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「ゼロのガンパレード 19」(2008/03/16 (日) 16:53:42) の最新版変更点
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マリー・ガラント号の甲板に立ち、ルイズは頬をなぜる風にそっと唇を緩めた。
上を見上げれば青空が広がり、おそらく舷側から見下ろせば雲の海が見えるだろう。
ギーシュとワルドから止められているのでやらないが。
一つ息をつき、腰に下げた空袋の位置を直す。
一般的な水袋の口を広げただけのそれは空を往く者たちの必需品であり、
もし気分が悪くなったのなら使うようにと船長から渡されたものである。
不思議そうにするルイズたちに説明したのはギーシュであった。
兄が空軍の艦長だと言う彼はこう見えて空には詳しい。
「海ならば舷側から身を乗り出せばすむし、万が一落ちても助かる可能性はあるがね。
ここは空だから落ちたら助からないし、下に誰がいるか解らない。
君たちだって、いきなり空から汚物が落ちてきたら嫌だろう?」
なるほど、と頷いてすぐに取り出せるように袋を身につけると、
自分たちのそれよりも大きな袋を5つ頼んだ。
使い魔たちの分である。
翼竜であるシルフィードと、ワルドのグリフォンには必要ないのではという気もしたが、
備えをしておくに越したことはない。
結果から先に言うと、袋のお世話になったのはヴェルダンデだけであった。
何しろモグラである。船酔い以前に周囲に土がない広い所が苦手らしい。
ただでさえ苦手な環境に初めて乗る船の振動である。気分を悪くしても仕方がない。
今はギーシュが介抱しているが、もう少ししたら変わってやったほうがいいかもしれない。
火蜥蜴のフレイムは酔いには無縁のようで、つい先ほどまでは甲板で周囲を見回していた。
ただ主人共々に代わり映えのない景色に飽きが来たらしい。キュルケについてどこかに行ってしまった。
タバサとシルフィードはいつもどおりで、身体を丸めた使い魔を枕にして本を読んでいる。
考えてみれば、空を飛ぶ翼竜とその主人である。この景色も見慣れたものなのだろう。
ブータについては、船酔い自体には問題はなかった。
星の海を往く大冒険艦の一員でもあった猫神にとって、空を飛ぶ船も海に浮かぶ船も変わらないらしい。
ただ何時になく上機嫌であったのか、気がつけばマストの一番上に登っていて船員たちを蒼白にした。
なにしろルイズはこの船に乗る時にマザリーニ枢機卿のお墨付きを見せている。
そのような地位の貴族の猫が怪我でもしたら一大事である。
子猫ならまだしもあの巨体だ、抱き上げてマストからおろすなぞ一苦労だし、
手を伸ばしたら嫌がられて甲板に落ちたなどというと目も当てられぬ。
眼下の混乱に気づかぬかのように目の前に止まった燕と睨めっこをしていた大猫は、
ややあって頷くとその身を宙に躍らせた。
船員たちの悲鳴や息を呑む音を気にも留めずに身体を捻り、勢いを殺して着地する。
訝しげに周囲を見回す大猫だったが、主の怒りの鉄拳を喰らって沈黙した。
心配をかけさせるんじゃないわよこの馬鹿猫。
「ルイズ、もう少しでアルビオンが見えるそうだ。
とはいっても目的地のスカボローまではもう少しかかるから、今のうちに休んでおいた方がいい」
「ああ、ありがとう、ワルド。
旅行も久しぶりだから、ついつい興奮してしまったのよ」
/*/
大貴族にしては珍しく、ルイズは旅行というものに縁が薄い。
家族で出掛けるのはそれこそヴァリエール領の中だけであり、
それ以外は父と二人で出掛けるのが常だった。
母とエレオノールはいつも領地にとどまり、カトレアと共にルイズの帰りを待っていたものだった。
