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まず、軽くノックする。返事が無いことを確認してから強めにノックする。やはり返事はない。
大きさのわりに軽い扉を開ける。口は開かず黙ったままでね。ノブに両手を添えて音がするまでしっかりと閉める。
この部屋は防音が完璧だから開閉をきちんと確認しなければならない。後でうるさく言われたらつまらないでしょう。
わたしに背を向けて座る青髪の中年男性を一人確認。脇にかしずく小姓が二人、控えの騎士……とりあえずそれだけか。
よし、モリエールのババアはいないみたい。あいつがいると話が長くなって嫌なのよ。
部屋の中を流れる川。金色の穂が頭を垂れる農地、築かれつつある砦。金属の光沢が美しい重装歩兵に恐ろしげな亜人の傭兵たち。
十メイル四方はあろうかという箱庭の中で、槍兵や砲兵、フネに竜兵といった駒が所狭しと並んでいる。
民よりもおもちゃを愛でる、政治よりも手慰みに力を入れる無能王ご自慢のガラクタ王国。
装飾、細工、材質、手触り、大きさ、細部にこだわり、あらゆる箇所に最大限の金銭が投じられ、箱庭一つのため税が湯水のように費やされていた。
現王の乱費は次代を担うわたしにずっしりと重くのしかかってくる。忌々しい。
この部屋に入る人間は、小姓から大臣まで一様に表情が無く、もう王への諫言なんて無駄なことだって分かってるんでしょうね。
わたしだって分かっている。だからそのことに関しては何も言わない。わたしが言いたいことは別のこと。
「お楽しみのところ失礼いたしますお父さま」
わたしの挨拶というかわたしという存在そのものを無視して遊戯に興じている。
かしずく小姓もわたしのことを伝えようとはせず、ただ突っ立っている。毎度のこととながら腹が立つ。
内心の苛立ちは奥底にしまいこみ、おっとりとした笑顔のままで声を高くしてもう一度。
「お父さま」
無視。駒を動かすカチャカチャという音だけが聞こえる薄ら寒い部屋の中で、一メイル先の人間に声が届かないわけがないのに。
さらに声を強め、王の背中に向けて、
「お父さま!」
無視。肺いっぱいに息を吸い込み、
「父上ッ!」
「む? イザベラか。何の用かな」
あくまでも聞こえていなかったポーズをとるのがこの人流。生きていることそれ即ち演技することなんでしょうね。
「今は少々忙しいのだが……」
今度は邪魔をされて機嫌を損ねたポーズ。娘との対話よりおもちゃ遊びが大事ってどういうことなの。
眉根に若干の皺を寄せて振り向いた父上は、わたしの姿を見てさらに顔をしかめた。
「その格好でうろついているのか?」
「あら、肌着一枚ではご不満でしたの。父上が娘の素裸をご所望とは存じ上げませんでしたわ」
嫌味たらしく挨拶してから肌着の裾をつまんで丁寧に一礼。ふん、この程度の格好で文句を言われてたら何もできないわよ。
最低限の隠すべきところはきちんと隠しているんだから、シルフィと比べなくても立派な淑女じゃないのさ。
「それに少々臭う」
「川遊びから帰ったばかりですの。外の風の気持ちよかったこと」
ドブ川さらいも立派な川遊び。貴族的な遊興と称して問題ないでしょう。
それで文句言うようなやつは片端から殴り飛ばしてやる。
「ふむ……」
父上は遊戯用のちゃちな椅子を半回転させ、わたしの方へきちんとした形で向き直った。
「ふむ、ふむ」
臭いだのなんだのと言っていたくせに、頭の頂点から爪先まで、顎鬚が触れそうな距離まで顔を近づけ、じろじろと眺めている。
わたしは胸を張ってそれに応えるけど、当然気分は悪い。この人本気で娘に欲情してるんじゃないでしょうね?
「イザベラ。何かあったのかね。よく見知ったお前とは別の人間がここにいる」
「ほほ、何を仰られます。子供が女になる年頃ですもの、そのようなこともままございますわ」
「いや、そのようなことではなく、もっとこう別の何か……」
異世界の本を読んであるべき生き方を見つけました、なんて馬鹿正直に言えるわけがない。
この人のことだから「余にも読ませてくれ」なんてことを言ってくるに決まってる。鬼畜者はわたしだけでいいのよ。
「本日はお願いがあってまいりましたの」
未だ顔を近づけていた父上から一歩退き、頬の筋肉をしなやかに緩ませて微笑んだ。
父上はわたしのことを名残惜しそうに見ている。この人本当に変態なんじゃないの?
