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宿を出た抜き身の刀を持つ濤羅に、一瞬の間をおいていくつもの鋭い視線が突き刺さる。
即座に相手が標的の一人だと見抜いたのだろう。それからの傭兵たちの行動は際立って
いた。すぐに己の獲物を持ち出した。
高級街ということもあってか、通行人は姿はまるで見受けられない。この場にいるのは
敵ばかりだ。つまり、間違える心配はない。
「っふ」
呼気とともに一閃。飛んできた矢の内、壁に突き刺さるものは体捌きでかわし、店内に
入る恐れがあったものを一つ残らず斬り払う。内功を繰れずともこの程度は容易い。
地に落ちた矢のなれはてを見届けると、濤羅は一度納刀した。とたん、紋章が光を失い、
体中に満ちていた不思議な力が消える。代わりに内息が満ちてくる。
戦いになれば邪魔になるだけの鞘をあえて持つ理由はこれだった。柄ではなく鞘ならば、
握っていても内功に支障はない。
だが、そのような理由を傭兵らが知るはずもない。刀を納めた濤羅を諦めたものと見た
のだろう。一度は動揺していたというのに、今ではみな一様に笑みを浮かべ、矢を番える
者はその動作すら鈍かった。
哀れなのは、己達だというのに。
真正面からかかってくる男たちに向かって、濤羅は一直線に駆け出した。距離はおよそ
15メートル。詰めるまでに一度は、矢の襲撃があるだろう。だが、濤羅はそれを恐れない。
いつ放たれるかわかる上に真っ直ぐにしか飛ばない矢など恐れる道理はどこにもない。
数歩走ったところで遂に放たれる矢の意を感じた濤羅は、わずかに腰を落とすと、その
走りを軽功へと移し変えた。意に遅れて飛んできた矢がその緩急の差に追いつけるはずも
なく、虚しく濤羅がいた空だけを貫いてあらぬ方へと飛んでいった。
その光景が信じられなかったのだろう。あるいは、見ることすら叶わなかった者もいた
かもしれない。傭兵たちは驚愕に一瞬身を固めた。そう、固めてしまった。眼前の傭兵も
例外ではない。懐に入られているというのに、まるで木偶のように立っている
あまりにも致命的な隙。それを濤羅が見逃すはずもなかった。
「破っ!」
金属板をつなぎ合わせただけの粗悪な鎧に身を包んだ男の腹部に、まるで初めからそう
あることが自然だったかのような滑らかさで、濤羅の掌打が深く突き刺さる。此度は手加
減が加えられていない、正真正銘の黒手烈震破。その一撃の前に、たかが鎧など役に立つ
はずもない。五臓六腑をことごとく破壊された傭兵は、痛みを感じるまでもなく絶命した。
言葉もなく、口から血を零しながら崩れ落ちる傭兵。だが、それでもまだ、他の者達は
正気を取り戻さない。
その隙、貰った――濤羅がそう思ったときには、体は既に動いていた。崩れ落ちる男の
体を利用して、別の傭兵の死角、背後へと回り込む。そのまま無防備に見せている背中に
肩口から靠を叩き込む。
勁は、何も掌に限るものではない。達人ともなれば、全身の如何なる場所からも正しく
勁を発せられる。濤羅もその一人だ。それに打たれた男もまた、あっさりと絶命した。
「き、貴様ぁ!」
ようやく我に返った男が、激昂しながらも剣を振り上げる。だが、その反撃は余りにも
遅きに失していた。
ふわりと、身を翻した濤羅に従って身に纏った外套が浮かび上がる。それが男の眼前を
掠め過ぎ――その一瞬生まれた死角をついて繰り出された濤羅の踵が、布地もろとも男の
首筋を打ち抜いていた。
長衣の裾を目眩ましに繰り出す、電光石火の後ろ回し蹴り。本来なら剣術に交えて使う
隠し技である、戴天流の臥龍尾である。
隠し技と言っても、内力の込められた一撃だ。その衝撃は生半なものではない。それを
急所である首に受けた男が無事であるはずがない。
瞬く間に三人をしとめた濤羅は、しかし、一息つく間もなく疾走した。未だ傭兵たちが
