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「ゼロのMASTER-07」(2007/12/12 (水) 20:38:11) の最新版変更点
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「この酒杯なんかいいですね」
「おお、兄さん!いいものに目をつけるねえ。これは隣国ゲルマニアからのモンでな…」
キートンは古物商の主人と話していた。
主人もキートンとの話に夢中になっていたが、何かに気付いたのか、話を中断する。
「兄さん、連れのお嬢ちゃんはもう行っちまったみたいだぜ」
「え…?ああ、すみません。それじゃこれを売って下さい」
キートンは丸いものを店主に差し出す。薄い円盤状のものだった。
「そりゃティーポット置きかなんかですやね。穴が開いてて不恰好だから、誰も買い手がいなくてな。兄さんには5ドニエで売っとくよ」
「どうも、ありがとうございます」
店主に礼を言いながら去る。店主は通りを指差しながら話した。
「あの嬢ちゃんはほれ、向こうの通りを歩いていったみたいだぞ」
「おかしいなァ、あの人の話だとこのあたりのはずなんだが」
キートンはルイズを探していた。店主の話だと、確かに彼女はここにいたはずなのだが。
先に帰ってしまったのだろうか?ルイズの性格から見て、その可能性は低いかもしれない。
そう考えていると
「わっ!!」
「うわっ!?」
急に後ろから何者かが抱きつく。と、同時に背中に何かやわらかいものがくっついた。
あわてて後ろを振り向くと
「久しぶりねー、かっこいい使い魔さん」
キュルケだった。隣には以前の授業で見た青髪の少女が立ちながら黙々と本を読んでいる。
この雑多な中でも意に介さずと言ったところだろうか。
ついでにキートンのことまで無視しているようだが。
「あ、ああ。キュルケ君だったね。そっちの子は…」
「タバサ」
少女は本を見ながら答える。そんな中でもキュルケはキートンの腕に飛びつき、どこかに連れて行こうとした。
「お、おいおい。キュルケ君」
「知ってるわよ。あなた、ルイズと買い物に来たんでしょ?あーんな子と一緒にいたって楽しくないでしょうし、ね!あたしと一緒に…」
そう言うと、ますます引っ張ろうとする。そんな中、キートンは一つのものに気付いた。
路地裏の前に何かが落ちている。引っ張られていく途中でそれを拾い上げ、よく見てみる。
これは…。
「あら、それルイズの靴じゃない」
キュルケは不思議そうにキートンの手にある靴を見ている。
たしかに、これはルイズの靴だ。しかし、それがなぜこんなところにあるのか。
しかも、片方だけ。
キートンは路地裏の方を見やる。薄暗く、細い路地が続いていた。
「キュルケ君、すまないがちょっと失礼」
あっという間にキュルケを振り払い、キートンは路地裏へと走っていった。
キュルケは一瞬、呆然としていたが、すぐに気を取り直す。
タバサはいつしか本から目を離し、走り去るキートンを見ていた。
「タバサ、追いかけるわよ」
タバサは無言で頷くと、キュルケの後に続く。
キュルケは運動には自信があったが、走るキートンの素早さに内心驚いていた。
ギーシュと相対したときもそうだったが、やっぱりあの人は何かが違う。
なんとしても、あたしに振り向かせなくちゃ!ゼロのルイズなんかには勿体無い人だわ!