空を見上げ、ふと目を閉じる。
ルイズが幼く、何も知らず、自分だけの世界にいたあの頃。
自分で行かないと言った筈なのに、帰ってきたルイズを苛めるエレオノールが嫌いだった。
ちびルイズだけ良いわねぇと頬を引っ張るエレオノールをカトレアが宥め、
小さなルイズは優しいちい姉さまの胸に抱かれて、エレオノールに向かって舌を出す。
顔を赤くして怒るエレオノール。ちい姉さまがお茶を入れてくれて、ルイズに旅行の思い出を聞く。
幼い頃から何度も何度も繰り返したその儀式。
その儀式が終わったのは、エレオノールが魔法学院に入学するために屋敷を出る前の晩の事だった。
小さなルイズを部屋に招きいれた姉は言った。
これからは旅行に行くのは控えなさい、と。
少し前までなら一も二もなく頷いたその言葉ではあったが、
あの人から魔法の言葉を教えてもらったルイズは心の中でその言葉を唱えながら姉に言った。
なぜですか、と。
エレオノールはルイズを見つめると、その視線を窓に向けて口を開く。
「カトレアが悲しむからよ。一人だけ旅行に行けないって」
「……その言い方は、卑怯です」
「そうね、わたしもそう思うわ」
常になら怒り出すはずのその言葉に冷静に答えた姉を置いてルイズは自室に戻ると、
寝台に飛び込んですすり泣いた。
「――――ごめんなさい」
一人だけ屋敷にいればカトレアが悲しむ。
それは確かにそうだろう。だが今まではそんなことはなかった。
なぜか? エレオノールがいたからだ。
優しい姉がいたから、カトレアはそんな思いをしなくてすんだ。
「――――ごめんなさい、大姉さま。ごめんなさい――――」
自分だって旅行したかっただろうに、エレオノールは常にその機会をルイズに譲ってくれていた。
帰ってきたルイズに殊更絡んだのもその為だ。
ルイズがそれに気づかぬように、一人だけ旅行にいけたと罪悪感を抱かぬように。
カトレアが気づかぬように、姉に無理をさせていると知らなくてもいいように。
悪役をかって出て、ルイズに嫌われるのもカトレアの顰蹙をかうのも厭わずに妹たちを守ってくれていた。
なのに自分は何をしたのか、姉さまの優しさに気づかず、意地悪な人だとずっと思っていた。
あの時、言い方が卑怯だと言われた時、エレオノールはどんな表情でそれを聞いたのか。
どんな思いで妹の言葉を聞いたのか。
「ごめんなさい、大姉さま――――っ!」
一夜明け、真っ赤に泣きはらした瞳でルイズはエレオノールの前に立った。
今から魔法学院に赴く、しばらくの間は会うことが出来ない姉の前に立った。
ここで謝るのは簡単だ。だがそれは出来ない。なぜならここにはカトレアもいるのだから。
ここで謝るのは、今までたった一人で悪役を担ってきた姉の努力を否定することなのだから。
奥歯をかみ締め、心を殺す。ともすれば口を開きそうになる謝罪の言葉を押し殺す。
出来る筈だ、なぜならわたしはルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。
誇り高いエレオノール・ド・ラ・ヴァリエールの妹なのだから。
「いってらっしゃいませ、エレオノール姉さま。
これからしばらくは苛められなくてすむと思うと寂しく思いますわ」
ルイズの言葉に周囲の使用人たちが強張り、父さえもが絶句する中で、
しかしエレオノールは鮮やかに笑った。
その瞳に光るものが見えたのは、それはきっと少女の錯覚なのだろう。
「生意気なことを言うじゃないの、ちびルイズ」
笑いながら妹に手を伸ばし、その頬をつまむ。
いつもよりも力の弱いそれに驚く間もなく姉の手が離れ、
その指に光る水滴に気づいたルイズは自らの頬に手をやった。
「まだまだね、泣き虫のちびルイズ。
ま、せいぜい頑張りなさい」
言い置いて、何かから逃げるかのように馬車に乗り込むエレオノール。