「さて。イザベラのおねだりも久しぶりだ。服か。宝石か。マジックアイテムか。それとも新しい役職が欲しいのかな?」
「シャルロットの身柄を預からせていただきとうございます」
比較的機嫌の良さそうだった父上が一変した。
見慣れている人間以外には変化したことが分からないでしょうけど、十八年近く付き合ってきたわたしには嫌というほどよく分かる。
シャルロットの名前を出した途端、ゆったりとした笑みは拒絶の笑みに、興味深げな態度が否定の態度に一転した。
見た目的にはまるで変わらないまま、父上は杯を手に取った。
「よくないことを教えた者がいるようだ」
小姓が黙ってワインを注ぐ。こいつらだって主の変化に気がつかないわけはないのに、小揺るぎもしていない。
グラスの七割を満たしたワインだけが静かに揺れている。
「なぜお教えいただけなかったのですか。シャルロットはわたしの直臣でございます」
「あまり大きな声では言えないがね。トリステイン魔法学院に在籍している重要人物を保護するため、シャルロットには動いてもらった」
「存じております」
「トリステイン魔法学院の生徒であるシャルロットの立場が必要だったのだ。まさか職務を放棄し、あのような振る舞いに及ぼうとは」
ペラペラと並べ立てているけど、どうせ全部後付けの理由でしょうね。
「それに従兄弟が反逆者になったなどと聞きたくはなかったろう」
これも後付け。
「父上、わたしは」
「お前を悲しませたくはなかったのだよ」
よく言う。吐きたい唾を飲み込んでわたしは続けた。
「なぜ直接お命じになったのです。北花壇騎士団団長であるわたしを介さずに」
「ああ、なるほど。お前は自分が軽んじられているようで悔しかったというわけか。ははは」
はははじゃないわよ大馬鹿の無能王。吐きたい反吐を飲み込んでわたしは続けた。くそっ。
「北花壇騎士団は騎士団にして騎士団にあらず。北花壇の謀反者は北花壇の中で始末をつけるのが定法」
「その定法とやらも国法の中で成り立っていることを忘れてはいけない。闇で働くからといって無法が通じると思わないことだ」
これだけの無法を横車で押し通しておいて、いけしゃあしゃあとよくもまぁ言えたものね。
「それにだ。緘口令をしいているとはいえ、シャルロットの捕縛に関して知っている人間がいなくはない」
わたしは知らされていませんでしたけどね。
こんなことになるならもう少し真面目に情報収集しておけばよかったわ。最近街に出てばかりだったからねえ。
「北花壇騎士団に預けるということは、公に北花壇騎士団の責任を認めるということになる」
「それは困りますわね」
「だろう。姪を処罰するだけでも心が千切れそうだというのに、娘も同罪などということになれば生きていけない」
言っていることとは裏腹に、顔は微笑んだままの表情で変わらない。凍りついたように冷たく微笑んでいる。
脅しをかけてるってわけね。これ以上シャルロットにかまいだてするなと。鬼畜者相手に脅しだなんてチャンチャラおかしいわ。
ああクソ舌を動かしすぎたせいで喉が渇いた。鬼畜者が舌を動かすのは雌の体の上だけと決まっているのに。
置いてあったグラスを手に取って小姓を見るけど動かない。睨みつけてやるけど、それでも動こうとしない。
「ワイン!」
怒鳴りつけてやって、ようやくノロノロとワインを注いだ。主従揃って腹立たしい。怒りを込めて一息で飲み干す。
……なんだか口当たりがいいばかりで味もそっけもない、この場を象徴している風味の乏しいワインもどきね。
これで金だけは一人前以上にとろうっていうんだから驚くわ。ああ腹が立つ腹が立つ。
美味くもないワインの残りを舌先で舐めとるようにすすり、
「シャルロットの処分はどのように?」
「なに心配することはない。無法を働いたとはいえ、ガリア王家の血を引く身。少しの間謹慎して頭を冷やしてもらうだけだ」
「あら。そうでしたの。わたくしてっきり縛り首にでもなるのかと」
「ほとぼりが冷めたら会いに言ってやるといい。シャルロットも……きっと喜ぶだろう」