と、急にキートンが立ち止まった。物陰から何かを伺っているようだ。キュルケが何事かと思い、話しかける。
「ねえ」
「静かに」
緊迫に満ちたキートンの声に気圧されて、黙る。
そして、同じようにそうっと物陰から除いてみると…。
ルイズがいた。猿ぐつわと目隠しをされ、縛られている。ルイズは浚われたのだ。
「三人だな。右の男はメイジ、真ん中の小柄な男は何も持っていないようだが、左の奴はナイフを持っている」
「何故わかるの?」
キュルケが驚いたように言う。メイジは判別しやすいかもしれないが、相手がナイフを持っていることまでわかるなんて。
「昔、軍隊にいたことがあってね」
キートンはそう言うと、キュルケ達の方へと振り向いた。
「君達は商店街の方に戻って、警…兵隊なり連れて来てくれ。私はルイズを助けに行く」
「ちょっと、一人で助けにいくなんて…」
「無謀」
キュルケとタバサ、二人がほぼ同時に答える。
だが、キートンは落ち着いて返した。
「多人数でかかれば、連中はルイズを人質に取る恐れがある。そうなったらルイズの身が危ない。なに、大丈夫だよ。こういったことには慣れててね」
にこやかに言うと、二人を商店街の方へと向けさせる。
キュルケは根負けしたのか、仕方なさそうに言う。
「…わかったわよ。だけど、無茶しないでよね。貴方とヴァリエールに何かあったら話にならないんだから」
「大丈夫、無理はしないよ」
キートンの言葉を確認すると、二人は商店街の方へと駆け出す。
二人が行ったのを確認すると、キートンは行動に移り始めた。
「チッ、格好の割りに金目のモンを全然持ってねえなぁ。旦那ァ、このチビどうするんですか?」
薄暗い路地裏の奥、いかにも人相の悪い三人がひそひそと話し合っている。
一番背の低い男が多少身なりの良い男に話しかけた。
身なりの良い男は鼻をふん、と鳴らすと
「なら、奴隷商人にでも売り飛ばすだけだ。いや、ガキのくせに、けっこう上玉だからな。その手の趣味が好みの奴に渡してもいいかもな」
「さっさとした方がいいですぜ。ここ最近は衛士どもの目が光ってますし、見つかったらヤバイ」
痩身の男が言う。身なりの良い男は少々いらついたのか、声を荒げて騒ぎ始めた。
「貴様達に言われるまでもないわ!だが、その前に"下見"をする必要があるからな。お前らは向こうの通りを見張ってろ!」
二人はへいへいと言うと、薄暗い通りに向かって歩いていった。
「ったく、ちょっと魔法が使えるからって威張りくさりやがってよ」
「そう言うな。あいつに付いていきゃ、美味い汁が吸えるんだからな」
子分の二人は文句を言いながら見張っていた。別に心から奴――あのメイジに服従している訳ではない。
だが、この稼業はそれなりに儲けが良い。だから付いていっている、それだけのことだった。
「わりぃ、ちょっと小便してくるわ」
小男が言う。長身の男が早くしてこいよと言うと、手を振りながら路地裏の陰に入っていった。
「遅ぇな…。あの馬鹿、何をしてんだ」
長身の男はそう言うと、仲間が消えていった物陰に入った。
いない――何処に行ったのだろうか?あまり遠くまで行ってはいないはずなのだが。
「ぐは!?」
突如、目の前に飛んできた何かが額にぶつかる。男は悲鳴を上げるとそのまま失神してしまった。
男と共に石がころころと転がる。そして、薄暗い路地から出てくる影が一人。
「あちゃー…。スプーン、壊れちゃったな。マルトーさんにばれないように返しとかないと」
キートンだった。隣にはもう一人、失神している小男が倒れている。
代わりのものをさがさないと―――ふと、一つのものが目に止まる。
キートンは細い木の棒を拾うと、慎重に二人が歩いてきた方向へと向かった。
「んむーっ!!んむうう!」
ルイズが騒ぐ。怒りと恐怖が入り混じった表情でメイジを睨んでいた。
猿轡と両腕、両足まで縛られているため、逃げようにも逃げ出せない。これから自分はどうなるのだろうか?
