないのですな」
またもや穏やかな春の風が…
「いい加減にしなさいっ!」
強烈な爆風によって掻き消された。
何故このようなことになったのだろう。
自分は何か悪いことをしただろうか
馬鹿のようなというか馬鹿そのもの、むしろこの世の馬鹿をひとつに纏めたような使い魔を召喚したところまではいい、もう慣れた。
そして、その使い魔が毎回馬鹿な事件を起こすのもいい、慣れた。
……ここまで考えて、更に落ち込んだ。何だかものすごく道を踏み外している気がする。
そして、一番の問題は、自分がこの使い魔を制御し切れていないことであった。
なにせ理解しがたい変態だ、誰にも制御できるとも思えない、とは結局いい訳だ。
相手が不思議生物だから?そんなことは関係ない。事実として、ルーンが刻まれていると言うのに使い魔の力を持て余している自分が居る。
そして、肝心なときに呼んでも来ない。これは明らかに、主としての器が足りていない
「この…馬鹿っ!」
そんな気持ちを涙腺から噴出しながら、怒りで白くなった視界の端、吹き飛んでのびていたキースに殴りかかるものの、急にむっくりと起き上がったキースに対応できず地面を殴りつけて倒れる。
なんだか、ものすごく惨めだった。心を虚無が支配し、その中をいつかどこかで聞いたルーンが飛び回る。
「あは…あははは…」
もはや惨めすぎて笑えてきた。結局、諦めただの何だの言っていたが、全てを受け流すことはできていなかった。
心の中に溜まりにたまったその怒りが、悲しみが、絶望が、その涙とともに溶けて消えてゆき、その分を空白が埋め尽くす。
そして残ったわずかな喜びも、今、こうして笑い声とともに外へ放出されている。
そうだ、この使い魔を殺そう。殺しても死ななそうだけれど、この頭の虚無を飛び回るルーンの力ならばひょっとしたら、とも思う。
そんなときだった
「む?ルイズ様、ところで、あの辺りの壁の向こうには何があるのですか?」
急に聞こえてきたキースの声に、ふと我に返る。―――今、私は、何を考えていた?
「…急に何?」
徐々に、涙で歪み、怒りと虚無で潰れていた視覚が戻る。聴覚が戻る。
「いえ、そこで巨大ゴーレムで壁を粉砕しているステキなお方がいるものですから」
――何故自分は気づかなかったのか、身の丈30メイル以上ありそうな巨大ゴーレムが、学園の壁に向かって拳を振り上げていた。
そしてその豪腕が振り下ろされ、しょっちゅうキースが衝撃を与えていたその壁が、心臓を震わせるほどの轟音と共に崩壊する。
ルイズは慌てて、さっきのキースの質問の答えを思い出す。
「えーっと、確かあの場所は、………宝物庫!」
「ああ、あの売りさばいたら高額で売れた『アレ』があったところですな!」
不穏なことを聞かなかったが、聞かなかったことにする。聞いていない、聞いていない。
壁の中へ、ゴーレムをつたって入ってゆく黒いフードの人間を見送りながら思考する。
相手は強い地のメイジであり、宝物庫狙い。そういえば、と、ちろりと聞いた『土くれのフーケ』の噂を思い出す。見事に合致している。
と、言うことはだ
―――捕まえれば相当な名誉であり、この品評会での失敗による汚名を払拭するには充分だ
そして、こちらにはスクエアクラス相手でも劣らないであろう有り余る力がある。
「――キース、あの泥棒を捕まえなさい!世のため人のため、そして何より私の名誉のために!」
「御意」
しかし、ルイズはまだ理解していなかったのだ
その使い魔の奇行は、有り余る力を持て余している訳でもなく
――正真正銘、根っこからの変態性によるものであることを
なんと言うか、参ったとしか言いようがない。自分に落ち度があったか考えてみる。
まず、姫の護衛に出張り学園自体の防備が手薄になる瞬間、姫自身が来訪しての使い魔品評会を狙って、こうして襲撃をかけた。
次に、前からアタリをつけていた、皹の入った壁を破壊して宝物庫内に侵入、お目当ての『自在の黒剣』を物色。
ここまでは問題なかった。華麗とも言える、無駄のない、隙のない、完璧な手際だった。
だが、ここからが問題だ。いくら探せども、お目当ての品が見つからない。
あらかじめ『黒曜石を彫り上げて作り上げたようななめらかな刃』との情報は仕入れてあったのだが、そんなものは見つからない。
そして、極めつけは…
「――キース、あの泥棒を捕まえなさい!世のため人のため、そして何より私の名誉のために!」
「御意」
まずい、人が来た。
このような祭典中に、一体何故?