妙に含んだ言い口で理解できた。いつものやり方でいくってわけか。
エルフの仕込んだ毒でパッパラパーにすれば生きていようが死んでしまおうがどうでもいいってね。
「……父上の寛大なお裁き、シャルロットに代わって感謝いたしますわ」
うっすら笑ったままで父上と顔を見合わせた。父上も似たような、あやふやな笑みをわたしに向けていた。
ああ気色が悪い。ああ気味が悪い。ああ気分が悪い。ああ気持ちが悪い。ああ胸糞が悪い。
「ところでイザベラ。ゲームに付き合っていかないか。今のお前となら面白く指せそうだ」
「申し訳ございませんが、北花壇騎士団団長の職を拝して以来忙しくなかったことがありませんの」
「将棋と違い乱数の要素を取り入れたゲームでね」
人の話聞いてないわね。
「サイコロの目次第で全てが変わる。支配下においていたはずの駒が敵に回ったりもする。そうなれば予定していた以上の防備を配さなければならない」
ああそう。それならこっちはこっちで勝手にやらせてもらうから。
「それではごきげんよう。これ以上のお邪魔はいたしませんのでごゆるりとお楽しみください」
「ミューズ。娘がとても趣深く成長したようだ。実験を兼ねて外に持ち出してもかまわないね。聞いておくれミューズ」
とうとう人形とお話を始めた。娘と話すより人形とお話ね。やりなさいやりなさい好きなだけお話しなさい。
父上の呟きを背中で受け止めながら、後ろ手に扉をたたきつけた。できることなら壊れてしまうくらいの力を込めて。二度と来るかこんな部屋。
あ、そうだ。大見得切って出てきた手前、馬鹿面さげて「シャルロットが助けられませんでした」なんて報告したらシルフィがうるさいわね。
とりあえずわたしのせいではないことを強調しておこう。うん、助けるための運動をすることに変わりはないわけだものね。
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まず、軽くノックする。返事が無いことを確認してから強めにノックする。やはり返事はない。
大きさのわりに軽い扉を開ける。口は開かず黙ったままでね。ノブに両手を添えて音がするまでしっかりと閉める。
この部屋は防音が完璧だから開閉をきちんと確認しなければならない。後でうるさく言われたらつまらないでしょう。
わたしに背を向けて座る青髪の中年男性を一人確認。脇にかしずく小姓が二人、控えの騎士……とりあえずそれだけか。
よし、モリエールのババアはいないみたい。あいつがいると話が長くなって嫌なのよ。
部屋の中を流れる川。金色の穂が頭を垂れる農地、築かれつつある砦。金属の光沢が美しい重装歩兵に恐ろしげな亜人の傭兵たち。
十メイル四方はあろうかという箱庭の中で、槍兵や砲兵、フネに竜兵といった駒が所狭しと並んでいる。
民よりもおもちゃを愛でる、政治よりも手慰みに力を入れる無能王ご自慢のガラクタ王国。
装飾、細工、材質、手触り、大きさ、細部にこだわり、あらゆる箇所に最大限の金銭が投じられ、箱庭一つのため税が湯水のように費やされていた。
現王の乱費は次代を担うわたしにずっしりと重くのしかかってくる。忌々しい。
この部屋に入る人間は、小姓から大臣まで一様に表情が無く、もう王への諫言なんて無駄なことだって分かってるんでしょうね。
わたしだって分かっている。だからそのことに関しては何も言わない。わたしが言いたいことは別のこと。
「お楽しみのところ失礼いたしますお父さま」
わたしの挨拶というかわたしという存在そのものを無視して遊戯に興じている。
かしずく小姓もわたしのことを伝えようとはせず、ただ突っ立っている。毎度のこととながら腹が立つ。
内心の苛立ちは奥底にしまいこみ、おっとりとした笑顔のままで声を高くしてもう一度。
「お父さま」
無視。駒を動かすカチャカチャという音だけが聞こえる薄ら寒い部屋の中で、一メイル先の人間に声が届かないわけがないのに。
さらに声を強め、王の背中に向けて、
「お父さま!」
無視。肺いっぱいに息を吸い込み、
「父上ッ!」
「む? イザベラか。何の用かな」