そして、そんなルイズを下卑た表情で見ているメイジ。
「そう暴れんなよ。これから、楽しい所に連れて行ってやるんだからな。ヒッヒッ…ぐわっ!?」
ルイズの顔に触れようと近づいた瞬間、ルイズが縛られた両足で器用にも男の股間を蹴飛ばした。
してやったりの表情のルイズ。男は少しの間、悶えていたが、すぐに回復すると
「このガキィィ!」
ルイズを思い切り張り倒す。力が強すぎたのか、ルイズはそのまま気絶してしまった。
「おおっと、いけねえいけねえ。大切な商品に傷を付けたらマズイからな。それにしても、お前を見ていると、今まで会ってきた娘どもを思い出すぜ」
男はまたひっひっと笑うと、ルイズに近づく。
「お前を売り渡せば、結構な金が入るだろうからなあ」
「そんなに欲しかったら、代わりにこれをあげるよ」
「ああ?」
声がした方を振り向く。その瞬間、何かに顔面を強打され、思わず顔を抑える。
「ぐわ!?」
すかさずキートンが接近し、メイジを蹴り飛ばす。メイジは頭からゴミ箱に突っ込むと動かなくなった。
「ルイズ、大丈夫か?」
猿轡と縄を解き、ルイズを揺さぶる。意識が戻ったのか、うっすらと目を開けた。
キートンの姿を確認したルイズは思わず抱きつく。よほど怖かったのか、震えているようだ。
「もう大丈夫だ。じきに人も来る。キュルケ君達が呼びに行ってるからね」
「うん…」
キートンに抱きついていたルイズだったが、何を見たのか目を見開き、叫んだ。
「キートン!」
つられて振り向くと、先ほどのメイジも意識が戻ったのか、ゆっくりと立ち上がった。手には杖らしきものも持っている。怒りのあまり、顔を真っ赤にして二人を睨む。
「平民が…。やってくれるじゃねえか。こうなったら二人纏めて…」
「口元にゴミが付いてるよ」
「ああ!?」
メイジはキートンの一言に一瞬、気を取られる。その間を逃さず、メイジの顔に液体がかかった。
「ぐ、ぐわああ!?目が、目があああ!?」
手から杖を落とし、顔を抑える。よほど目に沁みるのか、悲鳴を上げ続けている。辺りにはなんともいえない香りが漂った。
これ、モンモランシーの――
ルイズが気付いた。何処でくすねていたのだろうか、キートンはモンモランシーの香水をメイジの顔面にぶつけたのである。これが目にまともに入ったのだから堪らない。
キートンは素早く近づくと、メイジの腕を掴む。次の瞬間、メイジの体が宙に舞ったかと思うと――
大きな音がした。ルイズが見たものは、地面にのびている男とキートンの姿だった。
「さすがはモンモランシー君のだな…。目潰しとしても一級品だ。SASでも採用されるかも」
「それ、どうしたの?」
キートンが拾ってきた丸いものを見て、ルイズが尋ねる。ティーポット置きのように見えるが。
「さっきの古物商で買ったんだよ。昔、似たようなものを見たことがあってね…。まさかと思ったんだが」
そう言うと、キートンは丸いものでコンコンと自分の頭を小突いた。
「穴があるだろう。木の棒を刺して、相手に向かって投擲する。これは、武器の一種だったんだ」
二人が話していると、向こうから何人かが走ってくる音が聴こえた。見ると、キュルケ、タバサを先頭に衛士達が走ってきた。
彼らが見たものは、気絶している三人の男、そしてルイズとキートンの姿だった。
それからは大変だった。
三人の誘拐犯は悪名高い連中だったらしく、すぐさま衛士詰め所にしょっ引かれていった。
立派なヒゲをたくわえた衛士の隊長は、キートンに深くお礼を言うと去っていった。
なんでも、ルイズの両親にも報告をしておくらしい。それも当然だろうが。
「とりあえず、無時で良かったよ」
先頭を歩くルイズにキートンは話しかけた。ルイズはさっきから黙ったままだ。
やっぱり、ショックを受けるのは仕方ないか――そう考えていると、ルイズがいきなり振り向く。
