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#navi(ゼロの使い魔人)
…授業が行われる教室の構造は、大学の講義室と凡そ変わりない。
半分に切った擦り鉢の様な石作りの部屋に、階段状にしつらえられた机と椅子が並んでいる。
ルイズと共に龍麻が入室するや、あちこちで笑い声が上る。
笑い声の元を睨みつけつつ、ルイズは席の一つに着くが、龍麻は部屋の最後部の壁際…、部屋全体を見回す位置に立つ。
龍麻が見た限り、生徒連中は全員が大なり小なり、使い魔らしき生物を引き連れていた。
――まあ猫や鴉、大蛇や梟とかはまだしも、例のキュルケが連れていた火トカゲに始まり、コンピューターRPGや
幻想小説にのみ存在し得た筈のクリーチャーが当たり前の様にいる光景には、それなりに
『経験値』を蓄えている龍麻といえど、感心や呆れとは無縁で居られなかった。
(よくもまあ…。此処は本気で何でもアリというか、とんだお化け屋敷だな……)
内心で呟いていると、扉が開き紫色のローブと同色の帽子を被った、教師と思しき中年の女性が現れた。
その際、真意は兎も角シュヴルーズと名乗ったその教師が放った一言が引き金で、
教室中の生徒連中が笑い出し、ルイズと近くにいた男生徒が口喧嘩を初めたが、
彼女は魔法で黙らせると授業に入る。
(…一体、何をやらかしたかは分からんが、俺を召喚び出した事も含めて、露骨に見下されているな、あいつは……)
そのやり取りを見た龍麻は疑問を抱きつつも、手にした情報端末に素早く授業の内容を打ち込んでいく。
――曰く、『火』『水』『土』『風』、そして喪われたとされる『虚無』という、五つに系統される魔法。
『土』の魔法だと、建築や鉱業、農業の殆どが魔法とその成果により、支えられている等……。
(成る程。別段『土』にとどまらず、「こっち」は科学に替わり、社会生活の何もかもが魔法とそれを扱う魔術師に
依存、って事か…。「向こう」とは比較する事自体が間違いだろうが、えらく歪な世界だな…)
そうして、龍麻や生徒連中の前でシュヴルーズ教諭は『土』の魔法の基本という、『錬金』で
いとも簡単そうに教卓の上に置かれた石を、金属へと変えてみせる。
「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」
「違います。ただの真鍮です。ゴールドを錬金出来るのは『スクウェア』クラスのメイジ
だけです。私はただの…『トライアングル』ですから……』
キュルケとシュヴルーズ教諭の会話を聞きながら、龍麻は驚きを声に出していた。
「話の内容から、「有り」かもとは思ってたが、まさか真物の錬金術にお目に掛かれるとは…!
あいつが見たら驚喜するだろうな、多分……」
『トライアングル』やら『スクウェア』の意味も含め、今夜にでも煩がられない程度に雇い主に質問してみるかと、龍麻が考えている所に。
「それでは、おさらいも兼ねて…ミス・ヴァリエール。あなたにやってもらいましょう」
「え? わたしですか?」
「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」
――瞬間。
ざわ…ざわ……。
室内の雰囲気が変わった事を龍麻は気付かされ、その強張った空気の中、キュルケが口を開いた。
「先生。それは、止めといた方がいいと思いますけど……」
「どうしてですか?」
「危険です」
その発言に教室中の生徒が頷いてみせるが、シュヴルーズ教諭は取り合わず、
ルイズに『錬金』を使うよう促し、彼女も真剣な面持ちで教卓の前に立つ。
「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」
杖を構え、呪文の詠唱に掛かるべく目を閉じ、精神を集中させるルイズ。
一方で、他の生徒連中は姿勢を低くして机の陰へと入ったり、耳を塞いで足早に後ろの席へと下がる…と、いった行動を取っている。
「――もしかしなくても、ヤバそうだな…」
流れと雰囲気から、事の剣呑さを感じた龍麻も用心の為、近くの机を盾にしつつ、ルイズの様子を見守る。