「まったく大事な式典をフケるなんて、とんだ不良貴族サマもいたもんだ!」
目当ての品はまだ見つかっていない、が、捕まるつもりなんて毛頭無い。
そこまで行動を決めたら、あとはすることなんて一つだ。
フーケはひょいとゴーレムに飛び乗って戻る。自分を捕まえようと動いているのは、学院内屈指の落ちこぼれ『ゼロのルイズ』の従者、銀髪オールバックのみだ。
ならば、目撃者を潰しておいた方が手っ取り早い。
ただの平民相手にゴーレムによる全力の打撃を加えることは好みではないが、別に抵抗もない。
ゴーレムに命じると、その固くて太くて立派な腕が持ち上がる。
ルイズは、自らの使い魔がその振り下ろされた腕に潰されていくのを黙って見ていることしかできなかった
ぐちゃり、と、轟音の中からですら、ルイズの聴覚はその音を聞き取った。確かに、確実に、間違いなく、肉の潰れる音だった。
いくら、死んだら新しい使い魔を召喚できるとは言え
いくら、死んでしまえばいいと深刻に思ったとは言え
――普通の、少しプライドが高いだけの少女が、人が一人死んで素直に喜べるはずは無かった
潰した。足に伝わる振動だけで、そのくらいはわかる。確かにゴーレムの拳は、人一人を叩き潰した。
では、
「やりましたな土くれ殿!さあ、警備の者が来ぬうちに早いところとんずらですぞ。」
私の隣に居るこの男は何なのだろう。
「どおおおおおゆうううううことよおおおおおおおお!!??」
遥か下方から風を切り裂くように響く桃髪の貴族の声
「はっはっは、ルイズ様、こーいったトリックの基本的な解き方をご存じ無いのですか?」
「何がよ!」
キースはその固定された銀髪でかぶりを振り、
「不可能なことは不可能なのです。それを隠れ蓑にし、できる事を不可能と言う先入観で埋める、それがトリックの基本です。」
「…で?」
「つまり、あのタイミングでゴーレムの拳を避けることなど不可能、ならば、可能な方法を何か見落としている…と言うことですよ、ルイズ様」
それよりもさっきからこいつは、当の盗賊の横で何を呑気に会話しているのだろうか。
「…それで、何?」
「忍法変わり身の術をご存知ですかな?」
「あ・ん・たねぇぇぇぇぇ!」
「何だって?」
確かに肉を潰した感覚だったはず、と、ゴーレムの拳を急いでどかす。すると…
ふんわりとした髪
上等なマントとドレス
纏った空気にどことなく気品を感じる
間違いなく、麗しのアンリエッタ姫殿下であった
ただし血まみれの
「………」
「………」
「………」
フーケは固まり、ルイズは呆然とし、キースは冷や汗をダラダラと流す。
「………」
「………」
「………」
そのまま数十秒ほど固まった後、
「…皆さ~ん、大変です!曲者が王女様をさらってゴーレムでッ!」
銀髪執事が馬よりも早く、風のように魔法衛士隊へ走った
『何だって!姫殿下なら今この中にっ!』
『見ろ!居ないぞ!』
『おい、あそこだ!まずい、血塗れに!』
そしてすぐに、護衛の部隊のほとんどがこちらへわらわらと
『どうしよう、俺の担当だったのに!ああ、隊長に…隊長に…ッ!』
『あれは土くれだっ!』
『噂の土くれはテロリストだったんだ!』
『現在の政治に不満を持って姫様を拉致、殺害したんだ!』
『ああ…嫌だ!もうあんな痔は経験したくない!』
『取り囲め!土属性隊、壁をッ!』
『水属性、早く姫様の治療!』
『うわあああああ隊長!やめっ、こんなところでっ!』
『まずは姫様の命だ!命!命あっての物種だ!』
あっという間に完全な包囲が構築されてゆく。しかも、今の喧騒にいくつか使い魔の声が混じっていた気がする。
「え…え……」
喉が震える。フーケがゴーレムを操り、なんとか包囲を突破しようと試みているが、もうどうでもいい。
「ルイズ様」
しゅたっ!