「…助けてくれて、ありがと」
赤面しながら一言だけ言うと、また前を向いて歩き出した。てっきり怒鳴られるかと思っていたキートンは拍子抜けしながらも、微笑みながらルイズの肩をポンポンと叩く。
子ども扱いしないで、とルイズが怒ったが、それも気にせずに笑いながら、二人で歩いていった。
途中、追いかけてきたキュルケとタバサと合流し、駅まで向かう。
キュルケは相変わらず、ルイズを冷やかし、タバサは黙って本を読む。
キートンはにこやかに笑いながら、3人の喧騒を見ていた。
「あなたは何者なの?」
学院に戻り、個室に入るとルイズはキートンに尋ねてきた。
これまでに無く、真剣な顔だ。
「キュルケから聞いたわ。あなた、軍人だったの?」
キートンは椅子に座ると、静かに頷く。ルイズは少しいらついているのか、続けて尋ねる。
「なんで黙って…」
「言う必要も無いかなと思ってね」
苦笑しながらそう言うと、ルイズは頬を膨らませる。
「…わたしはあんたの主人なのよ。隠し事はダメ。こうなった以上、あんたのこと全部喋ってもらうわよ」
これは、逃げられないな…。キートンはまいった、というように頭を掻いた。
「僕が保険調査員の仕事をしていることは前に言ったね。生命保険ってわかるかい?」
ルイズは首を振る。まあ、仕方が無いか。
キートンは生命保険について事細やかに説明した。なんとなくだが、理解できたらしく、ルイズは興味深そうに聞いている。…と言っても、この世界に生命保険は無いだろうし、どこまでわかっているかな。
「他に質問は無いかい?」
「なんで軍隊に入ったの?」
ルイズが聞くと、キートンは寂しそうな表情をした。なにか、気に障ったのだろうか?内心そう思っていると
「僕に娘がいることは、前に話したね?」
ルイズが頷く。キートンは窓の方を見ると、静かに続ける。
「昔、妻と別れてね…」
「離婚したの?」
ルイズが心底驚いたように言う。
「あの頃の僕はいろいろあったからね…。自分の空想癖に嫌気がさして、軍隊に入ったんだよ」
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#navi(ゼロのMASTER)
「この酒杯なんかいいですね」
「おお、兄さん!いいものに目をつけるねえ。これは隣国ゲルマニアからのモンでな…」
キートンは古物商の主人と話していた。
主人もキートンとの話に夢中になっていたが、何かに気付いたのか、話を中断する。
「兄さん、連れのお嬢ちゃんはもう行っちまったみたいだぜ」
「え…?ああ、すみません。それじゃこれを売って下さい」
キートンは丸いものを店主に差し出す。薄い円盤状のものだった。
「そりゃティーポット置きかなんかですやね。穴が開いてて不恰好だから、誰も買い手がいなくてな。兄さんには5ドニエで売っとくよ」
「どうも、ありがとうございます」
店主に礼を言いながら去る。店主は通りを指差しながら話した。
「あの嬢ちゃんはほれ、向こうの通りを歩いていったみたいだぞ」
「おかしいなァ、あの人の話だとこのあたりのはずなんだが」
キートンはルイズを探していた。店主の話だと、確かに彼女はここにいたはずなのだが。
先に帰ってしまったのだろうか?ルイズの性格から見て、その可能性は低いかもしれない。
そう考えていると
「わっ!!」
「うわっ!?」
急に後ろから何者かが抱きつく。と、同時に背中に何かやわらかいものがくっついた。
あわてて後ろを振り向くと
「久しぶりねー、かっこいい使い魔さん」
キュルケだった。隣には以前の授業で見た青髪の少女が立ちながら黙々と本を読んでいる。
この雑多な中でも意に介さずと言ったところだろうか。
ついでにキートンのことまで無視しているようだが。
「あ、ああ。キュルケ君だったね。そっちの子は…」