あくまでも聞こえていなかったポーズをとるのがこの人流。生きていることそれ即ち演技することなんでしょうね。
「今は少々忙しいのだが……」
今度は邪魔をされて機嫌を損ねたポーズ。娘との対話よりおもちゃ遊びが大事ってどういうことなの。
眉根に若干の皺を寄せて振り向いた父上は、わたしの姿を見てさらに顔をしかめた。
「その格好でうろついているのか?」
「あら、肌着一枚ではご不満でしたの。父上が娘の素裸をご所望とは存じ上げませんでしたわ」
嫌味たらしく挨拶してから肌着の裾をつまんで丁寧に一礼。ふん、この程度の格好で文句を言われてたら何もできないわよ。
最低限の隠すべきところはきちんと隠しているんだから、シルフィと比べなくても立派な淑女じゃないのさ。
「それに少々臭う」
「川遊びから帰ったばかりですの。外の風の気持ちよかったこと」
ドブ川さらいも立派な川遊び。貴族的な遊興と称して問題ないでしょう。
それで文句言うようなやつは片端から殴り飛ばしてやる。
「ふむ……」
父上は遊戯用のちゃちな椅子を半回転させ、わたしの方へきちんとした形で向き直った。
「ふむ、ふむ」
臭いだのなんだのと言っていたくせに、頭の頂点から爪先まで、顎鬚が触れそうな距離まで顔を近づけ、じろじろと眺めている。
わたしは胸を張ってそれに応えるけど、当然気分は悪い。この人本気で娘に欲情してるんじゃないでしょうね?
「イザベラ。何かあったのかね。よく見知ったお前とは別の人間がここにいる」
「ほほ、何を仰られます。子供が女になる年頃ですもの、そのようなこともままございますわ」
「いや、そのようなことではなく、もっとこう別の何か……」
異世界の本を読んであるべき生き方を見つけました、なんて馬鹿正直に言えるわけがない。
この人のことだから「余にも読ませてくれ」なんてことを言ってくるに決まってる。鬼畜者はわたしだけでいいのよ。
「本日はお願いがあってまいりましたの」
未だ顔を近づけていた父上から一歩退き、頬の筋肉をしなやかに緩ませて微笑んだ。
父上はわたしのことを名残惜しそうに見ている。この人本当に変態なんじゃないの?
「さて。イザベラのおねだりも久しぶりだ。服か。宝石か。マジックアイテムか。それとも新しい役職が欲しいのかな?」
「シャルロットの身柄を預からせていただきとうございます」
比較的機嫌の良さそうだった父上が一変した。
見慣れている人間以外には変化したことが分からないでしょうけど、十八年近く付き合ってきたわたしには嫌というほどよく分かる。
シャルロットの名前を出した途端、ゆったりとした笑みは拒絶の笑みに、興味深げな態度が否定の態度に一転した。
見た目的にはまるで変わらないまま、父上は杯を手に取った。
「よくないことを教えた者がいるようだ」
小姓が黙ってワインを注ぐ。こいつらだって主の変化に気がつかないわけはないのに、小揺るぎもしていない。
グラスの七割を満たしたワインだけが静かに揺れている。
「なぜお教えいただけなかったのですか。シャルロットはわたしの直臣でございます」
「あまり大きな声では言えないがね。トリステイン魔法学院に在籍している重要人物を保護するため、シャルロットには動いてもらった」
「存じております」
「トリステイン魔法学院の生徒であるシャルロットの立場が必要だったのだ。まさか職務を放棄し、あのような振る舞いに及ぼうとは」
ペラペラと並べ立てているけど、どうせ全部後付けの理由でしょうね。
「それに従兄弟が反逆者になったなどと聞きたくはなかったろう」
これも後付け。
「父上、わたしは」
「お前を悲しませたくはなかったのだよ」
よく言う。吐きたい唾を飲み込んでわたしは続けた。
「なぜ直接お命じになったのです。北花壇騎士団団長であるわたしを介さずに」
「ああ、なるほど。お前は自分が軽んじられているようで悔しかったというわけか。ははは」
はははじゃないわよ大馬鹿の無能王。吐きたい反吐を飲み込んでわたしは続けた。くそっ。
「北花壇騎士団は騎士団にして騎士団にあらず。北花壇の謀反者は北花壇の中で始末をつけるのが定法」