――詠唱が終わり、杖を振り下ろした瞬間。
拳大の石ころの表面が一瞬輝き…轟然たる爆発を引き起こした。
教卓は爆砕し、至近にいたルイズらは爆風で吹き飛び、黒板に叩きつけられたり、床に這う。
部屋を満たす煙と破片。悪罵混じりの悲鳴に窓硝子の割れる音。更には部屋にいた使い魔達が好き勝手に暴れ出すわと、収拾が付かない有様である。
生徒達の学び舎は、さながら爆弾テロの現場も同様の惨状を呈していた。
「……。此処はボスニアの南か、北アイルランドやヨハネスブルグなのか…?」
唖然とする龍麻。一方で、
「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」
「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」
等と、一斉に上がる糾弾の声。
事の当事者たる二名…、床に倒れ伏したシュヴワーズ教諭を余所に、ルイズが立ち上がる。
外傷こそ無いが、髪や服に外套は所々が裂け汚れて、全身埃塗れに煤塗れ。
火事で焼け出された難民もかくやな格好である。
「――無事だったか。柔弱(やわ)そうで案外、タフな奴だな」
龍麻が呟く中、ルイズは顔や服の汚れを払いつつ、普段と変わらぬ声で言う。
「ちょっと失敗みたいね」
「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」
「いつだって成功確率、殆どゼロじゃないかよ!」
「いい加減にしろよな! ほんとに!」
「反省がないぞ、反省が!!」
が、言い終わるが早いが、声量・数共に、数倍する生徒らのブーイングの前に掻き消される事になる。
(――成る程。『ゼロ』ってのはそう言う意味だったのか。しかし…この件の後始末は俺ら、なんだろうな……)
――程無くして、騒ぎを聞き付けて来た他の教師達により、シュヴワーズ教諭は医務室へと担ぎ込まれ、
他の生徒達には昼迄の自習が言い渡された。
そして、騒ぎの張本人たるルイズ本人には、ペナルティとして魔法を使わず(元々使えないが)に、部屋の後始末と修繕が命じられる事となる。
恨みがましい視線と罵声にイヤミを投げ付けながら、生徒連中と教師達が教室を後にすると、
残った二人…は荒れた室内を見回すと、それぞれの表情で溜め息をついたり、以後の段取りを立てたりする。
「…取り合えずは、だ。着替えて来たらどうだ? で、帰りにバケツに水を汲んで持って来てくれたら、その分早く終わるんだけどな」
ちら、とルイズの格好を見やって龍麻はそう声を掛けると、早速仕事に取り掛かる。
――割れた硝子を掃き集め、元教卓な破片や壊れた机に椅子等と纏めて室外に出す。
暫くして、着替えを済まし戻って来たルイズが(以外にも)バケツを持って来てくれた事に礼を言うと、また次の作業に移る。
元来、龍麻は嫌な事から先に片付ける主義であり、本質的には勤勉を尊び、怠惰や手抜きを嫌う。
ルイズから場所を聞くと、倉庫から予備の机や教卓を運び入れ、所定の位置へと据え付けていく。
「…もう、わかったでしょ」
かたや、嫌々といった動きと表情で、机の汚れを拭くルイズがふと口を開いた。
「話は後だ。口より手を動かさないと、終わらないぞ」
「うるさいわね! 今だって、何にも考えてないような顔して、あんたも内心じゃわたしをバカにしてるんでしょう…!?
ええ、そうよ。あんたが気にして、キュルケや他のクラスメイトが言った通り、わたしは魔法が使えない、成功しない、『ゼロ』のルイズよ!!」
突然の癇癪にも、手を止めず、振り向かずに応じる。
「勝手に決め付けるない」
「ふんだ! 口では何とだって言えるわよ!」
床か机を蹴り付けたらしき音と同時に、憎まれ口が飛んでくる。
「そう思うのは勝手だが…、大体、何を根拠に俺もそうだと、決め付けて掛かるんだ?」
言った所で水掛け論にしかならんと思いつつも、応じる。
「また、白々しい事を! いつも、誰も彼もそうだったわよ!! みんな、わたしのした事を見た後で、
白い目で見て笑うのよ! 貴族なのに、メイジなら誰でも出来る事、初歩のコモン・マジックさえ出来ない、半端者の『ゼロ』だって!