そう表現するのが正しい、そう思わせる飛び方で、まるで降って沸いたように現れるキース。
「あとは捕まるのも時間の問題です」
恭しく礼をしつつ、済ました顔で冷静に報告するキース。
「エ…エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ…」
口が勝手に、いつか、つい最近聞いた呪文を紡ぐ
「これで任務達成です。あなた様の名誉はうなぎのぼりですぞ!」
そして、この魔法の威力を理解し、理解した上で…
「吹き飛んで頭を冷やして死になさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
フーケも、衛士隊も、キースごと全て吹き飛ばした
生徒からかのオールド・オスマンまで幅広く名を轟かせることとなったキース・ロイヤル、
そのきっかけとなった『ヴェストリの悪夢』事件から五日が経過していた…。
事件の三日後に学院の庭に転がされていたギーシュは一見元通りだが、たまに目を見開いてうずくまり『もかもか…うぅ…もか…もかもかが…』などと呟くようになってしまい、
喧嘩別れしたはずのモンモランシーの手厚い看護を受けている。それに、ヴェストリの広場の大穴もそのまま埋められていなかった。
つまり、5日経っても傷は全く癒えていなかったのである。それはもう、壊滅的なまでにだ。
しかし、ルイズはその5日間で完全にキースの使い方を身につけていた。そう、彼を一番楽に使う方法は…
「キース、あの風っぴきを黙らせなさい」
「御意」
「なにをするんだゼロの…むがっ!」
彼と対等に話をしようとしないことである。そもそもが執事なため、彼は命令にはそれなりに忠実だ。
今も平民の使う拳銃をマリコルヌの喉へ突きこんでいるが
「殺さないようにね」
「わかりました」
密かに舌打ちが聞こえたような気がしないでもないが、気にしないことにする。
とりあえず拳銃をマリコルヌの口の中に突き入れているキースを放置し、ルイズは食堂へ向かった。
***使い魔は変態執事 第4話~恋気と狂気と迷惑と~***
ああ、あの冷ややかな整った顔に、何も見ていぬようで全てを見ている澄んだ瞳、そしてその身にまとうミステリアスな雰囲気、そんな彼を見ていると…
「タバサ、私、あの人に恋しちゃったかも!」
「……。」
……タバサは固まる。
傍目にはいつもと変わらない冷ややかな無表情に見えたろうが、親友の口から、いつも関わる度に平穏な日常にミミズのように潜り込んでくる男に恋をしたと言う言葉が飛び出たのだ。
そんなことがあれば固まるしかない。幸い、いつも固まっているように周囲から見られているため問題はなかったが。
「……」
キュルケの額に手の平を当てる
「タバサ、何でいつになく優しい目をして私の額に手を当てているのかしら」
「…少し熱い」
「いえ、微熱が平熱よ。それに多分あなたの手が冷たいだけ」
「…『アイス』。これを頭に当てるといい」
「そんないつになく口数が多めで優しいタバサが大好きだけれども安心しなさい健康だから」
それはそれで健康でない気もしたが、
「…本気?」
「勿論よ。――ああタバサ、この私が、微熱が燃え上がったときに嘘をついたことがあって!?」
またも硬直する。確かにこの惚れっぽい友人が恋をしたと言った時は、どんな手段ででも手に入れていた。
そのことを思い出し、それなりの深さの憂鬱に陥りながらも、一応言葉にする。
「……悪趣味」
もはやそうとしか言いようがない。それ以外の言葉が思いつかない。素直になれないけど本当は……とか、そう言う問題でもない。
例えるなら、そう
「ええ!?あのミステリアスで、あったかいのか冷たいのかわからない空気、燃え上がるのも当然でしょう?」
スライム相手に恋するようなものだ。タバサ自身は未だに人間かどうかすら怪しいと睨んでいると言うのに。
「人間だという保証はない」
「いいえ、彼は人間よ!私には解るわ!それにもしそうだとしても、種族の違い……壁は高い方が燃えるでしょう?」
言っても無駄だとわかってはいた。
……わかってはいたが、甘いものよろしく感情は別腹として一応忠告しておいた。
さすがにそろそろ木陰での読書に戻りたい。傍らで静かにしている、と言うかすやすやと寝ているシルフィードを視界の端に収めつ、
「使い魔品評会の練習は?」
とキュルケに、目の前で使い魔たちに芸を仕込んでいる生徒たちへ戻るよう促す。
「そうね、もうフレイムも充分休んだでしょうし、戻るわ。またね、タバサ!」
しなる赤毛を見送り、本に目を戻す一瞬、視界の端に妙なものが映った
時は遡る
「キース、今度使い魔品評会があるの」
ルイズは、目の前に居る銀髪オールバックの執事を見据えて言う。
「つまり使い魔を披露する会なわけ。本当は主人と使い魔の絆を深めることが目的なんだけれど、私と貴方には不要ね」
キースは恭しく礼をする
「在り難きお言葉」
「褒めてないわよっ!深めたくない上にあんたは執事のようなものだから命令聞いてればいいってだけ!