「タバサ」
少女は本を見ながら答える。そんな中でもキュルケはキートンの腕に飛びつき、どこかに連れて行こうとした。
「お、おいおい。キュルケ君」
「知ってるわよ。あなた、ルイズと買い物に来たんでしょ?あーんな子と一緒にいたって楽しくないでしょうし、ね!あたしと一緒に…」
そう言うと、ますます引っ張ろうとする。そんな中、キートンは一つのものに気付いた。
路地裏の前に何かが落ちている。引っ張られていく途中でそれを拾い上げ、よく見てみる。
これは…。
「あら、それルイズの靴じゃない」
キュルケは不思議そうにキートンの手にある靴を見ている。
たしかに、これはルイズの靴だ。しかし、それがなぜこんなところにあるのか。
しかも、片方だけ。
キートンは路地裏の方を見やる。薄暗く、細い路地が続いていた。
「キュルケ君、すまないがちょっと失礼」
あっという間にキュルケを振り払い、キートンは路地裏へと走っていった。
キュルケは一瞬、呆然としていたが、すぐに気を取り直す。
タバサはいつしか本から目を離し、走り去るキートンを見ていた。
「タバサ、追いかけるわよ」
タバサは無言で頷くと、キュルケの後に続く。
キュルケは運動には自信があったが、走るキートンの素早さに内心驚いていた。
ギーシュと相対したときもそうだったが、やっぱりあの人は何かが違う。
なんとしても、あたしに振り向かせなくちゃ!ゼロのルイズなんかには勿体無い人だわ!
と、急にキートンが立ち止まった。物陰から何かを伺っているようだ。キュルケが何事かと思い、話しかける。
「ねえ」
「静かに」
緊迫に満ちたキートンの声に気圧されて、黙る。
そして、同じようにそうっと物陰から除いてみると…。
ルイズがいた。猿ぐつわと目隠しをされ、縛られている。ルイズは浚われたのだ。
「三人だな。右の男はメイジ、真ん中の小柄な男は何も持っていないようだが、左の奴はナイフを持っている」
「何故わかるの?」
キュルケが驚いたように言う。メイジは判別しやすいかもしれないが、相手がナイフを持っていることまでわかるなんて。
「昔、軍隊にいたことがあってね」
キートンはそう言うと、キュルケ達の方へと振り向いた。
「君達は商店街の方に戻って、警…兵隊なり連れて来てくれ。私はルイズを助けに行く」
「ちょっと、一人で助けにいくなんて…」
「無謀」
キュルケとタバサ、二人がほぼ同時に答える。
だが、キートンは落ち着いて返した。
「多人数でかかれば、連中はルイズを人質に取る恐れがある。そうなったらルイズの身が危ない。なに、大丈夫だよ。こういったことには慣れててね」
にこやかに言うと、二人を商店街の方へと向けさせる。
キュルケは根負けしたのか、仕方なさそうに言う。
「…わかったわよ。だけど、無茶しないでよね。貴方とヴァリエールに何かあったら話にならないんだから」
「大丈夫、無理はしないよ」
キートンの言葉を確認すると、二人は商店街の方へと駆け出す。
二人が行ったのを確認すると、キートンは行動に移り始めた。
「チッ、格好の割りに金目のモンを全然持ってねえなぁ。旦那ァ、このチビどうするんですか?」
薄暗い路地裏の奥、いかにも人相の悪い三人がひそひそと話し合っている。
一番背の低い男が多少身なりの良い男に話しかけた。
身なりの良い男は鼻をふん、と鳴らすと
「なら、奴隷商人にでも売り飛ばすだけだ。いや、ガキのくせに、けっこう上玉だからな。その手の趣味が好みの奴に渡してもいいかもな」
「さっさとした方がいいですぜ。ここ最近は衛士どもの目が光ってますし、見つかったらヤバイ」
痩身の男が言う。身なりの良い男は少々いらついたのか、声を荒げて騒ぎ始めた。
「貴様達に言われるまでもないわ!だが、その前に"下見"をする必要があるからな。お前らは向こうの通りを見張ってろ!」