わたしだって…、わたしだって好きで爆発させてる訳でも無いし、失敗したい訳じゃないわ…!!」
「なら尚の事、一緒にするな。失敗したといっても、まだ取返しが利かん事は無いだろ。捨て鉢に成るのはまだ早い。
俺はお前が何者だろうが、含む様な所は無いし、他人を下に見て、自分が優れてると思いたがってる輩なぞほっとけばいい」
そう言っても、まだ棘の有る視線が無形の針となってこちらに突き立てられるのを感じ、龍麻はルイズの方へと振り向く。
両者の身長差は30cm以上あるのだが、ルイズは両手を固く握り締め、
唇を一文字に引き絞った、険の有り過ぎる表情で睨み上げて来る。
「…何よ。言いたい事があるなら、言ってごらんなさいよ! 使い魔風情が何をさえずるか、聞いてあげようじゃない」
「俺は魔術師じゃ無いし、この世界の事はまるで分からん。だからお前の抱えた問題だって解決は元より、
助言一つ出来んが…経験上、これだけは断言出来る。《力》の有無で、人間の有り様や値打ちは決まりはしない、ってな」
ルイズの顔を真っ正面から見据え、言い切る。
「…『信じろ』なんぞと、図々しい事は言わない。俺は、原因や理由次第では失敗した奴に怒りはするが、
それを盾にして相手を一方的に謗り、辱める様な真似はしない。この一件にしても、怒る様な事では無いし
『ゼロ』だ何だの、俺には関係無い。お前が、俺の中の仁義や良心に背いたり、どう考えても間違った事を手を染めない限り、
此処にいる間はお前の手伝いと外敵が現れた時はそれを追い払うのが仕事だし、今はそれをこなすだけだ」
一息に吐き出した後、背を向けて掃除を再開する。
「…悪い。随分勝手というか只、一方的に言いたてただけだったな。聞き流してくれていい」
――何の《力》を持たずとも、己の信じる所を貫き徹して、理不尽や現実に立ち向かった者がいた。
酷い逆境や業を抱え、あるいは自分の無力を嘆く事はあっても尚、『護りたい』と
いう想いを一心に抱いて、前を見続けて歩く事を諦めなかった者も、男女問わずいた。
(いや、特別な《力》で無くたっていい。小さくとも他人からの吹聴や外圧を撥ね除けるだけの、
『何か』を自分自身の裡から見出だせりゃ、こいつも変わっていけるとは思うんだが…。こればっかりは、
他人がどうこう出来る訳でも無いしなあ…)
再び、床や壁の汚れを雑巾で拭き清めながら、龍麻は思案する。
「………」
龍麻からルイズの表情は窺えないし、黙り込んだままだが、それでも彼女が先程迄振り撒いていた癇気が僅かながらも、下がったのが感じられた。
…駄菓子菓子。会ったばかり、しかも第一印象とそこからのやり取りも加え、両者の関係は確認する迄も無く最悪に近い訳で。
そんな人間から何か言われた所で、古くは物心付いた頃からだろう鬱積した澱みや、激情等が抑まる筈も無く。
「…取り敢えず、あんたの言い分はわかったわ。随分と言いたい放題、無礼勝手な駄犬だけど、
ご主人様を立てるって事ぐらいは弁えているようね」
そんな、不機嫌さに満ちた声が背後から響いて来る。
「…で、何が言いたいんだお前?」
「簡単よ。残った場所の掃除、全部あんたがやりなさい。わたしの手伝いをするのが、あんたの仕事でしょ?
何か間違ってる?」
当然の様に言い放ち、雑巾を放り出すと、ルイズは出入り口へと足早に向かう。
「って、お前は何処へ行くんだ?」
「食堂よ。そろそろお昼の時間だし、午後からの授業の用意もあるもの。
…いい? わたしがいないからって、さぼるんじゃないわよ?」
等と、腰に手を当てながら念入りに釘を刺す。
「あっそ。行くならどうぞ。この程度なら、一人でも手は回るしな」
「ええ。そうさせて貰うわ。終わったら、知らせに来なさい。終わる迄、ご飯ぬきね」
(…言うと思った)
踵を返し、教室を出て行くルイズを見送ると、龍麻はバケツに汚れた雑巾を浸す。
そこから暫し、時は流れ……。
「ふう…」
昼を告げる鐘の音が室内に谺するのを聴きつつ、教室内を見回す龍麻。
床や壁、黒板に机迄もが輝く程に…とはいかないが、ルイズかやらかした爆発事故直前に近い状態にはなっていた。
「この待遇も、“積悪の報い”って奴かもなぁ……」
慨嘆を洩らしながら、掃除用具一式を元の場所に戻し終えて、龍麻は事の次第を報告すべく、教室を後にした。
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