べ、別に既に絆が深いって言ってるんじゃないんだからっ!」
「はっはっは、ルイズ様は素直で御座いませんな!」
「絶対に違うと言ってるでしょーっ!」
なお、この否定は本気である。本物であると断定する。と言うかいままでこの男のどこに惚れる部分があったろうか。
ルイズは、叫んだことで多少切れた息を整え、最重要事項を口にした
「特に、今回の会にはトリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下が特別に視察にいらっしゃるのよ。だから…」
「つまり、機に乗じて暗殺せよと」
「そこふざけないっ!」
「御意、真面目に暗殺を実行します」
「だーかーらー、そうじゃないと言ってるのよおおおおおお!!」
ルイズは自室の床をごすごすと何度も蹴り付けた
「だから粗相のないようにかつ最高の演技を見せろって言ってるのよ!」
「おお、そうでしたか!これはこれはつい勘違いを!」
…これだから疲れるのだ。もう、ものすごく。具体的に言うとサモンサーヴァント7回分に相当するくらい。
しかし、一応この使い魔は姿形は人間だ。動力も行動原理も身体の構造も一切不明だが、姿からしてできることは限られてくる。
……ルイズは頭を抱えた。
人間に芸をさせるためにこんなに必死になる貴族、しかも学生がこのハルケギニアに居ただろうか?いや、居ない。むしろ居て欲しくない。そんなのが世界に蔓延したらハルケギニアは終わりだ。雑技団の訓練にかかりっきりの学生なんて想像したくもない。
ああ……いっそ、どうでもいい気がしてきた
「もう……あんた、でかい岩10個くらいジャグリングしながら回転して空飛びなさい」
「御意」
「――ってできるの!?いよいよあんた人間じゃないわよ!?」
「はっはっは、人間とは努力でさまざまな壁を乗り越える生物なのですよ!」
「そう言うレベルじゃないわよ!まずメイジでもないのに空飛べるの!?」
「ルイズ様、回転すれば風が生まれます。風さえ生むことができれば、メイジでなくとも空を飛べるのは道理かと存じます」
「ああ、そうね……、なら、いっそゼロと呼ばれても空さえ飛べれば、――ってできるか普通っ!?」
「絶対負けるもんか、限界超えてーで御座います」
「歌わない!弾き語るの禁止!あとどっから出したのそのギター!?」
そこでルイズははたと気づく。まともに話してはいけない、と。
そうだ、自分はキースとの正しい付き合いを会徳したはずなのだ。
息を整えながら手の平に『始祖ブリミル』と3回書いて飲み込み、落ち着きを取り戻す――
「――って、私は何奇行して落ち着いてるの!ああ、偉大なる始祖ブリミル!今のはナシ!ナシです!」
と虚空に向かって祈りを捧げエア神棚を作り出す前に我に帰り、
「と、とにかく、さっき言った芸をしてもらうんだから、ちょっと練習に出るわよ!」
「御意でございます」
こうして、ゼロとよくわからないものの主従は、使い魔王国となっている中庭に移動したのだった
タバサは最初、目の前にあるものが理解できなかった。
むしろ今も理解できない。今の私には理解できない。未来の私はどうだろう?理解できているだろうか?