「その定法とやらも国法の中で成り立っていることを忘れてはいけない。闇で働くからといって無法が通じると思わないことだ」
これだけの無法を横車で押し通しておいて、いけしゃあしゃあとよくもまぁ言えたものね。
「それにだ。緘口令をしいているとはいえ、シャルロットの捕縛に関して知っている人間がいなくはない」
わたしは知らされていませんでしたけどね。
こんなことになるならもう少し真面目に情報収集しておけばよかったわ。最近街に出てばかりだったからねえ。
「北花壇騎士団に預けるということは、公に北花壇騎士団の責任を認めるということになる」
「それは困りますわね」
「だろう。姪を処罰するだけでも心が千切れそうだというのに、娘も同罪などということになれば生きていけない」
言っていることとは裏腹に、顔は微笑んだままの表情で変わらない。凍りついたように冷たく微笑んでいる。
脅しをかけてるってわけね。これ以上シャルロットにかまいだてするなと。鬼畜者相手に脅しだなんてチャンチャラおかしいわ。
ああクソ舌を動かしすぎたせいで喉が渇いた。鬼畜者が舌を動かすのは雌の体の上だけと決まっているのに。
置いてあったグラスを手に取って小姓を見るけど動かない。睨みつけてやるけど、それでも動こうとしない。
「ワイン!」
怒鳴りつけてやって、ようやくノロノロとワインを注いだ。主従揃って腹立たしい。怒りを込めて一息で飲み干す。
……なんだか口当たりがいいばかりで味もそっけもない、この場を象徴している風味の乏しいワインもどきね。
これで金だけは一人前以上にとろうっていうんだから驚くわ。ああ腹が立つ腹が立つ。
美味くもないワインの残りを舌先で舐めとるようにすすり、
「シャルロットの処分はどのように?」
「なに心配することはない。無法を働いたとはいえ、ガリア王家の血を引く身。少しの間謹慎して頭を冷やしてもらうだけだ」
「あら。そうでしたの。わたくしてっきり縛り首にでもなるのかと」
「ほとぼりが冷めたら会いにいってやるといい。シャルロットも……きっと喜ぶだろう」
妙に含んだ言い口で理解できた。いつものやり方でいくってわけか。
エルフの仕込んだ毒でパッパラパーにすれば生きていようが死んでしまおうがどうでもいいってね。
「……父上の寛大なお裁き、シャルロットに代わって感謝いたしますわ」
うっすら笑ったままで父上と顔を見合わせた。父上も似たような、あやふやな笑みをわたしに向けていた。
ああ気色が悪い。ああ気味が悪い。ああ気分が悪い。ああ気持ちが悪い。ああ胸糞が悪い。
「ところでイザベラ。ゲームに付き合っていかないか。今のお前となら面白く指せそうだ」
「申し訳ございませんが、北花壇騎士団団長の職を拝して以来忙しくなかったことがありませんの」
「将棋と違い乱数の要素を取り入れたゲームでね」
人の話聞いてないわね。
「サイコロの目次第で全てが変わる。支配下においていたはずの駒が敵に回ったりもする。そうなれば予定していた以上の防備を配さなければならない」
ああそう。それならこっちはこっちで勝手にやらせてもらうから。
「それではごきげんよう。これ以上のお邪魔はいたしませんのでごゆるりとお楽しみください」
「ミューズ。娘がとても趣深く成長したようだ。実験を兼ねて外に持ち出してもかまわないね。聞いておくれミューズ」
とうとう人形とお話を始めた。娘と話すより人形とお話ね。やりなさいやりなさい好きなだけお話しなさい。
父上の呟きを背中で受け止めながら、後ろ手に扉をたたきつけた。できることなら壊れてしまうくらいの力を込めて。二度と来るかこんな部屋。
あ、そうだ。大見得切って出てきた手前、馬鹿面さげて「シャルロットが助けられませんでした」なんて報告したらシルフィがうるさいわね。
とりあえずわたしのせいではないことを強調しておこう。うん、助けるための運動をすることに変わりはないわけだものね。
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