その肩が微かに震えているのに気づいたのは、間近にいたルイズだけだった。
/*/
「君はいっつもお姉さんと魔法の才能を比べられて、デキが悪いなんて言われてた」
「事実だもの、仕方がないわね」
マリー・ガラント号の甲板で思い出話をするワルドに、ルイズは困ったように笑い返した。
自分がデキの悪いのは本当のことだ。
魔法では言わずもがな。貴族としての、人間としての心構えとしても同様だ。
ことにエレオノールに対しては、一度も勝てたことなどないと思っている。
自慢の彼女の姉。気高く美しいエレオノール姉さま。
アカデミーで、今もカトレアの病気を治す為の研究を続けている優しい姉。
何よりも研究を、つまりは妹を第一に考えるために結婚もせず、
業を煮やした婚約者たちが『もう限界』と去っていくにも関わらず自分を曲げない誇り高き女傑。
一度も面と向かって言ったことなどないけれど、ルイズは彼女を尊敬していた。
「でも僕は、それはずっと間違いだと思っていた。
確かに君は不器用で、失敗ばかりしていたけれど」
「意地悪ね」
ルイズが頬を膨らませた。
「違うんだルイズ。君は失敗ばかりしていたけれど、誰にもないオーラを放っていた。
魅力といってもいい。それは、きみが、他人にはない特別な力を持っているからさ。
僕だって並みのメイジじゃない。だからそれがわかる」
「まさか」
「まさかじゃない。例えば、きみの使い魔だが」
ぎくりとルイズが身を強張らせた。
「ブータのこと?」
「そうだ。ラ・ロシェールで、宿から桟橋まで走った時のことを憶えているだろう?
きみの使い魔は、魔法衛視隊隊長の乗騎である僕のグリフォンより早く走ったんだ。
それもきみを乗せた状態で」
「そ、そうね」
ルイズの目が泳ぎ、落ち着かなくあたりを見回す。
これはやばい。非常にやばい。なんとかして話を変えるか打ち切らねば。
「誰もが持てる使い魔じゃない。きみはそれだけの力を持ったメイジなんだよ」
それは、まぁ、猫神ですから。
誰もがブータクラスの神を使い魔にしたら大変だ。世界が変わってしまう。
「きみは偉大なメイジになるだろう。
そう、始祖ブリミルのように、歴史に名を残すような、
素晴らしいメイジになるに違いない。僕はそう予感している」
ワルドは熱っぽい口調で、ルイズを見つめた。
「この任務が終わったら、僕と結婚しようルイズ」
「え……」
いきなりのプロポーズに、ルイズははっとした顔になった。
気を利かせたのか、船員たちが甲板からいなくなる。
いや、マストなどの陰に隠れて二人の様子を窺いだした。
「で、でも……」
「確かに、ずっとほったらかしだったことは謝るよ。
婚約者だなんて、言えた義理じゃない事は解っている。
でもルイズ。僕には君が必要なんだ」
真摯に見つめるワルドに、ルイズは胸の高鳴りを抑え切れなかった。
幼い頃からの憧れだったワルド。親同士の約束で婚約者となっていた筈の彼が、自分の意思でわたしを求めてくれている。
それは確かに嬉しいことではあった。
だが、とルイズは思う。
今の自分は、本当に彼に相応しいのかと。
彼に聞けば勿論だと言ってくれるだろう。ワルドは優しい。それこそ自分には勿体無いくらいに。
でも、他ならぬ自分自身がそれを認める気にはならない。
自分はまだ半人前で、ただ周囲の人間のやブータの力を借りているだけなのだから。
時間が欲しかった。
自分が一人前になるだけの時間が、ワルドに相応しいのだと自分でも思えるようになるまでの時間が。
「いいわよ、ワルド。
でも、結婚するのなら、一つだけ条件があるの」
「条件? いいとも、ルイズ。
きみの為なら何だってしてみせるよ」
ルイズは一度目を閉じると、心の中で尊敬する人物に詫びながら口を開いた。
「……わたしに先を越された形になる、