だが、何となく理解したら母のような状態に陥るような気がしないでもない。そう言えば母はそもそもどのような状態なのだろう。心が止まっている、そんな感じだ。
そう言えばあの使い魔の心も何となく、止まっているように思える。だとするとあのルイズの使い魔は何故動けるのだろう?
以前書物で読んだ『自動的な死神』などを思い出したが、それとか?それとも
「きゅいきゅい!きゅい!」
現実逃避スパイラルからシルフィードの鳴き声で帰還し、もう一度眼の焦点をそれに合わせる。
それは、宙に浮いていた
それは、岩を投げ上げていた
それは、その状態で複雑な回転を織り交ぜていた
それは、どさくさで岩を殴り飛ばして学園の壁にブチ当てていた
それは、どさくさで学園の壁にひびを入れていた
それが、ひびを入れた壁は実は宝物庫の壁だった
……しかも、飛ばした先からまたどこからともなく補給してくるので、他の生徒たちは気づいた様子がない。
少し視線を下げると、ちょっぴり(ほんの少し)だけ驚いた顔をしたルイズと、『まあステキダーリン!』とでも言わんばかりの輝く瞳で変態を見上げるキュルケ。
とりあえず
これで確定した。
「……人間じゃない」
ならば何か。エルフ?しかし、シルフィードに以前聞いたところ否定された。すると、ガーゴイルだろうか。
実際タバサは、血を注いだ人間そっくりいなるスキルニルなるガーゴイルを知っているが、
それに元の人間以上の力を加えることも失われた始祖ブリミルの技術なら可能であろうと思える。
これ以上考えても仕方がない、と、タバサはかぶりを振って思考を止める。
だが、今のまま『任務』であのような存在と相対すれば、自分に待ち受ける運命は『死』の一文字だ。何としても対抗策を考えておかねばなるまい。
ひょっとすれば、もし、もしもだが、あれが生物だった場合、キースだらけの集落という存在も在り得る。
あの銀髪の執事だらけの村、……考えるだけでも、おぞ気がはしる。
自分は死ぬ訳にはいかない。復讐を果たし、母を救うまでは……。
日は瞬く間に過ぎてゆき、そして……
品評会当日。
豪華絢爛、格の違いを見せつけながら学園へ入る大行列、柔和に微笑んでしなやかに手を振る麗しのアンリエッタ姫殿下、尊敬し、崇めながら脇に群がる貴族の子供たち、
そんな中でルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールはというと……
「……」
「…ぃゃん」
「何がイヤンよっ!」
自室で、縄で椅子に縛りつけた使い魔とにらめっこしていた。
窓から清涼感溢れる風が入り込み、さらさらとそのふわふわの桃色がかったブロンド髪をなでる。
無駄に晴れた青空は、無駄な爽やかさを演出し無駄に健康的かつ無駄に健全な雰囲気を醸し出す。
そして今、ルイズは時間を無駄にしている。全く、この世は無駄だらけだ、と珍しく詩的に仕上がったかなと自画自賛してみる。
「ルイズ様は何故私をこんなところに縛り付けているのですかな?」
……そんな平穏な思考を邪魔する不届き者がひとり。
ルイズは嘆息すると、
「じゃあ、解いたら何をするのか言ってごらんなさい?」
「それは勿論、アンリエッタ姫殿下の所へ行くに決まっているではありませんか」
さも当然と言うかのように、表情も変えずに言う。
「行って何をするのか、言ってごらんなさい?」
「はっはっは、ルイズ様も野暮なことを聞くものですな!そんなに私が信用できないと?」
「アンタが今朝、銃やら吹き矢やら弓やらをしっかり念入りに整備してなければ信用したかもしれないわね?」
「……何が問題なのです?」
キースが訝るように眉根を寄せる
「だああああああああ!!何を当然、みたいな顔してんじゃないわよ!
