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VI/
眠れぬ夜を過ごしたはずが、起きてみれば太陽は既にずいぶんと高くあった。ワルドの
グリフォンにただ乗っていただけとはいえ、それが半日以上ともなればそれなりに疲れも
溜まる。とはいえ、それで寝過ごしていては話にならない。いくらアルビオンへの出立が
明日であろうと、ルイズは姫殿下の密命を帯びた身なのだ。
「まったく、情けない」
額に手を当て呻く。それで気分が楽になるということはないが、少なくとも、気を引き
締めるのには役立った。
よし、と気合を入れて宿の廊下を歩く。行き先は特に決まってはいない。明日まで特に
することがあるわけでもなく、同室にいたはずのワルドもいない。これが学院ならば机に
でも向かっていただろうが、生憎と勉強用具など持ってきているはずもなく、街を歩こう
にも任を帯びた身であり、知っている街でもない。
要は暇なのだ。
「まったく、こういうときこそ使い魔の出番でしょうに」
一人小さく呟く。と、そこでようやく目的らしきものが見えてきた。
「そうよ、タオロー。あいつを探しましょう。目を離してると何するかわからないし」
この世界を何も知らない、というだけではなく、昨日のキュルケやタバサとの親しげな
様子を思い出して、ルイズはその足を速めた。
幸い、目当ての人物はそう遠くないうちに見つかった。宿の壁にもたれ、その手で顔を
覆っている。額を強く押し付け、そのまま握り潰してしまいそう。
放っておいたら、ルイズが知るタオローはこのまま消えてしまうのではないか。そんな
思いがルイズの胸をよぎる。
ただでさえ危うい彼の命。だが、もっと危うい何かがある。
だから、
「タオロー、買い物に行くわよ、ついてきなさいっ」
任務も予定も、見知らぬ土地ということも忘れ、ルイズはタオローに告げていた。
VI/
つい最近、似たようなことがあったばかりのような気がする。ルイズに無理やり市街に
連れ出された濤羅はどこか既視感を覚えると、そのまま青い空を見上げた。これもまた、
同じ反応をした気がする。
いつのことだったろうか。ハルケギニアに来てからの濤羅の記憶は少ない。思い返せば、
すぐに見当がついた。ルイズに贈るプレゼントを買いにいったときだ。その彼女と、違う
街とはいえ、こうして一緒に買い物をしている。それがどうにも皮肉のように思われて、
濤羅は口中で舌打ちを一つ零した。
「ちょっと、タオロー、何ぼおっとしてるの」
その濤羅へ、何も知らぬ主が呼びかける。そう、何も知らぬのだ。濤羅の心の弱さも。
それ故に引き起こされた悲劇も。濤羅が積み重ねてきた罪過も。
だから、濤羅から剣を奪ったことも、彼女が知ろうはずもない。
わずかな怒りが、濤羅の胸を焦がす。濤羅に残された最後の縁(よすが)すら彼女は
奪ったのだ。それならば、いっそあのまま死に任せてくれたらよかったのに。
握り締めた拳。だが、それを振り下ろすどころか、振り上げることすらできず、濤羅は
一人自嘲した。
それでも、やはりルイズは見捨てられぬのだ。彼女のころころと変わる表情を見ている
だけで、心の水位がわずかに上がる。
怒りと安らぎ、相反する二つの感情が同時に濤羅の心に押し寄せる。それを持て余して、
濤羅は憮然とルイズから視線を逸らした。その代わりに、彼女の元へ歩み寄る。
「はあ」
その濤羅の耳に届いたのは、ルイズの溜息だ。さもありなん。呼んだ従者が目すらあわ
さぬともあれば、気分の一つも害すだろう。
それがわかっていてなお、濤羅は己の振る舞いを正す気にはなれなかった。叱責の一つ
や二つであれば、そちらのほうがよほど気が楽だ。むしろ望んでいてすらいた。
だから、ルイズが寂しげな声を漏らすなど、濤羅の考慮の外だった。
「……私と一緒にいるの、そんなにつまらない?」
「な」
にを、と続きの言葉はいえなかった。驚愕のあまり戻した視線の先には、肩を落とし、
今にも震える瞳でこちらを見上げるルイズがいた。
そこには契約を結んだときのように胸を張った誇り高き貴族の姿も、思春期特有の勝手
気ままな少女の姿もない。
ただ弱々しい、一人の小さな少女がいるだけだ。
「だって、ツェルプストーやタバサと一緒にいるときのほうが……楽しそう」
ああ、と濤羅は昔に思いをはせた。かつて、妹も似たようなことで機嫌を損ねたことが
あった。豪軍と共に技を競い合うのに夢中になって、彼女を省みるのを忘れたのだ。今の
ルイズの表情は、きっと瑞麗が浮かべていたそれとよく似ている。
そのときは確か――
過去に倣って、濤羅はその手をそっと差し伸ばした。一瞬躊躇いがちに中をさまよい、
しかし、小さなルイズを放っておけず、その無骨な手で髪を梳くように頭を撫でた。微か
に癖のある柔らかな髪が指先の間を擦り抜けていく。
目を瞬かせているルイズをできるだけ見ないようにしてそれを繰り返しながら、濤羅は
一度この子の髪を結ってみるのもいいかもしれない。そんな風に考えていた。
だからかもしれない。深い考えもなく彼女を慰めようと告げた言葉がどれほど致命的か、
濤羅は気付くこともなかった。
「彼女たちには、ただ一緒に贈り物を選んでもらっただけだ」
「え?」
驚きと、そしてわずかな喜びに身を固めていたルイズの眦が、それを聞いた途端、急に
険しくなった。そこでようやく濤羅は思い出していた。
ルイズは、濤羅がキュルケらと街に行ったことなど聞いていない。告げるなと、キュル
ケ自身、そうアドバイスしていたのだ。郷愁が懐くあまり、それを失念してしまった。
後悔が胸をよぎるが、今更遅い。言い繕おうにも、濤羅は口下手だ。言い訳など思いつ
くはずもない。
「それ、どういうことかしら。私、初耳なんですけど」
確かに暗い空気は吹き飛んだ。しかし、この目の前の怒りに打ち震える主をどう宥めた
ものか。思案に暮れながら、濤羅はつい天を仰ぎ見た。
空は変わらず、ずいぶんと青い。
ルイズの怒りを冷め遣らすための時間は、まだまだたっぷりありそうだった。
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