二人はへいへいと言うと、薄暗い通りに向かって歩いていった。
「ったく、ちょっと魔法が使えるからって威張りくさりやがってよ」
「そう言うな。あいつに付いていきゃ、美味い汁が吸えるんだからな」
子分の二人は文句を言いながら見張っていた。別に心から奴――あのメイジに服従している訳ではない。
だが、この稼業はそれなりに儲けが良い。だから付いていっている、それだけのことだった。
「わりぃ、ちょっと小便してくるわ」
小男が言う。長身の男が早くしてこいよと言うと、手を振りながら路地裏の陰に入っていった。
「遅ぇな…。あの馬鹿、何をしてんだ」
長身の男はそう言うと、仲間が消えていった物陰に入った。
いない――何処に行ったのだろうか?あまり遠くまで行ってはいないはずなのだが。
「ぐは!?」
突如、目の前に飛んできた何かが額にぶつかる。男は悲鳴を上げるとそのまま失神してしまった。
男と共に石がころころと転がる。そして、薄暗い路地から出てくる影が一人。
「あちゃー…。スプーン、壊れちゃったな。マルトーさんにばれないように返しとかないと」
キートンだった。隣にはもう一人、失神している小男が倒れている。
代わりのものをさがさないと―――ふと、一つのものが目に止まる。
キートンは細い木の棒を拾うと、慎重に二人が歩いてきた方向へと向かった。
「んむーっ!!んむうう!」
ルイズが騒ぐ。怒りと恐怖が入り混じった表情でメイジを睨んでいた。
猿轡と両腕、両足まで縛られているため、逃げようにも逃げ出せない。これから自分はどうなるのだろうか?
そして、そんなルイズを下卑た表情で見ているメイジ。
「そう暴れんなよ。これから、楽しい所に連れて行ってやるんだからな。ヒッヒッ…ぐわっ!?」
ルイズの顔に触れようと近づいた瞬間、ルイズが縛られた両足で器用にも男の股間を蹴飛ばした。
してやったりの表情のルイズ。男は少しの間、悶えていたが、すぐに回復すると
「このガキィィ!」
ルイズを思い切り張り倒す。力が強すぎたのか、ルイズはそのまま気絶してしまった。
「おおっと、いけねえいけねえ。大切な商品に傷を付けたらマズイからな。それにしても、お前を見ていると、今まで会ってきた娘どもを思い出すぜ」
男はまたひっひっと笑うと、ルイズに近づく。
「お前を売り渡せば、結構な金が入るだろうからなあ」
「そんなに欲しかったら、代わりにこれをあげるよ」
「ああ?」
声がした方を振り向く。その瞬間、何かに顔面を強打され、思わず顔を抑える。
「ぐわ!?」
すかさずキートンが接近し、メイジを蹴り飛ばす。メイジは頭からゴミ箱に突っ込むと動かなくなった。
「ルイズ、大丈夫か?」
猿轡と縄を解き、ルイズを揺さぶる。意識が戻ったのか、うっすらと目を開けた。
キートンの姿を確認したルイズは思わず抱きつく。よほど怖かったのか、震えているようだ。
「もう大丈夫だ。じきに人も来る。キュルケ君達が呼びに行ってるからね」
「うん…」
キートンに抱きついていたルイズだったが、何を見たのか目を見開き、叫んだ。
「キートン!」
つられて振り向くと、先ほどのメイジも意識が戻ったのか、ゆっくりと立ち上がった。手には杖らしきものも持っている。怒りのあまり、顔を真っ赤にして二人を睨む。
「平民が…。やってくれるじゃねえか。こうなったら二人纏めて…」
「口元にゴミが付いてるよ」
「ああ!?」
メイジはキートンの一言に一瞬、気を取られる。その間を逃さず、メイジの顔に液体がかかった。
「ぐ、ぐわああ!?目が、目があああ!?」
手から杖を落とし、顔を抑える。よほど目に沁みるのか、悲鳴を上げ続けている。辺りにはなんともいえない香りが漂った。
これ、モンモランシーの――