姫殿下をまだ暗殺するつもり何でしょう!?そうなんでしょう!?何とか言いなさいよこのプラナリアもびっくりの超変態生物!」
キースはわめくルイズを理解できないとでも言うかのように首をかしげると、
「落ち着いてくださいルイズ様。冗談に決まっているでしょう?騒ぐと体に毒ですぞ」
「あっんったっのっせいでしょうがあああああああああああ!」
懐から抜いた杖の先にいたキースを脅威の爆発力で窓から吹き飛ばした。
そうして迎える本番、普通に飛ぶタバサとシルフィード、炎をまるでサーカスのジャグリングのごとく操るキュルケとフレイム、何故か体中に薔薇を挿して血みどろでヴェルダンテと戯れるギーシュ、などが目立つステージは進行し、遂にルイズの番となった。
麗しのアンリエッタ王女は春を思わせる暖かな笑みで、今か今かとルイズを待っている。
そして、小さな体で堂々と、ルイズは壇上へ
恭しく礼をすると、小石を宙へと放り、それに錬金をかけ、大きな爆発を引き起こす。
『おい、『ゼロ』がまた失敗したぜ!?』
『姫殿下の御前でまで失敗やらかすなんて流石はゼロのルイズだよな!』
己の失敗すら演出兼合図として利用するなど、以前のルイズではありえなかったろう。
しかし、今は違う。
どうせ変態的な使い魔を発表する、もはや多少失敗による爆発のことを言われたくらいでどうということもない。火事山に放火しても何も変わらないのと同じなのだ。
その前向きのようでいてかなり後ろ向きな決意は、召喚前のルイズにはありえなかった。成長である。諦めとも言うが、結果的に性格が丸くなったとも言える為問題はない。
「さあ来なさい!私の究極闘士一号!」
群集の前で多少緊張していたのか、それとも多少テンションがうひょーなことになっていたのか。予定にもない変な台詞を吐きつつ、杖を掲げた。
そして…
『………』
春だというのにどことなく冷たい風が吹き抜ける
『……ひょっとして、逃げられたんじゃないのか?』
『……もはや、流石はゼロのルイズとしか言いようがないな』
ルイズは真赤になって、怒りと屈辱に震える体を抑えながら、ぎこりと折れるように礼をすると、舞台をぎちりぎちりと固い動きでゆっくりと降りた
「…何故、人は争いをやめないのでしょうか」
目も眩む鮮やかな緑の平原、学園の庭
「何故、争いは止まらないのでしょうか…。」
穏やかな風が花の香りを運び、その銀髪を揺らす
「ああ、何故人は、他人を傷つけたがるのでしょう…」
「そ・れ・は・あんたみたいなヤツがいるからよおおおおおおおおおおおおっ!」
爽やかかつ激しい爆風が焦げる香りを運び、その緑を吹き飛ばす。
その風は、ハルケギニアという世界の風に溶けて、すぐに消える。
「このように、人は平穏を吹き飛ばす、そう、人間の本質は破壊者なのです。黒魔術師殿は即ち人の業」
地面にずぼりと頭から刺さって股を開いた黒いタキシードが、そのままの体勢で語り続ける
「全ての業の集合を叩くことができれば人は救われますが、その攻撃がまたもや人の業となる…」
頭を振るように腰から先を回し、
「人の業は結局、いつまでも消すことはできないのですな」
またもや穏やかな春の風が…
「いい加減にしなさいっ!」
強烈な爆風によって掻き消された。
何故このようなことになったのだろう。
自分は何か悪いことをしただろうか
馬鹿のようなというか馬鹿そのもの、むしろこの世の馬鹿をひとつに纏めたような使い魔を召喚したところまではいい、もう慣れた。
そして、その使い魔が毎回馬鹿な事件を起こすのもいい、慣れた。
……ここまで考えて、更に落ち込んだ。何だかものすごく道を踏み外している気がする。
そして、一番の問題は、自分がこの使い魔を制御し切れていないことであった。
なにせ理解しがたい変態だ、誰にも制御できるとも思えない、とは結局いい訳だ。
相手が不思議生物だから?そんなことは関係ない。事実として、ルーンが刻まれていると言うのに使い魔の力を持て余している自分が居る。
そして、肝心なときに呼んでも来ない。これは明らかに、主としての器が足りていない
「この…馬鹿っ!」
そんな気持ちを涙腺から噴出しながら、怒りで白くなった視界の端、吹き飛んでのびていたキースに殴りかかるものの、急にむっくりと起き上がったキースに対応できず地面を殴りつけて倒れる。
なんだか、ものすごく惨めだった。心を虚無が支配し、その中をいつかどこかで聞いたルーンが飛び回る。
「あは…あははは…」
もはや惨めすぎて笑えてきた。結局、諦めただの何だの言っていたが、全てを受け流すことはできていなかった。
心の中に溜まりにたまったその怒りが、悲しみが、絶望が、その涙とともに溶けて消えてゆき、その分を空白が埋め尽くす。
そして残ったわずかな喜びも、今、こうして笑い声とともに外へ放出されている。
そうだ、この使い魔を殺そう。殺しても死ななそうだけれど、この頭の虚無を飛び回るルーンの力ならばひょっとしたら、とも思う。
そんなときだった
「む?ルイズ様、ところで、あの辺りの壁の向こうには何があるのですか?」
急に聞こえてきたキースの声に、ふと我に返る。―――今、私は、何を考えていた?
