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フリッグの舞踏会も終わり皆が寝静まった夜分。
押し殺した足音が近づいてくるのに気づいた彼女はまぶたを開けた。
こんな時間、こんな場所に、いったい誰が、何の用なのか。
「こんばんは」
暗闇の中語りかけてくる人影に視線を向け、彼女は息を呑んだ。
予感が無かった訳ではない。
そいつは、自分に用があるような言動を取っていた。
鉄格子の向こうにいるそいつに、彼女は応じる。
「コトノハとかいったっけ。何の用だい?」
「土くれのフーケさん。お願いがあって来ました」
そう言って、言葉は右手に持っている物を見せる。
フーケの杖だ。
「そのお願いとやらを聞けば、杖を返してくれるって訳かい」
「ええ。そうすればここから逃げ出せるでしょう?」
「……誰かに見られてないだろうね」
「大丈夫です。あなたもご存知の通り、この学院の警備はなってませんから。
見張り番の方、ぐっすりとお休みになっていました」
土くれのフーケに神殺しを奪われた際に露呈した魔法学院の教師達の怠惰な姿。
それはまったく反省される事無く、むしろフーケが捕まって一安心とばかりに、
舞踏会という事もあってか全力でだらけていた。
おかげで言葉は、特に労力を使わずフーケの杖を取ってここまで入ってこれたのだ。
「はんっ……あんたがいったい何を頼むのか、興味はあるね」
「同業者にクロムウェルという方はいらっしゃいませんか?」
「クロムウェル? 聞いた事のある名前だけど、同業者じゃないねぇ」
「あなたが知っているクロムウェルはどういう方ですか?」
「知ってると言っても、面識がある訳じゃないし、特別な情報は持ってないよ。
アルビオンの貴族達が国王相手に起こした反乱の首謀者が、そんな名前ってくらいさ」
「……アルビオンというのは?」
「知らないのかい? ……トリステインの西にある、浮遊大陸の国よ。
空での戦いでは圧倒的な戦力を持つけど、国内での反乱じゃ、その力も生かせないね」
「そのクロムウェルという方、特殊な魔法を使ったりしていませんか?」
「知らないね」
「……ではアンドバリの指輪という物をご存知ありませんか?」
「聞いた事の無いお宝だね。どんな代物なんだい?」
「……」
「詳細が解れば、もしかしたら知ってるかもしれないし、探しようもあるよ」
「その前に誓ってください。絶対に、私を裏切らない……と」
その時、フーケは確かに見た。
人影すらおぼろな暗い闇夜の中、一際暗く深い穴ぼこのような瞳。
殺される。
直感する。裏切ったら殺される、ゴーレムを倒した謎の力でどこまでも追ってくる。
悪ではない漆黒の意志にフーケは戦慄を覚えた。
「……解った、解ったよ降参だ。あんたのその精神を敵に回す度胸、私にゃ無いよ」
「そうですか」
「あんたのお目当てはアンドバリの指輪って奴で、
その指輪を持ってる奴がクロムウェルって名前……ってとこかね?
探してやるさ。……ところで、あんたのご主人様はこの事を知ってるのかい?」
瞬間、言葉の瞳の黒が揺れて、その向こうに違う色が一瞬だけ見えた気がした。
「……知りませんよ」
「裏切りは赦さない……しかし自分はご主人様を裏切るってか、なかなかの悪党だね」
「……アンドバリの指輪の能力を話します。黙って聞いてください」
年下の少女に戦慄を覚えてしまったフーケの捨て台詞は、確かに言葉を苛立たせていた。
まさか効果があるとは思っていなかったフーケは、
まだこの少女に人間らしい心が残っている事に驚きながら指輪の説明を受けた。
翌朝、土くれに変えられた鉄格子と、中に誰もいない牢が発見され、
学院は再び大騒ぎになってしまった。
「私のシュヴァリエが~……」
騒ぎを聞いた後、ルイズはオールド・オスマンから、
フーケ脱走のせいで褒美のシュヴァリエは無かった事にと言われてしまった。
ただでさえ言葉がコルベール殺しだと思われてるのに、何なのこの仕打ち。
不幸で不運で薄幸で、誰かどうにかしてください。
などとルイズが嘆いていると、教室で授業が始まる前のわずかな時間に言葉が謝った。
「……ごめんなさい」
「え、何?」
ルイズには言葉が謝る理由が解らない。
コルベールの件は、もう自分達の間で決着がついている。
土くれのフーケを逃がしたのは言葉だという事をルイズは知らない。言葉も話さない。
――裏切りは赦さない……しかし自分はご主人様を裏切るってか、なかなかの悪党だね。
「コトノハ。何かあったの?」
あの後、舞踏会が終わって寮に戻り、貴女が寝静まった後。
土くれのフーケを逃がしに行きました。なんて、言えない。
「……言いたくないなら、無理に聞こうとしないけどさ。
何について謝ってるのか話してくれなきゃ、許したくても許せないわよ」
「…………ごめんなさい……」
結局、何を謝っているのか解らぬまま授業が始まってしまった。
以前は異世界の授業に興味を示していた言葉だが、
今日は誠とチェーンソーの入った新しい大きな鞄をじっと見つめていた。
ちなみにチェーンソーの刃で誠が傷ついたりしないよう、刃はシーツで包んである。
新しい鞄も、刃を覆うシーツも、ルイズが用意してくれた物。
誠以外に唯一、言葉を想ってくれる人。
自分がルイズのためにして上げた事は、何かひとつでもあっただろうか?