混乱の中にいる間に、可能な限りかずを減らさなければならない。
一歩目の踏み切りは左前方。軽功に支えられた濤羅の体は、ただそれだけで建物の外壁
へと迫っていた。その勢いを殺すことなく真上に跳躍。慣性に従って迫り来るその壁を、
もう一度爪先で蹴りつけたときには、既に濤羅の体は屋上へと飛び出していた。
見下ろす濤羅の視界には、弓矢を構えた二人の傭兵。濤羅の動きを追いきれなかったの
だろう。彼らは未だ先ほどまで濤羅がいた場所へと矢を向けていた。
そのうちの一人に向かって、濤羅は宙空で身を捻りざま鞘から抜刀。まさか真上から、
それも斬撃が降ってくるとは思いもすまい。濤羅はあっさりとその首を掻き切った。その
落下する途中で体を戻す力を利用して残る一人の頚動脈も裂き――着地したときには既に
濤羅の剣は既にその鞘に収まっていた。
悲鳴すらそこには残らない。だから、向かいの建物の上に位置するもう一人の射手も、
濤羅の次の行動に気付くことすらできなかった。
「疾!」
足元に倒れ付す男の矢筒から引き抜いた矢を、濤羅は全身を捻りながらヒョウの要領で
投擲する。足裏はしかと地面を踏みしめ、足首から膝、膝から腰、腰から背中、背中から
腕へと正しく勁を伝えたのだ。その身から放たれた矢は剛弓のそれに勝るとも劣らない。
「ぐ、があ」
その一矢に喉を射抜かれた傭兵の口から漏れたのは、悲鳴ではなく絶命の息吹だ。その
まま力なく体は傾ぐと、屋根上から地面へと落下してく。
「お、おい……あれ」
ようやく濤羅の姿を認めた内の一人が、震える指先で屋根の上を指し示す。
外套をはためかせながら、濤羅は悠然とその場に立っていた。今五人もの人間を屠った
というのに、その顔には何の感慨も浮かんでいない。
背後に二つの月を従えるその様はもはや人のものではなかった。
「……ありゃなんだ、神代の怪物か?」
冗談とも恐れとも知れぬその声を否定するものは、その場に誰もいなかった。
IX/
宿を出た抜き身の刀を持つ濤羅に、一瞬の間をおいていくつもの鋭い視線が突き刺さる。
即座に相手が標的の一人だと見抜いたのだろう。それからの傭兵たちの行動は際立って
いた。すぐに己の獲物を持ち出した。
高級街ということもあってか、通行人は姿はまるで見受けられない。この場にいるのは
敵ばかりだ。つまり、間違える心配はない。
「っふ」
呼気とともに一閃。飛んできた矢の内、壁に突き刺さるものは体捌きでかわし、店内に
入る恐れがあったものを一つ残らず斬り払う。内功を繰れずともこの程度は容易い。
地に落ちた矢のなれはてを見届けると、濤羅は一度納刀した。とたん、紋章が光を失い、
体中に満ちていた不思議な力が消える。代わりに内息が満ちてくる。
戦いになれば邪魔になるだけの鞘をあえて持つ理由はこれだった。柄ではなく鞘ならば、
握っていても内功に支障はない。
だが、そのような理由を傭兵らが知るはずもない。刀を納めた濤羅を諦めたものと見た
のだろう。一度は動揺していたというのに、今ではみな一様に笑みを浮かべ、矢を番える
者はその動作すら鈍かった。
哀れなのは、己達だというのに。
真正面からかかってくる男たちに向かって、濤羅は一直線に駆け出した。距離はおよそ
15メートル。詰めるまでに一度は、矢の襲撃があるだろう。だが、濤羅はそれを恐れない。
いつ放たれるかわかる上に真っ直ぐにしか飛ばない矢など恐れる道理はどこにもない。
数歩走ったところで遂に放たれる矢の意を感じた濤羅は、わずかに腰を落とすと、その
走りを軽功へと移し変えた。意に遅れて飛んできた矢がその緩急の差に追いつけるはずも
なく、虚しく濤羅がいた空だけを貫いてあらぬ方へと飛んでいった。
その光景が信じられなかったのだろう。あるいは、見ることすら叶わなかった者もいた
かもしれない。傭兵たちは驚愕に一瞬身を固めた。そう、固めてしまった。眼前の傭兵も