「…急に何?」
徐々に、涙で歪み、怒りと虚無で潰れていた視覚が戻る。聴覚が戻る。
「いえ、そこで巨大ゴーレムで壁を粉砕しているステキなお方がいるものですから」
――何故自分は気づかなかったのか、身の丈30メイル以上ありそうな巨大ゴーレムが、学園の壁に向かって拳を振り上げていた。
そしてその豪腕が振り下ろされ、しょっちゅうキースが衝撃を与えていたその壁が、心臓を震わせるほどの轟音と共に崩壊する。
ルイズは慌てて、さっきのキースの質問の答えを思い出す。
「えーっと、確かあの場所は、………宝物庫!」
「ああ、あの売りさばいたら高額で売れた『アレ』があったところですな!」
不穏なことを聞かなかったが、聞かなかったことにする。聞いていない、聞いていない。
壁の中へ、ゴーレムをつたって入ってゆく黒いフードの人間を見送りながら思考する。
相手は強い地のメイジであり、宝物庫狙い。そういえば、と、ちろりと聞いた『土くれのフーケ』の噂を思い出す。見事に合致している。
と、言うことはだ
―――捕まえれば相当な名誉であり、この品評会での失敗による汚名を払拭するには充分だ
そして、こちらにはスクエアクラス相手でも劣らないであろう有り余る力がある。
「――キース、あの泥棒を捕まえなさい!世のため人のため、そして何より私の名誉のために!」
「御意」
しかし、ルイズはまだ理解していなかったのだ
その使い魔の奇行は、有り余る力を持て余している訳でもなく
――正真正銘、根っこからの変態性によるものであることを
なんと言うか、参ったとしか言いようがない。自分に落ち度があったか考えてみる。
まず、姫の護衛に出張り学園自体の防備が手薄になる瞬間、姫自身が来訪しての使い魔品評会を狙って、こうして襲撃をかけた。
次に、前からアタリをつけていた、皹の入った壁を破壊して宝物庫内に侵入、お目当ての『自在の黒剣』を物色。
ここまでは問題なかった。華麗とも言える、無駄のない、隙のない、完璧な手際だった。
だが、ここからが問題だ。いくら探せども、お目当ての品が見つからない。
あらかじめ『黒曜石を彫り上げて作り上げたようななめらかな刃』との情報は仕入れてあったのだが、そんなものは見つからない。
そして、極めつけは…
「――キース、あの泥棒を捕まえなさい!世のため人のため、そして何より私の名誉のために!」
「御意」
まずい、人が来た。
このような祭典中に、一体何故?