何も無い。
きっと、これからも。
自分は裏切り者だから。
言葉のコルベール殺しの噂のせいで、ルイズは学院でさらに孤立する事となった。
今ではもう教師すら彼女を無視し、声をかけるのはキュルケくらいのものだ。
元々『ゼロ』と蔑まれていたルイズ、浴びせられるものが侮辱が無視に変わったとて、
今さら荒れるほどのものでもないし、むしろ怒鳴り返す必要が無いため今の方が楽だ。
言葉がコルベールを殺したと思われているのは不快だが、
その誤解を解くなんて不可能に近いし、ルイズは違うと信じているので、それでいい。
でも、やっぱり少し、さみしかった。
一週間後。
言葉がルイズの部屋の掃除をしていると、部屋の戸をノックも無しに開ける者が現れた。
「こんにちは、えーと……コトノハさん?」
フードを深くかぶって顔を隠しているが、その声は間違いなく土くれのフーケだった。
「こんにちはフーケさん。何か解りましたか?」
「手がかりがアルビオン貴族派のクロムウェルしかないから調べてみたけど、
何だかいきなりビンゴだったみたいだよ」
「そうですか。もう少し詳しくお願いします」
「奴は貴族派というより、レコン・キスタって組織の頭みたいだね。
レコン・キスタってのは『聖地』の奪回やら、貴族による共和制を掲げてる胡散臭い組織。
その頭のクロムウェル……オリヴァー・クロムウェルは、元はただの司教で、
メイジですら無かった男だけど……今は『虚無の担い手』って噂よ。
メイジでない男が虚無の魔法を使う。馬鹿げた話さね。
となれば、マジックアイテムに頼ってると考えていい。
そして貴族どもですら、それを虚無と思い込んでしまうような魔法、
どこのスクウェアメイジにも作る事は不可能だねぇ……となれば先住の力。
精霊は先住の力を使うから、アンドバリの指輪も多分、先住の力を持ってるんだろう。
指輪は仮初の命を与えるだっけ? クロムウェルが使う虚無の力ってのは、
人の生命をどうこうする魔法だって話も聞いたよ。これも噂程度だけどね。
不確かな情報の方が多いが、それでもこれだけ怪しけりゃ、可能性は十分さ」
「……そうですね。その指輪をあなたが盗んでくる事はできますか?」
「無理だよ。今は戦時中だからね、クロムウェルの身の回りは固められてるだろうさ」
「……それでも、アルビオンに行けば、指輪を手に入れるチャンスは……」
「ある。限りなくゼロに近いけどね。
あんたに殺されるのは御免だけど、レコン・キスタに殺されるのも御免だ。
危ない橋を渡らない範囲でなら協力してやるから、やるなら、自分でやっとくれ」
「そうですね、そうします。どうもありがとうございました」
「……それと、あんたが下手すれば、ご主人様のミス・ヴァリエールの立場もヤバくなる。
もしあんたにご主人様を気遣う程度の心があるなら、ちょっとは気にかけてやんな」
淡々と話を聞いていた言葉だが、ルイズの話題を出されると、やはり、瞳が揺らいだ。
わずかだが動揺し、悩んでいるのをフーケの観察眼は捉える。
「……じゃ、私はこれで。また何かあったら伝えにきてやるよ。
あんたが迎える末路がどんなだか、ちょいと興味があるからね」
そう、興味がある。この狂気の娘の行き着く先が。
血塗られた惨劇か、あるいは……。
フーケはニタリと笑って退室し、そのまま誰にも見つからず学院を去った。
残された言葉は、希望という闇と、迷いという光に揺れていた。
しかし、裏切り者である言葉が光を選ぶなどできるはずがない。
裏切り者の末路は、西園寺世界のような、惨劇であるべきだ。
惨劇でもいい。最後に言葉と誠さえいれば、それで。
そう、言葉は自分に言い聞かせた。
言い聞かさねばならなかった。
第10話 裏切りの言葉
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