エレオノール姉さまの説得とご機嫌取り。よろしく頼むわね」
「なッ……!?」
ワルドは、ひどく狼狽した。
マリー・ガラント号の甲板に立ち、ルイズは頬をなぜる風にそっと唇を緩めた。
上を見上げれば青空が広がり、おそらく舷側から見下ろせば雲の海が見えるだろう。
ギーシュとワルドから止められているのでやらないが。
一つ息をつき、腰に下げた空袋の位置を直す。
一般的な水袋の口を広げただけのそれは空を往く者たちの必需品であり、
もし気分が悪くなったのなら使うようにと船長から渡されたものである。
不思議そうにするルイズたちに説明したのはギーシュであった。
兄が空軍の艦長だと言う彼はこう見えて空には詳しい。
「海ならば舷側から身を乗り出せばすむし、万が一落ちても助かる可能性はあるがね。
ここは空だから落ちたら助からないし、下に誰がいるか解らない。
君たちだって、いきなり空から汚物が落ちてきたら嫌だろう?」
なるほど、と頷いてすぐに取り出せるように袋を身につけると、
自分たちのそれよりも大きな袋を5つ頼んだ。
使い魔たちの分である。
翼竜であるシルフィードと、ワルドのグリフォンには必要ないのではという気もしたが、
備えをしておくに越したことはない。
結果から先に言うと、袋のお世話になったのはヴェルダンデだけであった。
何しろモグラである。船酔い以前に周囲に土がない広い所が苦手らしい。
ただでさえ苦手な環境に初めて乗る船の振動である。気分を悪くしても仕方がない。
今はギーシュが介抱しているが、もう少ししたら変わってやったほうがいいかもしれない。
火蜥蜴のフレイムは酔いには無縁のようで、つい先ほどまでは甲板で周囲を見回していた。
ただ主人共々に代わり映えのない景色に飽きが来たらしい。キュルケについてどこかに行ってしまった。
タバサとシルフィードはいつもどおりで、身体を丸めた使い魔を枕にして本を読んでいる。
考えてみれば、空を飛ぶ翼竜とその主人である。この景色も見慣れたものなのだろう。
ブータについては、船酔い自体には問題はなかった。
星の海を往く大冒険艦の一員でもあった猫神にとって、空を飛ぶ船も海に浮かぶ船も変わらないらしい。
ただ何時になく上機嫌であったのか、気がつけばマストの一番上に登っていて船員たちを蒼白にした。
なにしろルイズはこの船に乗る時にマザリーニ枢機卿のお墨付きを見せている。
そのような地位の貴族の猫が怪我でもしたら一大事である。
子猫ならまだしもあの巨体だ、抱き上げてマストからおろすなぞ一苦労だし、
手を伸ばしたら嫌がられて甲板に落ちたなどというと目も当てられぬ。
眼下の混乱に気づかぬかのように目の前に止まった燕と睨めっこをしていた大猫は、
ややあって頷くとその身を宙に躍らせた。
船員たちの悲鳴や息を呑む音を気にも留めずに身体を捻り、勢いを殺して着地する。
訝しげに周囲を見回す大猫だったが、主の怒りの鉄拳を喰らって沈黙した。
心配をかけさせるんじゃないわよこの馬鹿猫。
「ルイズ、もう少しでアルビオンが見えるそうだ。
とはいっても目的地のスカボローまではもう少しかかるから、今のうちに休んでおいた方がいい」
「ああ、ありがとう、ワルド。
旅行も久しぶりだから、ついつい興奮してしまったのよ」
/*/
大貴族にしては珍しく、ルイズは旅行というものに縁が薄い。
家族で出掛けるのはそれこそヴァリエール領の中だけであり、
それ以外は父と二人で出掛けるのが常だった。
母とエレオノールはいつも領地にとどまり、カトレアと共にルイズの帰りを待っていたものだった。
空を見上げ、ふと目を閉じる。
ルイズが幼く、何も知らず、自分だけの世界にいたあの頃。
自分で行かないと言った筈なのに、帰ってきたルイズを苛めるエレオノールが嫌いだった。