「まったく大事な式典をフケるなんて、とんだ不良貴族サマもいたもんだ!」
目当ての品はまだ見つかっていない、が、捕まるつもりなんて毛頭無い。
そこまで行動を決めたら、あとはすることなんて一つだ。
フーケはひょいとゴーレムに飛び乗って戻る。自分を捕まえようと動いているのは、学院内屈指の落ちこぼれ『ゼロのルイズ』の従者、銀髪オールバックのみだ。
ならば、目撃者を潰しておいた方が手っ取り早い。
ただの平民相手にゴーレムによる全力の打撃を加えることは好みではないが、別に抵抗もない。
ゴーレムに命じると、その固くて太くて立派な腕が持ち上がる。
ルイズは、自らの使い魔がその振り下ろされた腕に潰されていくのを黙って見ていることしかできなかった
ぐちゃり、と、轟音の中からですら、ルイズの聴覚はその音を聞き取った。確かに、確実に、間違いなく、肉の潰れる音だった。
いくら、死んだら新しい使い魔を召喚できるとは言え
いくら、死んでしまえばいいと深刻に思ったとは言え
――普通の、少しプライドが高いだけの少女が、人が一人死んで素直に喜べるはずは無かった
潰した。足に伝わる振動だけで、そのくらいはわかる。確かにゴーレムの拳は、人一人を叩き潰した。
では、
「やりましたな土くれ殿!さあ、警備の者が来ぬうちに早いところとんずらですぞ。」
私の隣に居るこの男は何なのだろう。
「どおおおおおゆうううううことよおおおおおおおお!!??」
遥か下方から風を切り裂くように響く桃髪の貴族の声
「はっはっは、ルイズ様、こーいったトリックの基本的な解き方をご存じ無いのですか?」
「何がよ!」
キースはその固定された銀髪でかぶりを振り、
「不可能なことは不可能なのです。それを隠れ蓑にし、できる事を不可能と言う先入観で埋める、それがトリックの基本です。」
「…で?」
「つまり、あのタイミングでゴーレムの拳を避けることなど不可能、ならば、可能な方法を何か見落としている…と言うことですよ、ルイズ様」
それよりもさっきからこいつは、当の盗賊の横で何を呑気に会話しているのだろうか。
「…それで、何?」
「忍法変わり身の術をご存知ですかな?」
「あ・ん・たねぇぇぇぇぇ!」
「何だって?」
確かに肉を潰した感覚だったはず、と、ゴーレムの拳を急いでどかす。すると…
ふんわりとした髪
上等なマントとドレス
纏った空気にどことなく気品を感じる
間違いなく、麗しのアンリエッタ姫殿下であった
ただし血まみれの
「………」
「………」
「………」
フーケは固まり、ルイズは呆然とし、キースは冷や汗をダラダラと流す。
「………」
「………」
「………」
そのまま数十秒ほど固まった後、
「…皆さ~ん、大変です!曲者が王女様をさらってゴーレムでッ!」
銀髪執事が馬よりも早く、風のように魔法衛士隊へ走った
『何だって!姫殿下なら今この中にっ!』
『見ろ!居ないぞ!』
『おい、あそこだ!まずい、血塗れに!』
そしてすぐに、護衛の部隊のほとんどがこちらへわらわらと
『どうしよう、俺の担当だったのに!ああ、隊長に…隊長に…ッ!』
『あれは土くれだっ!』
『噂の土くれはテロリストだったんだ!』
『現在の政治に不満を持って姫様を拉致、殺害したんだ!』
『ああ…嫌だ!もうあんな痔は経験したくない!』
『取り囲め!土属性隊、壁をッ!』
『水属性、早く姫様の治療!』
『うわあああああ隊長!やめっ、こんなところでっ!』
『まずは姫様の命だ!命!命あっての物種だ!』
あっという間に完全な包囲が構築されてゆく。しかも、今の喧騒にいくつか使い魔の声が混じっていた気がする。
「え…え……」
喉が震える。フーケがゴーレムを操り、なんとか包囲を突破しようと試みているが、もうどうでもいい。
「ルイズ様」
しゅたっ!
そう表現するのが正しい、そう思わせる飛び方で、まるで降って沸いたように現れるキース。
「あとは捕まるのも時間の問題です」
恭しく礼をしつつ、済ました顔で冷静に報告するキース。
「エ…エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ…」
口が勝手に、いつか、つい最近聞いた呪文を紡ぐ
「これで任務達成です。あなた様の名誉はうなぎのぼりですぞ!」
そして、この魔法の威力を理解し、理解した上で…
「吹き飛んで頭を冷やして死になさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
フーケも、衛士隊も、キースごと全て吹き飛ばした
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