例外ではない。懐に入られているというのに、まるで木偶のように立っている
あまりにも致命的な隙。それを濤羅が見逃すはずもなかった。
「破っ!」
金属板をつなぎ合わせただけの粗悪な鎧に身を包んだ男の腹部に、まるで初めからそう
あることが自然だったかのような滑らかさで、濤羅の掌打が深く突き刺さる。此度は手加
減が加えられていない、正真正銘の黒手烈震破。その一撃の前に、たかが鎧など役に立つ
はずもない。五臓六腑をことごとく破壊された傭兵は、痛みを感じるまでもなく絶命した。
言葉もなく、口から血を零しながら崩れ落ちる傭兵。だが、それでもまだ、他の者達は
正気を取り戻さない。
その隙、貰った――濤羅がそう思ったときには、体は既に動いていた。崩れ落ちる男の
体を利用して、別の傭兵の死角、背後へと回り込む。そのまま無防備に見せている背中に
肩口から靠を叩き込む。
勁は、何も掌に限るものではない。達人ともなれば、全身の如何なる場所からも正しく
勁を発せられる。濤羅もその一人だ。それに打たれた男もまた、あっさりと絶命した。
「き、貴様ぁ!」
ようやく我に返った男が、激昂しながらも剣を振り上げる。だが、その反撃は余りにも
遅きに失していた。
ふわりと、身を翻した濤羅に従って身に纏った外套が浮かび上がる。それが男の眼前を
掠め過ぎ――その一瞬生まれた死角をついて繰り出された濤羅の踵が、布地もろとも男の
首筋を打ち抜いていた。
長衣の裾を目眩ましに繰り出す、電光石火の後ろ回し蹴り。本来なら剣術に交えて使う
隠し技である、戴天流の臥龍尾である。
隠し技と言っても、内力の込められた一撃だ。その衝撃は生半なものではない。それを
急所である首に受けた男が無事であるはずがない。
瞬く間に三人をしとめた濤羅は、しかし、一息つく間もなく疾走した。未だ傭兵たちが
混乱の中にいる間に、可能な限りかずを減らさなければならない。
一歩目の踏み切りは左前方。軽功に支えられた濤羅の体は、ただそれだけで建物の外壁
へと迫っていた。その勢いを殺すことなく真上に跳躍。慣性に従って迫り来るその壁を、
もう一度爪先で蹴りつけたときには、既に濤羅の体は屋上へと飛び出していた。
見下ろす濤羅の視界には、弓矢を構えた二人の傭兵。濤羅の動きを追いきれなかったの
だろう。彼らは未だ先ほどまで濤羅がいた場所へと矢を向けていた。
そのうちの一人に向かって、濤羅は宙空で身を捻りざま鞘から抜刀。まさか真上から、
それも斬撃が降ってくるとは思いもすまい。濤羅はあっさりとその首を掻き切った。その
落下する途中で体を戻す力を利用して残る一人の頚動脈も裂き――着地したときには既に
濤羅の剣は既にその鞘に収まっていた。
悲鳴すらそこには残らない。だから、向かいの建物の上に位置するもう一人の射手も、
濤羅の次の行動に気付くことすらできなかった。
「疾!」
足元に倒れ付す男の矢筒から引き抜いた矢を、濤羅は全身を捻りながらヒョウの要領で
投擲する。足裏はしかと地面を踏みしめ、足首から膝、膝から腰、腰から背中、背中から
腕へと正しく勁を伝えたのだ。その身から放たれた矢は剛弓のそれに勝るとも劣らない。
「ぐ、があ」
その一矢に喉を射抜かれた傭兵の口から漏れたのは、悲鳴ではなく絶命の息吹だ。その
まま力なく体は傾ぐと、屋根上から地面へと落下してく。
「お、おい……あれ」
ようやく濤羅の姿を認めた内の一人が、震える指先で屋根の上を指し示す。
外套をはためかせながら、濤羅は悠然とその場に立っていた。今五人もの人間を屠った
というのに、その顔には何の感慨も浮かんでいない。
背後に二つの月を従えるその様はもはや人のものではなかった。
「……ありゃなんだ、神代の怪物か?」
冗談とも恐れとも知れぬその声を否定するものは、その場に誰もいなかった。
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