ルイズが気付いた。何処でくすねていたのだろうか、キートンはモンモランシーの香水をメイジの顔面にぶつけたのである。これが目にまともに入ったのだから堪らない。
キートンは素早く近づくと、メイジの腕を掴む。次の瞬間、メイジの体が宙に舞ったかと思うと――
大きな音がした。ルイズが見たものは、地面にのびている男とキートンの姿だった。
「さすがはモンモランシー君のだな…。目潰しとしても一級品だ。SASでも採用されるかも」
「それ、どうしたの?」
キートンが拾ってきた丸いものを見て、ルイズが尋ねる。ティーポット置きのように見えるが。
「さっきの古物商で買ったんだよ。昔、似たようなものを見たことがあってね…。まさかと思ったんだが」
そう言うと、キートンは丸いものでコンコンと自分の頭を小突いた。
「穴があるだろう。木の棒を刺して、相手に向かって投擲する。これは、武器の一種だったんだ」
二人が話していると、向こうから何人かが走ってくる音が聴こえた。見ると、キュルケ、タバサを先頭に衛士達が走ってきた。
彼らが見たものは、気絶している三人の男、そしてルイズとキートンの姿だった。
それからは大変だった。
三人の誘拐犯は悪名高い連中だったらしく、すぐさま衛士詰め所にしょっ引かれていった。
立派なヒゲをたくわえた衛士の隊長は、キートンに深くお礼を言うと去っていった。
なんでも、ルイズの両親にも報告をしておくらしい。それも当然だろうが。
「とりあえず、無時で良かったよ」
先頭を歩くルイズにキートンは話しかけた。ルイズはさっきから黙ったままだ。
やっぱり、ショックを受けるのは仕方ないか――そう考えていると、ルイズがいきなり振り向く。
「…助けてくれて、ありがと」
赤面しながら一言だけ言うと、また前を向いて歩き出した。てっきり怒鳴られるかと思っていたキートンは拍子抜けしながらも、微笑みながらルイズの肩をポンポンと叩く。
子ども扱いしないで、とルイズが怒ったが、それも気にせずに笑いながら、二人で歩いていった。
途中、追いかけてきたキュルケとタバサと合流し、駅まで向かう。
キュルケは相変わらず、ルイズを冷やかし、タバサは黙って本を読む。
キートンはにこやかに笑いながら、3人の喧騒を見ていた。
「あなたは何者なの?」
学院に戻り、個室に入るとルイズはキートンに尋ねてきた。
これまでに無く、真剣な顔だ。
「キュルケから聞いたわ。あなた、軍人だったの?」
キートンは椅子に座ると、静かに頷く。ルイズは少しいらついているのか、続けて尋ねる。
「なんで黙って…」
「言う必要も無いかなと思ってね」
苦笑しながらそう言うと、ルイズは頬を膨らませる。
「…わたしはあんたの主人なのよ。隠し事はダメ。こうなった以上、あんたのこと全部喋ってもらうわよ」
これは、逃げられないな…。キートンはまいった、というように頭を掻いた。
「僕が保険調査員の仕事をしていることは前に言ったね。生命保険ってわかるかい?」
ルイズは首を振る。まあ、仕方が無いか。
キートンは生命保険について事細やかに説明した。なんとなくだが、理解できたらしく、ルイズは興味深そうに聞いている。…と言っても、この世界に生命保険は無いだろうし、どこまでわかっているかな。
「他に質問は無いかい?」
「なんで軍隊に入ったの?」
ルイズが聞くと、キートンは寂しそうな表情をした。なにか、気に障ったのだろうか?内心そう思っていると
「僕に娘がいることは、前に話したね?」
ルイズが頷く。キートンは窓の方を見ると、静かに続ける。
「昔、妻と別れてね…」
「離婚したの?」
ルイズが心底驚いたように言う。
「あの頃の僕はいろいろあったからね…。自分の空想癖に嫌気がさして、軍隊に入ったんだよ」
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