ちびルイズだけ良いわねぇと頬を引っ張るエレオノールをカトレアが宥め、
小さなルイズは優しいちい姉さまの胸に抱かれて、エレオノールに向かって舌を出す。
顔を赤くして怒るエレオノール。ちい姉さまがお茶を入れてくれて、ルイズに旅行の思い出を聞く。
幼い頃から何度も何度も繰り返したその儀式。
その儀式が終わったのは、エレオノールが魔法学院に入学するために屋敷を出る前の晩の事だった。
小さなルイズを部屋に招きいれた姉は言った。
これからは旅行に行くのは控えなさい、と。
少し前までなら一も二もなく頷いたその言葉ではあったが、
あの人から魔法の言葉を教えてもらったルイズは心の中でその言葉を唱えながら姉に言った。
なぜですか、と。
エレオノールはルイズを見つめると、その視線を窓に向けて口を開く。
「カトレアが悲しむからよ。一人だけ旅行に行けないって」
「……その言い方は、卑怯です」
「そうね、わたしもそう思うわ」
常になら怒り出すはずのその言葉に冷静に答えた姉を置いてルイズは自室に戻ると、
寝台に飛び込んですすり泣いた。
「――――ごめんなさい」
一人だけ屋敷にいればカトレアが悲しむ。
それは確かにそうだろう。だが今まではそんなことはなかった。
なぜか? エレオノールがいたからだ。
優しい姉がいたから、カトレアはそんな思いをしなくてすんだ。
「――――ごめんなさい、大姉さま。ごめんなさい――――」
自分だって旅行したかっただろうに、エレオノールは常にその機会をルイズに譲ってくれていた。
帰ってきたルイズに殊更絡んだのもその為だ。
ルイズがそれに気づかぬように、一人だけ旅行にいけたと罪悪感を抱かぬように。
カトレアが気づかぬように、姉に無理をさせていると知らなくてもいいように。
悪役をかって出て、ルイズに嫌われるのもカトレアの顰蹙をかうのも厭わずに妹たちを守ってくれていた。
なのに自分は何をしたのか、姉さまの優しさに気づかず、意地悪な人だとずっと思っていた。
あの時、言い方が卑怯だと言われた時、エレオノールはどんな表情でそれを聞いたのか。
どんな思いで妹の言葉を聞いたのか。
「ごめんなさい、大姉さま――――っ!」
一夜明け、真っ赤に泣きはらした瞳でルイズはエレオノールの前に立った。
今から魔法学院に赴く、しばらくの間は会うことが出来ない姉の前に立った。
ここで謝るのは簡単だ。だがそれは出来ない。なぜならここにはカトレアもいるのだから。
ここで謝るのは、今までたった一人で悪役を担ってきた姉の努力を否定することなのだから。
奥歯をかみ締め、心を殺す。ともすれば口を開きそうになる謝罪の言葉を押し殺す。
出来る筈だ、なぜならわたしはルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。
誇り高いエレオノール・ド・ラ・ヴァリエールの妹なのだから。
「いってらっしゃいませ、エレオノール姉さま。
これからしばらくは苛められなくてすむと思うと寂しく思いますわ」
ルイズの言葉に周囲の使用人たちが強張り、父さえもが絶句する中で、
しかしエレオノールは鮮やかに笑った。
その瞳に光るものが見えたのは、それはきっと少女の錯覚なのだろう。
「生意気なことを言うじゃないの、ちびルイズ」
笑いながら妹に手を伸ばし、その頬をつまむ。
いつもよりも力の弱いそれに驚く間もなく姉の手が離れ、
その指に光る水滴に気づいたルイズは自らの頬に手をやった。
「まだまだね、泣き虫のちびルイズ。
ま、せいぜい頑張りなさい」
言い置いて、何かから逃げるかのように馬車に乗り込むエレオノール。
その肩が微かに震えているのに気づいたのは、間近にいたルイズだけだった。
/*/
「君はいっつもお姉さんと魔法の才能を比べられて、デキが悪いなんて言われてた」
「事実だもの、仕方がないわね」
マリー・ガラント号の甲板で思い出話をするワルドに、ルイズは困ったように笑い返した。
自分がデキの悪いのは本当のことだ。
魔法では言わずもがな。貴族としての、人間としての心構えとしても同様だ。
ことにエレオノールに対しては、一度も勝てたことなどないと思っている。
自慢の彼女の姉。気高く美しいエレオノール姉さま。
アカデミーで、今もカトレアの病気を治す為の研究を続けている優しい姉。
何よりも研究を、つまりは妹を第一に考えるために結婚もせず、
業を煮やした婚約者たちが『もう限界』と去っていくにも関わらず自分を曲げない誇り高き女傑。
一度も面と向かって言ったことなどないけれど、ルイズは彼女を尊敬していた。
「でも僕は、それはずっと間違いだと思っていた。
確かに君は不器用で、失敗ばかりしていたけれど」
「意地悪ね」
ルイズが頬を膨らませた。
「違うんだルイズ。君は失敗ばかりしていたけれど、誰にもないオーラを放っていた。
魅力といってもいい。それは、きみが、他人にはない特別な力を持っているからさ。
僕だって並みのメイジじゃない。だからそれがわかる」
「まさか」
「まさかじゃない。例えば、きみの使い魔だが」
ぎくりとルイズが身を強張らせた。
「ブータのこと?」
「そうだ。ラ・ロシェールで、宿から桟橋まで走った時のことを憶えているだろう?
きみの使い魔は、魔法衛視隊隊長の乗騎である僕のグリフォンより早く走ったんだ。
それもきみを乗せた状態で」
「そ、そうね」
ルイズの目が泳ぎ、落ち着かなくあたりを見回す。
これはやばい。非常にやばい。なんとかして話を変えるか打ち切らねば。
「誰もが持てる使い魔じゃない。きみはそれだけの力を持ったメイジなんだよ」
それは、まぁ、猫神ですから。
誰もがブータクラスの神を使い魔にしたら大変だ。世界が変わってしまう。
「きみは偉大なメイジになるだろう。
そう、始祖ブリミルのように、歴史に名を残すような、
素晴らしいメイジになるに違いない。僕はそう予感している」
ワルドは熱っぽい口調で、ルイズを見つめた。
「この任務が終わったら、僕と結婚しようルイズ」
「え……」
いきなりのプロポーズに、ルイズははっとした顔になった。
気を利かせたのか、船員たちが甲板からいなくなる。
いや、マストなどの陰に隠れて二人の様子を窺いだした。
「で、でも……」
「確かに、ずっとほったらかしだったことは謝るよ。
婚約者だなんて、言えた義理じゃない事は解っている。
でもルイズ。僕には君が必要なんだ」
真摯に見つめるワルドに、ルイズは胸の高鳴りを抑え切れなかった。
幼い頃からの憧れだったワルド。親同士の約束で婚約者となっていた筈の彼が、自分の意思でわたしを求めてくれている。
それは確かに嬉しいことではあった。
だが、とルイズは思う。
今の自分は、本当に彼に相応しいのかと。
彼に聞けば勿論だと言ってくれるだろう。ワルドは優しい。それこそ自分には勿体無いくらいに。
でも、他ならぬ自分自身がそれを認める気にはならない。
自分はまだ半人前で、ただ周囲の人間のやブータの力を借りているだけなのだから。
時間が欲しかった。
自分が一人前になるだけの時間が、ワルドに相応しいのだと自分でも思えるようになるまでの時間が。
「いいわよ、ワルド。
でも、結婚するのなら、一つだけ条件があるの」
「条件? いいとも、ルイズ。
きみの為なら何だってしてみせるよ」
ルイズは一度目を閉じると、心の中で尊敬する人物に詫びながら口を開いた。
「……わたしに先を越された形になる、
エレオノール姉さまの説得とご機嫌取り。よろしく頼むわね」
「なッ……!?」
ワルドは、ひどく狼狽した。
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